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進め! 2000円札
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2008/05/31のBlog
[ 00:00 ] [ 努力目標 ]
[関連したBlog]
皆さんお元気にお過ごしのことと思われます。
5月となりました。

イメージは大家さん配布のカレンダーの
5~6月分の「エルドフロイン溶岩原」に
似た画像を探しました。
アイスランドにあるそうです。

今夏もまた100万人のキャンドルナイトの時期となりました。
回を重ねるほどに認知度も高まるのは結構ですが、
何か今回のトップページ「五族協和」をおもわせますなあ。
ともかくよろしくお願いします。



今月もマスターは2000円札の広報マンとして活躍します。
皆様、どんどんこのブログの存在を知らない人達にもお声をかけて
2000円札活性化のお手伝いをお願いします。

おかげさまで当ブログもアクセス数が増え続け
延べアクセス数が26万件を超えました。
お立ち寄りいただいた皆様に、改めて感謝いたします。


今月の目標

ここしばらく、マスターは多忙です。そういうわけで
「二千円札サーチ」は中止させていただきます。申し訳ありません。
代わりに二千円札に関する情報をお持ちの方、積極的にコメント・
トラックバックをお願いいたします。
お礼に、特に断りがなければ、Doblogユーザなら、ブックマークを
他のブログ・サイトの方はリンクをさせていただきます。
よろしくお願いいたします。 


なお、記事の内容に関係なくても、最後は自作の俳句で締めます。 
 (例外記事もあります。ご了承ください) 
 最近、句会に投句していません。選句発表は休止します。

コメント・TBを不快に感じた方は、当方に無断で削除してかまいません。
それから、 このブログの趣旨に合わないと判断したコメント・トラックバックは
無断で削除いたします。迷惑系、広告・宣伝系(アフィリエイト)
の事です。ご了承願います。


メールは1212tokudaraka(半角アットマーク)mail.goo.ne.jpへお願いします。
(メール非表示にしたら迷惑メールは減りました。)

何処にもあまねく照らせ五月晴
2008/05/12のBlog
[関連したBlog]

さて、マスター大学進学のため上京。
学生寮から近い大井町でマクドナルド初体験。

「ロッテリアよりウマイ!なぜ仙台にないのか。」
以降、「ロッテリア」はセカンドチョイスに転落する。
その後のバーガー業界を見ても、マック一人勝ちは明らかとなり
マックと競合する地域では脱落する店や、
果てはマックに宗旨替えをする店も出てくる始末。

マスターの乗り換え駅だった京成青戸改札口の
ロッテリアも数年前別の店に宗旨替え。
マスター宅近くで、マックのそばで頑張っているのは、京成船橋駅前だろうか。

ロッテリアの凋落は経営的にも問題となり、
ついにロッテ以外の外部資本を受け入れリニューアルとなる。

絶品チーズバーガー」を投入したが、
果たして新製品だけで浮上するのだろうか、
今までのマイナスイメージをソフト・ハード共に覆せるかが問題である。
前記事のS-PALロッテリア
30年経た現在も盛業中である。(イメージ参照)
ロッテリアとしては頑張っているほうだろう。

地下街の他のテナントが殆ど入れ替わる中、
隣接区も入手して今は「路頭に迷」わない。

30年前、「路頭に迷った」少年少女たちの
子供たちが席に座っているのだろうか。

いや、経営分析に私情とノスタルジーは禁物。
当時はなかった地下鉄連絡口の隣という
好位置で客足が絶えないだけだろう。

新らしき稔り願いし麦の秋

追記
HARUHIKOさんによると、
マックの近くで頑張っているロッテリアは
都内でも少なくとも二軒はあるそうです。
該当部分を訂正させていただきます。
2008/05/11のBlog
[ 00:00 ] [ 思い出(「れば・たら」あり) ]
今をさる30年前、マスターが予備校に通っていたときの話。
たぶん「高三コース」の付録についていた歴史年号暗記帳を
休み時間に開いて音読して覚えていた。

「『路頭に迷うアッシリア』(B.C612)・・」と読んだところ。
すかさず隣の席の級友が
路頭に迷うロッテリア。」と切り返し、クラスの笑いを誘った。

この話、30年前の仙台のロッテリア事情を知らないと
よくわからないだろう。

その年(1978年)の春。新幹線開通が待ちきれず、
仙台駅の付属テナントビル「S-PAL」が開業。
地下のレストラン街の一角に、
中央資本では仙台初のハンバーガーショップ
「ロッテリア」が開業した。
しかし、椅子席はなく、キッチンのみ。
その場で食べたい客は、数人分しかない立ち食いカウンターか
通路に置かれた立ち食いテーブルで、通行客の邪魔にならないよう
立ち食いをしなければなかったのである。

まさに「路頭に迷う」風景は、当時の仙台の若者には身近だったのである。
ちなみにイメージは
ルーブルにあるアッシリアの彫像です。
(続く)

2008/05/10のBlog
[ 00:00 ] [ 介護 ]
夜間、仕事中に父からマスターの携帯に留守電が入っていた。
「後でいいから電話をくれ。」
その声が弱々しいので、母の身に異変が生じたか、
あるいは父自身が倒れたかと思い、手が空いたときに早速電話。

今日、母親の主治医が往診に来たとき、主治医が
「旦那さんのほうもかなりやつれていますね。介護疲れでしょう。」
とはっきり言われたそうだ。

主治医は「このままでは共倒れになるので。」といい、
母を再来週に一週間ほど「ショートステイ」に出すことを決めた。
母の病状を見て来月にもまた出すようである。

父は「食事のおかずは手伝いさんやヘルパーが作ってくれるが、
それでも毎食の準備は身体にこたえる。ショートステイの
間は外食でも済ませられるので助かる。」と珍しく弱音を吐いた。

ショートステイは主治医の病院ではなく、
主治医の知っている介護施設で行うそうだ。
平日月~金の間だけなので、こちらはわざわざ会社を
休んで出かけるわけにはいかないだろう。
もっとも、容態が変われば別だが。

病む母にネットから母の日プレゼント

付記
デュエット 様
コメント欄が開きませんので、返事は後ほどでお許しください。
2008/05/09のBlog
[ 00:00 ] [ 2000円使用 ]
今回も口座を持たない銀行で両替。
両替票を書いていると、女性遊軍が
「自動両替機が使えます。いかがですか。」とのたもう。
「カードを持っていないのですが。」
「それなら私が持っている両替カードを使いましょう。」
「2000円札ですが自動両替機で対応できますか。
結構不対応の機械が多いのです。」
その時は両替機を一名使用して確認が出来なかった。
やがてマスターの番。
幸い2000円札両替機能のある機械だった。
「そんなに沢山の2000円札をどこで使われるのですか。」
女性遊軍は余計な一言を言ってしまったのに気が付かない。

2000円札の二級紙幣扱いに反対します。
2000円札は平和希求紙幣です。
2000円札は不当な扱いを受けています。
今こそ日本の皆さんは2000円札問題に目を向けてください。
FREE \2000BILLS!


次回両替は、斜め向かいにある第二地銀に行ってみよう。

お互いに傷には触れで若葉燃ゆ
2008/05/08のBlog
もはや止まることを知らない白洲次郎ブーム。
ついに宝塚にも登場

東京公演ももうすぐ終了ですので、
まだ見ていないファンはぜひとも
足を運んでください。

ヅカは詳しくないので、
白洲氏もマッカーサーも素人目には
一人二役にしか見えない悲しさ。

泉下の白洲夫妻は
「貴方、宝塚になったわよ。」
「なに考えているんだ。今の連中は!」
なんてやり取りをしているのでしょうね。

おっと、早くもDVDになったようです。
こちらのサイトは劇の一部が収録されています。
必見


介護明け見上げる空に鯉のぼり


2008/05/07のBlog
今回の帰省直後から父が体調不良を訴えている。
もともと八年前に冠状動脈の手術をした障害者でもある。
自己診断だと体温調節機能がダメになったそうで、
昨日は暑かったのに寒さを訴える。
今日は食事以外はベットにねたまま読書をしている。
たんなる介護疲れならまだマシだが重病の兆候だと困る。
母がキュウリとワカメの酢の物を食べたいと言うので、
連れ合いにレシピーをファクスで送ってもらう。
夕食の主采はホッケ焼き。
主采の名を告げると、両親共に良い顔をしない。
「ホッケ」がマズイ下魚だった世代であったのに気づく。
今はコールドチェーンの発達で、痛まないまま店頭に並び、
居酒屋の定番メニューであることを説明。
焼き上げたホッケの感想を尋ねると美味しかったようだ。


いよいよ帰京日。
不足になった必需品のリストを作成して
早朝の新幹線に乗る。
仙台始発で当初はがら空きだったが
郡山で満員となった。

なお、父は一日休んだら
体調を取り戻したようだ。
逆に、寒い早朝から家中の窓を
開け放ち「空気入れ替えだ。」と
騒ぎ出す。これも困ったものだ。

病人の肌に風吹く薄暑来
2008/05/06のBlog
[ 22:42 ] [ 思い出(「れば・たら」あり) ]
買い物で河原町に出掛ける。
幼稚園・小学校の同級生の家の前を通過。
かっての家業は魚屋だった。
同級生の父が毎日のように
マスター生家に御用聞きに来ていたのを思い出す。
今は農学部をでた同級生が
無添加のシフォンケーキ店を営んでいる。
先々日は営業していて夫婦で買い物をした。
会うのは三十年ぶりだがマスターにすぐ気付いてくれた。
撮影のため再訪したが定休日。残念。
他にパン・自家製サンドイッチも売っています。

再開を喜ぶ店に夏紅葉
帰宅後、
叔母と従弟一家が来訪。
従弟一家の娘さんは齢3つのオテンバ盛り。
福原愛に似た顔立ちである。
カメラの前では、さすがにはにかんでいる。
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