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モチドメデザイン事務所::八ヶ岳通信
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2006/02/04のBlog
前回の更新から、すっかり間が空いてしまいました。今回の取材旅行は、宿でネットをつなごうにも携帯の電波すら届かないところが多く、旅行から帰って来たら帰ってきたで、たまりにたまった仕事をこなすのに手一杯で、ようやく少し落ち着いて来ました。今日から、過去にさかのぼって旅の記録を書いていきます。

まずは前回の続き、東北取材2日目、ササキ設計の佐々木さんが設計した家です。今回の取材結果が掲載されるのは春か、遅ければ夏頃。こんなにしっかり雪がつもっている写真、果たして使えるのか...と不安に思いながらシャッターを切りました。
軒下を見ると、つららが途中で家の内側に枝分かれしています。たぶん、つららが成長する途中で屋根の雪が少し滑り降り、これまで伸びて来たのが内側に回り込んでしまったので、このような形になっているのでは、と考えましたが、本当のところはどうなのでしょう。

軒の端を見渡してみると、つららが伸びているところと全くない部分がはっきりとわかれてました。聞けば、ストーブの熱が伝わる煙突部分は雪がとけるので、つららができるとのこと。そうか、他につららがないのは、断熱がしっかりしているからなのですね。
雪かきした雪がうずたかく積まれているのを見て、いてもたってもいられなくなった匠。この家のご主人に頼み込んで、滑り台をつくってもらいました。この冬、日本海側の人に申し訳ないくらい八ヶ岳南麓は雪が少なく、ソリ滑りが大好きな匠は欲求不満気味だったのです。
ビニールのレジャーシートを借りて、本当にうれしそうに遊ぶ匠。1時間半ちかく滑っていたでしょうか。こういう時、次男の光は大人のそばで室内遊びをしています。最初、匠は泣きながらいっしょにソリをしようと光をさそったのですが、彼は強情に「イヤ」とつっぱねるばかり。兄弟の違いがはっきりしています。光に断られ、しばらくはめそめそしていた匠でしたが、2・3回滑ると、すっかりそんなことは忘れてました。
特筆すべきは、この日、佐々木さんの紹介で泊まった宿「追分温泉」。きどらない素朴な感じの温泉旅館で、料理がとてもおいしかったです。温泉も地味だけれどいい雰囲気だしてました。しかも安い! 宮城県北上町に行く機会があれば、おすすめです。けど、携帯は通じません。公衆電話が唯一の通信手段なので、小銭の用意をお忘れなく。思えば、これが通信難民の始まりでした。
2006/02/03のBlog
長男の匠は、4月から小学校に通います。すると、これまでのように簡単に旅行に出かけられなくなるので、木の家ネットの取材をためておくために、宮城・岩手のつくり手を集中して回るおよそ1週間の旅の始まりです。
どうやって電車に乗るのかが問題で、子どもと旅の荷物を抱えて早朝に出発することを考えると、車を使わないことには駅に辿り着けませんが、かといって駅前に1週間ちかくも停めておくこともできません。電車の発車時刻より40分以上余裕をみて出かけて、遠くの駐車場に車を停めて、そこから歩こうと思っていたのですが、結局、直前の準備に手間取り、ぎりぎりの時刻に駅につくことに。結局、松田さんに泣きついて、後で車を移動してもらいました。写真は特急あずさのなかの匠と光。
最初の取材先は仙台市で活動している往見さん。日中は事務所で取材していたのですが、お子さんの保育園お迎えの後は、往見さんのご自宅で夕ご飯をごちそうになりながらお話をうかがうことに。子どもを肩車しながら、お酒を飲んでの取材です。
この時、ごちそうになっていたのが「天神山」という、にごり生原酒。なんと「健土健米(みちのく波動米)」使用だそうです。健やかな土、健やかな米という言葉は初めて見ましたが良いですね。「みちのく波動米」の方は、うーん、よくわかりません。お酒自体は素材感を残しながら、とてもおいしく、おかげで話もはずんで、深くつっこんだ取材ができました。
2006/01/26のBlog
先日、近所のSさんからの紹介で、桑の木をたくさんもらってきました。Sさんは、長谷川敬さんのインタビュー記事をつくる時に、すぐ近くに設計した家があるので取材してみては、と紹介されてからのおつきあいです。S邸はとても品のある家で、住んでいるSさん夫婦も、折り目正しいきちんとした暮らしをされている方でした。家とそこに住む人が調和がとれているのは気持ちいいですね。裏の桑畑の地主さんが桑の木を整理するというので、切り倒した木をもらってもいいか、とわが家のために交渉してくれたのです。
約束の日の午後にいくと、4人の伐採業者が木を玉切りにしている真っ最中でした。結局、軽トラで三往復し、もらってきたのが右の写真。けっこう太い木もありました。ありがたいことです。夕方になり、日も落ちて来たのでそろそろ帰ります、とリーダーにあたる人にお礼がてら告げると、「まだあるので、いくらか積みあげて残しておくから、別の日にでも取りに来な」とのこと。頭をさげて、その日は終わりにしました。
翌日翌々日、雨が降ったので取りにいけずにいると、Sさんから電話がありました。なんでも桑畑の地主さんが「残った木を持っていってもらわないと困る」と言っているそうです。現地に行ってみると、沢山の木と枝が、あちこちに山となって残されていました。左奥の山にして、6-7山ぐらいでしょうか。軽トラで7往復分ぐらいはあると思います。細かな枝の山を含めると倍以上あります。
欲しいと思った分だけ木をもらうのはありがたいことなのですが、片付けることが義務となると、とたんに大変なことになってしまいます。「いくらか積み上げて残しておくから」という言葉の「いくらか」が、具体的にどれほどの量を指すのか、ちゃんと確かめておくべきでした。いやはや。

運良く、地域通貨「湧湧(わくわく)」の会合があったので、皆にこのことを告げると、薪ストーブを使っている人が片付けを手伝ってくれることに。ありがたいことです。
2006/01/21のBlog
子どもがいると家が汚れます。もちろん子どもがいなくたって汚れますが、スピードが大違いです。これは3年前に床張りしたうちの板の間ですが、まるで古い木造校舎のように年期が入っています。サツキとメイの家は、古びているように見せるために苦労して「エイジング処理」というのをしたそうですが、うちの子どもたちに1ヶ月遊ばせればバッチリだったのではないでしょうか。
このように古びてくると味わいが増すのが、木の家のとてもよいところだと思います。新品の時が一番きれいで、あとは汚くなっていくだけ、というのとはまるで逆で、年を経る毎に住む人にとっての価値が増していくのです。丁寧に拭き掃除をし続ければ、柱や床は黒光りをしてまるで宝石のように輝くかもしれません。
もちろん、良いことばかりではありません。例えば建具のような常に動く部分では、立て付けが悪くなって開け閉めがしにくくなることもあれば、木や土壁がやせて、すき間ができることもあります。築八十年のわが家では、あちこちに生まれたすき間が冬の間の悩みのたねです。けれどもそれは、自分で手をかければ簡単に改善できることでもあるのです。今回の年末年始は、障子紙を張り替えたり、大工道具と線香を持って家をまわって煙の流れですき間の位置を確かめながら細い角材を打ち付けてすき間を埋めていきました。難しいところだけ大人が手助けしてやれば、子どもにだって手伝うことができます。長男の匠も、そのようにして玄関のすき間風を防ぐために金づちをふるいました。早速、そのことを友達に自慢している姿を見るにつけ、住む人と共に成長し、思い出となって積み重なっていく木の家は素晴らしいと、あらためて実感する日々です。
結局のところ、木の家をつくり、そこに住むというのは、現代社会的な時間の流れとは別の世界に生きるということなのだと思います。何百万年も前の生物の死骸から生まれた石油や、鉄などを原材料として、ほんの数ヶ月の工期で出来上がる家と、一-三世代分の時間で成長した木を使い、半年から一年ちかくをかけてじっくりとつくられる木の家。どちらも現代日本の銀行は数十年たったら価値がなくなるとしか評価しませんが、しっかりつくられた木の家なら、日常の手入れをおこたらなければ百年以上住むことだってできるでしょう。地質学級に長かったり、IT的に短かったりするのではなく、生物的なスケールの時間を丁寧に生きること。木の家は、そういった手触りのあるゆったりとした時間の流れを住む人に教えてくれているようです。
2006/01/14のBlog
多摩美からの帰り、自然農を教わっている三井さんの家で百人一首大会があるというのは、立ち寄りました。毎年、お正月に集まって百人一首をするのが楽しみなんだそうです。けど、この日はあいにくの雨で、来ていたのはイネコちゃんとしほさんだけでした。

始める前に、随分と予習の時間を取った上で開始です。序盤こそ拮抗してましたが、終わってみたら、しほさんの圧勝。後半は張りつめた空気がみなぎっていて、ちょっと疲れました。

なので、2回戦からは坊主めくりに。これなら3才の光でも遊べます。
何回戦かするうちに、どんどん変則ルールが増えていきました。坊主が出たら手持ちの札を場に出し、姫が出たら場の札を自分のものにできるところは同じです。そこにさらに、

・男が手に物をもっていたら、次の人が順番を飛ばされる
・振り返るポーズをしていたら、逆回り
・武士の時は、もう一枚めくる
・色ふちの畳が出たら、左右どちらかの人と札を交換

というルールをつけたしました。
元々、逆転がおきやすい遊びではありましたが、特に色ふち畳のルールが秀逸で、土壇場で大波乱がおきて、大盛り上がり。光もなんだかわからないけど興奮してました。もう1月も半分すぎてしまったようなものですが、なんだか三が日のような気分でした。
この日、半年間教えて来た多摩美の学生たちの公開プレゼンがあったので、家族で八王子の多摩美校舎に行きました。どんな授業をしてきたのかは、ちょっと長くなりますが、年賀状に書いた文章を転載するので読んでください。

去年の多摩美の授業では「機能する映像」と題し、「はたらく」ことをテーマにした映像制作を課題にしました。これまで接してきた学生の多くが「はたらく」ことにネガティブなイメージを抱いていたので、それを払拭したかったのです。

まずは既存の映像の分析とそのリメイクを通して、映像文法の基礎を学びました。次に自身の経験と、実際に働いている人への取材から、自分が「どのようにはたらきたいか」というビジョンづくりをし、最後に、これまでの集大成として、自分や自分のつくった作品を採用してもらうことを目的としたプロモーション映像の制作を行いました。

「はたらく」とは、生活費を稼ぐためにオフィス街で行う労働のみを指す狭い言葉ではありません。世界に対する「はたらきかけ」全般を意味する、広くて深い言葉です。そこにどんな意思や想いを込めるかによって、「はたらく」ことは苦行にもなれば、生き甲斐の源泉にも変わるはずです。私たちは人生の大半の時間を「はたらく」ことに費やすのだから、それが豊かなものであって欲しいと思います。

学生たちは、この課題を与えられたものとしてではなく、自分のこととして考え、悩んでました。そのようにして生まれた作品は、例年になく出来の良いものが揃ったのです。
公開プレゼンは、学内展のいちイベントとして行われました。オープンキャンパスの時期に合わせて開催する前期の学内展と違い、後期の学内展はもともと少ないお客さんしか来ないのに加えて、この日はあいにくの雨で、何らかの関係者以外の姿は見かけることはまれでした。
匠が「多摩美に行きたい!」というので、光と共に連れていくと言うと、「一人だとさみしいので私も行く」とお母さんも来ることに。一家揃ってのお出かけです。子ども二人は、ずいぶんと多摩美のおねえさんにかわいがってもらってました。
この日の公開プレゼンでは、担当した30人のうち、選抜された青柳さん、大輪君、河原君、小林君、島谷さん、高橋君、高村さん、山田みおさん、古関さん、百合野さんが発表しました。プロのまねをして背伸びしてつくったのではなく、「自分はこう働きたい」という、心の内側の声を元にした作品なので、プレゼン自体も、聞いていてなんだか嬉しくなってしまうものがいくつかありました。
学生たちの作品は、ここで見ることができます。よかったら感想を教えてください。
2006/01/13のBlog
この日は、持留デザイン事務所東京分室がある「ドマスタ」に泊まり、東京で2件、仕事の打ち合わせをこなしました。その合間を縫って「あらばき協働印刷」にあいさつがてら名刺づくりの相談に。「あらばき協働印刷」は古くから市民運動をささえてくれた印刷所として有名で、僕とはアースデイ東京の報告書をつくる際にお世話になってからのおつきあいです。
あらばきのおばちゃんこと関根美子さんは、数々の伝説の持ち主ですが、なかでも群を抜いているのは、阪神淡路大震災の時、トラックに印刷機と積めるだけの紙を載せて被災地にかけつけたことです。固定電話が寸断され、マスコミも偏った情報しかながさない中、あちこちから寄せられた「話し相手が欲しい」「あそこへいけばシャワーを浴びられる」といった生活に密着した情報を「デイリーニーズ」と題して何万部も印刷して配って回ったそうです。
他にもピースボートの船に印刷機と共に乗り込み、世界一周の旅をする若者たちに情報発信のことを教えるために船上新聞を発行したりと、びっくりするようなエピソードがたくさんあります。加えて、いち早く再生紙&大豆インクの組み合わせを取り入れたことも共感を生み、一時期は「エコ系の印刷物ならあらばき」といった感がありました。

けれどもここ数年、安さを売りにした印刷会社が数多く登場したあおりをくって、あらばきは規模を縮小し、以前よりも奥にひっこんだ場所に引っ越していました。そんな境遇にもめげず、久しぶりにあったおばちゃんは、いつも通り身ぎれいに服を着こなし、髪をまとめた姿で働いていました。
どういう名刺をつくりたいか話をした後で、おばちゃんが取り出して見せてくれた紙のサンプルには「バフン紙」と書かれてありました。文字どおり馬糞を原料にした紙だそうです。ナチュラルな風合いが特徴で、表面がちょっとざらついています。由来が気に入ったので、この紙に決めました。数人分をまとめて面付けして印刷するので、他のメンバーと相談してから発注することになります。完成はいつごろでしょうか。
東京出張中なので簡単に。
1/4の記事で、猫にビリビリに引き裂かれてしまった宮沢賢治のことを書きましたが、その後、事態が改善しました。
今年はお正月休みをたっぷりとったので、家のあちこちに空いているすき間をふさいでいました。玄関、台所、トイレ、納戸...。家の中を通り過ぎていく風が、随分と少なくなり、以前ほど寒くなくなったのです。その際に、アクリル板の余りがでたので、宮沢賢治の紙の上に貼付けることにしました。これでもう猫ニモマケマセン。きちんと額に収まっているようで、とても立派に見えます。
2006/01/12のBlog
昨日、Google EarthのMacOSX版がリリースされたので、早速使ってみました。Google Earthはデジタル地球儀とでも呼べるもので、去年、一番驚いたソフトウエアです。地球のあちこちを見て回るのが面白くて、つい時間がすぎてしまいます。これまではWebのチェック時にしか起動しなかったWindowsXPのノートにインストールしていたので歯止めがきいていましたが、普段使いのPowerBookG4に入れてしまったので、ちょっとアブナイ予感がします。
といってるそばから、まずはここ山梨の持留家を探しだして、マーキングしてみました。視点を斜めにすると、見事に八ヶ岳南麓の集落の中に位置していることがわかります。以前はみんな森だったところを、機械も使わずに切り開いて集落をつくった昔の人の努力を想像すると、ちょっとくらくらします。
写真が高解像度の部分が、以前使ったときよりも随分とひろがっていました。これは愛・地球博の会場。けっこう最近のデータを使用しているのですね。グローバルループのような巨大構築物だけでなく、地球市民村のような小さな建物も見つけることができました。
そのままぐぐーっとズームしていくと、ありましたありましたサツキとメイの家。去年、測量会社のWebサイトをつくった時に、「それは地図に残る仕事」というメインコピーを考えましたが、「Google Earthで見ることのできる仕事」をしてしまいましたね、五月組のみなさん。
調子にのって名古屋の実家を探してみたら、ん? なんだか白い線が...。どうやらこれは実家の屋根の上に載っている太陽熱温水器が反射した太陽光が、ものの見事に人工衛星のCCDカメラを直撃して、「スミア」と呼ばれる白スジを出してしまったようです。「Google Earthを狙い撃ちする家」か...。ううむ。
2006/01/10のBlog
[ 07:52 ] [ 生活 ]
今年から、うちは生活クラブ生協をとることにしました。生活クラブは世の中をかえていく運動体としての生協として知られていますが、なんでも東京や神奈川、埼玉では会員が万単位でいるのに、山梨は3千人足らずなんだそうです。にもかかわらず、うちのまわりに会員が5ー6人もいるのだから、すごい密度です。

生活クラブは在庫をもたずに、生産者と生活者を直結する仕組みのため、注文方法が難しいのが難点です。あまりにわからないことが多いので、既に会員である上野さんに説明にきてもらいました。けど、上野さん、上着を脱がないのは何故? そんなにこの家、寒いですか?
生活クラブは班単位で入会するのが基本です。注文は個別にできるものもあれば、班でまとめて行うものもあります。まとまった単位で配送されたものをきちんと分配するために、はかりを買ってきました。すると子どもたちが積み木の重さを測り始めます。一つや二つでは針がほとんど振れないので、次々を受け皿に載せていくのですが、それがいつしか高く積み上げることが目的となり、匠の背の高さほどになりました。
それを壊したそうに眺めている光。お兄ちゃんは、せっかく苦労して積み上げたので、壊されるのを防ごうとしていましたが、まわりで少々さわいでも崩れないことを発見すると... .
今度は、直接手を触れずに、どうしたら倒せるかが目的となってしまいました。兄弟二人して、飛び跳ねています。
倒れることの楽しさを味わうと、こんどはきれいに倒したくなったようです。床に整列して並べ、ドミノ倒しが始まりました。