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2007/02/11のBlog
[ 19:20 ]
[ 人生 ]
一年に一回ぐらいススはらい
ぐらいしとかないとな、ここも。
早いなあしかし。
それにしても一年更新してないのにホソボソと
アクセス数が増えてるのはなんなんだろ。
中のヒトのいんも・・・じゃねえ陰謀かな。
なんでもいいか。とにかく覗いてくれる人がいることに多謝。
ひたすら感謝。
相変わらず朝来たら事務所の床にどこからともなくやってくるちぢれっ毛のような
不毛だか多毛だかわけわからん日々をあくせくこなしてるうちに一年経っちまいましたぜ。
困ったもんだ。
別に困るこたないか。
しかしなんだな、ここに来て思うが
結局『目刺し屋文十』なんだな俺、とか勝手なことを思う。
本格的に復帰する予定はないが。
たまには、ね。
そういや一年ぶりどこじゃないヒトもいるな、帰ってきたの。
こないだ25年ぶりに空から帰ってきた先生。
興味のある人はこれの前とその前も見てみよう。
おっさんは泣いたよ、さりげなく。
でも涙腺ユルくなったよなあ。歳だな。
チマタでは神展開と言われてるメビウスの終盤だが(どこの巷だ)、
どう見てもおっさん世代をターゲットにしてるとしか思えんな。
や、好きだからいいけどさ。
「先生ー!先生に憧れて、僕は、教師になりましたー!」
「私は結婚して、3人の子供のお母さんでーす!」
「僕は、地元の信用金庫に就職しましたー!」
(メビウス第41話『思い出の先生』)
かつての恩師である彼らに、胸を張って誇れるなにかは、あるだろうか。
などと考えてみる。
誰かを想い、誰かの平和のために役に立とうとするたびに
返ってそのひとを苦しめたり、他の誰かを苦しめたり。
目的のために、信念のためにあるいは裏切られ、裏切り、嘘をつき、想いは遠ざかる。
結果、自分の無力さに自分自身が苦しむ、などということもある。
人生にはえてしてそんなところがあるらしい。
「我々ウルトラマンは決して神ではない。どんなに頑張ろうと、
救えない命もあれば、届かない思いもある。」
『ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟』
彼らは絶望をも教えてくれていたのかもしれない。
「帰って来たウルトラマン」なんか思い出すと、そんな話多かったような気がする。
そんな思いを味わってなお、ひとはひとの、誰かの平和を願っているものなのだ、
と信じたいのではないか、人は。
たまあに更新してるかと思やあ辛気臭えハナシばっかしやがって、などと
眉をひそめるムキもありましょうがw
あんまりキャラ変わってないしなあ。
「誰だってヒーローを愛してる。その姿を見たがり、応援し名前を呼ぶ。
何年もたった後で皆語り継ぐでしょう。
苦しくても諦めちゃいけないと教えてくれたヒーローがいた事を。
誰の心の中にもヒーローがいるから、正直に生きられる。
強くなれるし、気高くもなれる。 そして最後には誇りを抱いて死ねる。
でもその為には常に他人の事を考え、
一番欲しいものを諦めなくちゃならないこともある。
自分の夢さえも。
ヘンリーはその気持ちを教わったからスパイダーマンの行方を聞くの。
彼が必要だから」(『スパイダーマン2』)
たぶん人生には、ヒーローが必要なのだ。
水や大気や酒やらナニやらが必要であるように。
明日もまた、戦っていくために。
なによりも、ともすればくじけそうになる、自分自身に負けないために、かもしれない。
「君が諦めない限り、それは敗北ではない」
(メビウス第37話『父の背中』)
自分に勝つ、のは結果ではない。いつだって過程なのだ。
次の瞬間には負けていたりもする。
それでも「負けたくない」という気持ちだけでも持っていられれば
あるいは、それでいいのかもしれない。
そうやって勝ったり負けたりしながら、またひとつ歳をとっていくのだろう。
あ、今日で46だ。
やべ。
・・・なにがヤバいんだ、なにがw
「やさしさを失わないでくれ。
弱い者をいたわり、互いに助け合い、
どんな国の人達とも、友達になろうとする気持ちを失わないでほしい。
たとえその気持ちが何百回裏切られたとしても 。
・・・それが私の最後の願いだ」
(ウルトラマンA最終回『明日のエースは君だ』)
※おまけ
『心に響いたヒーローの名台詞』
『ウルトラマンメビウスの名台詞を挙げるスレ』
また、忘れたころ帰ってくることもあるかもしれません。
結局私、目刺し屋文十、ですからw
それではまた。
ぐらいしとかないとな、ここも。
早いなあしかし。
それにしても一年更新してないのにホソボソと
アクセス数が増えてるのはなんなんだろ。
中のヒトのいんも・・・じゃねえ陰謀かな。
なんでもいいか。とにかく覗いてくれる人がいることに多謝。
ひたすら感謝。
相変わらず朝来たら事務所の床にどこからともなくやってくるちぢれっ毛のような
不毛だか多毛だかわけわからん日々をあくせくこなしてるうちに一年経っちまいましたぜ。
困ったもんだ。
別に困るこたないか。
しかしなんだな、ここに来て思うが
結局『目刺し屋文十』なんだな俺、とか勝手なことを思う。
本格的に復帰する予定はないが。
たまには、ね。
そういや一年ぶりどこじゃないヒトもいるな、帰ってきたの。
こないだ25年ぶりに空から帰ってきた先生。
興味のある人はこれの前とその前も見てみよう。
おっさんは泣いたよ、さりげなく。
でも涙腺ユルくなったよなあ。歳だな。
チマタでは神展開と言われてるメビウスの終盤だが(どこの巷だ)、
どう見てもおっさん世代をターゲットにしてるとしか思えんな。
や、好きだからいいけどさ。
「先生ー!先生に憧れて、僕は、教師になりましたー!」
「私は結婚して、3人の子供のお母さんでーす!」
「僕は、地元の信用金庫に就職しましたー!」
(メビウス第41話『思い出の先生』)
かつての恩師である彼らに、胸を張って誇れるなにかは、あるだろうか。
などと考えてみる。
誰かを想い、誰かの平和のために役に立とうとするたびに
返ってそのひとを苦しめたり、他の誰かを苦しめたり。
目的のために、信念のためにあるいは裏切られ、裏切り、嘘をつき、想いは遠ざかる。
結果、自分の無力さに自分自身が苦しむ、などということもある。
人生にはえてしてそんなところがあるらしい。
「我々ウルトラマンは決して神ではない。どんなに頑張ろうと、
救えない命もあれば、届かない思いもある。」
『ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟』
彼らは絶望をも教えてくれていたのかもしれない。
「帰って来たウルトラマン」なんか思い出すと、そんな話多かったような気がする。
そんな思いを味わってなお、ひとはひとの、誰かの平和を願っているものなのだ、
と信じたいのではないか、人は。
たまあに更新してるかと思やあ辛気臭えハナシばっかしやがって、などと
眉をひそめるムキもありましょうがw
あんまりキャラ変わってないしなあ。
「誰だってヒーローを愛してる。その姿を見たがり、応援し名前を呼ぶ。
何年もたった後で皆語り継ぐでしょう。
苦しくても諦めちゃいけないと教えてくれたヒーローがいた事を。
誰の心の中にもヒーローがいるから、正直に生きられる。
強くなれるし、気高くもなれる。 そして最後には誇りを抱いて死ねる。
でもその為には常に他人の事を考え、
一番欲しいものを諦めなくちゃならないこともある。
自分の夢さえも。
ヘンリーはその気持ちを教わったからスパイダーマンの行方を聞くの。
彼が必要だから」(『スパイダーマン2』)
たぶん人生には、ヒーローが必要なのだ。
水や大気や酒やらナニやらが必要であるように。
明日もまた、戦っていくために。
なによりも、ともすればくじけそうになる、自分自身に負けないために、かもしれない。
「君が諦めない限り、それは敗北ではない」
(メビウス第37話『父の背中』)
自分に勝つ、のは結果ではない。いつだって過程なのだ。
次の瞬間には負けていたりもする。
それでも「負けたくない」という気持ちだけでも持っていられれば
あるいは、それでいいのかもしれない。
そうやって勝ったり負けたりしながら、またひとつ歳をとっていくのだろう。
あ、今日で46だ。
やべ。
・・・なにがヤバいんだ、なにがw
「やさしさを失わないでくれ。
弱い者をいたわり、互いに助け合い、
どんな国の人達とも、友達になろうとする気持ちを失わないでほしい。
たとえその気持ちが何百回裏切られたとしても 。
・・・それが私の最後の願いだ」
(ウルトラマンA最終回『明日のエースは君だ』)
※おまけ
『心に響いたヒーローの名台詞』
『ウルトラマンメビウスの名台詞を挙げるスレ』
また、忘れたころ帰ってくることもあるかもしれません。
結局私、目刺し屋文十、ですからw
それではまた。
2006/01/29のBlog
[ 17:37 ]
[ 口上 ]
更新を停止いたします。
何人かお茶吹いたかな、今。
いきなり何事かとお思いの方もおいでかもしれませんが。
娘にここをカミングアウトされちまいました関係で
実質的にここで継続する気を失っちゃったのが原因。
や。別に構わないっちゃあ構わないんですけどね。
やっぱりどうも好き放題書きづらいつーのも少々つまらんもんですから。
そんなわけで、唐突で申し訳ないのですが
また居場所を探す旅に出かけることにします。
まあ、またやると思いますけど。
いくつかのジャンルについては
それまで中味を練っていきたいと思っております。
いつになるかわかりませんが
落ち着き所が決まりましたら
御希望の方にはメール等でお知らせさせて頂きたいと思います。
いつかまたお目にかかりましょう。
それでは。
何人かお茶吹いたかな、今。
いきなり何事かとお思いの方もおいでかもしれませんが。
娘にここをカミングアウトされちまいました関係で
実質的にここで継続する気を失っちゃったのが原因。
や。別に構わないっちゃあ構わないんですけどね。
やっぱりどうも好き放題書きづらいつーのも少々つまらんもんですから。
そんなわけで、唐突で申し訳ないのですが
また居場所を探す旅に出かけることにします。
まあ、またやると思いますけど。
いくつかのジャンルについては
それまで中味を練っていきたいと思っております。
いつになるかわかりませんが
落ち着き所が決まりましたら
御希望の方にはメール等でお知らせさせて頂きたいと思います。
いつかまたお目にかかりましょう。
それでは。
2006/01/23のBlog
[ 19:21 ]
[ 仏 ]
などとどアホウなことしか思いつかん錯乱の月曜日は
おとといから持ち越してる末っ子の高熱による
自爆ゲロから始まった。
普段ひとさまの2.5倍の食い物を消費する小僧だが
さすがに土日とも39度を越す熱では
飯も喉を通らず、アミノサプリでかろうじて生存。
土日もぶっちで仕事漬けのおやじは当然休みもなく
凍結した裏道をおっかなびっくりチャリ通勤。
出ればすかさず役所三ヶ所から問い合わせだの催促だの。
ほうほうの態でこなしてるところへ
かかあからメールが来て、なにかと思や
われらがばか娘ときたら凍結した道ですっ転んで
ヒザをぱっくり。
緊急外来の問合せ先を調べて送信しながら
明日納める成果品のチェックにかかりながら
修正作業の遅れているメンバーに電話しながら
社長のばか息子の無茶な注文に答えてたら結局
「んじゃ文十さん行って」の一言で片付けられながら
うんこしながら見解書の文面を考えながら
穴の開いた靴下の裏側をじっと見ながら
脳みその中味をかきむしる方法を考える。
えーと、ね。
カラダもアタマも一個しかないですから!
などと言えるヒマすらなく
耳からしゅうしゅう煙出しているところへ
ヤツからメールが来る。
「目の前にあるのに見てなかったり、見えてなかったりするものもある」
お前、どっから見ている。
と、びびりながらも
はっと気がつく。
※
『求心歇む処、即ち無事』(臨在録・11)
※
ヤツにそう言ったのは、他ならない俺ではなかったか。
俺が忘れて、どうする。
とりあえず、虚空をうろちょろするエクトプラズムを風呂敷に包んで
引き出しの中にしまい込み
熱いお茶を一杯淹れて、飲む。
ふむ。
※
『如かず、無事にして休歇し去らんには。
飢え来たれば飯を喫し、睡り来たれば眼を合す。
愚人我を笑う。智は乃ち焉を知る』(同・21)
※
すったもんだしながら成果品をまとめ終わり、
節煙しそこなって再び倍の量に膨れ上がった
吸い殻をもみつぶして、考える。
無事。
求めるがゆえに得られないもの。
得るうちには求めえないもの。
忘れているのは、たぶん俺自身。
末っ子は結局インフルエンザだったみたいだが
タフな奴のことだ。じきに持ち直すだろう。
ばか娘は学校ばっくれたみたいだが
まあ大事もあるまい。
そんな気配はおくびにも出さずに
粗忽を叱ることになるんだろうが、な。
無事。
此に於いて、切。
道はいつでもそこにある、ということか。
ただ見ていないだけで。
わかっちゃいるけど、か。
困ったねえ。
別に困るこたあないんだが。
おとといから持ち越してる末っ子の高熱による
自爆ゲロから始まった。
普段ひとさまの2.5倍の食い物を消費する小僧だが
さすがに土日とも39度を越す熱では
飯も喉を通らず、アミノサプリでかろうじて生存。
土日もぶっちで仕事漬けのおやじは当然休みもなく
凍結した裏道をおっかなびっくりチャリ通勤。
出ればすかさず役所三ヶ所から問い合わせだの催促だの。
ほうほうの態でこなしてるところへ
かかあからメールが来て、なにかと思や
われらがばか娘ときたら凍結した道ですっ転んで
ヒザをぱっくり。
緊急外来の問合せ先を調べて送信しながら
明日納める成果品のチェックにかかりながら
修正作業の遅れているメンバーに電話しながら
社長のばか息子の無茶な注文に答えてたら結局
「んじゃ文十さん行って」の一言で片付けられながら
うんこしながら見解書の文面を考えながら
穴の開いた靴下の裏側をじっと見ながら
脳みその中味をかきむしる方法を考える。
えーと、ね。
カラダもアタマも一個しかないですから!
などと言えるヒマすらなく
耳からしゅうしゅう煙出しているところへ
ヤツからメールが来る。
「目の前にあるのに見てなかったり、見えてなかったりするものもある」
お前、どっから見ている。
と、びびりながらも
はっと気がつく。
※
『求心歇む処、即ち無事』(臨在録・11)
※
ヤツにそう言ったのは、他ならない俺ではなかったか。
俺が忘れて、どうする。
とりあえず、虚空をうろちょろするエクトプラズムを風呂敷に包んで
引き出しの中にしまい込み
熱いお茶を一杯淹れて、飲む。
ふむ。
※
『如かず、無事にして休歇し去らんには。
飢え来たれば飯を喫し、睡り来たれば眼を合す。
愚人我を笑う。智は乃ち焉を知る』(同・21)
※
すったもんだしながら成果品をまとめ終わり、
節煙しそこなって再び倍の量に膨れ上がった
吸い殻をもみつぶして、考える。
無事。
求めるがゆえに得られないもの。
得るうちには求めえないもの。
忘れているのは、たぶん俺自身。
末っ子は結局インフルエンザだったみたいだが
タフな奴のことだ。じきに持ち直すだろう。
ばか娘は学校ばっくれたみたいだが
まあ大事もあるまい。
そんな気配はおくびにも出さずに
粗忽を叱ることになるんだろうが、な。
無事。
此に於いて、切。
道はいつでもそこにある、ということか。
ただ見ていないだけで。
わかっちゃいるけど、か。
困ったねえ。
別に困るこたあないんだが。
2006/01/18のBlog
[ 19:19 ]
[ 妄想 ]
最近ネタを仕入れちゃったもんだから懲りずにやります
妄想建物紀行。
妄想とゆーよりは、なんだこりゃ。
現実か。
トカゲビル。
名前は知らないや。
ゴリラがへばり付いてるビルとかはたまに見かけるけど
トカゲはあんまりいない。
いないか、普通。
何屋さんなのか激しく気になるがなあ。
定食屋かなんかだったら笑っちゃうな。
とかげ定食とか。
なんかこういう光景を見ると大昔のSF映画を思い出す。
『終末の兆し(The Beginning Of The End )』(1957)
このトカゲぐらいのサイズのバッタが大挙して襲ってくる映画。
くだらねー。
この映画を作ったバート・I・ゴードンつー人は
とにかくなんでもでっかくするのが好き。ネズミとか蟻んことか。
ついたあだ名が「ミスターBIG」だって。
ボールペン屋みたい。
つっても誰も知らないか。
でもあんまり予算はビッグじゃなかったらしくて
すげえチンケな特撮で頑張った。
切り抜いた写真のビル街に実物のバッタをとまらせて撮影した話は有名だが。
『終末の兆し』つーよりは『お笑いの兆し』みたい。
だいたいこういうのって放射能浴びて巨大化、とか薬物で突然変異、とか
ゴジラだのウルトラQだのと同じノリで簡単に巨大化したりしてるが
現実世界での影響はシャレになってない話のほうが多いのは御存知の通り。
『そして、奇妙な暗い影がこの地域にしのびよって、すべてが変わり始めた。
ある邪悪な魔力がこの社会に降りた。謎の疫病がニワトリの群れに広がった。
牛や羊が病気になり、死んだ。あらゆる場所に死の影があった。
農夫たちは家族の間で病人が多いと話した。
街では医者が患者に見られる新型の病気に悩まされるようになった』
(レイチェル・カーソン『沈黙の春』)
これは残留農薬による生物への影響について警告した本だったが
発行されたのは1962年。
あんまり表に出てこないけどどうなったんだろ、残留農薬の話。
1986年のチェルノブイリ原発事故後の残留放射能については
『汚染:食べ物や水中のチェルノブイリの遺産』
なんかの記事が詳しいか。
日本の場合は前世紀末(もうこんな表現になっちまったんだよなあ、やだやだ)に問題になった
東海村の臨界事故とか、一連の「プルサーマル」用燃料の捏造データ事件とか。
青森県の核燃料再処理施設問題とかかな。有名どころは。
世紀末には終末思想やら2000年問題やら煽りも多少入ってはいたものの
「生存に関する危機」が喧伝されていたものだったが
わずか5年も経ったら、当事者以外はみんな忘れてるもんな。
自分も含めて。
案外「終末」というものは
そんなふうに人間の危機意識が油断しきった頃、
夕暮れにふと現れた自分の影のように
そおっと背後から忍び寄ってくるものなのかもしれない。
そう、この大トカゲビルは
そんな人間たちの意識に警鐘を鳴らすために建てられた
わきゃあないって。
とにかく、油断大敵。
つーことで。
妄想建物紀行。
妄想とゆーよりは、なんだこりゃ。
現実か。
トカゲビル。
名前は知らないや。
ゴリラがへばり付いてるビルとかはたまに見かけるけど
トカゲはあんまりいない。
いないか、普通。
何屋さんなのか激しく気になるがなあ。
定食屋かなんかだったら笑っちゃうな。
とかげ定食とか。
なんかこういう光景を見ると大昔のSF映画を思い出す。
『終末の兆し(The Beginning Of The End )』(1957)
このトカゲぐらいのサイズのバッタが大挙して襲ってくる映画。
くだらねー。
この映画を作ったバート・I・ゴードンつー人は
とにかくなんでもでっかくするのが好き。ネズミとか蟻んことか。
ついたあだ名が「ミスターBIG」だって。
ボールペン屋みたい。
つっても誰も知らないか。
でもあんまり予算はビッグじゃなかったらしくて
すげえチンケな特撮で頑張った。
切り抜いた写真のビル街に実物のバッタをとまらせて撮影した話は有名だが。
『終末の兆し』つーよりは『お笑いの兆し』みたい。
だいたいこういうのって放射能浴びて巨大化、とか薬物で突然変異、とか
ゴジラだのウルトラQだのと同じノリで簡単に巨大化したりしてるが
現実世界での影響はシャレになってない話のほうが多いのは御存知の通り。
『そして、奇妙な暗い影がこの地域にしのびよって、すべてが変わり始めた。
ある邪悪な魔力がこの社会に降りた。謎の疫病がニワトリの群れに広がった。
牛や羊が病気になり、死んだ。あらゆる場所に死の影があった。
農夫たちは家族の間で病人が多いと話した。
街では医者が患者に見られる新型の病気に悩まされるようになった』
(レイチェル・カーソン『沈黙の春』)
これは残留農薬による生物への影響について警告した本だったが
発行されたのは1962年。
あんまり表に出てこないけどどうなったんだろ、残留農薬の話。
1986年のチェルノブイリ原発事故後の残留放射能については
『汚染:食べ物や水中のチェルノブイリの遺産』
なんかの記事が詳しいか。
日本の場合は前世紀末(もうこんな表現になっちまったんだよなあ、やだやだ)に問題になった
東海村の臨界事故とか、一連の「プルサーマル」用燃料の捏造データ事件とか。
青森県の核燃料再処理施設問題とかかな。有名どころは。
世紀末には終末思想やら2000年問題やら煽りも多少入ってはいたものの
「生存に関する危機」が喧伝されていたものだったが
わずか5年も経ったら、当事者以外はみんな忘れてるもんな。
自分も含めて。
案外「終末」というものは
そんなふうに人間の危機意識が油断しきった頃、
夕暮れにふと現れた自分の影のように
そおっと背後から忍び寄ってくるものなのかもしれない。
そう、この大トカゲビルは
そんな人間たちの意識に警鐘を鳴らすために建てられた
わきゃあないって。
とにかく、油断大敵。
つーことで。
2006/01/15のBlog
[ 17:44 ]
[ えろ ]
某新年会で呑んだ結果
終電ばっくれたあげく
会社の車で一夜を明かして
今日は仕事の文十オヤジもうじき45。
ばかだ。ばかすぎる。
それはまあおいとい、てー。
呑みながら、
皿に乗っていたプチトマトをエロっぽそうに食べる隣の可愛い子ちゃんを見てて
ふと思ったのだが、
なんで丸いのにエロっぽいんだろね、プチトマト。
細長い、とかいうんだったら
まあそれはそれでなんとなく納得するのだが。
ついでに、どーでもいい話だが、
よくグラビアなんかに、モデルがバナナとかソフトクリームとか
そのテの細長いっぽい系のもんくわえたりしゃぶったりしてる写真が載ってたりするが
どーも意図があざとすぎて、すれっからしのおじさんとしては
あーいうの見ても、何も感じない。
だからなんだ、と言われても困るわけですが。
なんの話だっけ。
あ、プチトマトだ。
赤い、という点に問題があるのかな。
赤くて丸くて小さい。
でも福引の赤い玉見ててもエロは感じないぞ。
「大当たりー!」とか言ってからんからんからん、とか。
いかん、ハンドベルの音が寝不足の頭の中でぐるんぐるんしてるぞ。
いやそうじゃなくて赤い玉・・・もとい、プチトマト。
プチトマトと福引の赤い玉の違いがどこにあるか、というと
食べ物であるかないか、か。
つーことは『食べる』という行為自体にエロがある、と
そういう解釈でいいのかな。
口腔部に赤くて丸くて小さい異物を挿入する、と
そういう行動自体が特定のイメージを喚起せしむるわけで
こう書くとエロっぽいようなそうでもないような。
まあ、解釈の問題といえばそーなんだが。
別に解釈しなくてもいいような気もするがな。
今の家に越してきて間もない頃、
茫漠たる空き地状態だった庭になんか野菜を植えようなどと考えて
最初に植えたのがプチトマト1株だったりした。
素人でも楽、つー話だったからだが
ご多分に漏れず、当然の事ながら世話なんかしやしないでほったらかし。
ところが、元の土壌がいいんだかなんなんだか
一株のプチトマトが伸びる伸びる。
適当に挿しておいた支柱を通り越して垣根にまで侵略を始めた。
当然のことながら果実は大収穫。
その当時は喜んだもんだったが、あまりにも爆発的な収穫量に
だんだん嫌気が差してきたりした。
そこへ持ってきて、子供が学校で教材として育てていた
もう一株が増えたもんだから、もう大変。
大鍋いっぱいのトマトソースを作ったのに
まだ大ザル二杯ぶんぐらいある。プチトマトの山。
どこがプチなんだかさっぱりわからない。
さすがに腐らせた挙句、冬になって枯れたので
これ幸いと隣の空き地に果実ごとうっちゃった。
が、
本当の悪夢はその翌年にやってきた。
果実もろとも投げておいたその恐怖の生命体は
なんと空き地で自生し
勝手にぼかすか繁殖し始めたのだ。
空き地の真ん中じゃなくて境界の際に捨てといたもんだから
ウチの垣根を勝手に支柱代わりにしみるみる大繁殖。
気がついた時には赤い果実が鈴なり。
もちろん収穫しきれるもんじゃなく
熟して落ちて腐敗して悪臭を撒き散らす恐怖の生物と相成った。
無論捨てたほうが悪いわけでトマトに罪はないのだが
こうなっちゃうとどうしようもない。
根こそぎ引っこ抜いて埋めちゃいました。
そんなわけで
二度と我が家の庭にプチトマトが育つことはなかったと
そーゆー話。
食べ物粗末にしちゃいけませんよ、という教訓でした。
で
どこがエロなんだッ!
と、ひとり突っ込む寝不足の夕暮れ。
ダメだ。
帰って寝よ。
あ、29000HITになってた。
皆様大感謝です。
終電ばっくれたあげく
会社の車で一夜を明かして
今日は仕事の文十オヤジもうじき45。
ばかだ。ばかすぎる。
それはまあおいとい、てー。
呑みながら、
皿に乗っていたプチトマトをエロっぽそうに食べる隣の可愛い子ちゃんを見てて
ふと思ったのだが、
なんで丸いのにエロっぽいんだろね、プチトマト。
細長い、とかいうんだったら
まあそれはそれでなんとなく納得するのだが。
ついでに、どーでもいい話だが、
よくグラビアなんかに、モデルがバナナとかソフトクリームとか
そのテの細長いっぽい系のもんくわえたりしゃぶったりしてる写真が載ってたりするが
どーも意図があざとすぎて、すれっからしのおじさんとしては
あーいうの見ても、何も感じない。
だからなんだ、と言われても困るわけですが。
なんの話だっけ。
あ、プチトマトだ。
赤い、という点に問題があるのかな。
赤くて丸くて小さい。
でも福引の赤い玉見ててもエロは感じないぞ。
「大当たりー!」とか言ってからんからんからん、とか。
いかん、ハンドベルの音が寝不足の頭の中でぐるんぐるんしてるぞ。
いやそうじゃなくて赤い玉・・・もとい、プチトマト。
プチトマトと福引の赤い玉の違いがどこにあるか、というと
食べ物であるかないか、か。
つーことは『食べる』という行為自体にエロがある、と
そういう解釈でいいのかな。
口腔部に赤くて丸くて小さい異物を挿入する、と
そういう行動自体が特定のイメージを喚起せしむるわけで
こう書くとエロっぽいようなそうでもないような。
まあ、解釈の問題といえばそーなんだが。
別に解釈しなくてもいいような気もするがな。
今の家に越してきて間もない頃、
茫漠たる空き地状態だった庭になんか野菜を植えようなどと考えて
最初に植えたのがプチトマト1株だったりした。
素人でも楽、つー話だったからだが
ご多分に漏れず、当然の事ながら世話なんかしやしないでほったらかし。
ところが、元の土壌がいいんだかなんなんだか
一株のプチトマトが伸びる伸びる。
適当に挿しておいた支柱を通り越して垣根にまで侵略を始めた。
当然のことながら果実は大収穫。
その当時は喜んだもんだったが、あまりにも爆発的な収穫量に
だんだん嫌気が差してきたりした。
そこへ持ってきて、子供が学校で教材として育てていた
もう一株が増えたもんだから、もう大変。
大鍋いっぱいのトマトソースを作ったのに
まだ大ザル二杯ぶんぐらいある。プチトマトの山。
どこがプチなんだかさっぱりわからない。
さすがに腐らせた挙句、冬になって枯れたので
これ幸いと隣の空き地に果実ごとうっちゃった。
が、
本当の悪夢はその翌年にやってきた。
果実もろとも投げておいたその恐怖の生命体は
なんと空き地で自生し
勝手にぼかすか繁殖し始めたのだ。
空き地の真ん中じゃなくて境界の際に捨てといたもんだから
ウチの垣根を勝手に支柱代わりにしみるみる大繁殖。
気がついた時には赤い果実が鈴なり。
もちろん収穫しきれるもんじゃなく
熟して落ちて腐敗して悪臭を撒き散らす恐怖の生物と相成った。
無論捨てたほうが悪いわけでトマトに罪はないのだが
こうなっちゃうとどうしようもない。
根こそぎ引っこ抜いて埋めちゃいました。
そんなわけで
二度と我が家の庭にプチトマトが育つことはなかったと
そーゆー話。
食べ物粗末にしちゃいけませんよ、という教訓でした。
で
どこがエロなんだッ!
と、ひとり突っ込む寝不足の夕暮れ。
ダメだ。
帰って寝よ。
あ、29000HITになってた。
皆様大感謝です。
2006/01/12のBlog
[ 19:31 ]
[ 落首逸選 ]
房総の、初雪やんで もう四日。
市内に降っても
外房にゃ降らない。
これがいつもの 冬の千葉。
こないだはなぜか、それが逆。
慣れない雪に 足元取られ
すべるわこけるわ、大騒ぎ。
子供ばかりが、小犬のように
浮かれて騒ぐ、雪野原。
ひさかたぶりに積もった雪で
たちまち白い だるま市。
どうでもいいけど、長男よ。
小学生の集団と区別がつかない、中学生。
なんか違うような気がするが。
聞けば翌日の学校も
学校あげての雪合戦。
微笑ましいやら、呆れるやら
フクザツ気分の 始業式。
それでも二日も過ぎてみれば
表通りはあらかた溶けて
裏道あたりに残った雪も
泥とホコリで、ねずみ色。
こんな残雪を見るたびに
ほんのちょっぴりもの悲しい
気分になるのは
歳のせいか。
思えばおっさんの人生も
裏道あたりの 雪のよう
日陰に残って、季節とともに
ゆっくりゆっくり 溶けていく。
降ってるときは 風に舞い
淡くて ふわふわしていても
積もっていけば 冷たく硬く
冬の大地に 凍てついて
こだわるように、かたくなに
誇りにまみれて、黒くなる。
つらつら思いを めぐらせながら
小道に積もった 小さな雪の
黒ずんだ山を 蹴ってみる。
ざらめのように 散らされた
灰色の下に 残った雪は
はじめて降った その日のように
まばゆい白が まだ残る。
俺の中には、まだあるか。
あの日のような
雪の色。
ふっと微笑って きびすを返し
家路をたどる、
冬の夜。
※
残雪の 泥を除ければ 絹の白
※
acoyacoさんの雪の句に
ちょっと刺激されて二十一閃。
や。結構シャレになんなかったなー。
車なんか大変だったし。
10mと離れてない場所で事故が三連発。
ブレーキ踏んじゃだめ、つっても花の外房じゃわかんないよなあ。
実感ないから。
この雪で全国の死者80人だそうで
ほんと今年の雪国は大変だ。
はるかな昔「56豪雪」の頃、本家の福井にいて
えらい目に会った記憶があるもんなー。
雪を除いた路面をじっと見ていると
目の前でみるみるうちに積もっていくんだもん。
たまげたよなあ、あれは。
思えばあれからだな、雪が嫌いになったの。
まだ降るのかなあ、千葉でも。
あ。
雪見酒やりそこなった。
ま、いっか。
市内に降っても
外房にゃ降らない。
これがいつもの 冬の千葉。
こないだはなぜか、それが逆。
慣れない雪に 足元取られ
すべるわこけるわ、大騒ぎ。
子供ばかりが、小犬のように
浮かれて騒ぐ、雪野原。
ひさかたぶりに積もった雪で
たちまち白い だるま市。
どうでもいいけど、長男よ。
小学生の集団と区別がつかない、中学生。
なんか違うような気がするが。
聞けば翌日の学校も
学校あげての雪合戦。
微笑ましいやら、呆れるやら
フクザツ気分の 始業式。
それでも二日も過ぎてみれば
表通りはあらかた溶けて
裏道あたりに残った雪も
泥とホコリで、ねずみ色。
こんな残雪を見るたびに
ほんのちょっぴりもの悲しい
気分になるのは
歳のせいか。
思えばおっさんの人生も
裏道あたりの 雪のよう
日陰に残って、季節とともに
ゆっくりゆっくり 溶けていく。
降ってるときは 風に舞い
淡くて ふわふわしていても
積もっていけば 冷たく硬く
冬の大地に 凍てついて
こだわるように、かたくなに
誇りにまみれて、黒くなる。
つらつら思いを めぐらせながら
小道に積もった 小さな雪の
黒ずんだ山を 蹴ってみる。
ざらめのように 散らされた
灰色の下に 残った雪は
はじめて降った その日のように
まばゆい白が まだ残る。
俺の中には、まだあるか。
あの日のような
雪の色。
ふっと微笑って きびすを返し
家路をたどる、
冬の夜。
※
残雪の 泥を除ければ 絹の白
※
acoyacoさんの雪の句に
ちょっと刺激されて二十一閃。
や。結構シャレになんなかったなー。
車なんか大変だったし。
10mと離れてない場所で事故が三連発。
ブレーキ踏んじゃだめ、つっても花の外房じゃわかんないよなあ。
実感ないから。
この雪で全国の死者80人だそうで
ほんと今年の雪国は大変だ。
はるかな昔「56豪雪」の頃、本家の福井にいて
えらい目に会った記憶があるもんなー。
雪を除いた路面をじっと見ていると
目の前でみるみるうちに積もっていくんだもん。
たまげたよなあ、あれは。
思えばあれからだな、雪が嫌いになったの。
まだ降るのかなあ、千葉でも。
あ。
雪見酒やりそこなった。
ま、いっか。
2006/01/09のBlog
[ 18:55 ]
[ 妄想 ]
ひさびさの妄想建物紀行。
何回目だっけか。
だれか暇な人数えてくんないかな。
無理か。
防衛軍極東基地の九州防衛線
じゃなくて
北九州市立美術館。
なんかもう
まんまガンオタの作ったレプリカみたいだなー。
手前ではコンバットスーツが休憩中だし。
なんなんだろ、手前のこれ。
なんかのオブジェなんだろなー、ビジュツカンだし。
しかし後ろの建物「パトリオット」の発射装置よりはるかにでかいぞ。
こんなのが1ダースぐらいずらっと並んでたら壮観だな。
藤田和日郎の『うしおととら』にもこんなの出てきたな。
なんだっけか。
「長距離キルリアン振動装置トランプ」とかいうの。
「ファイア!」とか言うと
一斉に手前側の窓がばんばんばんばん!とかふっ飛んで
中から電信柱の親分みたいなのが
ばしゅんばしゅんばしゅん!とか
ふははははは。燃えるじゃないか。
わっはっはっはっはっはっは。殲滅だ殲滅!
はーっはっはっはっはっはっはっはっ!
・・・。
えーと、だな。
なんだ。
こういう「発射ー!」みたいなシチュエーションにオトコのコが燃えるのには
なんか理由があんのかな。
かっこいい、つーのだったら別に女の子でも一緒だと思うのだが。
単に「発射したい」つー願望なのかな、などと
フロイト的ショートカットみたいな単純な発想にももう飽きたが
それで全部じゃなんかつまらんような気もする。
思うに
こーいう場面てのは結局「攻撃」とか「破壊」とか
陽動的ポテンシャルの高揚に由来してるんだろうと思うが、
だからといって「征服欲」とか「好戦的」つーのとも違うみたいだし。
「閉ざされた箱」から「なんか出てくる」。
その辺かな。違うか。
極端な話、あの箱の前面から出てくるのが液体だったとしても
シチュエーション的な「燃え加減」つーのは
変わんないような気がするのだ。
たまげるだろうとは思うが。
ドドメ色のぬるぬるしたヤツがでろーん、とかだったら気色悪いけど。
白い液体が勢いよく、だと
違う違う、違う。
兵器、というものが持つ形状的なメタファは
すべからくパンドラの箱なのかもしれない。
たとえそれ自体が本来的に「破壊」以外のものを生み出すことはない、としても。
「オトナ」に比べて、多分に閉塞的な気分になりがちな「コドモ」の世界にとって
それは「解放」を意味するある種のカタルシスであることには違いない。
「オトナ」の世界が、それほど解放的でないことに気づくのは
もっとずっとあとのことだからだ。
そして「オトナ」であるはずの「オヤジ」は
今日も
どことなく閉塞的な気分を薄笑いでごまかしながら
なんとなく
なんかをぶっ放すという
イカガワシイことだけを考えていたりするのだ。
結局それかよ、と。
何回目だっけか。
だれか暇な人数えてくんないかな。
無理か。
防衛軍極東基地の九州防衛線
じゃなくて
北九州市立美術館。
なんかもう
まんまガンオタの作ったレプリカみたいだなー。
手前ではコンバットスーツが休憩中だし。
なんなんだろ、手前のこれ。
なんかのオブジェなんだろなー、ビジュツカンだし。
しかし後ろの建物「パトリオット」の発射装置よりはるかにでかいぞ。
こんなのが1ダースぐらいずらっと並んでたら壮観だな。
藤田和日郎の『うしおととら』にもこんなの出てきたな。
なんだっけか。
「長距離キルリアン振動装置トランプ」とかいうの。
「ファイア!」とか言うと
一斉に手前側の窓がばんばんばんばん!とかふっ飛んで
中から電信柱の親分みたいなのが
ばしゅんばしゅんばしゅん!とか
ふははははは。燃えるじゃないか。
わっはっはっはっはっはっは。殲滅だ殲滅!
はーっはっはっはっはっはっはっはっ!
・・・。
えーと、だな。
なんだ。
こういう「発射ー!」みたいなシチュエーションにオトコのコが燃えるのには
なんか理由があんのかな。
かっこいい、つーのだったら別に女の子でも一緒だと思うのだが。
単に「発射したい」つー願望なのかな、などと
フロイト的ショートカットみたいな単純な発想にももう飽きたが
それで全部じゃなんかつまらんような気もする。
思うに
こーいう場面てのは結局「攻撃」とか「破壊」とか
陽動的ポテンシャルの高揚に由来してるんだろうと思うが、
だからといって「征服欲」とか「好戦的」つーのとも違うみたいだし。
「閉ざされた箱」から「なんか出てくる」。
その辺かな。違うか。
極端な話、あの箱の前面から出てくるのが液体だったとしても
シチュエーション的な「燃え加減」つーのは
変わんないような気がするのだ。
たまげるだろうとは思うが。
ドドメ色のぬるぬるしたヤツがでろーん、とかだったら気色悪いけど。
白い液体が勢いよく、だと
違う違う、違う。
兵器、というものが持つ形状的なメタファは
すべからくパンドラの箱なのかもしれない。
たとえそれ自体が本来的に「破壊」以外のものを生み出すことはない、としても。
「オトナ」に比べて、多分に閉塞的な気分になりがちな「コドモ」の世界にとって
それは「解放」を意味するある種のカタルシスであることには違いない。
「オトナ」の世界が、それほど解放的でないことに気づくのは
もっとずっとあとのことだからだ。
そして「オトナ」であるはずの「オヤジ」は
今日も
どことなく閉塞的な気分を薄笑いでごまかしながら
なんとなく
なんかをぶっ放すという
イカガワシイことだけを考えていたりするのだ。
結局それかよ、と。
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