ニックネーム:   パスワード:
| MyDoblogトップ | Doblogポータル | Doblogガイド | ユーザ登録 | 使い方 | よくある質問 | ツールバー | サポート |
釧路通信
Blog
[ 総Blog数:394件 ] [ このMyDoblogをブックマークする ] [ RSS0.91   RSS1.0   RSS2.0 ] [ ATOM ]
2006/08/08のBlog
●釧路湿原の自然保護活動をしているNPOが、ホタル観賞会を開くというので、釧路郊外、湿原一角にある達古武(たっこぶ)湖畔に出かけた。●釧路湿原は東西25km、南北36km、面積18、290haの日本最大の湿原。1987年に国立公園に指定された。湿原一帯は5000年前には海で、海岸線が徐々に後退して、3000年ほど前から現在のような姿になったという。●湿原の東側には、3つの海跡湖があり達古武湖はその一つ(ほかは塘路湖、シラルトロ湖)。達古武湖は周囲5キロ、水深は3メートルほどの浅い湖だ。

2006/08/04のBlog
●択捉ではロシア人家庭にホームスティ。公式のプログラムのほかに、バーベキューやドライブなどを楽しんだ。島滞在は正味2日間で、島の若者との意見交換会やバレボールなどのスポーツ交流も。●支局員が宿泊した家族は、税務署や消防署勤めとか。生活は質素らしい。村の道路は未舗装で、娯楽は村唯一のディスコ風クラブだった。 ただ、自然の豊かさは知床以上ではないかという。知床の世界自然遺産登録の際、北方領土も含めるべきという主張もあったのがうなずける。 ●ちょっと硬い話をすれば、ビザなし交流の形骸化を懸念する声は強い。意見交換会では、北方領土問題はほとんど議論にならなかったという。ロシア側だけではなく、日本側の高校生や付き添いの教師の問題意識のなさにはがっかりしたと、支局員は嘆いていた。●ビザなし交流が始まったのは1992年。前年、ゴルバチョフ大統領が訪日した際、枠組みが提案された。領土問題解決までの間、四島在住のロシア人と、日本側の元島民らが相互訪問することで、双方の理解を深めるのが訪問の主旨。05年度まで日本から7262人、四島から5718人がそれぞれ訪問した。今年も日本から562人、四島から355人が参加の予定。
●写真はロシアの行政庁舎。紗那には現在、6900人のロシア人島民が住む。北方四島はサハリン州政府の管轄。戦前の択捉島は、水産、林業、鉱業(イオウ)、毛皮獣飼育などが盛んだった。●択捉に旧ソ連軍が侵攻したのは1945年8月28日。この時、紗那郵便局から根室無線局に「ソ連軍侵攻」の一報が入ったという。
●今年で15年目を迎えた北方四島ビザなし交流訪問に、先月末、支局の若手記者が参加した。道内の中高校生、教職員らとともに、4泊5日の日程で択捉島中北部の村・紗那(しゃな)を訪ねた。写真は散布半島にそびえる同島最高峰の散布山(1587m)。●択捉島は日本最大の島(面積3184平方km)で、鳥取県とほぼ同じ広さ。法的には根室支庁に属し、紗那など3つの村が置かれている。●太平洋岸にある単冠湾は、旧日本海軍・連合艦隊が真珠湾攻撃の際、集結した地として知られる。
2006/08/03のBlog
●参加者イベントは、ビール一気飲み。こっちは女性の飲みっぷりがいいので、会場は大いに盛り上がった。あとは景品抽選会等々で、市民同窓会のような雰囲気。
●去年夏の「はしご酒」のように、サラリーマンやOLグループ風が多かったが、子ども連れの家族などの姿も結構、目についた。一人2500円の会費というのも庶民的だし、肝心の夏真っ盛りの暑さがないのが残念だが、大手ホテルの格式などうるさいことを言わない気軽なパーティーで楽しめた。
●市民たちの釧路の夏一景。市内のホテルを会場にしたビール祭をのぞいてみた。日中でも20度を切ることの多い釧路では、ビヤガーデンというのがない。知る限りでは、この近辺でビヤガーデンらしきものがあるのは帯広ぐらいだ。●それでも夏気分を、という市民は多いらしく、大手ホテルの大広間で開かれたビール祭は、7~800人の市民で満席になっていた。市民有志のハワイアンバンドやフラダンスがそれらしいが、ちょっと無理があるかな、という気もした。
2006/07/28のBlog
●目抜き通りは硝子工芸品とオルゴールの店が建ち並ぶ。歴史的なことは分からないが、異国情緒をうまく演出していて、観光客が群がっていた。写真はオルゴール堂の店内。●運河でもそうだったが、ここも外国人観光客が半数以上の感じ。オルゴールの中にはmade in Chinaもあったりして、中国人観光客らがお客というのも何やらおかしい。●最近の道の調査では、昨年度の訪日外国人来道者数は、前年度比20.3%増の51万3650人と初めて50万人を越えたとか。台湾からが全体の54%の27万6800人。香港が8万6500人、韓国7万50人、中国本土1万5650人とアジア圏内が圧倒的。あとはオーストラリアなどからが増えているそうだ。
●明治40年(1907年)に建てられたという雑貨卸し商の旧久保商店。市指定の歴史的建造物。いまは喫茶店に再利用されている。市中心部はそれほど大きくなエリアではないが、街並みをうまく整備している。


2006/07/27のBlog
●ニシン漁で栄え、北海道経済の中心地として一時は北の「ウォール街」と呼ばれるほど栄華を極めたーなどと聞くと、やはり道東との地理的格差を感じる。長崎を思い出させる坂道の街、外人墓地・・・異国情緒もいい雰囲気に漂い、同じ港町ながら、我が釧路ではないものねだりになってしまうのが残念。●釧路を舞台にした小説やドラマがなかなか生まれないのも、こんな所が原因か(原田康子の「挽歌」という名作があるが)。町興しに苦戦する釧路を思うと、小樽の町はちょっとまぶしくみえた。多分、函館でも同じ気分を味わいそうだが。

●出張ついでに小樽に足を伸ばした。札幌から電車で30分の近さ。久々の晴れ間が広がり、絶好の散策日和。●釧路も港町だが、小樽独特の歴史的街並みや文化の香りは新鮮。街を歩いて楽しくなる、という気分を久し振りに味わった。
2006/07/20のBlog
●柵で保護された洞窟の奥で神秘的に輝くヒカリゴケ。知床半島は火山による造山活動によって形勢された火山半島で、こうした巨岩や洞窟がその景観を一層荒々しくしている。
●羅臼の町のすぐ近くにあるマッカウス洞窟。日本では数少ないヒカリゴケが自生することで知られる。武田泰淳の小説「ひかりごけ」にも登場するが、題材となった事件の舞台はこの洞窟とは別の場所。
●相泊の手前にある海岸に湧き出る「セセキ(瀬石)温泉」。満潮時には水没するとか。水平線に国後の島影。テレビドラマ「北の国から」の舞台にもなった。
●ウトロに向かう途中、羅臼からさらに知床半島を北上し、道道が行き止まる町、相泊(あいどまり)へ足を伸ばした。ここも小さな漁港。ここから先は知床岬まで通じる道はない。港のすぐそばに民宿があり、「熊の穴」という名前がいい。地元漁師さんの料理を堪能できるとか。
●観光客が目立つのは、知床クルーズの船会社が並ぶこの通りだけ。ホテル街は羅臼より充実しているが、実際は小さな漁業の町だ。
●漁港の入り口にある奇岩。地元ではゴジラ岩と呼んでいる。ちょっとしたウトロのランドマークだ。
●ウトロ漁港にある観光船の船着場。小さな漁港だ。
●途中にはこうした滝がいくつも海に注いでいる。切り立った岩壁では海鵜やカモメが群れをなし舞っていた。●滝にはそれぞれカムイワッカ(神の水)、フレペ(乙女の涙)などアイヌ語の名前があり、遠い昔、こんな人を寄せ付けない場所で生活していたアイヌの人たちの偉大さを感じることができる。そういえば知床もアイヌ語のシリエトク(地の果て)が原意。●クルーズでは、運がよければイルカやくじらなどとも遭遇できる。
●クルーズは往復約3時間の知床岬コースと途中までのカムイワッカの滝コースがあるが、今回は往復1時間半のカムイワッカ・コース(一人3000円)で。船は小型のクルーザータイプ。喫水が浅い分、断崖そばまで近づいてくれ、なかなかの迫力だった。大型の観光船もある。●写真は断崖から流れ落ちるカムイワッカの滝。山中にある滝つぼでは温泉が湧き出ていて、沢登りのあと温泉が楽しめる。ただ、今年は岩の崩落の危険があるとかで、入山禁止になっていた。●知床岬に近づくにつれ、ヒグマを目撃するチャンスが多いという。