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あかねさんのかぶと虫
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2006/01/11のBlog
[ 15:43 ] [ その他バンド系 ]
今日も自宅で静養中。明日からは復帰せねば。自分は良くても他人に菌を撒き散らすと最悪なんだけどね。。

病気の時はフォーク路線を継続して、73年売上7位のチューリップにスポットを。

チューリップは活動期間が長いこともあって、メンバーの入れ替わりが激しいです。
デビューした1972年から79年までは、財津和夫、姫野達也、安部俊幸、上田雅利、吉田彰の5人で、その時代が黄金期といえるでしょう。
デビュー曲は72年6月の「魔法の黄色い靴」。前述の大ヒット「心の旅」は3rdシングル。

その後、80年に上田さん、吉田さんが脱退、宮城伸一郎、伊藤薫の2名が加入しますが、セールス的には超低迷期に入ります。結局、85年に姫野さん、安部さん、伊藤さんが抜けてAlwaysを結成したのを契機に、補充メンバーは入れたものの活動にスポットがあたらず89年に解散。その後、何度も再結成され93年にはデビュー曲の再発盤がヒット、また同じ93年には「サボテンの花」が『ひとつ屋根の下』の主題歌に使われてまたヒット、とリサイクルが上手な印象ですね。

個人的ベスト3。
1.「虹とスニーカーの頃」(1979.7.5) 財津和夫/財津和夫/チューリップ
2.「星空の伝言」(1983.3.1) 財津和夫/財津和夫/チューリップ
3.「たったひとりのオーディエンス」(1983.12.21) 財津和夫/財津和夫/チューリップ


すみません、不遇の80年代を見続けてきたのは私です(汗)
「虹とスニーカーの頃」は押しも押されぬヒット曲ですが、詞の内容には嫌悪感を抱いた人も多かったかもしれません。でも私は“もつれた糸をひきちぎるように 突然にふたりは他人になった”というフレーズに言い知れぬ切なさを感じてここまで生きてきました。。
「星空の伝言」は当時聴いていたラジオの中で東芝EMIの新譜を毎日かけるコーナーがあって、その中でイヤというほど聴かされた曲(笑)。この頃の稲垣潤一さん「エスケイプ」、寺尾聰さん「Long Distance Call」、つちやかおりさん「失恋散歩道」、長渕剛さん「恋人時代」なんて曲には思い入れありありです・・
ちなみに、財津さんソロの「WAKE UP」(79年)も大好きな曲。

財津さんは80年代歌謡曲シーンを作曲家として支えた一面もありました。松田聖子、中山美穂、芳本美代子・・・財津さんなしでは語れない人たちもいます。宮城さんも、みっちょんには提供曲が多数あり、当時のフォーク・ロック系のミュージシャンと歌謡曲との融合に一役買った存在であったと思います。
2006/01/10のBlog
[ 16:48 ] [ その他バンド系 ]
結局、インフルエンザと診断されて、休んでいます(涙)
次回からは素直に予防接種しよう。今まで一度もかかったことなかったので、何となく自分にはうつらないと変な確信をもっていたのに、見事に崩壊。

ところで、唐突ですが、“かぐや姫”という名前の由来は何なんでしょうか(汗)
四畳半フォークの極致として語り継がれている「神田川」ですが、彼らのディスコグラフィーを見ると、まるでコミックバンドかと思ってしまうような曲が並んでいます。
「田中君じゃないか」「離婚歴三回」「僕はなにをやってもだめな男です」(笑)

南こうせつ、山田パンダ、伊勢正三という、なかなかに個性的なメンバーで結成されたかぐや姫。この3人のメンバーになったのは71年8月だったらしい。「神田川」は73年9月の発売。これも時代の流れに乗った曲だったのでしょうか。
74年に「赤ちょうちん」や「妹」を発売した後、75年に伊勢正三さんが“風”を結成し、「22歳の別れ」をヒットさせたりして、その後、かぐや姫は解散に向かいます。

実はこれまで最も好きだったドラマと言っても過言ではない『あこがれ共同隊』の主題歌が山田パンダさんの「風の街」(75年)でした。そして、これもそこそこ好きだった『ご近所の星』の主題歌が南こうせつさんの「旅立つ想い」(79年)と、なかなか想い出に残る人たちでもあります。あ、こうせつさんは「夏の少女」や「夢一夜」や「美映子」も好きなんだった。伊勢さんは、イルカさんや太田裕美さんとも一緒に活動されてるみたいです。この3人にとって、かぐや姫は原点だったのか通過点だったのか、難しいところですが、かぐや姫なくしては今が無かったという点では大切な時期だったのでしょうね。
2006/01/09のBlog
[ 12:27 ] [ その他バンド系 ]
風邪をひいて寝込んでいました。熱があると浅い眠りの中で、いろいろなことを考えます。何故かつらつらと日本のフォークソングについて、ぼーっとする頭で考えていました(苦笑)

ガロの「学生街の喫茶店」はフォークのスタンダードみたいになっている曲。73年のヒットチャートには、ガロ、かぐや姫、チューリップなどが並んで、フォーク大全盛みたいな様相を呈しています。

ただ、この辺の曲は流行っていた当時には今ひとつ記憶がなくて、80年頃に自分でギターを弾いてみるようになったあたりからの後追いです。その頃、明星の歌本で過去10年くらいの名曲特集みたいなのがあって、藤圭子さんの「圭子の夢は夜ひらく」あたりからの曲が盛りだくさんに載っていて、当時の自分のバイブルみたいになっていました。そこに「学生街の喫茶店」も当然載っていて、よく歌っていたものです。

この曲には“片隅で聴いていたボブ・ディラン”というフレーズが出てきますが、安保闘争で学生運動が盛んだった時、フォークと言えば反戦歌だった時との違いを歌っているように見えます。“あの時の歌は聞こえない 人の姿も変わったよ 時は流れた”というのは、少し無責任な感じもしますが、それが当時の空気だったのでしょう。

時代とか世の中の空気を歌う歌から、自分の身の回りのことを歌にするようになってきたそんな時代の転換点なのかもしれません。陽水さんの「傘がない」(72年)はその辺の対比を上手く曲にしていたと思うのですが。

ガロは堀内護、日高富明、大野真澄の3人組。「学生街の喫茶店」の後、「君の誕生日」「ロマンス」「一枚の楽譜」とヒット曲を飛ばしますが、74年に入るとセールス的には急に失速、75年に解散しています。再評価の動きもあるようですが、メンバーが全員揃わない今となっては、思い出として息づいていくしかないのでしょうね。
2006/01/08のBlog
[ 00:18 ] [ その他男性アイドル ]
“宮史郎とぴんからトリオ”というのが73年当時のグループ名。最初は殿さまキングスと同じようにコミックバンドとしての結成だったようですね。

調べてみると、ぴんからトリオは、宮史郎と、史郎の兄である宮五郎、並木ひろしの3名で結成。なぜ、シロウの兄がゴロウなのか、というのも謎ですが(勝手ですね)、やっぱり先の記事(↓)の「女のみち」のジャケットの5人の謎は解けないまま。最初は宮史郎さんの他に3人いたのかと思いましたが、次の「女のねがい」は3人だ(笑)

実は、その後、並木ひろしさんが脱退して、“ぴんから兄弟”として再スタートを切っています。こっちの名前も何故か馴染みがありますねぇ。。
63年に結成、73年に大ヒット&ぴんから兄弟へ、そして83年にぴんから兄弟も解散、と10年単位で転機を迎えた結構長寿なグループでした。

大ヒットした「女のみち」の♪私が捧げた その人に あなただけよと すがって泣いた~♪という一節は非常に耳に残りますが、しかし古臭い(苦笑)
殿キンもそうなんですが、こってりした男性が歌う、女性の側からの古い型の恋愛模様は、今なら笑って聴けるのですが、当時はどうだったんでしょうか。“その気持ちワカルなぁ・・・”ってな感じで売れたのならコワイ。
2006/01/07のBlog
[ 02:11 ] [ 総括&データ ]
突然20年以上遡って、73年を振り返ろうかと思います・・・
1973年の売上第1位は、何と72年から2年連続で、ぴんからトリオの「女のみち」。トータルでは300万枚以上売って、歴代でも「およげ!たいやきくん」に次ぐ第2位なんです。「TSUNAMI」や「だんご3兄弟」よりも上です。ここは基本知識なので、皆さん覚えておきましょう(笑)。
なぜに“ぴんからトリオ”なのに、ジャケットには5人?と誰もが感じるギモンには誰かが答えてくれるだろうと願いつつ・・・

“花の中3トリオ”が揃って、女性アイドルの層が本当にぶ厚くなった時期でもあります。南沙織、小柳ルミ子、天地真理の既存勢力に桜田淳子、山口百恵、森昌子(72年デビュー)が殴りこみをかけ、更にキャンディーズ、浅田美代子、あべ静江、アグネス・チャンも参戦するという百花繚乱の様相を呈してきました。

そんな中、レコード大賞は五木ひろしさんの「夜空」、歌謡大賞は沢田研二さんの「危険なふたり」と分け合ったほか、ガロ、かぐや姫、チューリップ、チェリッシュといったフォーク系もあって・・と、セールスでは断トツだったぴんからトリオ一色でなく、イメージとしてはヒット曲が多様化した1年だったと思います。

(参考データ)
【シングル売上枚数】
1.「女のみち」宮史郎とぴんからトリオ
2.「女のねがい」宮史郎とぴんからトリオ
3.「学生街の喫茶店」ガロ

4.「喝采」ちあきなおみ
5.「危険なふたり」沢田研二
6.「神田川」かぐや姫
7.「心の旅」チューリップ
8.「恋する夏の日」天地真理
9.「若葉のささやき」天地真理
10.「赤い風船」浅田美代子
【日本レコード大賞】
<大賞>
「夜空」五木ひろし
<最優秀新人賞>
「わたしの青い鳥」桜田淳子


<最優秀歌唱賞>
「恋文」由紀さおり
<歌唱賞>
「ちぎれた愛」西城秀樹
「なみだ恋」八代亜紀
「白いギター」チェリッシュ
<大衆賞>
「私の彼は左きき」麻丘めぐみ
「ロマンス」ガロ
「危険なふたり」沢田研二

<新人賞>
「赤い風船」浅田美代子
「涙の太陽」安西マリア
「コーヒーショップで」あべ静江
「草原の輝き」アグネス・チャン

【日本歌謡大賞】
<大賞>
「危険なふたり」沢田研二
<最優秀新人賞>
「草原の輝き」アグネス・チャン
「わたしの青い鳥」桜田淳子
2006/01/06のBlog
[ 00:34 ] [ AOR系 ]
95年の年間売上で堂々の8位は岡本真夜さんの「TOMORROW」。デビュー曲でありながら、167万枚の超ビッグヒットです。
今ひとつ、どこから出てきた人なのか、よくわかってませんが、手垢のついてないPureさが受けたのでしょうか。そこまで売れるか、って正直驚きました。

ポジション的には、岡村孝子さんのような感じととらえられたのでしょう。
男性バンド全盛の中、女性ソロでのロングヒットは賞賛に値します。
♪涙の数だけ強くなれるよ アスファルトに咲く花のように♪という冒頭の印象的なフレーズに力づけられた人が多かった・・・のかな。今だと、まるで“ド根性大根”ですが(苦笑)

Pureの裏返しは、垢抜けないってことですが、そこがまた良かったのでしょうか。何となく不幸そうかもしれない、とか(苦笑)。ただ、そんな世の中の勝手な安心感を2000年の突然の結婚・出産で覆し(?)ました。復帰後は何とavexに移籍して頑張っておられます。『ちびまる子ちゃん』のエンディング・テーマの作曲等、活躍の幅は広いですね。

ただ、実は・・本人の曲は殆ど聴いたことがなくて、イメージと違って度肝を抜かれた、広末涼子ちゃんの「大スキ!」とか、これまた結構密かに個人的ファンである石井聖子さんのアルバム・プロデュースなど、提供曲に好きな曲が多かったりします。
今でも彼女が曲を書いたというだけで話題になるのはスゴいですね。淡々としているように見えて確実にファンがついているというのが強さの源泉なんでしょう。
2006/01/05のBlog
[ 00:43 ] [ その他バンド系 ]
何となく誤解して全く聴いてこなかったんです。聴いたこともないのに勝手にビーイング系と思い込んでいました。
最近中古で格安で出回ってるので試しに聴いてみると意外と良いです。深みとか切なさがあるかどうかは疑問ですが、湿度の極端に低いカラッとした気持ち良さがあります。ビートルズの影響も結構垣間見えたりして。
いつでも聴きたい音楽かというと、ちょっと違うんですが、気分にマッチしたらハマると思いました、って1stアルバム一枚聴いただけで言うなよ、って感じですが(苦笑)

95年に「KOCKIN' ON YOUR DOOR」がミリオンを記録しますが、デビューは遡ること92年。1stアルバムの『Lefty in the Right~左利きの真実~』が4月、1stシングル「Bye Bye Popsicle~一度だけのNo.1~」が5月に発売になっています。
97年の解散まで13枚のシングル、7枚のアルバムをリリースしていて、その後バンドの中核的存在であった黒沢健一さんがソロとして活躍されていますね。

このバンドに再注目したのは、トラットリアの嶺川貴子さんが所属したことがあったから。この1stアルバムから参加、94年1月に脱退していますので、大ブレーク前夜には、いなくなっていたことになります。

多分、大ファンだったって人、いらっしゃると思うんですよね。お勧めの曲とかアルバムとか教えてください。今なら変な先入観とかなく素直に聴けると思うので。
2006/01/04のBlog
[ 00:09 ] [ 総括&データ ]
年明けから、妙に体調が悪く、激しい頭痛のため鎮痛剤をガブ飲みして吐いたりして(涙)、新年早々何やってんだ、って感じです。。

05年の歌謡界を振り返りたいと思ったのですが(以前「その1」としてしまったので、せめて「2」がないととも思い・・・)、気力とネタがなく、まだ何を書くか躊躇しております(苦笑)

本当はレコード大賞の結果と紅白の雑感を書こうと当時は思ってたんですよ。
でも、レコ大は遂に1分も観ず、結果はわからない・・(紅白中に、みのもんたさんがしつこく、“レコード大賞おめでとう!”って倖田來未に言ってたので、そっかって知ったくらいで)。
結果ってHP調べてもわからないもんですね。TBSのサイトでも、ノミネート段階と部門賞までしかわかりません。
普通の局が放送する賞って程度の位置づけになった、ってことでしょうね。視聴率も10%らしいし・・・今年は怪事件の噂もあり、ゴタゴタしましたが、既に役目は終わったってことでしょうか。

紅白もあまり感想はありません・・・そこそこ面白かったんですけどね。
民放で流行ったキャラをあそこまで使って情けなかった。その一方で中島美嘉はNANAが出来ない・・
当日ちょっと見逃した新旧モー娘。&松浦亜弥は、さきほどようやくビデオで観る。当日、会社の後輩が興奮して携帯メールしてきてくれたが、いろいろあって風呂に入っておりました(笑)。さすがに先輩メンバーは圧巻ですね。当然、石黒彩や福田明日香や市井紗耶香はいないのだけど、最後の“LOVEマシーン”ってキメ台詞を新人の久住ちゃんが囁いたりして、融合を印象づけてました。

31日は午前中から紅白で大騒ぎしてたNHKですが、来年は厳しいだろうなぁ。多分、スキウタは今回限り。ここまで良くも悪くも引っ張ってきたモー娘。は本当に今回が最後だろうし、ジャニーズと言うかSMAP頼りの演出も限界のようだし。
でも、淡々と続けて欲しいんですよ。いつも言っているように良い音楽番組なんだから。あまり趣向なんて凝らさなくていいし、視聴率も気にしなくていいし、演歌中心でもいいから、しばらくは頑張ってもらいたいです。何やかんや話題にするのだから、結局みんな紅白が好きなんですよ、多分。
2005/12/31のBlog
[ 23:59 ] [ ごあいさつ ]
何だかいろいろあった05年も、あと一ヶ月。終わりよければ全てよし、になるように頑張りましょう。忘年会シーズンで、仕事はたまるが、お金は出て行く一方なのが厳しいです。逆が良い(笑)

今月のBGMは田原俊彦さんの「ラブ・シュプール」にしてみました。1982年12月18日発売。このジャケットは豪華ブックレット仕様で、中の写真のヒロコ・グレースが若くてとっても可愛いです(笑)

お立ち寄りの記念などに是非コメントなどお寄せください。
今月も、このblog、よろしくお願いします♪

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しいたけさんの移転に伴い、O型倶楽部の名簿管理を引き継ぎました。
 入部希望は、こちらの記事のコメント欄まで、お願いします。
2005/12/30のBlog
[ 01:47 ] [ その他男性アイドル ]
今年最後のエントリーは、年末にふさわしく、天童よしみさんあたりにしようかなと「珍島物語」を聴きながら考えていたのですが、急転直下、コーネリアスで締めくくることにしました(なんでやねん)。

小山田圭吾がトラットリア・レーベルを立ち上げたのが92年。94年にコーネリアスが1stアルバム『THE FIRST QUESTION AWARD』をリリース、フリッパーズ解散後の進路を示したわけですが、オザケンがポップ路線を突き進むのを横目に(或いは眼中になかったかもしれませんが)、独自の世界を更に形作っていったのが95年の『69/96』でした。自分の生まれた69年と現在の96年を対比させることで、自らの存在を確認したのかもしれません。もはや、音楽アルバムというよりは、エンターテイメントに近い形をCDで実現。その後も『96/69~地球あやうし!~』(96年)、『FANTASMA』(97年)と実験色が強まり、どんどん不思議な状況に。『FANTASMA』は物凄い分厚いケースの作りですが、イヤホン付のためでした。左右の耳で聞き分けないといけなかったんです。まずマイク・チェックですから。違うアルバムを同時に再生すると1つの曲になったりとか。。

暴力温泉芸者や嶺川貴子、カヒミ・カリィ、カジヒデキ等ファミリーを形成しつつ、90年代後半の音楽シーンをある方向に引っ張っていったパワーは特筆モノ。
今でもワカル人にはワカルと言った趣でシーンを渡り歩き、ひょこっと顔を出すタイミングがまた絶妙。
今年、電気グルーヴ×スチャダラパーの「聖☆おじさん」のカップリングで「Twilight」のリミックスに名前を見つけたときにはニヤリ。そしてテリヤキ・ボーイズにも絡む。小山田圭吾の立ち位置はある意味ぶれていない。

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それでは、ちょっと寒そうなところに行ってきます。
皆様、よいお年をお迎えください。