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2005/03/17のBlog
[ 00:27 ]
[ プログレ ]
今日聴いたのは、ItaliaはNapoliのJazz Rock Group、Napoli Centraleの2枚目、Mattanza(1976)から最後の曲、Chi fa l'arte e chi s'accattaである。DrumsはEtona,GoblinのAgostino Marangolo。地上に降りたLonnie Liston Smithという感じのFender Rhodesとechoのかかったsaxのbackingに乗ってしわがれた声がNapoliの方言でshoutする。そして息の長いphraseのring modulatorをかけたsaxのsoliにつながる。funkyでいてOsannaの様な土着の血が騒ぐ感じを持った雰囲気が独特である。SaxのJames Seneseはその後も何回かのブランクを挟みながらこのbandを率いており、今でも現役で活動している。Mattanzaの試聴はこちら。
2005/03/13のBlog
[ 21:53 ]
[ プログレ ]
iPODをshuffle modeにして聴いていたら、1曲目に出てきたのがこれ、AmericaはD.C.area出身のGui、Vin、Bass、DrumsからなるJazz Rock Band、Boud Deunの3枚目、the stolen bicycleから一曲目のWaterfordである。このband、Crimson的なriffを奏でる、かなりagressiveなguitaristと、叙情的なsoloを聞かせるbluegrass出身のviolinistの対比が独特である。ちょっとviolinの線が細いのが気にかかるが、これはこれでこのbandの個性なのかも知れない。曲はguiatarのFlipp的なarpeggioに導かれ、Violinが叙情的なメロディーを奏でるが、すぐにguitarのhevyなriffに取って代わられる。頻繁なrhythm change、Heavyな中に時折顔を出すviolinのemotionalなsoloなどと書くと、crimsonを連想させるが、どこかからっとした雰囲気があるのはAmricaのbandだからなのだろうか。この曲の試聴はcuniformのサイトで出来るので興味のあられる方はどうぞ。
2005/03/09のBlog
[ 07:19 ]
[ プログレ ]
"ナーズの復讐”という映画のシリーズが結構好きなのだが、プログレ界のNardというと思い出してしまうのが、Mike Keneallyである。小太り、長髪、めがね君というのもなんとなくNardっぽいが、10歳の時にZappaを聞いて衝撃を受け、以来ZappaをcopyすることでGuitarを覚え、Zappa Bandのオーディションを受けたときに”全曲弾ける”と言って、実際にZappaの言う曲を全部弾いてしまい、Zappaがその場で採用したというepisodeもNardっぽい。今日聞いたのはBoil That Dust SpeckからThem Dolphins Is Smartである。
この曲はZappaのinstrumental曲を彷彿とさせる曲なのであるが、Keyboard(彼は5歳の時からpianoを習っていてKeyboardも弾く)とGuitarは彼がやっている。この曲、彼のband、Beer for DolphinesのLiveでもやっているのだが、このときはStanley Jordanはだしに左手でGuitarを弾き、右手でKeyboardを演奏してしまっている。このCD、ほかにもHard Rock的な曲や、RubatoのVocalに何の脈絡もないPercussionを重ねた曲、popな曲と、バラエティーのてんこ盛りなのだが、すべての曲を貫いているのは前向きな明るさを持ったcatchyなmelodyのような気がする。詳しい説明は彼のサイトで彼自身がそれぞれの曲をオタクっぽく詳細に説明にしているのでご覧いただきたい。また、Videoも見られるので興味のある方はどうぞ。
2005/03/07のBlog
[ 08:10 ]
[ 音楽 ]
今日聴いたのはNapoliのEnzo Avitabile & Bottariのsalvammo'o munnoからAbball' Cu Meである。AvitabileはItalyでは有名なカンタゥトーレらしいが、私にはOsanna分裂後の片割れCitta FrontaleにSax、Flute奏者として参加していたのと、OsannaのTaka BoomにGuiestとしてSaxを吹いていた印象の方が強い。このAlbumではNapoliに14世紀から伝わるBottariという樽を叩いてリズムを創る土着の音楽と、アフリカ大陸の音楽の融合を試みている。この曲ではAlgeria出身のCheb Khaledと共演し、Raïに祭り太鼓を合わせたようなEarthyで野太い音楽を聴かせてくれる。ほかにもHugh MasekelaやManu DibangoなどがGuestに加わり、北アフリカの匂いがする音楽を素朴な祭り太鼓と共に展開している。一度近所の盆踊りでかけてみたいような気がする音楽である。
2005/03/04のBlog
[ 17:41 ]
[ プログレ ]
出先で時間が出来たので、聴いているのがGilgameshの1stから1曲目のOne End More~Phil's Little Dance - for Phil Miller's Trousers~World's of Zinである。日本でHatfiledが出た年だから中学3年の時だと思うが、渋谷のヤマハのrecord売り場で安く売られてるのを見つけ、ジャケが気に入ったのと、ProduceがDave StewartでNorthettesのAmanda PersonsがGuestで歌っていたので購入した。このGilgamesh、Hatfieldの兄弟bandの様に言われる。確かに、bandの中心memberだった故Alan GowenはDave Sinclairの後釜のKeyboard Playerのauditionを受けたり、後にHatfieldとのJoint Concertで両者の曲をGawenがarrangeして演奏したりしている。これが後にNational Healthになるわけだが、この1stの1曲目は、Hatfieldが作り上げた一分の隙も無い音楽に比べると、もっとユーモラスで牧歌的なように思える。曲は3部構成で、カンタベリーには珍しくメロトロンのintroから始まり、軽快な16beatに時々Zappaをゆったりさせたような微変態phraseが混ざる。そしてdowntempoすると共にユーモラスなclavinetのriffに乗りながら、なんとなくほのぼのとしてしまうGawenのminimoog soloが入る。Pip PyleのinterviewによるとDave Stewartは何事もしっかりやり、しっかり記録(=album)に仕事を残すtypeなのだが、Alan Gowenは作曲、演奏することを第一に楽しむplayerだったという。なんとなく、2人のKeyboard Playerの姿勢の違いが、同じ頃に出たHatfieldの2ndとこのalbumとの違いに重なってしまう。なお、Link先で聴けるOne End MoreはこのAlbumで聴かれるものとはVersionが違う。
2005/03/02のBlog
[ 23:50 ]
[ プログレ ]
ソビエトのAfganistan侵攻の前の年に、Estoniaに行った。MoscowのLeningrard 駅からTallinn行きの寝台特急に乗り、ロシアとの国境の町で、避暑地であるバルト海沿岸のNarvaという町で降りた。ここは日本で言えば昔の葉山の様なところらしく、党幹部の瀟洒な別荘が並び、子供達は広い庭でフリスビーに興じていた。一方、私達を案内してくれたエストニア人のガイドさんは、ロシアとの国境の橋(当時は検問もなにもなかった)を指しながら”ここからロシアの戦車が攻めてきたんだ..."と日本語でぼそっと言った。8月に行ったので、日が暮れるのは午前2時ごろ、学生だったわれわれは、浜辺で真っ黒なバルト海を眺めながら日が暮れるまでウォッカを飲んでへべれけになり、ここで見聞きしたことを深く考えることはなった...
このCDを手に取ったとき、そんなことを思いながら、つい買ってしまった。彼らはKeyboard TrioでEstoniaでは20年近く活動しているJazz Rock Groupらしい、その名をBF、昔はBeggers Farmと名乗っていたらしい。音は、6thや7thの頃のminimal jazzであったsoft machineを更にminimalっぽくして、Tortoisなどのシカゴ音響派を加えた感じである。テクは決して馬鹿テクではなく、Synthesizer soloなどはもろに手がよれている所もあるのだが、妙につきはなしたcoolな感じがたまらない。曲はFOPUS(osa)/Pävea Sündである。Mid-Tempoのrhythmに導かれすこしギクシャクした感じのFender Rhodesのsoloから入る黒いバルト海を思わせるような冷たい感触を持った曲である。曲はあくまでも静かに海の中を潜行するように淡々と進んでいく。そして曲が解体するとrubatoのなかでdelayを効かせたRhodesの中低音がやはり冷たい感触のオスティナートを紡いで行く。なんとなく、この曲を聴くたびに、検問も何もなかった国境は、今はどうなっているのだろうと思ってしまう。
このCDを手に取ったとき、そんなことを思いながら、つい買ってしまった。彼らはKeyboard TrioでEstoniaでは20年近く活動しているJazz Rock Groupらしい、その名をBF、昔はBeggers Farmと名乗っていたらしい。音は、6thや7thの頃のminimal jazzであったsoft machineを更にminimalっぽくして、Tortoisなどのシカゴ音響派を加えた感じである。テクは決して馬鹿テクではなく、Synthesizer soloなどはもろに手がよれている所もあるのだが、妙につきはなしたcoolな感じがたまらない。曲はFOPUS(osa)/Pävea Sündである。Mid-Tempoのrhythmに導かれすこしギクシャクした感じのFender Rhodesのsoloから入る黒いバルト海を思わせるような冷たい感触を持った曲である。曲はあくまでも静かに海の中を潜行するように淡々と進んでいく。そして曲が解体するとrubatoのなかでdelayを効かせたRhodesの中低音がやはり冷たい感触のオスティナートを紡いで行く。なんとなく、この曲を聴くたびに、検問も何もなかった国境は、今はどうなっているのだろうと思ってしまう。
2005/02/27のBlog
[ 19:14 ]
[ プログレ ]
このbandを聴くといつもブリを思い出す。ブリは出世魚と呼ばれ、年齢に応じて呼び名が変わるので有名だが、このItalyのbandは同じメンバーで出した3枚のalbum全てで、band名が違い、3枚目では音楽性も大幅に変わっている。1971年に出した1stではFlea on the honeyと名乗り、2ndではFleaと名乗っているが、ここでは英国1970年初頭のart rock的でhard edgeな音を聞かせている。この2枚のalbumはどちらも近年、再発されている。そして、1975年には音楽性をJazz Rockに変え、Etnaと名も変えて出したのが、このalbumである。ここでは往年のbritish rock然としていて、しかもちょっとearthyな感じはまったくなりを潜め、全編instrumental jazz rockで迫っている。曲は1曲目のBeneath the geyserである。曲はFender RhodesのJazzyなintroから始まり、手数の多いdrumsとbassに導かれて、いきなり馬鹿テクunison phreaseの応酬ではじまる。曲の感じとしては"Hymnth of seventh galaxy"の頃のReturn to foreverを彷彿とさせるが、面白いのは2枚目まででは皆無だったfunk的な要素が入り、かっちりしているのだが横乗りの感じがすることである。また、以前はhardで硬質な感じがしたのであるが、20年ぶり位に聴いてみてthemeが結構メロディアスなのにも気づいた。決して派手ではないが、確かなテクニックに裏打ちされた聴き応え十分のalbumである。なお、drumsのAgostino Marangoloは後にGoblinに参加する。
[ 02:17 ]
[ プログレ ]
やっとI Califfiの60年代のcompilation盤"Al Matto"が手に入った。このband、1966年にBassのFranco Boldriniを中心としてFlorenceで結成され、"I 4 Califfi"としてdebutし、KinksのYou Really Got Meを歌うが、翌年、後にAreaのGuitaristとなるPaolo Tofaniが加入し、名前を"I Califfi"と改め、Bee GeesのTo Love Somebodyを歌ってHitする。音楽的には当時のItalyの典型的beat bandであるものの、Keyboardが前面にfeatureされている上に、tapeの逆回転や、曲中の強引なcut inなどそこはかとなくpsychedericな感じが匂っているところが少し変わっている。曲はI Califfiとしてのdebut singleのB面であったUn uomo soloである。ちょっとJazz standardのOur days will comeに似たmelodyをup-tempoの8beatで歌っているのであるが、この曲もbackにTofaniのdouble speed guitarがきらきらした音で入っている。また、QuelliもやっていたNiceのThe Thoughts Of Emerlist Davjackをやはり演っているのだが、サビのmelodyが半tempoにarrageされていたり、popな中にも捻りを効かせている。この後、1973年にbandはBondiniのみを残し、大幅にmember changeし、progre bandとなりFiore di Metallo(昨年末に日本でも紙ジャケの再発盤が出た)を出して解散するが、Netを検索していたら2001年にFranco Boldriniが復活しCDを出している。
2005/02/23のBlog
[ 14:02 ]
[ プログレ ]
Video collectorの某氏がAreaのboot videoを買ってきてくれた。このVideo、1975年のRAIのstudio live (何と口パク)、1978年のstudio sessionとvideo clip、そして1979年のDemetorio追悼コンサートが入っている。口パクでも、動くAreaを見られたので感激もひとしおである。で、今回は1975年のRAIのstudio liveからのclipを。メンバーはStratos, Fariselli, TofaniにCrampsの作品にsession playerとして良く演奏をしていたbassのHugh Bullenと、DrumsのWalter Calloni(彼は後にPFMに加入する。)の二人である。時期としては、Maledettiが録音された直後で、CapizzoとTavolazziは、一時的に脱退しカンタウトーレのAndrea Mingardiのツアーに同行していた頃と思われる。
Evaporazioneの導入部。Demetrioは走り回りながら”15世紀の記憶を失ってしまった!"と叫び、Tofaniは口笛を吹きながら髭をそる。Fariselliはホースにマウスピースをつけた楽器(?)をぶんぶん振り回し、”びょ~ぉ~お~”と言う音を出している。
[ 13:40 ]
[ プログレ ]
今日はQuebecのGentle GiantといわれているEt Ceteraの唯一のアルバムから最後の曲Tandemを聴いた。このband、女性vocalが入っているのだが、演奏はGentle Giantに非常に近い変拍子ばきばき、対位法ばしばしのbandである。しかし、前面に出てくるクラシックの影響が印象派を感じさせる点(やはりフランス語圏だからなのか)と、Vocalが女性でフランス語で歌っているので、単純な私は何となく女性的な印象を受けてしまう。
で、この曲はpianoに導かれたドビュッシーのようなメロディーの静かなvocalから一転して、変拍子ばしばしのGG乗りの曲想になり、途中やはりGGばりのアカペラが入るGG好きにはこたえられない曲なのであるが、そのあと又一転して印象派を思わせるbackに乗り、vocalも取る女性Keyboard奏者Marie Bernard PageがOndes Martenotのsoloを聞かせる。彼女はHarmoniumのアルバムなどでもguestでOndes Martenotを演奏しているらしい。
で、このOndes Martenotであるが、テルミンの影響を受け、1928年にフランスで作られた電気楽器である。鍵盤楽器なのだが、鍵盤の前に線が張ってあり、そこに指にはめる輪が入っている、これを鍵盤を弾くと同時に滑らせることにより、ポルタメントやビブラートを表現できる。音としては正弦波的な倍音のない、しかしよく通る音である。音を聴いてみたい方はここで聴いてみて欲しい。
[補足・改正]
うた夢さんからOndes Martenoについて補足を頂き、さらに、リングの使用法についての私の誤りを正してくださった。
まちがった情報を載せてしまったことについてお詫びするとともに、補足、誤りを私に教えてくださいましたうた夢さんに感謝いたします。
以下にうた夢さんから頂いた補足・誤りの改正の文を載せさせていただきます。
「テルミンの影響を受け」たとの記述が古い書籍等でも見受けられますが、これについては証明されていません。確かに楽器の発表はオンド・マルトノの方が数年遅いのですが、開発は1920年代初めから行われており、現在の通説としては、同時多発的に同じ原理の楽器が発明されたということになっています。
「これを鍵盤を弾くと同時に滑らせること」は出来ません。ピアノと同じように鍵盤を弾く鍵盤奏法と指にはめたリングを滑らせるリボン奏法は同時に行うものではなく、左手のスイッチで切り替えて演奏します。リボン奏法はオンド・マルトノで特徴的なポルタメントとビブラートを出せますが、鍵盤奏法でも鍵盤自体が前後左右に揺れることでビブラートを出すことができます。
で、この曲はpianoに導かれたドビュッシーのようなメロディーの静かなvocalから一転して、変拍子ばしばしのGG乗りの曲想になり、途中やはりGGばりのアカペラが入るGG好きにはこたえられない曲なのであるが、そのあと又一転して印象派を思わせるbackに乗り、vocalも取る女性Keyboard奏者Marie Bernard PageがOndes Martenotのsoloを聞かせる。彼女はHarmoniumのアルバムなどでもguestでOndes Martenotを演奏しているらしい。
で、このOndes Martenotであるが、テルミンの影響を受け、1928年にフランスで作られた電気楽器である。鍵盤楽器なのだが、鍵盤の前に線が張ってあり、そこに指にはめる輪が入っている、これを鍵盤を弾くと同時に滑らせることにより、ポルタメントやビブラートを表現できる。音としては正弦波的な倍音のない、しかしよく通る音である。音を聴いてみたい方はここで聴いてみて欲しい。
[補足・改正]
うた夢さんからOndes Martenoについて補足を頂き、さらに、リングの使用法についての私の誤りを正してくださった。
まちがった情報を載せてしまったことについてお詫びするとともに、補足、誤りを私に教えてくださいましたうた夢さんに感謝いたします。
以下にうた夢さんから頂いた補足・誤りの改正の文を載せさせていただきます。
「テルミンの影響を受け」たとの記述が古い書籍等でも見受けられますが、これについては証明されていません。確かに楽器の発表はオンド・マルトノの方が数年遅いのですが、開発は1920年代初めから行われており、現在の通説としては、同時多発的に同じ原理の楽器が発明されたということになっています。
「これを鍵盤を弾くと同時に滑らせること」は出来ません。ピアノと同じように鍵盤を弾く鍵盤奏法と指にはめたリングを滑らせるリボン奏法は同時に行うものではなく、左手のスイッチで切り替えて演奏します。リボン奏法はオンド・マルトノで特徴的なポルタメントとビブラートを出せますが、鍵盤奏法でも鍵盤自体が前後左右に揺れることでビブラートを出すことができます。
2005/02/21のBlog
[ 08:20 ]
[ 音楽 ]
Bill Connorsが帰ってきた。20年振りの新作はその名も"Return"と言うtitleである。Connorを知ったのはChick CoreaのReturn to Foreverの"Hymns of the seventh galaxy"が最初であった。このRTFの3枚目、その前までのLaten系 smooth jazz路線と打って変わってChick Coreaの作品の中で最もストレートにrock tasteを前面に出した作品である。これが出たとき、中学生になったばかりであった私は、先輩に借りたJazz雑誌で、当時の御大Jazz評論家がことごとくこの作品をけちょんけちょんに酷評するのを目の当たりにした。当時の批評で今でも忘れられないのは、当時のJazz評論家の最大の御大が”これはChickのリスナーに対する裏切り行為だ!私はChick Coreaという音楽家がもう信じられない。"とまで言って酷評していたことである。これを見て、幼心に、Musicianから見れば、その時点で創りたい音楽の結晶がalbumであるわけで、それを"裏切り行為"などという言葉を使って酷評するのは何だかな~...と思った覚えがある。
閑話休題、で、私はと言えば、先輩に借りたそのRecordのかっこよさに夢中になり、これが私のJazzの入り口になったのである。このAlbumは、誤解を恐れずに一言で言えば、Heavy matal Jazz Rockと言う感じだろうか、その後のRTFに見られる、Funk的、Laten的な要素はここでは殆どなく、あるのは純粋にJazzとRockの融合であるように思える。ChickもここではOrganとFender Rhodesのみしか使用しておらず、音はきわめてsimpleで潔い。一曲目のHymns of the seventh galaxyでは、いきなり、Heavyなdrumsに乗って、その後のFusionの定番になる早弾きunisonの応酬である。
ここでGuitarを弾いていたのがBill Connorsであった。ここでは彼は、後のHordsworthを思わせるような早弾きをしているのだが、その後、彼は音楽的な志向を何回か変えていく、RTF脱退後は、ECMよりacoustic Guitarのみを弾いた絵画の様な音楽を作り、さらに80年代初頭にはGuitar TrioでHoldsworthをstraightにした感じのHardな演奏を聴かせている。多分、プログレファンに最も人気があるのはこの時の彼の演奏であろう。この時期彼は3枚のalbumを残しているが、その中で私が良く聴くのはAssemblerである、曲は1曲目のCrunchyである。HardなRhythmに乗って、一見硬質だが、何となく色気を感じさせる彼のGuiarが、あるときはchord strokeで、あるときは早弾きで、縦横無尽に暴れまわるのが気持ちが良い。その後、新作の話を聞かなかったのだが、昨年、前述のReturnで再度、復活している。このalbumではQuartetの比較的オーソドックスなJazzを聴かせてくれるが、ところどころ、往年のHoldsworth的なフレーズが聞かれるのが嬉しい。
2005/02/20のBlog
[ 01:23 ]
[ プログレ ]
"英国Rock"というのは世の中に星の数あれど、私にとって最も"英国"を感じさせるbandの一つがCapability Brownである。今日は、17世紀の著名な庭師の名前をband名にした彼らが1974年に発表した2nd album、Voiceを聴いた。曲はLPのB面全てを占めるCircumstancesである。6人のmulti playerで結成されたこのグループの特徴は、とにかく分厚いChorus Workである。曲は寂しげなsynthesizerから始まりバラライカ、Guitarが泣きのphraseを聴かせ、とつぜん英吉利男声合唱団という感じの分厚いアカペラが入る、そして今度は"陰のあるCSN&Y"と言う感じの6/8のpopなchorusにつながる。その後も次々と様々な展開で20分間あっという間に聴かせてくれるのだが、そこに聞かれるのは”ユーモアに溢れているが、でもちょっと悲しげ”という感じのメロディーに貫かれた、皮肉っぽいが優しい感覚であるような気がする。
2005/02/16のBlog
[ 14:48 ]
[ プログレ ]
最近滞り気味だが、Areaの情報をまだ集めている。で、彼らの中で今一番興味を持っているのがGuitaristでElectric JunkyだったPaolo Tofaniである。前に書いたように彼は現在、Krishna Prema Dasaと名を変えてハレ・クリシュナ教団からCDを出しているらしいのだが、ネットで検索したら、彼の1966年のrecordingを含むcompilation、Garage Beat In Florenceが見つかった。このcompilarion、ItalyのFlorenceのガレージ・スタジオで録音され、singleとして発売された曲をまとめたもので、Paolo "Danny" Tofaniの曲は5曲入っている。どれも、改造された2Chのtape recorder1台でover-dubされたものらしいが(ライナーでは当時使用した2ch tape recorderが説明つきで見られる。)、ここで彼はVocalはもとより、Guitar, Bass, Drumsなど、すべての楽器を弾いているとの事である。Chorusを含めると音は少なくとも5~6回はover-dubされてと思うのだが、そのわりに音はクリアなのに驚く。いずれも、Electric Frankenstein名義でCrampsから彼が出したLPの曲に似た、Folk touchの曲である。melodyも非常にpopでcatchyなのだが、最後の曲Il Tempo Sopra Noiではfuzz bassのsoloが入ったりしてちょっとサイケデリックな感じを醸し出してくれる。このCD、40ページのブックレットが付いてくるのだが、それによると彼が一番影響を受けたguiaristはChet Atkinsだそうであり、そう言われると、確かにここでのelectric guiarはAtokisの"峠の幌馬車"などを思い起こさせる感じである。この後、彼はI Califfiに参加、脱退後Londonに渡るのだが、I Califfiの60年代のcompilationが中々手に入らない... こちらも聴いたらArea blogの方でまとめて紹介したいと思う。
2005/02/14のBlog
[ 07:55 ]
[ プログレ ]
Karl Jenkinsがいた頃のminimalなsoft machineを少しpopにして、人懐っこいmelodyとOzric Tentaclesをそこここにまぶしたような音楽である。今日聴いたのは、Machine and the synergetic nutsの2nd、Leap Second Naturalから4曲目、Neutralである。Fender Rhodesが紡ぐminimal phraseから16beatの重めの乗りが入り、Saxが絡んでくる。音数は必要最低限なのだがarrangeがかなりきちっと練られており、スカスカな感じはまったく受けない。多分、アドリブの部分を抜かしてきっちり譜割りをしている感じなのだが、だからと言っていい意味でのラフな感じは十分にある。実はすご~く手がかかっているのに、それを感じさせないpop artの様な音楽である。で、Disk Unionで購入したので、おまけのCD-RにCD最後の曲、Normalのメロトロンmixが入っていた。こちらも気持ちが凄く良い。聴いていてなぜかその昔はやったCardigansを思い出してしまった。
2005/02/13のBlog
[ 03:04 ]
[ プログレ ]
1月の末にBTFにorderしたPFM+PaganiのPiazza del CampoのDVD付盤がやっと届いた。実は、これ先週既にDisk Unionで売られていたのだが... で、今回一緒に頼んだI Califfiの60年代のcompilationはout of stockで来なかった... 何となく釈然としない気持ちでDVDを見始めたのだが、Liveの方は絶好調でそんな気持ちを吹き飛ばしてくれた。選曲は来日公演の時とほぼ同じ感じであるが、Paganiがいるので感激もひとしおである。とりあえず、captureを御覧あれ。
2005/02/12のBlog
[ 16:14 ]
[ プログレ ]
今日聴いたのはプログレ黒人の一人であり、Keyboard、Guitarを弾くBruce SpringsteenのE street band出身のDavid Sancious率いるToneの最後のalbum、"Just as I thought"である。Aristaでの彼らのalbumの相次ぐrelease中止(Dance of the age of enlightenment、Tone poems)の後、彼らの音楽は以前よりfusion的にはなっているが、野太いminimoogの音と共に、symphonic progreを思い起こさせる仕掛け一杯のarrangeは健在である。聴いたのは4曲目のInstrumental number、Valley Of The Shadow である。16beatのtightなrhythmの上をいきなり、分厚いminimoogのblock chordが包み、テーマを奏でる。雰囲気としてはHoldswaorthのinstrumental numberのchordをminimoogにしたようでもある。と思っていると、guitar solo(これもSancuiousが弾いている)が入るのだが、ここでのSanciousのGuitarもまるで、Holdsworthを思わせるのには驚く。しかし、その後minimoogとGuitarの”一人掛け合い”に突入したところで、いつもの黒いEmarsonという感じになる。backのrhythm隊はこの年代のいわゆるFusion的な乗りなのだが、彼のsoloは完全にKeith EmarsonがPitch Bendを覚えて、野太いmoogの音でばしばしチョーキングをしている感じである。このalbum、以前のAlbum片面を使ったプログレ組曲的なものは無くなり、コンパクトにまとめられた曲が多いが、そこここに彼好みのプログレ臭さが満載の好盤である。最近では初期の組曲progre路線のalbumである2枚目、Transformationも紙ジャケットで再発されている。
2005/02/11のBlog
[ 23:57 ]
[ プログレ ]
今日、LP棚から掘り出してきて聴いたのは、Soft MachineのAlive and Wellに参加した後に、Ric Sanders(Vin)とJohn Etheridge(Gui)が、Dave Bristow(Key)らと結成した2nd visionの1枚のみのalbum、First StepからA面1曲目のIce Bellsである、Soft Machineの時とは大分雰囲気が変わって2人ともリラックスして好きな音楽を肩の力を抜いてやっていると言う感じがする。曲はmid-tempoのnumberで、大きな乗りのbackに乗ってRicのちょっとラーガぽいユーモアたっぷりのViolinに、時々手が滑るものの、彼特有の”とろろguitar”を押さえ気味にしたEtheridgeのguitar soloが続く。続く2曲目では変拍子シャッフルのリズムをバックにちょっとトラッドっぽいthemeも聴かせてくれる。今日20年ぶり位に聴きなおしたのだが、昔受けたfusionっぽい感じが予想以上に希薄で、リラックスはしているもののBritish Jazzの系統を明らかに感じさせる名盤である。調べてみると近年VoiceprintよりCDが出ている。
2005/02/09のBlog
[ 17:50 ]
[ プログレ ]
聴いているだけで、温泉に入ったような極楽気分になれるプログレである。某CD屋を漁っていた時に、聴こえてきたのがこれ。日本人duo、Lu7のMuseaからの2nd Album "L'esprit de l'exil"である。曲は2曲目のCanary Creeper、このunit、一言で言えばPat Methenyの気持ちよさを持ったプログレである。永井敏己の超野太く、気持ちの良いbassと嶋村一徳のタイトだが大らかな乗りの上を、梅垣留奈の繊細に構築された綿のようなSynthesizerのChord Progressionと、"優しいHoldsworth"を思わせる栗原 務のGuitarがふわふわ浮かんでいる。最近、仕事に追っかけられ消耗気味であった私に神様がくれた栄養ドリンクのようである。
他にも、3拍子系のpercussionてんこ盛りの中東、balkan phraseをbackにguitarとbassが暴れまくる曲など、バラエティーに富んで飽きさせないが、どれも私にとってはendolphineの分泌を促進させてくれる、”気持ちの良さ”が満載である。
このbandにしろ、Cuniformから2ndが出たMachine and the Synergetic Nutsなど、日本のプログレは海外からの発売が多いのも、おじさんにとっては隔世の感である。
他にも、3拍子系のpercussionてんこ盛りの中東、balkan phraseをbackにguitarとbassが暴れまくる曲など、バラエティーに富んで飽きさせないが、どれも私にとってはendolphineの分泌を促進させてくれる、”気持ちの良さ”が満載である。
このbandにしろ、Cuniformから2ndが出たMachine and the Synergetic Nutsなど、日本のプログレは海外からの発売が多いのも、おじさんにとっては隔世の感である。
2005/02/06のBlog
