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あかねさんのかぶと虫
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2004/11/21のBlog
[ 01:35 ] [ ジャニーズ ]
『金八』以来、まさに“待たせてSORRY”なヨッちゃんだったわけですが、トシちゃん、マッチの大当たりを見て、シブがき隊に追い抜かれたデビューに際して、何を思っていたのでしょうか。
まずはソロでアルバム・デビュー(1983.6.1)という意表を突いた形でのお披露目。

野村義男(のむら・よしお)
1964年10月26日生
東京都出身 血液型A

そして、その3ヶ月後、バンドという形で待望のシングル・デビュー。
ジャニーズとして既にリトル・ギャングやアンクという活動を積んできた曽我泰久(ヤッチン)に、オーディションで選んだ加賀八郎(ハチ)と衛藤浩一(コーイチ)を加えてThe Good-Byeを結成。
曽我泰久(そが・やすひさ)
1963年1月7日生
東京都出身 血液型A

加賀八郎(かが・はちろう)
1958年2月28日生(03年復活ライブで生年を修正・・)
東京都出身 血液型B

衛藤浩一(えとう・こういち)
1963年6月8日生
大分県出身 血液AB

今でこそ、再評価の気運が高まり、ベスト盤が評判を呼んだり、オリジナルアルバムも復刻されたりと大人気のグッバイですが、当時は非常に肩身の狭い思いだったと思います。『ザ・ベストテン』の“スポットライト”に12位くらいで出演したグッバイは、マッチに“最初で最後のベストテンですから”と暴言を吐かれ、実際その通りになってしまったり(オリコンでは「YOU惑-MAY惑」がベスト10入りしている)とか・・

個人的ベスト3。
1.「にくめないのがニクイのサ」(1984.11.1) 野村義男/曽我泰久/The Good-Bye 
2.「モダンボーイ狂想曲」(1984.3.8) 橋本淳・野村義男/The Good-Bye/The Good-Bye
3.「YES!YES!!YES!!!」(1986.4.5) 野村義男/曽我泰久/The Good-Bye

言うまでもなくアルバムが非常に良くて、ビートルズやビーチボーイズをパロってみたり、いろいろと斬新な試みもあります。特に3rdアルバム『ALL YOU NEED IS・・・グッバイに夢中!』(85年)は大好きなアルバム。本家よろしくフランス国家からスタートし、「摩訶WHO SEE議」からたたみ掛けるような前半、「素顔のままで」「CRY」「ISOLATION」とミディアムな曲でじっくり聴かせる後半の構成が素晴らしい。また、『Good Vibrations』(84年)の「1999」はノストラダムスの大予言をモチーフにした切迫感のあるスリリングな1曲で大好きです。

昨年に続いて、また復活ライブが行われるみたいですね。
リアルタイムで聴いたことのないファンも増えているようです。ギターを愛し続けるヨッちゃんを今更時代が求めているのは不思議な気がしますが、こうなったら本格復活してほしいです。
2004/11/20のBlog
[ 01:03 ] [ その他女性アイドル ]
82年組の印象が強烈だったからか、この年は地味です。
サン・ミュージックは桑田靖子、ホリプロは大沢逸美を擁して賞レースに臨むも、それほど良い結果が得られず、当人たちの活動も翌年からは更に地味になっていきます・・。
ただ、なかなかに良い素材が多かったのは確か。82年組でマーケットが飽和していた、と見るのが妥当でしょうか。

個別に取り上げた方以外の主な新人は以下のとおりです。
ていうか、82年より多いじゃないですか(笑)
【参考データ:IDOL POPS '80s】
佐東由梨(「どうして?!」82.11.21)
小林千絵(「いつも片想い」82.11.21)
ソフトクリーム(「熱帯魚のタキシード」82.12.5)
わらべ(「めだかの兄妹」82.12.21)
ルー・フィン・チャウ(「スター誕生」82.12.24)
河合美智子(「わたし・多感な頃」83.1.10)
横田早苗(「不安タジー・ナイト」83.1.21)
武田久美子(「噂になってもいい」83.1.25)
大沢逸美(「ジェームス・ディーンみたいな女の子」83.2.21)
佐久間レイ(「はみだし天使」83.2.25)
伊藤麻衣子(「微熱かナ」83.2.25)
桑田靖子(「脱・プラトニック」83.3.21)
広田玲央名(「だいじょうぶマイ・フレンド」83.3.21)
松尾久美子(「メモワール」83.3.21)
原真祐美(「決心」83.3.21)
徳丸純子(「聖・ファーストラブ」83.3.21)
柳沢純子(「あなたに片想い」83.4.1)
松本小雪(「愛があるから生きている」83.4.21)
木元ゆうこ(「チェリーガーデン(桜の園)」83.5.1)
松本明子(「♂・♀・Kiss(オス・メス・キス)」83.5.21)
石原真理子(「ポプリの小瓶」83.6.1)
吹田明日香(「バ・ケー・ショ・ン」83.6.21)
菊地陽子(「風色タッチ」83.7.21)
河上幸恵(「ブルー・エトランゼ」83.7.21)
尾上千昌(「ときめきハイウェイ」83.7.21)
荻野目慶子(「愛のオーロラ」83.7.21)
太田貴子(「デリケートに好きして」83.7.25)
水谷圭(「スロータッチ」 83.9.21)
飯島真理(「きっと言える」83.9.21)

個人的に気に入っていたのは・・
伊藤麻衣子さんのデビュー曲「微熱かナ」。
卒業ソングとして非常によく出来た曲だと思います。♪昨日までは悪いことでも、明日からは何でもないこと♪うーん、その状況に置かれるとグッときますね。。麻衣子さんは「秋のほほづえ」も好きでした。

あとは、武田久美子さんの「びんかん・・・してます」。3枚目のシングルです。デビュー曲や2曲目の「シャワー・ホリデー」も佳曲ではありますが、このシングルが良いです。彼女の舌ったらずな甘えた声が♪秘密をもてば新鮮よ♪とささやくとドキドキします。後のグラビア・アイドルとしての素養はこの頃から?
さらに徳丸純子さんの「聖・ファーストラブ」から「恋はシーソーゲーム」までの一連の作品。硬質な抑揚のないヴォーカルでしたが、それが切なさを増幅させる変わったタイプのアイドルだったと言えます。

もう一人あげれば河上幸恵さんの「ブルー・エトランゼ」。アンニュイな感じがたまらなく、柏原芳恵さんの「夏模様」とともに、83年の夏の終わりによく聴いた思い出の曲です。

2004/11/19のBlog
[ 00:17 ] [ 研音 ]
東海地方では“さすらいのドッチャー”等で有名なCBC『ぱろぱろエブリデイ』という番組がありました。その番組のアシスタントをしていた飛び切りの笑顔の女の子。番組中のミニドラマ『少女ドリーム』にも出演。スターへの階段を上る少女を見る様は、まるでノンフィクションのような設定。NHK『レッツゴーヤング』の出演(サンデーズへの加入)決定、そしてレコードデビュー・・そこまでの彼女の足取りはまるで上々のサクセスストーリーを見ているようでした。

小出広美(こいで・ひろみ)
1966年3月3日生
愛知県出身
血液型A
デビュー曲「タブー」(1983年3月21日)

研音の先輩・中森明菜の「少女A」イメージで売り出したかったのでしょうか。なかなかに太い声で暗めの曲を歌わされます。それが彼女の本質と合っていたのかどうか・・

個人的ベスト3。
1.「心はプリズム」(1983.*.*) 国安わたる/国安わたる/鷺巣詩郎
2.「水色の輝き」(1983.8.*) 三浦徳子/網倉一也/矢野立美
3.「タブー」(1983.3.21) 阿久悠/井上大輔/萩田光雄


ファーストアルバム『わたしは広美』はともかく、次に出したミニアルバム『EXCITING MINI』はなかなか佳曲揃い。こういうポップな曲を歌いたかったのでは?と思ってしまいました。「タブー」と同じ作家陣でも「グッドラックと二人がいった」なんか秀逸です。

そして・・84年に「最近のム・ス・メ」という曲を出そうとしたとき、突然芸能活動を停止します。理由は色々噂されましたが定かではありません。でも、デビュー前から応援していた人が突然姿を消してしまうショックはもう経験したくないです。この後、84年デビュー組でも同じような目にあってしまう私は、人を見る目がないのか・・

現在は、いろいろなキャリアを積みながら生き残っていらっしゃいます。
ただ、『ぱろぱろ』の時の広美ちゃんの面影は既にありません・・
2004/11/18のBlog
あまり独立した記事として扱うつもりのなかった岩井小百合嬢。最近もずっとタレントとして活動されてるんですが、全くフォローできておらず。ただ、83年デビュー組を冷静に見ると、やはり取り上げておいた方がいいかと思いなおしました。

皆さんご存知のように“横浜銀蝿の妹分”なわけです。
その肩書がホントに必要だったのかは今でも疑問ですが、話題性としてはあったんでしょうね。史上最年少での武道館コンサート等、いろいろトピックは提供してくれました。

岩井小百合(いわい・さゆり)
1968年8月10日生
神奈川県出身
血液型A
デビュー曲「ドリーム・ドリーム・ドリーム」(1983年1月12日)

デビュー曲以降、「ドキドキHeartのバースディ・パーティ」「いちごの片想い」「恋あなたし・だ・い!」と話題になる曲を次々とリリース。可愛いし、歌はそこそこ安定感があって完成されたイメージだったですが、当時はいったい誰が応援してるんだろうと思ってました・・。ひっかかりがないっていうか夢中になる要素に欠けてる気がしてたからです。

個人的ベスト3。
1.「水色のラブレター」(1983.11.16) 竜真知子/鈴木キサブロー/馬飼野康ニ
2.「パラレルガール」(1984.*.*) とりみき/三木たかし/鷺巣詩郎
3.「いちごの片想い」(1983.4.13) 竜真知子/馬飼野康ニ/馬飼野康ニ


基本的にはあまりTVで歌わなかった曲の方が好きですね。。あと偶然か否か、TAKUやJohnnyが作った曲を見事にかいくぐってしまいました(苦笑)

その後、プライベートでは結構衝撃的な出来事も体験されたと聞いています。現在は結婚・出産もされたようで、安定された生活を送りつつタレント活動は継続されているようです。

しかし、岩井小百合嬢のCD・BOXが来年アタマに発売されるようですね。再評価!か・・?
2004/11/16のBlog
石野真子さんの曲を聴いていたら、インスパイアされたのが森尾由美さんです・・声質とか歌い方とかは意外に似ています。
ただ一番の違いは、あまりにも実験的な曲達に乗っかる森尾さんの不安定なヴォーカル。。これを心地良いと思うまでには、かなりの聴き込みが必要かもしれません。ただ、そこまで行ってしまった場合は、もはや森尾ワールドから帰っては来れないでしょう。

森尾由美(もりお・ゆみ)
1966年6月8日生
埼玉県出身
血液型A
デビュー曲「お・ね・が・い」(1983年5月5日発売)

個人的ベスト3。
1.「トモダチの関係」(1984.4.5) 橋本淳/筒美京平/萩田光雄
2.「天気予報はI Luv U」(1983.10.5) 槇村侑・直木礼亜/佐久間正英/佐久間正英
3.「初恋のメロディー」(1984.1.21) 橋本淳/筒美京平/萩田光雄


とにかくアレンジがカッコいい曲が多くて驚きです。多分きちんと聴いたことのない人が多いでしょうから、ベスト盤買って聴いてみてください、と言いたい・・
「天気予報は~」なんて、もの凄く期待感の高まる出色のイントロと、♪キリン気分で待ちわびた♪という腰の抜けそうになる可愛い歌詞がものすごく調和しています。
「初恋のメロディー」は小林麻美さんのカヴァー。後の「トモダチの関係」「ASIAチックDoll」と同じ作家陣であり、違和感がないというか、妙にしっくりきます。

歌手活動をやめた後は、「遅く起きた朝は」で騒がしい磯野貴理子とハスに構えた松居直美を上手く仕切る役どころで人気に。母親にもなったし、今では松雪泰子、常盤貴子、中谷美紀、竹内結子、柴咲コウ、ミムラ等の超売れっ子を多数抱えるスターダスト・プロモーションのお姉さん的存在。ピンクハウスの服もそれはそれで個性。

バラエティ等で見せる抜群の安定感と比類ないソツの無さは、デビュー時の歌声からは想像できません。「大好き!五つ子」の演技も堂にいったもの。タレントが天職なのだな・・と本当に思います。
[ 01:06 ] [ バーニング ]
「石野真子」は本当に「計算しつくされたアイドルだったと思います。
彼女も「スタ誕」出身ですがデビューからの「狼なんか怖くない」「私の首領(ドン)」「失恋記念日」は、タイトルから振付から何もかもがインパクト的に完璧。これで売れないわけがない、というくらい。勿論、石野真子さん本人の輝いている魅力があったからこそ、ですが。

石野真子(いしの・まこ)
1961年1月31日生
兵庫県出身
血液型A
デビュー曲「狼なんか怖くない」(1978年3月25日発売)

実は石野真子さんの歌手としての実働期間は驚くほど短いです。
78年3月のデビューから81年8月の引退まで、実に密度の濃い活動をしてこられました。

70年代の個人的ベスト3。
1.「日曜日はストレンジャー」(1979.1.25) 阿久悠/筒美京平/筒美京平 
2.「ワンダー・ブギ」(1979.7.5) 阿久悠/馬飼野康二/馬飼野康二
3.「失恋記念日」(1978.10.5) 阿久悠/穂口雄右/穂口雄右


「日曜日は~」のイントロは最高にカッコいいです。いろいろ似た曲があるのも事実ですが、パワーで圧倒してしまってます。
「ワンダー・ブギ」は当時、ピンク・レディーの「波乗りパイレーツ」と対抗するように出てきた曲。真子さんは、「ジュリーがライバル」(79年)等、ウイットに富んだ同時代性を意図的に作り出せるカウンター的なアイドルだったと思います。「ワンダー・ブギ」はフリもかわいいし、当時のグラビアとかも含めて大好きです。

そして、80年1月1日にリリースされたのが「春ラ!ラ!ラ!」。まさに、この曲で80年代はスタートしたのです。♪春という字は三人の日と書きます 貴方と私とそして誰の日?♪・・完璧です。80年代の幕開けにふさわしい曲といえるのではないでしょうか。

にも関わらず、80年代は好きな曲が沢山あって・・
1.「めまい」(1980.7.5) 有馬三恵子/川口真/船山基紀
2.「バーニング・ラブ」(1981.7.21) 松本礼児/幸耕平/萩田光雄
3.「思いっきりサンバ」(1981.2.5) 有馬三恵子/筒美京平/大村雅朗


ラスト・シングル「バーニング・ラブ」は本当に“もう終わりなの?”って感傷も混じってたかもしれません。。そこまでは比較的客観的に観察してきたアイドル「石野真子」ですが、長渕剛がステージで「順子」を「Oh,真子」と歌詞を変えて歌ったとか歌わないとか・・いろいろある中、個人的にあまり納得行かないままの引退ですごく残念に思いました。

そして昨年から音楽活動を再開した真子さん。今度はプロデュースされるばかりではないと思います。ライヴ行ってみようかな、と思う今日この頃です。
2004/11/15のBlog
[ 21:51 ] [ ホリプロ ]
第1回ホリプロ・タレントスカウト・キャラバン優勝者なのです。
ここから新しいホリプロの歴史が始まったと言ってもいいと思います。タレントキャラも比較的揃い、最初はトップアイドルを目指して売り出されるはずの人たちも、バラエティなどでも使える元気なキャラに育っていく・・感じになりました。

今になって振り返ると、昨今のグラドルの原点とも言える存在でもあります。ただ、郁恵さんは(当時は)あくまで歌が中心だったと思います。当時のアイドルが、あまりレコードセールスは求められてなかったとしても、出すシングルの注目度は比較的高かったと言えるでしょう。

榊原郁恵(さかきばら・いくえ)
1959年5月8日生
神奈川県出身
血液型B
デビュー曲「私の先生」(1977年1月1日発売)

そうは言ってもデビューからは、あまり売れず・・言葉遊びに徹し始めた頃から、その元気なキャラクターと相まって人気を爆発させていきます。
「アル・パシーノ+(たす)アラン・ドロン<(より)あなた」
“I(アイ)スクリーム・You(ユー)スクリーム”@「夏のお嬢さん」
・・
わかりやすく、あまり敵を作らないのは個性であり、最大の特長といえると思います。

70年代の個人的ベスト3。
1.「青春気流」(1979.4.1) 三浦徳子/馬飼野康二/馬飼野康二
2.「いとしのロビン・フッドさま」(1978.1.1) 藤公之助/馬飼野康二/馬飼野康二
3.「ラブジャックサマー」(1979.7.1) 笠間ジュン/佐々木勉/井上鑑


馬飼野康二さんはその後も沢山のアイドルの曲を書いてきていますが、私にとっては郁恵さんが合っていたと思います。この路線は奈保子さんに受け継がれ、一部キョンキョンにも・・という感じなのでは、と。

80年代に入ると、やや実験台的要素が出始め、怪作「ROBOT」を歌うことになります。
まだ一般的でないテクノを松本隆/筒美京平コンビで挑戦し、♪そうよ、私ロボット♪というミもフタもない歌詞を歌わされます。フリもカクカクとロボットのように動き、相変わらずの笑顔とのギャップは楽しめましたが、ちょっと・・
その後、糸井重里作詞の「あなたは「おもしろマガジン」」も発表。後の伊代ちゃんの先駆けともなります。

80年代ベスト3。
1.「想い出パズル」(1981.3.1) 篠塚満由美/馬飼野康二/船山基紀
2.「あなたは「おもしろマガジン」」(1980.12.1) 糸井重里/水谷公生/大谷和夫
3.「ひき潮」(1982.4.21) 松宮恭子/松宮恭子/水谷公生


この頃になると個人的にはしっとりした曲の方が好きになっていました。
その後、85年に「女友達(ゆうじん)代表」が久々の話題曲に。86年を最後に歌手活動は停止されているようです(94年に企画モノ?は出されたみたいですが)。

それでも今もコンスタントにTVのレギュラーを持ち続ける郁恵さん。井森さん、山瀬まみちゃんとともにホリプロ・パワーの象徴として、頑張っていただきたいものです。
2004/11/14のBlog
[ 14:12 ] [ バーニング ]
実は、私の最初に買ったLPは高田みづえさんのファーストコンサートのライヴ盤だったんです・・(最初に買ったEPはこちら
周りがピンク・レディーだ、榊原郁恵だ、石野真子だと言っている中、なぜか高田みづえさんを応援してました。

こちらは「君こそスターだ」のグランド・チャンピォンからのデビュー。確かにスタ誕組とはカラーが違います・・当時15歳。田舎から出てきました!という素朴で子供っぽいルックスと歌唱力とのアンバランスが魅力だったかもしれません。

高田みづえ(たかだ・みづえ)
1960年6月23日生
鹿児島出身
血液型A
デビュー曲「硝子坂」(1977年3月25日発売)

70年代のみづえさんは、スマッシュヒットを連発するものの、ファンとしては、これでいいような、物足りないようなそんな印象のまま3年間が過ぎました。。

個人的な70年代ベスト3。
1.「硝子坂」(1977.3.25) 島武実/宇崎竜堂/馬飼野康二
2.「女ともだち」(1978.9.25) 松本隆/筒美京平/高田弘
3.「子守唄を聞かせて」(1979.8.25) 谷山浩子/谷山浩子/馬飼野康二


そんなみづえさん再ブレイクのきっかけとなったのがサザンの楽曲との出会い・・「私はピアノ」が大ヒットとなったのです。抑えながらも安定感のある歌唱と声質がWet感のある桑田節と上手くミックスされ原坊が歌うのと一味違った味付けになったと思います。
その後、またまたセールス的に落ち込むも83年に再び桑田さんの「そんなヒロシに騙されて」で復活。印象が強く残ったうちに結婚・引退・・という良い引き際だったのではと思います。

80年代ベスト3
1.「私はピアノ」(1980.7.25) 桑田佳祐/桑田佳祐/松井重忠
2.「夢伝説」(1981.11.5) 竜真知子/馬飼野康二/馬飼野康二
3.「秋冬」(1984.1.1) 中山丈二/堀江童二/若草恵


85年に若嶋津関(現・松ヶ根親方)と結婚。鹿児島県出身同士の爽やかなカップル。現在は“おかみさん”として、堂々と立ち回られているのでしょう。デビューの頃からすると想像もつきませんが。
[ 00:40 ] [ その他女性アイドル ]
『スター誕生!』からデビューした岩崎宏美さん。「二重唱(デュエット)」「ロマンス」「センチメンタル」と立て続けに発売された3曲は、歌謡界を変えてしまうかのような衝撃を与えたと言っても過言ではありません。阿久悠&筒美京平コンビによるキャッチーなメロディーに乗ったインパクトのある歌詞(「あなたお願いよ、席を立たないで」@ロマンス)と、それを華麗に歌いこなす圧倒的な歌唱力。これからの“岩崎宏美時代”を予感させるデビューでした。

岩崎宏美(いわさき・ひろみ)
1958年11月12日生
東京都出身
血液型B
デビュー曲「二重唱(デュエット)」(1975年4月25日発売)

しかし、実はその後の存在感は思ったほどでもなかった気がします。
ピンク・レディー、山口百恵の両巨頭が大活躍していた時期、いかにも正統派の宏美さんには厳しかったかもしれません。
「シンデレラ・ハネムーン」(78年)はものすごいインパクトで、後にコロッケが物まねしてますが、そこまでデフォルメされないと笑えない、評価をすることを許さない雰囲気と非の打ち所のない楽曲が人々を今ひとつノメりこませなかった一因かもしれません。

70年代の個人的ベスト3。
1.「二重唱(デュエット)」(1975.4.25) 阿久悠/筒美京平/萩田光雄
2.「思秋期」(1977.9.5) 阿久悠/三木たかし/三木たかし
3.「あざやかな場面」(1978.5.5) 阿久悠/三木たかし/三木たかし


80年代に入ると、カヴァーや火曜サスペンス劇場の主題歌といったジャンルで人気を博します。何度も聴くに耐える声質ということでしょうか。
「すみれ色の涙」(81年)がヒット、82年の「聖母たちのララバイ」では日本歌謡大賞を受賞、「家路」(83年)等もヒットしました。しかし、次はどんなシングル出してくるんだろうというような期待を一般ユーザに抱かせるような歌手ではなくなっていたのかもしれません。“良い曲だったら買うよ”というような感じ・・。

個人的には以下が80年代ベスト3ですが、70年代の好きさとはレベルが段違いなのが事実。
1.「素敵な気持ち」(1983.2.21) 康珍化/筒美京平/萩田光雄
2.「スローな愛がいいわ」(1980.1.21) 三浦徳子/筒美京平/萩田光雄
3.「檸檬」(1982.2.5) 松本隆/鈴木キサブロー/萩田光雄


益田宏美時代を含めて、いろいろなベスト盤CDが出ていますが、どうも私の好きな曲を網羅したもので手ごろなのがありません。一生懸命選んで数年前に買ったものには「霧のめぐり逢い」「あざやかな場面」「春おぼろ」などが収録されていません(なのに2枚組)。本当にきちんと買おうとすると、一般ユーザにはしんどい金額になる豪華パックを買わないといけないのです。できれば70年代シングルを発売順にシンプルに並べた盤が欲しいのですが、現役を続けられていれば、今の曲と抱き合わせで発売しないといろいろ難しいのでしょうね。。
2004/11/12のBlog
[ 02:08 ] [ 支えた出来事 ]
(財)ヤマハ音楽振興会が主催していた、アマチュア向けのコンテストで「ポピュラーソングコンテスト」というイベントがあった。各地域での予選を勝ち抜いたアマチュア歌手(ソロ・バンド問わず)が最後は「つま恋」で決勝大会に臨み、そこで優勝するとレコード・デビューができる・・非常によく出来たシステムである。「ポプコン出身」は一つの名刺がわりであり、ずっと付きまとうものの、強力なプロモーションも必要なく、優勝するくらいだから良く出来た楽曲とインパクトのあるシンガーがいる。そして、ヒットする。

かつては、世良公則&ツイスト、佐野元春、チャゲ&飛鳥、円広志なども出場。元春さんとかチャゲアスとか、決して全国大会で優勝しているわけではないのが、興味深い。逆に優勝すると「一発屋」的なイメージがついてしまうのが、きつそうな感じもした。

以下、主な出場者(グランプリ以外は個人的に注目した出場者をピックアップ)。

79年(18回) グランプリ クリスタルキング「大都会」
80年(19回) グランプリ 伊丹哲也&Side by Side「街が泣いてた」
☆優秀曲賞 雅夢「愛はかげろう」
☆入賞 きゅうてぃぱんちょす「GOSPELの夜」
80年(20回) グランプリ エディ山本「愛を心に」
81年(21回) グランプリ 伊藤敏博「サヨナラ模様」
81年(22回) グランプリ アラジン「完全無欠のロックンローラー」
82年(23回) グランプリ あみん「待つわ」
☆優秀曲賞 明日香「花ぬすびと」
82年(24回) グランプリ 本田美緒「哀ダンサー」
83年(25回) グランプリ 磨香「冬の華」、小森田実&ALPHA「フォリナー」
83年(26回) グランプリ 辛島美登里「雨の日」
84年(27回) グランプリ コンセントピックス「顔」
84年(28回) グランプリ TOM☆CAT「ふられ気分でRock'n Roll」
85年(29回) グランプリ ROLL-BACK「You&Me Tonight」
85年(30回) グランプリ 尾崎和行&コースタルシティ「・・・洋子」
86年(31回) グランプリ 長原裕三「サイレント・シャウト」
86年(32回) グランプリ 小野健児「明日行きの列車」

1969年から86年までの32回開催。69年から71年までは「作曲コンクール」として開催されていたらしいが、以後改名。

80年代では相曽晴日、坪倉唯子、小林千絵、陣内大蔵なんかも入賞したりしてます。何度も挑戦する人も。

個人的にはアラジン、あみん、明日香を応援してましたね・・
明日香さんはDJやってるラジオに投稿したら、丁寧にお返事いただいたり・・

あみんは岡村孝子さんがデビュー前に谷山浩子さんの”作詞・作曲講座”のようなラジオに出てたのを聴いていて。そこで流れた「待つわ」に感動。その後有名になるエピソード”「あみん」というグループ名は、さだまさしの「パンプキンパイとシナモンティー」に出てくる喫茶店の名前からとった”とかも披露していました。
その後ポプコンのグランプリとった時は本当に震えました。あの番組、録音してたのに、どこ行っちゃったんだろ・・

(参考サイト)