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TTS 旅の思い出
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2008/08/03のBlog
[ 20:25 ] [ 旅行(スナップ) ]
赤塚不二夫の訃報を聞いて、青梅市の赤塚不二夫会館に行って来た。バカボンはいつものようにバカボンだが、喪章が付けられて、会館前には記帳台が設けられていた。
広島県福山市の山野地区にある、木造建屋の水力発電所。
県道がカーブしている崖下に目立たないように立っていて、その風情がまずいい。車を停めて近くに行ってみると、窓が開けっ放しになっていて、中から発電機のうなり声がゴーっと低く響いている。
入り口まで行ってみると、玄関も開けっ放しで、家の中が丸見えになっている。もっとも家ではなくて発電所なので、発電機が中に鎮座している。それも黒光りした古めかしいものだ。
川の対岸のグラウンドから、発電所の全景を見ることができる。県道からでは気がつかなかったが、山の上から導水管が延びて、その落差によって発電していることがわかる。典型的な水力発電所の風景である。
2008/08/02のBlog
[ 00:02 ] [ 旅行(スナップ) ]
岡山県和気町の由加神社で、武士に老婆がのっかっている構図の絵馬を見つけた。宮司さんに聞いても題材はわからないとのことだが、これは大森彦七に違いない。
大森彦七は、太平記に「大森彦七事」としてエピソードが語られる人物で、湊川の戦いで楠正成を討ったことになっている。その武功によって伊予を受領し、猿楽を催すのだが、向かう途中に若い娘と出会い、猿楽に連れて行くために背負ったところ老婆に化けて、虚空に連れ去られようとするという場面がある。この絵馬はまさにその場面を描いたものであろう。
残念ながら剥落が激しく、願文はもとより、奉納された年代もわからないが、こうした古典教養を共有する素地があったのだろう。そういえば和気町の近くには閑谷学校がある。岡山の民力とでも言うべきものだろう。
2008/07/27のBlog
[ 18:56 ] [ 旅行(スナップ) ]
捕鯨と言うと南氷洋で調査捕鯨として行なわれているものが注目を集めているが、日本の沿岸でも行なわれている捕鯨がある。日本4箇所で行なわれている沿岸捕鯨の1箇所が千葉県南房総市の和田浦(旧和田浦町)で、夏の漁期にツチクジラ26頭の捕獲が認められている。
和田浦の捕鯨は外房捕鯨株式会社が行なっていて、この会社の方針で捕獲した鯨の解体作業を一般に公開している。
前日にその日の漁の成果が報告され、成果があった日は次の日に(大抵は朝5時ごろから)解体を行なうという段取りなのだが、タイミングがあわずになかなか見学できないでいた。既に20頭が捕獲されていて、今年も見学の機会がなかったとあきらめかけていたところ、21頭目の解体を27日(日)の正午から行なうという報告があり、それならば無理なく見に行ける。
朝6時前の電車に乗って、外房の和田浦まで出かけていった。

少し余裕を持って11時過ぎぐらいに港に着くと、岸壁の一角に人が集まっているところがある。行ってみると、前日に捕獲されたツチクジラが繋留されていた。もちろん既に死んでいる。
こうやってしばらく肉を熟成させておくのだと言う。
この鯨を引き上げて、解体場で解体するのである。
解体場の中はもちろん立ち入り禁止だが、すぐそばまで見に行くことができる。2、3m前で鯨が解体されていく様子を見ることができる。
皮下脂肪にワイヤーをかけて剥いでいく、バリバリバリという音まで聞こえてくる。刃物が突き刺さり、皮下脂肪を剥いだ後は、アバラ骨を切って、内臓を取り出し、大きな肉片に姿を変えていく。作業は1時間ほど。
解体と同時に肉の選別と切り分けも行なわれ、解体場の中は、鯨の肉であふれている。即売が行なわれ、kg単位で新鮮な鯨肉を手に入れることもできる。
こうなってしまうと普通に目にしている赤身の肉で、もはや鯨の形を想像するのも困難だ。鯨にこだわってしまうといろいろな話が出てくるが、動物を仕留めて、解体するという、一連の作業のひとつに過ぎない。
ただ、牛や豚のと殺とも違っている。これだけの豊富な肉の量を目の当たりにすると、昔から言われる「鯨一頭で七浦潤う」という言葉が納得がいく。捕鯨とは、他の魚にはない、そうした豊かな恵みと感謝の気持ちがこもった特殊な漁のような気がする。
2008/07/26のBlog
[ 23:26 ] [ 航空写真 ]
名古屋港の海岸線は把握できるが、名古屋の街自体は意外とのっぺりとしていて、なかなか掴みどころがない。
その中でJRの線路と名古屋駅がはっきりとわかり、駅前のタワーズやミッドランドスクエアといった最近できた超高層ビルが長い影を落としているのが見えた。名古屋駅に進入しようとしている新幹線が、上り線に1列車、下り線にも1列車、白く長く写っている。
[ 23:18 ] [ 航空写真 ]
羽田空港発岡山空港行きの飛行機から見た風景。

飛行機からの風景は、普段眺めている地図そっくりなのが驚きなのだが、現実の風景は刻々と変わっていて、そうした地図にないものを見つけるのも航空写真の楽しみのひとつだ。

今回見つけたのは、建設中のさがみ縦貫道(圏央道)相模原IC(仮称)だ。インターチェンジの立体交差部分が立ち上がっていて、全体像をつかめるほどになっている。相模川には橋脚が点々と立っているのが見えるが、これが、地図上での予定線の表現-破線-のように見えるのも楽しい。
[ 23:08 ] [ 航空写真 ]
羽田空港発岡山空港行きの飛行機から見た風景。

ちょうど梅雨が明けたばかりで、まだ天候が安定せず、雲が多く発生していた。その中で、ちょうど北側だけ雲が晴れ、雲のえりまきを巻いたような姿で富士山が見えた。
山頂にも雪は既になく、夏山の姿の富士が黒々と見えている。
日本で6例しかない珍しい構造のダム。
板を、桁を組んで支えることで、水を溜める。全体をコンクリートで埋めてしまう重力式ダムと比べて材料費が少なくてすむと言うメリットがあるが、逆に桁を作るために型枠を作らなくてはならず手間がかかり、現在では廃れてしまった工法である。
写真は、鳥取県智頭町の三滝ダム。
[ 09:59 ] [ 営造物 ]
鳥取県の智頭町から用瀬町、佐治村にかけて、円筒形の発電所が点在している。まるで原子力発電所の原子炉格納容器のような形をしていて、奇抜な印象を受ける。それが、行く先行く先現われて来るので、気になって写真を撮ってしまった。
【写真】新大呂発電所(中国電力)
【写真】用瀬発電所(中国電力)
中国電力のものだけでなく、鳥取県営の発電所にも円筒形の発電所があった。おそらく中国電力の技術協力があったのだと思われるが、事業主体が異なっても同じ形の建屋があるのはおもしろい。

【写真】鳥取県営佐治発電所(鳥取県)
2008/07/12のBlog
[ 23:16 ] [ 道路・道路交通 ]
滋賀県の県道で見かけました。暇ですね。
[ 23:02 ] [ 道路・道路交通 ]
三河川合駅前で見つけた旧式標識「徐行」。
駅前の道路と旧国道との三叉路に立っています。

近くを走っているときに、某MLでいしぐろさんから教えてもらいました。
http://www1.big.or.jp/~ishiguro/index.htm
浜松市引佐町の山間の県道を走っていると、ふと目に飛び込んできた「行基橋」という標識。
行基と言えば、奈良時代に民衆救済を行ない、日本各地に土木事業、温泉発見、湧水発見といった足跡を残している僧のことであろう。こんな地方にまでも伝承を残していたのか。
獺淵川(おそふちかわ)の支流にかかる10mほどの小さな橋。県道にもなっているように、この地域にとって往古からの道筋であったに違いない。
そういう場所に「行基」という名前が残されていることに、なんらかの因縁を感じる。調べてみると、旧引佐町内には龍潭寺という行基開基の縁起を持つ寺があるようだ。となれば、この地に行基の足跡があることも納得がいく。
2008/07/06のBlog
[ 22:38 ] [ 遺跡・史跡 ]
東京都調布市仙川の旧甲州街道に、明治3年に建てられた新一里塚が残されている。内藤新宿(現在の新宿)を起点として、三里目の一里塚だ。
この一里塚にはもっと貴重な歴史が刻まれている。銘文の一番下に刻まれている「品川縣」という文字である。明治2年の廃藩置県によって設置され、2年半後の明治5年には東京府に統合されてしまった、歴史の狭間に埋もれてしまっている県名である。それでも、こうして石碑に刻まれて衆目に晒されていたことを思うと、ご一新が確実に人々の間に浸透して行った当時の雰囲気を思い浮かべることができる。
講談社のモーニングという雑誌で連載している「宇宙兄弟」(小山宙哉)という漫画がある。宇宙飛行士を目指す主人公たちの人間模様の描き方にリアリティがあり、今一押しの漫画だ。
その中に、展示してある宇宙服に自分の顔を写して、「顔出し看板」よろしく、宇宙飛行士になった気分を味わおうとする場面がある。なかなか印象深い場面なのだが、そんなバカなことをしたのは、南波六太と伊東せりかと伊東せりかの父の3名。

で、遅ればせながら4人目としてやってみたのがこの写真。

しかし、こういう写り込みまできちんと観察してネタにしているあたり、さらに期待が持てるな。>「宇宙兄弟」
人工衛星打ち上げの一連の流れの中でも、「フェアリング分離」というのは最終段階にあたる。
フェアリングとは、衛星を覆っているカバーのことであり、ロケットの先端のとんがった部分である。中身の人工衛星を保護し、空気抵抗を少なくする役割を持つ。これを「分離」するということは、既に人工衛星を切り離す用意が出来たということであり、そうなるとロケットは既に燃焼を終えて人工衛星を宇宙空間まで運ふという使命を終えたことを意味する。
そういうわけで「フェアリング分離に成功」と聞くと、打ち上げももう9分方成功したなという感慨が涌いてくる。

さて、かかみがはら航空宇宙科学博物館を訪れて、「ニクい」演出だと思ったのが、H2ロケットのフェアリングの展示の仕方。これがちょうど割れる形で展示してあり、まさに「フェアリング分離」の場面なのだ。
これはね、航空宇宙ファンにはたまらないですよ。
前日の夜から千葉の外房に行く予定にしていたのだが、目的そのものがなくなってしまったので、予定はキャンセル。日曜日がぽっかり空いてしまった。これはこれでなんか幸せな気分。