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あかねさんのかぶと虫
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2004/10/22のBlog
[ 02:09 ] [ ジャニーズ ]
「金八」第2弾に出演。そこでの役(椎野一)を引きづりつつのデビュー。線が細かったのは仕方ないにしても、もう少し何とかならなかったのか・・のデビュー曲。声量もないし、音程も不安定なので、あまり聴く気になりませんでした。某曲のパクリだという噂も流れ・・
実はしばらくずっと字面だけ見て「青春オンリー・ユー」だと思っていたという恥ずかしい過去もあります。

ひかる一平(ひかる・いっぺい)
1964年5月11日生
東京都出身
血液型O
デビュー曲「青空オンリー・ユー」(1981年5月21日)


ベスト3をあげるまでもないので、辛うじて好きなのは2弾シングルの「可愛いデビル」(1981.8.21 松本隆/加瀬邦彦/伊藤銀二)。
これは素直に良い曲だったと思います。
(手元に音源がなくて聴きかえせず・・)

後に坂上とし恵(野々村誠の妻・・こわっ)と「胸さわぎの放課後」に出たり(主題歌も歌う;作曲・原田真二)、「必殺仕事人」に出演したりの色々な一面も見せてますが、ちょっとソロでデビューするには厳しかったかも、ですね。NEWSとかに入ってれば断然の1番人気だったかもしれないのですが。
2004/10/21のBlog
[ 02:46 ] [ その他男性アイドル ]
99年の春、友達が死んだ。葬式に行くため、駅からバスに乗ると車内のラジオでヒロくんのことを話していた。妙にシンクロしてた。

ヒロくんは竹の子族出身で、「金八」の2弾目に出て、直江喜一と一緒に逮捕される役もやって、そして満を持してデビューしたところ爆発的にヒットする。切れ長の目、鼻にかかった声、そしてバカバカしい歌詞とタイトル。「E気持」。本人が望んだ路線だったのかは、今では聞く術がない。

沖田浩之(おきた・ひろゆき)
1963年1月7日生
神奈川県出身
血液型A
デビュー曲「E気持」(1981年3月21日)

ヒロくんの個人的ベスト3。

1.「熱風王子」(1982.5.21) 阿久悠/大野克夫/大野克夫
2.「はみだしチャンピオン」(1981.8.26) 阿木耀子/筒美京平/筒美京平
3.「隠れアムール」(1982.3.5) 阿木耀子/宇崎竜童/佐藤準


「熱風王子」は”ア・バ・バ・ババ!”というフレーズから強引に盛り上がる感じがたまらなく好き。圧倒的にベストソングです。
デビュー年からは、「はみだし」。「白を黒と言われて あんあああんああああんあん」というフレーズは天才的。こんなのを唄えるのは近年では吉井和哉くらいだろうか。
「隠れアムール」は詞がいいですね、色っぽくて。

チャーのカバー「気絶するほど悩ましい」や「とりあえずボディ・トーク」等の淫らな感じにのめりこんだ時期もあり、「お前にマラリア。」等の訳わからない路線も堅持。ちょっと方向性が見えづらくなっていた。
その後、俳優としても活躍し、プライベートでもいろいろと話題を振りまいていたヒロくん。
どう生きるのが幸せだったのかはわからないけど、その幕の閉じ方は悔やまれる。
2004/10/20のBlog
[ 01:54 ] [ サンミュージック ]
81年に突入です。この年は男性新人が活躍する(というか女性陣があまりいなかった)珍しい年でした。金八シリーズや「ただいま!放課後」といった学園ドラマが流行ったのも原因でしょう。
そんな中、とにかく元気でデビュー曲のインパクトも抜群だった竹本クン。
いろんな意味で、遅めの時期のデビューながら新人賞レースの台風の目だったと言えます。

竹本孝之(たけもと・たかゆき)
1965年4月28日生
長崎県出身
血液型A
デビュー曲「てれてZin Zin」(1981年7月21日)

竹本クンの個人的ベスト3。

1.「とっておきの君」(1982.4.1) 小椋佳/馬場孝幸/鷺巣詩郎
2.「てれてZin Zin」(1981.7.21) 三浦徳子/馬飼野康二/馬飼野康二
3.「約束はいらない」(1982.10.21) 三浦徳子/網倉一也/鷺巣詩郎


「陽あたり良好!」の主題歌だった「とっておきの君」と挿入歌だったB面の「二度とない時に」は両方とも好きな曲。
デビュー曲はある意味ブームに。渋谷哲平の「ディープ」と双璧かも(笑)

その後もライヴ活動等続けられ、現在は「中学生日記」などに出演。
本当に時代の寵児的雰囲気だったが、やはりジャニーズ以外のアイドルは厳しいです。CBSソニーとしても82年はシブがき隊を抱え、竹本クンに注力することが難しくなっていました。
俳優としてはまだこれから。元気を抑えた渋みのある演技で、我々を魅了してほしいものです。
2004/10/17のBlog
[ 01:43 ] [ 総括&データ ]
1980年に入るとピンク・レディー、山口百恵の時代から、「ニューミュージック」と曖昧にジャンル分けされるようなフォーク&ロック系の曲が流行るようになる。”ポプコン”の愛称で親しまれる「ヤマハ・ポピュラー・コンテスト」出身者が70年代終わりから引き続いてデビュー曲から大ヒットを放った。
そして、田原俊彦、松田聖子のデビューによる80年代アイドル時代の幕開け・・
まだまだ演歌も元気な時代で、五木ひろしや八代亜紀、都はるみの曲を小学生でも歌っていたし、「ザ・ベストテン」なんかでも普通に競い合っていた、そんな頃。
(演歌については、いつか書きたい。私は、この頃のごちゃ混ぜな音楽シーンが好きだった)

(参考データ)
【オリコン売上枚数】(79年12月~80年11月)
1.「ダンシング・オールナイト」もんた&ブラザーズ
2.「異邦人」久保田早紀
3.「大都会」クリスタルキング

4.「ランナウェイ」シャネルズ
5.「順子」長渕剛
6.「贈る言葉」海援隊
7.「おまえとふたり」五木ひろし
8.「別れても好きな人」ロス・インディオス&シルヴィア
9.「さよなら」オフコース
10.「哀愁でいと」田原俊彦

【日本レコード大賞】
<大賞>
「雨の慕情」八代亜紀
<最優秀新人賞>
「ハッとして!Good」田原俊彦

<金賞>
「雨の慕情」八代亜紀
「あれから一年たちました」小林幸子
「大阪しぐれ」都はるみ
「銀河伝説」岩崎宏美
「恋人よ」五輪真弓
「酒場でDABADA」沢田研二
「サンタマリアの祈り」西城秀樹
「ダンシング・オールナイト」もんた&ブラザーズ
「ふたりの夜明け」五木ひろし
「私はピアノ」高田みづえ

<新人賞>
「あなた色のマノン」岩崎良美
「ヤング・ボーイ」河合奈保子
「ハッとして!Good」田原俊彦
「青い珊瑚礁」松田聖子
「帰ってこいよ」松村和子

【日本歌謡大賞】
<大賞>
「雨の慕情」八代亜紀
<最優秀新人賞>
「ハッとして!Good」田原俊彦
「青い珊瑚礁」松田聖子
2004/10/16のBlog
[ 11:15 ] [ サンミュージック ]
もったいぶった割には、あまり書くこともない、御大・松田聖子さんです(笑)。
しかし、何が凄いって、今の今まで歌を何らかの形で唄い続け、ある意味第一線で話題を提供し続けてるってのが凄い。もう25年になろうとしてるからね・・

80年デビュー組では、田原俊彦と噂になったりしながら新人賞レースも総ナメ。当時はいっぱいテレビ中継もされてたので「ウソ泣き」疑惑なども含めて非常に注目された存在だったと言えますね。

松田聖子(まつだ・せいこ)
1962年3月10日生
福岡県出身
血液型A
デビュー曲「裸足の季節」(1980年4月1日)

聖子さんの個人的ベスト3。

1.「天国のキッス」(1983.4.27) 松本隆/細野晴臣/細野晴臣
2.「チェリー・ブラッサム」(1981.1.21) 三浦徳子/財津和夫/大村雅朗
3.「白いパラソル」(1981.7.21) 松本隆/財津和夫/大村雅朗


「天国のキッス」はマッチの「真夏の一秒」と同日発売。聖子さんもマッチもオリコンで連続1位記録を継続していて、”4.27戦争”と話題になりました。
聖子さんには当然、いろんなアーティストが曲を提供していて、「赤いスイートピー」などのユーミンが有名ですが、個人的には細野晴臣が良く合っていたと思います。一見機械的なシンセ音と生が満ち溢れる聖子ヴォイスは妙にマッチしていました。
あとは財津和夫。元来持っている爽やかさが上手く引き出されていました。「白いパラソル」の松本隆-財津和夫コンビは後に芳本美代子、中山美穂と引き継がれていくコンビになります。

とにかく国民的スターといえる聖子さん、今でも有望な歌手がデビューするたびに「松田聖子の再来か」と騒がれるのは、アイドルとしてのみならず、歌手として衆目が認めているからなのでしょう。
2004/10/15のBlog
[ 01:16 ] [ 芸映 ]
大好きな河合奈保子さんです。。
ちょっと思い入れがほとばしるかもしれませんが、ご容赦を・・

奈保子さんについては、他の本でも書いたのだけど、”食わず嫌い”的な人が多いのではないかと想像しています。「河合奈保子ファン」とでも言おうものなら「胸が好きなんでしょ?」と言われそうな恐怖におののく男子たちはカミングアウトできず、結果的にまともに曲も聴かなくなってしまう・・不幸な歌手だったと思います。

河合奈保子(かわい・なおこ)
1963年7月24日生
大阪府出身
血液型O
デビュー曲「大きな森の小さなお家」(1980年6月1日)

奈保子さんの活動を私は勝手に3期に分類しています。
第1期:「大きな森の小さなお家」(80.6)~「ストロータッチの恋」(83.3)
 ほのぼの奈保子ワールドの構築。
 竹内まりやの「けんかをやめて」なども含め、独特の世界を確立。
第2期:「エスカレーション」(83.6)~「刹那の夏」(86.7)
 いろんな音楽に挑戦し洋楽的アプローチなども試行。
 八神純子の「コントロール」など実験的作品も。
 誰もが驚く「デビュー」でのオリコン1位獲得はこの時期だが全体的にセールスは低迷へ。
第3期:「ハーフムーン・セレナーデ」(86.11)~「悲しい人」(88.3)
 シンガーソングライターとしての才能が開花。
 ピアノの弾き語りもスタイルとなり、「十六夜物語」のような日本風の作品にも挑戦。
 ただ、セールスは更に低迷。

一貫して質の良い楽曲を提供してくれたと個人的には思っているが、セールスは時代の流れとのリンクもあるので、一概には測れないが数字的には松田聖子と比較すると圧倒的に寂しいです。
ただ、アルバムでの活動が認められて『DAYDREAM COAST』ではレコ大の優秀アルバム賞を受賞したり、87年にはプラハ国際音楽祭で3部門受賞するなどアイドルの域を超えた活躍もあります。

そんな河合奈保子さんのベスト3。

1.「THROUGH THE WINDOW」(1985.12.12) Peter Beckett (訳詞:売野雅勇)/Peter Beckett /Tom Keane & Humberto Gatica
2.「ジェラス・トレイン」(1985.3.5) 売野雅勇/筒美京平/萩田光雄
3.「ラブレター」(1981・12.5) 竜真知子/馬飼野康ニ/若草恵


BGMとして、”第3期”の『JAPAN as waterscapes』を聴きながら打ってますが、惹きこまれる歌声にぞくぞくします。

誕生日には、よみうりランドEASTで野外コンサートをやっていました。何度か行ったのですが、毎年7月24日になるとそのことを思い出します。夕暮れと「ハーフムーン・セレナーデ」がシンクロしてすごく感動しました。
もう一度、リアルタイムで奈保子さんを聴きたい・・
2004/10/13のBlog
[ 01:10 ] [ ビーイング ]
初代金八で”たのきん”とともにスターになりデビューした三原順子。ドラマでの”山田麗子”役は強烈に印象に残っています。
そして、その雰囲気を残しながらの歌手デビュー。当時は山口百恵のフォロワーを求めていた時期でもあり、そのままその波に乗ったかに見えたのですが・・

三原順子(みはら・じゅんこ); 現在は「じゅん子」に。
1964年9月13日生
東京都出身
血液型B
デビュー曲「セクシー・ナイト」(1980年9月21日)

過度にツッパリ(笑)を意識した歌唱法や詞の世界が、一般のイメージを固定化させ、良いものも良いと素直に聞けなくなってしまった気がしています。
デビュー当時からA級ライセンスを持っているとか、首すげ替えヌードとかいろんなことで話題は豊富でした。
ただ、何故かその後、横浜銀蝿とコラボレートした「だって・フォーリンラブ・突然」(1982)や「ホンキでLove Me Good!!」(同)がヒットし、紅白に出場するなど妙な展開も見せました。

そんな三原順子のベスト3・・

1.「サニーサイド・コネクション」(1981.5.25) 竜真知子/網倉一也/松井忠重
2.「真っすぐララバイ」(1981.9.21) 三浦徳子/筒美京平/船山基紀
3.「ド・ラ・ム」(1981.1.21) 亜蘭知子/長戸大幸/中島正雄


今思えば、ビーイングの源流はここにありました。
そして、もういいだろ、というくらいの網倉一也(すみません)。

現在はご存知のとおり、アニマル梯団・コアラの妻。何だかすっかり共稼ぎ夫婦です。

あと、実は甲斐智枝美、島田歌穂と出演した「Go!Go!チアガール」の主題歌「Let's Go! 青春」を”JUNKO & CHEER LEADERS”名義で唄っています。必聴。
2004/10/12のBlog
[ 00:53 ] [ コミュニケーション ]
[関連したBlog] :しいたけさん

初めてコメントいただいたのは、他ならぬ「しいたけさん」でした。
O型倶楽部登録のお返しコメントでしたが、ちゃんとトシちゃんの思い出も書いて頂いて感激です。
こういうのが、皆が続けていくパワーになるんだと実感した次第です。

私も皆さんに積極的にコメントしなくちゃ。いつも頂いてばっかりなので。



2004/10/10のBlog
[ 23:57 ] [ その他女性アイドル ]
デビュー当時は14歳。実年齢と歌声や体型とのギャップばかり話題になりましたが、実際微妙な路線ばかりだったデビュー当初は中途半端だった気がします。「ハロー・グッバイ」のカバーでブレイクし、卒業ソングの定番となった「春なのに」で一皮むけ安定した感じがしてきたのですが・・

柏原よしえ(かしわばら・よしえ); 1982年10月1日から「芳恵」に。
1965年10月1日生
大阪府出身
血液型A
デビュー曲「No.1」(1980年6月1日)

皇太子がファンだったとか、その他もろもろのゴシップも提供してくれましたが、そんなところも含めて彼女のアイドルとしての魅力は高かったと思います。

楽曲的には、フォークっぽいものも合うし、機械的な音も合う不思議な素材。フォーク路線では中島みゆき、谷村新司、松尾一彦(オフコース)等からの楽曲提供で話題を提供してくれました。

そんな柏原よしえさんのベスト3(実は全て芳恵名義)。

1.「夏模様」(1983.6.29) 微美杏里/松尾一彦/萩田光雄
2.「ト・レ・モ・ロ」(1984.2.29) 松本隆/筒美京平/船山基紀
3.「花梨」(1982・10.1) 谷村新司/谷村新司/青木望


あとは「カム・フラージュ」をよく口ずさみます、今でも・・
結構、時々聴きたくなるアイドルでもあります。
2004/10/09のBlog
[ 20:54 ] [ その他女性アイドル ]
”懐かしの名曲”みたいなのに出演すると、必ず「タッチ」を歌わされる良美さんです。。
もっと、良い曲いっぱいあるのにー・・とハンカチを噛みしめています(嘘)。

岩崎良美(いわさき・よしみ)
1961年6月15日生
東京都出身
血液型O
デビュー曲「赤と黒」(1980年2月21日)

80年デビュー組の中では「実力派」というレッテルが貼られてましたね。
歌が上手い故か、デビュー曲は文学の薫り高いかなり暗い曲調。
その後の「涼風」が爽やかな感じでイメージアップを図るも、3曲目はまたまた「あなた色のマノン」。♪私はマノン・・マノン・レスコー~♪重い、重すぎる・・

軽いシティ・ポップス(古)を唄わせると、本当にうまくまとめてくれた。
というわけで、そんな感じになったベスト3。

1.「恋ほど素敵なショーはない」(1983.1.21) 売野雅勇/梅垣達志/大村雅朗
2.「I THINK SO」(1980.12.21) 岡田冨美子/網倉一也/船山基紀
3.「どきどき旅行」(1982.4.21) 安井かずみ/加藤和彦/清水信之


あ、2位にまたまた網倉サンだ。脳の隅までヤラれてます・・
1位は英語詞部分もオシャレなポップス。こういうのさらっと歌わせると、当時は抜群に上手かったと思う。
ベスト盤(『Palette』)をLPで持ってたのに引越しの時に処分してしまいました。聴きたい・・