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モチドメデザイン事務所::八ヶ岳通信
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2005/09/24のBlog
[ 08:59 ] [ 生活 ]
この日はお母さんの誕生日。そのお祝いも兼ねて、東京の時の友だちが近くのキャンプ場でキャンプするというので、そこに泊まりにいく予定でした。けど、肝心のお母さんの体調がすぐれなかったのと、雨が降ったのとで、それは中止。代わりに、晩ご飯を外で食べることにしました。出かけたのは「臺眠」。造り酒屋「七賢」併設のレストランです。そこでの食事はとてもおいしく、大人たちは大満足だったのですが、子ども二人は、どうにも気がおさまりません。なので、家の中にテントを張って、そこで寝る事にしました。匠は、なんだかうっとりしています。
「くまさんは小さいテントね。」 光は、大好きなクマのぬいぐるみにも、サイズのあうテントをあてがってます。これは、料理にハエなどがたからないようにかぶせる折りたたみ式のカバーです。形がそっくり。
2005/09/23のBlog
[ 08:35 ] [ 生活 ]
持留家には3つの神様がついています。一つは居間にある神棚。もう一つは裏の水路近くにあるほこら。最後がもうちょっと西側にある馬頭観音です。この日はお彼岸で、大家さんがお供えにやってきてくれました。事前にその予定をきいていたので、早起きして、大急ぎで草刈りを済ませました。匠、光の二人も、神妙な顔をしてお参りしてました。
神様の小さなほこらが気に入ったのか、この日の夜には、お膳を腰掛けの上に載せて、家のようなものをつくってました。食後の果物は、どうしてもここで食べるといってきかず、うれしそうにぱくついている写真です。そして、これは翌日エスカレートするのでした。
2005/08/15のBlog
[ 17:07 ] [ 生活 ]
普段、持留デザイン事務所は夫婦二人だけで仕事をこなしています。プログラムやイラストなどを協力スタッフに依頼する事はありますが、あまり多くはありません。山梨に越して来て2年。もともと同業者とのつきあいは薄いほうでしたが、こちらに来て、さらにそれは少なくなりました。その分、ネットを通じて、他の人のブログやその仕事に触れて、自分もがんばらなくてはと、思う事が増えています。

ここで暮らしていると、生活に関するコストが都会とは比べ物にならないくらい低くて、それほどがんばらなくても、お金に困る事はありません。仕事の依頼は、これまでおつきあいのある方から直接指名していただけることがほとんどなのですが、Webサイトを専門業者に依頼する事が始めてのような中小企業・団体のことが多く、ともすれば、自分が慣れた方法で仕上げてしまいがちです。

そんな時に、他の人の仕事ぶりを見ると、こんな惰性で続けるようなことではいけないと気持ちが引き締まります。ブログで仕事上のトラブルや生活の悩みをつづりながら、それらを克服していくプロセスをも公開している人たちをとてもありがたく思います。時には、小説や映画、コミックなどの登場人物の生き様に励まされる事すらあります。そういった時、その作品の作者というより、登場人物その人に影響されているといったほうが実感に近いです。そう考えると、自分を支えてくれているのは、この世に実在する人物だけでなく、存在しない大勢の人たちのおかげでもあると言えます。

「存在しない」というのは、想像上の人物のように、元々この世にいなかったということだけでなく、「かつては生きていたが、もうこの世にいない」人のことも含まれます。田舎では、集落のなかにいきなり墓地があったり、お盆やお彼岸に一族でお墓参りをすることが多かったりと、生と死がすぐ隣り合わせに存在していて、その区別があいまいです。墓地はたいていひらけた日当りのよい場所にあり、今も生きている人たちを見守ってくれているようでもあります。
これは長坂駅近くの、あるお寺の写真です。春に撮りました。一面、色とりどりの花で埋め尽くされていて、この世とは思えない光景です。植物は大地と空気中の成分を使って自分のからだをつくっています。けれども、鮮やかに咲く花をみて、この色が本当に土と空気だけでつくられたものなのか、と疑問に感じた事はないでしょうか? 大地の色と、花びらを見比べるにつけ、何か他の助けがあるとしか思えないのです。

花は、古い日本の考えでは、あの世の「端(はな)」が、この世に顔をだしている存在であるそうです。この話を本当とするならば、あの世にあるのは「悲しみ」であるはずはありません。どんなに死が早く訪れた人でも、苦痛の中で死を迎えた人でも、あの世では、何かしら楽しく嬉しい思い出の中で暮らしているのではないでしょうか。この花の色の鮮やかさは、その証ではないか。そんなことを花に囲まれる中で思いました。それは願いであり、祈りです。
多忙のため、ゴールデンウイークにブログが休止してしまってから、ずっと再開のきっかけをつかめずにいました。この文章は、以前から何度も書きかけていたのですが、なかなかまとまらず、書き終えたのは9/19、僕の誕生日です。

これからは、それほど間をあけずに、けれども無理の無いペースで書いていきます。

では。
2005/05/05のBlog
毎年、うちの近所の「花の森公園」では、5月5日の子どもの日に「こいのぼり祭」が行われます。最初は集落のお祭りだったのですが、数年前に全国ネットのテレビで取り上げられてからは、近県からも人が押し寄せ、メディアの取材が10社近く入るお祭りになりました。
谷間にワイヤーを渡し、そこに数百匹の鯉のぼりが泳ぐ様は圧巻です。10年以上前はほんの数匹だったのが、近所の人からの寄付が重なり、大繁殖してこうなりました。
道はこのお祭りに押し寄せる車で身動きがとれない状態です。下の駐車場もびっしり。いろんなナンバーの車が並んでいます。
色とりどりの鯉のぼりがくくりつけられたワイヤーが5本ありました。全部で300匹ぐらいでしょうか。これが、市や町が主催ではなく、この集落による企画運営だというから驚きです。毎年、ゴールデンウイークはずっとこのお祭りの準備と片付け。ありがとうございます。
イベントは「ジャンケンゲーム」や「牛乳の早飲み競争」など、なんともほのぼのしたものが並んでいます。けど、一番の人気は午後からのどろんこ3競技、「どろんこ障害物競走」「どろんこカヌー競争」「鯉のつかみ取り」。休耕田に水をいれてどろどろにし、そこで子どもたちが思いっきり走り回ります。だから「鯉のぼり祭」のことを、「どろんこ祭」と呼ぶ人も多いです。匠の目的はもちろんこれ。去年、出場して味をしめ、1年間ずっと楽しみにしてました。

この記事、続きます。
どろんこ障害物競走が始まりました! 年齢別に4人づつに分かれてのレースです。よいスタートが切れました。
まずは、カラーコーンのまわりを一周し、その後、奥の柵の下をくぐります。柵が一つしかないため、ここで匠は順番待ちで3位に。ピンチ!
最後はサッカーボールを蹴りながら走り、ゴール地点に持って行けたら勝ち。普段はサッカー遊びをほとんどしない匠ですが、追い上げようとがんばってます。まずは一人抜きました!
前にいた子のミスも重なり、なんと一番でゴールイン! すごいすごい。いやぁ、一年間楽しみにしていた甲斐がありました。
一等賞の賞品を抱えて、満足そうな匠。やりましたやりました。テディベア君は、のちに「どろんこ君」という身もふたもない名前をつけられ、光のお気に入りになりました。

この記事、まだまだ続きます。
「どろんこ障害物競争」のあと、「どろんこカヌー競争」にも続けて出場。けど、カメラマンのお父さんがカヌーを引いて出場したので、その時の写真は残念ながらありません。右の写真は「鯉のつかみ取り」。田んぼの中におよそ100匹の鯉が放流されていて、それを手づかみで捕まえます。スタートの合図で、50人ほどの子どもたちが一斉に田んぼに入りました。浅いどろ水の中でピチピチとはね泳ぐ鯉を追って、あっちへこっちへとかけずり回ります。
中にはこんな大きな鯉もいます。地元の子は鯉を捕まえるのが本当にうまいです。幼い頃から何度もやっているので、コツを会得しているのでしょう。去年、匠とお父さんは結局一匹も捕まえることができず、それではかわいそうと、係の人がおまけで一匹くれました。
「鯉のつかみ取り」が始まって、3分ぐらいたったころ。匠が一匹捕まえました! ビニール袋で追い込んで、最後はすくい上げたそうです。ここでもやりました。
競技が終わったら、みんな特設シャワーでどろを洗い流します。けど、どろって、服を洗っても洗っても繊維の隙間から際限なく出てくるのです。だからここでは、よごれた服は袋に詰めて、体をきれいするだけでおしまい。
匠は、弟の光を寝かすために先に家に帰っていたお母さんのために、花をつんでいきました。右は、感激したお母さんの依頼で撮った記念写真。ちょっと匠の顔つきが変わったような気がします。かなり達成感があったのでしょう。充実した楽しい一日でした。

あと一つだけ続きます。
2005/05/04のBlog
この日、用事で明野町に行ったので、自然農仲間のふくちゃんの家にお昼ご飯を食べに行きました。その時に出てきたデザートがこれ。こんなの初めて見ました。ほんの一瞬、新種のみかんかと勘違いしましたが、そんなことはありません。実は、夏みかんの中身を取り出し、そこに絞った果汁をつかったゼリーを流し込んだものです。面白い。
2005/05/03のBlog
連休といえども、持留デザイン事務所は仕事がたくさん。慢性的に、仕事をこなす量より新たに積み上がっていく量の方が多いので、なんとかこの連休中に追いつくためにがんばらなくては。フリーランスで働いている人で、似たような境遇の人も多いのでは? もともと観光地のようなところに住んでいることもあり、この連休は遠出はせずに、自宅か近場で過ごすことにしました。仕事があるというのは、ありがたい話なのだけれど、努力と根性で乗り切るのではない仕組みをそろそろ考えないと。

出かけないかわりに、日常の中にお出かけ気分を。この日は朝ご飯を縁側の外で食べることにしました。元気に泳ぐ鯉のぼりの下で、パンとジャガイモのスープと目玉焼き&サラダの朝食。別荘地でこういった外ご飯(我が家では「外食」と呼んでいます)をしている人は、たまに見かけますが、昔からの集落の中で外食しているところはまれです。楽しいと思うのだけれど、やはり異文化なのでしょうか。
顔もご飯も真っ黒けなのは、日焼けしているのではなくて、露出を間違えて、写真を失敗しているから。
食後に簡易テーブルは片付けたのだけれど、味をしめたのか、子どもたちは外でお家ごっこを始めました。ご丁寧にも、使っていない半畳の畳を出してきて、もっともらしく家づくりをしています。光が、家の中では下着と腹巻き姿で、勝手なことばかり言っている昔のおやじキャラのように見えて、おかしい。
このところ晴天続きで、池の水がずいぶんと減ってしまったので、隣の田んぼからホースで水を拝借。田植え前で、除草剤を撒いていない今だからこそ、できること。いつもは、水路からバケツで運んでいます。
ホースからの水流に誘われて、池のメダカ(吉本の芸人じゃないです)たちが寄ってきました。無謀にも流れに逆らって、石の上に登ってこようとするものまでいます。考えてみれば、この閉じられた池の中で生まれ育った彼らにとって、このホースからの水は、初めて経験する水の流れなのです。外側の世界があることすら知らない彼らなのに、流れがあると本能的に体が動いてしまう。産まれたばかりの赤ん坊が、今までやったことのない肺呼吸を誰に教わるでもなく、いきなり始めるのを思い出しました。
冬を越した金魚ものっそりと泳いでいます。体長12センチほどにまで大きくなりました。
カエルもやってきました。ほかにも、アメンボがいたり、トンボのつがいが卵を産みにきたりしています。全国的には、この連休中に田植えをしてしまう兼業農家が多いのでしょうが(それを可能にするために稲は品種改良されているのです)、標高が高くて寒いこのあたりでは一ヶ月ほどあとのことです。今年の池の一年はどうなるのでしょうか。楽しみです。
2005/04/29のBlog
すぐ近所の神社で春のお祭りがありました。この神社では神楽保存会があって、年に2回、神楽を奉納していています。小さな境内に、くじ引き、たこ焼き、わた飴、フライドチキン、かき氷の屋台も出て、にぎやかです。家族連れもけっこう来てました。
これが子どもたちが張りついて離れなかったくじ引きの屋台。プラモデルや携帯ゲーム、キャラクターグッズなど、色とりどりのおもちゃに、子どもたちは心を奪われています。大人の目から見ると、正直な話、どれも大したことのないものばかりなのですが、お祭りの屋台のような特別の場所で、くじというハラハラ感があるせいか、小学校3・4年生ぐらいの子でも、まんまとお客さんになってました。

ちなみに匠と光も帰り際にチャレンジしたのですが、二人ともハズレ。それぞれ残念賞のチョロQを2つづつもらったのですが、それはそれで喜んでました。
これがお神楽。「斎場清めの舞」というのだそうです。この後、次々と演者が代わって「陣の舞」「国堅めの舞」...と続きます。実は地元の小学生の女の子たちのお神楽を楽しみにしていたのですが、いつまで経っても出てくるのはおじさんたちばかりなので、受付の人に聞いてみたら、確かに子どもの神楽はあるが、それは秋祭りだけで、春はおじさん、おじいさんだけだとのこと。面白かったですが、ちょっとがっかりして帰りました。
帰り道、ぶらさがる提灯にジャンプしようとする匠。チョロQを手に入れ、友達とも沢山会えたので、彼はそれなりに満足したようです。
2005/04/27のBlog
ようやくできあがりました、今回の木の家ネットの特集「サツキとメイとあなたの家」。けっこうヘトヘトになりましたが、仕上がりには満足してます。もちろん、作り込もうと思えば、まだいくらでも作り込めるのですが、無限に時間があるわけでもないので、今回の条件の中ではベストです。

1.プロ仕事としてのクオリティーを満足していること
2.受け手がこころを動かされること
3.つくり手のメッセージが込められていること

仕事をする上で、この3つを入れるように常々思っていますが、なかなかそうもいかないことが多いのも確かです。アウトプットの最後の部分だけをまかされ、短納期での仕上げが必要とされる場合は、1.を満たすだけで終わることも多々あります。「木の家ネット」などは、表現の上流部分からつくってますから、がんばれば1.2.3.のすべてを外さずに完走できます。最近、ほんの少しだけ、その割合が増えたような気がしてます。(気のせいか?)
偶然ですが、東京に居た頃「三鷹の森ジブリ美術館」のすぐ近くに住んでました。歩いて2分ぐらいのところです。ニセモノの受付に大きなトトロがすわっていて、うちの子にとっては、ホントに「となりのトトロ」でした。日が暮れてからお散歩する時、よくトトロに「おやすみ」を言いに行っていたことを思い出します。閉館後は照明も落ちていて、受付の中のトトロも暗くて見えないのですが、その場に守衛さんがいると、こっそり電気をつけてくれたことが何度かありました。すると「あ、トトロもおやすみ言ってくれた!」と、子どもは大喜び。守衛さん、いい職場にいるなぁ、とうらやましかったものです。
そういえば、うちで飼っていた猫が美術館の中に迷い込んだこともありました。仕事中に携帯が鳴って「ジブリ美術館ですけど...」と聞いた時にはびっくりです。その時、出会った北嶋明子さんは、後に、愛・地球博の「サツキとメイの家」の現場で再開することになります。しかも、その親方が、何年も前からの友人で、木の家ネットの発起人である中村武司さん...。一体、どういうこと?!

時々、自分の人生が大きな物語の一部分のように思えることがあります。身の回りの様々なことが、実に巧妙に連携して、一つの流れをつくっているように感じるのです。シナリオを書いているのは誰だ? 「主な登場人物」のページはないのか? で、主人公は誰...? 

とりあえず、今回の「サツキとメイとあなたの家」が完成するまでのくだりは、自分たちにとって、なかなか面白いエピソードでした。果たして続きはあるのでしょうか。