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他称若年寄の日々侘び寂び
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2008/07/26のBlog
巡行の15番目は綾傘鉾(あやがさぼこ)です。

この通り、稚児が6名行列に加わってます。
この暑い中、大変そうですね・・・。


この通り、傘が乗っただけの小さな傘鉾ですが、これが非常に古い形態とのことで、貴重なものです。
綾傘鉾の見所の一つが、棒振り囃子です。

この囃子だけでも、一見の価値があると思える見事なものです。
まさしく、これが伝統文化なんでしょうねぇ。
続いては蟷螂山(とうろうやま)。

文字通り、カマキリを題材にしたものです。
山の上に乗っている蟷螂は動きます。

からくりの山はこちらだけ、ということでついつい動画なども撮ってしまったりしたのでした。
なかなかユーモラスな動きで、面白いです。
巡行の13番目は月鉾(つきぼこ)です。

鉾頭に新月型があるとのことですが、全然確認できずじまい・・・。

見事な音頭取です。
辻まわしの豪快さの中にも豪華さが見え隠れするあたりが、山鉾中最も重い鉾なんだなと思わせる所以ではないでしょうか。
続いては芦刈山(あしかりやま)。

謡曲「芦刈」に題を採った山とのことですが、謡曲自体さっぱり判らない小生には勉強になります・・・。
ただ、御神体は翁の形。
これには複雑な理由があるようです芦刈山ホームページより)。
2008/07/25のBlog
鶏鉾のあとは、山が3つ続きます。

まずは白楽天山(はくらくてんやま)。
白楽天はご存知の通り唐代の詩人です。




ただ、山上の白楽天よりも前懸に目が行ってしまうのは、トロイ戦争の場面を現した16世紀の逸品だからなのでしょう・・・。
続いては霰天神山(あられてんじんやま)です。

山の上に見える社殿は春日造で、小さいながらも立派な「神社」ですね。
その次は山伏山(やまぶしやま)です。
御神体の山伏、中央に飾り房のついた珍しい前懸と胴懸など、小さいながらも見所ある山です。
巡行の8番目は占出山(うらでやま)です。

山鉾巡行のくじ順が早いとお産が軽い、と言われていますが、今年は早いとまではいえる順序ではなかったようです。

前懸、胴懸は日本三景を描いたもので、装飾品に特徴があるといわれています。
お次は鶏鉾(にわとりぼこ)です。

本来であれば巡行の行列の先頭の方々は傘を被るのでしょうけれども、暑そうで、ほとんどの人が脱いでしまっています。
中国の故事に由来する鉾ですが、鉾ではなかなか題材が分かりにくいのが難かもしれません。

それにしても、迫力あるものです。
そして、辻まわし。

囃子方、音頭取、曳手が一体となった巡行最大の見せ場は、やはり鉾や曳山のためのものですね。
6番目は太子山(たいしやま)。

太子とは、当然のことながら聖徳太子のことです。
山の後ろのほうにある真木が、普通は松なのですが、この山だけは杉になっています。これは、この山の題材が「大杉の霊木を教えられる聖徳太子」だからだそうです。
続いては四条傘鉾(しじょうかさぼこ)。

昭和60年に巡行に復帰した新しい鉾ですが、スタイルは応仁の乱以来の伝統を伝える古いものです。
踊りと囃子があるので、巡行は大人数になっています。
鉾とも山とも違う傘鉾は、独特の風情があります。

ただ、これだけの大人数ともなると、維持するのが大変なのでしょうね。
2008/07/24のBlog
4番目は、保昌山(ほうしょうやま)です。
全景はこんな風です。

山の姿は、「和泉式部のために紫宸殿前の紅梅を折る平井保昌」というものです。
前懸と胴懸の下絵は円山応挙筆で、逸品として有名なものだそうです。
続いては函谷鉾(かんこぼこ)。

幟の表記は「かんこくぼこ」ですが、公式サイトは「かんこぼこ」です。
分かりにくいですね・・・。
鉾と山では大きさが違う、ということですが、鉾は引き手の数も多くて、こんな大迫力です。
こんな鉾が目の前を通り過ぎていくんですから、見上げんばかりの迫力にはただただ恐れ入るしかありません。
今まで体験したことのない出来事ですが、まだまだ続いていきます・・・。
2008/07/23のBlog
しばらく更新に間が空いてしまいましたが、土日までにすべて片付けたいと思います。

巡行の2番目は孟宗山(もうそうやま)。
巡行の列は、このようにすべての山鉾が幟を先頭に歩いてきます。
雪の中から筍を掘り出すのが主題なので、このような涼やかな山になっています。
その次は油天神山(あぶらてんじんやま)です。

油小路通の天神様を勧請したので、油天神山。
でも、幟は撮り損ね・・・。
全景はこのような感じです。

鳥居が朱塗りで見事です。
このような、神社を模した山は他に2つあります。
アップの画像です。

金色に輝く社殿もまた素晴らしいです。
そして、生木の松に、紅梅の飾り。

後ほど出てくる霰天神山との比較で見るのも面白いと思います。
2008/07/22のBlog
山鉾巡行の先頭は長刀鉾(なぎなたぼこ)。

毎年「くじ取らず」として必ず先頭を行き、しめ縄切りを行うという大事な役目があります。

鉾の高さは25mほど、屋根まででも8mくらいあり、重さは11トンもあるど迫力です。

いきなり、圧倒されてしまいました。
生稚児が見えると思いますが、生稚児を乗せているのは今では長刀鉾のみです。

胴懸、前懸なども、昼であれば豪華さが一目瞭然ですね。
さて、山鉾巡行の一つの見せ場が辻まわし。
山や鉾でそれぞれ回し方があるのですが、鉾の辻まわしは豪快なもの。

車輪の下に割り竹などを敷き、水をかけて車輪を滑らすことで方向を変える・・・というものです。

1回では回り切らず、今回は少なくとも3回、多い鉾では5回も回していました(微調整が難しいので、なかなか最後まで一気に回すというのはできないようです)。

こうして回った鉾は、河原町通を北上していくのでした。
さて、翌日。
朝6時台には起きて、7時過ぎに出発。
京都駅に7時半前には着き、ロッカーに荷物を放り込んで、8時よりも前には四条河原町の交差点に着いてました。
ということで、西南の角に場所取り・・・。

8時50分頃(巡行が来る約1時間前)に、信号などの作業が始まりました。
こんな風に、本来なら通りに向かって正面を向いているはずの地名板がそっぽを向いています。
街灯もそうですが、回転できるようになっているようです。
9時半前くらいにはこのような人だかり。
巡行が来るまであとしばらく・・・なのですが、この時点では河原町通の車の往来は、完全には止まってませんでした。
9時半が過ぎて完全に通行止めになったところで、信号作業。
といっても、回転式の信号を山鉾の邪魔にならないように隠してしまうだけですが。

1枚目の写真と、どこが違うか見比べてみてください。
すぐに山鉾連合会の幟が到着して、いよいよ山鉾巡行の開始です。
2008/07/21のBlog
延々と続いてきた宵山の記事もこちらで打ち止めです。


こちらは占出山(うらでやま)。
提灯の風情とも、もう少しでお別れです。
当然のことながら、神功皇后の占いに縁った御神体は乗っていませんでした。
すべては明日、ということなのでしょう。
そして最後が、霰天神山(あられてんじんやま)。

傘をかざした提灯が目に付きます。
提灯に照らされた胴懸、見送などはさらに絢爛な雰囲気を醸してくれます。
そして、名残惜しくも祭りに別れを告げ、宿へと向かったのでした・・・。


本来であれば、「あばれ観音」などまだまだ見るところがあるのですけれども、さすがに宿が瀬田でチェックインもしていないのでは、難しいところでした・・・。
今度は、京都市中に宿をきちんと取って、腰を据えて見てみたいものです。
南観音山から蛸薬師通を東に折れて歩くと、橋弁慶山(はしべんけいやま)です。

やはり、橋弁慶山といえば・・・
御神体。
室町時代の銘がある人形は、必見だと思います。

巡行のときはさらに素晴らしいのですが、こうやって飾られているのを見るのもまた別の素晴らしさがあります。
橋弁慶山から烏丸通に出て南に行くと孟宗山(もうそうやま)です。

もう既に、明日の準備と思しき作業に入っていました。
帰りがけにもう一度山の前を通ったのですが、既にカバーがかけられて、いよいよ明日・・・といた感じになっていました。
長刀鉾から四条通を西進して、今度は新町通の一方通行区間を北上。
まずは放下鉾(ほうかぼこ)です。

鉾の名の由来となった「放下僧」はいわば芸人のようなものだそうです。
そこからしばらく北へ行くと、南観音山(みなみかんのんやま)。

巡行の際には必ず最後を飾る曳山です。
上には当然の如く人が乗ってましたが、日和神楽に出ていたようであまりいないように思われました。
と、そこへ日和神楽から戻ってきた山車が収まっていました。
小生が後ろからきて、追いついたような形だったようです。

それにしても興味深いですね。