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2008/06/30のBlog
[ 20:12 ]
[ 言葉の海 ]
「敲竹杠」という中国語は、「さお竹を叩く」と訳せるが、現在中国で普通に通用している意味は「人の弱みにつけこんで金をださせる、高値をふっかけてゆする、ぼったくる」の意である。
この言い回しは、今の中国社会で好んで使われ、全国的に大概の人が知っていて、現代中国の世相を反映する恰好の言葉である。
例えば、貴方がバーで、傍らにはべる「陪酒女」と酒を飲み、天文学的値段を強要されたとき、貴方はきっと「敲竹杠」にやられた!と嘆くでしょう。
さて、そのいきさつはと言うと、清朝の時代、英国の商人がアヘンをインドを経て香港から大陸に持ち込み中国人の体と心を毒し、中国の白銀を大量に持ち去った。清朝政府は大変な危機感を抱き、輸入を全面禁止し、厳重な監視を行った。
そこで、英国の商人達は普通の「刻みタバコ」の竹ざおの中に未精製のアヘンの塊を詰め込み、警戒の比較的薄い昭興の埠頭を利用するようになった。
ある時、船内を点検していた一人の検査員が、キセルでタバコを吸いながら甲板をぶらぶら歩いていて、キセルの灰を落とすべく竹ざおをトンと叩くと「刻みタバコ」と違う音がし、アレッと思った。
すわ、ばれた!と商人達は飛び上がったが、抜け目のない商人達はその場で目の飛び出るような大金を検査員に渡し黙らせた。それ以降この検査員は商人達の弱みに付け込み散々しぼって巨利を得たと言う。
この話が検査員仲間から世間に漏れ出し、誰言うとなく「敲竹杠」と言う言葉が俗語ながら世に広まったと言われている。
{字海拾趣}より意訳
この言い回しは、今の中国社会で好んで使われ、全国的に大概の人が知っていて、現代中国の世相を反映する恰好の言葉である。
例えば、貴方がバーで、傍らにはべる「陪酒女」と酒を飲み、天文学的値段を強要されたとき、貴方はきっと「敲竹杠」にやられた!と嘆くでしょう。
さて、そのいきさつはと言うと、清朝の時代、英国の商人がアヘンをインドを経て香港から大陸に持ち込み中国人の体と心を毒し、中国の白銀を大量に持ち去った。清朝政府は大変な危機感を抱き、輸入を全面禁止し、厳重な監視を行った。
そこで、英国の商人達は普通の「刻みタバコ」の竹ざおの中に未精製のアヘンの塊を詰め込み、警戒の比較的薄い昭興の埠頭を利用するようになった。
ある時、船内を点検していた一人の検査員が、キセルでタバコを吸いながら甲板をぶらぶら歩いていて、キセルの灰を落とすべく竹ざおをトンと叩くと「刻みタバコ」と違う音がし、アレッと思った。
すわ、ばれた!と商人達は飛び上がったが、抜け目のない商人達はその場で目の飛び出るような大金を検査員に渡し黙らせた。それ以降この検査員は商人達の弱みに付け込み散々しぼって巨利を得たと言う。
この話が検査員仲間から世間に漏れ出し、誰言うとなく「敲竹杠」と言う言葉が俗語ながら世に広まったと言われている。
{字海拾趣}より意訳
2008/06/29のBlog
[ 11:23 ]
[ 大道理 ]
多くの人が集まる大講堂で講演を頼まれたある教育家は、毎日書斎にこもりあれこれ智恵を絞って、何をどう話そうかと講演の構想を練っていた。
ある日、いつものように書斎で稿を練っていると、妻が五才になる我が子の手を引いて来て;「この子の面倒をみてくれない、一時間余りで帰って来るから」と言って外出した。
教育家は、たとえ一時間余りでも時間を空費するのをきらい、何か一人で夢中になって遊べるおもちゃがないか捜し始めた。そして一枚の大きな世界地図を十数片に破り、これを元どうりにつなぎ合わせてみなさいと子供に渡した。
これで妻が帰ってくるまでの時間、きっと一人で夢中になって遊んでくれるだろうと思い書斎に戻った。
ところが、二十分ほどすると、できたと言って書斎に来た。まさか、天才でもあるまいし、さもなくば口から出まかせを言ってるに決まっている。
で、子供の部屋に行くと、果たして見事に正確につなぎ合わさっているではないか!
教育家は、どうしてこんなに早く出来たのと聞くと、子供は;「簡単だよ、地図の裏に人の絵が書いてあり、目、口、鼻などを合わせて裏返したら元の世界地図になったんだ!」と言った。
それを聞いて我が子の聡明さを知ってとても嬉しかったが、それ以上にもっと嬉しかったのは「いたずらに時間をかけて一生懸命励むよりは、横道に入ったり視点を変えてみれば突然道が開ける」との構想が頭の中で一瞬に出来上がった事だった。
{小故事中的大道理}より意訳
ある日、いつものように書斎で稿を練っていると、妻が五才になる我が子の手を引いて来て;「この子の面倒をみてくれない、一時間余りで帰って来るから」と言って外出した。
教育家は、たとえ一時間余りでも時間を空費するのをきらい、何か一人で夢中になって遊べるおもちゃがないか捜し始めた。そして一枚の大きな世界地図を十数片に破り、これを元どうりにつなぎ合わせてみなさいと子供に渡した。
これで妻が帰ってくるまでの時間、きっと一人で夢中になって遊んでくれるだろうと思い書斎に戻った。
ところが、二十分ほどすると、できたと言って書斎に来た。まさか、天才でもあるまいし、さもなくば口から出まかせを言ってるに決まっている。
で、子供の部屋に行くと、果たして見事に正確につなぎ合わさっているではないか!
教育家は、どうしてこんなに早く出来たのと聞くと、子供は;「簡単だよ、地図の裏に人の絵が書いてあり、目、口、鼻などを合わせて裏返したら元の世界地図になったんだ!」と言った。
それを聞いて我が子の聡明さを知ってとても嬉しかったが、それ以上にもっと嬉しかったのは「いたずらに時間をかけて一生懸命励むよりは、横道に入ったり視点を変えてみれば突然道が開ける」との構想が頭の中で一瞬に出来上がった事だった。
{小故事中的大道理}より意訳
2008/06/27のBlog
[ 21:05 ]
[ 家庭菜園 ]
やめた畑仲間の空き畝が草ぼうぼうなので、毎日畑仕事の余力を見て少しづつ草を刈ってはいるが広すぎて困る。この暑さの中なので体にこたえる。今日も畑仕事のあと、二畝を片付け残りはあと一畝までこぎつけた。これは全くのボランティアだ。
今までに、もったいないので空き畝に、さつまいもや三度豆などなど、それに大きな花壇をこしらえて草の生えるのをおさえてきたが、こうも暖かくなり、よく雨が降ると草に負けてしまう。
大概、畑には私一人しかいないし、万一倒れたら助ける人がいないので、まさに理想的な「ピンピンコロリ」である。ま、ケータイで助けを呼ぶ力があるかないかも勝負どころかもしれないか?
とは言っても、なおこの世に未練はないこともないので、家内とは朝早く畑へ行き、10時には帰るようにしょうか、などと話している。
今までに、もったいないので空き畝に、さつまいもや三度豆などなど、それに大きな花壇をこしらえて草の生えるのをおさえてきたが、こうも暖かくなり、よく雨が降ると草に負けてしまう。
大概、畑には私一人しかいないし、万一倒れたら助ける人がいないので、まさに理想的な「ピンピンコロリ」である。ま、ケータイで助けを呼ぶ力があるかないかも勝負どころかもしれないか?
とは言っても、なおこの世に未練はないこともないので、家内とは朝早く畑へ行き、10時には帰るようにしょうか、などと話している。
2008/06/26のBlog
[ 19:16 ]
[ 言葉の海 ]
日本で一般的に知られている「しゃぶしゃぶの起源」は、中国で羊の肉を熱湯にさっと通して食べているのを見た日本人が牛肉で試し、大阪のスエヒロが最初に始めたと言う話までで終っている。
中国では{「シュアー・ヤン・ロウ」(さんずい偏に刷と書く)・羊(ヤン)・肉(ロウ)}と言う。
この「シュアー」の元の意は、手に物を持ち、水中で回転させ洗うだが、ここでは食物を手に持って湯に「すすぎ」食べるの意。(さんずい)をはぶいた「刷」は「ブラシ」や「はけ」で{なでる}の意。
なので、「羊の肉をさっとなでるように湯にすすいで食べる料理法」と訳せる。香港では「さんずい偏」をとって単に「刷羊肉」で通している。
さて、これは800年前の元朝の始祖「フビライ」の時代に始まったとされる。ある年、フビライが軍を率いて南征中、戦いが続きゆっくりと食事する時間もなく、兵士達はいつも故郷のやわらかい羊の肉を食べたいと願っていた。
そんな折、わずかに戦闘が止んだすきに大慌てで羊肉の料理を始めたが、又しても戦闘が始まり、フビライは切ってあった薄い肉を箸でつまみ、鍋の熱湯に二三度ゆすって口に放り込み、大急ぎで戦闘に戻って行った。兵士達もそれに習い、こもごも行き来して食べては戦いを続けた。
これは素晴らしい戦闘食にもなり、兵士達は俄然力をつけ勝利を重ねた。
後になって、これに調味料を加え、焼かない、あぶらない、炒めない、蒸さない、煮ないのにとても美味い料理法として今に伝わった。
香港では海鮮類や豚肉のしゃぶしゃぶを食べ、内陸部の雲南では「ます」の養魚場で「ますのしゃぶしゃぶ」を食べたが、日本の「牛肉のしゃぶしゃぶ」が一番美味いのは言うまでもない。
{字海拾趣}より意訳
中国では{「シュアー・ヤン・ロウ」(さんずい偏に刷と書く)・羊(ヤン)・肉(ロウ)}と言う。
この「シュアー」の元の意は、手に物を持ち、水中で回転させ洗うだが、ここでは食物を手に持って湯に「すすぎ」食べるの意。(さんずい)をはぶいた「刷」は「ブラシ」や「はけ」で{なでる}の意。
なので、「羊の肉をさっとなでるように湯にすすいで食べる料理法」と訳せる。香港では「さんずい偏」をとって単に「刷羊肉」で通している。
さて、これは800年前の元朝の始祖「フビライ」の時代に始まったとされる。ある年、フビライが軍を率いて南征中、戦いが続きゆっくりと食事する時間もなく、兵士達はいつも故郷のやわらかい羊の肉を食べたいと願っていた。
そんな折、わずかに戦闘が止んだすきに大慌てで羊肉の料理を始めたが、又しても戦闘が始まり、フビライは切ってあった薄い肉を箸でつまみ、鍋の熱湯に二三度ゆすって口に放り込み、大急ぎで戦闘に戻って行った。兵士達もそれに習い、こもごも行き来して食べては戦いを続けた。
これは素晴らしい戦闘食にもなり、兵士達は俄然力をつけ勝利を重ねた。
後になって、これに調味料を加え、焼かない、あぶらない、炒めない、蒸さない、煮ないのにとても美味い料理法として今に伝わった。
香港では海鮮類や豚肉のしゃぶしゃぶを食べ、内陸部の雲南では「ます」の養魚場で「ますのしゃぶしゃぶ」を食べたが、日本の「牛肉のしゃぶしゃぶ」が一番美味いのは言うまでもない。
{字海拾趣}より意訳
2008/06/24のBlog
[ 20:51 ]
[ 大道理 ]
昔々その昔、神様がムカデをお造りになられた時、足がなかったが、ヘビと同じような速さで走ることが出来た。
ある日、ムカデはカモシカや鹿など足のある動物が早く走る姿を見て面白くなく、;「フン、足があるから当たり前だ」と嫉妬してうらやんだ。
そこで神様にお祈りを捧げながら;「神様、他の動物より多くの足を下さい」とお願いした。
神様は願いをお聞き入れになり、ムカデの前に大層多くの足を積み上げ、欲しいだけ自由につけてもいいよと言われた。
ムカデは大喜びで頭から尾まで余すところなくびっしりと貼り付けたが、傍らにまだまだ残っている足を恨めしく思いながらも満足した。
ムカデは;「今に見ていろ!矢のように早く飛んでやるから!」とひそかにほくそ笑んだ。
まさに飛び出すべく足を動かそうとすると、それぞれの足が勝手気ままにバラバラに動き、コントロールできず、それでも心を集中し、リズムをつけて早く走ろうとしても、お互いの足同士が絡み合いつまずき、一歩も前に進む事が出来なかった。
そして、それ以上に足の無い時に比べ、よりいっそう歩みが遅くなったのを知り愕然とし、神様の意思に反し、欲に目がくらんだ自分を責めたが後の祭りだった。
{小故事中的大道理}より翻訳
ある日、ムカデはカモシカや鹿など足のある動物が早く走る姿を見て面白くなく、;「フン、足があるから当たり前だ」と嫉妬してうらやんだ。
そこで神様にお祈りを捧げながら;「神様、他の動物より多くの足を下さい」とお願いした。
神様は願いをお聞き入れになり、ムカデの前に大層多くの足を積み上げ、欲しいだけ自由につけてもいいよと言われた。
ムカデは大喜びで頭から尾まで余すところなくびっしりと貼り付けたが、傍らにまだまだ残っている足を恨めしく思いながらも満足した。
ムカデは;「今に見ていろ!矢のように早く飛んでやるから!」とひそかにほくそ笑んだ。
まさに飛び出すべく足を動かそうとすると、それぞれの足が勝手気ままにバラバラに動き、コントロールできず、それでも心を集中し、リズムをつけて早く走ろうとしても、お互いの足同士が絡み合いつまずき、一歩も前に進む事が出来なかった。
そして、それ以上に足の無い時に比べ、よりいっそう歩みが遅くなったのを知り愕然とし、神様の意思に反し、欲に目がくらんだ自分を責めたが後の祭りだった。
{小故事中的大道理}より翻訳
2008/06/23のBlog
[ 16:49 ]
[ 言葉の海 ]
中国語を学んでいる人や、中国に留学した外国人が皆、とても不思議に思っていることがある。中国語では物品の事を「東西」と呼ぶ。例えば「買物に行く」は「去買東西」と言う。
方向を表す「東西」が、何故物品を表す言葉になっているのか理解に苦しむ。先生に質問しても知らないのか要領を得ず、ただ笑って済まされてしまう。ついでに言うと、それなら何故「南北」ではいけないのか?
で、探って行くと万物の根源を成す「陰陽五行の説」に関係しているらしい。中国古代では金、木、水、火、土は相互に絡み合って運勢や物の道理を推し量る{五行}と、東、西、南、北、中は古今の変革や人生の命相、万事に渉るぶつかりや付き従う関係を推し量る{五方}の二つが配置されている。
ある日、宋の時代の理学家の「朱さん」が街を歩いていると偶然にも{五行}に精通している「盛温和」さんに出会った。
で;「手にかばんを提げてどこへ行くの?」と聞くと「盛温和」さんは;「去街市買東西」(街へ買物に行く)とユーモアたっぷりにおどけたふりをして返事した。
「朱さん」はそのユーモアの意味が分からず;「買、東西って?どういう意味?どうして南北ではいけないの?」と聞いた。
「盛温和」さんは笑いながら;「へ、知らないの?貴方は聡明で名の通った先生ではないか、{五行}と{五方}を対照に配置し眺めれば豁然と悟るでしょう」と言って去っていった。
で、「朱さん」は家に帰って配置し、眺めると「東」は即ち「木」、「西」は「金」を為し、「南」は「火」に属し、「北」は、けだし「水」なり……、ここまできて「朱さん」は、はたと悟った。
「盛温和」さんの「かばん」には木(東)や金(西)は入るが、火(南)や水(北)は入れることが出来ないのだ!
これ以降、何故かこの「東西」の言い回しが流行り、今の時代まで「東西」は物品を表す言葉となって通用している。
考えてみれば馬鹿みたいな話でおちょくられているみたい。でもユーモアがあって気が休まる話ではある、お疲れ様。
{字海拾趣}より意訳
方向を表す「東西」が、何故物品を表す言葉になっているのか理解に苦しむ。先生に質問しても知らないのか要領を得ず、ただ笑って済まされてしまう。ついでに言うと、それなら何故「南北」ではいけないのか?
で、探って行くと万物の根源を成す「陰陽五行の説」に関係しているらしい。中国古代では金、木、水、火、土は相互に絡み合って運勢や物の道理を推し量る{五行}と、東、西、南、北、中は古今の変革や人生の命相、万事に渉るぶつかりや付き従う関係を推し量る{五方}の二つが配置されている。
ある日、宋の時代の理学家の「朱さん」が街を歩いていると偶然にも{五行}に精通している「盛温和」さんに出会った。
で;「手にかばんを提げてどこへ行くの?」と聞くと「盛温和」さんは;「去街市買東西」(街へ買物に行く)とユーモアたっぷりにおどけたふりをして返事した。
「朱さん」はそのユーモアの意味が分からず;「買、東西って?どういう意味?どうして南北ではいけないの?」と聞いた。
「盛温和」さんは笑いながら;「へ、知らないの?貴方は聡明で名の通った先生ではないか、{五行}と{五方}を対照に配置し眺めれば豁然と悟るでしょう」と言って去っていった。
で、「朱さん」は家に帰って配置し、眺めると「東」は即ち「木」、「西」は「金」を為し、「南」は「火」に属し、「北」は、けだし「水」なり……、ここまできて「朱さん」は、はたと悟った。
「盛温和」さんの「かばん」には木(東)や金(西)は入るが、火(南)や水(北)は入れることが出来ないのだ!
これ以降、何故かこの「東西」の言い回しが流行り、今の時代まで「東西」は物品を表す言葉となって通用している。
考えてみれば馬鹿みたいな話でおちょくられているみたい。でもユーモアがあって気が休まる話ではある、お疲れ様。
{字海拾趣}より意訳
2008/06/22のBlog
[ 15:13 ]
[ 大道理 ]
幼い子を一人残して夫に先立たれた妻は、大変な苦労をして子供を一人前に育てた。
子供は勉強がよくできてアメリカの大学に留学し、卒業して現地の大変有名な会社に就職した。
ただ一人残された母親は、一人ぼっちで身を寄せる所がなく、寂しく毎日を暮らしていた。
隣の住人は、いつもこんな状況を見ていて、何と孝行心のない息子であるかと他人事ながら息子を怨んでいた。
隣の住人;「息子さんから度々贈り物が届きますか?」
母親;「ええ、来ますよ!いつも花に周囲を彩られた外国人の写真が何枚も来ます。この写真は何に使えばいいのか分からないので壁紙として壁に貼り付けています」と答えた。
隣の住人は部屋に入り、壁一面に貼り付けられた100ドル紙幣をみて仰天した。
{幸福は一方では不幸を隠蔵し、人は福の中に身を置きながら、その福が見えないもの}
{小故事中的大道理}より意訳
子供は勉強がよくできてアメリカの大学に留学し、卒業して現地の大変有名な会社に就職した。
ただ一人残された母親は、一人ぼっちで身を寄せる所がなく、寂しく毎日を暮らしていた。
隣の住人は、いつもこんな状況を見ていて、何と孝行心のない息子であるかと他人事ながら息子を怨んでいた。
隣の住人;「息子さんから度々贈り物が届きますか?」
母親;「ええ、来ますよ!いつも花に周囲を彩られた外国人の写真が何枚も来ます。この写真は何に使えばいいのか分からないので壁紙として壁に貼り付けています」と答えた。
隣の住人は部屋に入り、壁一面に貼り付けられた100ドル紙幣をみて仰天した。
{幸福は一方では不幸を隠蔵し、人は福の中に身を置きながら、その福が見えないもの}
{小故事中的大道理}より意訳
2008/06/21のBlog
[ 10:43 ]
[ 言葉の海 ]
{起き上がり小法師}は昔から大変有名なおもちゃで、誰もが「ダルマさん」として遊んだ思い出がある。これは福島県に伝わる郷土玩具の縁起物で、「七転び八起き」の精神を教える格好の材料であった。
この{起き上がり小法師}の事を中国では{不倒翁}と言い実際にそのモデルがいた。それは二千年以上前、刑を受け両足をなくした「下和」と言う名の人物である。
「下和」は楚の国の人で、ある時、山で粗玉{まだ磨かれていない大きな玉(ぎょく)}の塊りを発見した。磨けば大変な財宝になる。でも「下和」は楚の国王である{厲王}に献上した。
で、{厲王}は町の玉職人に見せたところまがい物と鑑定した。{厲王}は王を侮辱したと怒り、残酷にも「下和」の左足を切断する刑に処した。
「下和」はそれでも気落ちせず、数年を経て楚の{武王}が即位した時、あらためて再度粗玉を献上した。{武王}は、片足を失ってもまだ懲りずに又もまがい物を持ってきたと鑑定もせず、王を侮辱したとして残りの右足を切断する刑に処した。
両足を失った「下和」は、とてもつらい思いをして暮らしていた。時うつり、楚の{文王}が即位した時、時代が変わってもどうなるものでもなしと、粗玉を懐に抱いて拾った山へ行き三日三晩泣いて過ごした。
偶然この「下和」の悲しみを聞いた{文王}が、国一番の玉の鑑定士に見させたところ本物の素晴らしい玉で、この世に二つとない{珍宝}だと分かった。
{文王}はこの玉を彼の名をとって「和氏玉」と命名し、「下和」の不屈の精神を称賛した。これ以降彼は{不倒翁}と呼ばれ人々の尊敬を集めた。
現在の中国では、口先がうまく世渡りの上手な人を「けなす」意味で、このような人を{不倒翁}と呼んでいるが……
{字海拾趣}より意訳
この{起き上がり小法師}の事を中国では{不倒翁}と言い実際にそのモデルがいた。それは二千年以上前、刑を受け両足をなくした「下和」と言う名の人物である。
「下和」は楚の国の人で、ある時、山で粗玉{まだ磨かれていない大きな玉(ぎょく)}の塊りを発見した。磨けば大変な財宝になる。でも「下和」は楚の国王である{厲王}に献上した。
で、{厲王}は町の玉職人に見せたところまがい物と鑑定した。{厲王}は王を侮辱したと怒り、残酷にも「下和」の左足を切断する刑に処した。
「下和」はそれでも気落ちせず、数年を経て楚の{武王}が即位した時、あらためて再度粗玉を献上した。{武王}は、片足を失ってもまだ懲りずに又もまがい物を持ってきたと鑑定もせず、王を侮辱したとして残りの右足を切断する刑に処した。
両足を失った「下和」は、とてもつらい思いをして暮らしていた。時うつり、楚の{文王}が即位した時、時代が変わってもどうなるものでもなしと、粗玉を懐に抱いて拾った山へ行き三日三晩泣いて過ごした。
偶然この「下和」の悲しみを聞いた{文王}が、国一番の玉の鑑定士に見させたところ本物の素晴らしい玉で、この世に二つとない{珍宝}だと分かった。
{文王}はこの玉を彼の名をとって「和氏玉」と命名し、「下和」の不屈の精神を称賛した。これ以降彼は{不倒翁}と呼ばれ人々の尊敬を集めた。
現在の中国では、口先がうまく世渡りの上手な人を「けなす」意味で、このような人を{不倒翁}と呼んでいるが……
{字海拾趣}より意訳
2008/06/20のBlog
[ 13:50 ]
[ 家庭菜園 ]
雨がやんだわずかの間に大急ぎで野菜を収穫してきた。カボチャと三度豆は初物だ。目立つ場所に出来ているので、かぼちゃ泥棒が来る前に先手を打ったつもり。
今日は特に蚊が多く、麦わら帽子に手ぬぐいでほおかむりの「どろぼうルック」だが、隙間をぬって顔を刺す。間違えて口の中まで入り込む奴もいて、群れの濃密度がわかろうというもの。
今日は特に蚊が多く、麦わら帽子に手ぬぐいでほおかむりの「どろぼうルック」だが、隙間をぬって顔を刺す。間違えて口の中まで入り込む奴もいて、群れの濃密度がわかろうというもの。
2008/06/19のBlog
[ 12:02 ]
[ 大道理 ]
楚の国に一人の猟師がいた。彼は竹笛を吹くのが上手で、色々な獣の鳴き声を真似て本物そっくりに吹くことができた。
ある日彼は竹笛を持ち、弓矢を肩に山深く獲物を求め歩き、開けた場所で鹿の鳴き声を吹いた。
しばらくして一匹の鹿が仲間の声だと思って現れたので、すかさず矢で射止めた。又同じ鹿の鳴き声を聞いた豹が来たので猟師は恐くなり、虎の吠え声を吹いた。すると豹は恐くなって逃げ去った。
虎の吠え声を聞いた虎は、仲間だと思ってやって来たので猟師は仰天し、すかさずヒグマの吠え声を吹いた。すると虎は恐くなって逃げ去った。
ヒグマの吠え声がしたので仲間だと思ってやって来たヒグマは、そこにもう吹き尽くしてあとがなく、茫然としている一人の猟師がいたのでこれ幸いと食ってしまった。
{小故事中的大道理}より翻訳
ある日彼は竹笛を持ち、弓矢を肩に山深く獲物を求め歩き、開けた場所で鹿の鳴き声を吹いた。
しばらくして一匹の鹿が仲間の声だと思って現れたので、すかさず矢で射止めた。又同じ鹿の鳴き声を聞いた豹が来たので猟師は恐くなり、虎の吠え声を吹いた。すると豹は恐くなって逃げ去った。
虎の吠え声を聞いた虎は、仲間だと思ってやって来たので猟師は仰天し、すかさずヒグマの吠え声を吹いた。すると虎は恐くなって逃げ去った。
ヒグマの吠え声がしたので仲間だと思ってやって来たヒグマは、そこにもう吹き尽くしてあとがなく、茫然としている一人の猟師がいたのでこれ幸いと食ってしまった。
{小故事中的大道理}より翻訳
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