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星屑背にして 満月ひろおう
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2004/03/29のBlog
[ 19:26 ] [ 巻の9・東夷大将軍 拝 ]
「どういうことじゃな?。之也くん」
「幸彦、田舎に連れて帰りたいんです。だめでしょうか?」
「は? 」
あまりに意外な言葉だったので元山は眉を寄せる。
「それはいったい?」
意識が戻ったばかりの巫幸彦は絶対安静の状態だ。様態だとて一進一退だというのに、『田舎に連れて帰れたい』とはいったいどういうことか?。
養生させるのなら都でもいっこうにかまわないだろうに。
「之也くん?」
「……あいつはさぁ、今までいろんなことをたった一人で背負ってきたんだ。都に来たのだって、千姫のためを思ってのことだ。俺はさ……。もう、いいと思う。あいつは都よりも田舎のほうが似合っている。身体の傷にもきっといいと思うんです」
「しかし」
事情が事情だ。そう簡単に了解など出せるはずがない。医師として、元山はやっと峠を越したばかりの重病者に田舎までの長旅を許可、出来るはずがない。
「動かすことも難なのですよ。今の幸彦くんの状態では」
「わかっています」
でもっ。
之也は言わずにはいられなかった。
「もう、もう幸彦一人に重荷を背負わせたくないんだ」
「だがねぇ、最低でも三々月は絶対安静なんですぞ。無理をさせればこの後どうなるかわかりませんぞ。都から峠を幾つ越えるというんじゃ?。幸彦くんにはとても……」
物言いたげな元山の言葉を之也は横合いから奪う。
[ 19:24 ] [ 巻の9・東夷大将軍 拝 ]
元山は籐で編んだ筺のなかから三角に折った紙包みを一つ取り出す。三角形の中心部分には粉末状の飲み薬。
「さて、之也くんの用向きは、幸彦くんの薬じゃな?。これを持っていきたまえ」
「あ、はい」
元山の手から薬を受け取り、懐にしまう。
どこか表情が暗い之也。
「聖之也くん、君は……何か私に言いたいことでもあるんじゃないのかね?」
「え?」
図星を差されて之也の目が丸くなる。
「どうして……?」
「君の瞳を見ていればわかるよ。私はね、傷を診るだけが仕事の医者じゃあない。人を看るのも仕事なんじゃよ」
「……先生」
思いつめた視線を畳に落とす之也。
「君もそうとう疲れているようじゃの」
「俺が?」
元山の言葉に顔を上げる之也。
「疲れて、いる?」
無意識のうちに頬手をやる。げっそりとこけている。
「そう、かもな」
つぶやいたものの之也は小さく首を左右に振った。
「俺はべつに何ともないよ。俺よりも……」
心配なのは幸彦の様態だ。
意識は無事に戻ってきたものの、まだ何とも言えない状態であろう。
「お医者の先生」
之也は元山と正面に向き合う体制をとる。
「幸彦の具合、どの程度のものなんだろうか?」
「なんじゃ?」
之也の意図することが何なのかわからない。
2004/03/25のBlog
[ 18:43 ] [ 巻の9・東夷大将軍 拝 ]
「おや?。誰かいるのかい?」
いるなら、入りたまえ。
低くつぶやいた元山は影の形から理解した。
「之也くん、だね?。どうしたんだい?」
「……」
障子が左右に押し開かれた。元山の前に現れたのは聖之也だった。
「幸彦の薬をいただきにきました」
やや、やつれた感じの瞳。寝ずの看病をしていたのだろう。髪はぼうぼうと天に向かって伸びていた。凛々しい面相に似合わず、しわが着物に寄っていた。
之也は自分のことなどかまいなしに、
「幸彦、やっと目を覚ましてくれたんです。もう、もうダメかと思っていた」
今にも泣きだしそうな顔になる。
意外だな、と、元山は横目で之也を見つめていた。
聖之也という名の青年。
決して、自分の苦しみや悲しみの表情など軽々しく出したりしないだろう。――だが、
自分以外の者の苦しみや悲しみには敏感に反応してしまう。
「……先生のおかげです。本当に。ありがとうございました」
「いやいや。彼はついていたのだよ。斬られた傷も急所を外れていたし、幸彦くんの生命力が強かったんだな」
之也は無言で首を縦に降ろした。
[ 18:41 ] [ 巻の9・東夷大将軍 拝 ]
一方。
藤原忠統邸にて、その日一番多忙だったのは他の誰であろう、医師・元山(がんざん)であった。
日はとうに上ったが、まだ夜の闇のなかにいるように思える。
昨晩から、重病人の治療に多忙しで睡眠もろくにとっていない。
鼻下にある、ほんの気持ちだけ生えている髭に手を当てる。
ふだんなら決してぼやいたりしない元山もつい口から愚痴がこぼれ出てしまう。
「まったく。なんでこう、このお屋敷には次から次へと傷だらけの人ぎかりおるのかね?」
やれやれ。
吐き出された息は重い。
五十半ばへ手が届く元山はこめかみのあたりを押さえ、低くうめいた。
「しかし……物騒な世の中になったものだよ」 はううっ。
口を開けると大きなあくびが飛び出した。
「けれどなぁ」
誰に向かってつぶやくでもない。独り言にしてはやや大きな声で続ける。
「背中からばっさり斬られた青年。右手首まるごと一つ失った男。手負いの獣じみた、男か女かわからぬ美しい者。みんな、手ひどい傷を受けておる。放っておくわけにはいかぬよのぅ」
元山のために用意された一室。何の変哲もない、平凡な和室。やや日に焼けた畳。部屋の中央には文机。卓上には、元山の商売道具でもある色とりどりの漢方薬、薬草、調合用のすり鉢にねんぼうが散らばっている。
手に取り、何気に視線を上げると障子に影が一つ映っていた。
[ 18:39 ] [ 巻の9・東夷大将軍 拝 ]
こくん。
千巻は小さく息を飲んだ。
でも。
「さよならしなくちゃいけないんだ」
あたしは。
宇賀神とはいられない。
現実が目の前にあった。
「宇賀神」
たらいを手にゆるりと立ち上がる。井戸の縁に軽く置いていたつるべは音をたて、勢いよく、井戸のなかへ落ちていった。
かららららん。響く。
たらいを手に一歩、踏み出す。
「たっくさんのお星様なんかいらない」
あたしは宇賀神と同じ空の下で、黄金色に輝く満月が見たいだけ……なの。
今にも泣きだしそうな瞳。途切れ途切れに震える声。
「さよなら、しなきゃいけないんだよ」
宇賀神とあたし。
 ☆
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