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2004/10/30のBlog
[ 03:08 ]
[ ホリプロ ]
その愛くるしさは守ってあげたい妹のようで、どこにでもいそうで実はどこにもいない普通っぽさとスタア的資質が同居した82年デビュー組1番のアイドル(断言)。
今でこそ沢山の子どもを抱えつつ、たくましく生きる女性になってしまったけれど、どれが本当の彼女だか全く解らないほど、いくつもの顔を見せてくれました。
堀ちえみ(ほり・ちえみ)
1967年2月15日生
大阪府出身
血液型B
デビュー曲「潮風の少女」(1982年3月21日)
「セシル」や「キャンレディ」のCMでお茶の間のアイドルになった彼女がブレイクしたのは『スチュワーデス物語』でした・・
彼女の地には近かったと思うのですが、何だか痛々しくて見ていられませんでした。。
そして、今改めて衝撃は片平なぎささんの息の長さ。最近ますます綺麗になって。まったく関係ないんですが(笑)
個人的ベスト3は。。
1.「稲妻パラダイス」(1984.4.21) 康珍化/林哲司/萩田光雄
2.「リ・ボ・ン」(1985.1.23) 三浦徳子/松田良/萩田光雄
3.「青春の忘れ物」(1985.9.25) 売野雅勇/鈴木キサブロー/後藤次利
「稲妻」は元気が出る曲です。この頃の林哲司さん、好きでした。「消えない日焼け、残してあげる♪」のくだりなんか、グッときます。。
「リ・ボ・ン」はベンチャーズ風のエレキが幼い声と妙に合ってるな、と思った発見の曲。
「青春の忘れ物」は歌詞が胸に染みます。ホントそうだったから・・
でも、彼女の場合は実験的に遊ばれた面もあって「Wa・ショイ!」(85年)なんてその典型でしょう。その頃の『Lonely Universe』は大好きなアルバムの1枚で、気だるい感じが繰り返して聴くとクセになる危険な1枚でした。『プラム・クリーク』もお勧めです。高橋幸宏が炸裂しています。
今でこそ沢山の子どもを抱えつつ、たくましく生きる女性になってしまったけれど、どれが本当の彼女だか全く解らないほど、いくつもの顔を見せてくれました。
堀ちえみ(ほり・ちえみ)
1967年2月15日生
大阪府出身
血液型B
デビュー曲「潮風の少女」(1982年3月21日)
「セシル」や「キャンレディ」のCMでお茶の間のアイドルになった彼女がブレイクしたのは『スチュワーデス物語』でした・・
彼女の地には近かったと思うのですが、何だか痛々しくて見ていられませんでした。。
そして、今改めて衝撃は片平なぎささんの息の長さ。最近ますます綺麗になって。まったく関係ないんですが(笑)
個人的ベスト3は。。
1.「稲妻パラダイス」(1984.4.21) 康珍化/林哲司/萩田光雄
2.「リ・ボ・ン」(1985.1.23) 三浦徳子/松田良/萩田光雄
3.「青春の忘れ物」(1985.9.25) 売野雅勇/鈴木キサブロー/後藤次利
「稲妻」は元気が出る曲です。この頃の林哲司さん、好きでした。「消えない日焼け、残してあげる♪」のくだりなんか、グッときます。。
「リ・ボ・ン」はベンチャーズ風のエレキが幼い声と妙に合ってるな、と思った発見の曲。
「青春の忘れ物」は歌詞が胸に染みます。ホントそうだったから・・
でも、彼女の場合は実験的に遊ばれた面もあって「Wa・ショイ!」(85年)なんてその典型でしょう。その頃の『Lonely Universe』は大好きなアルバムの1枚で、気だるい感じが繰り返して聴くとクセになる危険な1枚でした。『プラム・クリーク』もお勧めです。高橋幸宏が炸裂しています。
2004/10/29のBlog
[ 02:14 ]
[ ボンド ]
テレビなどで既に有名になり歌手デビューの日を待たれる人がいる。
「松本伊代」はそんな存在だった。だからこそ翌年デビューにカテゴライズされる81年10月21日まで待った。そのデビュー曲で「伊代はまだ16だから」と歌い、世の中の度肝を抜いた。
それから世の中は松本伊代を歌謡曲をアイドルを知ったかぶりで語り始めた。彼女が世の中を欲情させた。なぜだかはわからないけど。
松本伊代(まつもと・いよ)
1965年6月21日生
東京都出身
血液型B
デビュー曲「センチメンタル・ジャーニー」(1981年10月21日)
大学1年の時のバイト先の先輩(正社員・男)に、初仕事のお昼御飯を食べている時に「今日、伊代ちゃんのコンサートなんだよね、行かない?」とふられた。えっ?こんなイイ年の割といいオトコなのに、松本伊代??とマジで驚いたあの日。「今日はちょっと・・」って用も無いのに断ってしまった。
今、思うと行っとけば良かった(笑)彼はどうしてるのかしら。
そんな伊代ちゃんの個人的ベスト3。
1.「あの日に帰りたい(Dancin' In The Heart)」(1985.3.5) 売野雅勇/筒美京平/中村哲
2.「シャイネス ボーイ」(1984.9.21) 尾崎亜美/尾崎亜美/小林信吾
3.「チャイニーズ・キッス」(1983.3.3) 康珍化/亀井登志夫/鷲巣詩郎
世間の発情は糸井重里が作詞した「TVの国からキラキラ」(”ねぇキミってキラキラ?”)、「オトナじゃないの」(♪かけちゃうぞ、ピーピピッピ♪)で頂点に達した。
伊代ちゃん個人も楽曲も、どうしても好きになれなかったのだけれど、その騒動が落ち着くと、妙に歌詞もその他も等身大に聞こえてくるようになった。
そして、彼女は戸板女子短大に進んだ。女子大生、である。文化放送で”ミスDJ”のパーソナリティもやった。毎週聞いた。「恋のKNOW-HOW」がラジオから流れてきた。素直に良い曲だと思った。
TVの国の伊代ちゃんが、すごくフツーの女子大生として(勿論遠い存在であるのは間違いなかったけど)、語りかけてきた。
「松本伊代」はそんな存在だった。だからこそ翌年デビューにカテゴライズされる81年10月21日まで待った。そのデビュー曲で「伊代はまだ16だから」と歌い、世の中の度肝を抜いた。
それから世の中は松本伊代を歌謡曲をアイドルを知ったかぶりで語り始めた。彼女が世の中を欲情させた。なぜだかはわからないけど。
松本伊代(まつもと・いよ)
1965年6月21日生
東京都出身
血液型B
デビュー曲「センチメンタル・ジャーニー」(1981年10月21日)
大学1年の時のバイト先の先輩(正社員・男)に、初仕事のお昼御飯を食べている時に「今日、伊代ちゃんのコンサートなんだよね、行かない?」とふられた。えっ?こんなイイ年の割といいオトコなのに、松本伊代??とマジで驚いたあの日。「今日はちょっと・・」って用も無いのに断ってしまった。
今、思うと行っとけば良かった(笑)彼はどうしてるのかしら。
そんな伊代ちゃんの個人的ベスト3。
1.「あの日に帰りたい(Dancin' In The Heart)」(1985.3.5) 売野雅勇/筒美京平/中村哲
2.「シャイネス ボーイ」(1984.9.21) 尾崎亜美/尾崎亜美/小林信吾
3.「チャイニーズ・キッス」(1983.3.3) 康珍化/亀井登志夫/鷲巣詩郎
世間の発情は糸井重里が作詞した「TVの国からキラキラ」(”ねぇキミってキラキラ?”)、「オトナじゃないの」(♪かけちゃうぞ、ピーピピッピ♪)で頂点に達した。
伊代ちゃん個人も楽曲も、どうしても好きになれなかったのだけれど、その騒動が落ち着くと、妙に歌詞もその他も等身大に聞こえてくるようになった。
そして、彼女は戸板女子短大に進んだ。女子大生、である。文化放送で”ミスDJ”のパーソナリティもやった。毎週聞いた。「恋のKNOW-HOW」がラジオから流れてきた。素直に良い曲だと思った。
TVの国の伊代ちゃんが、すごくフツーの女子大生として(勿論遠い存在であるのは間違いなかったけど)、語りかけてきた。
2004/10/28のBlog
[ 01:11 ]
[ ジャニーズ ]
郷ひろみさんは本当に息の長いアーティストになりました。正直言うと、デビューの頃からは想像していなかったことです。
アイドル!という感じのいでたちと鼻にかかったような声。いかにも賞味期限が短そうな印象を子供心に受けたものです。
郷ひろみ(ごう・ひろみ)
1955年10月18日生 (←ついこの前が誕生日だったですね。)
福岡県出身
血液型A
デビュー曲「男の子 女の子」(1972年8月1日)
しかし。
彼と彼の周りでは着々と戦略が練られ、楽曲的にも(必要以上に)大人の曲があてがわれます。こんなに妖しい世界を歌っていいの?というのが70年代後半の郷さんに対する正直な思いでした。
まずは1970年代個人的ベスト3。
1.「ハリウッド・スキャンダル」(1978.9.21) 阿木耀子/都倉俊一/都倉俊一
2.「いつも心に太陽を」(1979.6.21) 阿久悠/ミッキー吉野/ミッキー吉野
3.「バイブレーション(胸から胸へ)」(1978.3.21) 島武実/都倉俊一/船山基紀
一番売れたのは「よろしく哀愁」(74年)。「お化けのロック」「林檎殺人事件」の企画モノや、網倉一也サンが"唐沢晴之介"名義で作詞・作曲をした「マイ レディー」がその次くらい。
「いつも心に太陽を」は当時の郷さんには珍しく(?)爽やかな佳曲。
そして80年代。
1.「セクシー・ユー(モンロー・ウォーク)」(1980.1.21) 来生えつ子/南佳孝/萩田光雄
2.「素敵にシンデレラ・コンプレックス」(1983.5.12) 阿久悠/鈴木康博/井上尭之、甲斐正人
3.「How manyいい顔」(1980.7.21) 阿木耀子/網倉一也/萩田光雄
インパクトは「お嫁サンバ」(81年)と「2億4千万の瞳」(84年)でしょうか。売れたのはこれも後の基本路線となるカヴァーの「哀愁のカサブランカ」(82年)。後半は渡米により殆ど音楽活動なし。
しかし。
90年代、まさに不死鳥のように復活するのです。
”ヒロミ・ゴー”ブランドを確立。ストイックな生活に裏打ちされた完璧な肉体と、エンターテイナーとしての華麗なパフォーマンス。「言えないよ」(94年)「逢いたくてしかたない」(95年)とヒットを連発。そして極めつけは「GOLDFINGER'99」(99年)。本当に大ブームと言えるムーブメントを巻き起こしました。
今は音楽活動休止中、とのことですが、次の展開は何かわくわくさせられる数少ないアーティストです。
※05/03/12 santaroさんのご指摘で一部加筆・修正。
アイドル!という感じのいでたちと鼻にかかったような声。いかにも賞味期限が短そうな印象を子供心に受けたものです。
郷ひろみ(ごう・ひろみ)
1955年10月18日生 (←ついこの前が誕生日だったですね。)
福岡県出身
血液型A
デビュー曲「男の子 女の子」(1972年8月1日)
しかし。
彼と彼の周りでは着々と戦略が練られ、楽曲的にも(必要以上に)大人の曲があてがわれます。こんなに妖しい世界を歌っていいの?というのが70年代後半の郷さんに対する正直な思いでした。
まずは1970年代個人的ベスト3。
1.「ハリウッド・スキャンダル」(1978.9.21) 阿木耀子/都倉俊一/都倉俊一
2.「いつも心に太陽を」(1979.6.21) 阿久悠/ミッキー吉野/ミッキー吉野
3.「バイブレーション(胸から胸へ)」(1978.3.21) 島武実/都倉俊一/船山基紀
一番売れたのは「よろしく哀愁」(74年)。「お化けのロック」「林檎殺人事件」の企画モノや、網倉一也サンが"唐沢晴之介"名義で作詞・作曲をした「マイ レディー」がその次くらい。
「いつも心に太陽を」は当時の郷さんには珍しく(?)爽やかな佳曲。
そして80年代。
1.「セクシー・ユー(モンロー・ウォーク)」(1980.1.21) 来生えつ子/南佳孝/萩田光雄
2.「素敵にシンデレラ・コンプレックス」(1983.5.12) 阿久悠/鈴木康博/井上尭之、甲斐正人
3.「How manyいい顔」(1980.7.21) 阿木耀子/網倉一也/萩田光雄
インパクトは「お嫁サンバ」(81年)と「2億4千万の瞳」(84年)でしょうか。売れたのはこれも後の基本路線となるカヴァーの「哀愁のカサブランカ」(82年)。後半は渡米により殆ど音楽活動なし。
しかし。
90年代、まさに不死鳥のように復活するのです。
”ヒロミ・ゴー”ブランドを確立。ストイックな生活に裏打ちされた完璧な肉体と、エンターテイナーとしての華麗なパフォーマンス。「言えないよ」(94年)「逢いたくてしかたない」(95年)とヒットを連発。そして極めつけは「GOLDFINGER'99」(99年)。本当に大ブームと言えるムーブメントを巻き起こしました。
今は音楽活動休止中、とのことですが、次の展開は何かわくわくさせられる数少ないアーティストです。
※05/03/12 santaroさんのご指摘で一部加筆・修正。
2004/10/27のBlog
[ 00:39 ]
[ その他男性アイドル ]
野口五郎さんの80年代は地味です。
70年代が地味でなかったかどうかと言うと議論も分かれるところでしょうが、コンスタントにヒットも出ていたし、ある意味、世界が確立されていたと思います。
野口五郎(のぐち・ごろう)
1956年2月23日生
岐阜県出身
血液型A
デビュー曲「博多みれん」(1971年5月1日)
ディスコグラフィーを改めて振り返ると、彼ほど筒美京平がこだわった歌手はいないようにも感じます。ここまで書いてるのか・・と思うほど。それは筒美さんが五郎さんの正統派歌謡的資質に惚れ込んだからではないでしょうか。
個人的ベスト3は。。
(1970年代)
1.「真夏の夜の夢」(1979.4.21) 阿久悠/筒美京平/筒美京平
2.「グッド・ラック」(1978.9.1) 山川啓介/筒美京平/高田弘
3.「針葉樹」(1976.9.10) 麻生香太郎/筒美京平/筒美京平
多分、良くも悪くもその世界を変えたのは、79年の「真夏の夜の夢」でしょう。
デビュー曲は「博多みれん」。演歌系とでも言えそうな売り出し方。「私鉄沿線」等のヒットで”実力派アイドル”的な扱いになり、数合わせっぽい雰囲気も含め”新御三家”と呼ばれました(誰と誰との3人か、新でない御三家は誰がいたか、知らない人はお家の人に聞いて見ましょう)。
ただ、彼はラリー・カールトンを愛し、ギターを愛していたのです。
それが高じて?ステージでスタンドマイクでギターを弾きながら歌うことにしました。
セールスは期待と較べてどうだったのでしょうか・・
(1980年代)
1.「さすらい気分」(1980.6.5) 山上路夫/筒美京平/大村雅朗
2.「ダイヤル177」(1981.12.25) 伊藤アキラ/山中涼平/山中涼平
3.「19:00の街」(1983.1.25) 伊藤薫/筒美京平/川村栄ニ
1位はTVドラマ主題歌。爽やかで当時の私の心境をうまくとらえていました・・2位は良い曲ですが、今でも”天気予報と時報、どっちだっけ?」とか思うと”♪まわすぅダイヤルいちなぁななぁなぁ天気予報に相槌を打つぅ♪”と口ずさんで確かめるバカな私です(汗)
80年代でそこそこ売れたのは「コーラス・ライン」(80年)と「19:00の街」くらい。ここで取り上げるのも疑問に感じるくらいですが、後世に与えた影響は大きくて、ヨッちゃん(野村義男)は彼からもらったギターを大切に持っているし、今をときめく山本耕史は彼にギターを教えてもらったと。そして”カックラキン大放送”で魅せた独特のギャグセンスはアイドルのバラエティとの関わり方の新しい姿を提示していたと言えます。
70年代が地味でなかったかどうかと言うと議論も分かれるところでしょうが、コンスタントにヒットも出ていたし、ある意味、世界が確立されていたと思います。
野口五郎(のぐち・ごろう)
1956年2月23日生
岐阜県出身
血液型A
デビュー曲「博多みれん」(1971年5月1日)
ディスコグラフィーを改めて振り返ると、彼ほど筒美京平がこだわった歌手はいないようにも感じます。ここまで書いてるのか・・と思うほど。それは筒美さんが五郎さんの正統派歌謡的資質に惚れ込んだからではないでしょうか。
個人的ベスト3は。。
(1970年代)
1.「真夏の夜の夢」(1979.4.21) 阿久悠/筒美京平/筒美京平
2.「グッド・ラック」(1978.9.1) 山川啓介/筒美京平/高田弘
3.「針葉樹」(1976.9.10) 麻生香太郎/筒美京平/筒美京平
多分、良くも悪くもその世界を変えたのは、79年の「真夏の夜の夢」でしょう。
デビュー曲は「博多みれん」。演歌系とでも言えそうな売り出し方。「私鉄沿線」等のヒットで”実力派アイドル”的な扱いになり、数合わせっぽい雰囲気も含め”新御三家”と呼ばれました(誰と誰との3人か、新でない御三家は誰がいたか、知らない人はお家の人に聞いて見ましょう)。
ただ、彼はラリー・カールトンを愛し、ギターを愛していたのです。
それが高じて?ステージでスタンドマイクでギターを弾きながら歌うことにしました。
セールスは期待と較べてどうだったのでしょうか・・
(1980年代)
1.「さすらい気分」(1980.6.5) 山上路夫/筒美京平/大村雅朗
2.「ダイヤル177」(1981.12.25) 伊藤アキラ/山中涼平/山中涼平
3.「19:00の街」(1983.1.25) 伊藤薫/筒美京平/川村栄ニ
1位はTVドラマ主題歌。爽やかで当時の私の心境をうまくとらえていました・・2位は良い曲ですが、今でも”天気予報と時報、どっちだっけ?」とか思うと”♪まわすぅダイヤルいちなぁななぁなぁ天気予報に相槌を打つぅ♪”と口ずさんで確かめるバカな私です(汗)
80年代でそこそこ売れたのは「コーラス・ライン」(80年)と「19:00の街」くらい。ここで取り上げるのも疑問に感じるくらいですが、後世に与えた影響は大きくて、ヨッちゃん(野村義男)は彼からもらったギターを大切に持っているし、今をときめく山本耕史は彼にギターを教えてもらったと。そして”カックラキン大放送”で魅せた独特のギャグセンスはアイドルのバラエティとの関わり方の新しい姿を提示していたと言えます。
2004/10/24のBlog
[ 23:49 ]
[ 芸映 ]
何を隠そう、私が初めて買ったレコード(EP)は秀樹さんの「激しい恋」(1974年)だったのです。
72年デビュー、デビュー前からジャズ演ってたりするんです。最近の若い者とは音楽的下地が違います。。
80年代にこだわるとすると、70年代の最もパワーがあった秀樹さんから較べるとセールスやインパクト的には地味です。
79年には、大ヒット曲「ヤングマン(Y.M.C.A.)」を出したので当然ピークの印象になり、80年代最も売れたのは80年の「悲しき友情」か「眠れぬ夜」か、といったところです。「ギャランドゥ」(83年)や「抱きしめてジルバ」(84年)もインパクトはともかく、数字的には今ひとつ、でした。
西城秀樹(さいじょう・ひでき)
1955年4月13日生
広島県出身
血液型AB
デビュー曲「恋する季節」(1972年3月25日)
秀樹さんの個人的ベスト3。
(1970年代)
1.「あなたと愛のために」(1978.3.5) 東海林良/大野克夫/水谷公生
2.「炎」(1980.12.12) 阿久悠/馬飼野康ニ/馬飼野康ニ
3.「薔薇の鎖」(1974.2.25) たかたかし(斉藤優子原案)/鈴木邦彦/馬飼野康ニ
70年代は、とにかく「傷だらけのローラ」に代表されるようなダイナミックなTVパフォーマンスとシャウトも交えたヴォーカル、いつもインパクトのある衣装と目立ちまくっていた秀樹さん。
私は色っぽくて熱情的なヴォーカルに心震わせ、カッコいい・・と真剣にホレる小学生だったのです。
(1980年代)
1.「悲しき友情」(1980.1.5) 山川啓介/筒美京平/水谷公生
2.「サンタマリアの祈り」(1980.10.5) なかにし礼/川口真/服部克久
3.「ジプシー」(1981.12.20) 森雪之丞/鈴木キサブロー/船山基紀
単なる思い出話ですが、当時『明星』のYOUNG SONG(歌本)で”あなたが選ぶ西城秀樹Best10”みたいな企画があったんです。私は「悲しき友情」に投票。確か6位くらいだったと思います。その投票の懸賞でサイン入りポスターが当たり、歌本に名前も載りました(笑)
80年代後半はバリー・マニロウとコラボしたり新しい試みもあったんですが、活動としては今ひとつ目立っていませんでした。
ただ・・明らかに”秀樹フォロワー”が出てくるのです。
尾崎豊、河村隆一、ひょっとしたら甲本ヒロト・・本人たちがどう言っているかよくわからないですが、明らかに秀樹さんに影響を受けていると思います。
一時期のLUNA SEAなんて、ほんとに秀樹さんみたいな歌い方してましたからね・・
そういう意味でも今の音楽界を本当に築いてきた貢献度は高いですね。
そして、私の歌謡曲への扉を開けた人でもある、というのは個人的にいくら感謝しても足りないくらいです。
72年デビュー、デビュー前からジャズ演ってたりするんです。最近の若い者とは音楽的下地が違います。。
80年代にこだわるとすると、70年代の最もパワーがあった秀樹さんから較べるとセールスやインパクト的には地味です。
79年には、大ヒット曲「ヤングマン(Y.M.C.A.)」を出したので当然ピークの印象になり、80年代最も売れたのは80年の「悲しき友情」か「眠れぬ夜」か、といったところです。「ギャランドゥ」(83年)や「抱きしめてジルバ」(84年)もインパクトはともかく、数字的には今ひとつ、でした。
西城秀樹(さいじょう・ひでき)
1955年4月13日生
広島県出身
血液型AB
デビュー曲「恋する季節」(1972年3月25日)
秀樹さんの個人的ベスト3。
(1970年代)
1.「あなたと愛のために」(1978.3.5) 東海林良/大野克夫/水谷公生
2.「炎」(1980.12.12) 阿久悠/馬飼野康ニ/馬飼野康ニ
3.「薔薇の鎖」(1974.2.25) たかたかし(斉藤優子原案)/鈴木邦彦/馬飼野康ニ
70年代は、とにかく「傷だらけのローラ」に代表されるようなダイナミックなTVパフォーマンスとシャウトも交えたヴォーカル、いつもインパクトのある衣装と目立ちまくっていた秀樹さん。
私は色っぽくて熱情的なヴォーカルに心震わせ、カッコいい・・と真剣にホレる小学生だったのです。
(1980年代)
1.「悲しき友情」(1980.1.5) 山川啓介/筒美京平/水谷公生
2.「サンタマリアの祈り」(1980.10.5) なかにし礼/川口真/服部克久
3.「ジプシー」(1981.12.20) 森雪之丞/鈴木キサブロー/船山基紀
単なる思い出話ですが、当時『明星』のYOUNG SONG(歌本)で”あなたが選ぶ西城秀樹Best10”みたいな企画があったんです。私は「悲しき友情」に投票。確か6位くらいだったと思います。その投票の懸賞でサイン入りポスターが当たり、歌本に名前も載りました(笑)
80年代後半はバリー・マニロウとコラボしたり新しい試みもあったんですが、活動としては今ひとつ目立っていませんでした。
ただ・・明らかに”秀樹フォロワー”が出てくるのです。
尾崎豊、河村隆一、ひょっとしたら甲本ヒロト・・本人たちがどう言っているかよくわからないですが、明らかに秀樹さんに影響を受けていると思います。
一時期のLUNA SEAなんて、ほんとに秀樹さんみたいな歌い方してましたからね・・
そういう意味でも今の音楽界を本当に築いてきた貢献度は高いですね。
そして、私の歌謡曲への扉を開けた人でもある、というのは個人的にいくら感謝しても足りないくらいです。
[ 01:33 ]
[ ごあいさつ ]
どぶさぽちゃんvさんはじめ、いろんなところにご紹介、TBしていただいたせいか、アクセス数が結構増えてきて1000hitも達成できました。これもひとえに皆様のおかげでございます。。
80年代歌謡曲を80年以降デビューの新人さんたちを中心にして振り返ってきているのですが、当然ながら70年代デビューの人も活躍していますので、時々そっちの方にも遡りたいと思います。
予定しているのは
・”新御三家”(この言い方が古い)
・”花の中3トリオ”(これもあんまりか)
・”怪物”ピンクレディーと”全員集合!”キャンディーズ
・”夫が親方”高田みづえと榊原郁恵??
・何と言ってもジュリーと”ジュリーがライバル”の人・・
などです。
あとはレッツヤンとかランキング番組とか、歌謡曲を支えてきた番組にも注目していければ、と思います。
ぼちぼち更新しますので、お付き合いいただけると幸いです。
80年代歌謡曲を80年以降デビューの新人さんたちを中心にして振り返ってきているのですが、当然ながら70年代デビューの人も活躍していますので、時々そっちの方にも遡りたいと思います。
予定しているのは
・”新御三家”(この言い方が古い)
・”花の中3トリオ”(これもあんまりか)
・”怪物”ピンクレディーと”全員集合!”キャンディーズ
・”夫が親方”高田みづえと榊原郁恵??
・何と言ってもジュリーと”ジュリーがライバル”の人・・
などです。
あとはレッツヤンとかランキング番組とか、歌謡曲を支えてきた番組にも注目していければ、と思います。
ぼちぼち更新しますので、お付き合いいただけると幸いです。
2004/10/23のBlog
[ 22:58 ]
[ コミュニケーション ]
[関連したBlog] ←goodさん
goodさんのトラックバック企画 「あなたが好きな女性ボーカル人気投票」です。
しかし毎回大変な集計作業、頭が下がります(ぺこ)。
コメント要約してリンク貼って・・なのでかなり大変だと思うんですよね。お疲れ様です・・
私は、河合奈保子さんとスザンヌ・ヴェガに投票してますが、奈保子さんは第2回集計で2票を獲得し、国内部門暫定3位に!(ぱちぱち)
私以外にもfreesoulさんが投票してくださってます。「ひとりじゃないですよ」って言ってくださいました(泣)
”「ファンクラブ奈保子」会員でした。初期のカバー曲「二人だけのデート」(B.C.R.の)でどうだ!”と力強く宣言してくださってます。
皆さんも、好きなボーカリストに投票しましょう!
(ますますgoodさん、大変になるかも・・)
goodさんのトラックバック企画 「あなたが好きな女性ボーカル人気投票」です。
しかし毎回大変な集計作業、頭が下がります(ぺこ)。
コメント要約してリンク貼って・・なのでかなり大変だと思うんですよね。お疲れ様です・・
私は、河合奈保子さんとスザンヌ・ヴェガに投票してますが、奈保子さんは第2回集計で2票を獲得し、国内部門暫定3位に!(ぱちぱち)
私以外にもfreesoulさんが投票してくださってます。「ひとりじゃないですよ」って言ってくださいました(泣)
”「ファンクラブ奈保子」会員でした。初期のカバー曲「二人だけのデート」(B.C.R.の)でどうだ!”と力強く宣言してくださってます。
皆さんも、好きなボーカリストに投票しましょう!
(ますますgoodさん、大変になるかも・・)
[ 16:08 ]
[ 総括&データ ]
81年は寺尾聰と近藤真彦の年だったと言っても過言ではないでしょう。「ルビーの指環」の大ヒットに呼応するかのように「シャドー・シティ」「出航」と既出のシングルも連れて売れ始め、ベスト10に3曲同時ランクインなどという偉業を成し遂げるとともに「ルビーの指環」の連続1位記録(10週とか)が騒がれました。アルバム『Reflections』もバカ売れ、『氷の世界』以来のアルバム・ミリオンを記録しました。
その他のトピックとしてはランキングにも名前が出てきませんが横浜銀蝿。これも時代を反映した感じです。金八なんかもそうですが当時の中学の荒れぶりは今と一風変わっています。
あと今ざくっとレコード売上100位まで見ても、凄く売れた印象のある曲が多く、当時の生活や関心の中心の一つに明らかに歌謡曲があったことを思い知らされる1年です。
(参考データ)
【オリコン売上枚数】(80年12月~81年11月)
1「ルビーの指環」寺尾聰
2.「奥飛騨慕情」竜鉄也
3.「スニーカーぶる~す」近藤真彦
4.「ハイスクールララバイ」イモ欽トリオ
5.「長い夜」松山千春
6.「大阪しぐれ」都はるみ
7「街角トワイライト」シャネルズ
8.「恋人よ」五輪真弓
9.「チェリーブラッサム」松田聖子
10.「守ってあげたい」松任谷由実
【日本レコード大賞】
<大賞>
「ルビーの指環」寺尾聰
<最優秀新人賞>
「ギンギラギンにさりげなく」近藤真彦
<金賞>
「あなたひとすじ」川中美幸
「命あたえて」森進一
「哀しみ本線日本海」森昌子
「人生かくれんぼ」五木ひろし
「ス・ト・リ・ッ・パ・ー」沢田研二
「すみれ色の涙」岩崎宏美
「センチメンタルガール」西城秀樹
「街角トワイライト」シャネルズ
「もしもピアノが弾けたなら」西田敏行
「ルビーの指環」寺尾聰
<新人賞>
「ギンギラギンにさりげなく」近藤真彦
「てれてZinZin」竹本孝之
「父さん」祐子と弥生
「函館本線」山川豊
「はみだしチャンピオン」沖田浩之
【日本歌謡大賞】
<大賞>
「ルビーの指環」寺尾聰
<最優秀新人賞>
「ギンギラギンにさりげなく」近藤真彦
「函館本線」山川豊
その他のトピックとしてはランキングにも名前が出てきませんが横浜銀蝿。これも時代を反映した感じです。金八なんかもそうですが当時の中学の荒れぶりは今と一風変わっています。
あと今ざくっとレコード売上100位まで見ても、凄く売れた印象のある曲が多く、当時の生活や関心の中心の一つに明らかに歌謡曲があったことを思い知らされる1年です。
(参考データ)
【オリコン売上枚数】(80年12月~81年11月)
1「ルビーの指環」寺尾聰
2.「奥飛騨慕情」竜鉄也
3.「スニーカーぶる~す」近藤真彦
4.「ハイスクールララバイ」イモ欽トリオ
5.「長い夜」松山千春
6.「大阪しぐれ」都はるみ
7「街角トワイライト」シャネルズ
8.「恋人よ」五輪真弓
9.「チェリーブラッサム」松田聖子
10.「守ってあげたい」松任谷由実
【日本レコード大賞】
<大賞>
「ルビーの指環」寺尾聰
<最優秀新人賞>
「ギンギラギンにさりげなく」近藤真彦
<金賞>
「あなたひとすじ」川中美幸
「命あたえて」森進一
「哀しみ本線日本海」森昌子
「人生かくれんぼ」五木ひろし
「ス・ト・リ・ッ・パ・ー」沢田研二
「すみれ色の涙」岩崎宏美
「センチメンタルガール」西城秀樹
「街角トワイライト」シャネルズ
「もしもピアノが弾けたなら」西田敏行
「ルビーの指環」寺尾聰
<新人賞>
「ギンギラギンにさりげなく」近藤真彦
「てれてZinZin」竹本孝之
「父さん」祐子と弥生
「函館本線」山川豊
「はみだしチャンピオン」沖田浩之
【日本歌謡大賞】
<大賞>
「ルビーの指環」寺尾聰
<最優秀新人賞>
「ギンギラギンにさりげなく」近藤真彦
「函館本線」山川豊
[ 16:04 ]
[ その他女性アイドル ]
『金八』からのデビュー組はツッパリ役が多い中、一番前の席のおとなしい女の子(赤上近子)役だった、つかさちゃん。
セーラー服でのデビューは衝撃的で、『ザ・ベストテン』に労働基準法から15歳未満は21時の生放送に出演できない・・というのも、妙なリアリティを生んでいた。
声はか細く、そこが魅力。アルバムも売れたのは楽曲の魅力が高いから・・と認識していますが・・。
伊藤つかさ(いとう・つかさ)
1967年2月21日生
東京都県出身
血液型O
デビュー曲「少女人形」(1981年9月1日)
つかさちゃんの個人的ベスト3。
1.「夢見るSeason」(1982.2.21) 原由子/原由子/松井忠重
2.「横浜メルヘン」(1982.11.25) 庄野真代/小泉まさみ/川上了
3.「少女人形」(1981.9.1) 浅野裕子/南こうせつ/船山基紀
シングルではイメージを大切にしてか、あまり冒険せず、ほのぼの路線を貫いていました。
彼女には、非常に多彩なアーティストが曲を提供しているのですが、「それぞれの伊藤つかさ像」が何故か収斂してしまう、ある意味ものすごいアーティスト・パワーだったのだと思います。アルバムの作曲家陣は、加藤和彦、天野滋(NSP)、水越けいこ、井上大輔、大貫妙子、矢野顕子、竹内まりや、坂本龍一(「恋はルンルン」♪作詞は仲畑貴志)、高橋幸宏、そして多分、他人に書くことは大変珍しいと思われるHolland Rose(佐野元春)・・すごいです。そして全て「つかさワールド」に仕立てるのは、これも実力、と思わざるを得ません。
セーラー服でのデビューは衝撃的で、『ザ・ベストテン』に労働基準法から15歳未満は21時の生放送に出演できない・・というのも、妙なリアリティを生んでいた。
声はか細く、そこが魅力。アルバムも売れたのは楽曲の魅力が高いから・・と認識していますが・・。
伊藤つかさ(いとう・つかさ)
1967年2月21日生
東京都県出身
血液型O
デビュー曲「少女人形」(1981年9月1日)
つかさちゃんの個人的ベスト3。
1.「夢見るSeason」(1982.2.21) 原由子/原由子/松井忠重
2.「横浜メルヘン」(1982.11.25) 庄野真代/小泉まさみ/川上了
3.「少女人形」(1981.9.1) 浅野裕子/南こうせつ/船山基紀
シングルではイメージを大切にしてか、あまり冒険せず、ほのぼの路線を貫いていました。
彼女には、非常に多彩なアーティストが曲を提供しているのですが、「それぞれの伊藤つかさ像」が何故か収斂してしまう、ある意味ものすごいアーティスト・パワーだったのだと思います。アルバムの作曲家陣は、加藤和彦、天野滋(NSP)、水越けいこ、井上大輔、大貫妙子、矢野顕子、竹内まりや、坂本龍一(「恋はルンルン」♪作詞は仲畑貴志)、高橋幸宏、そして多分、他人に書くことは大変珍しいと思われるHolland Rose(佐野元春)・・すごいです。そして全て「つかさワールド」に仕立てるのは、これも実力、と思わざるを得ません。
[ 13:31 ]
[ ジャニーズ ]
トシちゃんに遅れること半年、80年の12月にジラせてデビュー。81年新人扱いになるギリギリのところを狙い、インパクトのある12月12日という日を選んできた。松本隆・筒美京平コンビの渾身の一曲。
出す曲出す曲話題になり、80年代前半の間違いなく中心を走っていた。ルックスとか歌唱力とかダンスとかどれも抜群ではなく、トシちゃんとは明らかにタイプが違う。このポジションは彼でなくても良かった気もするが、こんなにも成功を収めることができたのは、彼には周りの期待を一身に集める魅力があったのかもしれない。
近藤真彦(こんどう・まさひこ)
1964年7月19日生
神奈川県出身
血液型O
デビュー曲「スニーカーぶる~す」(1980年12月12日)
マッチについては好きというより思い出に残っている曲が多い。特に詞が当時の自分の状況と較べてグッと来るものが多かった気がする。それは松本隆の抽象化テクニックなのかもしれないし、時代なのかもしれないけれど。
個人的ベスト3は。。
1.「ミッドナイト・ステーション」(1983.1.20) 松本隆/筒美京平/佐久間正英
2.「スニーカーぶる~す」(1980.12.12) 松本隆/筒美京平/馬飼野康ニ
3.「Baby Rose」(1986.9.10) 織田哲郎/織田哲郎/織田哲郎
他にも「夢絆」「泣いてみりゃいいじゃん」「ミッドナイト・シャッフル」なんかも好き。ミディアム・テンポで抑えたヴォーカルの時がしっくり来る気がします。
あと何気に好きなのは「一番野郎」。やや下品ですが、何か口をついて出てきちゃう・・
B面やアルバムでも良い曲があります。「美しき叫び(ハートブレイク)」(「ケジメなさい」B面)とか「one more time」(「永遠に秘密さ」B面)とか、『ヤンヤン歌うスタジオ』のミニドラマ「野良犬伝説」の主題歌「野良犬ダンディズム」とか「迷える狼(ストレイ・ウルフ)」(ともに『shining』収録)とか・・
多分今でも当時のマッチ路線は一種のフォーマットなんでしょうけど、超える人はなかなか出てきませんね。それもまた、時代なのかもしれませんが・・
出す曲出す曲話題になり、80年代前半の間違いなく中心を走っていた。ルックスとか歌唱力とかダンスとかどれも抜群ではなく、トシちゃんとは明らかにタイプが違う。このポジションは彼でなくても良かった気もするが、こんなにも成功を収めることができたのは、彼には周りの期待を一身に集める魅力があったのかもしれない。
近藤真彦(こんどう・まさひこ)
1964年7月19日生
神奈川県出身
血液型O
デビュー曲「スニーカーぶる~す」(1980年12月12日)
マッチについては好きというより思い出に残っている曲が多い。特に詞が当時の自分の状況と較べてグッと来るものが多かった気がする。それは松本隆の抽象化テクニックなのかもしれないし、時代なのかもしれないけれど。
個人的ベスト3は。。
1.「ミッドナイト・ステーション」(1983.1.20) 松本隆/筒美京平/佐久間正英
2.「スニーカーぶる~す」(1980.12.12) 松本隆/筒美京平/馬飼野康ニ
3.「Baby Rose」(1986.9.10) 織田哲郎/織田哲郎/織田哲郎
他にも「夢絆」「泣いてみりゃいいじゃん」「ミッドナイト・シャッフル」なんかも好き。ミディアム・テンポで抑えたヴォーカルの時がしっくり来る気がします。
あと何気に好きなのは「一番野郎」。やや下品ですが、何か口をついて出てきちゃう・・
B面やアルバムでも良い曲があります。「美しき叫び(ハートブレイク)」(「ケジメなさい」B面)とか「one more time」(「永遠に秘密さ」B面)とか、『ヤンヤン歌うスタジオ』のミニドラマ「野良犬伝説」の主題歌「野良犬ダンディズム」とか「迷える狼(ストレイ・ウルフ)」(ともに『shining』収録)とか・・
多分今でも当時のマッチ路線は一種のフォーマットなんでしょうけど、超える人はなかなか出てきませんね。それもまた、時代なのかもしれませんが・・