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Aladdin's cock
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2007/06/28のBlog
引っ越します。・・・[Internet Explorer]でご覧の方へ・・・引っ越し先「FC2」の記事ページが
欠け、うまく表示されない場合は[F11]キーを押して見て下さい・・・元に戻す場合も[F11]を。

↓エロボケ・バカblog Aladdin's cock の引っ越し先はコチラです↓

http://tokira.blog33.fc2.com/

稚拙なblogを可愛がって戴いた皆さん、長期間ありがとうございました。

Doblog 益々のご発展を・・・スタッフの皆さん有り難うございました。


↑似非毒キノコ?:タマゴタケ↑
・・・毒キノコ・ベニテングタケに似ていますが食べられるキノコ・タマゴタケです・・・

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2007/06/27のBlog
オオウラギンスジヒョウモン(「軽井沢の蝶」)

予報では晴れる筈だが早朝の明神山は曇り空、
今にも雨が落ちてきそうな雲行きだった。
晴れを信じてCコースを歩いた。

湿気を含む無風状態の里山は暑い、というより息苦しい。
濡れた落ち葉の中、ギンリョウソウが数本あったので撮影。

蒸し暑さに登りだけで持ってきた水1㍑を飲み干してしまった。
山頂で沸騰する躰を冷まそうとビール2缶を呷ったけれど逆効果・・・。

誰も来ないのかと思っていたら網干?のMさんがやってきた。
しばし雑談、先に下山した。

・・・今日の画像は明神山で撮影したものではありません・・・

オカトラノオが咲いていた。群生する花をヒョウモンチョウが盛んに吸蜜していた。

オカトラノオ(サクラソウ科 オカトラノオ属)(植物生態研究室(波田研))




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2007/06/26のBlog
もうカキランが咲いているはず・・・と、見に出かけた。
二週間前に来た時は10本くらいあったはずだが全く見当たらない。

どうしたというのか、ジーッと目を凝らして見ていくと無惨・・・
ツボミをつけた茎は根元から折られ、辺りに散乱、
どうも根を掘り起こして持ち帰ったような形跡がある。

笹にまぎれ見つけられなかったのか1本だけが花を咲かせていた。
取り敢えず撮影、以前一本だけあるのを見たことがある別の場所へ行ってみると2本に増えていた。
コチラは無事、雑草の中から花をのぞかせていた。

すべて掘り起こして持ち帰る神経が理解できない・・・
エロボケ、蒸し暑いツユの一日なのだった。
2007/06/25のBlog
朝露に濡れるエゴノキを見ていたら果実?のようなモノがついていた。
ミツマタの花にも似た不思議なモノを発見・・・「エゴノネコアシ」だった。
「エゴノネコアシ」という不思議・・・虫瘤(ちゅうえい)という耳慣れないモノを少し調べてみた。
私のようなシロートにも比較的解りやすい記述があったのは“植物はともだち“というblog・・・
以下引用、転載させていただきました。↓クリック!画像アリ↓

エゴノネコアシは、エゴノキ Styrax japonica にできる虫こぶ(虫えい)です。
エゴノネコアシを作る虫は、「エゴノネコアシアブラムシ」という虫です。
アブラムシは春から秋までは単為生殖をしますが、このエゴノネコアシの中で育つのは有性生殖で卵から孵ったアブラムシたちです。
画像では猫の足の指の先端にあたる部分が割けています。アブラムシが成虫になって次の生息場所(チヂミザサやアシボソ)に移った後であることがわかります。
(植物はともだち エゴノネコアシ)

虫瘤とは: 植物に昆虫が産卵、寄生し、その刺激で植物細胞の
 増殖と分化が異常を来して形成される瘤状のもの


ということらしく、姿形がネコの足に似ているところからエゴノキにできる
虫瘤(ちゅうえい)を「エゴノネコアシ」と名付けたらしい。


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2007/06/24のBlog
6/23(SAT)またまた、朝からカラリと晴れ上がった。
“梅雨の晴れ間”というより“カラ梅雨”の様相すらある今日この頃、空は夏。
クモキリソウの前を通り充分に水を含んだ落ち葉の道を尾根筋へと上がった・・・昨日読んだ「高野聖」を引き摺っていた。
湿った落ち葉や、陽をさえぎり覆い被さる木の下を歩きながら“鏡花ワールド”の凄さを一心になぞるエロボケなのだった。
ヤマヒルに“泉鏡花”へ案内されるとは思ってもいなかった・・・。
辿り着いた山頂に、暫くしてTさんが上がってきた。相変わらずの健脚ぶり・・・
好天に三々五々上がっては下りていく人はあるけれど知人はいない。
下りる準備をしていると、オペルのOさんが上がってきた。何やら釣り竿のようなモノをもって・・・無線機で遊ぶという。
Cコースを下る途中、上がってくるH氏夫妻に遇った・・・
明るく挨拶、明るく下山・・・“鏡花な”夏山歩の日なのだった。

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2007/06/22のBlog
梅雨時の水を含んだ枯葉道はヤマヒルが起ち上がる
山頂で遇ったO氏と下山・・・途中、靴や衣服についたヒルを幾度となく払い落としたり
薬剤で退治しながらの下山だったが、数匹は退治した筈。

珍しいものは何もなかったこの日の山歩、退屈凌ぎという訳ではないけれど
捕まえたヤマヒルを切り株の上で撮影することに・・・。

起ち上がったところを撮ろうとポーズをつける・・・ヒルの上部に指をかざしゆっくり回転させたり、
停止させたり、同行のO氏に協力をお願いしての大層な撮影となったのだった。

撮影しているうちに気づいたのだが、ナニに対して反応しているのかは解らないけれど
確かに指の動きに反応して起ち上がる・・・体温か、血の臭いでも嗅ぎつけているのか。。。

こんな報告もあった↓

ヤマヒルには、物を識別する能力はないが、明るさの判断する機能はあるようで、
目はなくても先端の敏感なセンサーによって温度や風、二酸化炭素などを
察知して吸血する対象に近づくことができる。

ヤマビルは寒さに強く、暑さに弱い生き物・・・30℃では活動的になり、
35℃では8時間後までは元気だが、24時間後には全て伸びきって死んでしまい、
さらに40℃ではぐったりとして3時間も持たず死亡してしまった・・・。

0℃にすると死んだように動かないけれど、20℃の室温にもどすと、歩き始める。

さらに-2℃では、4日間入れておいても死なず、凍結しないが歩行困難で動かないモノもいる。
20℃の室温に戻すと、翌日には呼気に反応する

しかし、-5℃のとき3時間では凍っても室温に戻すと生きているが、
8時間後にはコチコチに凍ってしまい、室温に戻しても復活はしなかった。



ヤマヒルが文学作品に登場していた・・・あの幻想的な作風で知られる“泉鏡花”の「高野聖」という作品の中に登場しているのだ・・・読んでみた。明治33年の作品で文体が古く少々読みづらいが、面白い。その昔“高野聖”といわれた旅する僧の不思議な体験談で、飛騨の峠で道を間違えた薬売りを助けようと高野の僧が山道へ入り、山奥に迷い込んだ僧が、道中に現れた一軒屋に住む妖しい美女にとり憑かれ、危うく獣に変えられそうになるという話である。
宿を頼んだ家には妖艶な女主人が住んでおり、山旅の汚れを落としましょうと、近くの谷のせせらぎに連れて行かれ、汗やドロにまみれた体を洗い流してもらう。そうこうしているうちに、女主人自らが衣服を脱ぎ捨て、美しい裸身のまま体を洗ってくれるのであった。ここで色に惑わされ交わりでもしようものなら大変・・・女の怪しい霊力で、ヒキガエルや蝙蝠、野猿、馬などに姿を変えられ、挙句の果てには金に変える為に売り飛ばされてしまうのである。なんとか色欲を抑えた僧は、事なきを得るのである・・・が。

その怪しい家に行き着くまでの山道や、妖しい女に躰を洗って貰い、
その夜の床につくあたりの描写を抜粋、転載してしまった・・・。

エロボケは「泉鏡花の幻想」というか、妄想の醸し出すエロティシズムに圧倒されてしまうのだった。

道には丸太の橋かと思うような大蛇がいて、胴体を切断され切り口から汁を流しながらピクピク動いているものもいる・・・
樹々からヤマヒルが降ってくる凄まじいシーン・・・


まずこれで七分は森の中を越したろうと思う処で五六尺天窓(あたま)の上らしかった樹の枝から、ぼたりと笠の上へ落ち留まったものがある。
 鉛(なまり)の錘(おもり)かとおもう心持、何か木の実ででもあるかしらんと、二三度振ってみたが附着(くッつ)いていてそのままには取れないから、何心なく手をやって掴(つか)むと、滑(なめ)らかに冷(ひや)りと来た。
 見ると海鼠(なまこ)を裂(さ)いたような目も口もない者じゃが、動物には違いない。不気味で投出そうとするとずるずると辷(すべ)って指の尖(さき)へ吸ついてぶらりと下った、その放れた指の尖から真赤な美しい血が垂々(たらたら)と出たから、吃驚(びっくり)して目の下へ指をつけてじっと見ると、今折曲げた肱(ひじ)の処へつるりと垂懸(たれかか)っているのは同形(おなじかたち)をした、幅が五分、丈(たけ)が三寸ばかりの山海鼠(やまなまこ)。
 呆気(あっけ)に取られて見る見る内に、下の方から縮みながら、ぶくぶくと太って行くのは生血(いきち)をしたたかに吸込むせいで、濁(にご)った黒い滑らかな肌(はだ)に茶褐色(ちゃかっしょく)の縞(しま)をもった、疣胡瓜(いぼきゅうり)のような血を取る動物、こいつは蛭(ひる)じゃよ。
 誰(た)が目にも見違えるわけのものではないが、図抜(ずぬけ)て余り大きいからちょっとは気がつかぬであった、何の畠(はたけ)でも、どんな履歴(りれき)のある沼(ぬま)でも、このくらいな蛭はあろうとは思われぬ。
 肱をばさりと振(ふる)ったけれども、よく喰込(くいこ)んだと見えてなかなか放れそうにしないから不気味(ぶきみ)ながら手で抓(つま)んで引切ると、ぷつりといってようよう取れる、しばらくも耐(たま)ったものではない、突然(いきなり)取って大地へ叩(たた)きつけると、これほどの奴等(やつら)が何万となく巣をくって我(わが)ものにしていようという処、かねてその用意はしていると思われるばかり、日のあたらぬ森の中の土は柔(やわらか)い、潰(つぶ)れそうにもないのじゃ。
 ともはや頸(えり)のあたりがむずむずして来た、平手(ひらて)で扱(こい)て見ると横撫(よこなで)に蛭の背(せな)をぬるぬるとすべるという、やあ、乳の下へ潜(ひそ)んで帯の間にも一疋(ぴき)、蒼(あお)くなってそッと見ると肩の上にも一筋。
 思わず飛上って総身(そうしん)を震いながらこの大枝の下を一散にかけぬけて、走りながらまず心覚えの奴だけは夢中(むちゅう)でもぎ取った。
 何にしても恐しい今の枝には蛭が生(な)っているのであろうとあまりの事に思って振返ると、見返った樹の何の枝か知らずやっぱり幾(いく)ツということもない蛭の皮じゃ。
 これはと思う、右も、左も、前の枝も、何の事はないまるで充満(いっぱい)。
 私は思わず恐怖(きょうふ)の声を立てて叫(さけ)んだ、すると何と? この時は目に見えて、上からぼたりぼたりと真黒な痩(や)せた筋の入った雨が体へ降かかって来たではないか。
 草鞋を穿(は)いた足の甲(こう)へも落ちた上へまた累(かさな)り、並んだ傍(わき)へまた附着(くッつ)いて爪先(つまさき)も分らなくなった、そうして活(い)きてると思うだけ脈を打って血を吸うような、思いなしか一ツ一ツ伸縮(のびちぢみ)をするようなのを見るから気が遠くなって、その時不思議な考えが起きた。
 この恐しい山蛭(やまびる)は神代(かみよ)の古(いにしえ)からここに屯(たむろ)をしていて、人の来るのを待ちつけて、永い久しい間にどのくらい何斛(なんごく)かの血を吸うと、そこでこの虫の望(のぞみ)が叶(かな)う、その時はありったけの蛭が残らず吸っただけの人間の血を吐出(はきだ)すと、それがために土がとけて山一ツ一面に血と泥(どろ)との大沼にかわるであろう、それと同時にここに日の光を遮(さえぎ)って昼もなお暗い大木が切々(きれぎれ)に一ツ一ツ蛭になってしまうのに相違(そうい)ないと、いや、全くの事で。」
(泉鏡花 高野聖:青空文庫)

妖しくも美しい女が誘いをかける・・・のだった。

「婦人(おんな)は驚いた顔をして、
(それでは森の中で、大変でございますこと。旅をする人が、飛騨(ひだ)の山では蛭が降るというのはあすこでござんす。貴僧(あなた)は抜道をご存じないから正面(まとも)に蛭の巣をお通りなさいましたのでございますよ。お生命(いのち)も冥加(みょうが)なくらい、馬でも牛でも吸い殺すのでございますもの。しかし疼(うず)くようにお痒(かゆ)いのでござんしょうね。)
(ただいまではもう痛みますばかりになりました。)
(それではこんなものでこすりましては柔(やわら)かいお肌が擦剥(すりむ)けましょう。)というと手が綿のように障(さわ)った。
 それから両方の肩から、背、横腹、臀(いしき)、さらさら水をかけてはさすってくれる。
 それがさ、骨に通って冷たいかというとそうではなかった。暑い時分じゃが、理窟(りくつ)をいうとこうではあるまい、私(わし)の血が沸(わ)いたせいか、婦人(おんな)の温気(ぬくみ)か、手で洗ってくれる水がいい工合(ぐあい)に身に染みる、もっとも質(たち)の佳(い)い水は柔かじゃそうな。
 その心地(ここち)の得(え)もいわれなさで、眠気(ねむけ)がさしたでもあるまいが、うとうとする様子で、疵(きず)の痛みがなくなって気が遠くなって、ひたと附(くっ)ついている婦人(おんな)の身体で、私(わし)は花びらの中へ包まれたような工合。
 山家(やまが)の者には肖合(にあ)わぬ、都にも希(まれ)な器量はいうに及(およ)ばぬが弱々しそうな風采(ふう)じゃ、背中を流す中(うち)にもはッはッと内証(ないしょ)で呼吸(いき)がはずむから、もう断ろう断ろうと思いながら、例の恍惚(うっとり)で、気はつきながら洗わした。
 その上、山の気か、女の香(におい)か、ほんのりと佳い薫(かおり)がする、私(わし)は背後(うしろ)でつく息じゃろうと思った。」
(泉鏡花 高野聖:青空文庫)

妖女と白痴、魑魅魍魎(ちみもうりょう)・・・ざわざわと木の葉が戦(そよ)ぐ気色(けしき)だった。・・・「泉鏡花」エロティシズムの総仕上げか・・・

そこではじめの内は我ともなく鐘の音の聞えるのを心頼みにして、今鳴るか、もう鳴るか、はて時刻はたっぷり経(た)ったものをと、怪(あや)しんだが、やがて気が付いて、こういう処じゃ山寺どころではないと思うと、にわかに心細くなった。
 その時は早や、夜がものに譬(たと)えると谷の底じゃ、白痴(ばか)がだらしのない寐息(ねいき)も聞えなくなると、たちまち戸の外にものの気勢(けはい)がしてきた。
 獣(けもの)の跫音のようで、さまで遠くの方から歩行(ある)いて来たのではないよう、猿も、蟇(ひき)も、居る処と、気休めにまず考えたが、なかなかどうして。
 しばらくすると今そやつが正面の戸に近(ちかづ)いたなと思ったのが、羊の鳴声になる。
 私はその方を枕(まくら)にしていたのじゃから、つまり枕頭(まくらもと)の戸外(おもて)じゃな。しばらくすると、右手(めて)のかの紫陽花が咲いていたその花の下あたりで、鳥の羽ばたきする音。
 むささびか知らぬがきッきッといって屋の棟(むね)へ、やがておよそ小山ほどあろうと気取(けど)られるのが胸を圧(お)すほどに近(ちかづ)いて来て、牛が鳴いた、遠くの彼方(かなた)からひたひたと小刻(こきざみ)に駈(か)けて来るのは、二本足に草鞋(わらじ)を穿(は)いた獣と思われた、いやさまざまにむらむらと家(うち)のぐるりを取巻いたようで、二十三十のものの鼻息、羽音、中には囁(ささや)いているのがある。あたかも何よ、それ畜生道(ちくしょうどう)の地獄の絵を、月夜に映したような怪しの姿が板戸一枚、魑魅魍魎(ちみもうりょう)というのであろうか、ざわざわと木の葉が戦(そよ)ぐ気色(けしき)だった。
 息を凝(こら)すと、納戸で、
(うむ、)といって長く呼吸(いき)を引いて一声(ひとこえ)、魘(うなさ)れたのは婦人(おんな)じゃ。
(今夜はお客様があるよ。)と叫んだ。
(お客様があるじゃないか。)
 としばらく経って二度目のははっきりと清(すず)しい声。
 極めて低声(こごえ)で、
(お客様があるよ。)といって寝返る音がした、更(さら)に寝返る音がした。
 戸の外のものの気勢(けはい)は動揺(どよめき)を造るがごとく、ぐらぐらと家が揺(ゆらめ)いた。
 私(わし)は陀羅尼(だらに)を呪(じゅ)した。

若不順我呪(にゃくふじゅんがしゅ) 悩乱説法者(のうらんせっぽうじゃ)
頭破作七分(ずはさしちぶん) 如阿梨樹枝(にょありじゅし)
如殺父母罪(にょしぶもざい) 亦如厭油殃(やくにょおうゆおう)
斗秤欺誑人(としょうごおうにん) 調達破僧罪(じょうだつはそうざい)
犯此法師者(ほんしほっししゃ) 当獲如是殃(とうぎゃくにょぜおう)

 と一心不乱、さっと木の葉を捲(ま)いて風が南(みんなみ)へ吹いたが、たちまち静(しずま)り返った、夫婦が閨(ねや)もひッそりした。」
(泉鏡花 高野聖:青空文庫)


深山の湿った怪しい雰囲気、ひんやりした空気や澄み切った水がみごとに表現され、
明神山歩でのエロボケ妄想がますます膨らむのだった。


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2007/06/21のBlog
←モリアオガエルを捕食するシマヘビ・・・09/25/2005明神山

近頃、その使われように嫌気がさしている言葉・・・

「楽しみながら・・・」
「・・・癒される・・・」
「爽やか・・・」
「明日に繋がる・・・」

・・・の他にもうひとつ

「オイヒ~ッ!!・・・」があった。

TVの食い散らかし番組を見ればすぐに気づくことなのだが、食い物を頬張った口で叫び続ける極り文句の数々・・・

おいヒ~ッ!に始まって

クリーミィ、ジューシー、ノーコー、まろやか、サッパリ、ゼッピン、イッピン・・・などと
ベッピンには程遠いおんな達がワケ知り顔で語り始めると・・・またか。。。と
アブラ汗がガマの油になりそうな今日この頃、みなさん如何お過ごしでしょうか・・・

人間さまの食い散らかしように比べ、自然界の生き物たちの“喰うこと”への直向きなさま、
謙虚さに感動しきりのエロボケなのではありますが・・・。
←ポーズをとり続けるシマヘビ・・・06/20/2007明神山

狙いをつけ、カメラを近づけながらシャッターを切り続けたのだが、
コイツはまだ若いのかジッとコチラを見据えたまま動かず、
撮り終えたと見るや、スーッと立ち去るというニクイヤツだった。。。


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2007/06/20のBlog
コバンノキ(小判の木)トウダイグサ科 コミカンソウ属(神戸・六甲山系の樹木図鑑)

6/16(WED)O氏から聞いていたコバンノキを確認。

FさんとBコースから、コバンノキを探しながら下山。
ジャケツイバラの葉とよく似ている・・・ということだけを頼りに
取り敢えず撮影・・・花はすでに終わり小さな果実をつけていた。
←陽光に透かしたコバンノキ・・・小さな果実がみえる

撮ってきた画像を“樹木のBBS”に問い合わせコバンノキであることを確認した。
オオバンノキはないのかと探したが、これはないようだ。




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2007/06/19のBlog
テンサン(天蚕)鱗翅目ヤママユガ科野生の蚕の一種. 別名, ヤママユガ(山繭蛾)
(幼虫図鑑テンサン(天蚕))

モスラのモデルは、世界最大の蛾“ヨナグニサン(西表島)”だと言われているようだが・・・
モスラのモデルは繭も大きくさすが凄いらしい・・・ただ、この世界最大の蛾は羽化してから
一週間も生存できない上に一度も餌を喰わず、交尾だけ済ませると死んでしまう・・・
チョット哀しい運命を背負っているようなのだ・・・。


↓Video↓
ザ・ピーナッツ “モスラの歌”

↓クリック!↓
その歌詞は摩訶不思議なものである。
 モスラヤ モスラ
 ドゥンガン カサクヤン
 インドゥムゥ
 ルスト ウィラードア
 ハンバ ハンバムヤン
 ランダ バンウンラダン
 トゥンジュカンラー カサクヤーンム
 これを日本語に訳せば、「モスラよ/永遠の生命 モスラよ/悲しき下僕の祈りに応えて/
今こそ 蘇れ/モスラよ/力強き生命を得て 我らを守れ 平和を守れ/平和こそは/
永遠に続く/繁栄の道である」という意味とのこと。

(歌い継がれるメロディー「モスラの歌」と古関裕而)

モスラに関する“モスラ神話”・・・いろいろあるようだが、モスラの下敷きは
“ヤママユガ:天蚕”だと私は思う・・・といっても確かな根拠があるわけでもない。
単なる好み、主観が高じて願望になったというだけの話・・・。

↓こんなことを言う人もあるのだ↓↓クリック!↓
しかし、、、天蚕の成虫はまさしくモスラのモデルだ(と思う)。その根拠は、
1. 飛ぶことができる。
2. 最大羽幅18cmにもなる大きさ。
3. オレンジ系茶褐色の色、容姿。
4. 羽の模様がなんとなく似ている
(絹の道)

↓Videoはコチラが見よい↓
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2007/06/18のBlog
←入梅二日目の明神山:A,Au合流点より

碧い空、澄み切った空気に誘われ朝早く出かけた。
H氏の車と福井ナンバーの車がすでにあった。

クモキリソウに朝の挨拶、Aコースの尾根筋を吹く風が爽やかだった。
近頃、チョット気になっているのが“爽やか”、“癒される”と“楽しみながらやる・・・”という
一見、「軽やかで無理してないよ・・・楽しんでるんだから・・・頑張ったりはしないよ」と
達観風・・・非常に気持ち良くモノ・コトをこなしているよ・・・と言っているような言葉。

エロボケとしてはあまり好きになれない近頃の言葉なのだった。
「爽やか・・・」が最上級のコトであるかのような風潮?少し変や。。。

シンゾー坊ちゃまの痩身に猫背で前髪ハラリにオチョボ口・・・これだけのことで
「爽やか・・・」などとのたまう“オバハン文化”・・・現在の世の中はそれほどに
薄汚いモノ・コトより無いとでも言うのだろうか。。。

“梅雨ツユ”が嘲笑っているような好天だった。
コレが“爽やか”というもんや・・・と、
“オバハン文化人”たちに知らせたくなる今日(6/14)この頃なのだった。

←1,5mはある物静かなヤツ・・・この日、最初に遇ったのが“縄師K”氏、50mのザイルを肩に切り立った岩壁と戯れるというのだ・・・さすが“縄師”・・・だが、察するところ“物静かなヤツ”が苦手のようだった。1,5mはあろうかという黒い長いヤツをいち早く見つけると動きが止まった・・・いや、思わぬ苦手は誰にでもあるモノ・・・山頂に辿り着き、爽やかな景色を満喫しながら呑んだり喰ったりしているうちに縄師K、オペルのO、書写のT、M、F、ネッスルT、S、スリーダイヤマンI の各氏、オールスターの揃い踏みと相成ったのだった。これだけ集まれば、いくら地味な男達ばかりといえども結構生臭い・・・「人間の精液の匂いはクリの花の匂いに似ている」という話はよく聞いていたのだが、ココに来て初めて匂いを嗅いでみてその強烈さに圧倒され三日間くらい鼻について参った・・・とはI氏、
立ち込めるクリの花の匂い,夢の世界から帰ってきた自分は隣の女子に気づかれないか,気が気ではなかった。そしてこの現実の虚しさを考えた高校2年の夏であった・・・・・当然こんな経験はなかったということか。。。
←爽やかな風に葉裏を見せる木々・・・合流点より西の丸を望む







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