ニックネーム:   パスワード:
| MyDoblogトップ | Doblogポータル | Doblogガイド | ユーザ登録 | 使い方 | よくある質問 | ツールバー | サポート |
あかねさんのかぶと虫
Blog
[ 総Blog数:1012件 ] [ このMyDoblogをブックマークする ] [ RSS0.91   RSS1.0   RSS2.0 ] [ ATOM ]
2004/12/01のBlog
[ 00:55 ] [ バーニング ]
多分、大多数の人は、長山洋子は演歌に転向してよかったと思っている・・のではないでしょうか。今年で紅白も11回目の出場。もはや押しも押されぬ日本を代表する歌手の一人とも言えます。
でもね♪(「捨てられて」)私は、彼女にもっとポップスを歌い続けてもらいたかった。

長山洋子(ながやま・ようこ)
1968年1月13日生
東京都出身
血液型AB
デビュー曲「春はSA・RA SA・RA」(1984年4月1日)

長山洋子は元々は民謡の人です。デビューも演歌でという話があったようですが、まだ早い、ということになったようです。確かに歌唱の安定感は際立ってましたし、時折混じるコブシちっくな唱法はなかなか心の琴線に触れるものがあると思います。

個人的ベスト3。
1.「密やかにときめいて・・」(1985.2.21) 高橋研/高橋研/
2.「春はSA・RA SA・RA」(1984.4.1) Raul Reiman-Jori Sivonen(日本語詩)竜真知子/Raul Reiman-Jori Sivonen/鷺巣詩郎
3.「シャボン」(1984.8.1) 桑田佳祐/桑田佳祐/鷺巣詩郎


うーん。デビューからの3曲を選んでしまいました。私の長山さんへのノスタルジーの表れですね。。
桑田サンの曲を歌ったり、懐メロっぽいとこ(「雲にのりたい」)をカヴァーしたり、ユーロビートが流行ると見るや「ヴィーナス」を歌ってみたり・・その音楽性の振れ幅は、歴代屈指と言えるでしょう。そしてそれを無難にこなす器用貧乏さもまた個性だったのかもしれません。

そして演歌に転進して花開きます。
93年に出した第1弾「蜩(ひぐらし)」は40万枚を超える大ヒットに。「ヴィーナス」でも16万枚、デビュー曲は5万に届かず、私の心の1位の「密やかにときめいて・・」は1万枚いかない・・こうなったら、やっぱり失敗(=演歌転向は大成功)と言わざるを得ないでしょう。
でもね♪「春はSA・RA SA・RA」は良い曲でした。今ならもっと多くの人の心に届く気もします。あまりジャンルという枠にこだわらず、着物をたまには別の服に着替えて、チャレンジしてほしいんですよね・・。ある意味、日本歌謡界の中で貴重な存在なんですから・・。
2004/11/30のBlog
[ 23:59 ] [ ごあいさつ ]
10月9日から始めたこのBlogですが、毎日沢山の人においでいただいた結果、おかげさまで2000Hitももう目前になるところまで来ました。
ほとんど自分の思い出を書き綴っているだけですが、これからも遊びに来ていただければ嬉しく思います。

ご来訪の記念に一言、足跡を残していっていただけると幸いです。

11月・・これから、ますます歌謡曲が胸に染みる季節になります。
BGMは岡本舞子ちゃんの「11月のソフィア」にしてみました。。
今月もよろしくお願いします。
2004/11/29のBlog
[ 00:37 ] [ ライジング ]
小学生時代に、ミルクという女の子3人組でデビューしてました。80年の「リトル・キッス」がデビュー曲かと思ったら79年にキャンディーズのメドレー「ザ・あれからいちねん」を出してたようです。「リトル・キッス」が12歳。すごく幼かった印象のあった彼女がソロ・デビュー。お姉さんは83年にデビューしてたし、期待は高まりました。

荻野目洋子(おぎのめ・ようこ)
1968年12月10日生
千葉県出身
血液型B
デビュー曲「未来航海~Sailing~」(1984年4月3日)

期待に違わず、真っ直ぐな歌声と安定した歌唱力。デビュー曲では♪センチメンタルなSummer Blue Sailing♪と一気に歌いきる唱法もなかなかよろし。とにかく爽やかでしたが、でもこの年は今ひとつ売れず・・

個人的ベスト3。
1.「恋してカリビアン」(1985.5.21) 松井五郎/中崎英也/中崎英也
2..「さよならの果実たち」(1987.6.21) 売野雅勇/筒美京平/武部聡志
3.「湾岸太陽族」(1987.3.3) 売野雅勇/山崎稔/西平彰


「恋してカリビアン」はブレイク直前のとってもキュートな作品。アレンジも爽やかかつ凝ってるし、荻野目ちゃんの魅力を活かしきった絶妙の1曲。なぜか西武ライオンズ時代の秋山選手がバッターボックスに向かう時のテーマソングです(笑)
「ダンシング・ヒーロー」の大ヒットでユーロビートブームに乗ったというか自ら作り出した感じもありますが、私としては売れるきっかけになったというくらいの評価しかしていません。今でも代名詞的に言われるのはツラそうだな、と正直思います。
「北風のキャロル」(87年冬)の頃はノドがボロボロっぽくて高音域が出なくなってました。TVで観てるのがキツかったです。でも好きな曲。

その後、「VERGE OF LOVE」(89年)の頃に森永「スプーナ」のCMをやっていて、そのコンサートに当たって日本武道館に行って来ました。ものすごくプロ!って感じで圧倒されたコンサートでした。。タダだったのに申し訳なかったです。同年「ユア・マイ・ライフ」はミッチョンがアルバムで歌ってた曲を改めてリリース。こういうしっとりした感じが合いますね・・

今年は7月に第2子をご出産。お母さんになっても、いつまでも可愛い荻野目ちゃんでいてください(公式HP観たら、すごく幸せそうな表情でした)。
荻野目洋子公式サイト
2004/11/28のBlog
[ 20:56 ] [ ナベプロ ]
デビューは衝撃でした。肩幅が異様に広く背もデカい。童顔なのに態度はデカい。広島時代は水球をやっていて、オリンピック候補にもなった・・映画『すかんぴんウォーク』にも主演し連動したプロモーションでした。

歌い方も特徴で、カツゼツ悪く“念仏ロック”なんて言われたり。♪Thanks,Thanks~は当時の大流行になりました。

吉川晃司(きっかわ・こうじ)
1965年8月18日生
広島県出身
血液型B
デビュー曲「モニカ」(1984年2月1日)

当初はNOBODYとか大沢誉志幸あたりに曲を書いてもらっていましたが、86年以降は原田真二や佐野元春の曲も歌いましたが、基本的に自作曲になっていきます。

80年代個人的ベスト3。ここは難解・・
1.「RAIN-DANCEがきこえる」(1985.9.25) 安藤秀樹/佐藤健/後藤次利
2.「キャンドルの瞳」(1986.1.1) 安藤秀樹/原田真二/後藤次利
3.「ラ・ヴィアンローズ」(1984.9.10) 売野雅勇/大沢誉志幸/大村雅朗


あの頃、12inchシングル「Can't you hear the RAIN DANCE」を買ったんですよ。カッコよかった。
12inchは当時割と流行っていて、私も4枚ほど買ったんですが、そのうちの1枚。
あとは、中森明菜「赤い鳥逃げた」、小泉今日子「水のルージュ」、C-C-B「ないものねだりのI Want You」・・
他にも「MODERN TIME」やジュリーのとこでふれた「すべてはこの夜に」(ともに86年)なんかが好きです。勿論初期のNOBODY作品も・・

あと『A-LA-BA-LA-M-BA』(87年)は大好きなアルバム。何度聴いたかわからない。生涯Best推定13位くらいです(笑)この頃が私としては大好きだったころ。

その後、布袋寅泰とユニット・COMPLEXを結成。最初はえーっと思ってましたが、やっぱり吉川クンのシングルが出ない渇望感から飛びついてしまいました。結局アルバム(『COMPLEX』『ROMANTIC 1990』も2枚ともハードプレイ状態になりました。「1990」は大好きな曲。このユニット、インパクトだけがあったわけではなかったです。

またソロに戻ってきてからも「ジェラシーを微笑みにかえて」(92年)「KISSに撃たれて眠りたい」(93年)等のgoodソングをリリースしたりで、これからだな、と思っていたのですが。

正直言って94年頃からの活動は追えていません・・既に10年間。デビューしてから20年がたっています。ちょうど半分。
ただ先日はコンサートでピンクのスーツを着たと大々的にニュースになっていましたし、コンサートツアーも精力的に全国をまわっているようです。まだまだ健在。もうひと華ありそうですね・・
2004/11/27のBlog
[ 23:35 ] [ その他男性アイドル ]
ザ・タイガースでGSブームの中心となり、ソロになってからも、本当のスターとしての輝きを放っていた沢田研二さん。特に70年代の後半から80年代初めはTVパフォーマンスと派手な衣装・メイクで常に話題を振りまいていらっしゃいました。
先日、原田真二さんのライヴに行った時も、ずっとジュリーの話をしている2人組の女性がいました(笑)なるほど。確かに真二さんがデビューの頃からがジュリーが輝きを放っていたころなのかもしれません。

沢田研二(さわだ・けんじ)
1948年6月25日生
京都府出身 ※鳥取県生まれらしい
血液型A
デビュー曲「危険なふたり」(1971年11月1日)

ソロ・デビュー後、「君をのせて」(71年)、「危険なふたり」(73年)、「追憶」(74年)「時の過ぎゆくままに」(75年)、「勝手にしやがれ」「憎みきれないろくでなし」(77年)、「サムライ」「ダーリング」(78年)、「カサブランカ・ダンディ」「Oh!ギャル」(79年)等のヒットを放った70年代。輝いてました。

70年代の個人的ベスト3。
1.「LOVE(抱きしめたい)」(197.9.10) 阿久悠/大野克夫/宮川泰
2.「危険なふたり」(1973.4.21) 安井かずみ/加瀬邦彦/東海林修
3.「コバルトの季節の中で」(1976.9.10) 小谷夏/沢田研二/船山基紀

「LOVE(抱きしめたい)」は大好きな曲ですね。最後の♪さよなら、さよなら・・♪のリフレインが本当に切ないです。これでジュリーの魅力を再確認しました。ちなみにこの年の紅白はこの曲で大トリ。

1980年の1月1日に「TOKIO」リリース。石野真子さんの「春ラ!ラ!ラ!」もそうだったのですが、80年代の始まりを象徴する重要な一曲だと思います。電飾パラシュートを背負うというゴージャスかつバカバカしいセットで、今後の歌謡曲はステージパフォーマンスも重要になることを宣言した1曲でした。そしてその近未来観は21世紀に対する憧憬でもあったのだと思いました。

「恋のバッド・チューニング」(80年)ではカラーコンタクトを入れ、「おまえがパラダイス」(80年)ではGS風に。1981年に入ると自作曲が増えてきて、「渚のラブレター」「ス・ト・リ・ッ・パ・-」などヒットを連発。その後、ザ・タイガースとしても「十年ロマンス」で復活、「色つきの女でいてくれよ」(82年)が大ヒットしました。

83年に入ると井上陽水さん、大沢誉志幸さん等とのコラボレーションも実現、ジュリーの世界の幅だしに成功したと思います。

80年代個人的ベスト3。
1.「晴れのちBLUE BOY」(1983.5.10) 銀色夏生/大沢誉志幸/大村雅朗
2.「6番目のユ・ウ・ウ・ツ」(1982.9.10) 三浦徳子/西平彰/白井良明
3.「麗人」(1982.1.10) 阿久悠/沢田研二/後藤次利

いろいろバリエーションに富んだ曲が多かった時期で、83年までは、どの曲も印象に残っています。中でもこの3曲。カッコよかったです。

ジュリーの一番の魅力は声の艶っぽさだと個人的には強く思います。
特に抑えた曲の時、情感を込めるのに非常に適しています。
それが「LOVE」を初めとしたバラード系の魅力。アップテンポでも高音の伸びとツヤは気持ちいいです。

最近は流石に少し年齢を感じさせることもありますが、それでも現在も精力的に活動されているようです。

そういえば、ふと思いだしたエピソードで終わりにします。
86年の秋頃、吉川晃司の新曲が「すべてはこの夜に」だとラジオで言っていました。え?と思ってLP(笑)『NON POLICY』をチェックすると・・これだよ・・佐野元春・作詞・作曲。うーむかっこいい。。このアルバムはいろいろ思い出深いですね・・
2004/11/25のBlog
[ 01:16 ] [ 支えた出来事 ]
萩本欽一さんのパワーが凄かったのがこの時期。もともと息長く活動している人ではあったが、特にこの時期はお化け的なパワーで週3本のバラエティを抱えていた。
月曜に『欽ドン!』、水曜に『欽どこ』、金曜に『週刊欽曜日』。日曜の『オールスター家族対抗歌合戦』なんかも含めると超人的です。
ここはお笑いの話をするところではないですが、とにかくリハーサルの厳しかった人らしいですね。そんな中で、レギュラーに歌を歌わせ、ヒットさせていく・・視聴率の良い番組で見慣れたキャラクターが歌えば売れる。賢い・・。
まずは『欽ドン!』のイモ欽トリオ。「ハイスクールララバイ」は大ヒット。長江健次クンは本当に普通っぽい魅力のキャラ。東京ボードヴィルショーの山口良一さんと、欽ちゃんをスタ誕等から支える西山浩司さんとのトリオで一世を風靡しました。YMOのテクノに乗って、楽しい振り付け。おいしいです。メンバー交代をして活動を続けますが徐々に失速。『欽ドン!』からは、よせなべトリオ、ニックじゃがぁず(最高!)、さらに松居直美(メンバーがカブってますが)などが登場。

『欽どこ』からは、何と言ってもわらべ。「めだかの兄妹」「もしも明日が・・。」と大ヒットを繰り返し、倉沢淳美ちゃんのソロまで発展しました。高部知子さんは残念なことになってしまいましたが・・その他、細川たかしさんの「北酒場」も実は繰り返し歌われた曲。サンドイッチ「思い出してください」とかもありましたね(哀しい結末)・・
『週刊欽曜日』は風見慎吾さん。83年に「僕笑っちゃいます」で衝撃的なデビュー。その後も「泣いちっちマイ・ハート」「そこの彼女」「泣き虫“チャチャ”の物語」と小ヒットを繰り返しますが、85年の「涙のtake a chance」で日本に一大ブレイクダンスブームを巻き起こすほどに。85年の全国の文化祭ではおニャン子クラブ「セーラー服を脱がさないで」か「涙の~」かと言うくらいの社会現象ぶりだったのではないでしょうか(やや、大げさ?)。また、小西博之さん・清水由貴子さんの「銀座の雨の物語」等もありました。

個人的には、ニックじゃがぁずの「ヨロシク原宿」が大好きでした。82年秋を代表する名曲だと思っていますが、世の中の認知度は低いです・・
あとは、イモ欽トリオの「ティアドロップ探偵団」が個人的には好き。槇原敬之「SPY」を思わせる哀しいシチュエーションが妙に合っていました。
もう1曲あげれば風見慎吾さんの「BEAT ON PANIC」が好きですね。「涙の~」の次曲ですが、シャープでシブいナンバー。

今もバラエティからヒットが出ていますが、お笑いの質は違いますし、そもそも長江クンや風見慎吾さんのように新人をじっくり育てるというスタンスではありません。ちょっと淋しいですね。
2004/11/23のBlog
[ 21:11 ] [ 総括&データ ]
82年・83年と細川たかしが連続でレコ大を受賞して、大川栄策の「さざんかの宿」がミリオンになって。この年くらいまでは演歌が元気でした。
森進一の「冬のリヴィエラ」等意欲作もあり。まだ一緒の土俵で戦っているという感覚があったように思います。演歌の衰退は”日本の心は演歌です”などと自らを一段上にあげて権威づけしようとしたところから始まったのではないでしょうか。そこに秋元康が「雨の西麻布」やおニャン子「会員番号の歌」城之内早苗パートで追い撃ちをかけ…あ、そういう記事ではありませんでした。。演歌はもっと謙虚であるべきだと今でも思っています。

この年は洋楽が売れたのも特徴的。シングル9位に『フラッシュダンス』の主題歌が入りましたが、映画のサントラがアルバム部門で堂々1位。2位はフリオ・イグレシアスの『愛の瞬間』、6位にマイケル・ジャクソンの『スリラー』がランクイン。明菜さんもベスト10に3枚と大健闘しました。

なお、レコ大は83年に限り、5組に特別金賞、82年組7組にゴールデン・アイドル賞というのを出しています。また更に「ロングセラー賞」というのも作り3組・・かなり苦しい賞体系です。よって超インフレのため、金賞10組はいつもよりレベルが低いかもしれません(苦笑)。
歌謡大賞は大賞がトシちゃんという衝撃的な結果に・・。

(参考データ)
【オリコン売上枚数】(82年12月~83年11月)
1.「さざんかの宿」大川栄策
2.「矢切の渡し」細川たかし
3.「めだかの兄妹」わらべ

4.「探偵物語/すこしだけやさしく」薬師丸ひろ子
5.「氷雨」佳山明生
6.「キャッツ・アイ」杏里
7.「ガラスの林檎/SWEET MEMORIES」松田聖子
8.「セカンド・ラブ」中森明菜
9.「フラッシュダンス」アイリーン・キャラ
10.「め組のひと」ラッツ&スター

【日本レコード大賞】
<大賞>
「矢切の渡し」細川たかし
<最優秀新人賞>
「気まぐれONE WAY BOY」The Good-Bye


<特別金賞>
「細雪」五木ひろし
「きめてやる今夜」沢田研二
「浪花恋しぐれ」都はるみ
「冬のリヴィエラ」森進一
「日本海」八代亜紀
<金賞>
「家路」岩崎宏美
「エスカレーション」河合奈保子
「ガラスの林檎」松田聖子
「ギャランドゥ」西城秀樹
「そんなヒロシに騙されて」高田みづえ
「春なのに」柏原芳恵
「ピエロ」田原俊彦
「ミッド・ナイト・ステーション」近藤真彦
「め組のひと」ラッツ&スター
「矢切の渡し」細川たかし

<ロングセラー賞>
「さざんかの宿」大川栄策
「ラヴ・イズ・オーヴァー」欧陽菲菲
「氷雨」佳山明生
<ゴールデンアイドル」賞>
「スターダスト・トレイン」石川秀美
「艶姿ナミダ娘」小泉今日子
「Zokkon命」シブがき隊
「禁区」中森明菜
「抱いてマイラブ」早見優
「夕暮れ気分」堀ちえみ
「時に愛は」松本伊代

<新人賞>
「恋あなたし・だ・い!」岩井小百合
「ダンシング・レディ」大沢逸美
「よこはまチャチャ」小野さとる
「もしかして・ドリーム」桑田靖子
「気まぐれONE WAY BOY」The Good-Bye

【日本歌謡大賞】
<大賞>
「さらば・・夏」田原俊彦
<最優秀新人賞>
「気まぐれONE WAY BOY」The Good-Bye
「恋あなたし・だ・い!」岩井小百合
[ 14:20 ] [ その他男性アイドル ]
[goodさんに教えて頂いて・・]

昨日、クラブ・イクスピアリに行ってきました。
(昨夜というか今朝、書いていたのでしたが、IEごと吹っ飛びまして記事消失・・(泣) なので、ふて寝してしまいました(笑) 思い出して書いてます。)

打合せを不自然に抜け出し、バタバタと駆け込みました(笑)
しかし、goodさんのおっしゃるとおり、良いライヴ・スポットですね。ステージとフロアの距離が異様に近い。アーティストとファンの一体感があります。真二さんが曲の合間にファンに語りかけるような、落ち着いたステージでした。もっとがんがん行くのを期待してたのですが(苦笑)。
また、これも教えて頂いてたとおり料理もおいしく(真二さんも絶賛!)、本当に落ち着いた雰囲気でした。唯一残念だったのはお勧め頂いていた正面ソファの片方はおじ様連中(仕事の招待?)に占拠され、片方は「Reserved」のままだったこと。うーむ。

まだ、今日もあるのであまり詳細には書きませんが(でも8割方、曲構成を変えるって言ってました・・。それにこれを読んで行く人がいるとも思えませんけどね)、ピアノとギターの弾き語りでのアコースティックなステージでした(サポートメンバーは無し)。懐かしい曲も演ってくれたし、まあ満足。時間は長かったけど曲数はちょっと少なめ(涙)。

思えば、私が「音楽」を初めて意識したのは原田真二さんだったのです・・それまでも好きな歌手はいたんですが、それは音楽を好きなのとは違いました。「てぃーんずぶるーす」で彗星のように現れ、「キャンディ」「シャドーボクサー」と立て続けにノックアウトされました。一種その感情は才能への憧れに近かったと思います。

デビュー曲で彼は「僕のズックはびしょ濡れ」と歌いました。そして80年にマッチは「ペアで揃えたスニーカー春夏秋と駆け抜け離れ離れの冬が来る」というアンサーソングでデビューしました。そして月日が流れた96年には、かせきさいだぁが、「さいだぁぶるーす」で「新しいそのスニーカーは君には鮮やか過ぎた」と歌います。ズックもスニーカーも若さの象徴ですが、それを脱いだり捨てたりして人はオトナになっていくのかな・・とアンコールで歌ってくれた「てぃーんずぶるーす」を聴きながら考えていました。

“音楽で世界を良い方向に変えていけると信じてる”と彼は繰り返し言っていました。それはデビューの時期からそう思っていた、と。
28年前。天才少年と騒がれアイドルとして、ロック御三家と騒がれても彼はその立ち位置を変えなかったとすればすごい意思だと思います。

そして近年は精力的に活動してらっしゃいます。
ナマで観たのは2年前のデビュー25周年記念ライヴ@赤坂BRITZ以来だったのですが、今回はすごく意欲に満ち溢れていました。最近はカンヌでのライヴや自然環境関係のイベント、『天才てれびくんMAX』への出演等・・来年はすごいことになりそうだと目を少年のように輝かせていた真二さん。オトナになるということは、革靴に履き変えることではなさそうです。
[ 00:00 ] [ コミュニケーション ]
[しいたけさん]

しいたけさん☆お誕生日おめでとんございます!

思えば私の初めての人は、しいたけさんでした。
しいたけさんがいたから、ブログを続けてこられた。
しいたけさんがO型倶楽部をまとめてくださったから、いろいろな出会いがあった。

最近お仕事忙しいみたいですけど、つらいときは歌って。
♪だからRock'n Roll!~私はダイナマイト♪
そして、もう1曲。

♪ごめんね ごめんね ごめんなさい
ごめんね ごめんね ごめんなさい♪

謝り続けてますが、しいたけさんの笑顔が見たい。
力になれずに、すんまそん。

トシをとると、人生が重なっていきます。
私はそんなふうに年月を重ねて、いろいろな経験をつんでいく人が大好きです。

♪はっぴーばーすでぃ♪
2004/11/21のBlog
[ 23:56 ] [ ヤマハ系 ]
84年に入って「涙のリクエスト」が大ヒット。つられるように前年のデビュー曲「ギザギザハートの子守唄」、その後の「哀しくてジェラシー」と3曲同時チャートインなど一躍スターダムにのし上がったチェッカーズの7人。
ベイシティローラーズを思わせるチェックの衣装に身を包み、踊り演奏し歌う姿は一世を風靡したという言葉がぴったりくるのではないでしょうか。

藤井郁弥(ふじい・ふみや) 1962年7月11日生 A型
武内 亨(たけうち・とおる) 1962年7月21日生 O型 
高杢禎彦(たかもく・よしひこ) 1962年9月9日生 A型
大土井裕二(おおどい・ゆうじ) 1962年11月2日生 B型
鶴久政治(つるく・まさはる) 1964年3月31日生 A型
徳永善也(とくなが・よしや) 1964年6月7日生 A型
藤井尚之(ふじい・なおゆき) 1964年12月27生 A型
※全員が福岡県出身
デビュー曲「ギザギザハートの子守唄」(1983.9.21)

初期は売野雅勇・芹澤廣明コンビ(「神様ヘルプ!」は康珍化・作詞)の曲を歌っていましたが、86年の「NANA」から自作曲へ。彼らが求めている音楽性・指向が良くわからなかっただけに、あーそういうことだったのかぁ・・と思いました。個人的には自作の曲に好きなものが多くあります。

個人的ベスト3。
1.「I Love you,SAYONARA」(1987.3.5) 藤井郁弥/大土井裕二/THE CHECKERS FAM.
2.「ジュリアに傷心」(1984.11.21) 売野雅勇/芹澤廣明/芹澤廣明
3.「NANA」(1986.10.15) 藤井郁弥/藤井尚之/チェッカーズ・八木橋カンペー


「I Love you,~」は私の心のベスト10に入りそうな曲。CMでフミヤが腕時計のベルトをくわえて歩くのがカッコよかったですが、歌詞は哀しく、曲も切ない。しばらくカラオケで歌いまくってました(笑)
それだけでなく、何故か失恋モノが似合う彼らです・・ランク外ですが「Room」なんかも大沢誉志幸「そして僕は途方に暮れる」のようなシチュエーションでグッときます。

「夜明けのブレス」などの名曲もありますし、フミヤのソロ・プロジェクトも成功しているし、言うことなしの彼らだったと思ったのですが・・
クロベエが亡くなって、最近いろいろあった彼らですが、当時の輝きを汚さないようにしてもらいたい・・と個人的には願っています。7人でのチェッカーズだったと思うし。