ニックネーム:   パスワード:
| MyDoblogトップ | Doblogポータル | Doblogガイド | ユーザ登録 | 使い方 | よくある質問 | ツールバー | サポート |
※ poco a poco ※ たぶんあしたもあさってもずーっと(謎)
Blog
[ 総Blog数:611件 ] [ このMyDoblogをブックマークする ] [ RSS0.91   RSS1.0   RSS2.0 ] [ ATOM ]
前のページ   |   次のページ
2008/07/30のBlog
舟越桂の個展は、たしか現代美術館に数年前に出かけた記憶。かなりの作品を展示していて非常に充実していたと思う。広いスペースをたっぷりと使って、無機質な白い壁をバックに点々と置かれた展示は、くるりと彫刻の周りを一周できる贅沢な眺め。

庭園美術館のあの住宅的なスペースに、どうやって納めて魅せるのか?と疑問に思っていた。作家本人も、今回の展示場所と自分の作品は合わないかもしれないと思っていたそうだ。。。なんともそんな不安はよそに、彫刻たちはすっぽりと馴染んでまるで何事もなかったかのよう最初からそこにたたずんでしっくり収まっていた。

西村画廊でのこのごろの新作展示を見た方の辛口感なwebsiteでのレビューが脳裏にあり、私自身実際に初めてみるスフィンクスのシリーズは、ちょいとびっくりなところが正直。以前のクラシカルで誠実な創りから、どんどん何か新しい方向を探してチャレンジしている模様。これは進化なのかな?

ん~ぅん・・・好みが別れるところでもあるかも知れない。

印象的なところは、両性具有、女性でもあり男性でもある特徴を備えた裸婦(夫?)であること。今までに無い色使い、ターコイズブルーで着色された像は、以前の懐かしいようなほっとするような、落ち着いた透明感のある表情から一変して、エネルギーがこもっていて動き出しそう。作品によっては初めてみる表情は顰め面、また伸びにのびた首が、もう既に人というようりも首の長い野生的なものを象徴、もはや高みの存在。浮遊する彫刻(といってもこれは現物を見ないと意味が全くわからないけれども)今までどちらかといえば、静か動か?とみた場合、間違いなく”静”当てはまると思えた作風が、”動”になり歩みだし押し寄せてくる。間違いなく力強くなっている。
展示に際し、ライティングにデザイナーが加わったことで、ますます作品と展示室双方が際立ち、作家本人が言うように、彫刻が一層なまめかしい表情で語りかけてくる。

作品をみながらクスっと、あるいはほんのりと微笑むお客さんの表情をさりげなく盗み見るのは、なんとも良い気分なもの。展示を見ながら、それを見ている人の表情も眺めるのが実は密かに好きなのだ。アンタ作品見てないで一体ナニ見てるんだよって言われそうだ(笑

ちょうどタイミング良く作家本人と美術館の副館長の講演がある日に出かけ、講演中心に考えていたので、展示はやや早足で流し見な感じだったけれども講演後の展示会場は混み合い過ぎていて、なんだか別な空間になっちゃったみたいだった。ゆっくり人ごみの中で見るよりも、駆け足でもいいから。。。がらんとした空間をなんとか堪能してもらいたいとちょっとだけ思う。これから見に行く方がいたら是非そうお勧めする。

舟越さんは、やっぱり職人な感じの漂うひとで、気取りがなく気さくな方に御見受けしました。舟越さんの話を聞こうと集まった方々が作品を見て感じ、受け止めたことが案外作家本人の意図よりも深いところを見ていたりする質問も飛び出したりして面白かった。

作品製作過程のお話も頂いたのですが、頭部と胴体を接着するのに、汚れ除け用にさらしを巻き付けタイヤチューブのような平たい黒いゴムでグルグルに固定されている出来上がる直前の写真は興味深かった。不思議と人型のものが白い布を巻かれ縛られているのは、何とも痛々しく見えてしまう。製作の様子をもっと見聞きしたかったけれども、欲張りな私の本音を言えば仕事場見て見たい・・・なぁ~ってゼッタイ無理だけどなぁ~。

写真は庭園美術館のサイトから拝借
2008/07/25のBlog
写真がへたくそすぎてものすごく萎えているんですが・・・
上手にとる方法を誰かに伝授いただけたらとかなんとか思ってみたりするんですよ。

コレ・・・たとえばさ~ネットで売り物で見たとしても、実際買う気おきませんよな・・・・ひどすぎ。ちっ。

勘弁して大目にみてください。

なんだかオレンジ色にもあめ色にも、スイカみたいな色にも見える、この石はサンストーンといいます。これも去年ネパールで買ったのですが、どうでもいい値段だったと思います。カットもどうでもいいカットですが・・・こんなんでも一応宝石屋でグラム売りしてくれたものです。石枠を取らずにすっきりしたデザインに仕上げてみましたが、あまり強度はないかもしれません。裏板と気休めの押さえの小さな立上げと周りの模様で抑えてあります。ビミョウにボンド留めですが十分です(笑)

この透かし模様の唐草状態の細工を平戸と呼びます。細い板を何本も切り出して、側面の見せる部分を専用のギザギザに削り取るヤスリで削りだしていきます。高さをそろえて仕上げていかないと非常に出来栄えが悪く見えてしまうのと、せっかく頑張って綺麗に仕上がったと満足してみても・・・・裏面がピカピカで平らに唐草浮き出ているほうが美しく見えてしまうのが悲しすぎる。

今回のチョーカーは市販品を使わず丸線で手作りです。
ペンダントトップの部分を取り外しできるように調整してあるので他の物にも使えるようにしてあります。今はホントに銀の値段がたかくて、工房で軽い気持ちで材料をバンバン買えないです。工具箱に眠っていた材料を生かしたところの自己満足すねぇw
なにはともあれ、ガソリンもそうですけど、金属の値段が下がってほしいと思うわけです。うむ。

本体サイズ
Silver 925
7.3mm外枠2mm角線
直径22mm
石・サンストーン7mm角強

金具
silver 925
丸線1.2Ømm
シルバーボール 6mm 4mm
折返25mm(小玉付根)
留金立上5mm(大玉付根)
チョーカー全長42.5mm
2008/07/22のBlog
脳にまつわる書籍を借りた傍らに、なんとも興味をそそる一冊を発見。読み応えのある一冊なんですけど、なんか難しいんですよ・・・・。アマゾンのレビューにはわかりやすく解説!なんて書いてありましたけど、脳の基本構造が解らないととコレ?ケッコウ難しいんじゃないんでしょうかね?前編カラー印刷で写真や参考用の絵画がたくさん紹介してあり、とっても豪華(笑)ともかくは目で見ている事は、脳の中でも色んな細胞が反応して、刺激されて、学習して蓄積して、選別を繰り返しているんだよということなんだと思います。

難しいながらに面白いなぁと感じた部分は、傾き選択性細胞なんて今まで習ったことも聞いたことも無い細胞の話。脳の中には一定の線の傾きというか角度それぞれに反応する細胞があって、直線なのか傾いた線なのかを見分けていくのだそうですよ。同じように正方形や長方形を認識する細胞もあるらし。無意識に長方形も正方形も区別できて、たとえば折り紙を床にばらばらに落としたときに重なったり、傾いたりしたその様子を後ろに隠れた線や面をイメージできたり、床を一枚の絵画と見立てた場合、折り紙の周りの床を余白とられる能力なんかと直結するらしいんですな。逆を言えば、それらに対応する細胞に障害がある場合、線や四角がデザインされた画面を美しいととらえられないあるいは、根本的な直線や線の傾きをとらえられないらしくいのですよ・・・・選別できるのは色だけであったりなんてことに・・・・。これと同じように、色だけに、動くものだけに、あるいは顔の表情についてだけに専門の?仕事をすると言えばよいのか?反応する細胞がたくさんあるらしくです。それでも脳の中の視覚野の全貌はわかっていないようで、謎だらけらしいです。

それにしても、科学的なアプローチとはいえ、作家の美術への深厚をひしひしと感じるのも、哲学者の言葉も絡めて、偉大な画家たちの言葉を随分引用して考察しているのと、美について、真実を描くこと、現実を描くこと、キュビズムやキネティックアート等にも触れ、人と美術の歩みについて、画家たちが何を持って普遍的なものへ挑戦しているのかを踏み込んであります。断片的なものですが、美術史や専門のことを習って来ていない私にはとてもありがたく、これはメモしておこうって思ったものはいつかは学ぶうちに繋がっていくような気がします。てか繋がるようにガンバロウとおもいますけど・・・どうなるかは・・・良く解りませんけどね(笑

改めて思うのは、赤色を赤だ!と感じ、太陽が赤とイメージできるのも、黒が暗いだの怖いだの、丸も四角も、あるいはいびつだなぁと感じるのも、初めての刺激に斬新だナァ~と感情をフィードバックしてくれてきている自分の頭の中の脳の細胞のことを思うと・・・ばかばかしいんだけど、お疲れ様ありがとちゃん・・・とか思ってみるわけで、ある日見えなくなったり、色んなものが認識できなくなるなんて事がありうるんだなぁと思ってみると、日々健康な体に脳に感謝しないとならないですよ。

みなさんも、首をまわしながら、頭の中の細胞にありがとちゃんとつぶやいてみてくださいな。


ハイ(笑
2008/06/27のBlog
[ 00:57 ] [ 平凡な日々 ]
たいそう売れている本らしく、書店で山積みになっていた。ユーモラスな絵に惹かれ手に取ると、関西弁を話す象神様の軽い読みものとすっかり思い込み購入。

布団の上でゴロゴロしながら読み出すとどう考えても成功本、読みすすめても・・・なんだかこれが・・・成功本。読み終わったところでもどうやらそういうわけだよ。

ちょいと笑ってしまった。小説のようなふりして成功本(ぷ

なんかこの本成功本くさいよ!?とつぶやけば、そばにいた旦那に、知らないで買ってきたのかとバカにされた次第(ぷ)ひさしぶりに新品の本を買ったというのに(猫村さんについで)、そのこき下ろし方は如何なものか。。。ちっ。

さくさく読めてしまうので、気難しい成功本に立ち向かうよりはもしかすると成果があるかねぇ?どうだろうか?今まで色んな成功本を投げ出したひとは読んでみたらいいかもしれない。ガネーシャのふざけた関西弁とおよそ神様の素行とは思えないばかばかしさ具合のコンビネーションと主人公の等身大な感性がぐっとひきつける魅力となっているんですぅ。

実践レベルとかなんとかはさておき、自分のことに直結して強く確信した部分としては、大掛かりに成功はそうそうと要らんですし、ささやかに静かに生きていく所存ですから、成功の秘訣というよりも、のろのろと今日よりは明日、おとといよりも昨日、老化に逆らえずとも、たとえば単語のひとつ新しく覚えるにせよ、ロウ付けの腕を上げるにせよ、つつましく程よく積み上げていこうよ~な感じでございますよ。改めるでもなく引き続き、いつも新しいことには挑戦していきたし、好奇心をもって好きなことにいっそう出会い続けて生きたいものですわ。はい。

そうそう、強烈に我が心を引き寄せたガネーシャについて少し語らせていただきたいんですがね、、ネパールを旅したときにガイドさんの語ってくれた神話で、女神なところのガネーシャのおふくろさん(パールヴァティー)が入浴していた時、誰も通すでないぞ!との言いつけをしっかり守り見張りをしていたガネーシャの前に、親父さんであるところのシヴァの神様が戻ってきて、風呂へ通せの通さないのとひと悶着の挙句に、怒りまくったシヴァ神が、ガネーシャの首を切り落としてスッカリどこかへ放りぶん投げてしまい、すぐ後で自分の息子だと知り大慌てで首を捜しに出かけたそうで、なりふりかまわずか、どうだかはしらんけど、森の中を探し回り、最初に出会った象の首をおとして、我が息子の首と据え置いたそうなのだよ。誠に、意味がわからないんだがコレがガネーシャの象頭のエピソードらしく、今も伝えられているご様子。


ま~なんだかんだそういうわけで復習に復習を重ねてウキペディアなんかをカンニングしちゃったりして、こうしてうろ覚えの知識を蓄積して確認していく作業は、また楽しく、日本版ガネーシャなところの歓喜天が奉ってある寺に出向いてみたりしたりとかしちゃおうかしらぁ~?とかとか、ちょっとニヤニヤしているところなのですよ。

成功本もたまには悪くないんだなとか何となく苦笑。
2008/06/23のBlog
5インチフロッピーを使っていた時代をおもったら、もういまどきのバックアップ用のメディアのコンパクト化といったら本当にびっくり、カメラ用のSDカードの容量ももてあまし気味であるのに、2GBだの4GBなんてのがあるのねぇ、すげぇやぁ~~。

うむ。実はですね、PCのデータバックアップ用のUSBは差込口が独特なので区別がつくとしても、とりあえずFDとMDの区別はつくとしても・・・・ じつはカメラのSDカードだの、コンパクトフラッシュだのフラッシュメモリだの?携帯用のにまでに相成ると。。。。何がなんだか?サッパリちっとも区別つかず。
一体なにがちがぁうの~?わからないわぁぁぁぁ~~~?状態だったのは事実です。おばかさんといわれても致し方あるまいw

車のナビにメモリカードの挿入口がついているのには気づいていたのだが、どんなカードを差し込むのかいまいち良くわからないでいた。どんな形式のものがインポートできるのかもマニュアルを読んでいないのでサッパリわからず・・・。

PC用品の傍らに投売りされていたメモリースティックとアダプターのセットを見つけた旦那が、コレがナビの規格に合うはずだというものだから早速購入してみた。マルチカードーリーダ?っていうんだっけか?PCを買うときには良くわからないで旦那にカードリーダーをカスタマイズして注文しろ言われていたのが今になってやっと大活躍。たまには役に立つ夫であーる。


iTunesに入れてあるCDアルバムをmp3というものに書き換えればどうやらコレにバックアップして、ナビのHDDにそのまま落とせるらしいのですよ。おそらくは、ナビの壁紙を変えるべく、画像ファイルも入るような有様なご様子・・・・ まったくっ!ご立派なことですわ~~。


まーわざわざ写真にとったのは、投売り処分にしては何となくアダプターのデザインが気に入っているのと、amazonで買うより格段に安かったのと~やっぱ今日はバックアップ記念日?だからであろうw
しかし、便利な時代になったものだわねぇ・・・・しみじみと思いながら、まだ何一つこのカードに写真の一枚も、一曲たりとも入れていないあたりがご愛嬌w
2008/06/11のBlog
[ 22:33 ] [ 彫金の話 ]
思考4分、製作時間3時間?ってとこでしょうかね?
ぱっと見はブローチに見えるかもしれませんな、太さのちがう甲丸線を組み合わせて、長いこと使い道のきまっていなかった四葉モチーフを配置、葉っぱの中央の丸粒は吹き玉といって、クズ銀を熱して溶かすと、するりと球状になるのです。横幅は5センチに届きませんけれど、見た目より割とグラム数はかさんでいるやもしれません。

タイピンを作りたかったというよりは、付属の金具のつけ方を勉強したかったわけで、かなーり、アカラサマに・・・まぁ・・・・つまり・・・・手抜きのデザイン。

そこのところ。。。。 あまり突っ込まないでくださいまし。

支柱となるパーツを立ち上げてばねを挟み込んで細い軸を差し込んでかしめてからバネが利く角度に調整して押さえを調整していきます。細かい調整は、先生にしてもらったのですが、同時進行で作っているピンがあるのでそれは自力勝負となりそう・・・

まぁ・・・なんというか予行練習・・・的。。。な・・・コレ

側面からの様子です。この金具はワニ口といって、ネクタイピン用なのですが、ジャケットのポケットや襟に挟んでブローチ風に楽しんだり、帽子のつばの押さえやリボンにさくっとさしたり、トートバックの縁にも、内ポケットにも、アイデア次第で色んな用途に使えるはずです。今考えてるのは、髪の毛をダーバンでまとめ上げた時の布の端処理にクリップするのに使ってみたいと妄想中。

もーもーもーーーーー


ALL本物のシルバーの髪飾り風味なんてなんかステキじゃないですか?旨く留まるかはかなりムリ有り(ぷ

ねぇ(笑
2008/06/08のBlog
古い時代の伊万里焼ならともかく、ごくごく現代の西洋風な磁器食器についてはとくに衝撃的な出会いというものがこれまで無かった。良さを学ぶにも、市中のアンティークショップに足しげく通うほどマニアっ毛があるわけでもなし、美術館に収まってまとめて展示されているのを見たのは実は今回初めてといってもいいぐらいであると思う。

明治、大正、昭和の初期にこんなにも西洋風なものをせっせと作り上げて輸出していたのかと知るにつれ、手書きの独特な日本の技法の確立と遊び心、調度品としても実用食器としてもますます洗練されていったのだなぁ~と誠に感慨深い。とくに金盛り、手仕事を感じるものは本当にすばらしい。海外の有名どころの食器のよさも、まったく嵌るに至らないしいまいち興味がわかずに来たけれど、近代の国産モノがこれほど存在力を誇るのものとは正直びっくりした。もっとしっかり学ばないといけないナァと猛反省。

もっとびっくりなのは、今回の展示の大半、守屋知子氏の個人所有であることとと守屋コレクションの今回のそれがホンの一部であることを知り驚愕・・・・。コレほどまでのコレクションって・・・本当にすごすぎる。ゆるぎなくまた、コレクターの抜群のセンスを感じる。数週間前に守屋氏の講演が開催されていた旨を読んで見逃してしまっていたのをまたまた後悔・・・。

後付で残念に思うことは、なんとしても次の機会には是非縁を持ちたいものだし、今度は気づくタイミングを必ず得るはず!!!なんて・・・・全くもってどういう確信なのかは謎めいているけれど、ハードなコレクターに転身なんてよりは機会があったらくまなく眺めて眺め続けて生きたいと思う展示にあえたことはとてもラッキー。

充実した休日であったよ。
ロクシタンの香りはどれもユニーク。この桜の香りもまた格別です。

とってもリラックスできますし、豊かな気持ちを引き出してくれるんですよ。

あ~幸せ(謎
2008/06/02のBlog
以前から取っ手がついている財布をつくってくれと、夫に頼んでいたのだが、さすがスーパーのんき君、見込みどおり全く取り合ってくれず・・・・マッターク私の要求する財布の構成の研究もしていないわけで・・・・放置プレイ。

今まで私が頼んだ品物をマッターク作ろうとしない。
やる気がないのか技術がなくて出来ないのかは全く不明。


ところがいずれ手にするものは、小出しに気になる状況に私を追い詰めてゆくこととなる。なんと卑しきことか・・・たかが道具の虜とされるわけ。あちらの店こちらの店で、幾度となくこの模様に囚われ、久しぶりにどうにもこうにも気になって気になって仕方がない市販の代物に出会うことになる。

なんだかキラキラしていて、妙に婆クサイバックにみえるあれだが、実は二つ折りの財布。どういう細工でこんな塩梅になるのかわからないけれど、革を彫って叩いたり染めたり加工をしているのは素人目にも一応わかる。

おもうのは・・・どうやって作ってんだろうこれ?みたいな?

この模様のシリーズはクラッチタイプの長財布が大人気らしいのだが、さりげなさなんてすっかり通り越して存在感が強すぎで普段使いに持ち歩くのがあまりに気恥ずかしいゴージャスさ。お手軽なお値段のものでもなし、ものすごぉく気にはなるのに手が出せないでいた。

飽きてしまいそうなものを、いくら買っても際限なく欲しがるわが身を呪うわけだが、今日あそこに見に行って売っていたならば手に入れようと思ったわけだ。あーまんまと売っていたわけだ。

すると、今度はストライクゾーンど真ん中な小ぶりなユニークな形のものに遭遇することとなる。

キャーぁぁぁぁぁぁ~運命だわ♪(コジツケ とかなんとか。

帰宅するなり小躍りで買っちゃったーなどと見せびらかしてみれば、なんだこのひも邪魔じゃあないかイラネ?変じゃん?切ってやろうか?などと抜かす我が夫!!!!

オノレェェエッェ!!!

お前がいつになっても財布をつくらないから、買っちゃたんじゃないか!!!!!ちっ。

2008/05/29のBlog
[ 14:08 ] [ 平凡な日々 ]
雑誌のコラムや新聞に載るような短い旅行記を読むのがとても好きだ。挿絵も、写真も旅先の空気をつむぎ、さらに文章を引き立てる。もちろん書き下ろしの旅行記を書籍で味わうのは短編寄せ集めよりも周遊の醍醐味、また格別なもの。

本というのは面白いもので、いつか読もうとおもっていて積み上げているうちに忘れたり思い出したり、図書館で出会うのも中古本屋で手に取るのも、なおも誠に良いタイミングで読んでくれとまるで本から近づいてくるかのようなのだ。

断言する・・・・。

いま読まずに、読めずに放置している本は、必ずや読むべきタイミングに思い出すし、はっつと気付く出来事に遭遇する。間違いない。探しているときは見つからない本も、読むべきときに必ず現れるのですよ。だから積み上げている本を忌々しく思ってはならぬ(笑

ハイ。

前置きが長くなって、何を書きたかったのかイマイチ忘れそうな勢いなのだが、最近手に取った書籍の中ではちょっと変り種、作家でなく、画家のエッセイに分類されると思うのだけど、本人の作品であろうと思う表紙絵にぐっとひきつけられるのとシンプルな装丁は、是非すぐに手に取れる場所においておきたい、あるいは本棚からつかみ出し愛でたいと思う。。。が悲しいかな・・・コレは図書館の本(笑)どうしてこんなに魅力的なんだろうか?波長が合うというのはこういうことなのかもしれぬ。

エッセイは、表題の通りインド、スリランカを旅する筆者の珍道中で、ブッダガヤを目指し、オート三輪のタクシーにゆられ、祈りを捧げる人をスケッチし、ガンジスに魅了され、カルチャーショックをうけ、盗賊から逃れながらヘロヘロになりながら・・・必死に旅する様子が生き生きと膨大な挿絵とともに納められている。赤みを帯びたセピア色の単色のインクは、まるで土煙をおもわせ、全くどうしてこんなにもバランスの取れた色を画家というのは選び出すのだろうと感嘆もの。文体もみずみずしく伝わる。

いつか、この画家の個展を見てみたいとおもう。
絵に会いに行ってみたいと思う。
2008/05/28のBlog
[ 07:32 ] [ 平凡な日々 ]
サンダル買った



スキップできます(多分



クラークス万歳
2008/05/22のBlog
[ 14:14 ] [ 誰かの言葉 ]
私たちはすべての事から学べる。悪からも善からも、実からも虚からもおそらく学べる。
狭い見方が敵なのであろう。
2008/05/20のBlog
特別にオススメの映画にあげられないのが悩みどころなのであるけれど、レビューという形でブログに書くということは、鮮烈に脳裏に突き刺さるものがあるからなわけで、今年見た映画のなかでおそらくは不快指数ナンバーワンになるのではないかな?

ポスターは一見ファンタジーを装っており興味をそそるわけなのだけれども、3部作の構成からなる作品は、戦時中、共産時代、現代を祖父から孫の3代の軌跡をたどり現代に進行していくとともに、この世に生きた証がこんなにも悲しくて受け入れがたい生き方しか選べなかった主人公たちにそれぞれにどう感情移入していいのかさえ途方にくれてしまう。

スプリッターやホラー映画と一緒くたにもできそうもないんだけれども、血なまぐささ、執拗なまでの自慰と妄想、フードファイト競技の目を背けたくなるような嘔吐の連続のシーン、又聞きするだけでテキストで垣間見るだけでももぞっとしませんかね?

しばらく前、命の食べ方という食に関するドキュメンタリーと、ジョニーデップが残虐な殺人鬼に扮するスィニートッドを見ていたのですが、その二作よりも辛辣な内臓や血飛沫を焼き付ける如く命をまるで鷲掴されるような旋律を覚えるのですが、このよどみきった世界観は、人の生きる悲しい性でもあり主人公それぞれが気が狂っているかのように描かれていても、その狂気を完璧に否定して嫌悪だけを浴びせ続ける作品と位置づけてしまっていいのかどうか非常に迷う。

こういった狂気を帯びた映画はどことなくユーモアも、ファンタジー要素も、あるいは通り越して美しささえ見せ付けるのですが、それは生きる執着であったり、本能を満たすもの、あるいは愛が絡められている延長だからで、本作はもう殺伐と干からびていくような筋書きがラストに待っていて、それを完結美として受け入れていく隙間をワタシが持っていなかったせいもあり、ただただ衝撃を全身でクラってしまって呆然としている状態。

まぁ、この監督の鬼才と呼ばずなんと形容したらいいのか言葉がみつからないし、シュールだのグロテスクだの軽口な横文字で捕らえきれない。困ったことに、一番困惑しているのが、こんなにも嫌なものを見せられているのに、嫌悪と裏腹に精神の奥底になぜか本能に触れるような奮い立つようなものに包まれたような気がするのですよ。

血が騒ぐとかいいますけど・・・・なんかほんと自分が怖いですよ。

皆さんも是非きをつけて(何を?


タクシデルミア ある剥製師の遺言
2008/03/16のBlog
[ 21:34 ] [ 平凡な日々 ]
最近はホームセンターでも手芸店でも、ビーズのアクセサリーキットが大流行で簡単なものも上級者用までとにかくさまざま。自分でデザインしたものを作るのもよし、市販の設計図とにらめっこしながらでもコツをつかめさえすれば色んなデザインのものを作り出すのは手軽なもので、作るのも楽しい、出来上がるのも楽しい、身に着けるのも楽しい・・・・

 な ん と ・・・ 楽 し い 事 尽 く め (笑

最近見つけたビーズアクセサリーの店は、その店のオリジナルのものを提案するデザイナーの方がいるらしく、ちょっとランクの上のガラスビーズやスワロフスキーをふんだんにデザインに取り込んだパーツキットを販売しているのですが、どれもこれも作ってみたいぞーーーと欲張りな気持ちが沸々わいてくるラインナップ。少々値段は張りますが、飽きの来ない存在感のあるものばかり。

完成品を買うことも出来るのですが、作る楽しみを得ないのは物足りないことこの上なし。ビーズアクセサリーはホントに作る過程は地味ですが小さな一粒が何百粒と出会うことでこんなにも豊かに愛らしく手のひらから生れ落ちる瞬間は格別なものなのです。肩こりはひどくなるばかりなのですが、こういうのを半日がかりでノロノロと作って出来上がる瞬間にはスッカリ目も肩の疲れも吹き飛んでしまう。

まったく・・・休日をこんなことにつぶして疲れ倍増つのも考え物ですな(苦笑

通販もあるようなので、興味がったら覗いてみたらいいと思います。お店の回し者じゃないですけど、このオリジナリティは応援したいと思うのです。すごくステキです。

g2nd
2008/03/13のBlog
[ 23:24 ] [ 彫金の話 ]
写真の写りは随分大きい石に見えますが石の横幅は23mmぐらいです。

国内の天然石を扱うアクセサリー売り場でも、ラピスと呼ばれる真っ青や濃紺の綺麗過ぎる小さな石はよく見かけますが、ターコイズに比べてラピスは大きめのボリューム感のあるものは少ない気がします。ネパールでは採れないそうですが、隣のアフガニスタンが産地のようです。

本来なら標本とかサンプル用なのかもしれないんですが、値段なんてあってないようなもので・・・・。この手の石はあまり高くないので宝石屋は、ぜんぜん売る気なし、他の高いものをひたすら勧めようとするわけです。カトマンドゥの宝石屋で、グラム量り売りでとりあえず値段は出してくれたんだけれど、アクアマリンを買うついでオマケしろと交渉したところ、案外アッサリくれたわけです。実際高いのだか安いのだかさっぱりわからないけど、石の模様がとても個性的なところに惹かれて持ち帰りたいと思いました。銀色にも金色にも見える中央の帯は紺碧の石に立体感を持たせて生きているとおもうし、あまりに高級に見える石は苦手なのでこの手がお手軽感で非常にグゥです。普段使いで活躍しそうですな。
石に負けないよう石枠に厚みをもたせ、周りをチェーンでグルグル飾るべくロウ付で仕上げていったのですが、火の当てすぎもあって、あるタイミングからせっかくついたチェーンがプチプチ切れるというアクシデント。キャー。ナンデーェェェェェエェェェェェ(涙
銀のボールが鎮座してるところはその修復跡の動かぬ証拠・・・・。
最初の目論見ではあと1~2ヶ月は早く仕上がる予定でしたが、何しろ手が遅いのでもたついているうちにスッカーリドツボw

細かいことを気にするともういつまでたっても完成に至らないので妥協とか妥協とか、自分の技術の低さにがっくりするばかり。でも・・・まぁ・・・そうはいっても、旅の思い出が詰まった石がこうして形になるのは、この上なく楽しくワクワクする瞬間なのであります。
2008/02/27のBlog
[ 15:33 ] [ 映画の話 ]
今年のアカデミー賞の監督賞にちょうどノミネートされていた作品だったけれど惜しくも逃した模様。万人受けするかというと、そうでないのは確か。映画にするするとうまくのめりこめるかというとなかなか難しいかもしれない。正直導入部分のブレまくるカメラアングル、今までにない視覚イメージは、ガサツにも丁寧にも計算されつくして飛び込んできた新鮮さはあったものの自分の頭の中で処理しきれない整理できないイライラ感をあえて執拗にまとわりつかせ、それはそれで作り手側の意図を完璧にその違和感としてストレートに伝えてきたのだから、ある意味罠に嵌ったようなものではあるけれど、そのイライラ感を克服できるか否かがキーになっているのかもしれない。


テーマはかなり重く苦しいものなのに、作品の仕上がりはいたってコミカルで、シニカルで、ファンタジーめいてもいるわけです。

最果てのない人の想像力と適応能力を思うと、生きているというのは本当に奇跡の積み重ねのようなことなのだと思ったり思わなかったり。人間の可能性について改めて考えさせられる一面も垣間見つつ、人の本能についても深く頷かずにはいられません。モチーフとなる潜水服に閉じ込められた主人公はその閉鎖的でどうにも救いようのない中にも、たった一つのコミュニュケーションの手段であり、たった一つの外的刺激を得ることのできる視線の先はなおもエロティックで粗野で武骨で、ありえないぐらいにエゴイスティックです。悲しい性としかいいようがないというのは、わたし目線なのかもしれませんけど、実は誰もがそれぞれ背負っていたりひそかに心に持っていて消して表面に出さない部分であるのかもしれません。まぁこのあたりは主人公の特殊性なのか、フランス人の(ひとくくりにしていいのか解かりませんけど)国民性なのか感性なのか、取り立てて深く考察するところでもないと思いますが、何が面白いのかと問われれば、ココが面白いと無理強いでイチオシはムリですがね。受け手側がどこに感情移入できるかできないかで随分印象も変わるのではないかと思うし、鑑賞後のバラエティに飛んだ意見を皆と交わしてみたいなぁと思える作品なのであります。


解説: ファッション誌「エル」の編集長として活躍する人生から一転、脳梗塞(こうそく)で左目のまぶた以外の自由が効かなくなってしまった男の実話を映画化。原作は主人公のジャン=ドミニック・ボビー自身が20万回のまばたきでつづった自伝小説。『夜になるまえに』のジュリアン・シュナーベルが監督を務めている。主人公を演じるのは『ミュンヘン』のマチュー・アマルリック。シリアスな展開の中に温かいユーモアが味わえる一方、独特の映像美も堪能できる感動の実話だ。(シネマトゥデイ)

あらすじ: 昏睡(こんすい)状態から目覚めたものの、左目のまぶた以外を動かすことができないエル誌編集長ジャン=ドミニク・ボビー(マチュー・アマルリック)。意識ははっきりしているにもかかわらず言葉を発することができない彼に、言語療法士のアンリエット(マリ=ジョゼ・クローズ)はまばたきでコミュニケーションを取る方法を教える。(シネマトゥデイ)


潜水服は蝶の夢を見る
2008/02/13のBlog
2008年もあっという間に2月半ばを迎えようとしてますがね、皆様お元気でしたか?
今月早々、蔵王にスキーに行ったりしてそりゃぁもうあなた、日ごろの行いがいいから、山頂で青空を一瞬見れる幸運さもしかり、吹雪かない蔵王のスキーをスッカリ堪能したわけですよ。樹氷の森の美しいこと、ロープウェイから望む砂糖菓子のような白い山。すばらしいタイミングで上がった冬の花火。なーんかこれぞスキーの醍醐味を凝縮したような旅でしたよ。温泉で肌のコンディションがバッチリ整いつつも、あれですよ、遊びすぎなのか、疲れなのか、平素に仕事にもどるや否や全身痛、タダの筋肉痛にしてもあまりに治らない・・・・寝ても起きてもあまりに寒い・・・・もしや?熱があるのかと思った(つーかフツーニ 38度はあったと思われ・・・)やっぱり夜になると発熱が続き、も し や ? これはインフルエンザかと?大慌て(気がつくの遅っ)内科で翌日検査をしてもらったところマイナス判定で、ほっと胸をなでおろしたわけですよ。

何しろ次の日曜日ったら目の前に座っている同僚の結婚式なのですよ。本人にももちろん事務所の皆にインフルエンザをうつしたらしゃれにならないじゃないか!そりゃもうアセリマクリですわい。

まぁ 安堵 したわけですが。

問題発生

実はわたくし胆嚢にポリープがありましてね、随分前は一年毎に検査をしていたのですが、総合病院から街医者のほうに検査先を変えてから(タブンたいしたポリープと思われていなかったヨカン)あまりたいしたことでもなかった気配な最後の検査の折、無くなるわけはないらしくも、なんだか去年まで数個は確実にあったポリープがうまくエコーに写らなかったりと、大きくならなきゃどうでもいい風満載で、あまりに深刻な雰囲気もなかったのですっかりほったらかし5年も6年も放置していた有様。症状がないというのは痛くも痒くもナイデスシ、スッカリ自分の体も他人事ってわけでしたのよ。ワハハハ。医者に来たついで、このついでに検査をお願いして診てもらったわけですよ。何でそんなに放置したのか小言はもらいつつ、肝臓はきれいだぞいいねぇ・・・なんて、パチパチと記録がつづいたものの、グリグリとおなかの上をなでるバーに力がつい入って無言になるセンセイ・・・・・・・。

ポリープなんかみえないぞ、石だらけだ。


ガーン。

ゑぇぇぇぇぇ胆石?

インフルエンザじゃなかったけどオマエさん胆石だわ。

エー


薬で溶ければ儲けものですがね、随分たくさん石があるみたいで、写真からは何時痛くなってもおかしくない状態らしい・・・。そういわれると、背中がどんより痛いような気がするじゃないですが。油モノを食べるなといわれ薬をのんで3週間後に又再検査とあいなりました。


この期に及んで、脂モノ食うなといわれているのに飲み会にお出かけする罠、彫金クラスのメンバーと呑んだんですがね、ヤッパリみんな並じゃないです・・・・。

言いたいこと散々・・・・。

体の中に石ができるなんて、きくゑちゃんすごいよー スゲー!!! (何かチガウヨナ?

石が出てきたらみせてよねぇ (溶けちゃう方が都合がいいんすけど・・・・ ^^;

胆石でなんか作品つくりなよー (ヲィ

ドンナ色してるんだろうねぇ~?みたいねぇ~?ワイワイ

だ か ら 言ったじゃん あんた高脂血症なんだから!がつがつ食わないの!

痩せなさいよね (エーハイハイ わかってますってば わかってますつーの#


エーンエーン。皆ここぞと言いたいことばっかりいいやがって・・・・Orz


3月はじめにはおそらく薬飲んだ経過が良好かどうか出るでしょう。それにしても、ヘイキで飛行機にのってプラプラ旅してきてイマサラながらに、ぞっとしますよな。急性の胆嚢炎にでもなって、医療事情が怪しい国で、開腹手術だなんてことになっていたらとか思うと眩暈ものであります。アハイ。
2007/11/14のBlog
[ 10:54 ] [ 平凡な日々 ]
っていう マイケルジェーンフォックスの映画があったのをご存知だろうか。
なんだかしらないがうすらおぼえうろ覚えなわけではあるが、水戸の京王系の映画館が閉まるその日、まだ学生だった時分にひとりでシンミリ見た映画だったのだが、その頃はまだ二本立てなんてオトクなシステムでもって、モウ一本はたしか・・・・ウーピーゴールドバーグが出演していたなんだか刑事モノの映画には違いないのだが、マッタク作品名が思い出せない・・・。タイトルからなんかオチがつくかと思えば、さっぱりそんな気配もないから。すんませんてば、ゆるせよ。


まぁ、どうでもいいことは思い出せないのかもしれないけれども、最近かなしいかな・・・・思い出さなきゃいけないことも思い出せずにこまっている。

会社のPCはXPと2000を二つのOSでどちらでも立ち上がるように設定してもらっているのだが。。。久しく2000のOSで立ち上げていなかったそばから・・・・

自分のログインパスワードを思い出せずにいる・・・。
アリエネーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。



まぁ、復活しつつ、あんた今まで何してたんだよ?って言われてもナハハハハと笑うしかないのだが、かいつまんで種明かしをすると・・・

・夏場の猛暑にPCの電源をつけることさえ億劫であった
・そのうちに、自宅のPC環境がズタズタになり、オンライン生活からスッカリ遠退く
・つづいて海外ドラマの24とエヴァンゲリオンのTV版のDVDに嵌り毎日毎晩それを見続ける日課
・ひきつづきPC復旧とともにネット動画に釘付け、ERとスターゲイトとフレンズを頑なに今も見続ける日々
・そんでもってこのごろは布草履を作ろうと、古着の解体にいそしみヒマにあかして古いぬのをズタズタ引裂いているんですが・・・いつになったら草履の形になるのかはまるで不明・・・。

しかし引きこもりつのは単に家から出ないとか部屋から出ないってより、心のそこからコミニュケーションなりのポジティブな発想が浮かばないことなんだよって、おもいつつ。。。。。

冷え冷えしてきた最近・・・・目がさめたらそりゃもう会社にいる時間じゃん!とか・・・
もうトホホな毎日でしょうよ。チッ。


夏からの記録をまったくすっ飛ばしたツケとかツケとか・・・

あんあん。

もう メンドクサイから ハァ。

写真は関空から羽田に飛んだ機内からうっすら富士山らしき
2007/08/10のBlog