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2004/12/14のBlog
[ 02:53 ]
[ ヤマハ系 ]
ポプコン出身と言えば、彼等もそう。「きゅうてぃぱんちょす」というバンド名で出場したのが80年。デビューは83年秋のことでしたが、バンド名は都会派?風に、また杉山さん一人をフィーチャーする形でのスタートとなりました。
杉山清貴(すぎやま・きよたか)
1959年7月17日生
神奈川県出身
血液型AB
杉山清貴(すぎやま・きよたか)
1959年7月17日生
神奈川県出身
血液型AB
<その他のメンバー>
高島信二(たかしま・しんじ) ギター
吉田健二(よしだ・けんじ) ギター
大島孝夫(おおしま・たかお) ベース
廣石恵一(ひろいし・けいいち) ドラムス
西原俊次(にしはら・としつぐ) キーボード
デビュー曲「サマー・サスピション」1983年4月21日
個人的ベスト3。
1.「ふたりの夏物語」(1985.3.6) 康珍化/林哲司/林哲司
2.「サマー・サスピション」(1983.4.21) 康珍化/林哲司/林哲司
3.「君のハートはマリンブルー」(1984.1.21) 康珍化/林哲司/林哲司
なんだか自分でも俗っぽい趣味だな、と思うのですが、歌って気持ち良く感じるものを上位に。オメガトライブ=夏みたいなイメージがありますが、サウンドの爽やかさとタイトルによるところが大きそうですね。春先発売だったりしますし。
85年12月、杉山清貴&オメガトライブ解散。
ソロ活動をし、「さよならのオーシャン」「最後のHoly Night」(ともに86年)等もヒット。(この2曲は結構好き)
残されたオメガトライブは、メンバーを変え、ヴォーカルにカルロス・トシキを迎え、「1986オメガトライブ」として再デビュー。「君は1000%」など、クリーンヒットを放ちました。
後に、「カルロス・トシキ&オメガトライブ」と名前を変え、解散。メンバーは少しラ・ムーに移る等、トライアングル・プロダクションの中で流用されていきます。
オメガトライブは、日本におけるAORの頂点という感じがしますね。林哲司の影響が大きいにしても、時代が求めた音、とも言えそうです。
高島信二(たかしま・しんじ) ギター
吉田健二(よしだ・けんじ) ギター
大島孝夫(おおしま・たかお) ベース
廣石恵一(ひろいし・けいいち) ドラムス
西原俊次(にしはら・としつぐ) キーボード
デビュー曲「サマー・サスピション」1983年4月21日
個人的ベスト3。
1.「ふたりの夏物語」(1985.3.6) 康珍化/林哲司/林哲司
2.「サマー・サスピション」(1983.4.21) 康珍化/林哲司/林哲司
3.「君のハートはマリンブルー」(1984.1.21) 康珍化/林哲司/林哲司
なんだか自分でも俗っぽい趣味だな、と思うのですが、歌って気持ち良く感じるものを上位に。オメガトライブ=夏みたいなイメージがありますが、サウンドの爽やかさとタイトルによるところが大きそうですね。春先発売だったりしますし。
85年12月、杉山清貴&オメガトライブ解散。
ソロ活動をし、「さよならのオーシャン」「最後のHoly Night」(ともに86年)等もヒット。(この2曲は結構好き)
残されたオメガトライブは、メンバーを変え、ヴォーカルにカルロス・トシキを迎え、「1986オメガトライブ」として再デビュー。「君は1000%」など、クリーンヒットを放ちました。
後に、「カルロス・トシキ&オメガトライブ」と名前を変え、解散。メンバーは少しラ・ムーに移る等、トライアングル・プロダクションの中で流用されていきます。
オメガトライブは、日本におけるAORの頂点という感じがしますね。林哲司の影響が大きいにしても、時代が求めた音、とも言えそうです。
2004/12/13のBlog
[ 00:16 ]
[ コミュニケーション ]
[502records さん]
502Recordsさんのところで、
■■ Otology 09「勝手に!Doblog紅白歌合戦♪」 ■■
という企画をやってらっしゃるので、私も紅白1組ずつ選んでみたいと思います。
高校生の頃、紅白歌合戦の出場者選考に勝手に腹をたてて、自分で選んだ曲を毎日お風呂で4曲ずつ歌ってたのを思い出しました(笑)
502Recordsさんのところで、
■■ Otology 09「勝手に!Doblog紅白歌合戦♪」 ■■
という企画をやってらっしゃるので、私も紅白1組ずつ選んでみたいと思います。
高校生の頃、紅白歌合戦の出場者選考に勝手に腹をたてて、自分で選んだ曲を毎日お風呂で4曲ずつ歌ってたのを思い出しました(笑)
紅組:東京事変「遭難」
この曲聴くと、本当にワクワクするっていうか、バンドやりたいっ!って思うんですよねぇ・・
今年、最もCDプレイヤーの中でまわったCDでした。
椎名林檎嬢の圧倒的な存在感。
『無罪モラトリアム』に叩きのめされた5年前。
そのときとは、また違うポップな音で戻ってきた彼女こそが、まさに「東京事変」だったと個人的には思ってます。
男性メンバーの方が数は多いけど、紅でいいですか?(笑)
この曲聴くと、本当にワクワクするっていうか、バンドやりたいっ!って思うんですよねぇ・・
今年、最もCDプレイヤーの中でまわったCDでした。
椎名林檎嬢の圧倒的な存在感。
『無罪モラトリアム』に叩きのめされた5年前。
そのときとは、また違うポップな音で戻ってきた彼女こそが、まさに「東京事変」だったと個人的には思ってます。
男性メンバーの方が数は多いけど、紅でいいですか?(笑)
2004/12/12のBlog
[ 23:40 ]
[ 支えた出来事 ]
NHKで毎週日曜夕方の18時から、放送していた歌番組で、歌謡曲を中心に当時の流れを上手く作り、伝えた番組だと思います。ほとんど毎週観てました♪
全ての音楽番組の中で史上最も好きだったかもしれません。。
記事を書こうとして、記憶が曖昧だったところがあるので、ネットで調べてみました。
「ひとみ」さんの、★「レッツゴーヤング」メモリアル★が参考になりそうです。
最後の3年半の期間に司会を担当した石川ひとみさんのファンの方のページのようですが、データ的には、ここが一番充実したサイトでしょう。
全ての音楽番組の中で史上最も好きだったかもしれません。。
記事を書こうとして、記憶が曖昧だったところがあるので、ネットで調べてみました。
「ひとみ」さんの、★「レッツゴーヤング」メモリアル★が参考になりそうです。
最後の3年半の期間に司会を担当した石川ひとみさんのファンの方のページのようですが、データ的には、ここが一番充実したサイトでしょう。
私が個人的に印象に残っているのは、
麻見和也クンと中村繁之クン、矢吹薫クン(銀蠅一家なのにサンデーズ・・)の3人で歌った「キッド・ブルー」。麻見クンはソロでもシングルとしてリリースしました(84年)。
しかし、麻見クンはあんなにカッコよかったのに、今は・・
太川陽介の「Lui-Lui」や渋谷哲平の「ディープ」とか天馬ルミ子の「教えてください神様」なんかを多くの人が知っているのは、きっとレッツヤンの影響。今は、こういう若手をじっくり育てる番組が少なくなったなぁ・・
麻見和也クンと中村繁之クン、矢吹薫クン(銀蠅一家なのにサンデーズ・・)の3人で歌った「キッド・ブルー」。麻見クンはソロでもシングルとしてリリースしました(84年)。
しかし、麻見クンはあんなにカッコよかったのに、今は・・
太川陽介の「Lui-Lui」や渋谷哲平の「ディープ」とか天馬ルミ子の「教えてください神様」なんかを多くの人が知っているのは、きっとレッツヤンの影響。今は、こういう若手をじっくり育てる番組が少なくなったなぁ・・
[ 01:58 ]
[ ヤマハ系 ]
84年、「ワインレッドの心」で突然に大ブレイク。
でも下積みは長かったようです。
73年には既に「安全地帯」のバンド名でポプコンに出場。76年には北海道代表になっています。この時は長渕剛も九州代表になってますね・・
しかし、デビューは82年。「ワインレッドの心」は83年11月の発売でした。
玉置浩二(たまき・こうじ) 1958年9月13日生 A型
武沢 豊(たけざわ・ゆたか) 1958年5月16日生 AB型
六土開正(ろくど・はるよし) 1955年10月1日生 A型
矢萩 渉(やはぎ・わたる) 1957年6月27日生 A型
田中裕二(たなか・ゆうじ) 1957年5月29日生 O型
※全員が北海道出身
デビュー曲「萠黄色のスナップ」(1982.2.25)
個人的ベスト3。
1.「ワインレッドの心」(1983.11.25) 井上陽水/玉置浩二/安全地帯・星勝
2.「熱視線」(1985.1.25) 松井五郎/玉置浩二/安全地帯・星勝
3.「恋の予感」(1984.10.25) 井上陽水/玉置浩二/安全地帯・星勝
でも下積みは長かったようです。
73年には既に「安全地帯」のバンド名でポプコンに出場。76年には北海道代表になっています。この時は長渕剛も九州代表になってますね・・
しかし、デビューは82年。「ワインレッドの心」は83年11月の発売でした。
玉置浩二(たまき・こうじ) 1958年9月13日生 A型
武沢 豊(たけざわ・ゆたか) 1958年5月16日生 AB型
六土開正(ろくど・はるよし) 1955年10月1日生 A型
矢萩 渉(やはぎ・わたる) 1957年6月27日生 A型
田中裕二(たなか・ゆうじ) 1957年5月29日生 O型
※全員が北海道出身
デビュー曲「萠黄色のスナップ」(1982.2.25)
個人的ベスト3。
1.「ワインレッドの心」(1983.11.25) 井上陽水/玉置浩二/安全地帯・星勝
2.「熱視線」(1985.1.25) 松井五郎/玉置浩二/安全地帯・星勝
3.「恋の予感」(1984.10.25) 井上陽水/玉置浩二/安全地帯・星勝
意外にありそうでなかった、タイプの曲だったと思います。フォークでもなくAORでもないけど心に染み入る曲。玉置浩二はよく、曲作りの原点は童謡、というようなことを言ってましたが、確かにそうかもしれません。
この曲、そして詞が彼独特の艶のある声で歌われると、グッとくるのかもしれません。
そんな中、「熱視線」は路線的には異なる曲。この曲の持つスリリング感はたまりません。カラオケとかで歌うと間延びするのですが(笑)
その後も「悲しみにさよなら」「碧い瞳のエリス」「プルシアンブルーの肖像」など佳曲を出すとともに、井上陽水さんとの「夏の終わりのハーモニー」などの企画モノも好調で、まさに日本歌謡界の中で重要な位置を占めたと言えます。
87年に玉置浩二はソロ「All I Do」をリリース。この時は余技かな・・くらいに思っていたのですが、88年の「微笑みに乾杯」で安全地帯が活動休止に入ると、89年よりソロ活動を充実。「キ・ツ・イ」(89年)などがヒット。「田園」(96年)はミリオンに。
90年から93年まで安全地帯として、年1曲ペースでの活動再開。その後また休止し、02年に久々の活動再開。93年まで3枚のシングルをリリース。
玉置浩二さんは、売れないバンド時代を支えた奥様と別れ、再婚したあたりから女性の支持を失った気がします(同事例:ミスチル・桜井、GLAY・TERU)。プライベートと言えばそれまでですが、やはり影響はあったのではないでしょうか。
この曲、そして詞が彼独特の艶のある声で歌われると、グッとくるのかもしれません。
そんな中、「熱視線」は路線的には異なる曲。この曲の持つスリリング感はたまりません。カラオケとかで歌うと間延びするのですが(笑)
その後も「悲しみにさよなら」「碧い瞳のエリス」「プルシアンブルーの肖像」など佳曲を出すとともに、井上陽水さんとの「夏の終わりのハーモニー」などの企画モノも好調で、まさに日本歌謡界の中で重要な位置を占めたと言えます。
87年に玉置浩二はソロ「All I Do」をリリース。この時は余技かな・・くらいに思っていたのですが、88年の「微笑みに乾杯」で安全地帯が活動休止に入ると、89年よりソロ活動を充実。「キ・ツ・イ」(89年)などがヒット。「田園」(96年)はミリオンに。
90年から93年まで安全地帯として、年1曲ペースでの活動再開。その後また休止し、02年に久々の活動再開。93年まで3枚のシングルをリリース。
玉置浩二さんは、売れないバンド時代を支えた奥様と別れ、再婚したあたりから女性の支持を失った気がします(同事例:ミスチル・桜井、GLAY・TERU)。プライベートと言えばそれまでですが、やはり影響はあったのではないでしょうか。
2004/12/11のBlog
[ 02:05 ]
[ 総括&データ ]
84年のオリコン1位はわらべ。83年の「めだかの兄妹」3位に続く連続大ヒットでした。
こういう曲が売れる時の世相というか、心の状態を洞察したかったのですが・・よくわかりません(笑)
あとはチェッカーズと中森明菜がベスト10に3曲ずつ。実はこんな感じがしばらく続いたんですよね・・ちょっとツッパって生きている人に共感する一方で、わらべ。やっぱりダメです(笑)
そんな中、レコ大も歌謡大賞も「長良川艶歌」でした。勿論悪い曲ではないのですが、ちょっと違和感ありましたね・・オリコン年間ランクは14位。ふむふむ。
そしてレコ大の新人賞の5組・・桃子さんは会場にも現れず(苦笑)
一世風靡セピアやSALLYは確かに売れましたが、ここは他の賞レースと一線を画した選考でした。
最優秀も例年と少し違った選び方をしたのですが、TV画面を見ている限りでは、ちょっと首を捻る雰囲気を感じました。
こういう曲が売れる時の世相というか、心の状態を洞察したかったのですが・・よくわかりません(笑)
あとはチェッカーズと中森明菜がベスト10に3曲ずつ。実はこんな感じがしばらく続いたんですよね・・ちょっとツッパって生きている人に共感する一方で、わらべ。やっぱりダメです(笑)
そんな中、レコ大も歌謡大賞も「長良川艶歌」でした。勿論悪い曲ではないのですが、ちょっと違和感ありましたね・・オリコン年間ランクは14位。ふむふむ。
そしてレコ大の新人賞の5組・・桃子さんは会場にも現れず(苦笑)
一世風靡セピアやSALLYは確かに売れましたが、ここは他の賞レースと一線を画した選考でした。
最優秀も例年と少し違った選び方をしたのですが、TV画面を見ている限りでは、ちょっと首を捻る雰囲気を感じました。
(参考データ)
【オリコン売上枚数】(83年12月~84年11月)
1.「もしも明日が・・・。」わらべ
2.「ワインレッドの心」安全地帯
3.「Rock'n Rouge」松田聖子
4.「涙のリクエスト」チェッカーズ
5.「哀しくてジェラシー」チェッカーズ
6.「十戒(1984)」中森明菜
7.「娘よ」芦屋雁之助
8.「星屑のステージ」チェッカーズ
9.「北ウイング」中森明菜
10.「サザン・ウインド」中森明菜
【日本レコード大賞】
<大賞>
「長良川艶歌」五木ひろし
<最優秀新人賞>
「恋はじめまして」岡田有希子
<金賞>
「北ウイング」中森明菜
「北の螢」森進一
「唇のプライバシー」河合奈保子
「最愛」柏原芳恵
「浪花節だよ人生は」細川たかし
「長良川艶歌」五木ひろし
「ピンクのモーツァルト」松田聖子
「星屑のステージ」チェッカーズ
「もしかしてPART Ⅱ」小林幸子・美樹克彦
「ワインレッドの心」安全地帯
<新人賞>
「前略、道の上より」一世風靡セピア
「恋はじめまして」岡田有希子
「SUMMER EYES」菊池桃子
「モニカ」吉川晃司
「バージンブルー」SALLY
【日本歌謡大賞】
<大賞>
「長良川艶歌」五木ひろし
<最優秀新人賞>
「恋はじめまして」岡田有希子
「ラ・ヴィアンローズ」吉川晃司
【オリコン売上枚数】(83年12月~84年11月)
1.「もしも明日が・・・。」わらべ
2.「ワインレッドの心」安全地帯
3.「Rock'n Rouge」松田聖子
4.「涙のリクエスト」チェッカーズ
5.「哀しくてジェラシー」チェッカーズ
6.「十戒(1984)」中森明菜
7.「娘よ」芦屋雁之助
8.「星屑のステージ」チェッカーズ
9.「北ウイング」中森明菜
10.「サザン・ウインド」中森明菜
【日本レコード大賞】
<大賞>
「長良川艶歌」五木ひろし
<最優秀新人賞>
「恋はじめまして」岡田有希子
<金賞>
「北ウイング」中森明菜
「北の螢」森進一
「唇のプライバシー」河合奈保子
「最愛」柏原芳恵
「浪花節だよ人生は」細川たかし
「長良川艶歌」五木ひろし
「ピンクのモーツァルト」松田聖子
「星屑のステージ」チェッカーズ
「もしかしてPART Ⅱ」小林幸子・美樹克彦
「ワインレッドの心」安全地帯
<新人賞>
「前略、道の上より」一世風靡セピア
「恋はじめまして」岡田有希子
「SUMMER EYES」菊池桃子
「モニカ」吉川晃司
「バージンブルー」SALLY
【日本歌謡大賞】
<大賞>
「長良川艶歌」五木ひろし
<最優秀新人賞>
「恋はじめまして」岡田有希子
「ラ・ヴィアンローズ」吉川晃司
2004/12/10のBlog
[ 01:46 ]
[ その他女性アイドル ]
84年の新人賞レースは吉川晃司、岡田有希子の一騎打ちになりました。
あとは荻野目ちゃんが健闘したくらいです。
デビュー曲がすごく良い人が多かっただけに、その後の展開が残念だったのが、高橋美枝、宇沙美ゆかり、それからホリプロ期待の田中久美・・・
山本ゆかりとか、好きな人も結構いたのですが、残念です。
そんな中、レコ大の新人賞は予想もしなかった顔ぶれとなりました(詳細は次回)。
あと、この年は後に女優として活躍する人の歌手デビューが多いのも注目です。
【参考データ:IDOL POPS '80s】
あとは荻野目ちゃんが健闘したくらいです。
デビュー曲がすごく良い人が多かっただけに、その後の展開が残念だったのが、高橋美枝、宇沙美ゆかり、それからホリプロ期待の田中久美・・・
山本ゆかりとか、好きな人も結構いたのですが、残念です。
そんな中、レコ大の新人賞は予想もしなかった顔ぶれとなりました(詳細は次回)。
あと、この年は後に女優として活躍する人の歌手デビューが多いのも注目です。
【参考データ:IDOL POPS '80s】
山口由佳乃(「チャイニーズ・ボーイ 」83.11.1)
冨田靖子(「オレンジ色の絵葉書」83.11.21)
高橋美枝(「ひとりぼっちは嫌い」83.11.21)
渡辺典子(「花の色/少年ケニヤ」84.1.1)
オナッターズ(「恋のバッキン」84.1.25)
安田成美(「風の谷のナウシカ」84.1.25)
おかわりシスターズ(「恋をアンコール」84.2.21)
黒沢ひろみ(「不思議あげます」84.2.25)
田中久美(「スリリング」84.3.3)
倉沢淳美(「プロフィール」84.3.21)
赤坂小町(「放課後授業」84.3.21) ※後のプリンセスプリンセス
宇沙美ゆかり(蒼い多感期」84.3.21)
中村容子(「ティーンエイジ・ソルジャー」84.3.23)
渡辺千秋(「夏にフレッシュ。」84.4.1)
辻沢杏子(「サヨナラMr.…」84.4.21)
堀江しのぶ(「ビキニ・バケーション」84.4.25)
可愛かずみ(「春感ムスメ」84.5.1)
成清加奈子(「パジャマ・じゃまだ!」84.5.5)
青田浩子(「月の夜星の朝」84.5.25)
加藤香子(「偽名」84.6.20)
仙道敦子(「青いSunset」84.6.21)
長谷川真弓(「星に約束」84.6.21)
沢口靖子(「潮騒の詩」 84.6.21)
フローレンス芳賀(「ドゥ・ユー・リメンバー・ミー」 84.6.21)
松本友里(「過剰にオンリー・ユー」84.6.21)
山本ゆかり(「私MAILUWA」84.6.21)
麻生真美子&キャプテン(「恋の免許証」84.6.21)
ヒロコグレース(「うぬぼれて誘惑」84.7.21)
キララとウララ(「センチ・メタル・ボーイ」84.8.1)
鳥越マリ(「暗くなるまで待てない」84.8.5)
冨永みーな(「不思議なひらめき」84.8.5)
少女隊(「Forever」84.8.28)
冨田靖子(「オレンジ色の絵葉書」83.11.21)
高橋美枝(「ひとりぼっちは嫌い」83.11.21)
渡辺典子(「花の色/少年ケニヤ」84.1.1)
オナッターズ(「恋のバッキン」84.1.25)
安田成美(「風の谷のナウシカ」84.1.25)
おかわりシスターズ(「恋をアンコール」84.2.21)
黒沢ひろみ(「不思議あげます」84.2.25)
田中久美(「スリリング」84.3.3)
倉沢淳美(「プロフィール」84.3.21)
赤坂小町(「放課後授業」84.3.21) ※後のプリンセスプリンセス
宇沙美ゆかり(蒼い多感期」84.3.21)
中村容子(「ティーンエイジ・ソルジャー」84.3.23)
渡辺千秋(「夏にフレッシュ。」84.4.1)
辻沢杏子(「サヨナラMr.…」84.4.21)
堀江しのぶ(「ビキニ・バケーション」84.4.25)
可愛かずみ(「春感ムスメ」84.5.1)
成清加奈子(「パジャマ・じゃまだ!」84.5.5)
青田浩子(「月の夜星の朝」84.5.25)
加藤香子(「偽名」84.6.20)
仙道敦子(「青いSunset」84.6.21)
長谷川真弓(「星に約束」84.6.21)
沢口靖子(「潮騒の詩」 84.6.21)
フローレンス芳賀(「ドゥ・ユー・リメンバー・ミー」 84.6.21)
松本友里(「過剰にオンリー・ユー」84.6.21)
山本ゆかり(「私MAILUWA」84.6.21)
麻生真美子&キャプテン(「恋の免許証」84.6.21)
ヒロコグレース(「うぬぼれて誘惑」84.7.21)
キララとウララ(「センチ・メタル・ボーイ」84.8.1)
鳥越マリ(「暗くなるまで待てない」84.8.5)
冨永みーな(「不思議なひらめき」84.8.5)
少女隊(「Forever」84.8.28)
2004/12/09のBlog
[ 01:09 ]
[ 芸映 ]
多くの人が苦笑とともに語る、桃子ロックバンド・プロジェクト、ラ・ムー。
本当に失敗だったのか?検証しようと思ったのですが、止めておきます・・多分、思い入れが勝っているから上手く書けない気がしたので。
最初の報道で驚き、何も言ってくれない桃子さんに苛立っていたあの頃。
ある日、ラジオのレギュラー番組で、真剣に心のうちを話してくれました。
私は、“そうまで言うなら応援しよう”と思ったのです。
「愛は心の仕事です」。タイトルはあまりロックという感じではありません。
ジャケットは宗教団体かオカルト雑誌のよう(名前もニアだ)。違和感・・・
でも、アルバムを聴き続けていくうちに、結構いいじゃない・・って思ってきたのです。ブラックの要素もありつつ、キーボードが効いたアレンジは、結構聴いているとハマっていく感じがしました。
嬉しかったのは、当時アイドルものをバカにしていたサークルの後輩が、「ラ・ムー、いいですね、毎日聴いてます」と言ってくれたこと。彼はT-スクエアなどを当時聴いていて、近いものを感じたのかもしれません。
とにかく生でのパフォーマンスが観たくて、出演していた“ROCK WAVE '88”に参加。夏フェスのハシリみたいなもんですが、夏なのに雨で、とにかく寒かった・・確か、カルロス・トシキ&オメガトライブ、川嶋みき、関口誠人との組だったと思います。初めて観たというのはあるのですが、寒くて・・
#そんな中、一番印象に残ったのは、関口クンの「雨の満塁ホームラン」だったりします・・
ラ・ムーはシングル4枚、アルバム1枚をリリースして活動を終了、ソロでは活動しないものの、90年代に入ると、「渋谷で5時」なども・・
今でもTVをつければCMで顔を見られるのは、ほんと、奇跡的だと思います。
それも、恐らくこの時期があったから長く生き残っている、のだと信じています。
本当に失敗だったのか?検証しようと思ったのですが、止めておきます・・多分、思い入れが勝っているから上手く書けない気がしたので。
最初の報道で驚き、何も言ってくれない桃子さんに苛立っていたあの頃。
ある日、ラジオのレギュラー番組で、真剣に心のうちを話してくれました。
私は、“そうまで言うなら応援しよう”と思ったのです。
「愛は心の仕事です」。タイトルはあまりロックという感じではありません。
ジャケットは宗教団体かオカルト雑誌のよう(名前もニアだ)。違和感・・・
でも、アルバムを聴き続けていくうちに、結構いいじゃない・・って思ってきたのです。ブラックの要素もありつつ、キーボードが効いたアレンジは、結構聴いているとハマっていく感じがしました。
嬉しかったのは、当時アイドルものをバカにしていたサークルの後輩が、「ラ・ムー、いいですね、毎日聴いてます」と言ってくれたこと。彼はT-スクエアなどを当時聴いていて、近いものを感じたのかもしれません。
とにかく生でのパフォーマンスが観たくて、出演していた“ROCK WAVE '88”に参加。夏フェスのハシリみたいなもんですが、夏なのに雨で、とにかく寒かった・・確か、カルロス・トシキ&オメガトライブ、川嶋みき、関口誠人との組だったと思います。初めて観たというのはあるのですが、寒くて・・
#そんな中、一番印象に残ったのは、関口クンの「雨の満塁ホームラン」だったりします・・
ラ・ムーはシングル4枚、アルバム1枚をリリースして活動を終了、ソロでは活動しないものの、90年代に入ると、「渋谷で5時」なども・・
今でもTVをつければCMで顔を見られるのは、ほんと、奇跡的だと思います。
それも、恐らくこの時期があったから長く生き残っている、のだと信じています。
2004/12/08のBlog
[ 01:26 ]
[ 芸映 ]
桃子さんの個人的ベスト3。
1.「青春のいじわる」(1984.4.21) 秋元康/林哲司/林哲司
2.「雪にかいたLOVE LETTER」(1984.11.1) 秋元康/林哲司/林哲司
3.「Broken Sunset」(1986.2.13) 有川正沙子/林哲司/林哲司
ソロでのシングルは年3枚×4年間=12枚という寡作の桃子さん。その全てを作曲したのが林哲司さん(アレンジは他の人が担当したことも)。杉山清貴&オメガトライブなどを手がけるとともに、84年には中森明菜「北ウイング」、堀ちえみ「稲妻パラダイス」、原田知世「愛情物語」と好きだと思うとどれも彼の作品だったり、という時期もありました。
そんな中で「Say Yes!」(86年)は、彼女には珍しいストレートなメッセージ・ソングですが、恐らくユッコのことがあって、後追いする人とかいて・・という状況で、彼女なりの表現だったのだと思います。「生きるのがとても好き 世界中が君を待ってる」と彼女が歌うことで救われた人がいることを願います。
1.「青春のいじわる」(1984.4.21) 秋元康/林哲司/林哲司
2.「雪にかいたLOVE LETTER」(1984.11.1) 秋元康/林哲司/林哲司
3.「Broken Sunset」(1986.2.13) 有川正沙子/林哲司/林哲司
ソロでのシングルは年3枚×4年間=12枚という寡作の桃子さん。その全てを作曲したのが林哲司さん(アレンジは他の人が担当したことも)。杉山清貴&オメガトライブなどを手がけるとともに、84年には中森明菜「北ウイング」、堀ちえみ「稲妻パラダイス」、原田知世「愛情物語」と好きだと思うとどれも彼の作品だったり、という時期もありました。
そんな中で「Say Yes!」(86年)は、彼女には珍しいストレートなメッセージ・ソングですが、恐らくユッコのことがあって、後追いする人とかいて・・という状況で、彼女なりの表現だったのだと思います。「生きるのがとても好き 世界中が君を待ってる」と彼女が歌うことで救われた人がいることを願います。
楽曲各々にはいろいろ思い出もありますが、シチュエーション的に思い出に残っているのは、「Nile in Blue」(87年)。確か9月7日の月曜日、新宿厚生年金会館でのコンサートの日。月曜といえば、『トップテン』。コンサートがひととおり終わって、堀クンが登場。会場からの中継となりました。その日、この曲が1位というのは、やや出来すぎの感もありますが、貴重な経験でした。
あとは、「ガラスの草原」(87年)の時に東武動物公園で開催されたイベントでは、偶然最前列の席に座ることができ、ファンクラブ会報に小さーく写真が載ったり・・なんてこともありました。。
そして、その後、ソロでの活動に一旦終止符を打ち、翌88年からは・・(つづく)
あとは、「ガラスの草原」(87年)の時に東武動物公園で開催されたイベントでは、偶然最前列の席に座ることができ、ファンクラブ会報に小さーく写真が載ったり・・なんてこともありました。。
そして、その後、ソロでの活動に一旦終止符を打ち、翌88年からは・・(つづく)
2004/12/07のBlog
[ 02:51 ]
[ 芸映 ]
菊池桃子さんの詞は秋元康さんが主に担当しました。
秋元康は稲垣潤一の「ドラマティック・レイン」などで売り出してはいたけれど、デビューから本格的に手がけるのは桃子さんが初めて。
「青春のいじわる」は、そういう意味では彼にとっても重要な1曲だっただろうと思います。“渾身の一曲”といってもいいのではないでしょうか。
彼は詞の冒頭で、風景をうまく切り取って見せる(情景を絵として聴く人にイメージさせる)ことに優れていますが、恐らく意識してそういうアプローチをしています。
「青春のいじわる」は
“緩い坂道 錆びたバス停 遠い街が黄昏れてく
君は僕から少し離れて ガードレール腰掛けてた”
と始まりますが、ここが彼の手法の出発点だったかもしれません。
桃子さんでは、陽射しにバリエーションを持たせることで、イメージを拡げさせています。
“コテージの窓から拡がる コバルトのリーフが光れば”(「SUMMER EYES」)
“緑の木々の隙間から春の陽射しこぼれて 少し眩しい並木道 手をかざして歩いた”(「卒業」)
なぜかこの手法は他の作詞家にも受け継がれ、
“陽射しがひとつ弱まるたびに ふたりの心も脆くなるね”(「もう逢えないかもしれない」by 康珍化)
“木漏れ日が眩しい そよ風の坂道”(「夏色片想い」by 有川正沙子)
と徹底しています。
桃子さんで気づいたこの方法論は、河合その子でも繰り返し使われていて、
“夕陽が傾く西の空 舗道に集めた影絵”(「落葉のクレッシェンド」)
“夏の前の淡い陽射しが 駅のホームにこぼれてる”(「青いスタスィオン」)
と陽射し系で攻めたと思えば、「僕」の一人称を歌わせるのは「悲しい夜を止めて」で使っています(ちなみに、この曲のシチュエーションはシブがき隊「ドリームラッシュ」にも使用)。「僕」はその後、小泉今日子「夜明けのMEW」等でも効果的に使われます。
また、桃子さんは、宇宙、銀河といったテーマや、世界紀行的な雰囲気もアルバムを中心に醸し出しています。そういう広大なテーマが似合う人でもありました。
ある意味、時代の寵児とも言える秋元康の基礎をつくった点でも桃子さんのパワーがすごいといえると思います。
秋元康は稲垣潤一の「ドラマティック・レイン」などで売り出してはいたけれど、デビューから本格的に手がけるのは桃子さんが初めて。
「青春のいじわる」は、そういう意味では彼にとっても重要な1曲だっただろうと思います。“渾身の一曲”といってもいいのではないでしょうか。
彼は詞の冒頭で、風景をうまく切り取って見せる(情景を絵として聴く人にイメージさせる)ことに優れていますが、恐らく意識してそういうアプローチをしています。
「青春のいじわる」は
“緩い坂道 錆びたバス停 遠い街が黄昏れてく
君は僕から少し離れて ガードレール腰掛けてた”
と始まりますが、ここが彼の手法の出発点だったかもしれません。
桃子さんでは、陽射しにバリエーションを持たせることで、イメージを拡げさせています。
“コテージの窓から拡がる コバルトのリーフが光れば”(「SUMMER EYES」)
“緑の木々の隙間から春の陽射しこぼれて 少し眩しい並木道 手をかざして歩いた”(「卒業」)
なぜかこの手法は他の作詞家にも受け継がれ、
“陽射しがひとつ弱まるたびに ふたりの心も脆くなるね”(「もう逢えないかもしれない」by 康珍化)
“木漏れ日が眩しい そよ風の坂道”(「夏色片想い」by 有川正沙子)
と徹底しています。
桃子さんで気づいたこの方法論は、河合その子でも繰り返し使われていて、
“夕陽が傾く西の空 舗道に集めた影絵”(「落葉のクレッシェンド」)
“夏の前の淡い陽射しが 駅のホームにこぼれてる”(「青いスタスィオン」)
と陽射し系で攻めたと思えば、「僕」の一人称を歌わせるのは「悲しい夜を止めて」で使っています(ちなみに、この曲のシチュエーションはシブがき隊「ドリームラッシュ」にも使用)。「僕」はその後、小泉今日子「夜明けのMEW」等でも効果的に使われます。
また、桃子さんは、宇宙、銀河といったテーマや、世界紀行的な雰囲気もアルバムを中心に醸し出しています。そういう広大なテーマが似合う人でもありました。
ある意味、時代の寵児とも言える秋元康の基礎をつくった点でも桃子さんのパワーがすごいといえると思います。
2004/12/05のBlog
[ 20:50 ]
[ 芸映 ]
[クリスマス・ソング集めましょう]by k.m.joeさん
多少ひいき目に見ているところがあるかもしれませんが、私のベスト・クリスマス・ソングは菊池桃子さんの「雪にかいたLOVE LETTER」です。
多分、通学路の雪の上に、好きな人に見てもらうためのメッセージを書くんです。
日本では、12月に雪が降る地域は意外と少ないので、シチュエーション的には、かなり無理がありますが、良い曲だと思います。
作詞は秋元康、作・編曲は林哲司。桃子さんを支えた黄金コンビ。
最後の囁くような“Merry X'mas ! ”が極めつけ。
この曲が発売された84年、私の住んでいた地域では、12月24日、雪が降りました。ものすごく積もるほどではなかったのですが、奇跡的とも言える天気に私は桃子パワーを感じざるを得なかったのです。。
多少ひいき目に見ているところがあるかもしれませんが、私のベスト・クリスマス・ソングは菊池桃子さんの「雪にかいたLOVE LETTER」です。
多分、通学路の雪の上に、好きな人に見てもらうためのメッセージを書くんです。
日本では、12月に雪が降る地域は意外と少ないので、シチュエーション的には、かなり無理がありますが、良い曲だと思います。
作詞は秋元康、作・編曲は林哲司。桃子さんを支えた黄金コンビ。
最後の囁くような“Merry X'mas ! ”が極めつけ。
この曲が発売された84年、私の住んでいた地域では、12月24日、雪が降りました。ものすごく積もるほどではなかったのですが、奇跡的とも言える天気に私は桃子パワーを感じざるを得なかったのです。。