ニックネーム:   パスワード:
| MyDoblogトップ | Doblogポータル | Doblogガイド | ユーザ登録 | 使い方 | よくある質問 | ツールバー | サポート |
Lucien's Library~メタ・フィジカルな気分~
Blog
[ 総Blog数:504件 ] [ このMyDoblogをブックマークする ] [ RSS0.91   RSS1.0   RSS2.0 ] [ ATOM ]
2006/01/09のBlog

原作はH・Gウェルズらしい。しかしかなりストーリーは改変されているそうだ。
内容はまぁまぁな感じ。
80万年後の世界へ行ってしまい、そこで言葉が通じるのはすごい。笑。
我々など、数千年前の文字すら読めないというのに。

同じような作品に「タイムライン」があるが、マイクルクライトンみたいにタイムトラベルの根拠として量子テレポテーション理論をいれてなんとか妥当性を獲得するような努力は、HGウェルズの時代には無理だったんだろうな。

しかし、タイムマシンに乗って時間が流れていくときに、外部の変化する様子は見事だと思う。

何か面白い映画はないかのぅ。。
2006/01/08のBlog
遅ればせながら、あけましておめでとうございます。年末年始は出かけたり映画をどっさり見てあっという間に終了。疲れてしまいました。

この姑獲鳥の夏は、わたしめが京極夏彦ファンになったとっかかりの作品で、やっとレンタルビデオで見れた。しっかし、やっぱり見ないほうが良かった。

だいたい主人公は関口なのか京極堂なのかわからないが、京極堂に堤なんたらという俳優は合わない。どっかの作品中にあったように、京極堂は芥川龍之介風ということになっているので、映画を見ているうちにズルズルズルとイメージが崩壊してしまった。顔が甘すぎる。榎木津の阿部寛はまぁまぁなのだが、落ち着いた良いオッサンにしか見えないし、お笑い芸人のなんたらが扮する木場修にいたっては「無骨な大男」になっていない。京極堂より背が低くてどうする。笑。
これに懲りてもう京極作品の映画化はするべからず!


2005/12/23のBlog

やっと見ることができたが、やはり素晴らしい映画だった。今からシリーズ全体を俯瞰してみればエピソード4~6はどうでも良い感じだ。
わたしめは怪物みたいなキャラクターが出てくる映画は大嫌いなのだが、SWⅠ~Ⅲに限ってはどんなこともどうでも良い。映像の素晴らしさに感激すると同時に、ダースベイダーがどうしてあんないでたちになってしまったのかが明かされる。それにパドメの悲劇。愛する人がダークサイドに落ちてゆく悲しさに思わず泣きそうになる。

ルーク・スカイウォーカーの物語だと思われていたSWだったが、結局ダースベイダーが主人公のシリーズだった。
考えてみれば、島崎藤村の「破戒」のように、主人公が暗黒面に落ちてゆく様子はいかにも物語られやすい。
わたしたちも一度や二度ぐらいは、「悪をなしてしまった」と後悔したことがあるはずだ。この映画から色々なメッセージを引き出すことはできるのだが、一つだけ指摘できることがあるとすれば、この作品のメインテーマは「善と悪」の二元論の内部に位置しており、それは実に近代的なテーマなのである。実はこの映画は現代的だとは言えない。しかしそれだけに偉大なのだと思う。
2005/12/22のBlog
[ 22:32 ] [ 映画 ]
TUTAYAで「新作」札が付いているので敬遠したかったが、他に面白そうなのが無かったので借りてみた。

構造としてはマトリックスとかなり似ているのだが、こちらの方が現実的な感じがしないこともない。
こちらのクローン人間は、アップルシードのとは違って初めから生殖能力はあるようだ。笑。

[ 22:31 ] [ 映画 ]
大友克洋の作品といえば思い出されるのがアキラだが、これは19世紀の英国が舞台になっている。少年が持っている球に宇宙的規模の蒸気を閉じ込めて、それがあたかも原子炉のような高エネルギーを発生させることができる。この技術によって世界は変わるのだ。
これも人間の能力が外延として最後にスチーム城との合体が描かれる。
やはりロボットなんだな。笑。

科学技術は人間を幸福にするものだ。

メッセージは実に重い。現在科学技術における主流は金儲けの手段である。自然界の真理を探そうとする純粋科学はすたれ、本来の目的すら顧みられることがない。

子供の頃、私は科学少年ぽかったが、ずいぶんと昔に忘れてしまったような、科学的知見を知る喜びがかすかに甦ったのである。

メッセージ性としてはスチームボーイの方が大きい。

[ 22:22 ] [ 映画 ]
毎日のようにTUTAYAへ通っている。ここまで勤勉に通う優良な客に何か特典くれ。
それにしても日本のアニメは素晴らしい。このアップルシード=ASはイノセンスの士郎正宗原作。私はイノセンスでサイバーパンクとは何かを知ったような気がするが、このASはサイバーパンク的な世界観はあまりないものの、クローン人間と純人間との葛藤が描かれていて、高度に発達した科学やテクノロジー無しでは成立しえない社会のあり方は共通している。

ASの映像を初めて見たときは、なんかポリゴン風の、要するにロボットが動いているような感じに違和感があったが、見ているうちになくなった。この作品もイノセンスのように映像が素晴らしい。

しかし、どうしてこうも日本のアニメにはロボットに乗りたがるのが多いのだろう。
人間の能力の補強なのに違いないが、ロボットが出てこない作品には超能力が出てくる。笑。
2005/12/18のBlog
[ トラックバック数:3件 ][ 地球で最後の男 ]の
トラックバックURL
http://www.doblog.com/weblog/TrackBackServlet/2146940

------------------------------------------------------------------

スケベ椅子完全攻略
最近はすっかり目にしなくなったスケベ椅子!でもまだまだ利用価値はあった!椅子の下にグラインドするバイブを装着してSEXマシーンに!!はたまた椅子の下から色々な異物を挿入しオマンコの中の感触だけで何が入っているかを当てるクイズなどマヂエロ!激変態企画がいっぱい!
『淫乱女の早朝SEX』 [ トラックバック日時:2005/12/18 19:48 ] [削除]

------------------------------------------------------------------

淫乱マゾ女を侮辱しまくる会
M女を弄びたい人は集合!!毎週開催中!!!
『諏訪部』 [ トラックバック日時:2005/12/18 19:48 ] [削除]

------------------------------------------------------------------

最強!変態オヤジ列伝
自称最強変態オヤジのタカシが今回は水着ギャルを犯しまくる!!海に着くと速攻ピチピチビキニに着替えシャチの浮きわにまたがり海中へ!水着ギャルの集団に近づき素早く水着を脱がせまくり、初対面のギャルに「オジサン急いでいるんだ」と無理やり一緒にシャワールームに入り愛撫しまくりの生姦しまくり!訳の分からない状況で愛撫され喘ぐギャルはもう最高!!今回も個人撮影とは思えない神の領域と女を犯しまくりの一本です!
『エロ投稿版【Z】』 [ トラックバック日時:2005/12/18 19:54 ] [削除]

------------------------------------------------------

┐(-。ー;)┌ヤレヤレ。くだらねぇTB削除に明け暮れる日々の方々も多いことでしょう。笑
警察へ通報したからな!っていうタイトル出しても何の効果も無し。こういうクズな人たちって何の効果もないことやって、虚しくならなんでしょうかね。
やっぱりB級映画を見るのはムダな時間だ。笑。
騙されすぎ。どうしてこうも方向音痴なのか。カンがよくない。

復活した悪魔を封じ込める映画。封印するおまじないの印章を刻印した自分の体に悪魔を乗り映させて、子供が呪文を唱えてTHE・END

笑。

[ 19:11 ] [ 映画 ]

だめだなぁ。どうしてこうB級映画に騙されるんだろう?笑。
TUTAYAのヤツもパッケージが見えるように置くもんだから。

すべてが脳内での出来事っていうオチは私は大嫌い。
大真面目に地球を破滅させて欲しかった。

残念。。
[ 19:04 ] [ 映画 ]
映画見るの久しぶり。年末になるとTUTAYAへ良く行くようになるのは何故?
最初に微生物の映像が出たんで???と思っていたら、そういうことだったのね。笑。

わたしめは派手はシーンや壮大なSF的映像を見るのが好きなので、この映画はなんとなく物足りなかった。ウェルズの原作は読んだことないが、父子の葛藤のサブストーリーは組み込まれていたのだろうか。最後に父子が抱き合うシーンがもしかするとこの映画のドミナントなのかも。

2005/12/17のBlog
[ 18:34 ] [ 日々のコメント ]
先日のサクラ大戦も面白かったのだが、このデビルマンもなかなか面白くないか?
わたしめは4号機アルゼ黄金時代の花火、サンダーV、アレックス、アステカ、大花火あたりで良く遊んだ経験があるので、最近のアルゼからの5号機の面白さがたまらない。

サミーから獣王が出て、狂気の大量獲得マシンが流行り出した頃から「こりゃ、ついていけんわ」と撤退していたのだが、最近になってマイルドで適当に遊べる器械が出てきたのは歓迎したい。

大量獲得機なんぞ、一日10万円負けるなんてことは当たり前で、そんな金平気でドブに捨てられるなんて年収2000万円は必要だ。笑。しかしパチンコ屋で血眼になって打っている連中ときたらとってもじゃないが貧乏クサイ。そういう光景にバカバカしくなってここ2年くらいパチンコ屋に入らないように心がけていたが、5号機なら事情は違う。
サクラ大戦と同じく5号機のデビルマンを打ってみると、これがなかなか面白い。一枚役を取れないことがあるので、チャンス目が出たりする。この取れないシステムがちょっと嫌なのだが、高設定の方でも機械割103%程度だとは思えないほど出る。しかしサクラ大戦よりはコイン持ちが悪いようだ。

デビルマンの再放送をテレビで見ていたので、プレイ中に流れる歌が懐かしかった。
そこで、下のような替え歌を考えながら打ってしまった。笑。

あれは誰だ誰だ誰だ
あれはアネハ、アネハマ~ン、アネハマ~ン

裏切り者の名を受けて~
すべてを捨てて~証言する男~

藤田アイはめくら判
篠塚ゲーハはリベート魔
木村建設すぐに飛び
内河キングは老衰死

偽造の力~身に~つ~けた~
正義のヒーロー~、アネハマン~アネハマン~



2005/12/06のBlog
亜細亜主義の顛末に学べ 宮台真司の反グローバライゼーション・ガイダンス
著者/訳者名 : 宮台真司/著
出版社名 : 実践社 (ISBN:4-916043-74-X)
サイズ : 204P 20cm
価格 : 1,890円(税込)



(抜書き。または梗概)
★アメリカが牽引車になっているグローバライゼーションには三つの主な要素がある。それは「軍事力一極集中化」「高度情報社会化」「アメリカ流生活の席捲」だ。日本ではスローライフとかスローフードが時々話題になっているのだが、これがグローバライゼーションへの抵抗という意味を持っていることを意識している日本人は少ない。グローバライゼーションへは抵抗したいのだが、その実グローバライゼーションに乗っかって情報化したいと思っていたり、アメリカの強大な軍事力に頼りたいと思っている後進国は多数あ。これがかつての帝国主義とは違うところで、明確な力の対立の構図が描けないので世界は厄介な状況になりつつある。
グローバライゼーションとは経済や情報効率を上げるために「流動性」の導入が条件になる。「均質化」と言っても同じである。これに抵抗するにはかなりの戦略が必要になる。それを諦めてグローバライゼーションに乗っても、結局は圧倒的なアメリカと同じ土俵に乗ることになって、貧困国の地位から脱出することはできない。
このジレンマに世界は悩まされている。

★グローバライゼーションに抵抗する主義としての「欧州主義」はグローバライゼーションのもたらす「流動性の導入によるアイデンティティの危機」を明確に意識しており、これはパトリオティズム(愛郷主義)としてのナショナリズム(国民主義)である。日本ではこういった意味でのナショナリズムは存在しない。

★日本における最大の問題は「優等生病」であり「一番病」である。この病気を患ったエリートはファシズム体制ではファシズム優等生になり、GHQ下ではGHQ的優等生になる。こういう「糞フェイク野郎」を量産しないための教育改革を進めるべき。

★過剰流動性をブロックし分散型アーキテクチャへ→→従来の集権的配分システムから地域の自立的相互扶助へ
------------------------------

わたしが宮台真司に注目しているのは、「超越系」を自称するからだ。超越系的な素質は、絶対的な価値観を探し出してそれに同一化を試みる狂信的な人間のベースになることが多い。しかし宮台はどうにかしてそういった自分の心性を自覚して安易な同一化から踏みとどまっている。さらに「オタク」を自称してもいることは実に興味深い。なぜかというと「内在系」の代表選手であるオタクであることと「超越系」であることが両立できるとはあまり思えないからだ。もしかすると宮台はオタクという薬を飲むことによって超越系的な暴走を抑えているのではないか。笑。

圧倒的なグローバライゼーションによって流動性から収益を上げるシステムが地球を覆いつつある現在、日本がそれに呑みこまれないためにはどうすれば良いのか。理解しやすいのは日本を「入れ替え不可能な土地=国」にすれば良い。この具体的な方法としてやはり「万世一系の天皇」のおわします「豊葦原の瑞穂の国」を持ち出すのが一番簡単で安易な方法だろう。しかし宮台はこの簡単な方法を取らない。「亜細亜主義」を持ち出すのだ。簡単に言ってしまえば軍事力によらない大東亜共栄圏(やはりこの語感は良くない)を作って対抗するしかないと言うのである。

ここでこういう風に書いてしまうとミモフタもなく聞こえるのだが、世界情勢分析を含めてなかなか鋭い知見がちりばめられている。中でもアメリカのネオコンを「思想集団」ではなく、「主義」でもなく、ただの政策集団であることを暴いて見せているところは面白い。
2005/12/02のBlog
http://www.tokyo-np.co.jp/00/sya/20051202/eve_____sya_____002.shtml
小1女児不明 栃木・今市

ピサロとかいう偽名のペルー人が逮捕されたかと思うと、またかよ。
余裕で異常だろ。この世の中

わたしなんぞ不幸にして成人男子なもんだから、登下校時の子供の群れを発見すると避けて通るようなクセがついてしまった。変質者だと思われるのがイヤだからだ。小学生くらいの子供たちが遊んでいるのを発見すると、その場所を迂回するようになってしまったのである。

これも異常だろ。真面目にヘンな世の中だ。

警察は何をやっているのだ。くだらねぇ自転車泥棒とか駐車違反なんかで点数稼いでいる場合じゃないんじゃないのか。今日も行方不明の女児が出たんだぞ。

ピサロとかいう外人は、「悪魔が乗り移った」とかホザいているが、故国でも三回も女児への暴行で逮捕されているそうじゃないか。そんな野郎を入国させるなよ。アホか。
たかが大麻所持のポールマッカートニーの入国を拒否しておいて三回の前歴を持つ強姦魔は入国させるのか。

こんなピサロとかいうアホは中国みたいに即死刑でかまわん。
中国に唯一良いところがあるとすれば、逮捕→裁判→処刑が実に短期間であることだ。三日間程度で全行程が終了することもあるという。
早いとこ処刑して悪魔の元へ返してしまえ。
2005/11/30のBlog
[ 16:47 ] [ 日々のコメント ]
昨夜ヒマになったので、久しぶりにパチンコ屋に。
下の方のブログで亡国産業呼ばわりしておきながらすみません。笑。
そしたらアルゼの新台「サクラ大戦」が入っていて、空いていたので着席。
5~6回当たったけど、このCGやら歌やらが強烈で頭から離れなくなってしまった。
ウロ覚えだが、大当たり中の歌が、、「・・・・・正義を示すの~だ~」とか「走れ~高速の~帝国歌劇団~」とか、時々浮かんでくるようになってしまった。

サクラ大戦なんて見たことも聞いたこともなかったのだが、色々とネットを渡り歩いてみると、なんとなくわかってきた。どうしてロボットに乗りたがるのだろう。笑。そして美少女の戦い。ロボットに乗るのはガンダムが元祖か。いや、マジンガーZかな。
萌え画像もたくさんネットで見てみたが、下半身は変化しないなぁ。笑


わたしは北斗の拳もパチスロで始めて触って興味を持って漫画を全巻読破したのだが、サクラ大戦は読まないだろうな。たぶん。

スロットマシン自体はコイン持ちも良く。勝てもしないが大きく負けることもない。非ギャンブル機らしい。新規格の5号機ということだ。やっぱり何回か当たりを引いたが、全部飲まれて席を立った。
サクラ大戦はヒマつぶしには持って来いだろう。またやろう。


2005/11/29のBlog

今日の国会における参考人招致に姉歯氏が「体調の不備」で出席を断った。
一部報道によると、姉歯に仕事を依頼した森田設計事務所の社長が鎌倉で自殺体として発見されたことに怯えているのだという。
自殺なのにどうして姉歯が怯えるのか?
これは森田氏が他殺である可能性があることを証明してはいまいか。どうして姉歯氏が怯える必要があるのだろう。

それにしてもこのオッサン。証言席で怒鳴るところなんざ、ヤクザそのものですな。
2005/11/28のBlog
建築物の確認や検査が民間の指定機関で可能になったのは1998年だそうだ。その背景には「規制緩和=構造改革=経済再建」という政策があった。

結果がこのテイタラクだ。規制緩和とは色々な業界にもなされているので、これからボロボロと同じような問題が発覚する可能性がある。

マンションに限って言えば、1998年以前に建てられたものはまず安全で、最近の新しい建物が怪しいという不思議な現象が起こっている。新しければ新しいほど危険なのである。
一説には、日本全国にマンションが500万棟あり、そのうちの1%に何らかの構造的欠陥があるという。なんと5万棟が怪しいそうだ。これでは日本列島マンションパニックだ。

マンションを買うのであれば、とりあえず新築ではなく、中古の値崩れのしていない物件を選ぶのが一番安全ということになるだろう。


2005/11/27のBlog
おりしも女系天皇容認問題が人口に膾炙しているが、これを機会に天皇制について考えてみてはどうだろうか。

天皇制について考えてみるとき、それは「天皇制とは何か?」という基本的な姿勢を取るだろう。そしてそれは代々継続してきた日本の王朝としての系譜、さらに時々の政治体制との不可分な関係や歴史性などの事実から検証されることがほとんどであろう。

しかしである、今までの天皇制に関する議論で、決定的に欠如していたのは、「自分(あなた)にとって天皇制とは何か?」という視点なのだ
つまり、天皇制に関する事実や歴史が情報として論議されているだけで、それはひょっとすると、「キリスト教とは何か?」というアカデミックな議論とほとんど同じなのではないだろうか。

つまりわたしが言いたいことはこうだ。
わたしが生まれ育ち、生活してきた事実が記憶としてある。その今までの経験の中で、天皇制とはどういう意味を持つだろうか、と問うてみることをしてみてはどうだろう。

わたしの場合は、今まで生きてきて、天皇制を身近に実感したことは皆無である。生活の中に天皇制が関係したこともない。これは学習院にでも通って、皇族が学友にいる場合はそういった意識も生まれるだろうが、東京都渋谷区で普通に育ったわたしにはまったく縁もゆかりもなかった。子供とはいえ、社会の内部にいる以上、天皇陛下の知り合い(侍従など)の知り合いをたどればいずれ「関係」はわたしにつながるのであろう。うっすらと天皇なる存在が感知されていたはずだが、それをしっかりと実体化して意識することはまずない。大多数の国民はそうではないだろうか。
どこかで、「日々の生活文化の根源をたどると、究極的には天皇制に行き当たる」と言っていた評論家がいたのを記憶しているのだが、わたしはこの意味がさっぱりわからない。というよりもこの命題を証明してみせてほしいと思う。

で、わたしは三島由紀夫に熱中してしまったことがあるのだが、三島の生き方とは一言で言ってしまうなら、「絶対的な価値観を模索する倫理的な人生だった」となるだろう。
三島の人生が結果的に有効だったのか、あるいは無効なのか、その正誤などの問題は置いておくとして(今のわたしは間違いだったと言うだろう)、絶対的な倫理を模索するような性質はわたしにもあったらしく、ずいぶんと感化されてしまった。三島のように不断の倫理の追求が、天皇制を求めてしまったというケースは非常に珍しいと言える。なぜなら戦後の天皇制は決してイスラム教やキリスト教のような倫理的な規範を提示していないからだ。だから三島は自分で天皇制に隷下する規範(盾の会)を創造したのであって、かなり奇怪なものだったとしか言いようがない。

おそらく、絶対的な倫理の規範の根源となる超越者とは「わたし」の外部に存在するはずだと考えるのが普通だ。三島もそうだった。そして、そのような倫理の追求者にとって実はキリスト教もイスラム教も天皇制も同じ地平線に見えてくるものなのだ。天皇陛下を中心とする皇族を「聖なるもの」と考えるのであれば、この三者は基本的に同じであるはずだ。

わたしたちは日々の生活実感からキリスト教が必要だと感じたことがあるだろうか。もちろん、その必要を感じて教会へ入信する日本人もいることだろう。倫理的な荒廃を極める現代社会なのだが、何ら倫理的規範を提示していない天皇制に帰依する者がいたとしたら、かなり特殊なのではないだろうか。
わたしは「天皇制支持」は変だとは思わないが、「天皇制帰依」はかなり変だと思う。わたしたちの実存からは天皇制の必要性はまったく発生しないと思うからである。

もちろん、両親を戦争で亡くしたり、祖父が軍人で祀られている、という人たちにとって靖国神社を媒介とした天皇制は非常に身近な観念だろう。そういった人たちがもし精神安定装置として天皇制に依存しているのであればわたしは何も言うことがない。しかし戦後に生まれて普通の生活をしてきた人にとって、天皇制とは自己の実存からはかなり遊離したものであるはずだ。

まず最初に、「自分にとって天皇制」とは何か?」という認識をクリアにした上で、マスコミの垂れ流す「女系天皇制」の問題を見ることをお薦めする。さらに、三島のやったような「天皇制帰依」こそがもしかすると正しく、そこらへんの右翼やら右派の知識人やらの安易な議論や行動はすべて「イカサマ」である可能性も考えなければならない。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051126-0000016

「靖国批判は中韓だけ」 麻生外相がけん制

麻生太郎外相は26日午後、金沢市内で講演し、小泉純一郎首相の靖国神社参拝によってアジアで日本が孤立しているとの指摘に対し「靖国の話をするのは世界で中国と韓国だけ。ほかから言われたことはほとんどない」と、中韓両国の批判をけん制した。

まったくその通りで、中共なんぞは靖国参拝は「すべてのアジア人を傷つける」などとのたまう。数千万人の自国民を虐殺してチベット人やら南沙諸島でベトナム+フィリッピンから恨まれている中共なんぞが言うなってこった。

小泉政権で評価できるのは、この一点だけ。残念ながら今までの道路公団民営化や郵政民営化などの政策はすべて無駄。

勘違いされては困るが、わたしは国家主義者ではない。共同体としての日本の利益を守るために中韓ロとの国境があると思っているので、それを守るために自衛隊は国防軍へ、そして防衛庁は国防省へ昇格すべし。

さらには中国の核弾道ミサイルが日本へ照準を合わせていることを糾弾し、このような外患を排除する政策を行え。CIAと協力して中国共産党体制を崩壊させる工作を一刻も早く開始しろ。奇形な観念でしかない反日意識を政策とする専制国家から中国人民を解放してやるのが正義というものだ。

それができないのであれば日本の核武装もやむなし。


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051126-00000014-yom-soci

106%の価格で買い取り、ヒューザーが住民に表明

刑事立件されるのを回避するためのリップサービスにしか思えない。そして倒産→逃亡の覚悟を決めたと見るべきでは?邪推だったら良いんだけどね。
2005/11/22のBlog
新訳 アヴェロンの野生児 ヴィクトールの発達と教育
野生児の記録 7
著者/訳者名 : J.M.G.イタール/著 中野善達/訳 松田清/訳
出版社名 : 福村出版 (ISBN:4-571-21507-X)
発行年月 : 1979年11月
サイズ : 195P 20cm
価格 : 1,470円(税込)
取扱状況 : 絶版または重版未定

本書は竹田青嗣著「現象学は思考の原理である」の中で触れれられていたので、図書館から借りてきたもの。
1799年ごろ、フランス南部のアヴェロンで、森の中から真っ裸の野生児が発見された。ヴィクトールと名づけられた少年は発見された当時、11~12才と推定され、パリで保護されることになったという。

ヴィクトールが一切の言語を解さず、呼びかけにも無反応であることから、言葉を理解し始めるはずの3才ごろに何らかの理由で森に遺棄されたか逃げ込んだものと推定された。

しかし、3歳の幼児が森の中で自活できるのだろうか?そして11歳まで生きのびることができるのだろうか。その点がまったく信じられない。野生児は昔は度々発見されているそうだが、現代では餓死するか、人里へ現れて食い物を乞うかのどちらかであろう。18世紀とは不思議なものだ。

ヴィクトールは発見されて当初、人間を見ると逃げ、物陰に隠れ、いつでも森へ帰ろうと機会をうかがっていたという。普通の人間が持ち合わせている感覚もまったく違い、沸騰したお湯に手を突っ込んでイモを取り出したが熱さを感じなかった。音に対しても、拳銃を二発近くで発射しても無関心。寒さも感じないらしく、真っ裸で外を走り回る。
しかし、文明的な生活を体験させるうちに、痛覚も熱さも音に対しても反応するようになる。
これはつまりわたしたちの感覚が文明化されていることを示している。文明生活を経験しない限り、わたしたちの普通だと思っている感覚は生まれないのだ。この点がおどろいた。わたしは五感とは所与のものだと思っていた。
野生児ヴィクトールの記録が読みたければ、絶版になっているらしいので図書館を利用されたし。
[ 13:14 ] [ ニュース ]

次々に話題の人物が登場するものだ。
この姉歯一級建築士による「安上がりの」設計が大問題になっているが、この人の家がテレビに映ったので注意して見てみると、玄関の外灯は壊れて垂れ下がり、割れた窓ガラスは補修されずにそのままになっていた。

とても「金を稼ぐために」安上がりの設計図を書いていたとは思えないのである。わたしには施工主の方に責任があると思える。
安い設計図を書かないと仕事が来なくなり、まっとうな設計をする設計士が淘汰されていくような業界の体質だったのではないか。

競争原理だかグローバルスタンダードだかカジノ資本主義だかなんだか知らないが、
「安かろう、美味かろう、早かろう」に「危なかろう」が加わったわけである。

そんでもって「自己責任」である。今回のケースにおいて、入居した者に責任があるとでも言うのだろうか。

2005/11/21のBlog
パチンコ「30兆円の闇」 もうこれで騙されない
著者/訳者名 : 溝口敦/著
出版社名 : 小学館 (ISBN:4-09-379723-4)
発行年月 : 2005年10月
サイズ : 253P 19cm
価格 : 1,470円(税込)

パチンコ産業の規模が30兆円と言われて久しい。金額的には自動車業界の規模に匹敵するこの巨大な伏魔殿の実態を暴いてみせるのが本書。しかし、凄まじい限りのカネの流れである。
実際にパチンコ産業の経営者の80%が韓国・北朝鮮系なのだそうだ。北への送金も依然として継続しているし、面白いのは朝鮮総連(北系)よりも民団(韓国系)へパチンコ業者が移動しつつあるのだそうだ。これは最近の北への批判の高まりによるらしく、有利な立場にある方へついておけば自分の立場も安泰というわけである。

しかし本書の主眼は警察と業界の癒着構造を暴いてみせることにあるようだ。しかし、ガードが堅く、なかなか真実は見えてこない。賭博禁止国家であるにもかかわらず、どこでもいつでも賭博ができ、その矛盾を黙認する代わりに警察が利権化する。パチンコ依存症で自己破産する人間が続出しているのに警察は自分の利権を守るのに汲々とし、その挙句に中国系のゴト師やウラROM師まで暗躍する始末である。

業界団体の集まりや、警察への陳情に某代議士が出席したとかしないとか、ウワサはあるのだが、なかなかシッポをつかむことが、著者の溝口敦はできないようだ。
平沢勝栄や亀井静香の名前がチラチラ出てくるが、本人の事務所へ確認しても「知らない」の一点張り。

わたしも時々パチンコ屋へ行ってしまうのだが、しかし、学生の小遣い程度しか使っていないはずである。そんな人間が言うのもなんだが、こんな亡国産業が自動車産業とタメを張るなどという現実は、はっきり言って信じたくない。
パチンコに詳しい人も知らない人も本書の内容には驚くはずである。



2005/11/20のBlog
最近クダラネェサイトにTB貼り付けるクソ野郎がいてムカツク。

警察へ通報しておいたからな。はやいとこ逮捕されてくれ。

消すのめんどうなんだよ。


↓↓↓

トラックバックリストを削除しますた。笑。
現象学は〈思考の原理〉である
ちくま新書 393 シリーズ・人間学 3
著者/訳者名 : 竹田青嗣/著
出版社名 : 筑摩書房 (ISBN:4-480-05993-8)
発行年月 : 2004年01月
サイズ : 264P 18cm
価格 : 819円(税込)

この本の第二章からやっと読み終えた。エッセンスは意外にも簡単なことなのかも知れないのだが、そのエッセンスを理解するためには膨大な予備知識が必要だ。ソシュールを始祖とする言語学やそこから現代へと継承される(らしい)デリダ等に関して、最低でもラング、パロール、シニフィアン、シニフィエ、エクリチュール、テクスト(テキストではなくテクストであることに注意。笑)、を理解しておかなければならず、その挙句の果てには「コードなき差異の戯れ」などというポストモダンの標語まで出てくる。笑。さらにはバタイユの「禁止と侵犯」、ラカンの「鏡像段階」「想像界」「象徴界」「現実界」に関する知識も必要だ。

これは無理でしょう。いくらなんでも。申し訳ないけれど、そういう予備知識の無い人が「ん?思考の原理?値段も安いしちょっと読んでみるか」のような調子で手に取る本ではない。難しすぎる。

で、第三章の「言語の現象学」のエッセンスをわたしなりに抽出してみるならば、
①現代哲学は観念論的な行き詰まりから脱出するために言語論へとフィールドを移したが、そこも袋小路であった。
②そして言語論が行き詰っているのは言語を客観論で形式論理学的に扱っているからである。その証明として、有名なパラドクス(A)が現象学的にはパラドクスではないことを示す。
③そして、実存論的な言語の「意味」を示し、それが人間の意識の内部で欲望論的に構造化されている事実をあげ、次章の「欲望論原論」へと導く。

パラドクスAというのは、たとえば「すべてのクレタ島人はウソツキである、と一人のクレタ島人が言った」というあれである。このパラドクスは言語を形式論的に扱うからパラドクスなのであって、実際にクレタ島へ船で上陸し、そこで現地人から「クレタ島人はみんなウソツキだから気をつけなさい」と言われた場面を想像してみるならば、言われた本人はパラドクスなどとは思わず、「そうか、気をつけなきゃ」と思うのが普通だ。
これは「何故人を殺してはいけないのか」という問いに対して、論理的にはなかなか答えられないのと事情が同じである。わたしたちは実存論的に、つまり今までの経験として人を殺してはいけないことは知っているからだ。
本書を通読してみて、現象学的な思考方法にとって一番重要だと思ったのは、この「経験」だった。つまり、現象学的な「本質観取」はある程度人間社会や哲学や思想や生活感覚における経験が必要だからである。未熟な人間が行った本質観取など何の価値もないことが多い。もし経験も無しに誰もが納得する本質観取ができたのならそれは天才ということになるだろうし、10代で現象学の意義を理解できたら神童である。
言いかえると、ある程度のさまざまな経験や修練を積まないと、現象学そのものの意義について納得する素地が出来上がっていないことになる。つまり現象学的思考法とは成熟した人間がめぐりめぐって手にする哲学なのだと言えそうだ。「かわいい子には現象学を手に取らせる前に旅をさせよ」というわけである。笑。