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2割引き通信
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2007/07/31のBlog
[ 20:55 ] [ 自己紹介 ]

 前に1度、この思いには触れたことがある。

 ぼくは、片思いで去っていかれる星の下に生まれているらしい。スーパーで発見した絶品のおつまみが直後に入荷しなくなったり、定期的に足を運ぶお気に入りの店はつぶれてしまったりということが多い。駅前スーパーのチーズおかきはどこへ行ったのか、コンビニのパリパリ昆布はなぜ今いないのか。直近では中目黒のアメリカンな雑貨屋が閉まったことにショックを受けたばかりだ。

 まただ、オッグミナの手を離れることになり、拠点だった白金点が閉店した。

 見るだけで優しい気持ちになれる、ミナのテキスタイルやデザインが好きだった。だから、デザインをミナが手がけるホームウエアブランド、オッグができたと知ったとき、ワクワクした。私生活にあの優しさを取り入れたら、よりリラックスできるのでは、と妄想にふけった約3年前。実際、店舗に足を運ぶ度に、その空間からくつろぎのオーラすら感じた。

 思い入れは強いが、かわいいデザインが多いこともあり、ぼく用のアイテムを買う機会は過去に1度しかなかった。夏に1日中出っぱなしの業務を担当することになったとき、ハンドタオルを購入した。いつもカバンに忍ばせた定番の水玉模様の存在と肌触りは、慣れない業務の緊張を和らげ、走り回った疲労をいやすありがたい清涼剤だった。多用するあまり、ある日落としてしまったのだが、半泣き顔でその日に歩いた道を何度も往復し、尋ね人を探すように道中の人に聞いて回ったことさえある(結局出てこず買い直しました)。

 閉店1週間前の週末に、最後の訪問をした。これで最後だなと考えると、いつもの空間で満たされながらも、胸が痛む。メンズの服もかなり残っていたこともあるが、思い出を作るかのように、あれもこれもと手にしてしまう。すすめられて試着すると、もう止まらない。2度目の買い物は、自分でも記憶にないほどの愛あるまとめ買いとなった。

 オッグ自体はブランドとして継続するが、デザインがミナの監修を離れるという。秋冬ラインからは、ガラリとコンセプトが変わるかもしれない。ただ、年を重ね距離も離れ昔のようにはいかなくても、友達って変わりない。そんな気持ちで、今後のオッグを見ていきたい。

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(写真上)ハンドタオルの水玉

(写真下)まとめ買いしたラインアップ。右上から時計回りに長袖ハイネックカットソー、長袖カットソー、ハンドタオル、肩掛けバッグ、中央はハンカチ。洋服を買うときはいつも『明日早速着られる服を』買うのがぼくの日常なので、いかに舞い上がっていたかが自分でも分かる
2007/07/27のBlog
[ 20:01 ] [ 食らう ]

 数年前に帰省したときに、初めて宮崎マンゴーを口にした。太陽のタマゴ。衝撃的な甘みにぼくは絶句して絶賛した。

 そのとき母から「最近宮崎でも作るようになったんだよ」と聞いた。宮崎でこじゃれたものを作り始めたんだと、自分のことのように誇らしく感じたことを覚えている。

 今ネット検索すると、86年から栽培が本格化していたらしい。てことは、家計上食卓にあがらなかっただけなんだろうが、この際細かいことはよかろう。確かに昔、普通のスーパーではまず見かけなかったので「最近作り出した」というのは、一般的な宮崎人の認識だと思う。

 とにかく、以来。ぼくは毎年初夏になると、宮崎マンゴーを食べることを最大の楽しみにしていた。ステキ女子が自分へのごほうびをあげるように。

 今年はとにかく苦戦した。普段はうれしかった宮崎バブルが、マンゴーの品不足と値段の高騰を生み「それなりの品質のものをそれなりの値段で」入手することができない。最後は「いくらでも払うから」ということで親に頼みこみ、2玉の幸せを送ってもらった。6月中旬の話。

 1.種を中心に3等分し、かぶりついたり。

 2.よくある形に開いたり。

 3.切り分けてお上品に食べたり。

 あまーいお菓子は得意じゃないけど、マンゴーだけは限りなく甘く濃厚にぶつかってきてほしい。今年も満喫。

 「へそくりがあるんだから」と、代金の1万3000円を断固として受け取ってくれない母親に恐縮、郷愁もこみ上げ。今年は帰ろっかなと思わせてくれた、優しい食べ物でもあった。

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「皮の周りが甘いから、かぶりつくのがうまい」とテレビでやってたけど、繊維が強いのでうまくはぎ取れないんで、個人的には2.や3.がオススメです
2007/02/17のBlog
[ 03:43 ] [ 自己紹介 ]

 病床にふすおばあちゃんにはあれから会いに行っていなかった。そして昨年末、ぼくは祖母を失った。

 その第一報を聞いて、ぼくは涙より先に、ただ悔いた。数年前、祖父との15年ぶりの対面が祖父の葬儀だったことへの深い後悔、祖父の死後に急速に老いた祖母を見て「できるだけ会いに行こう」と誓った思い、何も活かされていない。

 「社会に出ると忙しく、みんなそうだよ」と自分をなぐさめた。そうでもしないと、葬儀にすら恥ずかしくて顔を出せなくなりそうだった。

 会場の別府に着いて、涙で言葉にならない母の姿を初めて見た。気丈に喪主を務めようと振舞っていたのだが、しゃべる言葉の最後は、すべて震えて会話にならない。無理もない、親を失ったんだから。

 ぼくは、また恥じた。会いに行けなかったことを悔いているのは、ただ形にこだわっているんだと分かった。「祖母を思ってたまに顔を見に行くかわいい孫」でいたかったぼくのエゴだった。

 車で30分離れた火葬場への移動中、心を解放すると、ただ泣けた。優しいから大好きだったおばあちゃん。失った悲しみが、どっと押し寄せた。

 待合室には、こっちにもあっちにも、ぼくと同じ孫がいた。みんな対面は祖父の葬儀以来という情けない親戚づきあいだけど、ぎごちなく自然と声を掛け合った。祖母の話題にはならず、住んでる土地のことや近況を互いに口にした。ちょうどそれは、お互いが幼い頃に別府で会ったときと同じ、おじいちゃんとおばあちゃんに囲まれてしゃべる、他愛もない話だった。

 ぼくと兄は仕事の都合で、みんなより一足先に別府を離れた。もっとみんなと一緒にいたくなり、後ろ髪を引かれた。また会いたいと強く思った。

 でももう、マメに連絡をとってなんて思いはしない。「また今度」とだけ残した。ぼくは多分そういう人間で、でもそこにはぼくなりの愛情が詰まっていると胸を張って言える。

 おばあちゃんは最後に孫たちの手を取り、つなぎ、固い輪を作ってくれた。血は続いている。ぼくたちの代も大丈夫だよ、ありがとう。
2007/02/02のBlog
[ 23:26 ] [ 食らう ]

 新年あけましておめでとうございます。いつの間にかサボった更新を、したくてしたくてたまらなくなるモノに出会ってしまいました。なお、とっくにハワイからは帰ってきています。

 ショートケーキでまず大事なのは、濃厚なクリームだと思ってた。そしてスポンジがふわっとしていれば、穏やかな気分になれると思ってた。フルーツは、旬なら何だっていいと思ってた。

 「マガザン・デ・フレーズ」のイチゴショートは、イチゴがひたすら甘い。うまい。

 クリームとスポンジは甘くないけど優しく、イチゴを後方支援する。どうやら冬場はクリームに砂糖を加えないこともあるらしい。

 三位一体。気の利いた言葉が出ないけど、ぼくの人生で最高のショートケーキ。日本人でよかったとさえ、今感じている。

 京都から出店してきて松屋銀座で5日(月)まで食べられます。目の前で作ってます。東京近郊の方は、この週末銀座に出るべし。とまで、勢いで言ってしまいます!

 【2007/2/8追記】催しは終わっちゃったんで、興味ある方はこちらへ
2006/06/01のBlog
[ 21:19 ] [ お知らせ ]

 あしたから、ハワイに行ってきます。3年ぶりに1週間休みをもらえることになり、バタバタと決めました。

 どこに行って何をするか、予定はゼロ。ぼーっと、魂を洗濯するつもりだ。南国育ちのぼくは、南の風にあたるだけで英気を養える。

 帰ってきたら、2年ぶりにファスティングをし、内臓をリセットする。7月にある会社の健康診断で、近年まれに見るいい値をたたき出すのが目標だ。

 昔、おじさんおばさんの井戸端会議を見て、よくもまあ病気話ばかりするもんだと不思議に思ったものだ。洗濯、リセット、そして健康診断。ぼくも意識して体を整備する年になったんだなと、しみじみ思う。
2006/05/31のBlog
[ 22:48 ] [ 初めての・・・ ]

 ぼくは、何かと母親の料理にいちゃもんをつける、いやな子供だった。

 あまりに言い過ぎてたのか、食べ盛りの高校時代のある夜、母に「あんたはこれで好きなようにやれば」と、野菜カゴを指差された。以来、母は兄にしか夜食を作らなくなった。

 ロクに料理なんてやってなかったけど、ムキになって自分で夜食を作った。そのまずさで母の偉大さを知り、自身の態度も反省し、半泣きで自作のチャーハンをかき込んだ記憶がある。

 そんなこんなで、おふくろの味は「苦い味」なぼくだが、強烈に覚えている大好きな味もある。この「姫竹の子」と菜っ葉を入れた味噌汁に、小学校低学年ながら感動した。

 ウチはあまり裕福ではなかったのだが、たまにこの味噌汁が食卓に並んだ。値段はもちろん知らないけれど、山のうまみあふれる上品な味に「あ、高級料理だ」と感じ、ちょっとずつ口に運んだものだ。

 家庭科が始まった小4(3?)、授業で味噌汁を作ることになった。「具はなにがいいですか?」と問いかける先生に対して真っ先に手を上げ「姫竹の子と菜っ葉!」とぼくは叫んだ。間髪いれず先生が「そんな贅沢なモノはできません」と答えたことで、姫竹の子の貴重さを知った。そして何より、みんなの前でお金持ちだと言われた気分で、浮かれてしまった。

 先日、姫竹の子を「はじめて」自分で買った。味噌汁は、どこかほっとする味になった。

 話があっちこっちに飛んでしまうほど、姫竹の子は思い出深い。

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【姫竹の子】中国原産のホテイチク(イネ科)。九州南部の山野に広く自生するらしいので、意外と実家で食べてたのは安かったのかも。別名「五三竹」など。
2006/05/24のBlog
[ 20:05 ] [ 初めての・・・ ]

 肉厚で、中は半透明でジューシー。「グラパラリーフ」はアロエをすごく小さくしたような印象だ。

 かむと、心地よい歯ごたえと共に、りんごに似た酸味と野菜らしいかすかな苦味が口の中に飛び散る。おもしろさでパクパクとそのまま食べ終えたのだが、軽く刻んでサラダに投入すれば、きっといい変化球になっただろう。口への入り方次第で、具にも、ドレッシングにもなれるはず。

 こんな素材を見事に生かしたレストランに行ってみたい。外食の欲求をつのらせる食材だった。

 パックに入っていた「食べ方ガイド」にはわさび醤油でと、真っ先に書いてあった。試して撃沈。マニュアル君になっちゃダメだと、社会の厳しさを教えてくれた食材だった。
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【グラパラリーフ】南米原産の多肉植物の一種。『ミネラル豊富であり、1日10粒で血糖値降下や肝機能改善、美肌効果を期待できる』との話もあるが、1パック400円のため断念。

詳しくは【アグリアシストジャパン株式会社】で
2006/05/10のBlog
[ 14:42 ] [ 初めての・・・ ]

 早いもので、転勤して半年が過ぎました。ブログを放置してしまいました、ごめんなさい。皆さま、明けましておめでとうございます。

 1年半ぶりの東京生活なので懐かしいことは多々あるのだが、もっとも魂を揺さぶるのは近状のスーパーである。ここには、未体験の食材があふれているので、スーパーに行く度に、必ず1つ、買うことにした。

 なんとなく使いやすそうだったので、第1回目は「うるい」。

 写真では分かりづらいのだが、未体験の人に優しく「レシピはこちらへ」と、URLを記した紙がある。素直に従うとJA全農庄内に飛んだ。天然モノはちょうど旬の時期で、おひたし、あえものが一般的らしい。

 見た目のイメージがわけぎっぽいからと「ぬた」にしたところ、まさにピッタリのぬめり感。だったらわけぎでもいいんじゃないかと思うかもしれないが、繊維っぽさが少なめなので、歯に詰まりやすい人にはオススメである。


 それよりも何よりも、JA全農庄内のページには庄内平野の農業データがあふれており、ちょっと夢中になった。農産物が、生き生きと躍動感にあふれて描かれている。お米キャラもいい(写真はJA全農庄内のページから。左から庄内マイ子ちゃん、青空コメ夫くん、ハカセ)。


 うるいがくれた、新しい世界に感謝。

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【うるい】ユリ科ギボウシ属の多年草で、学名はオオバギボウシ。アジア東部でも特に日本の本州と北海道の山地に多く自生し、20種類以上ある。

【JA全農庄内のページ】
2005/10/22のBlog
[ 03:34 ] [ 自己紹介 ]

 あれは、90年の4月だった。宮崎の田舎町を離れ、福岡という『都市』の地を踏むことにウキウキしていた。

 天神に出れば、買いたいものは何でもそろった。娯楽はボウリングとパチンコだけではなかった。皿に小高く盛られたこじゃれ料理は、初体験の味ばかりだった。街を少し離れればもの静かで家賃も安く、住環境も申し分ない。だから転勤で東京行きが決まった時、この『ほどよい都会』を失うことがつらかった。

 2度目は去年の春だ。東京帰りで。

 買い物の選択肢が天神しかなく、おもしろくなかった。中洲はVシネマに見えた。ここの『九州男児』は見栄っ張りで女々しいから、すぐに話がややこしくなる。そのいばりんぼうな姿を、井の中の蛙だと感じた。食べ物がうまいことは救いだったが、西洋技術系料理を好むぼくには、物足りなさが残った。

 転勤が決まった。また、福岡を去ることになる。急に、あのときと同じどうしようもないつらさを感じている。

 東京暮らしを経験したぼくは、シティボーイ気取りだったんだ。この地を上から見ていたんだ。そんな奴が楽しく過ごせるわけもなく。街は変わっていないのに、ぼくが「みやがっちょった」と、やっと気付いた。

 今、周りのみんなの言葉が1つ1つ胸に染みる。目に染みる。よく泣く男なのは変わっていない。
2005/09/29のBlog
[ 04:54 ] [ 自己紹介 ]

 ここ1年ほど、酒を飲むたび狭く巨大化する自分がいた。

 ここ2~3カ月、狭く大きく体を壊し、酒をあまり受け入れない体になった。大好きだった芋焼酎も寄せ付けず、空き瓶がしばらく家から出ていなかった。

 悔しくも健康を意識して走りまくったこの1週間で、一気に快方に向かった。体は素直に、また芋を欲している。ならばと飲んでしまう。飲めなかった時期の分までと倍増する。この時間まで眠れずに、更新を始めてしまう。

 もう巨大化はしない。でも高揚したぼくは、あしたこそは寝不足でも爽やかに起きれそうだと勘違いして、なかなか床につくことができない。

 34歳の1年は、たくましく行けそうだ。