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2008/06/04のBlog
[ 15:04 ]
[ つぶやき・・ ]
冷たい雨の降りしきる中沢山のご弔問を頂いて
ご葬儀は無事に執り行われました。
娘が嫁ぎまして早くも20年が過ぎました。
義父さんと私は偶然にも「武蔵野第2小学校」の
同窓生でした。
嫁の舅と嫁の親と云う関係ではなく「兄と妹」のような
関係でしたから心の中に大きな穴が開いたような寂しさは
拭う事が出来ません。
経済的に許されるなら引っ越して来なさいと心から勧めて
下さったのも義父さんでした。
季節毎の庭木の手入れもして頂いて・・・皐月のお花が大好きで
沢山の盆栽を育て「草花には雨が一番」が口癖でした。
お花を愛し愛おしんで芽が出て花開くのを楽しみにしていた方の
思いが通じたのか雨の降る日のお別れでした。
安らかな旅路でありますように・・・さようなら。
ご葬儀は無事に執り行われました。
娘が嫁ぎまして早くも20年が過ぎました。
義父さんと私は偶然にも「武蔵野第2小学校」の
同窓生でした。
嫁の舅と嫁の親と云う関係ではなく「兄と妹」のような
関係でしたから心の中に大きな穴が開いたような寂しさは
拭う事が出来ません。
経済的に許されるなら引っ越して来なさいと心から勧めて
下さったのも義父さんでした。
季節毎の庭木の手入れもして頂いて・・・皐月のお花が大好きで
沢山の盆栽を育て「草花には雨が一番」が口癖でした。
お花を愛し愛おしんで芽が出て花開くのを楽しみにしていた方の
思いが通じたのか雨の降る日のお別れでした。
安らかな旅路でありますように・・・さようなら。
2008/06/03のBlog
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2008/05/31のBlog
[ 23:56 ]
[ 掲示板 ]
2008/05/30のBlog
[ 09:11 ]
[ 創作 ]
板張りの床がぎしぎしと音を立てて泣いているように
きしむ中でオルガンを弾く手を休めて隣の部屋で床
に伏している母の様子を探るように伺っている。
学校から帰ってオルガンに向かうとき日曜日が無い
世界に生きたたいと何時も思う。
なぜ自分がこの家に生まれたのかわたしが望んだ
わけでもないのに・・・
母が倒れてからいつの間にか自分に廻ってきた奏楽の奉仕を時々
恨めしく感じる時がある。
ひと通りの稽古を済ませると母の部屋の扉を開けてみる。
床の中から優しい眼差しで母が微かに微笑んだような気がして膝から
滑るように座り込むと母の額に手を当ててみる。
熱がないのでホットする。
薄く眼をあけた母が。
「ごくろうさま・・・とても上手に成ったのね」と冷たい手を膝に置いて言った。
「そうかしら・日曜日までには弾けるようにしておきます」
後二日もあるしもう充分に弾きこんでいるから自信はあるのだが。
「あなたも大変ね・・・オルガンを聞きながら少し眠ったようね」
昼間は園児のざわめきで眠られない母を気遣って出来るだけ静かに
間違わないように注意して稽古をしていてもオルガンのペタルを
踏むたびにシーンとっした部屋に響くぎしぎしと鳴る床が気になって
仕方がないのだった。
「それで熱が出なかったのかしら・わたしご飯の支度してきます」
台所に立つと手際よく夕食の支度はあっと言う間に出来上がりヤット
出来た一人の時間を楽しもうとしているときに。
続きを読む
きしむ中でオルガンを弾く手を休めて隣の部屋で床
に伏している母の様子を探るように伺っている。
学校から帰ってオルガンに向かうとき日曜日が無い
世界に生きたたいと何時も思う。
なぜ自分がこの家に生まれたのかわたしが望んだ
わけでもないのに・・・
母が倒れてからいつの間にか自分に廻ってきた奏楽の奉仕を時々
恨めしく感じる時がある。
ひと通りの稽古を済ませると母の部屋の扉を開けてみる。
床の中から優しい眼差しで母が微かに微笑んだような気がして膝から
滑るように座り込むと母の額に手を当ててみる。
熱がないのでホットする。
薄く眼をあけた母が。
「ごくろうさま・・・とても上手に成ったのね」と冷たい手を膝に置いて言った。
「そうかしら・日曜日までには弾けるようにしておきます」
後二日もあるしもう充分に弾きこんでいるから自信はあるのだが。
「あなたも大変ね・・・オルガンを聞きながら少し眠ったようね」
昼間は園児のざわめきで眠られない母を気遣って出来るだけ静かに
間違わないように注意して稽古をしていてもオルガンのペタルを
踏むたびにシーンとっした部屋に響くぎしぎしと鳴る床が気になって
仕方がないのだった。
「それで熱が出なかったのかしら・わたしご飯の支度してきます」
台所に立つと手際よく夕食の支度はあっと言う間に出来上がりヤット
出来た一人の時間を楽しもうとしているときに。
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一台の米軍のトラックが門前に止まる。
駆けだしていくと沢山の材木と数人の米兵が
おりてきた。
近くの米軍の基地で働いている彼が廃材となった
材木を持ってきてくれたのだった。
戦後の物資のない時だから家の修理やらお風呂炊きやら何にでも使える
廃材は有り難い物だった。
手際よく綺麗にいつもの物置にキチンと終ってその人は帰っていった。
父の葬儀の日にその彼が元市長として父のために弔辞を読むなんて
あの時誰が想像しただろうか。
あの時の辛かった日々が走馬燈のように頭の中を駆けめぐり過ぎて行った。
敗戦から立ち直り母が他界して今年で何年が経つのだろうかと会堂に
溢れんばかりの会葬者の人に感謝しながら親族としての挨拶に追われていた。
ふと眼が吸い寄せられるように一人の人に留まる。
長い年月を経て互いに年を重ね道ですれ違っても解らないかも知れないが
今日この場所で神が引き合わせると言うのならあの人かも知れない。
白い花を手にして静かに献花を済ませると遺影に頭を垂れてその人は
親族の席に近づいてきた。
あの日私が時間に遅れなければ・・・との思いが胸を掻きむしるように
思い出されて眼から自然に涙が流れてくるのをそのままに眼と眼だけの
挨拶で時は流れていった。
あの日父が30分遅れないで母を見舞っていてくれていたら、
遅れることはなかったのにと静かに流れる奏楽のなかで亡き父に
語りかけている自分がいた。
駆けだしていくと沢山の材木と数人の米兵が
おりてきた。
近くの米軍の基地で働いている彼が廃材となった
材木を持ってきてくれたのだった。
戦後の物資のない時だから家の修理やらお風呂炊きやら何にでも使える
廃材は有り難い物だった。
手際よく綺麗にいつもの物置にキチンと終ってその人は帰っていった。
父の葬儀の日にその彼が元市長として父のために弔辞を読むなんて
あの時誰が想像しただろうか。
あの時の辛かった日々が走馬燈のように頭の中を駆けめぐり過ぎて行った。
敗戦から立ち直り母が他界して今年で何年が経つのだろうかと会堂に
溢れんばかりの会葬者の人に感謝しながら親族としての挨拶に追われていた。
ふと眼が吸い寄せられるように一人の人に留まる。
長い年月を経て互いに年を重ね道ですれ違っても解らないかも知れないが
今日この場所で神が引き合わせると言うのならあの人かも知れない。
白い花を手にして静かに献花を済ませると遺影に頭を垂れてその人は
親族の席に近づいてきた。
あの日私が時間に遅れなければ・・・との思いが胸を掻きむしるように
思い出されて眼から自然に涙が流れてくるのをそのままに眼と眼だけの
挨拶で時は流れていった。
あの日父が30分遅れないで母を見舞っていてくれていたら、
遅れることはなかったのにと静かに流れる奏楽のなかで亡き父に
語りかけている自分がいた。
2008/05/29のBlog
[ 05:01 ]
[ 花影 ]
おはようございます。
お義父さんが早朝4時22分旅立って逝かれました。
誰も間に合わずお一人での旅立ちだったご様子です。
長い事娘を暖かく見守って励まして下さった皆様に
娘に成り代わりまして御礼申し上げます。
旅路が安らかで有りますように…
お義父さんが早朝4時22分旅立って逝かれました。
誰も間に合わずお一人での旅立ちだったご様子です。
長い事娘を暖かく見守って励まして下さった皆様に
娘に成り代わりまして御礼申し上げます。
旅路が安らかで有りますように…
2008/05/28のBlog
[ 22:37 ]
[ 私とパソコン ]
「気違い部落」を書いた(きだ みのる)が
近くに住んで居たなんて。
「気違い部落」はもしかするとこの辺りが
モデルのようです。
近い内に戦時中に疎開をしていたお寺に
行って参ります。
今は住職も居ない荒れ寺のようですが・・・
何となく読んでみたくなって「本」を探している内に
「下恩方」に住んでいたことを探し当てました。
新しい興味がストレス解消には一番です^^
近くに住んで居たなんて。
「気違い部落」はもしかするとこの辺りが
モデルのようです。
近い内に戦時中に疎開をしていたお寺に
行って参ります。
今は住職も居ない荒れ寺のようですが・・・
何となく読んでみたくなって「本」を探している内に
「下恩方」に住んでいたことを探し当てました。
新しい興味がストレス解消には一番です^^
