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2006/04/25のBlog
[ 02:02 ]
[ クラシック ]
M. Mussorgsky / Transcriptions by L. Stokowski
"Pictures at an Exhibition"
"Boris Godunov" - Symphonic Synthesis
Entr'acte to "Khovanshchina"
Night on Bare Mountain
The Cleveland Orchestra
Oliver Knussen (conduct)
Deutsche Grammophon 457 646-2
レオポルド・ストコフスキーの名を知る方は少なくないでしょう。20世紀中盤を代表する?名指揮者の一人です。一般には、派手であざとい音楽をやる人、って思われるんでしょうか。
この人、編曲がお得意で、バッハの「トッカータとフーガ」の管弦楽版なんてのは聞かれた方も多いのでは。
で、この人、ムソルグスキーもいろいろ編曲してたんですね。
まぁ、そもそもが展覧会の絵、一部では管弦楽曲のつもりの方も居られるようですが、これ、元を糺せば、ムソルグスキーがピアノ曲として書いたもの。一般に流布しているのはこれをラヴェルがオーケストレーションして管弦楽版に仕立てたもの。オリジナルではないのです。個人的にはピアノ版の方が好きだったりしますが、ラヴェルのオーケストラ版もそれはそれでよし。
とはいえ、元はピアノ曲だから、他の人が編曲してみてもいいわけで、割と知られているのがこのストコフスキー版とアシュケナージ版。どちらも編曲者による録音を聞いたことはありますが、あまり印象に残って無いんです。
で、時の流れに身を任せ、ラヴェル版の奔流の中に埋没して行くかと思われたこのストコフスキー版を蘇らせたのが、アメリカだったかな?の現代作曲家、オリバー・ナッセン。はっきり書いてないのですがストコフスキーと何か縁があるようなないようなのですが、いやしかしクリーブランド管でこれを録音していたとは、いやはや。録音するDGも凄いけど。
ラヴェル版は、管楽器、特に金管楽器を中心に「映える」オーケストレーションというイメージがあるかと思います。「亡き王女のためのパヴァーヌ」の管弦楽版なんかに見られる、華のある、音色のコントラストが前面に出るような感じ。逆に、弦は目立たないんですよね、それほど。
ストコフスキー版は、一口で言うと弦の厚みが身上。「展覧会の絵の冒頭曲"プロムナード"は、トランペットがファンファーレのように晴れがましく鳴り響いて展覧会への期待を表すかのように」云々、なんて解説がありそうですが、この冒頭からしてヴァイオリンにテーマを奏させ、それに応えるかのような繰り返しは弦楽合奏。渋い。でもまぁ考えてみりゃ展覧会でトランペットでお出迎え、って、変といえば変。
以下、弦楽器が大活躍。管楽器が使われないわけではないけれど、弦楽合奏をはじめとして、しっかりと主旋律を奏でるというのが基本にあるみたいです。そう言われれば、ラヴェルのオーケストレーションは華やかだけれど、全ての曲ではないにせよ音色で勝負!みたいなところはあります。次々と繰り出される楽器の競演、とまでは言いませんが。それじゃボレロですからね。そのへん、あくまでオーケストラの指揮者であったストコフスキーの面目躍如、ってことなのかも知れません。そういえば、バッハの編曲も、オルガン曲なのに弦楽器がしっかり鳴っていたような。
他に面白いところでは、"ブイドロ"、牛車ですね。とても速いです。重苦しい感じではない、見ようによっては重そうにそれでも力行する牛車の描写と言えるかも知れません。そういえば、ピアノ演奏では、存外この曲テンポは緩めずに弾く人が多い筈。そういう点では、このストコフスキーの編曲、ラヴェルと比べて決して原曲を疎かにはしていないと思います。オーケストレーションするんだから、と、原曲の雰囲気はあるけど、オーケストラの音色を一杯に使いまくったラヴェル。原曲の主題、曲想をオーケストラで拡充することに腐心した感じもするストコフスキー。
ちなみにテュィリュリー公園とリモージュの市場は「フランス的過ぎるのだろう」ってことで省かれています。で、後半カタコンベ以降は、ストコフスキーらしく、落差の激しいダイナミクスを伴う内容で、まぁ言ってみればストコフスキー節炸裂。最後のキエフの大門なんて凄いですよ。いいステレオで低弦がガンガン唸るのを聴いてやって下さい(笑)
残りの、ボリスやホヴァンシチーナも面白いですよ。
"Pictures at an Exhibition"
"Boris Godunov" - Symphonic Synthesis
Entr'acte to "Khovanshchina"
Night on Bare Mountain
The Cleveland Orchestra
Oliver Knussen (conduct)
Deutsche Grammophon 457 646-2
レオポルド・ストコフスキーの名を知る方は少なくないでしょう。20世紀中盤を代表する?名指揮者の一人です。一般には、派手であざとい音楽をやる人、って思われるんでしょうか。
この人、編曲がお得意で、バッハの「トッカータとフーガ」の管弦楽版なんてのは聞かれた方も多いのでは。
で、この人、ムソルグスキーもいろいろ編曲してたんですね。
まぁ、そもそもが展覧会の絵、一部では管弦楽曲のつもりの方も居られるようですが、これ、元を糺せば、ムソルグスキーがピアノ曲として書いたもの。一般に流布しているのはこれをラヴェルがオーケストレーションして管弦楽版に仕立てたもの。オリジナルではないのです。個人的にはピアノ版の方が好きだったりしますが、ラヴェルのオーケストラ版もそれはそれでよし。
とはいえ、元はピアノ曲だから、他の人が編曲してみてもいいわけで、割と知られているのがこのストコフスキー版とアシュケナージ版。どちらも編曲者による録音を聞いたことはありますが、あまり印象に残って無いんです。
で、時の流れに身を任せ、ラヴェル版の奔流の中に埋没して行くかと思われたこのストコフスキー版を蘇らせたのが、アメリカだったかな?の現代作曲家、オリバー・ナッセン。はっきり書いてないのですがストコフスキーと何か縁があるようなないようなのですが、いやしかしクリーブランド管でこれを録音していたとは、いやはや。録音するDGも凄いけど。
ラヴェル版は、管楽器、特に金管楽器を中心に「映える」オーケストレーションというイメージがあるかと思います。「亡き王女のためのパヴァーヌ」の管弦楽版なんかに見られる、華のある、音色のコントラストが前面に出るような感じ。逆に、弦は目立たないんですよね、それほど。
ストコフスキー版は、一口で言うと弦の厚みが身上。「展覧会の絵の冒頭曲"プロムナード"は、トランペットがファンファーレのように晴れがましく鳴り響いて展覧会への期待を表すかのように」云々、なんて解説がありそうですが、この冒頭からしてヴァイオリンにテーマを奏させ、それに応えるかのような繰り返しは弦楽合奏。渋い。でもまぁ考えてみりゃ展覧会でトランペットでお出迎え、って、変といえば変。
以下、弦楽器が大活躍。管楽器が使われないわけではないけれど、弦楽合奏をはじめとして、しっかりと主旋律を奏でるというのが基本にあるみたいです。そう言われれば、ラヴェルのオーケストレーションは華やかだけれど、全ての曲ではないにせよ音色で勝負!みたいなところはあります。次々と繰り出される楽器の競演、とまでは言いませんが。それじゃボレロですからね。そのへん、あくまでオーケストラの指揮者であったストコフスキーの面目躍如、ってことなのかも知れません。そういえば、バッハの編曲も、オルガン曲なのに弦楽器がしっかり鳴っていたような。
他に面白いところでは、"ブイドロ"、牛車ですね。とても速いです。重苦しい感じではない、見ようによっては重そうにそれでも力行する牛車の描写と言えるかも知れません。そういえば、ピアノ演奏では、存外この曲テンポは緩めずに弾く人が多い筈。そういう点では、このストコフスキーの編曲、ラヴェルと比べて決して原曲を疎かにはしていないと思います。オーケストレーションするんだから、と、原曲の雰囲気はあるけど、オーケストラの音色を一杯に使いまくったラヴェル。原曲の主題、曲想をオーケストラで拡充することに腐心した感じもするストコフスキー。
ちなみにテュィリュリー公園とリモージュの市場は「フランス的過ぎるのだろう」ってことで省かれています。で、後半カタコンベ以降は、ストコフスキーらしく、落差の激しいダイナミクスを伴う内容で、まぁ言ってみればストコフスキー節炸裂。最後のキエフの大門なんて凄いですよ。いいステレオで低弦がガンガン唸るのを聴いてやって下さい(笑)
残りの、ボリスやホヴァンシチーナも面白いですよ。
2006/04/24のBlog
[ 02:00 ]
[ クラシック ]
木曽音楽祭 第1集
W.A.モーツァルト フルート四重奏曲第1番ニ長調 K.285
R.シューマン ピアノ四重奏曲変ホ長調 op.47
A.ドヴォルザーク セレナーデホ長調 op.22
(開演を告げるアルプホルン付き)
木曽音楽祭での録音
久保陽子、漆原啓子、他(vn) etc.
木曽音楽祭実行委員会 KS-1001
木曽音楽祭というのがあります。御存知でしたでしょうか?
長野県は木曽路の山間の町、木曽福島で開催されている音楽祭で、既に31回を数えています。つまり、30年以上続いているということ。8月の後半に数日開催されるだけで、私もあまり詳しくは知りませんでした。
で、なんでこんなのを持っているかというと、この間、某大手CDショップに置いていたのを見つけたのですね。値段も安くて、ついふらふらと。
いや、なかなか良かったですよ。録音が結構リアルで、演奏もいいし。選曲も妙味のある組み合わせ。このCDに入っているのは、1985年、1993年、1997年の録音ですが、いずれも見事な演奏です。特にモーツァルトとドヴォルザークかな。ドヴォルザークのは、弦楽セレナーデとして知られる曲で、一般にはフルオーケストラを起用しての録音が多いと思いますが、こちらは弦5部で15人の編成。音楽祭の為のアンサンブルではありますが、結構な合奏です。
このCD、1000枚限定って書いてあるんですが、今でも残ってるのかな?興味のある方はお問い合わせを。今年の音楽祭は8月25~27日だそうです。行きたいけど、8月の下旬かぁ....どうだろ?
W.A.モーツァルト フルート四重奏曲第1番ニ長調 K.285
R.シューマン ピアノ四重奏曲変ホ長調 op.47
A.ドヴォルザーク セレナーデホ長調 op.22
(開演を告げるアルプホルン付き)
木曽音楽祭での録音
久保陽子、漆原啓子、他(vn) etc.
木曽音楽祭実行委員会 KS-1001
木曽音楽祭というのがあります。御存知でしたでしょうか?
長野県は木曽路の山間の町、木曽福島で開催されている音楽祭で、既に31回を数えています。つまり、30年以上続いているということ。8月の後半に数日開催されるだけで、私もあまり詳しくは知りませんでした。
で、なんでこんなのを持っているかというと、この間、某大手CDショップに置いていたのを見つけたのですね。値段も安くて、ついふらふらと。
いや、なかなか良かったですよ。録音が結構リアルで、演奏もいいし。選曲も妙味のある組み合わせ。このCDに入っているのは、1985年、1993年、1997年の録音ですが、いずれも見事な演奏です。特にモーツァルトとドヴォルザークかな。ドヴォルザークのは、弦楽セレナーデとして知られる曲で、一般にはフルオーケストラを起用しての録音が多いと思いますが、こちらは弦5部で15人の編成。音楽祭の為のアンサンブルではありますが、結構な合奏です。
このCD、1000枚限定って書いてあるんですが、今でも残ってるのかな?興味のある方はお問い合わせを。今年の音楽祭は8月25~27日だそうです。行きたいけど、8月の下旬かぁ....どうだろ?
2006/04/23のBlog
[ 03:37 ]
[ ジャズ ]
KELLY BLUE
Wynton Kelly (piano)
Nat Adderlet (cornet)
Bobby Jasper (flute)
Benny Golson (tenor sax)
Paul Chambers (bass)
Jimmy Cobb (drums)
RIVERSIDE/ビクター VICJ-41041
取り敢えず名盤と呼ばれる内の一つです。リバーサイドは、ブルーノートと並ぶ、と言ってよいジャズの名門レーベルです。ウィントン・ケリーは、マイルス・デイビス・バンドで弾いたこともあるピアニスト。
という割にアレなんですが、何と言うか、大人しいんですよね。古いと言えば古い。1959年録音ですが、その年代以上にオーソドックスというか、大人しいというか、そんな感じがあるんですね。
セクステットですが、実は6人でやっているのはボーナス含め8曲中3曲のみ。ボーナス抜きのオリジナルでは6曲中2曲のみ。実は隠れピアノ・トリオ盤でありまして。そうやって聞くと、おなじみポール・チェンバースのベースとかは相変わらずなんだけど、ちょっとピアノの語法が古いかな?
人によっては、アップテンポの演奏がノリやすいと言う向きもあるかも?うーむ、でも、やっぱり、もうちょっとコード進行とかいろいろある方が楽しいかなぁ........
Wynton Kelly (piano)
Nat Adderlet (cornet)
Bobby Jasper (flute)
Benny Golson (tenor sax)
Paul Chambers (bass)
Jimmy Cobb (drums)
RIVERSIDE/ビクター VICJ-41041
取り敢えず名盤と呼ばれる内の一つです。リバーサイドは、ブルーノートと並ぶ、と言ってよいジャズの名門レーベルです。ウィントン・ケリーは、マイルス・デイビス・バンドで弾いたこともあるピアニスト。
という割にアレなんですが、何と言うか、大人しいんですよね。古いと言えば古い。1959年録音ですが、その年代以上にオーソドックスというか、大人しいというか、そんな感じがあるんですね。
セクステットですが、実は6人でやっているのはボーナス含め8曲中3曲のみ。ボーナス抜きのオリジナルでは6曲中2曲のみ。実は隠れピアノ・トリオ盤でありまして。そうやって聞くと、おなじみポール・チェンバースのベースとかは相変わらずなんだけど、ちょっとピアノの語法が古いかな?
人によっては、アップテンポの演奏がノリやすいと言う向きもあるかも?うーむ、でも、やっぱり、もうちょっとコード進行とかいろいろある方が楽しいかなぁ........
2006/04/19のBlog
[ 02:48 ]
[ 車で音楽 ]
Chants sacres de l'Orient (traditon melchite)
Sister Marie Keyrouz
Harmonia Mundi HMA1951497
キリスト教の聖歌、というと、ああ、グレゴリオ聖歌ね、と思われる方が多いと思いますが、実際には聖歌というのはいろいろあります。カソリックだけでもグレゴリオ聖歌のほかにアンブロシウス聖歌(ミラノ聖歌)があります。プロテスタントではいわゆる聖歌はありませんが会衆による合唱の習慣はあるので、賛美歌がそれにあたります。東方教会では、ビザンツ正教の流れを汲むギリシャ/ロシア正教の聖歌がありますし、グルジアやアルメニアに行くと独自の発展を遂げた聖歌があります。そして、近東・アフリカにも独自のキリスト教があります。コプト教会の聖歌は有名。メルキート派というのは、ビザンツの流れを汲みつつレバノン等に残った独自の教会で、メルキートとは皇帝を意味するのだとか。
これがですね、面白いと言うか、とっても変わってるのですね。聖歌ですが、感覚的にはイスラムのコーランの朗誦を思い浮かべるような感じです。明らかに、節回し、音階はイスラムの影響を受けています。ま、そりゃそうだよなぁ、イスラム優位の土地で1400年だもんなぁ。これ、アザーンだよ、って言われたら、一瞬迷うかも。
そういえば、これ、バックの通奏低音みたいな合唱を従えて、マリー・キーロウズという修道女さんが独りで歌ってます。それも聖歌としてはやや風変わりな点でしょうか。グレゴリオ聖歌なんかの場合、大抵は男声で、複数人で合唱するという形式ですから。
音楽自体は.....癒し系?ま、私、音楽に癒しを求めるタイプじゃないのであれですが、変な音楽であるのは確かですよ。世界にはこういう祈り方もあるのだな、と。
ハルモニア・ムンディ、世界の調和というか世界のハーモニーという意味で、フランスのレーベルですが、こういう珍妙なのも出してます。ま、元々古楽に強いので、その関係だとは思いますが、得難いレーベルです。
Sister Marie Keyrouz
Harmonia Mundi HMA1951497
キリスト教の聖歌、というと、ああ、グレゴリオ聖歌ね、と思われる方が多いと思いますが、実際には聖歌というのはいろいろあります。カソリックだけでもグレゴリオ聖歌のほかにアンブロシウス聖歌(ミラノ聖歌)があります。プロテスタントではいわゆる聖歌はありませんが会衆による合唱の習慣はあるので、賛美歌がそれにあたります。東方教会では、ビザンツ正教の流れを汲むギリシャ/ロシア正教の聖歌がありますし、グルジアやアルメニアに行くと独自の発展を遂げた聖歌があります。そして、近東・アフリカにも独自のキリスト教があります。コプト教会の聖歌は有名。メルキート派というのは、ビザンツの流れを汲みつつレバノン等に残った独自の教会で、メルキートとは皇帝を意味するのだとか。
これがですね、面白いと言うか、とっても変わってるのですね。聖歌ですが、感覚的にはイスラムのコーランの朗誦を思い浮かべるような感じです。明らかに、節回し、音階はイスラムの影響を受けています。ま、そりゃそうだよなぁ、イスラム優位の土地で1400年だもんなぁ。これ、アザーンだよ、って言われたら、一瞬迷うかも。
そういえば、これ、バックの通奏低音みたいな合唱を従えて、マリー・キーロウズという修道女さんが独りで歌ってます。それも聖歌としてはやや風変わりな点でしょうか。グレゴリオ聖歌なんかの場合、大抵は男声で、複数人で合唱するという形式ですから。
音楽自体は.....癒し系?ま、私、音楽に癒しを求めるタイプじゃないのであれですが、変な音楽であるのは確かですよ。世界にはこういう祈り方もあるのだな、と。
ハルモニア・ムンディ、世界の調和というか世界のハーモニーという意味で、フランスのレーベルですが、こういう珍妙なのも出してます。ま、元々古楽に強いので、その関係だとは思いますが、得難いレーベルです。
2006/04/17のBlog
[ 02:03 ]
[ 車で音楽 ]
A.Bruckner Mass No.2 e-moll/ Mass No.3 f-moll/ Te Deum/ Motets
English Chamber Orchestra, New Philharmonia Chorus/Orchestra,
John Alldis Choir, Robert Tear (tenor), Heather Harper (soprano), etc.
Daniel Barenboim, Wilhelm Pitz (conduct)
EMI 7243 5 85508 2 5
ミサ曲と言えば色々ありますが、昔の、というのは古典派くらいまでは、大抵は実際に教会でミサとして使用されることを前提として作られていると考えていいと思います。
一方、ロマン派以降になると、教会でのミサを前提として作られているとは言い難い、そこまで言わずともミサで使用するのはしんどそうなものが出てきます。まぁ、前者でもシューベルトのミサ曲とか、実際のミサに使用出来るものも引き続き作られ続けていますし、一方後者で言えば、ベートーヴェンのミサ・ソレムニスあたりは既にそうです。ヴェルディのレクイエムなんかも。出来ますけどね、一応。
で、ブルックナーです。ブルックナーは、実際に教会オルガニストとしての地位を保っていた人ですから、教会音楽には相応の経験・知見がある筈、なのですが、このミサ曲二つを聞いていると、うーむむむむ(笑) これ、教会でミサに使えるのかな?
このCDに収録されているのは、ブルックナーが書いた3曲の内の2番と3番ですが、ここの解説によるとですね、曰く、1番を書いたところ、リンツ司教から「あんまり美しすぎてこれを聞きながら祈るなんて出来ません」と論評されたとか。いやまぁ随分無理難題を仰る(笑) で、改めて書いたのがこの2番。いやまぁ、これはこれで十分美しいと思うんですが、それ以上に、これ、長いし.....
3番になると、野外での演奏を想定していたらしく管楽器ばかりと合唱で演奏される2番に対し、フルオーケストラが用意されて、音も厚く、音楽はやはり長い。ブルックナーの交響曲と同じく、反復が多くて、同様の音形が続く、アレです。
でも、このどちらも、それぞれ教会で初演されて、絶賛されたらしいです。出来るのかな?ミサ。
で、知り合いでそっち方面にちょっと詳しい人に聞いてみたところ、ブルックナーのでミサは出来るだろう、すんげー時間掛かるけど、との事。なんでも、例えばモーツァルトなんかは、確かに上演可能だけど、あんまり教会の制約を考えずに書かれてる部分があって、演奏出来るけど大変なんだとか。一方、ブルックナーは教会オルガニストだっただけあって勘所を押さえてるんだとか。うーむ、そーゆーものなのか.......
3番なんて、聞いてるとハデだし、結構大変じゃないかなという気はするんですけどね。この曲の初演はウィーンのアウグスティン教会だそうで、行ったことあるのですが、今も残るそれと一緒だとすると結構音は響くし、大変そうだなぁ、と。まぁ、よく分かりませんですが。
あ、ちなみに、これ、車で聞くのも別の面でしんどいです。弱い方から強い方まで、音量のダイナミズムがかなり大きくて、効果的に使ってるので、車で聞くと大変。ま、それは車で聞く方が悪いんで。
English Chamber Orchestra, New Philharmonia Chorus/Orchestra,
John Alldis Choir, Robert Tear (tenor), Heather Harper (soprano), etc.
Daniel Barenboim, Wilhelm Pitz (conduct)
EMI 7243 5 85508 2 5
ミサ曲と言えば色々ありますが、昔の、というのは古典派くらいまでは、大抵は実際に教会でミサとして使用されることを前提として作られていると考えていいと思います。
一方、ロマン派以降になると、教会でのミサを前提として作られているとは言い難い、そこまで言わずともミサで使用するのはしんどそうなものが出てきます。まぁ、前者でもシューベルトのミサ曲とか、実際のミサに使用出来るものも引き続き作られ続けていますし、一方後者で言えば、ベートーヴェンのミサ・ソレムニスあたりは既にそうです。ヴェルディのレクイエムなんかも。出来ますけどね、一応。
で、ブルックナーです。ブルックナーは、実際に教会オルガニストとしての地位を保っていた人ですから、教会音楽には相応の経験・知見がある筈、なのですが、このミサ曲二つを聞いていると、うーむむむむ(笑) これ、教会でミサに使えるのかな?
このCDに収録されているのは、ブルックナーが書いた3曲の内の2番と3番ですが、ここの解説によるとですね、曰く、1番を書いたところ、リンツ司教から「あんまり美しすぎてこれを聞きながら祈るなんて出来ません」と論評されたとか。いやまぁ随分無理難題を仰る(笑) で、改めて書いたのがこの2番。いやまぁ、これはこれで十分美しいと思うんですが、それ以上に、これ、長いし.....
3番になると、野外での演奏を想定していたらしく管楽器ばかりと合唱で演奏される2番に対し、フルオーケストラが用意されて、音も厚く、音楽はやはり長い。ブルックナーの交響曲と同じく、反復が多くて、同様の音形が続く、アレです。
でも、このどちらも、それぞれ教会で初演されて、絶賛されたらしいです。出来るのかな?ミサ。
で、知り合いでそっち方面にちょっと詳しい人に聞いてみたところ、ブルックナーのでミサは出来るだろう、すんげー時間掛かるけど、との事。なんでも、例えばモーツァルトなんかは、確かに上演可能だけど、あんまり教会の制約を考えずに書かれてる部分があって、演奏出来るけど大変なんだとか。一方、ブルックナーは教会オルガニストだっただけあって勘所を押さえてるんだとか。うーむ、そーゆーものなのか.......
3番なんて、聞いてるとハデだし、結構大変じゃないかなという気はするんですけどね。この曲の初演はウィーンのアウグスティン教会だそうで、行ったことあるのですが、今も残るそれと一緒だとすると結構音は響くし、大変そうだなぁ、と。まぁ、よく分かりませんですが。
あ、ちなみに、これ、車で聞くのも別の面でしんどいです。弱い方から強い方まで、音量のダイナミズムがかなり大きくて、効果的に使ってるので、車で聞くと大変。ま、それは車で聞く方が悪いんで。
2006/04/14のBlog
[ 02:51 ]
[ クラシック ]
L.v.ベートーヴェン
ピアノソナタ 第30~32番 op.109~111
スヴャトスラフ・リヒテル(piano)
PHILIPS PHCP-5119
あー..............(笑)
これ、悪気も無くさらさらっとタイトル書いたんですが、あれですねぇ、なんちゅうか身も蓋も無い惹句に見えますねぇ(笑) 「晩年」とか「最後」とか、アレな感じが漂ってます(^^; まぁ、いいか(爆)
ベートーヴェンの最後の3曲、というのは、わりとよく聞きます。よく聞くけど、我ながら分かってるんだか分かってないんだか、よく分かりません。収まりがいいから、結構この3曲を収めたCDって多いんですよね。考えようによっては結構難儀な曲ばかりなんですが、その割に、親しみやすいとは言わないけれど、聞けば聞いたなりの面白さがあるので、存外人気曲なのやも。
3曲とも、最終楽章が変奏曲形式なのですが(op.110はフーガだけど)、どの曲もこの最終楽章が長くて重たい。ここにかなり個性が出ることが多いようです。勿論そればっかりの曲ではないですが。一番好きなのはop.111、最後の最後の曲でした。そう、昔はこの曲が一番好きでしたけど、最近はその前2曲もいいなぁと。op.109なんか、なかなかですしね。特に終楽章。
で、リヒテルの演奏なんですが、実は、ちょっとなんとなくフラフラするような、しないような。
ええとですね、車で運転中に聞いてる時と、家で聞いてる時と、微妙に感想が違うんですよ。どうもね、運転中は、リズム感が優先される気がするんですね。ルバートとか、我ながら微妙に反応してるみたいです。敏感になってるのかな。で、家に帰ると、じゃぁもっと精妙に聞いてるかというと決してそんなことはなくてもっといい加減で(笑) 大雑把に「ああ、こんな感じ~」ってな調子で聞いてるかな、と。
で、リヒテルの演奏で言うと、車で聞いてる時は結構感じられたリズムの揺れ、癖のある歌い回しと言うか弾き回しが、これを書いてる今はそう不自然に感じられないんですよね。
ともあれ、いい演奏です。前にハイドンの時(この記事がトラックバックしてる先)に書いたのですが、リヒテルの場合、「何を弾いてもリヒテル」、まぁそこまでは言わないけど、曲の個性や何かを感じる前に「ああ、リヒテルだなぁ」と感じさせるものがあるんだけど、この曲の場合は、そうですね、やっぱりリヒテルなんだけど、無理にそうしてるんじゃなくて、曲に親和性があって重なり合ってる感じ、ですかね。この3曲ではポリーニの演奏をレファレンス的に好んでいるのですが、最近ではこの辺の曲を思い入れたっぷりに情緒的に弾く人が多い中、却って無理せず自然に弾いたらしっくりきました、という感じがさすがと言おうか。
こうやって改めて聞くと、でもやっぱり最後のop.111の終楽章、ですかね。いろいろに脚色されすぎてしまっているこの曲ですが、改めてこうして聞くと説得力があります。
ちなみに1991年の録音。リヒテルの録音はどれも聞けば聞いたなりに何某かあるので、特に晩年のそれは、当たり外れもあるけど、そういう傾向はあるので、結構楽しめます。
ピアノソナタ 第30~32番 op.109~111
スヴャトスラフ・リヒテル(piano)
PHILIPS PHCP-5119
あー..............(笑)
これ、悪気も無くさらさらっとタイトル書いたんですが、あれですねぇ、なんちゅうか身も蓋も無い惹句に見えますねぇ(笑) 「晩年」とか「最後」とか、アレな感じが漂ってます(^^; まぁ、いいか(爆)
ベートーヴェンの最後の3曲、というのは、わりとよく聞きます。よく聞くけど、我ながら分かってるんだか分かってないんだか、よく分かりません。収まりがいいから、結構この3曲を収めたCDって多いんですよね。考えようによっては結構難儀な曲ばかりなんですが、その割に、親しみやすいとは言わないけれど、聞けば聞いたなりの面白さがあるので、存外人気曲なのやも。
3曲とも、最終楽章が変奏曲形式なのですが(op.110はフーガだけど)、どの曲もこの最終楽章が長くて重たい。ここにかなり個性が出ることが多いようです。勿論そればっかりの曲ではないですが。一番好きなのはop.111、最後の最後の曲でした。そう、昔はこの曲が一番好きでしたけど、最近はその前2曲もいいなぁと。op.109なんか、なかなかですしね。特に終楽章。
で、リヒテルの演奏なんですが、実は、ちょっとなんとなくフラフラするような、しないような。
ええとですね、車で運転中に聞いてる時と、家で聞いてる時と、微妙に感想が違うんですよ。どうもね、運転中は、リズム感が優先される気がするんですね。ルバートとか、我ながら微妙に反応してるみたいです。敏感になってるのかな。で、家に帰ると、じゃぁもっと精妙に聞いてるかというと決してそんなことはなくてもっといい加減で(笑) 大雑把に「ああ、こんな感じ~」ってな調子で聞いてるかな、と。
で、リヒテルの演奏で言うと、車で聞いてる時は結構感じられたリズムの揺れ、癖のある歌い回しと言うか弾き回しが、これを書いてる今はそう不自然に感じられないんですよね。
ともあれ、いい演奏です。前にハイドンの時(この記事がトラックバックしてる先)に書いたのですが、リヒテルの場合、「何を弾いてもリヒテル」、まぁそこまでは言わないけど、曲の個性や何かを感じる前に「ああ、リヒテルだなぁ」と感じさせるものがあるんだけど、この曲の場合は、そうですね、やっぱりリヒテルなんだけど、無理にそうしてるんじゃなくて、曲に親和性があって重なり合ってる感じ、ですかね。この3曲ではポリーニの演奏をレファレンス的に好んでいるのですが、最近ではこの辺の曲を思い入れたっぷりに情緒的に弾く人が多い中、却って無理せず自然に弾いたらしっくりきました、という感じがさすがと言おうか。
こうやって改めて聞くと、でもやっぱり最後のop.111の終楽章、ですかね。いろいろに脚色されすぎてしまっているこの曲ですが、改めてこうして聞くと説得力があります。
ちなみに1991年の録音。リヒテルの録音はどれも聞けば聞いたなりに何某かあるので、特に晩年のそれは、当たり外れもあるけど、そういう傾向はあるので、結構楽しめます。
2006/04/13のBlog
[ 03:10 ]
[ 車外(?)で音楽 ]
A Song for You - from an album "A Song For You"
Carpenters
A&M Records 82839 3511 2
A Song for You を聞いて初めて「おお!」と思ったのは、オリジナルのレオン・ラッセルではなくて、綾戸智絵のCDでであります。Live!という2枚組みのCDがありまして、このアルバムのことはいずれ書くこともありましょうが、まぁ、ここで歌われる A Song for Youがとってもとっても印象的なのです。
で、改めて聞き直したのですが、でも、レオン・ラッセルのって見つからなかったんですよね。というより、「Song for You といえばカーペンターズ」「ああ、そうだよね」くらいにあっさり流れて、カーペンターズの方を探しに行ったわけです。確かに、綾戸智絵のを聞いた時も、瞬時に「あれ?"こういう"曲だっけ?」と思ったのですが、その"こういう"って、やっぱりカーペンターズのイメージと違う、だったと思うんですね。意識してないなりにどっかで記憶してたのかなと。
A Song for You。いい曲です。カーペンターズにやらせると、そこはかとなくだけれど絶対にそこにある孤独感、てな感じでして。詞が印象的ですが、あまり書くと色々問題になるので。でもまぁ、「おお!」と思わされた一節がこれ。
I love you for my life, you are a friend of mine.
改めてこの曲を見返した時、この "a friend of mine" という言い回しにいたく印象付けられまして。暫く後、イングランドに行った時、向こうの英語の先生に「この言い回しは、例えば "my friend" とだけ言うのに比べて特別なニュアンスが何かあるのか?」とちょっと勢い込んで尋ねたところ、「何?カーペンターズ?お前そんなものも聞くのか。いや、別に。普通じゃない?歌だから、シラブル上都合が良かったんじゃないか?それより先週のコヴェントガーデンはどうだった?」とあっさり返されてしまいました。いい先生だったんですけどね。オペラ好きの.....
閑話休題。
カレン・カーペンターズの声は、ちょっとこの曲を十分には消化するには幼い、というか、明る過ぎる感じもあるけれど、逆に言うと、それだから救いがあるのかも知れません。いずれにせよ、彼女が歌う時、"ten thousand peopleが見守る前で..."という節もなかなかに説得力のあるフレーズとして生きてきます。
いや、それ以上に印象的なのが、カレンの歌に続いて静かに入ってくるサックスのまぁ綺麗なこと!いわゆる「名演」とかいうのではなくて、ああ、サックスって、管楽器って、こんな風に人の声で言い切れないことを歌えるんだったねぇ、と、改めて思ったりするのであります。
Bob Messenger という人。一度ぐぐってみたことがありますが、どうもカーペンターズのCD絡みでしか見掛けないお名前です。
「私は今、この歌をあなたの為に歌っているのよ...................私の人生でずっとあなたを愛しているわ。あなたは私の友達なんだもの...........そして、私の人生が尽きる時には想い出して。私達が一緒だった時を.......」 やばいかな?まぁ、いいか。どうもこういう歌には弱いです。
まぁ、ツボにはまる時ってのは、こんなもんなのかも知れません。
このアルバム、この後にすぐ皆様御存知トップ・オブ・ザ・ワールドが入ってるのですが、このA Song for You だけ聞いてやめてしまうことが多いです。時々、引っ張り出して聞きたくなります。
Carpenters
A&M Records 82839 3511 2
A Song for You を聞いて初めて「おお!」と思ったのは、オリジナルのレオン・ラッセルではなくて、綾戸智絵のCDでであります。Live!という2枚組みのCDがありまして、このアルバムのことはいずれ書くこともありましょうが、まぁ、ここで歌われる A Song for Youがとってもとっても印象的なのです。
で、改めて聞き直したのですが、でも、レオン・ラッセルのって見つからなかったんですよね。というより、「Song for You といえばカーペンターズ」「ああ、そうだよね」くらいにあっさり流れて、カーペンターズの方を探しに行ったわけです。確かに、綾戸智絵のを聞いた時も、瞬時に「あれ?"こういう"曲だっけ?」と思ったのですが、その"こういう"って、やっぱりカーペンターズのイメージと違う、だったと思うんですね。意識してないなりにどっかで記憶してたのかなと。
A Song for You。いい曲です。カーペンターズにやらせると、そこはかとなくだけれど絶対にそこにある孤独感、てな感じでして。詞が印象的ですが、あまり書くと色々問題になるので。でもまぁ、「おお!」と思わされた一節がこれ。
I love you for my life, you are a friend of mine.
改めてこの曲を見返した時、この "a friend of mine" という言い回しにいたく印象付けられまして。暫く後、イングランドに行った時、向こうの英語の先生に「この言い回しは、例えば "my friend" とだけ言うのに比べて特別なニュアンスが何かあるのか?」とちょっと勢い込んで尋ねたところ、「何?カーペンターズ?お前そんなものも聞くのか。いや、別に。普通じゃない?歌だから、シラブル上都合が良かったんじゃないか?それより先週のコヴェントガーデンはどうだった?」とあっさり返されてしまいました。いい先生だったんですけどね。オペラ好きの.....
閑話休題。
カレン・カーペンターズの声は、ちょっとこの曲を十分には消化するには幼い、というか、明る過ぎる感じもあるけれど、逆に言うと、それだから救いがあるのかも知れません。いずれにせよ、彼女が歌う時、"ten thousand peopleが見守る前で..."という節もなかなかに説得力のあるフレーズとして生きてきます。
いや、それ以上に印象的なのが、カレンの歌に続いて静かに入ってくるサックスのまぁ綺麗なこと!いわゆる「名演」とかいうのではなくて、ああ、サックスって、管楽器って、こんな風に人の声で言い切れないことを歌えるんだったねぇ、と、改めて思ったりするのであります。
Bob Messenger という人。一度ぐぐってみたことがありますが、どうもカーペンターズのCD絡みでしか見掛けないお名前です。
「私は今、この歌をあなたの為に歌っているのよ...................私の人生でずっとあなたを愛しているわ。あなたは私の友達なんだもの...........そして、私の人生が尽きる時には想い出して。私達が一緒だった時を.......」 やばいかな?まぁ、いいか。どうもこういう歌には弱いです。
まぁ、ツボにはまる時ってのは、こんなもんなのかも知れません。
このアルバム、この後にすぐ皆様御存知トップ・オブ・ザ・ワールドが入ってるのですが、このA Song for You だけ聞いてやめてしまうことが多いです。時々、引っ張り出して聞きたくなります。
2006/04/12のBlog
[ 03:10 ]
[ クラシック ]
G. F. Haendel Suites for Keyboard
Keith Jarrett (piano)
ECM/BMG Classics ECM 1530/78118-21530-2
10日ほど更新が滞っていました。忙しいとか、色々理由はあるんですが、まぁ率直に言うと書くネタが無かったんですね。何故かというと車で聞いてないから。渋滞がね、この1週間、何故か殆ど無かったんですよ。で、ニュースの時間と重なってるのも多かったし。書くほど音楽聞いてなかったんですね。渋滞に遭わないと更新が滞る。なんてノンエコロジカルなblogなのかしら。
さて、キース・ジャレットといえば、言わずと知れた今を代表するジャズ・ピアニストの一人でありますが、実は、一時期、クラシックの演奏を盛んに重ねていた時期があります。録音先は勿論ECM。ジャズと言うかニューエイジと言うか、まぁそうした音楽ですが、それなりにいい演奏を繰り広げていました。バッハ、モーツァルト、ショスタコーヴィチ。
でも、いわゆるクラシック系の雑誌では「よくできました」と言われておしまい、一般のリスナーはそんな際物とばかりに早々に無かった事にしてしまって、いつしか、量販店の棚には置いてあるけどさ、という感じの録音になってしまいました。信用出来なかったんでしょうね、ジャズ屋の弾くバッハなんて。一方、ジャズな人達にとっても「いや、それで?」てな調子で。まぁあれだけ名のある人の演奏としてはこれほど冷遇されるのも珍しい。実際の演奏は、まぁ言ってみればむしろ保守的で端正、但し割と遠慮なく響かせるよね、という、問題無しとは言わないけどおしいことした名演、って感じでしょうか。
このヘンデルも、そうした録音の一つ。これなんて、日本盤で発売されたことあったのかな?
演奏自体は、確かに、ちょっと扱いに困ってしまうかも知れないですね。なんというか、とても普通なのです。1993年の録音なのだけど、ピアノでヘンデルを弾くとこうなります、って感じの音楽です。といっても、教材みたいに弾いているわけではない。いわゆる古楽系の演奏かというと、勿論違う。ピアノの特性を前面に押し出しているわけでもない。勿論ジャズ風にアレンジしているわけでもない。
ただ、このヘンデルの組曲集、主に舞曲の形で書かれているわけですが、随分とこう面白く聞こえます。舞曲の旋律よりも、内声の方が目立って聞こえる感じがするのですね。元々キース・ジャレットという人、ソロ・コンサートでの、言葉本来の意味でのフリーな演奏を繰り広げてきた人だけに、旋律と伴奏と、というような、優れてホモフォニー的なスタイルとはちょっと違う感じの演奏になるのかも知れません、というのは、まぁ、楽器をやらない素人のいい加減な感想ではあります。
そういえば、このCD、ライナーノートにキース・ジャレット自身の言葉で曰く "...these solo pieces are, in general, non-dramatic and non-virtuosic." いやいやどうして、ヴィルトゥォージティの方はともかく、ドラマ的には水面下でとても緊迫してますよ。面白いです。
本当にいいのか勘違いか、少々スリリングなキース・ジャレットの録音は他にもいろいろあります。面白いですよ。
Keith Jarrett (piano)
ECM/BMG Classics ECM 1530/78118-21530-2
10日ほど更新が滞っていました。忙しいとか、色々理由はあるんですが、まぁ率直に言うと書くネタが無かったんですね。何故かというと車で聞いてないから。渋滞がね、この1週間、何故か殆ど無かったんですよ。で、ニュースの時間と重なってるのも多かったし。書くほど音楽聞いてなかったんですね。渋滞に遭わないと更新が滞る。なんてノンエコロジカルなblogなのかしら。
さて、キース・ジャレットといえば、言わずと知れた今を代表するジャズ・ピアニストの一人でありますが、実は、一時期、クラシックの演奏を盛んに重ねていた時期があります。録音先は勿論ECM。ジャズと言うかニューエイジと言うか、まぁそうした音楽ですが、それなりにいい演奏を繰り広げていました。バッハ、モーツァルト、ショスタコーヴィチ。
でも、いわゆるクラシック系の雑誌では「よくできました」と言われておしまい、一般のリスナーはそんな際物とばかりに早々に無かった事にしてしまって、いつしか、量販店の棚には置いてあるけどさ、という感じの録音になってしまいました。信用出来なかったんでしょうね、ジャズ屋の弾くバッハなんて。一方、ジャズな人達にとっても「いや、それで?」てな調子で。まぁあれだけ名のある人の演奏としてはこれほど冷遇されるのも珍しい。実際の演奏は、まぁ言ってみればむしろ保守的で端正、但し割と遠慮なく響かせるよね、という、問題無しとは言わないけどおしいことした名演、って感じでしょうか。
このヘンデルも、そうした録音の一つ。これなんて、日本盤で発売されたことあったのかな?
演奏自体は、確かに、ちょっと扱いに困ってしまうかも知れないですね。なんというか、とても普通なのです。1993年の録音なのだけど、ピアノでヘンデルを弾くとこうなります、って感じの音楽です。といっても、教材みたいに弾いているわけではない。いわゆる古楽系の演奏かというと、勿論違う。ピアノの特性を前面に押し出しているわけでもない。勿論ジャズ風にアレンジしているわけでもない。
ただ、このヘンデルの組曲集、主に舞曲の形で書かれているわけですが、随分とこう面白く聞こえます。舞曲の旋律よりも、内声の方が目立って聞こえる感じがするのですね。元々キース・ジャレットという人、ソロ・コンサートでの、言葉本来の意味でのフリーな演奏を繰り広げてきた人だけに、旋律と伴奏と、というような、優れてホモフォニー的なスタイルとはちょっと違う感じの演奏になるのかも知れません、というのは、まぁ、楽器をやらない素人のいい加減な感想ではあります。
そういえば、このCD、ライナーノートにキース・ジャレット自身の言葉で曰く "...these solo pieces are, in general, non-dramatic and non-virtuosic." いやいやどうして、ヴィルトゥォージティの方はともかく、ドラマ的には水面下でとても緊迫してますよ。面白いです。
本当にいいのか勘違いか、少々スリリングなキース・ジャレットの録音は他にもいろいろあります。面白いですよ。
2006/04/02のBlog
[ 22:58 ]
[ クラシック ]
L.v.Beethoven Symphony No. 7 & 8
Berliner Philharmoniker
Claudio Abbado (conduct)
Deutche Grammophon 469 004-2
mozart1889さんの、ブロムシュテットの7番の記事にトラックバックさせて戴いてます。
[関連したBlog]
この間、UK(イギリス)の野外コンサートの話を書きましたが、まぁUKに限らずですが、夏場の野外コンサートというのは結構あります。有名なところでは、ブレゲンツの湖上オペラなんてのがありますが、UKでもそこまで有名じゃなく、非定期的でも、野外コンサートは時々見かけます。
UKで夏場で音楽祭で、というと、割とよく知られているのはプロムス - the PROMs - ですが、中でも知られたプロムスのラスト・ナイトでも、会場のロイヤル・アルバート・ホールとは別に、ハイド・パークで中継し、UK各地に特設会場を設けて、なんてことをやったりします。UKの夏は遅くて、21時過ぎくらいまで薄明るかったりしますから、そういうのをやってもあまり違和感が無いんですね、多分。
プロムス自体、どうも日本では本当のところはあまりよく分かってないんじゃないかという気もするのですが、この辺の話もまた別の機会にして、実は「プロムス」なるものは別にロンドンだけでやってるわけじゃないんですね。実はUK各地であちこちで勝手にプロムスと名付けてコンサートをやったりしている。大体が「プロムス」って名前からして、 the PROMs、即ち the promenade concerts、の略称ですから。定冠詞の the を付けて特定のもの、つまり「あれ」を示しているわけですが、元を正せば一般名詞。
去年の夏、スコットランドに行ってきました。正確にはシェトランド諸島に行って、帰りは車でぶらぶら南下してきたのですが、その際たまたま「スコットランドのプロムス」と称する催しに寄ってきました。ハイランドから国道を南に向かう途中、たまたまある観光案内所で見かけたので尋ねたところ、今夜、そこから100キロ足らずのところでやるとの答え。道からは外れるけど、どうせ予定も無いしということで、行ってみたのでした。
場所はカーライルから東に50キロくらいのところにあるお城。そこの前庭を使って野外コンサートをやるわけですが、何せ庭が広いので、見渡す限り人、人、人。押しあいへしあいって感じじゃないんですが、見事に埋まってます。ピクニック気分なんですね。中にはでっかいテント張って、テーブルと椅子持ち込んで、ナイフとフォークでワインに料理、皆さん正装でいらっしゃってる、とかね。
ところが天気はぐずつき模様。昼間はなんとか頑張ってるんですが、スコットランドあたりでは日が暮れて気温が下がると水蒸気が飽和するのか、夕方に降り出すケースが多いんですね。御多聞に漏れず雨粒がパラパラ、ザァザァ。でも、誰も退避しない。傘差して、ジャケットのフードを被って、耐えます。蒸し暑いというほどの気温にならないのはスコットランドならでは。
プログラムも、なんか種種雑多で、うろ覚えですが、ウィンナ・ワルツあり、ツィゴイネルワイゼンだかツィガーヌだかあり、スコッティッシュの歌手を呼んでのスコットランド民謡あり、いろいろ。そして、クライマックスの目玉が「ベートーヴェンの第7番第4楽章(だけ)・花火付」。こちらもいい加減雨でうんざりしてたところでしたが、これだけは聞こうと頑張りました。
いや、ホントに音楽に合わせて花火が上がる。冒頭の「ジャンジャカジャン! ジャンジャカジャン!」ってやつから始まって、まぁ、ティンパニが頑張るところに合わせて花火が上がるとか、そんな感じですね。日本の花火にくらべるとまぁ規模・色とも貧弱で単純ですが、それなりに考えて、強弱のアクセントも付けて、見物としては確かに面白いかも知れない。それにしてもよくまぁこんなこと考え付くものよ、と。日本では、いわゆるJ-POPのコンサートなんかでは使いますけど、こんな風に楽曲とリンクさせて、しかもベートーヴェンでやるってのはまず思いつかないだろうなと。
これが実はオーケストラはスコットランドBBC交響楽団だかなんだか、つまり一応プロ。
演奏は、まぁ推して知るべしですけど、リズムをきちんと聞こえるようにやるから、ああなるほどこんな風に花火が上がるのね、と得心出来るようになってるし。花火の頃には雨も止んで、最後はオールド・ラング・ザインをみんなで合唱。
雨が降っても帰らないスコッティッシュも見事なもんですが、彼らにしてみりゃ折角のお祭り、いつもの雨くらいで帰る気は無いんでしょうね。
本家の the PROMs でもそうだけど、良し悪し出来具合を云々する一方で、それはそれとして楽しんでしまう、そういう付き合い方というのがあるんでしょう。あそこで楽しんでる人達に「でもまぁ演奏はやっぱり本家のPROMsとでは落ちるよね」とか言ったら、「でもあっちには花火なんてないんだぜ!」って得意満面に返してくるような、イメージとしてはそんな感じかなと。
ベートーヴェンの交響曲はいろんな録音がありますが、第7番、特に第4楽章に関してはアバドとベルリン・フィルのを。こういう曲をやらせると、やはりベルリン・フィルは上手いです。アバドのコントロールも絶妙。花火上げて聞くならこれだな(笑)
Berliner Philharmoniker
Claudio Abbado (conduct)
Deutche Grammophon 469 004-2
mozart1889さんの、ブロムシュテットの7番の記事にトラックバックさせて戴いてます。
[関連したBlog]
この間、UK(イギリス)の野外コンサートの話を書きましたが、まぁUKに限らずですが、夏場の野外コンサートというのは結構あります。有名なところでは、ブレゲンツの湖上オペラなんてのがありますが、UKでもそこまで有名じゃなく、非定期的でも、野外コンサートは時々見かけます。
UKで夏場で音楽祭で、というと、割とよく知られているのはプロムス - the PROMs - ですが、中でも知られたプロムスのラスト・ナイトでも、会場のロイヤル・アルバート・ホールとは別に、ハイド・パークで中継し、UK各地に特設会場を設けて、なんてことをやったりします。UKの夏は遅くて、21時過ぎくらいまで薄明るかったりしますから、そういうのをやってもあまり違和感が無いんですね、多分。
プロムス自体、どうも日本では本当のところはあまりよく分かってないんじゃないかという気もするのですが、この辺の話もまた別の機会にして、実は「プロムス」なるものは別にロンドンだけでやってるわけじゃないんですね。実はUK各地であちこちで勝手にプロムスと名付けてコンサートをやったりしている。大体が「プロムス」って名前からして、 the PROMs、即ち the promenade concerts、の略称ですから。定冠詞の the を付けて特定のもの、つまり「あれ」を示しているわけですが、元を正せば一般名詞。
去年の夏、スコットランドに行ってきました。正確にはシェトランド諸島に行って、帰りは車でぶらぶら南下してきたのですが、その際たまたま「スコットランドのプロムス」と称する催しに寄ってきました。ハイランドから国道を南に向かう途中、たまたまある観光案内所で見かけたので尋ねたところ、今夜、そこから100キロ足らずのところでやるとの答え。道からは外れるけど、どうせ予定も無いしということで、行ってみたのでした。
場所はカーライルから東に50キロくらいのところにあるお城。そこの前庭を使って野外コンサートをやるわけですが、何せ庭が広いので、見渡す限り人、人、人。押しあいへしあいって感じじゃないんですが、見事に埋まってます。ピクニック気分なんですね。中にはでっかいテント張って、テーブルと椅子持ち込んで、ナイフとフォークでワインに料理、皆さん正装でいらっしゃってる、とかね。
ところが天気はぐずつき模様。昼間はなんとか頑張ってるんですが、スコットランドあたりでは日が暮れて気温が下がると水蒸気が飽和するのか、夕方に降り出すケースが多いんですね。御多聞に漏れず雨粒がパラパラ、ザァザァ。でも、誰も退避しない。傘差して、ジャケットのフードを被って、耐えます。蒸し暑いというほどの気温にならないのはスコットランドならでは。
プログラムも、なんか種種雑多で、うろ覚えですが、ウィンナ・ワルツあり、ツィゴイネルワイゼンだかツィガーヌだかあり、スコッティッシュの歌手を呼んでのスコットランド民謡あり、いろいろ。そして、クライマックスの目玉が「ベートーヴェンの第7番第4楽章(だけ)・花火付」。こちらもいい加減雨でうんざりしてたところでしたが、これだけは聞こうと頑張りました。
いや、ホントに音楽に合わせて花火が上がる。冒頭の「ジャンジャカジャン! ジャンジャカジャン!」ってやつから始まって、まぁ、ティンパニが頑張るところに合わせて花火が上がるとか、そんな感じですね。日本の花火にくらべるとまぁ規模・色とも貧弱で単純ですが、それなりに考えて、強弱のアクセントも付けて、見物としては確かに面白いかも知れない。それにしてもよくまぁこんなこと考え付くものよ、と。日本では、いわゆるJ-POPのコンサートなんかでは使いますけど、こんな風に楽曲とリンクさせて、しかもベートーヴェンでやるってのはまず思いつかないだろうなと。
これが実はオーケストラはスコットランドBBC交響楽団だかなんだか、つまり一応プロ。
演奏は、まぁ推して知るべしですけど、リズムをきちんと聞こえるようにやるから、ああなるほどこんな風に花火が上がるのね、と得心出来るようになってるし。花火の頃には雨も止んで、最後はオールド・ラング・ザインをみんなで合唱。
雨が降っても帰らないスコッティッシュも見事なもんですが、彼らにしてみりゃ折角のお祭り、いつもの雨くらいで帰る気は無いんでしょうね。
本家の the PROMs でもそうだけど、良し悪し出来具合を云々する一方で、それはそれとして楽しんでしまう、そういう付き合い方というのがあるんでしょう。あそこで楽しんでる人達に「でもまぁ演奏はやっぱり本家のPROMsとでは落ちるよね」とか言ったら、「でもあっちには花火なんてないんだぜ!」って得意満面に返してくるような、イメージとしてはそんな感じかなと。
ベートーヴェンの交響曲はいろんな録音がありますが、第7番、特に第4楽章に関してはアバドとベルリン・フィルのを。こういう曲をやらせると、やはりベルリン・フィルは上手いです。アバドのコントロールも絶妙。花火上げて聞くならこれだな(笑)
2006/04/01のBlog
[ 23:09 ]
[ オペラ ]
G.Puccini "Turandot"
Eva Marton, Katia Ricciarelli (sorano)
Jose Carreras (tenor), etc
Wiener Saengerknaben
Chor & Orchester der Wiener Staatsoper
Lorin Maazel (conduct)
CBS/SONY M2K39160
春ですね~。今日から4月であります。
こないだ「誰も寝てはならぬ」の話を書きましたが、ことのついでなんで「トゥーランドット」自体ももうちょっと真面目に書きましょうか。いや、ま、粗筋なんてあんなもんなんだけどさ。
プッチーニというのは、メロディ命の人ではありますが、結構ムラがあったりします。含有率っていうのかな、いいメロディの。トゥーランドットは結構含有率が高いです。実は中国音楽の旋律から沢山借りて来てるんだよね、という話はあるのですが、それにしても、その処理の仕方は秀逸。実際には未完の作品ですし、最後を完成させたのは弟子のフランコ・アルファーノという人ですが、これも無難なりによくまとまった出来です。オペラとしてはいい感じ。というわけで、個人的には、いいメロディの含有率の高さ、加えてその処理の仕方、何よりキャッチーに処理されている点から、ボエームと並んで最高傑作の一つと思っています。プッチーニは歌を聞け。歌を聞くならトゥーランドット。
で、「誰も寝てはならぬ」に行くわけで、それはそれでとっても正しい話なのですが、そればっかりじゃ仕方ないので、他にもいい旋律はあるのです。というより、「誰も寝てはならぬ」はこのオペラで最高の瞬間ではないと思っています。カラフじゃないんですよ。トゥーランドットでも勿論無い。
実はこのオペラ、カラフとトゥーランドットという二人の対決の影に隠れて、脇役が一人います。リュー。カラフの父、ティムール(先のタタール王)が敗れ流浪の身となった時、ただ一人付き従った女奴隷。カラフに恋心を抱きつつ、忠誠を誓い主君の勝利・自分の秘めた恋の破綻をこそ願うという、まぁいい役でございましょ?
プッチーニは、この麗しい役柄に、最高の歌をあてがいました。第1幕、トゥーランドットに一目惚れして、後先考えず「クイズに挑戦だぁ~」と勢い込むカラフを泣いて止める歌「ご主人様、お聞き下さい」。これも佳曲ですが、更に、第3幕、北京人民らにカラフの名を白状せよと拷問に掛けられ、耐え切れず死を覚悟して歌う「氷のような姫君も」。このニ曲は、トゥーランドットのそれに比べれば小曲ではありますが、ソプラノのアリアとしては素晴らしいものであります。
が、本当に素晴らしいのは、その3幕のアリアの直前。人民に捕まり引き出され、拷問に掛けられてもカラフの名を白状しないリューに対し、トゥーランドットが尋ねます。「何がお前をそうも堅固にしているのか?」と。それに対し、リューが答えます。「それは愛です。私の秘められた愛あればこそ。拷問を受けても、その名を答えないことで、私は彼に、あなたの愛を差し上げられるのです。たとえその成就により、私は何もかも失うのだとしても!」うう、なんて健気なええ娘や....(/_;)
この場面に、プッチーニは本当に綺麗な、このオペラの中でも最も美しいと言える音楽を与えています。素晴らしく繊細で美しいメロディ、優しげな弦合奏。プッチーニが書いた中でも最高の一つかも知れません。これ、一応、レチタティーヴォってことになるんですね。アリアじゃないんです。でも、そういうのとは無関係に、いい。
役柄的には脇役なんですが、ここにいい人を持ってこないと実はこのオペラ締まりません。
全曲盤も沢山あります。「トゥーランドット」の名盤としては、他にも幾つもあるのですが、敢えてここは今聞いて楽しめるディスクをということで、このCD。1983年、ウィーン国立歌劇場でのライブ録音。若き日のカレーラスはこういう役柄にぴったりです。若々しく、勇敢で、でもバカで、愚かでもあり。何よりあの声!エヴァ・マルトンはこの役を当たり役としたソプラノ。指揮はロリン・マゼール。ちょっとあざとい感じも出したりして、ウィーン国立歌劇場のオーケストラをうまいこと使ってます。
そして、リュー役に若き日のカーティア・リッチャレッリ!ゴージャスな声、だけれど美声。繊細、というのとは少し違えども、いい声です。
Eva Marton, Katia Ricciarelli (sorano)
Jose Carreras (tenor), etc
Wiener Saengerknaben
Chor & Orchester der Wiener Staatsoper
Lorin Maazel (conduct)
CBS/SONY M2K39160
春ですね~。今日から4月であります。
こないだ「誰も寝てはならぬ」の話を書きましたが、ことのついでなんで「トゥーランドット」自体ももうちょっと真面目に書きましょうか。いや、ま、粗筋なんてあんなもんなんだけどさ。
プッチーニというのは、メロディ命の人ではありますが、結構ムラがあったりします。含有率っていうのかな、いいメロディの。トゥーランドットは結構含有率が高いです。実は中国音楽の旋律から沢山借りて来てるんだよね、という話はあるのですが、それにしても、その処理の仕方は秀逸。実際には未完の作品ですし、最後を完成させたのは弟子のフランコ・アルファーノという人ですが、これも無難なりによくまとまった出来です。オペラとしてはいい感じ。というわけで、個人的には、いいメロディの含有率の高さ、加えてその処理の仕方、何よりキャッチーに処理されている点から、ボエームと並んで最高傑作の一つと思っています。プッチーニは歌を聞け。歌を聞くならトゥーランドット。
で、「誰も寝てはならぬ」に行くわけで、それはそれでとっても正しい話なのですが、そればっかりじゃ仕方ないので、他にもいい旋律はあるのです。というより、「誰も寝てはならぬ」はこのオペラで最高の瞬間ではないと思っています。カラフじゃないんですよ。トゥーランドットでも勿論無い。
実はこのオペラ、カラフとトゥーランドットという二人の対決の影に隠れて、脇役が一人います。リュー。カラフの父、ティムール(先のタタール王)が敗れ流浪の身となった時、ただ一人付き従った女奴隷。カラフに恋心を抱きつつ、忠誠を誓い主君の勝利・自分の秘めた恋の破綻をこそ願うという、まぁいい役でございましょ?
プッチーニは、この麗しい役柄に、最高の歌をあてがいました。第1幕、トゥーランドットに一目惚れして、後先考えず「クイズに挑戦だぁ~」と勢い込むカラフを泣いて止める歌「ご主人様、お聞き下さい」。これも佳曲ですが、更に、第3幕、北京人民らにカラフの名を白状せよと拷問に掛けられ、耐え切れず死を覚悟して歌う「氷のような姫君も」。このニ曲は、トゥーランドットのそれに比べれば小曲ではありますが、ソプラノのアリアとしては素晴らしいものであります。
が、本当に素晴らしいのは、その3幕のアリアの直前。人民に捕まり引き出され、拷問に掛けられてもカラフの名を白状しないリューに対し、トゥーランドットが尋ねます。「何がお前をそうも堅固にしているのか?」と。それに対し、リューが答えます。「それは愛です。私の秘められた愛あればこそ。拷問を受けても、その名を答えないことで、私は彼に、あなたの愛を差し上げられるのです。たとえその成就により、私は何もかも失うのだとしても!」うう、なんて健気なええ娘や....(/_;)
この場面に、プッチーニは本当に綺麗な、このオペラの中でも最も美しいと言える音楽を与えています。素晴らしく繊細で美しいメロディ、優しげな弦合奏。プッチーニが書いた中でも最高の一つかも知れません。これ、一応、レチタティーヴォってことになるんですね。アリアじゃないんです。でも、そういうのとは無関係に、いい。
役柄的には脇役なんですが、ここにいい人を持ってこないと実はこのオペラ締まりません。
全曲盤も沢山あります。「トゥーランドット」の名盤としては、他にも幾つもあるのですが、敢えてここは今聞いて楽しめるディスクをということで、このCD。1983年、ウィーン国立歌劇場でのライブ録音。若き日のカレーラスはこういう役柄にぴったりです。若々しく、勇敢で、でもバカで、愚かでもあり。何よりあの声!エヴァ・マルトンはこの役を当たり役としたソプラノ。指揮はロリン・マゼール。ちょっとあざとい感じも出したりして、ウィーン国立歌劇場のオーケストラをうまいこと使ってます。
そして、リュー役に若き日のカーティア・リッチャレッリ!ゴージャスな声、だけれど美声。繊細、というのとは少し違えども、いい声です。
2006/03/30のBlog
[ 02:35 ]
[ オペラ ]
Pavarotti in Hyde Park
Luciano Pavarotti (tenor)
The Philharmonia / Chorus
Leone Magiera (conduct)
DECCA 436 320-2
いやまぁ何を今更なんですが、訊かれたわけです。↑な風に。昨日。説明しろ言うですか。それはあなたこの年度末の忙しい時に仕事の合間の息抜きショートトークにはしんどいですよ。ああっ、次の会議がぁ~
というわけで書いて説明することにしたわけです。でもトゥーランドットって説明するのめんどくさいんだよなぁ。まぁ、なんにしてもめんどくさいのに変わりはないんだけど。私の友人がずっと昔、面白すぎるTV番組式説明を開発したのだけど、あれはやつの著作(?)だしなぁ。手短にやってみましょう。
まぁ要するに主人公のカラフ君・ティムール帝国の王子サマは、とにもかくにもクイズを解いて正体を知らせぬままに中国の姫様・トゥーランドットにクイズで勝って結婚出来ることになったわけです。しかしまぁ何十人と求婚者の首を刎ねてきた剣呑なお姫様、結婚したら鬼嫁間違い無しだと思うんですが、一目あったその日からなんとやらって奴で。愛の力は偉大で盲目です。
で、この姫様、結婚する気はさらさら無くて、イヤだイヤだとゴネるので、カラフ君、「んじゃ明日の朝までに俺の名前を当ててみろ~♪そしたら首切っていいよ~ん♪」とこれまた脳天気で命懸けなラストチャンスを提供するわけです。ここまで2幕。
んでもって第3幕冒頭からお触れが出回ります。姫様は権力者ですから、北京の同志人民に指令を出します。夜のしじまに広がる声。「今夜、北京の人民は誰も寝てはならぬ!あの男の名前を解き明かすのだ!朝までにその名前が分からなければお前ら皆死刑だ!」凄いです。
怯える人民、「誰も寝てはならぬ!誰も寝てはならぬ!Nessun Dorma! Nessun Dorma!」と連呼します。
それを受けてカラフ君歌うが「誰も寝てはならぬ Nessun Dorma」
誰も寝てはならぬ......姫様、あなたも眠れはしまい。でも、私の秘密は私の胸の内にのみあるのだ。誰も知ることは無い!そしてあなたは私の口付けに屈するのだ!夜よ明けろ!星よ沈め!私は勝つのだ!勝つのだぁ~♪
(そんなわけで、誰も寝るな!と歌っているわけではないのです。で、勝つぞ~♪と
歌い上げるから、この歌をオリンピックの開会式で歌うのに理屈が合う、というわけ)
.........身も蓋も無い話だ(^^; いやまぁ、この説明で嘘は言ってないと思うんですけど.......
でまぁこの後また色々と拷問に自決に葬列に強制猥褻にと色々あるんですが、最後は目出度く終わるというのが全編の粗筋。ま、イタリアオペラだし。プッチーニだし。これでめげるようではイタリアオペラは観られない......と思うのだが.............なんかまずいこと書いたかな(^^;;
正直、そう一生懸命見てたわけではないんですが、荒川選手がトリノで使っていたのはこの Nessun Dorma を中心に、オペラの中からメロディを紡いでいたのだと思います。開会式でパヴァロッティが歌っていたのは Nessun Dorma そのもの。
ふむ。説明になるな。
いや、まぁ、ぶっちゃけちゃうとなんじゃそりゃという話で、イタリアオペラ嫌いという人も、大抵はこういう面が嫌いなのかなと思うのですが、そんな話にこんな素晴らしい音楽が付いてきちゃうのがオペラの恐ろしくも楽しいところではあります。
折角ですのでパヴァロッティに敬意を表して。でも、全曲盤は今更だし、本当は3大テノール盤があるといいんだけど、手許に見当たらないので、すぐ見つかったこのCD。
1990年のワールドカップ・イタリア大会で3大テノールコンサートをやって大規模イベントの味を占めたパヴァロッティは、その後この手のコンサートをよくやったのですが、これはその内の一つ。ロンドンはハイド・パークでの屋外コンサート。何万人入ったって話だったか。映像で見たことありますが、雨なんですよね。それでも聞き続けるイングリッシュ達。さすがです。Nessun Dorma は一番最後のアンコール。この頃はパヴァロッティもまだ衰えが著しくなかったので、CDで聞いても楽しめます。でも、今見たら、カタログに残ってない............
この辺の屋外コンサートとかの話は、またの機会に。それはそれで悪くないんですよ。
Luciano Pavarotti (tenor)
The Philharmonia / Chorus
Leone Magiera (conduct)
DECCA 436 320-2
いやまぁ何を今更なんですが、訊かれたわけです。↑な風に。昨日。説明しろ言うですか。それはあなたこの年度末の忙しい時に仕事の合間の息抜きショートトークにはしんどいですよ。ああっ、次の会議がぁ~
というわけで書いて説明することにしたわけです。でもトゥーランドットって説明するのめんどくさいんだよなぁ。まぁ、なんにしてもめんどくさいのに変わりはないんだけど。私の友人がずっと昔、面白すぎるTV番組式説明を開発したのだけど、あれはやつの著作(?)だしなぁ。手短にやってみましょう。
まぁ要するに主人公のカラフ君・ティムール帝国の王子サマは、とにもかくにもクイズを解いて正体を知らせぬままに中国の姫様・トゥーランドットにクイズで勝って結婚出来ることになったわけです。しかしまぁ何十人と求婚者の首を刎ねてきた剣呑なお姫様、結婚したら鬼嫁間違い無しだと思うんですが、一目あったその日からなんとやらって奴で。愛の力は偉大で盲目です。
で、この姫様、結婚する気はさらさら無くて、イヤだイヤだとゴネるので、カラフ君、「んじゃ明日の朝までに俺の名前を当ててみろ~♪そしたら首切っていいよ~ん♪」とこれまた脳天気で命懸けなラストチャンスを提供するわけです。ここまで2幕。
んでもって第3幕冒頭からお触れが出回ります。姫様は権力者ですから、北京の同志人民に指令を出します。夜のしじまに広がる声。「今夜、北京の人民は誰も寝てはならぬ!あの男の名前を解き明かすのだ!朝までにその名前が分からなければお前ら皆死刑だ!」凄いです。
怯える人民、「誰も寝てはならぬ!誰も寝てはならぬ!Nessun Dorma! Nessun Dorma!」と連呼します。
それを受けてカラフ君歌うが「誰も寝てはならぬ Nessun Dorma」
誰も寝てはならぬ......姫様、あなたも眠れはしまい。でも、私の秘密は私の胸の内にのみあるのだ。誰も知ることは無い!そしてあなたは私の口付けに屈するのだ!夜よ明けろ!星よ沈め!私は勝つのだ!勝つのだぁ~♪
(そんなわけで、誰も寝るな!と歌っているわけではないのです。で、勝つぞ~♪と
歌い上げるから、この歌をオリンピックの開会式で歌うのに理屈が合う、というわけ)
.........身も蓋も無い話だ(^^; いやまぁ、この説明で嘘は言ってないと思うんですけど.......
でまぁこの後また色々と拷問に自決に葬列に強制猥褻にと色々あるんですが、最後は目出度く終わるというのが全編の粗筋。ま、イタリアオペラだし。プッチーニだし。これでめげるようではイタリアオペラは観られない......と思うのだが.............なんかまずいこと書いたかな(^^;;
正直、そう一生懸命見てたわけではないんですが、荒川選手がトリノで使っていたのはこの Nessun Dorma を中心に、オペラの中からメロディを紡いでいたのだと思います。開会式でパヴァロッティが歌っていたのは Nessun Dorma そのもの。
ふむ。説明になるな。
いや、まぁ、ぶっちゃけちゃうとなんじゃそりゃという話で、イタリアオペラ嫌いという人も、大抵はこういう面が嫌いなのかなと思うのですが、そんな話にこんな素晴らしい音楽が付いてきちゃうのがオペラの恐ろしくも楽しいところではあります。
折角ですのでパヴァロッティに敬意を表して。でも、全曲盤は今更だし、本当は3大テノール盤があるといいんだけど、手許に見当たらないので、すぐ見つかったこのCD。
1990年のワールドカップ・イタリア大会で3大テノールコンサートをやって大規模イベントの味を占めたパヴァロッティは、その後この手のコンサートをよくやったのですが、これはその内の一つ。ロンドンはハイド・パークでの屋外コンサート。何万人入ったって話だったか。映像で見たことありますが、雨なんですよね。それでも聞き続けるイングリッシュ達。さすがです。Nessun Dorma は一番最後のアンコール。この頃はパヴァロッティもまだ衰えが著しくなかったので、CDで聞いても楽しめます。でも、今見たら、カタログに残ってない............
この辺の屋外コンサートとかの話は、またの機会に。それはそれで悪くないんですよ。
2006/03/28のBlog
[ 02:10 ]
[ ジャズ ]
No Name Horses
No Name Horses
Verve UCCJ-2043
たまには本音を書こうの回であります。いやまぁいつも本音は書いてるんだけど、書かないことってのもあるわけで。
小曽根真というジャズピアニストが居ます。いやまぁ、今の日本人ジャズピアニストとしては、かなりなもので、FMでもナビゲーターとしてOZ MEETS JAZZという番組を持ってますので(東京だとJ-WAVEで土曜の夜)知る人も多いと思いますが。で、彼があるきっかけでビッグバンドを編成しまして、そのバンド名とアルバム・タイトルがこの No Name Horses。
発売がこの1月で、発売記念のコンサートツアーをこの日曜までやってました。もう終わっちゃったんですよ。最後はブルーノート東京で1週間。で、それを聞いてきたんですけどね。
アンコールのMCで、小曽根さんが「放送では言えないんだけど」と言いつつ語ったこと。"音楽っていうのは、残酷なくらい、いい悪いが、技術面でとかいろんな面ではっきりしてしまうもの。その中で、本当にこれほどの素晴らしいミュージシャンが揃うというのは自分にとって本当に嬉しい。"
そうなんですよね.................................................
いやまぁ確かにこのバンド上手いです。本当に上手い。ビッグバンドって、あの、トランペットやなんかが沢山集まってどんちゃかやるあれでしょ?と思っていらっしゃる方は一聴召されい。そりゃぁまぁ賑やかですが、これは面白いですよ。うっかりすると簡単にやってるように聞こえるでしょうが(いやホントに良く整ってて、簡単そうに聞こえるんだこれが)、凄いですよこれは、実は。例えば今鳴っているのが"You're not alone"というバラードですが、ここでのフリューゲルホルンの見事なこと!これに比べて.....とは言わないけれど、なるほど音楽はいい悪いがはっきり出てしまうもの。でも、生はもっと面白かったのであります......
クラシックファンはこういうの聞かない?買わない?じゃぁ、是非レンタルで借りてみて下さいなと。
No Name Horses
Verve UCCJ-2043
たまには本音を書こうの回であります。いやまぁいつも本音は書いてるんだけど、書かないことってのもあるわけで。
小曽根真というジャズピアニストが居ます。いやまぁ、今の日本人ジャズピアニストとしては、かなりなもので、FMでもナビゲーターとしてOZ MEETS JAZZという番組を持ってますので(東京だとJ-WAVEで土曜の夜)知る人も多いと思いますが。で、彼があるきっかけでビッグバンドを編成しまして、そのバンド名とアルバム・タイトルがこの No Name Horses。
発売がこの1月で、発売記念のコンサートツアーをこの日曜までやってました。もう終わっちゃったんですよ。最後はブルーノート東京で1週間。で、それを聞いてきたんですけどね。
アンコールのMCで、小曽根さんが「放送では言えないんだけど」と言いつつ語ったこと。"音楽っていうのは、残酷なくらい、いい悪いが、技術面でとかいろんな面ではっきりしてしまうもの。その中で、本当にこれほどの素晴らしいミュージシャンが揃うというのは自分にとって本当に嬉しい。"
そうなんですよね.................................................
いやまぁ確かにこのバンド上手いです。本当に上手い。ビッグバンドって、あの、トランペットやなんかが沢山集まってどんちゃかやるあれでしょ?と思っていらっしゃる方は一聴召されい。そりゃぁまぁ賑やかですが、これは面白いですよ。うっかりすると簡単にやってるように聞こえるでしょうが(いやホントに良く整ってて、簡単そうに聞こえるんだこれが)、凄いですよこれは、実は。例えば今鳴っているのが"You're not alone"というバラードですが、ここでのフリューゲルホルンの見事なこと!これに比べて.....とは言わないけれど、なるほど音楽はいい悪いがはっきり出てしまうもの。でも、生はもっと面白かったのであります......
クラシックファンはこういうの聞かない?買わない?じゃぁ、是非レンタルで借りてみて下さいなと。
2006/03/26のBlog
[ 04:40 ]
[ 車で音楽 ]
Zur Ehre des Alphorns (In Praise of the Alphorn)
Various Musicians
Claves CD50-500
アルプホルンを御存知でしょうか。あの、木製の、めちゃめちゃ寸法が長いやつ。まーっすぐ伸びてて人の背丈よりあるという。音は確かに金管楽器としてのホルンに似てますが、生で聴くとちょっと違う感じ。アルプホルンと言う名の通り、アルプスで羊飼いなんかが吹いていたらしいです。
アルプスと言えば長野県....じゃなくてスイスであります。スイスという国はヨーロッパのど真ん中、イタリアとドイツに挟まれて、そりゃぁ知らぬ人も無い国ではありますが、いわゆるクラシック音楽の世界としてはあまりメジャーではありません。チューリッヒはじめ各都市に演奏団体もオペラハウスもあるし、決してひけを取らないのではあるけれど、クラシック音楽の年代記を飾るに至るのは随分後のこと。
やはり、人口が少なくて貴族が居ない国というのは、この世界では後進なのでしょう。そもそも、アルプスというものが邪魔者であったり魔境であったりしたのが、探索の対象になり、征服の対象になり、遂には鑑賞の対象となるに至ったのは19世紀のこと。今からは想像も出来ないですが、観光大国となる前のスイスは大変な国でした。
で、そんな、クラシック音楽としてはエアポケット的な存在のスイスを代表するレーベルの一つがクラーヴェス(Claves)であります。マイナーレーベルではありますが、例えばエルンスト・ヘフリガーによるシューベルトの歌曲集を出すなど、昔から活発にリリースを続けている会社です。最近、日本での紹介度合いはやや減っていますが、もっと注目されていいレーベルです。まぁ、注目されないおかげで某大手CDショップのバーゲン箱に入っていたのですが。
このCD、元は1975年頃に録音されたものらしいです。あんまりはっきり書いてないんですよね。一種のコンピレーションものらしくて、演奏者も色々、録音された環境も色々。小鳥の鳴き声が入ってるようなのもあったり。
演奏される曲も色々です。昔からの曲あり、楽譜化されて今に残るものあり、即興あり、レオポルド・モーツァルト(モーツァルト父ですね)のSinfonia Pastorellaという、一応3楽章の小曲もあり、現代の作曲家によるものもあり。中にはブラームスがリギ山で聞いたアルプホルンを採譜し、後には交響曲第1番の終楽章、有名なホルンの旋律に転用した、そのメロディもあります。
まぁ、いずれもわりとのんびりした感じの音楽であります。音楽というよりこれは断片じゃないの?と言いたくなるようなのも(先のブラームスのそれとか)ありますが、こういうの結構好きなんですよね。アルプホルンと言うくらいですから、金管のホルンによく似た感じですが(ってゆーかアルプホルンの方が本来オリジナルの筈ですが)、時にホルンに感じられる鋭角的な響きが無いんですよね。たまたま入手したCDではありますが、楽しめました。
Various Musicians
Claves CD50-500
アルプホルンを御存知でしょうか。あの、木製の、めちゃめちゃ寸法が長いやつ。まーっすぐ伸びてて人の背丈よりあるという。音は確かに金管楽器としてのホルンに似てますが、生で聴くとちょっと違う感じ。アルプホルンと言う名の通り、アルプスで羊飼いなんかが吹いていたらしいです。
アルプスと言えば長野県....じゃなくてスイスであります。スイスという国はヨーロッパのど真ん中、イタリアとドイツに挟まれて、そりゃぁ知らぬ人も無い国ではありますが、いわゆるクラシック音楽の世界としてはあまりメジャーではありません。チューリッヒはじめ各都市に演奏団体もオペラハウスもあるし、決してひけを取らないのではあるけれど、クラシック音楽の年代記を飾るに至るのは随分後のこと。
やはり、人口が少なくて貴族が居ない国というのは、この世界では後進なのでしょう。そもそも、アルプスというものが邪魔者であったり魔境であったりしたのが、探索の対象になり、征服の対象になり、遂には鑑賞の対象となるに至ったのは19世紀のこと。今からは想像も出来ないですが、観光大国となる前のスイスは大変な国でした。
で、そんな、クラシック音楽としてはエアポケット的な存在のスイスを代表するレーベルの一つがクラーヴェス(Claves)であります。マイナーレーベルではありますが、例えばエルンスト・ヘフリガーによるシューベルトの歌曲集を出すなど、昔から活発にリリースを続けている会社です。最近、日本での紹介度合いはやや減っていますが、もっと注目されていいレーベルです。まぁ、注目されないおかげで某大手CDショップのバーゲン箱に入っていたのですが。
このCD、元は1975年頃に録音されたものらしいです。あんまりはっきり書いてないんですよね。一種のコンピレーションものらしくて、演奏者も色々、録音された環境も色々。小鳥の鳴き声が入ってるようなのもあったり。
演奏される曲も色々です。昔からの曲あり、楽譜化されて今に残るものあり、即興あり、レオポルド・モーツァルト(モーツァルト父ですね)のSinfonia Pastorellaという、一応3楽章の小曲もあり、現代の作曲家によるものもあり。中にはブラームスがリギ山で聞いたアルプホルンを採譜し、後には交響曲第1番の終楽章、有名なホルンの旋律に転用した、そのメロディもあります。
まぁ、いずれもわりとのんびりした感じの音楽であります。音楽というよりこれは断片じゃないの?と言いたくなるようなのも(先のブラームスのそれとか)ありますが、こういうの結構好きなんですよね。アルプホルンと言うくらいですから、金管のホルンによく似た感じですが(ってゆーかアルプホルンの方が本来オリジナルの筈ですが)、時にホルンに感じられる鋭角的な響きが無いんですよね。たまたま入手したCDではありますが、楽しめました。
2006/03/25のBlog
[ 01:19 ]
[ クラシック ]
