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2006/05/06のBlog
[ 00:57 ]
[ 生活 ]
家を出るのが遅れたせいで、着いたのは1年生の障害物競走が終わる直前でした。5人が横一直線に並んでスタート。せっかく用意してきた海パンを車の中に忘れてきたのをものともせずに、匠はどろをかきわけ走ります。
2006/05/04のBlog
[ 09:58 ]
[ 木の家ネット ]
またもや、ずいぶんと久しぶりの更新です。
先月の特集に登場した宮内さんは、とてもスケールの大きな大工棟梁でした。大工技術に誇りを持ち、大工道具をこよなく愛する職人としてのこころを持ちながらも、そこだけに留まらず、きちんと住まい手のことを考えた家づくりを目指していました。今回の記事はかなり長いのですが、それでも本文内に収めきれずに、カットした話がたくさんあります。大工さんへのインタビュー記事としては、決定版といってもよいのではないでしょうか。造成地の片隅にある宮内さんの刻み場で取材していると、赤いシャツとデニムのジャケットを着ている宮内さんがまるで特撮ヒーローのように見えました。特集の最後のページの写真は、実は仮面ライダーの変身のポーズをしてもらったものです。
先月の特集に登場した宮内さんは、とてもスケールの大きな大工棟梁でした。大工技術に誇りを持ち、大工道具をこよなく愛する職人としてのこころを持ちながらも、そこだけに留まらず、きちんと住まい手のことを考えた家づくりを目指していました。今回の記事はかなり長いのですが、それでも本文内に収めきれずに、カットした話がたくさんあります。大工さんへのインタビュー記事としては、決定版といってもよいのではないでしょうか。造成地の片隅にある宮内さんの刻み場で取材していると、赤いシャツとデニムのジャケットを着ている宮内さんがまるで特撮ヒーローのように見えました。特集の最後のページの写真は、実は仮面ライダーの変身のポーズをしてもらったものです。
最近、家やマンションを見るときに、その家が何を大切にしてつくられているのか、ということが気になります。それは、一時的な工期やコストであったり、見た目の豪華さだったり、安心感や技術であったりするのですが、それが住まい手の方向を向いたものであるのか、が気になるのです。
一部の人を除いて、最初から「伝統構法の家に住みたい」と、普通の住まい手は考えたりしません。「家族が仲良く暮らせる家に住みたい」「ライフステージの変化に対応できる家に住みたい」「建築費が、その後の生活の負担にならないような家が欲しい」「愛着の湧く家に住みたい」 そんなことを思うのではないでしょうか。そういった住まい手側からの視点で考え抜いていった結果、できあがるのが、例えば伝統工法の家であってほしいと思います。
「お寺のような家もいいなぁ」と、時々思います。大きく豪華な寺社建築がいいというわけではなく、人との関係性がいいのです。先日、近くのお寺に顔を出してみると、庭には花が咲き乱れ、奥では近所の子どもたちが楽しそうに遊んでいました。庭石に腰掛けて、次男と一緒にお弁当を食べたのですが、そんな風によそ者がいきなり訪ねてきても、何事もなく受け入れてくれる懐の深さがあり、お寺の人にとっても何の邪魔にもなりません。
2006/02/07のBlog
[ 06:24 ]
[ 取材 ]
今回の取材、最後の一人は岩手県は金ヶ崎の設計士、菊池さんです。案内してもらったのは茅葺き民家の再生事例。家の周囲にお堀がまわっていて、敷地内には県指定の重要文化財もあるような、地域の名家です。右の写真は玄関で、お施主さんと菊池さんとで撮ったもの。この上がりかまちの高さ! 柱の太さ! 日常的なスケールからあまりにかけ離れている為に、なんだか自分が小さくなってしまったかのような気分さえ沸き起こってきます。
差鴨居の厚さも並大抵のものではありません。しかも間取りも複雑なので、建てるには、随分と苦労し、何年もかかったとのことです。障子・襖が通るレールが何本も通ってます。地域の人は、ここを「お屋形様」とよんでいたそうです。
内陸である金ヶ崎は雪が降っていました。夜7時頃、丘の上にある宿に行こうとすると、路面が凍結していて、車が登りません。走り続けている分にはいいのですが、対向車が来るなどして、一度止まってしまうと、もうだめです。FFのスタッドレスでは、太刀打ちできません。道を変えて、なんとか辿り着きました。
ついたのは永岡温泉というところでした。まるで老人ホームのように、お年寄りがたくさんいます。人里離れた落ち着いた場所にあり、安くて気軽に泊まれるので、湯治にきている人が多いのでしょう。「来年もまた来れるかねぇ...」「あんた、死んどるかもなぁ...」といった話が、あちこちから聞こえてきます。
2006/02/05のBlog
[ 05:19 ]
[ 取材 ]
ところ変われば家も変わる。3人目の取材は、岩手のシンタックホーム菅野さんでした。最初に見せてもらったのがこの家。いくつもいくつも屋根があり、まるでお城です。垂木の木口が白く塗ってあって、寺社のようにも見えます。屋根の端が反り返っているので、よけいにそう感じるのでしょうか。伝統技術を今に受け継ぐ気仙大工の菅野さん、さすがです。
そうかと思えば、こんな軽快で現代的な家もつくってました。こちらは設計士との共同作業によるものですが、菅野さんのアイデアも随分と取り入れられているそうです。玄関から入ると、まずは風溢れる吹き抜けの居間が現れます。対面式の大きなキッチンと薪ストーブもある居間がこの家の中心で、そこから緩やかに各部屋に繋がっています。そののびやかな感じは、まるでこの家に住んでいる家族の形を表しているようでした。
保育園で、節分の豆まき用に鬼のお面をつくっていたのに、肝心の節分の日に登園できなかった匠は、ちょっと不満げでした。なので、一日遅れですが、菅野さんの家で豆まきをすることに。お店で買った豆におまけでついていたお面を、菅野さんに手伝ってもらってかぶります。まるで孫と遊ぶおじいさんのようです。
2006/02/04のBlog
[ 22:44 ]
[ 取材 ]
前回の更新から、すっかり間が空いてしまいました。今回の取材旅行は、宿でネットをつなごうにも携帯の電波すら届かないところが多く、旅行から帰って来たら帰ってきたで、たまりにたまった仕事をこなすのに手一杯で、ようやく少し落ち着いて来ました。今日から、過去にさかのぼって旅の記録を書いていきます。
まずは前回の続き、東北取材2日目、ササキ設計の佐々木さんが設計した家です。今回の取材結果が掲載されるのは春か、遅ければ夏頃。こんなにしっかり雪がつもっている写真、果たして使えるのか...と不安に思いながらシャッターを切りました。
まずは前回の続き、東北取材2日目、ササキ設計の佐々木さんが設計した家です。今回の取材結果が掲載されるのは春か、遅ければ夏頃。こんなにしっかり雪がつもっている写真、果たして使えるのか...と不安に思いながらシャッターを切りました。
軒下を見ると、つららが途中で家の内側に枝分かれしています。たぶん、つららが成長する途中で屋根の雪が少し滑り降り、これまで伸びて来たのが内側に回り込んでしまったので、このような形になっているのでは、と考えましたが、本当のところはどうなのでしょう。
軒の端を見渡してみると、つららが伸びているところと全くない部分がはっきりとわかれてました。聞けば、ストーブの熱が伝わる煙突部分は雪がとけるので、つららができるとのこと。そうか、他につららがないのは、断熱がしっかりしているからなのですね。
軒の端を見渡してみると、つららが伸びているところと全くない部分がはっきりとわかれてました。聞けば、ストーブの熱が伝わる煙突部分は雪がとけるので、つららができるとのこと。そうか、他につららがないのは、断熱がしっかりしているからなのですね。
雪かきした雪がうずたかく積まれているのを見て、いてもたってもいられなくなった匠。この家のご主人に頼み込んで、滑り台をつくってもらいました。この冬、日本海側の人に申し訳ないくらい八ヶ岳南麓は雪が少なく、ソリ滑りが大好きな匠は欲求不満気味だったのです。
ビニールのレジャーシートを借りて、本当にうれしそうに遊ぶ匠。1時間半ちかく滑っていたでしょうか。こういう時、次男の光は大人のそばで室内遊びをしています。最初、匠は泣きながらいっしょにソリをしようと光をさそったのですが、彼は強情に「イヤ」とつっぱねるばかり。兄弟の違いがはっきりしています。光に断られ、しばらくはめそめそしていた匠でしたが、2・3回滑ると、すっかりそんなことは忘れてました。
2006/02/03のBlog
[ 08:18 ]
[ 取材 ]
長男の匠は、4月から小学校に通います。すると、これまでのように簡単に旅行に出かけられなくなるので、木の家ネットの取材をためておくために、宮城・岩手のつくり手を集中して回るおよそ1週間の旅の始まりです。
どうやって電車に乗るのかが問題で、子どもと旅の荷物を抱えて早朝に出発することを考えると、車を使わないことには駅に辿り着けませんが、かといって駅前に1週間ちかくも停めておくこともできません。電車の発車時刻より40分以上余裕をみて出かけて、遠くの駐車場に車を停めて、そこから歩こうと思っていたのですが、結局、直前の準備に手間取り、ぎりぎりの時刻に駅につくことに。結局、松田さんに泣きついて、後で車を移動してもらいました。写真は特急あずさのなかの匠と光。
どうやって電車に乗るのかが問題で、子どもと旅の荷物を抱えて早朝に出発することを考えると、車を使わないことには駅に辿り着けませんが、かといって駅前に1週間ちかくも停めておくこともできません。電車の発車時刻より40分以上余裕をみて出かけて、遠くの駐車場に車を停めて、そこから歩こうと思っていたのですが、結局、直前の準備に手間取り、ぎりぎりの時刻に駅につくことに。結局、松田さんに泣きついて、後で車を移動してもらいました。写真は特急あずさのなかの匠と光。
最初の取材先は仙台市で活動している往見さん。日中は事務所で取材していたのですが、お子さんの保育園お迎えの後は、往見さんのご自宅で夕ご飯をごちそうになりながらお話をうかがうことに。子どもを肩車しながら、お酒を飲んでの取材です。
2006/01/26のBlog
[ 12:58 ]
[ 生活 ]
先日、近所のSさんからの紹介で、桑の木をたくさんもらってきました。Sさんは、長谷川敬さんのインタビュー記事をつくる時に、すぐ近くに設計した家があるので取材してみては、と紹介されてからのおつきあいです。S邸はとても品のある家で、住んでいるSさん夫婦も、折り目正しいきちんとした暮らしをされている方でした。家とそこに住む人が調和がとれているのは気持ちいいですね。裏の桑畑の地主さんが桑の木を整理するというので、切り倒した木をもらってもいいか、とわが家のために交渉してくれたのです。
約束の日の午後にいくと、4人の伐採業者が木を玉切りにしている真っ最中でした。結局、軽トラで三往復し、もらってきたのが右の写真。けっこう太い木もありました。ありがたいことです。夕方になり、日も落ちて来たのでそろそろ帰ります、とリーダーにあたる人にお礼がてら告げると、「まだあるので、いくらか積みあげて残しておくから、別の日にでも取りに来な」とのこと。頭をさげて、その日は終わりにしました。
翌日翌々日、雨が降ったので取りにいけずにいると、Sさんから電話がありました。なんでも桑畑の地主さんが「残った木を持っていってもらわないと困る」と言っているそうです。現地に行ってみると、沢山の木と枝が、あちこちに山となって残されていました。左奥の山にして、6-7山ぐらいでしょうか。軽トラで7往復分ぐらいはあると思います。細かな枝の山を含めると倍以上あります。
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