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2008/07/05のBlog
[ 22:24 ]
[ 旅行(スナップ) ]
[ 22:08 ]
[ 旅行(スナップ) ]
観音堂と言ってしまうことに違和感を感じるほどに、信仰が身近なところにある。御堂というよりは、村の集会場であり、おばあさんが縁側に腰を下ろして日長一日おしゃべりをしている東屋である。そうした村人たちのごくありふれた生活を、これまたごく自然に観音様が見守っている。それだけのことである。
ちょうど観音堂の前が町営バスの終点になっていて、折り返しのスペースになっている。これも、わざわざ観音堂の前に土地を作ったというよりは、村の共同作業や、もしかしたら盆踊りなどもここで行われているのかもしれない、そうした共同体が持つ広場が昔からごく自然に観音堂の前にあり、たまたま町からバス路線の相談があったときに「それなら観音堂の前の広場がよかろう」ということに落着した。そんな想像をするのになんら苦労はいらない。
まこと慈しむべき風景のように思われる。
地図を見ると、東栄町月として載っているが、引田とも呼ばれているらしい。小字であろうか。そして、観音様は鈴谷観音と呼称するらしい。
ちょうど観音堂の前が町営バスの終点になっていて、折り返しのスペースになっている。これも、わざわざ観音堂の前に土地を作ったというよりは、村の共同作業や、もしかしたら盆踊りなどもここで行われているのかもしれない、そうした共同体が持つ広場が昔からごく自然に観音堂の前にあり、たまたま町からバス路線の相談があったときに「それなら観音堂の前の広場がよかろう」ということに落着した。そんな想像をするのになんら苦労はいらない。
まこと慈しむべき風景のように思われる。
地図を見ると、東栄町月として載っているが、引田とも呼ばれているらしい。小字であろうか。そして、観音様は鈴谷観音と呼称するらしい。
[ 21:41 ]
[ おいしいもの ]
2008/06/23のBlog
[ 23:11 ]
[ 日常 ]
やばい。今日も3000円ぐらい使ってしまった。週末からあわせて8000円ぐらいは使っている。
Suicaで決済できる本屋が増えているのも、つい買っちゃう理由だな。
地方出版社の本が多いのも、ここんところの傾向。どっか行きたい病かな。
Suicaで決済できる本屋が増えているのも、つい買っちゃう理由だな。
地方出版社の本が多いのも、ここんところの傾向。どっか行きたい病かな。
2008/06/22のBlog
[ 11:16 ]
[ 日常 ]
Soulja feat.青山テルマの「ココにいるよ」
「言いたいことわかるでしょ?あなたのこと待ってるよ」
「言いたいことわかるんだったら言わなくてもいいだろ」なんて無粋なことを思っちゃいけないわけで、ここまで踏み込んで歌ってるところが受け入れられているんだろうな。
もどかしさと、ちょっとした不安と、それを口にしちゃった勇気と。
初々しいなぁ。
「言いたいことわかるでしょ?あなたのこと待ってるよ」
「言いたいことわかるんだったら言わなくてもいいだろ」なんて無粋なことを思っちゃいけないわけで、ここまで踏み込んで歌ってるところが受け入れられているんだろうな。
もどかしさと、ちょっとした不安と、それを口にしちゃった勇気と。
初々しいなぁ。
2008/06/21のBlog
[ 19:25 ]
[ 遺跡・史跡 ]
東京丸の内に用事があった折、ビルの壁面に「電話交換創始之地」というプレートがはめ込んであるのを見つけた。東京電話交換局の跡地らしいが、注目すべきは顕彰したのが戦前の逓信省であり、紀元二千六百年(皇紀2600年=昭和15年)という年号で記されているということである。
電話交換が始められたのが明治23年とのことで、50周年の記念碑ということがわかる。だがそれだけではなく、おそらく紀元二千六百年の記念事業として顕彰したものであり、当時既に社会生活に欠くべからずものになっていた電話事業を日本近代化の偉業としてとらえる風潮があったのではないだろうか。
電話交換が始められたのが明治23年とのことで、50周年の記念碑ということがわかる。だがそれだけではなく、おそらく紀元二千六百年の記念事業として顕彰したものであり、当時既に社会生活に欠くべからずものになっていた電話事業を日本近代化の偉業としてとらえる風潮があったのではないだろうか。
[ 08:03 ]
[ 日常 ]
組合で理事会制をとっているところの代表者の肩書きって、こうなるのね。代表取締役社長というのは慣れてるけど、他にも「応用」可能っていうのは案外気がつかないもの。
[ 07:03 ]
[ 日常 ]
[ 06:51 ]
[ 鉄道 ]
2008/06/15のBlog
[ 23:30 ]
[ 日常 ]
青葉にたまった雨露が、ぽたりぽたり落ちてくることを、青時雨という。
青葉時雨ともいう。
露時雨という言い方もある。
ちなみに青葉が繁る頃に降る雨は、青葉雨。
青葉時雨ともいう。
露時雨という言い方もある。
ちなみに青葉が繁る頃に降る雨は、青葉雨。
[ 01:17 ]
[ 旅行(スナップ) ]
徳島と神戸を結ぶ高速バスは淡路島を経由する。
鳴門大橋も、明石海峡大橋もまだ通ったことがなく、淡路島にも未到だったので、せめて高速バスの車窓から淡路島の風景を眺めることにした。
鳴門海峡を渡る。
渦潮とまではいえないが、白波が立って渦巻いているを見ることができた。これはこれで満足だ。いつかまた渦潮観光に来ることもあるだろう。
それよりも、この部分の道路の取り付け方に圧倒された。岬が細く伸びていて、かろうじて県道が1本付いている。両方が断崖になっている。剣の刃先のようなところに片側2車線、合計4車線の高規格な道路を建設するスペースはなく、断崖の下に土台を作って、そこに柱を立てて、空中道路を作っている。こっちの方がよっぽどの迫力である。
鳴門大橋も、明石海峡大橋もまだ通ったことがなく、淡路島にも未到だったので、せめて高速バスの車窓から淡路島の風景を眺めることにした。
鳴門海峡を渡る。
渦潮とまではいえないが、白波が立って渦巻いているを見ることができた。これはこれで満足だ。いつかまた渦潮観光に来ることもあるだろう。
それよりも、この部分の道路の取り付け方に圧倒された。岬が細く伸びていて、かろうじて県道が1本付いている。両方が断崖になっている。剣の刃先のようなところに片側2車線、合計4車線の高規格な道路を建設するスペースはなく、断崖の下に土台を作って、そこに柱を立てて、空中道路を作っている。こっちの方がよっぽどの迫力である。
淡路島に上陸して、ほどなく三原の平野に差し掛かる。普通に田園風景が広がっている。
本土と違うのは、淡路島名産のたまねぎ畑が目に付くことと、そのたまねぎを干すための小屋が建っていることだ。最近は収穫して倉庫に運んで干すらしいが、たまねぎ小屋が点在する風景はなんだか懐かしい感じがする。
本土と違うのは、淡路島名産のたまねぎ畑が目に付くことと、そのたまねぎを干すための小屋が建っていることだ。最近は収穫して倉庫に運んで干すらしいが、たまねぎ小屋が点在する風景はなんだか懐かしい感じがする。
[ 01:00 ]
[ アニメ ]
[ 00:35 ]
[ 鉄道 ]
新幹線0系の展示を見に行ってきた。
と言っても大宮の鉄道博物館ではなく、行って来たのは神戸のカワサキ・ミュージアム(実は神戸の海事博物館に間借りした格好になっている)。
さすが日本を代表する重工業企業だけあって、戦闘機からゴミ処理プラントまでいろいろな展示が実物、模型含めてある。中でも、世界の"Kawasaki"になっているバイクの展示コーナーは一見の価値があるものなのだろうが、バイクはあまり興味はない。その代わり、心躍らせて対面したのが新幹線0系の先頭車の展示である。
やっぱり0系はいいな。
前照灯で射すくめられると、その場で立ちすくんでしまうくらいだ。
暗闇の中にぼおっと浮かび上がるのも、格好いい演出だ。でもラーメンに入っている煮卵みたいな色と外観になってしまうのは、ご愛嬌かなぁ。
と言っても大宮の鉄道博物館ではなく、行って来たのは神戸のカワサキ・ミュージアム(実は神戸の海事博物館に間借りした格好になっている)。
さすが日本を代表する重工業企業だけあって、戦闘機からゴミ処理プラントまでいろいろな展示が実物、模型含めてある。中でも、世界の"Kawasaki"になっているバイクの展示コーナーは一見の価値があるものなのだろうが、バイクはあまり興味はない。その代わり、心躍らせて対面したのが新幹線0系の先頭車の展示である。
やっぱり0系はいいな。
前照灯で射すくめられると、その場で立ちすくんでしまうくらいだ。
暗闇の中にぼおっと浮かび上がるのも、格好いい演出だ。でもラーメンに入っている煮卵みたいな色と外観になってしまうのは、ご愛嬌かなぁ。
運転席の中にも入ることができる。ここは子供が入れ替わりやってきては、記念撮影したりして、大の大人が堂々と占拠するにはなかなかタイミングが難しいのだが、それをやらないとわざわざ神戸までやってきた意味がなくなってしまう。
運転席に座って思ったのが、前方の視界が狭いと言うこと。
これがさらに時速200kmで走るとさらに狭くなって見えてしまうのではないだろうか。
運転席に座って思ったのが、前方の視界が狭いと言うこと。
これがさらに時速200kmで走るとさらに狭くなって見えてしまうのではないだろうか。
2008/06/14のBlog
[ 17:22 ]
[ 道路・道路交通 ]
[ 14:15 ]
[ 旅行(スナップ) ]
国道42号の富田川に架かる橋に「郵便橋」という名称が付いている。その名のとおり、郵便夫が往来した県営の渡船があった場所に架けられた橋で、この地に近代文明がもたらされた当時の雰囲気をそのままに残している。それだけでも、紀伊半島の先端が文明開化を迎えたことの衝撃の大きさをうかがい知ることができる。
郵便橋物語(記念碑記載のもの)
明治四年(一八七一年)近代郵便制度が始まり翌五年には紀南の村々にも郵便取扱所(郵便局)が開設された。この時点は南北からの手紙が受け渡しされたところから郵便引継所と呼ばれた。 当時富田川の各所にはいくつかの渡しがあったが、この渡しだけが唯一郵便を乗せるため県営で行われていた。対岸に船が向かっているときでも行嚢(郵便袋)担いだ郵便持ちの姿が見えると船を引き返して乗せたといわれる。その後、渡し船は廃止されたものの流れる川の瀬に板橋を架け郵便物の逓送が続けられたこの頃から誰言うとなく「郵便小橋」と呼ぶようになった。また、大雨などで板橋が流される度に板橋が架けられた。明治二三年(一八九〇年)頃和歌山県は思い切って両岸に跨がる大橋(県下で二番目)を架け「郵便橋」と命名したのもその由来によるものである。
郵便橋物語(記念碑記載のもの)
明治四年(一八七一年)近代郵便制度が始まり翌五年には紀南の村々にも郵便取扱所(郵便局)が開設された。この時点は南北からの手紙が受け渡しされたところから郵便引継所と呼ばれた。 当時富田川の各所にはいくつかの渡しがあったが、この渡しだけが唯一郵便を乗せるため県営で行われていた。対岸に船が向かっているときでも行嚢(郵便袋)担いだ郵便持ちの姿が見えると船を引き返して乗せたといわれる。その後、渡し船は廃止されたものの流れる川の瀬に板橋を架け郵便物の逓送が続けられたこの頃から誰言うとなく「郵便小橋」と呼ぶようになった。また、大雨などで板橋が流される度に板橋が架けられた。明治二三年(一八九〇年)頃和歌山県は思い切って両岸に跨がる大橋(県下で二番目)を架け「郵便橋」と命名したのもその由来によるものである。
[ 11:38 ]
[ 旅行記 ]
どこからどこまでが紀伊半島かわからないが、一応、西は大阪の天王寺、東は四日市以南の範囲で国盗りをしてみた。
新しく盗れた国は、阿倍野・生野、住吉・平野、金岡、鳳・泉が丘、岸和田、貝塚・佐野、紀三井寺・和佐、和歌山、海南・那賀、有田・御坊、田辺・白浜、新宮・勝浦、熊野、尾鷲、宇治山田、松坂、鳥羽・阿児、津、鈴鹿、四日市、三重、上野・名張、柳生、天理、平城、橿原・桜井、北葛・高田、五條・吉野、橋本・高野、六十谷、加太の31ヶ国。
三重は四日市IC付近、加太も八幡前駅付近で盗った。両方ともエリアがかなり狭い印象。
紀三井寺・和佐は和歌山駅付近でOR
これで紀伊半島には用はないと思ったが、宇陀を盗り残していた。
さらに、和歌山から徳島へ渡り、神戸に戻ってきた。
洲本、徳島、鳴門、垂水・西神、明石・加古川、須磨・長田、三宮・神戸、灘、芦屋、尼崎の10ヶ国を追加。
洲本、徳島、鳴門はいずれも南海フェリーの洋上から盗った。明石・加古川も明石海峡大橋上から盗れた。
全部で161国を統一。
新しく盗れた国は、阿倍野・生野、住吉・平野、金岡、鳳・泉が丘、岸和田、貝塚・佐野、紀三井寺・和佐、和歌山、海南・那賀、有田・御坊、田辺・白浜、新宮・勝浦、熊野、尾鷲、宇治山田、松坂、鳥羽・阿児、津、鈴鹿、四日市、三重、上野・名張、柳生、天理、平城、橿原・桜井、北葛・高田、五條・吉野、橋本・高野、六十谷、加太の31ヶ国。
三重は四日市IC付近、加太も八幡前駅付近で盗った。両方ともエリアがかなり狭い印象。
紀三井寺・和佐は和歌山駅付近でOR
これで紀伊半島には用はないと思ったが、宇陀を盗り残していた。
さらに、和歌山から徳島へ渡り、神戸に戻ってきた。
洲本、徳島、鳴門、垂水・西神、明石・加古川、須磨・長田、三宮・神戸、灘、芦屋、尼崎の10ヶ国を追加。
洲本、徳島、鳴門はいずれも南海フェリーの洋上から盗った。明石・加古川も明石海峡大橋上から盗れた。
全部で161国を統一。