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2007/04/07のBlog
[ 14:16 ]
[ くぅー中国感動小説 ]
中国語学習 第3課、2話。
院生になってから二年目、化学学部の一人の女の子と出会った。
今回は僕の感情は徹底的に抑えられなかった。
彼女は蘇州出身で、きらきら光る大きな目と真っ白な歯、服はモダンとは言えないが、何時も場所柄にぴったりしている。
話をする時も、何時も微笑みをたたえながら人を見る。
彼女は僕の同郷の人と同じ寮に住んでいる、
毎日その同郷に会いに行くのは、ただの口実に過ぎないということは明らかだ、
もし、何日か彼女に会えなかったら、何かをなくした様な気がする。
そんな状況が半年続いた。
とうとう、ある日僕はもうこれ以上我慢出来なかった。
彼女に僕は、最近感動した小説を読んだと、わざと何気ない様子で話した。
彼女に、何の小説って聞かれた。
それは、二人の男女はお互いに相手のことが好きだが、二人とも恥ずかしくて告白できなかった、
それで、最後にはやはり残念な結果だったという愛情の悲劇だ。と僕は言った。
「君には、恥ずかしくて告白する勇気がない好きな相手はいないのか・・?」
と続いて聞いたら、
彼女は急に顔を赤らめて
「います。」って小さな声で答えた。
「彼に教えるべきだよ、・・で、・・どの寮・・?」
と急いで聞いた。
「あなたの寮と同じビルに住んでいるの。」
僕はその時、大変興奮した。
「何階・・?」
「三階。」
「部屋番号は・・?」
と震える声で僕は聞いた、
「312。」
僕はいきなり誰かに氷水に押し込まれたような感じだった。
僕の部屋は・・・「301。」
それから、彼女と何を話したかはもう覚えていない。
彼女の寮から出た時、僕は両足の力が抜けていることだけを覚えている、
あの夜、僕は、明日はもう二度と太陽が出てこないだろうとずっと思っていた。
・・彼女を少し恨んでいた。
一週間も過ぎたが、僕はまだ、苦しみから抜け出すことが出来なかった。
ある夜、夕食が済んだ後・・・・、
次回に続く。
院生になってから二年目、化学学部の一人の女の子と出会った。
今回は僕の感情は徹底的に抑えられなかった。
彼女は蘇州出身で、きらきら光る大きな目と真っ白な歯、服はモダンとは言えないが、何時も場所柄にぴったりしている。
話をする時も、何時も微笑みをたたえながら人を見る。
彼女は僕の同郷の人と同じ寮に住んでいる、
毎日その同郷に会いに行くのは、ただの口実に過ぎないということは明らかだ、
もし、何日か彼女に会えなかったら、何かをなくした様な気がする。
そんな状況が半年続いた。
とうとう、ある日僕はもうこれ以上我慢出来なかった。
彼女に僕は、最近感動した小説を読んだと、わざと何気ない様子で話した。
彼女に、何の小説って聞かれた。
それは、二人の男女はお互いに相手のことが好きだが、二人とも恥ずかしくて告白できなかった、
それで、最後にはやはり残念な結果だったという愛情の悲劇だ。と僕は言った。
「君には、恥ずかしくて告白する勇気がない好きな相手はいないのか・・?」
と続いて聞いたら、
彼女は急に顔を赤らめて
「います。」って小さな声で答えた。
「彼に教えるべきだよ、・・で、・・どの寮・・?」
と急いで聞いた。
「あなたの寮と同じビルに住んでいるの。」
僕はその時、大変興奮した。
「何階・・?」
「三階。」
「部屋番号は・・?」
と震える声で僕は聞いた、
「312。」
僕はいきなり誰かに氷水に押し込まれたような感じだった。
僕の部屋は・・・「301。」
それから、彼女と何を話したかはもう覚えていない。
彼女の寮から出た時、僕は両足の力が抜けていることだけを覚えている、
あの夜、僕は、明日はもう二度と太陽が出てこないだろうとずっと思っていた。
・・彼女を少し恨んでいた。
一週間も過ぎたが、僕はまだ、苦しみから抜け出すことが出来なかった。
ある夜、夕食が済んだ後・・・・、
次回に続く。
2007/04/06のBlog
[ 19:58 ]
[ くぅー中国感動小説 ]
私のクラスメートは、国際色豊かだ、南アフリカ人、アメリカ人、韓国、日本人みんな特徴のあるやつ(人)ばかりだ、みんな片言の母国語のような中国語を巧みに操る?(笑い、
今度紹介したいと思う。それでは上課。
中国語学習 第3課、1話、
僕には忘れがたい二人の女の子がいる、一人は僕のことを好きだったが、僕は彼女を愛していない。
もう一人は、僕が彼女のことを好きだったが、彼女は僕を愛していない。
前者の女の子は、湖南省出身で大学時代のクラスメートだった。
十人並みの顔つきで、口数も少なかったから、僕の目をあまり引かなかった、
大学三年生の頃、ある日、彼女は一通の手紙を僕の手に握らせて、泥棒のように駆けって逃げてしまった。
後でその手紙を見て、僕ははっと気がついた。
彼女がこんなことをするとは思わなかった、当時、僕はただ、彼女はおかしいな人だと思っただけだ。
その時まで、僕の記憶の中で彼女の位置がなかったからだ。
次の日、授業の合間に、彼女にその手紙を返した。
授業が終わるまで、彼女はずっと頭を下げていた、それから、僕を見るたびに彼女は何時も頭を下げて何も言わずに通りすぎて行った。
その学期末の頃、僕は病気に掛かって一ヶ月程入院する羽目になった。
間もなく期末試験があって焦っているところに、彼女が見舞いに来てくれるとは思わなかった。
それに、僕の大好物の梨を待って来てくれ、本当にすまないと思った。
彼女は梨の皮を剥きながら、
「あなたを恨まないよ、愛ってことは、無理やりにできないものね!」
「5教科のメモを全て書いてあげたから、こころ置きなく元気になってね!」
と言った。
丁寧に書いてくれたメモのおかげで僕はちゃんと期末試験をパス出来た。
卒業後、僕は、江蘇省に行って、彼女は湖南省に帰った、彼女はよく僕に手紙を書いて、とても気にかけてくれた。
その後、彼女は恋をして結婚した。
しかし、僕たちは相変わらず仲良しで、手紙を絶っていない。
その後、何人かの女の子に出会ったが、気になる子は一人もいなかった。
三年間仕事をした後、僕は院生に受かった。
院生になってから二年目、化学学部の一人の女の子に出会った・・・・
次回に続く。
今度紹介したいと思う。それでは上課。
中国語学習 第3課、1話、
僕には忘れがたい二人の女の子がいる、一人は僕のことを好きだったが、僕は彼女を愛していない。
もう一人は、僕が彼女のことを好きだったが、彼女は僕を愛していない。
前者の女の子は、湖南省出身で大学時代のクラスメートだった。
十人並みの顔つきで、口数も少なかったから、僕の目をあまり引かなかった、
大学三年生の頃、ある日、彼女は一通の手紙を僕の手に握らせて、泥棒のように駆けって逃げてしまった。
後でその手紙を見て、僕ははっと気がついた。
彼女がこんなことをするとは思わなかった、当時、僕はただ、彼女はおかしいな人だと思っただけだ。
その時まで、僕の記憶の中で彼女の位置がなかったからだ。
次の日、授業の合間に、彼女にその手紙を返した。
授業が終わるまで、彼女はずっと頭を下げていた、それから、僕を見るたびに彼女は何時も頭を下げて何も言わずに通りすぎて行った。
その学期末の頃、僕は病気に掛かって一ヶ月程入院する羽目になった。
間もなく期末試験があって焦っているところに、彼女が見舞いに来てくれるとは思わなかった。
それに、僕の大好物の梨を待って来てくれ、本当にすまないと思った。
彼女は梨の皮を剥きながら、
「あなたを恨まないよ、愛ってことは、無理やりにできないものね!」
「5教科のメモを全て書いてあげたから、こころ置きなく元気になってね!」
と言った。
丁寧に書いてくれたメモのおかげで僕はちゃんと期末試験をパス出来た。
卒業後、僕は、江蘇省に行って、彼女は湖南省に帰った、彼女はよく僕に手紙を書いて、とても気にかけてくれた。
その後、彼女は恋をして結婚した。
しかし、僕たちは相変わらず仲良しで、手紙を絶っていない。
その後、何人かの女の子に出会ったが、気になる子は一人もいなかった。
三年間仕事をした後、僕は院生に受かった。
院生になってから二年目、化学学部の一人の女の子に出会った・・・・
次回に続く。
2007/04/01のBlog
[ 21:09 ]
[ ほっ!大連からポエム集 ]
2007/03/26のBlog
[ 18:11 ]
[ 大連ローカルニュース ]
キャノンといえばカメラ、光学機器で有名な会社ですね!
中国、大連市にはキャノンの工場があります。
中国人従業員8000人の大会社です、キャノンは大連市で仕事以外でも日中友好に貢献しています。
それで、大連駅前の一等地の、このビルの屋上にキャノンの大広告看板を出すことが出来たのです・・と思う。
ですが、この二~三日で広告看板がなくなりました、これは異変です。
大連政府の政策変更か?
はたまた中国人従業員の質の悪さに嫌気をさしての大連撤退かと、推測すれば!
いえいえ、本当に大連から撤退だそうです。
推測が現実になりました。
やれやれ、このビルの上に出す広告は、次はどこの企業の看板になるやら、
悲しくなってきました!
中国、大連市にはキャノンの工場があります。
中国人従業員8000人の大会社です、キャノンは大連市で仕事以外でも日中友好に貢献しています。
それで、大連駅前の一等地の、このビルの屋上にキャノンの大広告看板を出すことが出来たのです・・と思う。
ですが、この二~三日で広告看板がなくなりました、これは異変です。
大連政府の政策変更か?
はたまた中国人従業員の質の悪さに嫌気をさしての大連撤退かと、推測すれば!
いえいえ、本当に大連から撤退だそうです。
推測が現実になりました。
やれやれ、このビルの上に出す広告は、次はどこの企業の看板になるやら、
悲しくなってきました!
2007/03/24のBlog
[ 16:06 ]
[ くぅー中国感動小説 ]
今日の大連の朝は靄が立ち込めていましたが、昼からは徐々に靄が晴れて、すがすがしい天気になってきました。
中国の感動物語「僕の希望の星」
中国語講座第1課 上課開始・・。
それから数ヶ月間、君から何の連絡もなかった。おじさんは何時も君の家に何かあったのか、君は又中途退学をしたのかと心配していた。
授業後、僕は受付の所に行って、君からの手紙が届いたかどうか見ていた。
今日は待ちに待った君からの手紙がやっと届いた。
手紙の中には一袋のひまわりの種もあった。
僕は急いで手紙を開封した。
「おじさん、私の期末試験の平均点数は99点でした。あなたが送ってくれた30元は届きました。僕は泣いた・・僕はどう報いればいいんですか、何もおじさんに送る物がない。
それでサツマイモを送りたいと思いました、25キロの山道を歩いて郵便局に行きましたが生ものは腐るのでダメだと言われました。
その後、僕はいい考えを思い出しました、庭に何本ものひまわりを植えました。
毎日、水をやったり、雑草を抜いたり、虫を取り除いたりして、ひまわりを撫でて、早く大きくなるように願っていました。
待ち望んでいるうちに、ようやく収穫が出来ました。
僕はもう一度郵便局に行きました、今度は郵便局のおばさんは、僕に郵便を出させるだけではなく郵便料金も取らなかった、おじさん、どうして、わかりますか?・・」
手紙はまだ読み終わってないが、僕の目は涙にぬれていた。
地面にいっぱいこぼれていたひまわりの種が成長して、竹林になったように見える、それは井岡山の竹林だ。
志強、もうおじさんに何も送らなくていい。
おじさんも豊かじゃないので、アルバイトをしながら学業を習得する、それに、毎学期30元を出すことはおじさんのような貧しい学生にとってけっして楽なことではないが、負担だとは思わない、おじさんはもうもっといい返事をもらった、無上の宝をもらった。
それは君のあどけない心の奥底から、人間の真心を感じ、わが身の責任が分かったと言うことだ。
志強 これからおじさんは、どんなところに行っても、どんな困難があっても、どんな挫折があっても、必ず時間どおりにお金を送金する。
この前、僕は君に何冊かの本と勉強道具を買ってあげた、僕は君の事を思い出せば力が湧いてくる、仕事に張り合いも出てくる。
おじさんは、タイプを打つことも、絵を描くこともできるし、テレビ、ビデオ、自転車の修理も出来る、そして、君は僕に希望を与えてくれた。
君は僕の希望の星だ・・・・・・・・。
結束了、下課。
中国の感動物語「僕の希望の星」
中国語講座第1課 上課開始・・。
それから数ヶ月間、君から何の連絡もなかった。おじさんは何時も君の家に何かあったのか、君は又中途退学をしたのかと心配していた。
授業後、僕は受付の所に行って、君からの手紙が届いたかどうか見ていた。
今日は待ちに待った君からの手紙がやっと届いた。
手紙の中には一袋のひまわりの種もあった。
僕は急いで手紙を開封した。
「おじさん、私の期末試験の平均点数は99点でした。あなたが送ってくれた30元は届きました。僕は泣いた・・僕はどう報いればいいんですか、何もおじさんに送る物がない。
それでサツマイモを送りたいと思いました、25キロの山道を歩いて郵便局に行きましたが生ものは腐るのでダメだと言われました。
その後、僕はいい考えを思い出しました、庭に何本ものひまわりを植えました。
毎日、水をやったり、雑草を抜いたり、虫を取り除いたりして、ひまわりを撫でて、早く大きくなるように願っていました。
待ち望んでいるうちに、ようやく収穫が出来ました。
僕はもう一度郵便局に行きました、今度は郵便局のおばさんは、僕に郵便を出させるだけではなく郵便料金も取らなかった、おじさん、どうして、わかりますか?・・」
手紙はまだ読み終わってないが、僕の目は涙にぬれていた。
地面にいっぱいこぼれていたひまわりの種が成長して、竹林になったように見える、それは井岡山の竹林だ。
志強、もうおじさんに何も送らなくていい。
おじさんも豊かじゃないので、アルバイトをしながら学業を習得する、それに、毎学期30元を出すことはおじさんのような貧しい学生にとってけっして楽なことではないが、負担だとは思わない、おじさんはもうもっといい返事をもらった、無上の宝をもらった。
それは君のあどけない心の奥底から、人間の真心を感じ、わが身の責任が分かったと言うことだ。
志強 これからおじさんは、どんなところに行っても、どんな困難があっても、どんな挫折があっても、必ず時間どおりにお金を送金する。
この前、僕は君に何冊かの本と勉強道具を買ってあげた、僕は君の事を思い出せば力が湧いてくる、仕事に張り合いも出てくる。
おじさんは、タイプを打つことも、絵を描くこともできるし、テレビ、ビデオ、自転車の修理も出来る、そして、君は僕に希望を与えてくれた。
君は僕の希望の星だ・・・・・・・・。
結束了、下課。
2007/03/23のBlog
[ 23:56 ]
[ くぅー中国感動小説 ]
僕の学校はコンクリートジャングルのように高級マンションに囲まれてしまいました、息が詰まりそうです。
中国の感動物語「僕の希望の星」
中国語講座第1課 上課開始・・。
1989年10月23日、中国青少年の発展基金会は発表会を開き、「我が国で初めての貧困地区の中途退学した学生を援助する青少年の基金会を打ち立てる」と正式に発表した。
このプロジェクトを「貧困学生を援助するプロジェクト」と名づけた。
数年来、このプロジェクトは幾千万の中途退学した青少年を援助し、彼らを再び学校に戻らせた。
一人の北京の大学生は井岡山にいる少年が書いた手紙をもらった。
ここから次の感動的な話が生まれた・・
僕は震える手で郵便小包を開いたが、あまりにも感動して、力を入れすぎてひまわりの種を地面にいっぱいこぼしてしまった。
注)ひまわりの種は中国人の好きな間食です。
どうしたことか分からないが、僕は心を動かされて涙で目が曇った、男は容易に涙をこぼさないとよく言われるが、この時は涙を抑えることが出来なかった。
郵便小包に書かれた字は曲がりくねっていた。その字はまるで踊っているように僕に話しかけている。
遥か遠い山村に本を読みたい、字を習いたいと思う子が沢山いる、彼たちは・・・・
「弟を学校に連れて行くから、僕は必ず畑の仕事が終わってから学校に行くから、学校が終わったら、水を運んだり、薪を拾ったりするから、日曜日も家の仕事を手伝うから、僕を小学校へ行かせてください。」と自分の親にねんごろに願った。
6ヶ月前「貧困学生を援助するプロジェクト」という字が印刷してあった手紙が北京のある小さな町から僕の手に届いた時、運命は君と僕とを引き合わせた、
実は今まで僕は君の名前だけしか知らない。
黄志強・・江西省井岡山にいる君、貧困なため3回も中途退学をせざるを得なかった、
その度に鞄に向かって涙を流した一人の少年だ。
志強・・なんといい名前だ!
僕も貧しい学生だが、君の名前だけで僕は毎学期の学費を払うことを断る理由がない。
僕の送金したお金を受け取った後、君は返信を書いてくれた。
手紙には感謝の言葉もなく、何かの決意も書いてなかった、
ただ「おじさん、私は学校に行けるようになった。」と書いてあった、
これらの字は火のように僕を燃やしていた、
僕は繰り返し繰り返し読んでいた・・・その時、大きなプレッシャーと時代の責任を感じていた。
・・・・下課。明日に続く。
中国の感動物語「僕の希望の星」
中国語講座第1課 上課開始・・。
1989年10月23日、中国青少年の発展基金会は発表会を開き、「我が国で初めての貧困地区の中途退学した学生を援助する青少年の基金会を打ち立てる」と正式に発表した。
このプロジェクトを「貧困学生を援助するプロジェクト」と名づけた。
数年来、このプロジェクトは幾千万の中途退学した青少年を援助し、彼らを再び学校に戻らせた。
一人の北京の大学生は井岡山にいる少年が書いた手紙をもらった。
ここから次の感動的な話が生まれた・・
僕は震える手で郵便小包を開いたが、あまりにも感動して、力を入れすぎてひまわりの種を地面にいっぱいこぼしてしまった。
注)ひまわりの種は中国人の好きな間食です。
どうしたことか分からないが、僕は心を動かされて涙で目が曇った、男は容易に涙をこぼさないとよく言われるが、この時は涙を抑えることが出来なかった。
郵便小包に書かれた字は曲がりくねっていた。その字はまるで踊っているように僕に話しかけている。
遥か遠い山村に本を読みたい、字を習いたいと思う子が沢山いる、彼たちは・・・・
「弟を学校に連れて行くから、僕は必ず畑の仕事が終わってから学校に行くから、学校が終わったら、水を運んだり、薪を拾ったりするから、日曜日も家の仕事を手伝うから、僕を小学校へ行かせてください。」と自分の親にねんごろに願った。
6ヶ月前「貧困学生を援助するプロジェクト」という字が印刷してあった手紙が北京のある小さな町から僕の手に届いた時、運命は君と僕とを引き合わせた、
実は今まで僕は君の名前だけしか知らない。
黄志強・・江西省井岡山にいる君、貧困なため3回も中途退学をせざるを得なかった、
その度に鞄に向かって涙を流した一人の少年だ。
志強・・なんといい名前だ!
僕も貧しい学生だが、君の名前だけで僕は毎学期の学費を払うことを断る理由がない。
僕の送金したお金を受け取った後、君は返信を書いてくれた。
手紙には感謝の言葉もなく、何かの決意も書いてなかった、
ただ「おじさん、私は学校に行けるようになった。」と書いてあった、
これらの字は火のように僕を燃やしていた、
僕は繰り返し繰り返し読んでいた・・・その時、大きなプレッシャーと時代の責任を感じていた。
・・・・下課。明日に続く。
2007/03/13のBlog
[ 19:56 ]
[ はっは中国語学校の物語 ]
あぃや~、オーマイ ゴッド。
温室の中にいるような日本の生活から逃れて、大連に戻ってひと安心したかと思えば、
その夜早々に、私の学舎は停電しました、部屋の中はまっ暗です、
外は嵐、暴風雪、窓はがたがたと揺れていました、そして最上階の学舎の窓が吹き飛んでしまいました、
その日は3月4日、中国の小正月で、大潮、満月のめでたい日です。
小正月とは中国の正月の終わりの日に当たり、自然に感謝して、月のような饅頭を食べて家族と祝うのです。
このような状況では日本だったら何もしません、
しかしながら、なんとそのような暗闇の暴風雪の中でも、
ここ大連では、小正月を祝い盛んに花火を打ち上げていました。
花火の爆音と大自然の凄さを感じながら、あらためて中国人のたくましさに敬服した次第です。
中国人と大陸ならではの形容しがたい凄い体験でした。
温室の中にいるような日本の生活から逃れて、大連に戻ってひと安心したかと思えば、
その夜早々に、私の学舎は停電しました、部屋の中はまっ暗です、
外は嵐、暴風雪、窓はがたがたと揺れていました、そして最上階の学舎の窓が吹き飛んでしまいました、
その日は3月4日、中国の小正月で、大潮、満月のめでたい日です。
小正月とは中国の正月の終わりの日に当たり、自然に感謝して、月のような饅頭を食べて家族と祝うのです。
このような状況では日本だったら何もしません、
しかしながら、なんとそのような暗闇の暴風雪の中でも、
ここ大連では、小正月を祝い盛んに花火を打ち上げていました。
花火の爆音と大自然の凄さを感じながら、あらためて中国人のたくましさに敬服した次第です。
中国人と大陸ならではの形容しがたい凄い体験でした。
2007/02/22のBlog
[ 10:34 ]
[ ひぇ~大連 ]
2007/02/18のBlog
[ 12:31 ]
[ ほっ!大連からポエム集 ]
2007/02/17のBlog
[ 10:07 ]
[ ひぇ~大連 ]