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2004/12/29のBlog
[ 15:15 ]
[ 生活 ]
今日、降っているのはわりと湿った雪です。物干竿を見ると、雪が不思議な積もり方をしているのを発見。竿の上に降り積もるのではなく、下側にぶら下がっています。元々上側に積もっていた雪が自重によって回転したのでは、と最初考えましたが、それにしてはきれいに並びすぎてます。表面が滑らかすぎて上側には積もることができず、つららが成長するように下側につながっていったと考える方が、無理がなさそうです。
[ 11:36 ]
[ 生活 ]
朝起きると、外は一面の雪。12月の頭にちょっとだけ降ったことがありましたが、本格的な積雪はこの冬初めてです。ここは八ヶ岳南麓で、湿った空気は八ヶ岳がみんな遮ってしまうので、気温は下がっても積雪は大したことありません。20センチぐらい積もるのが、ひと冬に2ー3回ある程度でしょうか。なので東北・北陸の豪雪地帯のように、屋根の雪下ろしをするようなことはありません。けど、自分の家の前の道路の雪かきをすることはあります。去年は10回ぐらいしたでしょうか。
[ 01:27 ]
[ 生活 ]
昨日は持留デザイン事務所の仕事納め。年内の最後のやりとりとなるので、制作&確認作業がてんこ盛りで、あわただしく一日が過ぎました。写真を撮りたい出来事はいくつかあったのですが、できなかったので、代わりに今年のベストショットのお披露目です。
これは匠と仲良しのこうせい君が、うちの横の田んぼに飛びこむところです。撮影したのは今年の5月。まるでシンクロのように同じかっこして飛び込む姿が最高に可笑しいです。なんで空中でまで同じポーズしてるかね。別に練習したわけではありませんよ。生の現実の面白さがここにあります。この後、田んぼの持ち主である隣のおばちゃんには謝りにいきました。
フィルムのカメラを使っていたら、もったいなくて、たぶん、この写真は撮らなかったでしょう。デジカメになって、写真を撮る枚数が増えました。田舎に引越したり、カメラをデジタル一眼に変えると、更にシャッターをきる回数が増えました。ブログを始めてからの伸びはものすごいです。
フィルムのカメラを使っていたら、もったいなくて、たぶん、この写真は撮らなかったでしょう。デジカメになって、写真を撮る枚数が増えました。田舎に引越したり、カメラをデジタル一眼に変えると、更にシャッターをきる回数が増えました。ブログを始めてからの伸びはものすごいです。
以前、写真家のアラーキーさんと仕事をさせてもらったことがあります。香港に三泊四日の取材旅行に同行しました。その時にアラーキーさんは五千枚もの写真を撮り、その分量に驚きました。けれども、単純に枚数だけで比較すると、今では抜いてしまっています。もちろんフィルムとデジタルの差は大きく、それ以上に、写真の中身の違いはとてつもないのですが、「下手なテッポも数打ちゃあたる」のことわざどおり、湯水のようにバシャバシャとシャッターをきっていると、たまにはこんな面白い写真もとれます。
これまでの仕事を辞めて大工になりたいと、木の家ネットの会員の石川工務所を訪ねた知りあいがいます。その時は運悪く欠員がなくて、彼は別の工務店に務めることになりました。先日、石川工務所の社長と会う機会があって、そのことを話すと「うちに来なくてよかったですよ」という返事。石川工務所は、一つの現場が長いことが多く、初心者が勉強するのには向いていない職場だということでした。
2004/12/28のBlog
[ 03:01 ]
[ 木の家ネット ]
今回は全国に会員が散らばる木の家ネットがらみの、地方色豊かな到来物のご紹介。けど、その前に東京で髪を切ってきたヨハナの顔写真から。ちょっとムーミンに出てくるミーみたいです。抱えているのは、冬の必需品の湯たんぽ。パソコン仕事する時には特に欠かせないものですが、髪を切って襟元がスースーするので、よけいに手放せなくなるようです。
湯たんぽの季節といえば、きりたんぽ。これは秋田のモクネットの加藤さんが贈ってくれたきりたんぽセットです。おいしそうだったので、献立を変更して、月曜日の夕飯になりました。加藤さんありがとうございます。つくり方の説明書には「煮がたいものから順に入れ、煮立てます」「きりたんぽをいれてからは強火でグダグダ煮ないことです」など、目で読んでも二ツ井のことばが聞こえてくるようです。
ハフハフしながらきりたんぽを食べる匠。メガネをかけると、きっと大木凡人にそっくりです。話はとぶけど、大木さんの所属事務所「アミー・パーク」って味がありすぎ。所属タレントが中尾ミエにモト冬樹、ウガンダ・トラ...。
左にちょろっと見えるのは、「あついあつい」といって、なかなか食べずに、うろうろしている光。このあと、お母さんの膝の上でおしっこをもらしました。
左にちょろっと見えるのは、「あついあつい」といって、なかなか食べずに、うろうろしている光。このあと、お母さんの膝の上でおしっこをもらしました。
これは、静岡の寺川さんが贈ってくれた吉野の柿の葉寿司。鯖や鮭の薄切りをのせたすし飯を四角く切ったのを、大きな柿の葉っぱで包んであります。葉っぱの表裏の使いようで、中身が分かります。ふつうの酢飯とはまたちがった、ふわっとした味は柿の葉のおかげでしょうか。とても丁寧につくられていて、おいしかったです。寺川さん、ありがとうございました。昨日の朝、寝坊したので、朝ご飯のたしに、さっそくつまんでしまいました。
今回の最後は、和歌山の西岡さんの親戚がつくっているという有田みかん。「ありた」だと思っていたのは「ありだ」だったんだ、って、みかんの箱のひらがなを見て初めて認識しました。去年贈っていたただいておいしかったので、ことしは、リクエストして買い求めました。甘くて、内側の皮がうすくて、おいしい。ニッポンイチ!と言いたくなる味です。
みかんだけの写真を撮ろうとしていたら、いつのまにか光がやってきました。目が真剣です。放っておけば、いくつでも食べるやつです。おしっこをもらした直後なので、段ボールの向こうは、実はフリチンです。
みかんだけの写真を撮ろうとしていたら、いつのまにか光がやってきました。目が真剣です。放っておけば、いくつでも食べるやつです。おしっこをもらした直後なので、段ボールの向こうは、実はフリチンです。
2004/12/27のBlog
[ 23:15 ]
[ 木の家ネット ]
「明日、写真撮りに来てもらえませんか?」 八ヶ岳家造りの会「木の香」の松田さんから電話があったのは26日の19時ごろでした。日曜日だというのに現場からの電話です。
松田さんは、ペチカの煙突を支えるためのハシゴづくりの時に、このブログで何度も登場した人です。その松田さんが事務局を務める家造りの会「木の香」の現場が、うちのすぐ近くにあって、自信作なので是非見に来て欲しいと、何度も誘われていたのでした。この時の電話は、構造材がおおよそ組み上がり、親方が「いいカメラで写真撮って欲しいなぁ」とつぶやいていたので、思わず連絡してしまったのだそうです。
松田さんは、ペチカの煙突を支えるためのハシゴづくりの時に、このブログで何度も登場した人です。その松田さんが事務局を務める家造りの会「木の香」の現場が、うちのすぐ近くにあって、自信作なので是非見に来て欲しいと、何度も誘われていたのでした。この時の電話は、構造材がおおよそ組み上がり、親方が「いいカメラで写真撮って欲しいなぁ」とつぶやいていたので、思わず連絡してしまったのだそうです。
この日は、仕事納め間際で、とっても忙しかったのですが、昼ご飯を早々に平らげて出かけていきました。現場は、持留邸から車で5分もかからないところです。行くと、まるで林のように無垢の柱が林立した木組みがありました。思わず「ちょっと間伐した方がいいんじゃないですか?」と言って笑われました。釿(ちょうな)ではつった梁の上には、誇らしげに掛矢(かけや)が刺さっています。遠くには南アルプスが望めます。とても眺めのいいところに、その家は建っていました。
親方の鈴木さんは、人が良く、心配性で凝り性です。これだけ揃うと行き着くところは決まっていて、ついつい手をかけすぎてしまいます。この家のお施主さんは陶芸の作家さんで、「満足いくものができるなら、時間がかかってもいいですよ」と声をかけたりするものだから、もう止まらない。今年は大晦日まで仕事だそうです。
そういえば仕事初めを聞くのを忘れていました。もしかしたら1日でしょうか? いや、さすがにそれはないでしょう。けど、2日かもしれません。他の大工さんには休みをとってもらっても、自分はこつこつやっているような気がします。こんど会った時に聞いてみます。
そういえば仕事初めを聞くのを忘れていました。もしかしたら1日でしょうか? いや、さすがにそれはないでしょう。けど、2日かもしれません。他の大工さんには休みをとってもらっても、自分はこつこつやっているような気がします。こんど会った時に聞いてみます。
木組み部分のアップ。あちこちに見えるはな栓、込み栓が美しいです。この手前にも梁がつながるので、右の柱には接合部の刻みが見えます。よくもまぁ、こんな複雑なものを事前に墨付けして刻めるものです。模型をつくって検討したりしないのでしょうか? ペチカの模型をレゴでつくったうちとは大違いです。
余談ですが、映画監督のフランシス=フォード=コッポラは、映画製作の際に、事前に全てのカットをリハーサル撮影して編集した後に、本番の撮影に臨むそうです。これは準備のしすぎでしょう。最近は映画製作にコンピュータの活用が進んでいて、監督によっては、あらかじめ絵コンテやストーリーボードを使って全編を編集し、本制作した素材と次々と差し替えていくこともあるそうです。これを「プリビジュアリゼーション」といいます。すると撮影終了時には、あらかた本編ができあがっているのです。図面を書き上げた時には、ほとんど木組みの家ができあがっている...なんてことにはならないでしょうね、この先も。
余談ですが、映画監督のフランシス=フォード=コッポラは、映画製作の際に、事前に全てのカットをリハーサル撮影して編集した後に、本番の撮影に臨むそうです。これは準備のしすぎでしょう。最近は映画製作にコンピュータの活用が進んでいて、監督によっては、あらかじめ絵コンテやストーリーボードを使って全編を編集し、本制作した素材と次々と差し替えていくこともあるそうです。これを「プリビジュアリゼーション」といいます。すると撮影終了時には、あらかた本編ができあがっているのです。図面を書き上げた時には、ほとんど木組みの家ができあがっている...なんてことにはならないでしょうね、この先も。
2004/12/26のBlog
[ 18:39 ]
[ 木の家ネット ]
更新している当の本人も忘れかけているのですが、実はこのブログは「職人がつくる木の家ネット」という、全国の木造住宅づくりにかかわる人たちの会の事務局が書いてます。ただ、うちは仕事と生活の境があまりなくて、取材にも子連れでいくようなところなので、半ば家族通信のような内容と化しています。
そういった仕事の仕方には賛否両論あるでしょうが、子どもが小さい頃から、親の働く姿を見たり、行く先々でいろんな人たちと接することが、必ずいい影響を与えると信じて、そうしてます。もちろん仕事先によっては、親が単身で行くことだって数多いのですが、木の家ネットのようなところには、積極的に連れて行くようにしてます。長男の名前「匠」というのは、そうした職人さんたちと接する中から、自然と出て来たものです。仕事と生活の分離は、確かに能率があがるかもしれませんが、それによって無くしてしまうものも数多いと思います。生活と生産現場の分離も同様です。
そういった仕事の仕方には賛否両論あるでしょうが、子どもが小さい頃から、親の働く姿を見たり、行く先々でいろんな人たちと接することが、必ずいい影響を与えると信じて、そうしてます。もちろん仕事先によっては、親が単身で行くことだって数多いのですが、木の家ネットのようなところには、積極的に連れて行くようにしてます。長男の名前「匠」というのは、そうした職人さんたちと接する中から、自然と出て来たものです。仕事と生活の分離は、確かに能率があがるかもしれませんが、それによって無くしてしまうものも数多いと思います。生活と生産現場の分離も同様です。
その木の家ネットの2005年1月号の更新が昨日ありました。これと、もう一つの仕事の締め切り、それに東京でのクリスマス会が重なって、ブログの更新が滞りました。訪問者リストを見ると、常連の読者さんたちが更新の無い日もわざわざ訪れて来てくれたのがわかります。今日、さかのぼって公開した24日の記事のタイトル「おーい、生きてるかぁ」は、一時的に音信が途絶えたこのブログに対する言葉でもあります。
その木の家ネットの更新記事ですが、今回は徳島県の設計士、佐藤恵子さんを取り上げています。実は木の家ネットで初の女性登場です。徳島の和田さんの取材の際に、近所ということで「ついで」のような気持ちで立ち寄ったところもあるのですが、ふたを開けてみたら大当たりでした。特に3ページ目で取り上げている「あい愛診療所 撫養(むや)」が素晴らしい。
その木の家ネットの更新記事ですが、今回は徳島県の設計士、佐藤恵子さんを取り上げています。実は木の家ネットで初の女性登場です。徳島の和田さんの取材の際に、近所ということで「ついで」のような気持ちで立ち寄ったところもあるのですが、ふたを開けてみたら大当たりでした。特に3ページ目で取り上げている「あい愛診療所 撫養(むや)」が素晴らしい。
「人間て不思議だねぇ、人生の終わりの3年から5年が幸せだと過去を忘れるみたいだよ」これは、多摩美の授業がきっかけとなって知り合った、「NPO・FUSION長池(ぽんぽこNPO)」の代表、富永一夫さんのお母さんの言葉です。
同じような内容の話が、映画にもなった『病院で死ぬということ』の中にも書いてあったと思います。
「あい愛診療所」は、院長の小川さんと設計の佐藤さんの情熱にあふれた粘り強い作業の末に、この世に生をうけた建物です。木造だからよいという単純なものではなく、どうすればくつろいでもらえるか、医療者の都合で威圧感を与えるつくりにすることなく、けれども使いやすさを保つには? といったことに対する配慮があちこちに散りばめられています。「あい愛診療所」は、それぞれのお年寄りの自宅ではないですが、それに変わりうるほどの包容力をもった建物だと思いました。佐藤さん、いい仕事をしています。
ちょっと褒め過ぎですか?
同じような内容の話が、映画にもなった『病院で死ぬということ』の中にも書いてあったと思います。
「あい愛診療所」は、院長の小川さんと設計の佐藤さんの情熱にあふれた粘り強い作業の末に、この世に生をうけた建物です。木造だからよいという単純なものではなく、どうすればくつろいでもらえるか、医療者の都合で威圧感を与えるつくりにすることなく、けれども使いやすさを保つには? といったことに対する配慮があちこちに散りばめられています。「あい愛診療所」は、それぞれのお年寄りの自宅ではないですが、それに変わりうるほどの包容力をもった建物だと思いました。佐藤さん、いい仕事をしています。
ちょっと褒め過ぎですか?
2004/12/25のBlog
[ 23:11 ]
この日は、東京のおじいさん、おばあさんの家でクリスマス会。一族がみんなそろって、夕食を食べ、プレゼントを交換しあいます。おじいさん、おばあさんは敬虔なクリスチャンなので、クリスマス会はイブではなく25日で、サンタクロースは来ません。ちゃんとお祈りがあります。けど、プレゼントはあります。
プレゼントの交換会の時、他の人が贈り物をもらうと「おめでとー!」をお祝いの言葉をかけていた光(8月生まれ2歳)。時々、「お誕生日おめでとー!」とも言っていました。どうやら、保育園のお誕生日会と勘違いしている様子。彼には同い年のいとこが二人いるのですが、彼らより半年生まれたのが早いおかげで、光だけが雄弁におしゃべりしてました。「おいしいところを、みんなヒカちゃんがもっていく…」と、おじさんが悔しがっていたのが可笑しいです。
2004/12/24のBlog
[ 10:24 ]
[ 畑と池 ]
クリスマスイブの朝、バケツの中に、8cmぐらいはある霜柱が立っていました。まるで稲の切り株のようです。このまま水をやったら育ちそうです。何が実るのでしょう。「水の実」でしょうか。昔、「みずのみ百姓」という言葉がありましたが、それとは何の関係もありません。あっちは「水飲み」で、年貢がきつく、食べるものがなくて水を飲んでいたという話です。
2004/12/23のBlog
[ 20:52 ]
[ 畑と池 ]
今年は暖冬ですが、八ヶ岳から下りてくる猛烈に寒い風「八ヶ岳下ろし」が、朝晩問わず強く吹くようになりました。夜中などは、まるで家が船になって、大嵐の中で難破しかけているかと思うくらい、ごうごうと音をたてて家にぶつかってきます。朝の冷え込みもきつくなり、稲を育てていたバケツには、1時すぎでもまだ3mmほどの氷が残っていました。
庭につくったビオトープ池も、表面にはうすく氷が張っています。けど、その下には藻が覆い茂り、そのすきまに身を埋めるようにして金魚が休んでいました。もしかすると、このまま冬越ししてしまうかもしれません。当の金魚も、まさかこんな人生をおくることになるとは、思っても見なかったことでしょう。
驚いたことが一つ。集落の他の畑は、とっくの昔に作物を収穫し終わって、次の春に備えて耕したあとだというのに、うちの自然農の畑では、まだまだ生育の真っ最中。これはこれから葉を巻き始める白菜。青々として元気です。これで標高960mとは信じられません。
2004/12/22のBlog
[ 22:40 ]
[ ペチカ ]
これは一体なんでしょう? 以前にも一度、このブログで紹介したことがあるので、覚えている人もいるでしょうが、これは薪ストーブのドアです。居間から火を見るために取り寄せました。レンガに耐火ガラスを埋め込んでしまうこともできるのですが、掃除が大変なのと、割れた時に取り替えがきかないので、別パーツにしました。取り寄せたのは扉だけなので、それを取り付ける枠は、近くの鉄工所につくってます。
これが扉を開けたところ。溶接の跡が男っぽいですね。当然のことながら、持ちあげるとずっしりと重いです。扉の造形の繊細さに比べると、骨太の男の仕事らしさがにじみ出ていてよいです。この枠を、耐火レンガの中に耐火モルタルで埋め込みます。
お次は焚き口。薪を入れるのはこちらから。これは鋳物なので、さきほどの扉とは随分とつくりの精度が違います。どちらも空気穴がついているので、両方とも開けると、よく薪が燃えるでしょう。これも男の仕事っぽいです。