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他称若年寄の日々侘び寂び
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2008/04/23のBlog
[ 23:19 ] [ 芝刈りのこと ]
強風の中、スポーツクラブへ。

この日も、練習できたことは初手から絶好調。
いつもこんな調子なら除夜の鐘も・・・(以下略)。

という最中に、師匠が到着。
それから15-20ydのアプローチ(練習したことがない)をみっちりしごかれました。
特に、砲台グリーン対策の高い球。

どうしても、右足に体重が掛かってダフッてしまうんですよねぇ。
まだまだ練習が死ぬほど必要です。
とりあえず、当面は要らないスキルですけど・・・。
新シリーズ、というほどのものでもないんですが、3月に日光久能山の東照宮を立て続けに行ってきましたんで、両者を比較しつつ紹介したいと思います。

全国で東照宮といえば、まず日光の名前が挙がり、続いて久能山、といったところだと思います。ただ、全国で最初の東照宮は久能山であり、日光には家康の死後約1年経って、「日光山に小さな堂を建てて勧請し、神としてまつること」という遺言に半分従い、半分反故にする形で改葬した(あるいは「御霊を移した」とも)のが始まり、ということになります。

日光東照宮が現在の規模になったのは、徳川家光の意向によるものであって、当初の日光東照宮の社殿などを移した世良田東照宮の規模を考えると、当初は久能山と日光の東照宮の規模はさほど変わらなかったのではないかと思います。
さて、まずは参道比べ。
久能山東照宮の表参道は海側に面しており、一千有余段の石段は圧巻の一語に尽きます。

また、この地はもともと久能城と呼ばれた城であり、要害の地でもあります。
久能山に埋葬するということには、いざというときに対する相応の考えがあってのことだったのかもしれません。



それに対して、日光東照宮の参道は杉並木で表徴することができるでしょう。

久能山との比較で言えば、この地には特に戦略上の重要性はなく、久能山や江戸との位置関係、そして日光への改葬を強く主張した天海自身の思惑(天海は日光の貫主であった)などが絡まっているのではないかと思われます。
両方の東照宮とも「門」を持っています。

久能山は単に「楼門」といい、特別な名前はつけられていません。
後水尾天皇の勅額が掲げられていますので、「勅額御門」ともいうようです。
一方、日光東照宮といえば、日本一の門とも言われる「陽明門」でしょう。
後述しますが、美しい彫刻も含めて、見ていて飽くことがありません。

2008/04/22のBlog
さて、続いては唐門や拝殿、本殿などを比べてみましょう。

久能山東照宮の唐門は、階段をかなり上がったところにあります・・・が、この階段は上れなかったりします(笑)。
色彩も装飾(この門は彫刻が多いです)も見事ですが、基本的には漆をベースにしていますんで、色は深みがある感じですね。







他方、日光東照宮の唐門は、胡粉の白が目立つ、寺社建築の中でもあまり見かけない色彩です。

その奥が御本社であり、建物そのものの外見はまあそれなりなんですが(あまりにもここまでの建物がすごいので)、こちらは中が素晴らしいです。狩野探幽らによる龍の天井画を筆頭とした数々の絵、そして彫刻は必見だと思います。

御本社の中でも本殿は重要な建物であり、一般人の立ち入りが禁止されている他、神職の者でも祭礼の日以外は入らない場所になっています。
さて、久能山東照宮に戻りまして、こちらが久能山東照宮の社殿です。
こちらも拝殿が手前にあり、奥に本殿があります。

当然のことながら、拝殿から先、建物の中には入れません。
あともう一点、日光東照宮と久能山東照宮で異なるのは、日光では御廟所に対する拝殿がある、ということでしょうか。

久能山東照宮では本殿からすぐのところに御廟所があるため、このような御廟所の拝殿を設ける場所はありません。
2008/04/21のBlog
さて、東照宮比べの3つ目は「御廟所」編。

久能山の御廟所の参道は短いものの、古い灯篭が建ち、この参道自体が重要文化財になっています。
ある種の厳粛さを感じる場所だと思います。
一方、日光東照宮の御廟所は、本殿のある辺りから5分以上も杉林の参道の中を歩いたところにあります。
この自然が作り出す雰囲気というものは、なかなか素晴らしいです。
一度、お歩きになることをお勧めします。
先ほどの写真の通り、日光東照宮の御廟所への参道には灯篭がありません。

その代わり、というほどのことでもないのですが、日光東照宮には伊達正宗寄進の南蛮鉄灯篭など、多数の灯篭があります。
とまあ、余談まで。
こちらは、久能山東照宮の御廟所です。

御廟所は西に向けられ、生まれ故郷の岡崎を向いているとも、敵が来るであろう西方を向いているとも、あるいは西方浄土を向いているとも言われています。

天下人の墓所としては存外質素にも感じますが、家康らしいといえばそれまでなのかもしれません。
こちらは日光の御廟所です。
こちらもまた、規模は大きいものの、周囲の建物の華美さとは裏腹に、大変質素なものになっています。

家康の遺骸がどちらにあるのかは判りませんが(久能山側は「御霊を移した=遺骸は移していない」といい、日光側は「改葬した=遺体を移した」としています)、あれだけの人物の墓ですので、目の前にすればいろいろ思うところは、人それぞれあるのではないかと思います。
2008/04/20のBlog
さて、久能山と日光の比較、最後は「彫刻」編。
彫刻では、日光の方が圧倒的に素晴らしいです。

でも、一応はルールにより、久能山からご紹介。
久能山の唐門および社殿の彫刻はなかなか見事で、特に漆の黒を基調とした建物への極彩色の彫刻は、コントラストを描いていて見栄えが良いです。
これに対して日光東照宮。
有名な彫刻の宝庫であり、コメントなど何もございませんが、ごゆるりとお楽しみください。

まずは「三猿」ですね。
見ざる、言わざる、プロゴルファー猿・・・。
そして、御廟所へ向かう参道の入り口にある眠り猫。
平和の象徴とも寝ているふりをした守り神とも考えられていますが、そんな由来などどうでも良い、余計な言葉は何一ついらない、素晴らしい彫刻です。
陽明門もまた、彫刻の塊のような門です。

いろいろな仕掛けがある陽明門、こちらも「日暮門」と言われるだけのことはあります。
あるいは、こんな廻廊にまで装飾が施されている辺りが、日光と久能山を隔てる大きな違い、といえるのかもしれません。
そしてこれはまた、家康を父としてよく見知って育った秀忠と、家康を祖父として尊敬し仰いだ生まれながらの将軍、家光との気風の違いなのかもしれません。

ということで、小生の通例なら「短期間に両方訪れて比べてはいかがでしょうか」などと書くところですけれども、たった2日しか間を置かずに訪れるのは狂気の沙汰ですので(3/20と3/23に訪問=中2日)、あまりお勧めしません。
2008/04/19のBlog
[ 23:18 ] [ 今月の背景 ]
早速、先ほどの身延山久遠寺の桜を背景と致しました。
薄暗いところで紅が浮かぶ桜、というのもいいもんだなぁと思います。

題字は去年の使いまわし。

今月は、背景を更新する時間があれば、去年の常照皇寺のものを引っ張り出そうかなと思っています。
一瞬、常照皇寺の桜にしようかと思ったんですが、思い直して今年一番の桜で勝負(何を?)。

慈雲寺の糸桜です。


来年は、時期が合えば山高神代桜でも行ってみますかねぇ・・・。
[ 22:12 ] [ 競馬のこと ]
何だか差しが利かなさそうな馬場。
否応なしに前残り決着・・・のように一見みえそうですけれども。

ノットアローンがいて、レッツゴーキリシマがいて、ショウナンアルバがいて、マイネルチャールズも強気に先行抜け出して・・・。
意外や意外、差し馬の出番の可能性があります。
人気が先行馬に偏ってもいますし、ここは差し馬狙い。

◎はフサイチアソート
うまく内で脚を矯めて抜け出した馬が来そうな馬場状態のイメージ。
そのイメージにぴったりフィットした馬を狙いたいと思います。



今回は、川田騎手の気合勝ち。
伏兵だからということもあるんでしょうけど、誰も早めに潰しに行かず、逃げ切り。
フサイチアソートの横山ノリ以下、どうもみんな冴えない騎乗だという印象を受けました。
そんな中、久々にセンセイの「内で死んだふり」が見られて、復調傾向にあるのが見受けられました。ひょっとして「センセイダービー制覇か?」と思わないでもないです。

溝の口で補足。
乗ろうかと思ったんですが、自粛しておきました(笑)。

とりあえず、6000系(&大井町線急行)と7000系は、近々フォローしておかなきゃな、と。
2008/04/18のBlog
[ 22:33 ] [ 鉄道ネタ ]
大日影トンネル遊歩道は、かつて中央本線・勝沼(ぶどう郷)-甲斐大和間で使用していた大日影トンネルを遊歩道に転用したものです。

このトンネルを遊歩道に転用したきっかけは、こちらのサイトによれば、このトンネルの甲斐大和寄りにあった「新横吹第二トンネル」でトンネル内に輪切り状の亀裂が発見されたために現ルートへ切り替えとなったことのようです。

かつてはこんな真っ直ぐにレールが引かれてなかったはずですが、ともかくもこの線路に沿ってトンネル遊歩道へ入っていきます。
トンネルの中はこちら。
明治の香りを感じます。

フラッシュの光が塵などに反射して、怪しく光ってます(笑)。

ちなみに、中はそこそこ涼しいです。
夏なんかは気持ちが良いでしょうねぇ。
中には、こんな風にキロポスト(距離標)がそのまま残されている場所もあります。

大変味わい深いです。
さて、20-30分(個人差あり)歩いて、トンネルを抜けました。
トンネルを抜けるとそこは・・・何もありません。

反対側には、旧深沢トンネルを利用した勝沼トンネルワインカーヴがありますけれども、中を見ても、本当にワインが保管されてるだけですし・・・。

ちなみに、大善寺のあるあたりまでだいたい徒歩で約20分。引き返すか、大善寺まで行って1日数本しかないバスを拾うか、くらいしかありません。
トンネルの甲斐大和側出口近くにある深沢川では、このように川にもトンネルが造られています。
これは中央本線建設の影響で川が塞がったために掘ったもののようですが、こちらのトンネルは今でも現役です。

このトンネルも明治のレンガ造りで、風情を感じます。
甲州市はこのようにいろいろ歴史を感じられる町、というのが、ワインなどの陰に隠れて意外な一面なんじゃないかと思います。
2008/04/17のBlog
天気もアレなので、スポーツクラブへ行く前に先月開業したばかりの横浜市営地下鉄「グリーンライン」に乗ってきました。

ホームはこの通りホームドアによって遮られていて、マニアにとっては「前面が見えない」といったどーでもいい不利益があります。
電車は20分で日吉に到着。
結構あっという間でした。

思ったよりお客さんは乗っている印象で、少なくとも千葉のモノレールみたいなことにはならんだろうな、とは思いましたが・・・。
でも、波及効果込みでいいんですけど、採算取れるんですかねぇ。
2008/04/16のBlog
[ 19:08 ] [ めざせ減量 ]
大出遅れしつつスポーツクラブへ。
何せ、9時間半睡眠だったもので・・・。

この日は天気が宜しくないので、筋トレを45分。
念入りにウォーミングアップとクールダウンのストレッチをしたんですが、筋トレ自体が久々なもんで、どのように表れるかは神のみぞ知る、といったところでしょうか。

でも、筋肉痛なんか出てたらあまり仕事にならんのですけれどもね(苦笑)。

[ 19:04 ] [ 芝刈りのこと ]
出遅れ気味にスポーツクラブへ。
何せ、8時間睡眠でしたし・・・。

この日は何もかもが絶好調。
この状態でコースへ行けば、『除夜の鐘』は切れるでしょうに・・・。

そして、1時間かけてみっちりアプローチ練習。
次回こそは、再び寄せワン連発とかしてみたいですね。
2008/04/15のBlog
[さるさんの桜企画]

勝沼ぶどう郷駅の線路沿いは、約2kmにわたって桜が植えられています。
これは、地元の方が30年ほど前から植え続けて手入れを加えたもので、今やこの通り、立派な桜並木となりました。
この桜のトンネルは、この時期の中央東線に乗る際の一つのハイライトといえるでしょう。
何より、心意気が素晴らしいですよね。
勝沼ぶどう郷の駅は眺望がよく、市営『ぶどうの丘』はもとより、ずっと先の山々まで見通すことができます。

甚六桜は、電車の中からもいいですけれども、旧勝沼駅(かつてのスイッチバック駅だった場所)から見るのも素晴らしいです。
前述の機関車も、旧勝沼駅のスペースに現在造成中の「鉄道遺産記念公園」に展示されています。

ここでは毎年桜祭りが開催され、実は訪れた日がちょうど桜祭りの日でした。

地元の方々が花見を楽しんでいて、実にほほえましい和やかなお祭りでした。
ということで、長々と書いてきた山梨でのお花見の話もこれにてお終い。

また来年、ということになるんでしょうかねぇ。
2008/04/14のBlog
[さるさんの桜企画]

大善寺からバスで移動して、勝沼ぶどう郷駅を通り過ぎて三光寺へ。
帰りの電車までしばし時間があるので、さらに散策です。

三光寺は庭園がいいところですけれども、寺には桜があるだろう、という目論見通り、立派な桜が