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他称若年寄の日々侘び寂び
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2008/07/29のBlog
続いては橋弁慶山(はしべんけいやま)です。

この山は本来「後の祭り」の先頭を行っていた山で、今では必ず北観音山の後ろを行く「くじ取らず」です。

こちらが山の全景です。
義経の像が目立ちますが、この角度からでは分かりにくいですね。

胴懸は円山応挙の下絵による「加茂祭礼行列図」だそうです。
この角度で見たほうが、義経の像のすごさ(足駄一本で立っています)や胴懸の素晴らしさが一目瞭然ですね。

分かりにくいですが、山の上にはきちんと橋が架かっています。
26番目は黒主山(くろぬしやま)です。

大伴黒主が桜を眺める姿を現すとのことですが・・・。
まさに、花見の図でした。

胴懸なども華やかにできていますね。
2008/07/28のBlog
巡行の24番目を行く北観音山(きたかんのんやま)からの9基は、「後の祭り」の山となります。

このことをはっきりと示すためか、「後祭巡行列」という幟がまず先頭を行きます。
そして、北観音山の幟と続きます。
後の祭りの巡行は北観音山に始まり南観音山に終わりますが、こちらは「上り観音山」とも呼ばれます。

特徴は豪華な装飾品と、横に出された柳の枝。
大きく垂れ下がった柳は、南観音山とも共通するものです。
曳山ですから、この通り音頭取の方が堂々と山を導きます。
そして、辻まわし。
他の山鉾に負けぬ迫力です。

この角度からでは分かりにくいのですが、辻まわしのときだけは音頭取が4人に増えます。
増えた音頭取の方は車輪の車軸の上に立つ格好になるようです。
22番目は岩戸山(いわとやま)です。

岩戸といえば、当然「天の岩戸」になります。
鉾の場合は鉾柱が高く立っていますが、曳山の場合はその位置に真木が立つ、ということのようです。

鉾と変わらぬ迫力ですね・・・。
屋根に飾られているのは、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)です。

よく見ると、屋根に乗っているのは外国人のようです。
へぇー、と思ってしまいました。
23番目は船鉾(ふねぼこ)。
この鉾が「先の祭り」のトリを務めます。

名前の通り、船の形をした鉾。
日本書紀にある神功皇后の新羅出船を題材にしており、勇壮な鉾です。

舵のあたりも印象的な図柄ですね。


先の祭りはここまでで、続いて後の祭り。
昭和42年から現在の形になりましたが、その前は山鉾巡行は2回に分けて行われており、その名残として前の祭りと後の祭りを行く山鉾ははっきりと分けられています。
2008/07/27のBlog
20番目は郭巨山(かっきょやま)です。

中国の史話二十四孝の一人、郭巨の故事に因んだものです。





この山は屋根覆いがあり、また、乳隠し(胴懸を吊るす飾り板)があるという珍しいものです。
他の山と比べてちょっと雰囲気が違うのが分かると思います。
ここからは「くじ取らず」の鉾、曳山が続きます。

まずは放下鉾(ほうかぼこ)。
真木の天主座に放下僧の像を祀ることからこの名前になっています。
鉾の中に見える稚児人形は稚児舞ができる、とのことですが、見られずじまいでした。

この鉾は年代もののせいかたまたまなのか、ものすごく軋んだ音をたてていて、見ているほうがちょっと心配になるくらいでした。
こちらが鉾の全景です。

鉾の頭についているのは「日・月・星」で、この3つの光が下界を照らすという形になっています。
唐破風造りの屋根が珍しい菊水鉾(きくすいぼこ)です(幟は撮り忘れ・・・)。
幕末の兵火で焼けて戦後に復興し、近年にかけて装飾を充実してきている「昭和の鉾」です。

「菊水」の文字が目立ちますね。


鉾はこのような迫力。

しかし、細かく見ると、車輪の辺りは鉾の新しさを思わせますね。
あとで出てくる放下鉾あたりとは対照的です。
続いては木賊山(とくさやま)です。

謡曲「木賊」に由来する山で、木賊を刈る翁を山に配しています。
よく見ると、御神体の周りにも木賊が配されていますね。

こういった山それぞれの個性を見るのも面白いものです。
次は伯牙山(はくがやま)。

周代の琴の名手・伯牙が友人の死に接して琴の弦を断ったという物語を題材にしたもので、伯牙が斧を持つという珍しい構図になっています。
2008/07/26のBlog
巡行の15番目は綾傘鉾(あやがさぼこ)です。

この通り、稚児が6名行列に加わってます。
この暑い中、大変そうですね・・・。


この通り、傘が乗っただけの小さな傘鉾ですが、これが非常に古い形態とのことで、貴重なものです。
綾傘鉾の見所の一つが、棒振り囃子です。

この囃子だけでも、一見の価値があると思える見事なものです。
まさしく、これが伝統文化なんでしょうねぇ。
続いては蟷螂山(とうろうやま)。

文字通り、カマキリを題材にしたものです。
山の上に乗っている蟷螂は動きます。

からくりの山はこちらだけ、ということでついつい動画なども撮ってしまったりしたのでした。
なかなかユーモラスな動きで、面白いです。
巡行の13番目は月鉾(つきぼこ)です。

鉾頭に新月型があるとのことですが、全然確認できずじまい・・・。

見事な音頭取です。
辻まわしの豪快さの中にも豪華さが見え隠れするあたりが、山鉾中最も重い鉾なんだなと思わせる所以ではないでしょうか。
続いては芦刈山(あしかりやま)。

謡曲「芦刈」に題を採った山とのことですが、謡曲自体さっぱり判らない小生には勉強になります・・・。
ただ、御神体は翁の形。
これには複雑な理由があるようです芦刈山ホームページより)。
2008/07/25のBlog
鶏鉾のあとは、山が3つ続きます。

まずは白楽天山(はくらくてんやま)。
白楽天はご存知の通り唐代の詩人です。




ただ、山上の白楽天よりも前懸に目が行ってしまうのは、トロイ戦争の場面を現した16世紀の逸品だからなのでしょう・・・。
続いては霰天神山(あられてんじんやま)です。

山の上に見える社殿は春日造で、小さいながらも立派な「神社」ですね。
その次は山伏山(やまぶしやま)です。
御神体の山伏、中央に飾り房のついた珍しい前懸と胴懸など、小さいながらも見所ある山です。
巡行の8番目は占出山(うらでやま)です。

山鉾巡行のくじ順が早いとお産が軽い、と言われていますが、今年は早いとまではいえる順序ではなかったようです。

前懸、胴懸は日本三景を描いたもので、装飾品に特徴があるといわれています。
お次は鶏鉾(にわとりぼこ)です。

本来であれば巡行の行列の先頭の方々は傘を被るのでしょうけれども、暑そうで、ほとんどの人が脱いでしまっています。
中国の故事に由来する鉾ですが、鉾ではなかなか題材が分かりにくいのが難かもしれません。

それにしても、迫力あるものです。
そして、辻まわし。

囃子方、音頭取、曳手が一体となった巡行最大の見せ場は、やはり鉾や曳山のためのものですね。
6番目は太子山(たいしやま)。

太子とは、当然のことながら聖徳太子のことです。
山の後ろのほうにある真木が、普通は松なのですが、この山だけは杉になっています。これは、この山の題材が「大杉の霊木を教えられる聖徳太子」だからだそうです。
続いては四条傘鉾(しじょうかさぼこ)。

昭和60年に巡行に復帰した新しい鉾ですが、スタイルは応仁の乱以来の伝統を伝える古いものです。
踊りと囃子があるので、巡行は大人数になっています。
鉾とも山とも違う傘鉾は、独特の風情があります。

ただ、これだけの大人数ともなると、維持するのが大変なのでしょうね。
2008/07/24のBlog
4番目は、保昌山(ほうしょうやま)です。
全景はこんな風です。

山の姿は、「和泉式部のために紫宸殿前の紅梅を折る平井保昌」というものです。
前懸と胴懸の下絵は円山応挙筆で、逸品として有名なものだそうです。
続いては函谷鉾(かんこぼこ)。

幟の表記は「かんこくぼこ」ですが、公式サイトは「かんこぼこ」です。
分かりにくいですね・・・。
鉾と山では大きさが違う、ということですが、鉾は引き手の数も多くて、こんな大迫力です。
こんな鉾が目の前を通り過ぎていくんですから、見上げんばかりの迫力にはただただ恐れ入るしかありません。
今まで体験したことのない出来事ですが、まだまだ続いていきます・・・。
2008/07/23のBlog
しばらく更新に間が空いてしまいましたが、土日までにすべて片付けたいと思います。

巡行の2番目は孟宗山(もうそうやま)。
巡行の列は、このようにすべての山鉾が幟を先頭に歩いてきます。
雪の中から筍を掘り出すのが主題なので、このような涼やかな山になっています。
その次は油天神山(あぶらてんじんやま)です。

油小路通の天神様を勧請したので、油天神山。
でも、幟は撮り損ね・・・。
全景はこのような感じです。

鳥居が朱塗りで見事です。
このような、神社を模した山は他に2つあります。
アップの画像です。

金色に輝く社殿もまた素晴らしいです。
そして、生木の松に、紅梅の飾り。

後ほど出てくる霰天神山との比較で見るのも面白いと思います。