ニックネーム:   パスワード:
| MyDoblogトップ | Doblogポータル | Doblogガイド | ユーザ登録 | 使い方 | よくある質問 | ツールバー | サポート |
あかねさんのかぶと虫
Blog
[ 総Blog数:1012件 ] [ このMyDoblogをブックマークする ] [ RSS0.91   RSS1.0   RSS2.0 ] [ ATOM ]
2004/11/10のBlog
[ 22:18 ] [ その他女性アイドル ]
薬師丸ひろ子は、礼儀正しく品行方正。歌う時は、まるで合唱の授業のようなファルセットも交えて歌ってました。
透明感のある声はよく通るけれど、微妙な表情とか明暗とかは少し苦手なのかも。
淡々とした歌声が、逆に寂しくなるときもあります。

薬師丸ひろ子(やくしまる・ひろこ)
1964年6月9日生
東京都出身
血液型A
デビュー曲「セーラー服と機関銃」(1981年11月21日発売)

個人的ベスト3。
1.「Woman ”Wの悲劇”より」 (1984.10.24) 松本隆/呉田軽穂/松任谷正隆
2.「探偵物語」(1983.5.25) 松本隆/大滝詠一/井上鑑
3.「あなたを・もっと・知りたくて」 (1985.7.3) 松本隆/筒美京平/武部聡志


「元気を出して」のような曲が一般的に人気なんでしょうか。まあ、普通はそうなんでしょうね。。私はそんなストレートに言われても元気が出ません。「けんかをやめて」と言われても止められない(笑)
「Woman」みたいな朗々と歌い上げるような曲が好きです。映画も好きでしたけどね。

知世ちゃんと2本立で映画主演してたときは、やっぱり勢いがありましたね。
『探偵物語』はそれほど期待してなかったけど(「時かけ」目当てで観に行きました)、すごく好きな映画になってしまって・・ラストシーンの空港のキスシーンはすごく惹かれます。

“もしもし私・・誰だかわかる?”(笑)ってねぇ・・
品行方正なイメージは今でも健在なのかどうか・・私生活でもいろいろありましたけどね。
2004/11/08のBlog
[ 03:02 ] [ 総括&データ ]
全体的にはフォークっぽい曲が売れ、ニューミュージックなるジャンルが言われた時期でもあります。洋楽でもAOR全盛期とも言え、時代的な流れだったのかもしれません。
アルバム上位には中島みゆき、オフコース、松山千春といった面々が並び、薬師丸ひろ子や中村雅俊もフォーク調でした。
そんな中1位は、あみん。2位以下に大きく差をつけたミリオンです。ポプコン出身者の大爆発ですが、こういう曲が受け入れられる下地があったことも大きいと思います。
岡村孝子はこの後もOLの教祖的存在として長く君臨することになります。
そんな中、マッチは大健闘。聖子さんと2人で孤軍奮闘、という感じ。82年組もセールスはまだまだ。明菜の「セカンド・ラブ」がリリース時期の関係から翌83年の8位に入っています。

(参考データ)
【オリコン売上枚数】(81年12月~82年11月)
1「待つわ」あみん
2.「セーラー服と機関銃」薬師丸ひろ子
3.「聖母たちのララバイ」岩崎宏美

4.「心の色」中村雅俊
5.「北酒場」細川たかし
6.「悪女」中島みゆき
7「ハイティーン・ブギ」近藤真彦
8.「チャコの海岸物語」サザンオールスターズ
9.「情熱・熱風・せれなーで」近藤真彦
10.「ふられてBANZAI」近藤真彦

【日本レコード大賞】
<大賞>
「北酒場」細川たかし
<最優秀新人賞>
「100%・・・SOかもね!」シブがき隊

<金賞>
「越前岬」川中美幸
「花梨」柏原芳恵
「北酒場」細川たかし
「けんかをやめて」河合奈保子
「小麦色のマーメイド」松田聖子
「聖・少女」西城秀樹
「契り」五木ひろし
「夏をあきらめて」研ナオコ
「誘惑スレスレ」田原俊彦
「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」沢田研二

<新人賞>
「ゆ・れ・て湘南」石川秀美
「100%…SOかもね!」シブがき隊
「アンサーソングは哀愁」早見優
「待ちぼうけ」堀ちえみ
「センチメンタル・ジャーニー」松本伊代

【日本歌謡大賞】
<大賞>
「聖母たちのララバイ」岩崎宏美
<最優秀新人賞>
「100%…SOかもね!」シブがき隊
「センチメンタル・ジャーニー」松本伊代


レコード大賞新人賞の5組に中森明菜、小泉今日子が入らなかったことで、世間が騒いだ年でもあります。確かに客観的に見ると石川秀美と早見優は分が悪かったのは事実です。年明けの83年第一弾シングルがどちらもベスト10入りしたことで、まあいいか、と世の中は認めた感もあります。
歌謡大賞の「聖母たちのララバイ」がレコ大では金賞にも入らなかったこともあり、いろいろあった賞レースでした。
2004/11/06のBlog
[ 01:50 ] [ その他女性アイドル ]
「花の82年組」という言葉があります。恐らく1982年デビューの人たちがあまりにもパワーがあって、一大勢力になったので、敬意を表してそう呼ぶようになったのだと思います。最近で言えば野球の”松坂世代”みたいなモノでしょうか。
多分、それまでの年はそう呼ばれてなかったと思うので、いかにこの年がすごかったかということでしょう。

ここで一人ずつとりあげなかった人で目立つ人といえば・・
※( )内はデビュー曲、発売月日。

白石まるみ(「オリオン座のむこう」82.1.21)
川島恵(「ミスター不思議」82.2.21)
松居直美(「電話のむこうに故郷が」82.2.25)
北原佐和子(「マイ・ボーイフレンド」82.3.19)
新井薫子(「虹色の瞳」82.3.21)
渡辺めぐみ(「ときめきTouch Me」82.4.1)
川田あつ子(「秘密のオルゴール」82.4.21)
伊藤かずえ(「哀愁プロフィール」82.4.21)
真鍋ちえみ(「ねらわれた少女」82.5.1)
水野きみこ(「私のモナミ」82.5.21)
水谷絵津子(「キラリ・涙」82.5.21)
伊藤さやか(「天使と悪魔~ナンパされたい編~」82.5.21)
本田恭章(「0909させて」82.5.25)
三井比佐子(「月曜日はシックシック」82.6.1)
つちやかおり(「恋と涙の17才」82.6.21)
スターボー(「ハートブレイク太陽族」82.7.7)
百瀬まなみ(「少女時代」82.7.21)
坂上とし恵(き・い・てMY LOVE」82.7.21)
まあ、ちょっと挙げ過ぎの気もしますが、質量ともに?大豊作の年と言えるでしょう。

そういえば・・
薬師丸ひろ子(「セーラー服と機関銃」81.11.21)
なんでした。書き忘れてた(苦笑)

【参考データ:IDOL POPS '80s】

ジャケ写は「パンジー」の3人がそれぞれソロで出したデビュー曲。
と言っても(多分)3人で出した曲はなくて、ゆるーいユニットでした。事務所がオスカーだったので、まとめて売り出された感。映画を3人で主演しています(『夏の秘密』)。
真鍋ちえみの「ねらわれた少女」は曲とアレンジが細野晴臣さん。マニアの間では今でも強烈に推している人がいます・・
マニア受け度では三井比佐子「月曜日はシックシック」も双璧でしょうか。

個人的に好きなのは、北原佐和子さんの3rd シングル「土曜日のシンデレラ」。
先日聴いて、また感動(というか感慨かも)を新たにしてしまいました。

この3人の集約モデルが、何となく83年の森尾由美さんになっていく気がしています。
2004/11/05のBlog
[ 02:30 ] [ その他女性アイドル ]
最初の印象は地味目でした。歌は不安定だし少し野暮ったい感じすらしました。
TV『ねらわれた学園』で少しスポットが当たり、そして映画『時をかける少女』で大ブレイク。
ショートに切った髪は大成功。一躍、男子高生を虜にしたのです。伊藤つかさが好きって言うのは少し恥ずかしい、そんな彼らが堂々と「好き」と人前で言える存在が知世ちゃん。彼等に真に同世代のアイドル感を抱かせ、「一緒に成長していこう」とか勘違いさせるパワーは20年以上の時が流れた今でも何故か健在。いい感じの大人へのステップを上っている気がします。

原田知世(はらだ・ともよ)
1967年11月28日生
長崎県出身
血液型A
デビュー曲「悲しいくらいほんとの話」(1982年7月5日)

個人的ベスト3。
1.「時をかける少女」(1983.4.21) 松任谷由実/松任谷由実/松任谷正隆
2.「太陽になりたい」(1988.4.27) 谷穂ちろる/後藤次利/後藤次利
3.「どうしてますか」(1986.3.5) 田口俊(REICO)/林哲司/大村雅朗


「シンシア」(97年)も大好きな曲。TV『デッサン』の主題歌でしたが、久々にハマり役だったと思います。

83年の11月28日に発売された『バースデーアルバム』はオリコン1位に。当時はLPでしたが、透明な盤(作るの難しかったみたいです)が知世ちゃんのイメージにぴったりの素敵なアイテム。

その後もアルバムでは意欲作が続き、フレンチポップスに挑戦したり、90年代に入るとスウェディッシュ・ポップの大御所、トーレ・ヨハンセンのプロデュース盤(タンバリン・スタジオで録音)をリリースしたり・・すっかりアーティスティックなイメージがつきましたが、”Blendy"のCMでカフェオレを飲む彼女は、ほっとするくらい昔のままです。

※一部内容をご指摘により修正しました。(2004/11/24)
2004/11/04のBlog
[ 01:16 ] [ ジャニーズ ]
昨日、ふと思い出したのです。
”そういえば、11月2日ってシブがき隊の解散コンサートの日だったんだ”って。
1988年のことだから、もう16年もたちます。
あれから、ヤックンは主婦に人気の司会業に忙しく、モックンは個性的俳優としての地位を確立し、フックンは地道にバラエティなどで活躍しています。
当時、今の3人の活躍を誰が予想したでしょうか。本当に息の長い3人です。

言わずと知れた『2年B組仙八先生』からのデビュー。三田寛子、本田恭章と共演。
当初は「シブがきトリオ」と名乗っていましたが、デビューにあたって「シブがき隊」と命名。

薬丸裕英(やくまる・ひろひで)
1966年2月19日生
東京都出身
血液型B

布川敏和(ふかわ・としかず)
1965年8月4日生
神奈川県出身
血液型B

本木雅弘(もとき・まさひろ)
1965年12月21日生
埼玉県出身
血液型A

デビュー曲「NAI・NAI 16」(1982年5月5日)

彼らの偉大な足跡は語りつくせないですが、多分独特のテーマやタイトルの曲を発表してきただけに、微妙なスタンスで接した人が多かったのではないでしょうか。ただ、かえってバカバカしさに徹したことで女性だけでなく男性ファンを取り込めたのかもしれません。

個人的ベスト3は。。
1.「DJ in My Life」(1985.4.3) JOEY CARBONE(日本語詞・売野雅勇)/JOEY CARBONE/後藤次利
2.「Zokkon命」(1983.5.5) 森雪之丞/水谷竜緒/水谷竜緒
3.「PSST PSST」(1988.2.26) 秋元康/後藤次利/後藤次利(ブラス・アレンジ:新田一郎)


「DJ」は彼らの主演映画『バロー・ギャングBC』の主題歌。うまく言えないんですが、当時の状況に詞も曲もシンクロしてグッときます。シブがき隊というよりも、人生において思い出に残る一曲。
「Zokkon」は最初イントロを聴いたときはナイトレンジャーのカヴァーかと思ったのですが(実はエンディングも・・)、パワーは圧倒的にこっちが上。初期の名曲。
「PSST PSST」は曲もいいですが、出入りの多い立体感のあるステージングがカッコよかった一曲。

実はホントなら2、3位に入れたいくらいだったのは、「ZIG ZAG セブンティーン」と両A面扱いだった「Gジャンブルース」と、これまた「べらんめぇ伊達男」のB面「100万粒の涙」。
「Gジャン」は彼らのファンになった1曲。当時、まわりではモックンの♪抱きしめぇ~♪という4文字(しかない)ソロに非難轟々・・

ただ、意外なのは普通の人はモックンが昔も今も1番人気だと思うじゃないですか?
実際、彼らのコンサートとかナマのステージを見ると違うことがよくわかるんですよ・・ヤックンへの声援が圧倒的に多いんです。ここら辺がジャニーズのコア・ファンの凄さです。少年隊でも似たようなことを感じたことがあって、こちらもヒガシより全然ニッキのファンの方が多いのは衝撃でした・・

彼らの活動の中では、バカバカしさを極めた森雪之丞さんの功績は重要ですね。「処女的衝撃!」あたりの三浦徳子さん、”日本男児三部作”(「サムライ・ニッポン」「喝!」「アッパレ!フジヤマ」)を担当した売野さんとともにシブがきの世界を形づくってくれました。

今でも「スシ食いねェ!」は定番になり、”発芽米”のCMに「NAI・NAI 16」が使われたりするなど皆の心に残る曲を残してきたのが彼ら、と言えるでしょう。

↓誰かシブがき隊のこと書いてないかなぁと思って検索したら・・。笑ってしまいました。。面白い記事です。トラックバックさせていただきました。
[何気ない一言に笑う・・byふぁびゅらすさん]
2004/11/03のBlog
[ 14:33 ] [ 研音 ]
研音にWP・・少なくとも「新人賞レース参戦!」というデビューではなかったと思います。デビューも地味な感じのスタート。「出会いはスローモーション」と唄うのは、まるで彼女と世の中との関わりを表現したかのようでした。ただ、飛び切りの良い曲を、ぎこちない初々しさに芯の強さを兼ね備えた表情で唄う上々のスタートだったのではないでしょうか。

「少女A」で大ブレーク、ある意味社会現象になり”ツッパリ明菜”というイメージが定着します。言動の一つ一つをそう解釈され、辛い日々だったかもしれませんが、彼女にとっては超えなければいけない道だったと今となっては思います。だって、それで世の中に認知され、「セカンド・ラブ」が世の中に出せたのですから。
1曲ごとに来生姉弟のバラードを挟むデビュー~2年目までの展開は、男女問わずいろいろなファンを惹き付けたという点で非常にうまくいったといえるでしょう。

中森明菜(なかもり・あきな)
1965年7月13日生
東京都出身
血液型A
デビュー曲「スローモーション」(1982年5月1日)

なかなかに難しいですが、個人的ベスト3。
1.「スローモーション」(1982.5.1) 来生えつこ/来生たかお/船山基紀
2.「サザン・ウインド」(1984.4.11) 来生えつこ/玉置浩二/瀬尾一三
3.「Fin」(1986.9.25) 松本一起/佐藤健/佐藤準


何となくベスト盤を聴き返しちゃったりしてますが、全て好きと言っても過言ではないです。当時はあまり・・と思っていた「SOLITUDE」(85年)さえ感慨深い・・他では「北ウィング」「十戒(1984)」「飾りじゃないのよ涙は」(84年)「TANGO NOIR」(87年)「TATTOO」「I MISSED"THE SHOCK"」(88年)・・好きな曲ばかり。
(特に日本武道館で聞いた"THE SHOCK”は忘れられません・・カッコよかった・・)
聖子さんを陽とすれば、明菜は陰。でも確実に私たちの心に染み入る歌声でした。

あとはアルバムの充実度も目を見張るものがあります。特に『POSSIBILITY』(84年)は大好きなアルバム。「北ウイング」のアンサーソング「ドラマティック・エアポート」なども収録され、最も充実した時期のバラエティに富んだアルバムと言えます。

思えば、私は一時期ある会社の同僚から”明菜ちゃん”と呼ばれていた(周りは奇異に思っていたでしょう)のですが、それは、カラオケで「あなたのポートレート」(『プロローグ(序幕)』収録)を歌ったのがきっかけでした。確か98年頃のような気がします。デビューから16年後(笑)。一時期、すっかり同化して「DESIRE」とかをフリつきで歌ってましたね(恥)。

今なお、”歌姫”の称号は明菜のモノと思っている私です・・
2004/11/02のBlog
[ 00:23 ] [ 芸映 ]
デビューシングルのジャケ写はかなり衝撃的です。”秀樹の妹”として河合奈保子さんに続いて選ばれた彼女のセールスポイントはおそらく「健康」。陸上やバスケで鍛えたフトももが注目されるのは本人としても不本意だったでしょうか。

先発デビュー組と差別化を図るためにか健康路線が強化されるとともに、湘南=サーフィン(「ゆ・れ・て湘南」~「哀しみのブリザード」)というイメージも形づくっていきました。

石川秀美(いしかわ・ひでみ)
1966年7月13日生
愛知都出身
血液型A
デビュー曲「妖精時代」(1982年4月21日)

個人的ベスト3。
1.「熱風」(1984.7.25) 鈴木博文/林哲司/大谷和夫
2.「めざめ」(1984.2.8) SHOW・クロエジュン/小田裕一郎/入江純
3.「涙のペーパームーン」(1983.1.1) 麻木かおる/小田裕一郎/大谷和夫


ちょっと趣の異なる3曲になりました。哀愁系の「熱風」、ミディアム・テンポの「めざめ」、メルヘン系の「ペーパームーン」。その他にも”シャウト系”というジャンルを開拓し、ハードロック調のアレンジと調和させてみたり(「ミステリーウーマン」など)、”バカっぽさ系”での「春霞恋絵巻」のような曲あり(♪なのにタワケ者め、元禄BOY♪@森雪之丞 ですからね・・)、大変多彩なディスコグラフィーになっています。特に後半は秀美ちゃんならではの路線が凄いです。

「涙のペーパームーン」「ミステリーウーマン」「もっと接近しましょ」・・と数々のパクリ疑惑に晒されるも、そこは本人とは関係のないこと。

ダンナ様もしっかり稼いで、子沢山の現在ですが、また”シャウト”を聴かせてほしいです。
2004/10/31のBlog
[ 21:05 ] [ サンミュージック ]
帰国子女の典型的なアイドルである優ちゃん。ハワイ三越のエレベータ内でスカウトされたという逸話は、なかなかに衝撃的でした。また、バイリンガルは大きな武器になりました。英語のTV番組に出たり、長寿番組「百万人の英語」のパーソナリティも努めるなど、その活躍は多彩を極めました。そして、上智・比較文化路線は後に西田ひかるちゃんに引き継がれていきます。

早見優(はやみ・ゆう)
1966年9月2日生
静岡県出身
血液型B
デビュー曲「急いで!初恋」(1982年4月21日)

個人的ベスト3。
1.「哀愁情句」(1984.10.3) 銀色夏生/筒美京平/船山基紀
2.「Love Light」(1982.7.21) Pia Jackson(三浦徳子・訳詞)/Jimmy Jackson/萩田光雄
3.「PASSION」(1985.8.1) 中原めい子/中原めい子/新川博


「夏色のナンシー」とハワイ出身の印象が強いので、夏のイメージがありますが、実は秋の曲に彼女の真骨頂があります(と言って夏っぽい曲を選んでしまいましたが)。
きっと、それは落ち着きのなせる技。「哀愁情句」のほかにも「ラッキイ・リップス」(83年)は大好きな曲。あと、忘れてはならないのは「誘惑光線・クラッ!」(84年;これは春の曲ですが・・)でしょう。京平さんらしいキャッチーなメロディーで、優ちゃんの魅力を存分に引き出しています。
「PASSION」は中原めい子さんのナンバー。好きな曲が沢山あって困ってしまいます・・
[中原めい子:goodさん]
[ 13:40 ] [ その他女性アイドル ]
「仙八先生」の中ではシブがき隊、本田恭章とともに82年デビュー。京都弁・のんびりした性格が本当にアイドル向きかどうか心配される向きも多かったと思いますが・・

三田寛子(みた・ひろこ)
1966年1月27日生
京都府出身
血液型B
デビュー曲「駈けてきた処女」(1982年3月21日)

個人的ベスト3は。。
1.「夏の雫」(1982.6.21) 阿木耀子/井上陽水/坂本龍一
2.「色づく街」(1982.9.21) 有馬三恵子/筒美京平/川口真
3.「駈けてきた処女」(1982.3.21) 阿木耀子/井上陽水/萩田光雄


デビュー曲からインパクトの強いタイトルと重ーい陽水節。。ちょっと厳しかったかなという感じです。でも「夏の雫」は良いです。♪どしたらいいの 海になれない 私は雫ぅ♪・・リアリティの欠片もないですが(笑)音楽性が高いのか妙に印象に残り、個人的には82年夏のベストソングだと言ってもいいくらい唄ってました(笑)♪去年の水着 胸がキツいのぉ♪と唄われるとドキドキしますね・・
なお、「駈けてきた処女」は後に中山忍さんがカヴァーするなど注目度は高かったと思います。
続く「色づく街」は南沙織さんのカヴァー。これはこれでハマってましたね。こういう路線でいくのかな?と思ったら年が変わると「ひとりぽっちの卒業式」。悪い曲ではないですが、中途半端な軽さが彼女の個性を殺してしまったかもしれません。その後も村下孝蔵さんと「初恋」を競作するなど話題性はありましたね。

現在は中村橋之助さんの妻として、母としても活躍し、どっこい芸能界で生きている・・って感じです。お母さんタレントとしては森尾由美さんと並ぶ使い勝手の良さに加え、異色な世界に身を置くセレブ感がプラスされ、独自のポジションを保ってらっしゃいます。
[ 01:35 ] [ バーニング ]
82年組の中では、すっかり大御所扱いのキョンキョンですが、個人的には「すんごくフォトジェニック!」という印象を持ち続けてます。優ちゃんや秀美ちゃん(二人ともそのうち書きます)みたいな健康美もよいですが、小ぢんまりした身長の割にグラビアでは、すんごく映えてました。カワイかったぁ・・

小泉今日子(こいずみ・きょうこ)
1966年2月4日生
神奈川県出身
血液型O
デビュー曲「私の16才」(1982年3月21日)

個人的ベスト3は。。
1.「艶姿ナミダ娘」(1983.11.1) 康珍化/馬飼野康二/馬飼野康二
2.「夜明けのMEW」(1986.7.10) 秋元康/筒美京平/武部聡志
3.「まっ赤な女の子」(1983.5.5) 康珍化/筒美京平/佐久間正英


それまではどちらかと言うと、歌手としてはそれほど好きでなく、(失礼ながら)グラビアアイドルとしての認識が強かったのですが、「まっ赤な女の子」で”ほっほー”と見直して(個人的にはかなりキました)、「半分少女」で”そー来たか”と感心し、そして「艶姿」で本格的に歌手・小泉今日子を(自分の中では)確立しましたね。。
その後も「迷宮のアンドローラ」「魔女」等なかなかの良曲がありますが、「夜明けのMEW」が秀逸。秋元康が時々使う”「僕」一人称の詞を女の子に歌わせる”手法が完全にハマった名曲です。絵が浮かんでくる心地よくも切ないヴォーカル。

「なんてったってアイドル」のせいで、皆が小泉今日子を記号化し、サブカルチャーの旗手というか時代の寵児みたいに持て囃したけれど、彼女が語られるべきは歌手としてである、と確信しています。