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さぁ~て、今度は故国でいろいろつぶやいてみるか! ダメダメ商社マンのBlog録
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2005/07/26のBlog
その1はこちら

では、どうやって彼らはイングリッシュネームをつけてるのか?
中国人や香港人などにいろいろ聞いたところ、大きく分けて2種類あります。

1.自己申告

要は勝手に自分でイングリッシュネームをつけることです。
別に規制する法律があるわけでもなく、名前はいたって勝手につけることができます。
中国の某所に住む張さんが、
「私は今日からジェニファーよ♪」
と思えば、張さんはその時から
「ジェニファー・チャン」
になるってわけです(笑

本当につけるのは勝手気ままなのですが、
中には美しい名前の人もいたりします。
留学時代、うちの大学は中国の大学の留学生科にしては珍しく、
午後の選択科目に英語があったのですが、
その英語の先生のイングリッシュネームが、
「リリー・イン」
という名前の、美人で綺麗な先生でした。
「リリー」はアルファベットで書くと"Lily"、つまり花の「ユリ」という意味なのですが、
そのリリーはどこから来たのかというと、
彼女の中国語名(というか本名やね)は
「殷莉莉」
といい、中国語がわかる方ならもうおわかりやと思いますが、
名前の「莉莉」は「リーリー」と発音します。
もうわかりましたよね?彼女の名前の「リーリー」とユリのLilyを掛け、
Lilyやと女の子っぽい名前やし良い感じ♪ということで自分でつけたんだそうな。
彼女目当てで英語の授業に参加してた男が95%というくらい、
彼女は美人やったので、それとLilyが妙に似合ってて、
今までのイングリッシュネームの傑作の一つです。

また、同じ時期、学校が休みに入って留学生はたちまちヒマになり、
かといってやることもないので、ヒマな日本人留学生同士で、

「どうせヒマやし、イングリッシュネームでもつけるか」

とまあ、自分のイングリッシュネームを考えて発表会を開くことになりました。
(ヒマ人やなって言わないで下さいね。ホンマにヒマでしたから)
各自おのおの、ホンマに適当かつ勝手気ままにイングリッシュネームをつけ、
披露しては各人のイングリッシュネームを批評するという、
絶好の暇つぶしなことをしていました。
しかしこれがなかなか好評で、日本人留学生の間で一時期イングリッシュネームをつけるのが流行ってました。
ちなみに、俺もいちおうイングリッシュネームはあります。
でもここでは恥ずかしいので、直接会うことがあれば言います。
いちおうプライベート用名刺には書いてあるんで!?
俺のイングリッシュネーム、日本人には不評なんですが、
欧米人や華僑にはいたって好評で、
当時の友達や知り合いには今でもイングリッシュネームで呼ばれます。
冗談半分でつけた名前なのに、少しだけ一人歩きしつつあります・・・。

こうやって、イングリッシュネームってすぐに作れるのです(笑

2.先生が名づける
中国の場合は英語の授業が始まる時、香港やと英語系の学校に入ると、
学校(英語)の先生が、

「あなたはリチャードね」
「某歌手に似てるね。だからあなたはマライヤ」
「う~ん、あなたってトムっぽいからトムね」

というような感じで児童、または生徒一人ずつに、たぶん先生の気まぐれでイングリッシュネームが割り振りされます。
少し前、中国北部出身のある女の子と偶然知り合ったのですが、
彼女は自己紹介の時、日本語で、
「スノー・チェンです。よろしく♪」
と言ってきたのですが(またネタになりそうなイングリッシュネームだこと)、
欧米人の名前にたぶん「スノー」、つまり雪の"Snow"はないやろうと思います。
気になったので、
「なんでイングリッシュネーム、"Snow"なん?」
と聞いてみたのですが、
彼女の名前の一文字に「雪」が含まれていて、
「あなたは雪ちゃんだからスノーね」
とそんな感じで学校の先生が名づけたそうです。

これならまだ全然いいのですが、中にはけっこう納得がいかないイングリッシュネームを持ってる人もいます。

「ボーン・リー」
という、少し奇妙なイングリッシュネームを持った人と仕事で出会ったことがあるのですが、
名刺を見てみると、ボーンが"Bone"、つまり「骨」なんです。
いちおう雑談の際に由来を聞いてみたのですが、
彼の田舎の実家に面した道の名前が、
「骨街」
というもので、これまた学校の先生がそれにあやまってつけたんだそうな。
どうやら先生が彼から連想するイメージが「骨街」やったんでしょう、
それから彼は、
「ボーン・リー」
として生きていくことになりました。
「骨さんってあなた!?」
って笑って言いましたが、当の本人はけっこう気に入ってるみたいで、
名前を変える気はさらさらないようです。
ビジネスでも、変な名前やけどみんな覚えてくれるのでけっこうお得だよ、
なんてことを言ってましたが、確かにそうかもしれまへん(笑

また、留学時代に出会った、
「アップル」
さんという女の子もいました。
もちろん「リンゴ」の"Apple"のことですが、
彼女の実家がリンゴ農家だからというのが起源なんですが、
当時の学校の同級生のほとんどがリンゴ農家で、
先生は面倒くさかったのか「アップル」を乱発してしまったらしく、
彼女が覚えているだけでも「アップル」さんが10人以上いたということです(笑
「アップル・ワン」
とかって少しおかしいような気もしますが、女の子にはけっこう似合う名前かもしれませんね。

しかし、こういう名前の付け方、明治時代に苗字がつくようになった時、
「あんたは山の下に住んでるから『山下』ね」
「田んぼの中に住んでるから『田中』」
というつけ方と似通っているような気がしますね。
たかがイングリッシュネームっても実に多種多様、こういう名前の付け方って、意外にアジア的なんかもしれませんね。

みなさんもイングリッシュネーム、つけてみます?
最初は恥ずかしさでけっこう抵抗感がありますが、つけ方に制限などないので、
勝手気ままにつけてみて、気に入らなかったら改名すればいいわけです。
もちろん役所に届けなど全くいりまへん(笑
冗談半分でも、
「私、クリスティーン・林よ♪」
「俺はシュワルツネッガーが好きやからアーノルドだ」
という風につけてみると、もう一つの新しい自分が生まれたような気がしますよ!?
「「ジャッキー・チェン」
「ケリー・チャン」
「アンディー・ラウ」

など、中国語圏の人たちには本名の他に、
イングリッシュネーム
というものを持っている人がかなりの人数いたりします。
これは、香港を除いたらインフォーマルな名前なのですが、
自己紹介とかにも平気で使ったりします。
近代以前の中国人男性には当たり前のようについていた「字(あざな)」のような感じで使われているような感じがします。
香港人を始めとして、中国人た台湾人を紹介された時、

「陳大虎と言います。ロバートって呼んで下さい」

ってな感じで言われて面食らった人っていたと思います。
「陳大虎」のどこがどうしたら「ロバート」になんねん、おい!?
と思うかもしれませんが、
それは追々説明していきますので、ちょっと待って下さいね。

このイングリッシュネーム、アメリカなどの華僑はさておいて、
イギリスの統治下にあった香港での習慣です。
香港は元々アヘン戦争で勝利したイギリスが、中国から99年レンタルで借りた租借地なのですが、
(元々は香港島永久割譲で、後に九龍地区などを99年レンタルしました。そのレンタル期限が1997年やったのです。
租借地は、上海などであった「租界」とは厳密には少し違うものです。
植民地とも違うのですが、期限付き植民地って解釈してもいいでしょう)
イギリスであった間にイギリスの習慣・文化が否応なしに香港に注入され、
それが中国の習慣とハイブリッドして、
中国本土とはまた違った香港独特の習慣が生まれました。
租借地、―事実上の植民地―という性質上、住民は欧米人との接触を余儀なくされ、
香港が国際金融都市に、世界でも有数のフリーポート(関税かかからない自由貿易港)に、
そして世界中の観光客が訪れる国際観光都市になるにつれて、
彼らとの間に文化的摩擦が生じるようになりました。
その一つが名前です。

香港人が普段しゃべる言語は英語・・・ではなく中国語です。
それも、中国語といっても広東語という中国広東省で使われる方言を普段使用しています。
広東語は、我々が「中国語」という言語のベースである北京方言とは、
広い意味では同じ「中国語」なのですが、その違いは聞いたらすぐわかります。
香港で「中国語」をしゃべって全く通じず、
「香港は中国人ちゃうんか!?中国語ちゃうんか!?」
と怒り狂ってた方を数人見たことがありますが、
そういう人たちは自分の勉強不足を露呈してるだけで同情はできまへん。
広東語に関しては、詳しいことは以前のBlog、
こちらに書いてるので詳細は省略しますが、
「中国語」と広東語の違いは、英語とフランス語というレベルではなく、
イタリア語やスペイン語くらいの違いはあるでしょう。
少なくても、俺は広東語や中国の方言に興味がある人にはそう言ってます。
そりゃ、「イタリア人」に「英語」でしゃべりかけても反応は鈍いはずです。

なので、「中国語」と広東語では発音もかなり違うところがあり、
外国人どころか広東人以外の中国人が聞いても「???」な難解言語でもあります。
もちろん、上海人が広東語を理解できるか、まずできません。
それでも、発音に関しては北京語よりは簡単やとは思いますけどね。
仮に、名前が「ツァン・ソイキッ(陳水吉)」という人がいたとすると、
自己紹介して相手が
「ツ、ツァン・・・ソイ・・・???」
と言いにくいと、何かビジネスに支障が出てしまいそうですね。
そこで、主にビジネス相手である外国人に対して、
「わかりやすく」
「発音しやすく」
「覚えやすく」

をモットーに使い始めたのがイングリッシュネームというわけです。
恐らく在外華僑の名前をヒントにしたとは思いますが、
こうやってビジネス上ではイングリッシュネームを使用することになりました。

しばらくこれは香港独特の文化として、香港人だけしか使っていなかったのですが、
それがいつの間にか台湾に伝わり、台湾人も便利なのか使い始め、
最近中国大陸には急速に広がり始めたというわけです。
今や外国人と接する中国人は、ほとんどイングリッシュネームを持っているといっても言いすぎやないでしょう。
中国人(ここでは香港人・台湾人も含む)と名刺交換をすると、
裏の英語名の欄に、

"SAMMY WANG"

とか書いているはずです。
つまり、この人のイングリッシュネームは、
「サミー・ワン(王)」
というわけなのです。

何か長くなるので、二つに分けつつコーヒーブレイク。
お次は、
「どうやってイングリッシュネームをつけるのか」
を説明していきます。
[ 19:20 ] [ 数行消息 パルプンテ1行日記 ]
会社の近くで、ユダヤ人の露店商が大きな露店を構えていた。
頭の上にキパという小さな帽子をかぶっているので、
わかる人はそれでユダヤ人と一目でわかる。
非常に大きなバッグに商品と最低限の衣食住の装備、
そして小さな財産と大きな夢も入っていることであろう。
昔のユダヤ人も、こうやって各地を彷徨いながら、
神に約束された土地を目指していたのであろうか。

こういったユダヤ人は世界中を旅しながら、何かを求めて歩いている。
さしずめ、「寅さん」の世界版のようなものか。

彼らは2日間簡単な店を構えていたが、
今日行ってみると、彼らの姿はなかった。
またどこかへ行ってしまったのであろうか。
[ 12:54 ] [ モブログでんねん ]
日本一長い商店街、天神橋筋商店街です。ある意味隠れた大阪の名所かもしれません。
大阪パワーがこの商店街に集まってるって言ってもいいくらいで、全国各地の商店街が郊外型スーパーなどに押されて苦戦を強いられる中、ここはいつも人でいっぱいであります。ホンマ時には歩けないくらいなんですわ。
大阪に来た際にはここに立ち寄って大阪人ウォッチングもおもろいと思います。
また、天神橋筋六丁目、通称『天六』には大阪暮らしの今昔館というところもあります。毎日前を通ってるくせにまだ行ったことないんですけどね。
[ 00:17 ] [ 故国でのつぶやき ]
今日は、帰ったら読書、ドライブは休みと決めてたので、
Blogの更新はいつもと違ってかなり鈍めなんですが、
この時間になって更新しようとすると、やっぱり重いんですよね。

5月~6月にかけてBlogの更新をやめてた時に、
6月に久しぶりに更新をして勢いで二の次三の次と更新しようと思った俺に思わぬ敵が。
それが「重い」ということです。
1ヶ月も更新してないと、夜の時間帯は重いことを忘れていて、
この重さには慣れたはずなのに、久しぶりにやると余計に重く感じました。

まあ去年の脱退者続出の超激重の頃よりは全然マシなんですが、
やっぱり半分ボランティアのこの事業、予算が限られているのでそうそう改善というわけにもいかないのでしょう。

でも、
「Doblog重いぞ!」
とばかりに勢い良く出て行ったものの、やはり他のBlogサイトも大なり小なり重いみたいで、
特にYahoo!ブログの重さは体感重力はどぶろぐタン以上の時があり、
不快指数が一気に跳ね上がってしまう時がありますね。
俺はいくら重くてもどぶろぐタンの横の繋がりの貴重さに気づいて、
しばらくはここを離れるつもりはありませんが、
新しくBlogに参加された方も、ここが重いことに早急は決断をせず、
(いやまあ、確かに重いんですけどねw)
「Doblog村」の居心地の良さを味わって欲しいものです。
他のBlogサイトでは恐らく経験できない横の繋がりやと思います。
今やから言いますが、いくら編集部に直訴しても一向に良くならないどぶろぐタン事情に愛想をつかして、
実は移転を前提としていろんなBlogに試験場というか避難所というか、
とりあえずBlogを作っていて使い心地なんかを試していました。
(けっこう派手にやってたので、知ってる人は知ってるでしょうw)
その結果は、
「やっぱここ(Doblog)がいい」
ということで落ち着いたのですが、
やはりどこのBlogにも一長一短があり、どぶろぐタンは重いことを除けばすべて許容できる範囲にあることの他、
やっぱりこの他のDobloggerの方との交流があるから、という結論です。
しかし、なんでどぶろぐタンだけこういう和気藹々としたつながりがあるのかはわかりませんが、
「訪問者リスト」がそうさせてるのかもしれませんね。

重い重いはもう当たり前、怒ってるうちはまだアマチャン。
どぶろぐタンの「プロ」になるとそれをネタにしてBlogを更新してしまいます(笑
(↑ある種自嘲をこめた皮肉です。編集部の皆さん見てます?w)

みなさん、暖かい目を以ってのんびりBlogを楽しみましょうね。

そして、古参Dobloggerにはおなじみの
ブログおそおそランキング
最新の7月15日のランキングが発表されています。
我らがどぶろぐタンは7位とまずまず健闘しております。
多くは望みません、これで十分ですからこれ以上遅くならないで下さいねm(__)m
Blog歴が浅い方は、「ブログおそおそランキング」の他にもいろいろ興味を惹かれるこのBlogを見てみて下さい。いろいろ勉強になるはずです。
少なくても、どぶろぐタンを離れたくなることは確かですが(笑

全然関係ない話ですが、台風が関東近辺に近づきつつあります。
関東近辺の皆さん、明日はくれぐれも注意して下さいね。
2005/07/25のBlog
[ 19:44 ] [ 故国でのつぶやき ]
今日は月1回の楽しみ、給料日やったんですが、
給料明細をよーく見るとなんか額が増えてるような。
よーく見ると、定期代が入ってるので額が多かったんでした(笑
(うちの会社は定期代半年分を一気に支給なのです)

でも、社内掲示板の連絡事項を何気に見てると、
「昇給のお知らせ」という内容のものがありました。
そう、年に1回の昇給がこの時期なのです。
「まあ、俺には縁はないやろう」
と思いつつもやっぱり気になってしまいます。
そして、明細書をもう一回1項目ずつよ~~~く見てみると、
なんか目新しい項目に見たことがない5ケタの数字が!
なんとビックリ!他人事と思ってた昇給、俺も該当してたんですね~。
肝心の額自体はビックリするほど上がってはいませんが、
給料が上がったというだけでもありがたや~って感じです(-人-)
2ヶ月休職してたのに、ボーナスももらえて昇給もあり、
今日は目の前で天神祭りもやっててウキウキの1日で、
仕事も断然気合が入りました。
普段は気合入ってへんのか?ってツッコミはなしですよ。
この昇給のおかげで、車のローンの支払いも少しは楽になりそうです。

で、今日は親が何故かラーメンをおごってやるというので、
1ギガ光ファイバーのように超高速で家に帰ってきたのですが、
帰ってみると家の中は真っ暗闇・・・。
そして親の車もない・・・・。(プリウスが寂しそうにポツンとありました)
どうやら俺をほったらかして、二人でラーメンを食べに行ったようです(笑

仕方ない、俺はどっかでゴージャスに、
吉野家 焼肉定食 大盛り
でも食べてきます_| ̄|○
今日は学校も休みで子供たちも思いっきり祭を楽しめそうですね(^O^)/
もちろん俺は仕事です(涙
今日は大阪最大の祭り、天神祭でございます。
仕事場がまさに近くなんで今日は1日お祭り騒ぎ。ちょっと写真に撮ってみました。
2005/07/24のBlog
3連休に東京に行った時に、東京or関東近辺で、
簡易でもいいから仮眠できる設備があって、
更に夜更けまで営業してる施設を探していたのですが、
2ヶ所そういう場所が見つかりました。
そのうちの一つが今回紹介する、

東京・湯河原温泉 万葉の湯

です。
(URLはこちら

東京の町田というところにあり、東名高速道路の横浜町田インター出口すぐにあります。
東京から来ると、ナビが、
「神奈川県に入りました」
「東京都に入りました」
と連続して言ってくれるのでうるさいですが、けっこう東京都と神奈川県が交錯してる所にあるんですかね?
まあそれはいいとして、ここは神奈川県の湯河原というところの温泉のお湯をタンクローリーで1日3往復して運んでるということで、
東京で湯河原のお湯が味わえる、という触れ込みなんだそうな。

フロントで靴のカギを預け、タオルや浴衣などのセットをもらい、
料金を先に払っていざ風呂場へ。
(料金は、大人2400円、子供1240円。
深夜3時を過ぎると深夜料金を別に徴収され、
大人1570円、子供940円です。深夜料金を払うと朝のドリンクが無料になります)
着いたのが1時半過ぎで半分寝ぼけてたので、画像は撮り忘れたのですが、
建物自体は純和風、温泉旅館を意識したインテリアって感じで、
確かにピカピカの新築温泉旅館にでも迷い込んだかな?
というような雰囲気です。

で、風呂場はこれといったオリジナリティにあふれる風呂というのはなく、
露天風呂はあるものの、大浴場が二つ+サウナがあるだけといういたってシンプルなもの。
お湯も消毒の塩素の匂いが鼻にツンときて、
「ホンマに湯河原から汲んでるの?」
と言わざるを得ない感じです。
高い料金を払ってるんやから、もうちょっとバラエティに溢れた風呂を期待してたんですがね・・・。
でも広さは十分にあり、そこそこ人がいても狭さを感じません。
タオルなどがすべて支給、カミソリまで使い捨てのものを自由に使えるので、
完全手ぶらでも全然大丈夫というのが助かります。
また、スーパー銭湯なら有料のドライヤーなどがすべて無料、洗面所には整髪剤もあります。

いちおう、ここの温泉の基本データを下記しておきます。
源泉名:湯河原温泉(源泉名 万葉の湯) 湯河原 第183号
揚湯量:毎分 65リットル
泉質:ナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩泉 弱アルカリ性/低張性 高温泉
源泉の温度:69.2℃
適応症:神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、運動麻痺、関節のこわばり、うちみ、くじき、慢性消化器病、痔疾、冷え症、病後回復期、疲労回復、健康増進、きりきず、やけど、慢性皮膚病、虚弱児童、慢性婦人病、動脈硬化症


ここは温泉だけでなくお泊りも可で、いちばん安い部屋で6000円くらいで泊まれたはずです。
恐らく、高速道路の出口にあるという地理柄、家族連れのしばしのお泊りに使われるんでしょうか。
あと、ここは無料でネットが使えます。
2台パソコンがあり、ネットは自由でできる上、時間制限もなし。
平日は3:00までですが、温泉でサッパリした後はネットでメール、
これは21世紀の温泉の愉しみ方なのかもしれません。
ゲームセンターより今はこっちの方がウケるでしょうねー。

また、ここには仮眠室がありますが、
客が多いときには大宴会場も仮眠室になります。
布団はかなりふっくらしていて、疲れてた体を休めるには最適です。
俺も疲れてたせいか、布団に入って数十秒で意識がなくなりました。
大宴会場なので、少し冷房の効きが悪いのが玉に瑕ですが、
広い部屋に複数の人たちと寝る、まるで修学旅行や放浪してた時のドミトリーを思い出しました。

ここはどちらかというと車で来た方がいいとは思います。
ICの近くだけあって交通の便はいいとは言い難く、シャトルバスはあるものの、
そんなに便数も多いとは言えないので、
サクっと車で来るのがベストでしょう。
ちなみに駐車場代は5時間までは無料で、別に深夜料金を払うと閉館(9:00)まで無料です。

というわけで、独断と偏見で斬るここの温泉の評価は以下の通り。
温泉やスーパー銭湯周りは引き続き行うので、
他に「こんな項目を増やしてくれ」というものがあれば、
コメントをよろしくお願いします。
■料金:★ (高いっちゅーねん)
■風呂:★★★ (娯楽としての風呂が楽しめない。少し工夫が必要か。しかし広さは合格)
■お湯:★★ (塩素臭い。もう少し温泉らしいクセが欲しい)
■脱衣場:★★ (狭いよ~~)
■清潔さ:★★★★★ 
■雰囲気:★★★★★ (温泉旅館に紛れ込んだ感じです)
■混み様:★★★ (時間帯の割には混んでました)
■食堂:★★★★ (朝の和食バイキング、いいかも)
■その他施設:★★★★★ (無料ネットと仮眠室は最高。お泊りも可)

■総合評価:★★★


なお、横浜のみなとみらいにここの支店があるので、
横浜の海を見ながら温泉もできたりします。
[ 19:00 ] [ プリウス解体新書 ]
今日の大阪は36℃だそうで、もう夏真っ盛りですね。

本日は定期検診の日でした。っても俺ではありません。
中古で購入した車の定期検診でございます。
買って2ヶ月目なので、業者から定期検診のお知らせのハガキが届き、
どうせタダなので診てもらいに行きました。
まだ納車2ヶ月目なんで特にどこがガタついてるというわけではないと思いますけどね。
これで、
「う~ん、エンジンがおかしいですね」
って言われたら号泣です(笑

あらかじめ予約をしておいたので、業者に行って名前を言うだけで早速作業開始。
作業予定時間は30分~1時間とのことなので、
西日本最大の大きさを誇るというこのショールームをブラブラ見学してみました。
1500台くらいあるという中古車がずらりと並んでいて、
今日は休日ということもあって、車を見に来た人でいっぱい、
彼らは目が違います(笑 なんか数ヶ月前の俺も同じ目でプリちゃんを見てたんやなーと思うと、
少し自分が滑稽に思えてきました。
しかし、車は安い買い物やないのでそれくらいの目で見ておいた方がいいですね。

少し見学してから、少し疲れたので席に座って車雑誌を見てたのですが、
その雑誌を見ながら、
「プリウスはないかな~?」
と探してたところ、けっこう載ってるもので、2004年の雑誌ながら欲しい車ナンバー1に輝いていました。
でも、実際の売れ行きとは全然違うのは何ゆえ?(笑

中でも面白かったのが、別メーカーの似たような車種の徹底比較で、
さすがにライバルなしのプリウスはないやろなーと思って見てたのですが、
ちゃんとあったりしました。
しかし、比べる対象が、
インサイト(重量が2割違うので比較対象にならんと思う)
でもなく、
シビックハイブリッド(旧型プリウスとなら十分比較対象)
でもなく、
レガシィB4 2.0R
というのはこれ如何に。
レガシィはハイブリッドカーでも何でもないので全く違う車やとは思いますが、
雑誌にも、
「少々無謀ですが」
と吹き出しに小さく書いてあったのでまあいいか。
ものすごく細かい項目に分かれていたので細かいことまでは覚えてませんが、
★走り: ◎レガシィ ●プリウス (比べる自体無謀やん)
★内装: ○レガシィ ●プリウス (プリウス、内装はチャチいもんね)
★瞬間加速: △レガシィ △プリウス (ほぼ同体なんだそうな)
★トランクスペース: ●レガシィ ○プリウス 
★燃費・無給油距離: ●レガシィ ◎プリウス (そりゃそうやわ)
★運転の汎用性: ●レガシィ ○プリウス (これはうちはマケナイbyプリウス)
★オプションの多さ:○レガシィ ●プリウス (レガシィが多いんやなくて、プリウスが少なすぎ)

(あとは忘れてしまいました)


Doblogのレガシィオーナーといえば越後屋ポン太さんを思い浮かべますが、
是非越後屋さんにもこの比較表を見てもらいたいものです。
(雑誌の比較表のコピー取っておけばよかったな~)

で、あれこれヒマを潰してると点検終了とあいなりました。
検診結果は全部シロ、いたって異常なしとのことです。
でも一つ疑問が。
「あの~、エンジンオイル交換はええんかいな?」
と聞いてみましたが、現時点で交換の必要は全くないそうです。
しかし、1万キロ近く走ったら、普通はエンジンオイルを交換しないといけないはず。
オヤジも交換しろとうるさいし、携帯に登録してる、
e燃費というサイトでも、
「とっととエンジンオイル交換せんかいアホんだら」
というメールが来てたので、
まだ交換不要とは少しおかしいのですが、整備士さんいわく、
「あと1万キロはオーバーですが、数千キロは軽くもちそうですよ」
とのこと。

ここで思い出したのが、以前の関西ミニオフで言ってたことです。
親子で参加のtrumpさんのお父さんが以前11型プリウスに乗ってて、20数万キロ走って廃車にする際、エンジンブレーキの器具(名前忘れました)がほとんど擦れてないとのことで、
よく考えれば、プリウスは普段は回生ブレーキを使ってエンジンブレーキって停止寸前+急ブレーキにしか使わないために、
寿命が長いのねん、なるへそな~と思った次第なんですが、
エンジンオイルもそういう意味で普通の車よりかなり持つみたいですな。
車にかけてはプロ中のプロの整備士さんも、
「プリウスは普通の車やないですからね~(汗 普通ならとっくに交換ですよ」
と言ってたくらい特殊な例なんだそうな。
プリウス恐るべし、燃費と加速力だけやないのねん。
こういう細かいところのコストパフォーマンスも宣伝してもいいんやないですかね?

というわけで検診結果は全部シロとわかったので、
記念にまた走ってきました(笑
~おまけ画像 その1~

帰りにフラフラドライブしてた時に見つけた1枚です。

「家出病院」

とは、なんか病院というより駆け込み寺のような感じがしますね。
~おまけ画像その2~
帰りにばったり旧型プリウスとバッティングしたので、
少しストーキングしてみました(笑

前の車の主は、なんで後ろのプリウスはついてくるんだ?
と不思議に思ったでしょうが、行く方向が同じなんで仕方ありまへん。
[ 12:21 ] [ 大阪の郊外で旅を語る ]
浦江飯店 一泊目はこちら

ここで、浦江飯店の歴史を少し書いておきます。
浦江飯店は元々1846年(清.道光二十六年。日本は江戸時代末期) に建てられたホテルで、
1857年に現在の場所に移動しました。
名前は礼査飯店(RICHARDS HOTEL)で、名前の通りリチャードというイギリス人が建てたホテルと言われています。
1907年、ヴィクトリア・バロック建築の壮大な建物に建て替えられました。
すなわち現在にも残る浦江飯店の建物です。あの建物は、あと2年で築100年なのです。
また、上海で最も早く電話が開通したところでもあり、記念すべき電話番号は"200"だったと言います。
また、各国国家元首や有名人が泊まるホテルとしても有名で、
アインシュタイン(1922年)やチャプリン(1931年&1936年)なども宿泊者名簿に残っています。

今でこそドミトリー中心の安宿として名を馳せていましたが、昔は上海でも1・2を争う高級ホテルでした。
それは、今は亡きドミトリーに泊まればわかったものでした。
ドミトリーはだいたい5~8人部屋、その数だけのベッドが部屋に並んでいたのですが、
それでもまだ余裕があるこの部屋、元々はシングルやダブルやったと思うと、
当時のホテルの高級さを垣間見ることができました。
また、老朽化が激しかったとはいっても、ただボロいというだけではなく、
何か威厳というか、築100年近くの余裕さえ感じた部屋でもありました。
部屋の隅にまで施された細かい装飾、天井が高くて広々とした廊下など、ここが元高級ホテルとわかって泊まってた貧乏旅行者は何人いたでしょうか?

この浦江飯店、日本とも全く無縁ではありません。
日中戦争・太平洋戦争の最中には日本軍の将校クラブとなり、
日本軍の高級将校や貴婦人たちが、
戦争をしばし忘れて社交を楽しむ激動の時代もありました。
(これについては、こちらで少し触れています)
また、この浦江飯店、その昔日本人租界と呼ばれていたオールドシャンハイの日本人居留地区の入り口に建てられ、
船で日本からやってきた当時の、野心と希望を胸に抱いた日本人たちは、
この大きいホテルを目にして、さぞかしビックリしたことでしょう。
なので、このホテルの裏、方向で言えば北側には、今でもかつての同胞たちが暮らしていた跡が数多く残っています。
これについては、
●租界散歩1 日本人の足跡を訪ねて 第一章~第六章
に詳しく・・・でもないですが書いているので、興味があればどうぞ。

では、何故このような高級ホテルが、貧乏旅行者御用達のホテルになったのか?
いつからかは知りませんが、戦後に中国政府に接収され、「浦江飯店」と改称したホテル、いつの間にかドミトリーという多人数部屋が作られ、
大人数(最低4人)と一緒の部屋で寝泊りする部屋なので部屋代は安く、
ほんの5~6年前まで上海唯一のドミトリーを備え、上海で一番安いホテルとして世界中の旅人に知られる存在となり、
上海に船で、飛行機で、そして陸路で着いた旅人たちが真っ先に向かう先、
それが浦江飯店でした。
またドミトリー設置の安宿という特殊性もあって、世界中の旅人が集まる旅行サロン的な存在として存在感がありました。
中国だけでなく世界各地の、本やインターネットでは知りえない旅行情報がここに集まり、
これから中国各地へ散る者、そして散ってこれから祖国へ帰る者が合流し、
ここで情報交換をしていました。
ドミトリーで、もしくは近くの安食堂で酒を交わしながら、
時間も忘れて楽しい旅話に花を咲かせていたあの頃は、ドミトリーがなくなった今はもう伝説であり、古き良き昔話になってしまいました。
そこで培った友情や愛情もたくさんあり、旅人にとっての上海でのホームタウンのような場所だったと言えます。
俺もここで半月ばかしドミトリーに泊まり、行き交う旅好きの人たちと一期一会の交流を楽しんだ経験があるのですが、
そこで会った人たちとは今でも交流しており、今は会えることはあまりありませんが、
ドミトリーでワイワイやっていた仲間とメールのやりとりをしてたりします。
ホテルの入り口の前の道の端で座り、夏に出る屋台のオヤジが売ってるシシカバブにかじりつきながら、
旅について、恋愛について、そして人生について夜毎語り合い、
かつて数万人の日本人が住んでいたと言われる、オールドシャンハイの面影がかなり残る裏通りの住宅街を散策したりと、
ここでの思い出を書けばキリがありません。

三泊目に続く。
[ 10:45 ] [ 数行消息 パルプンテ1行日記 ]
リービ英雄というアメリカ人の作家がいる。
彼はアメリカ人ながら日本語で小説を書き、日本語で表現しようと努力をしている。
それ故日本語の運用能力は素晴らしいものがあるのだが、
彼の面白い観点は、現代日本語で表現できない所があると、
古典から引き出してしまうというところである。
日本の古典はとても語彙が豊富だと彼は言う。
万葉集の研究者でもある彼はまた、万葉集には世界的な普遍性があるとも言う。
日本語は奈良時代には国際性豊かなものになり、だんだんと閉鎖的になってきて語彙が少なくなってきたのかもしれない。
彼は、ボキャ貧対策には「日本語を読め」という。
しかしただ読むだけではない。読んで感じて使うことによって、
はじめて自分の血となり骨となると彼は言う。
そのためには、外国人の観点で日本語を見つめてみる必要があると思うが、そういう観点から日本語を見てみると、
必ず自分が知りえなかった日本語が見えてくるであろう。