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Don't Let Me Down
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2008/05/13のBlog
[ 07:38 ] [ 日記 ]
中国での地震のニュースがずらっと並ぶヤフーニュース・アクセス・ランキングの2位にこういうニュースがある;

松本人志が硫化水素自殺で「放言」、「アホが死んだら別に俺はええねん」>J-CASTニュース

松本人志のラジオ番組での発言が、“2ちゃんねる”やニコニコ動画で話題になっているというのだ。

いちおう松本人志がなにを言ったのかをこの記事からひろってみる;
《まず、松本さんが、「いま自殺もはやっているでしょ」と話題を振った。そして、「何かよう分からん。なんや、あれ。なんか液体の、あれやわ、ガスみたいな」と言葉に詰まると、高須さんが、「硫化水素やね」と助け舟を出した。
松本さんは、相槌を打つと、マスコミに不満をぶつけた。
「ニュースが面白がってんねん。今日は何件あったとか、やっとるわけよ。もうええねん、もう一切そのニュースはなし」
さらに、「自殺なんてね。報道すればするほど、あいつら寂しいヤツらだから、俺も死のうって思うヤツがたくさん出てくんねん」と批判した。
そして、「問題発言」とされたのは、松本さんの次の発言だ。
「まあ、ある意味ね。ちょうどええ時期に、そんなアホが死んだら別に俺はええねんけど」
 こうした会話で、2人は盛り上がった。高須さんが「ええこと言ったね、松本さん」と水を向けると、松本さんは、「ほんとに間違ってないわ、俺らはね」とうれしそうだった。》
(以上引用)

なんか、引用しているだけで気力が失せるような、くだらなさである。

だから“こういうくだらない話”は無視するという、“正当な”立場もありえ得る。

だがぼくのブログは、ちゃんと“山本モナ”や“羊水発言”も取上げてきた歴史がある(笑)

ぼくは、ようするに松本人志も“2ちゃんねる”的な人々も嫌いである。
なぜなら、彼らは“同じ人々(同じフィーリングの人々)”であるから。

つまり松本人志にとっては、“2ちゃんねる的な人々“こそがお客さんなのである。
この記事での松本人志が《マスコミに不満をぶつけた》というのは、論理矛盾である。
松本人志が“マスコミ”なのである。

これはみのもんたが“何々をズバッと切り捨てた”と同じ構造である。
彼らは“自己批判”しているのであろうか!
とんでもない、<保身>しているだけである。

ここでの問題の本質は“硫化水素で自殺する人々の続出”という新たな事態である。

それは“硫化水素”という新たな自殺法の存在と、その使用が他者を巻き込むという特質の問題である。
しかしさらに(硫化水素に限らない)近年の<自殺>の高い水準がなぜこうも持続し、さらにこれが増大の傾向にあることを示している。

そうであるから、“この社会の現在”がなぜ自殺者を生み出してしまうかについての根本的感性と考察が必要である。

たしかに硫化水素自殺が“流行”しているから、それに乗ってしまうという“アホな”人間もいるだろう。

しかしその場合も、なぜこんなに“アホな人間が多くなったか”が問題である。
さらにこういう“アホな人間”こそ松本の“飯のタネ”であることへの反省が松本のような“お笑い人間”には必要であろう。

ぼくはこの松本発言に次の2点を感じる;
① 芸能人の“勝ち組”的傲慢。
② いやなことは笑って誤魔化す(見ないで考えないで誤魔化す)卑怯。

本来の“お笑い芸人”とは、“認識したうえで”、それを笑いで批判したり、ぶっ飛ばしたりする“芸”であった。

それは時代に対するするどい感受性と批判精神によって実現するものであった。
自分の弱さ、あるいは弱さを抱えざるを得ない“人間”の苦しみを洞察しうる所から生まれる“笑い”であった。

いったい松本人志のような庶民でもなく、知識人でもない“大衆ぼっちゃん”芸人になにが“分かる”のか。

ほとんどテレビ局やラジオ局で寝泊りしているような人間にどんな“世間の空気”が読めるのか。
あるいは松本人志は、“まともな本”を読んだことがあるのだろうか。
“まともな映画”をみたことがあるの?(笑)

もちろんぼくは松本人志の先輩である、テレビ村でボス面しているすべての“偽芸人”にこう言いたい。


たけしにタモリ、聞いてんのか(爆)







[ 05:33 ] [ 日記 ]
無無無。

むむむ。

ムムム。

“無”がみっつあるから<3無主義>という。

最近“愛読”している天木直人ブログが<3無主義>について書いている。
タイトルは“強く生きることの難しさと大切さ”という、前半を引用する;

<強く生きることの難しさと大切さ>

このところ、政治がまったくつまらなくなってきている。それはなぜか。政治家に理想がなくなったからだ。政治家という特権を手放すことを恐れ、闘う事を恐れて、皆が保身に走っているからだ。

そして、それを国民が許している。国民の間で政治対する怒りが失せ、あきらめの気持ちが強くなっているからだ。国民もまた保身に汲々としているのだ。

12日の産経新聞の「新三無主義を吹き飛ばせ」という随筆が目に留まった。
小林毅論説委員の手になる「一筆多論」のなかで、彼はこう書いている。
かつて「三無主義」という言葉があった。「無気力、無責任、無関心」のことである。これは、昭和40年代後半の若者の姿勢を、戦後復興に懸命に取り組み高度成長を実現した人々が、苦々しい表情で批判した言葉だ。
しかし最近の日本には、新しい三無主義がはびこっているように見える。しかもそれは「若者限定」ではなく、老若男女を問わず、社会全体を広く、深く覆っている。
それは、そんなの「無理」だし、頑張っても「無駄」、何を言っても「無意味」じゃないか、という新三無主義の風潮である・・・

この風潮が、「似非改革」を叫ぶ小泉元首相にだまされて熱狂した国民を生み、その小泉改革にだまされた、苦しめられたことがわかった今では、その怒りを小泉批判に向かわせることなく、逆に、より弱いものをいじめる方向に暴力的に走らせている。
権力者にとっては、なんと都合のいい国民であろうか。
(以上引用)

つまり<3無主義>というのは、
むかし=「無気力、無責任、無関心」
現在=「そんなの「無理」だし、頑張っても「無駄」、何を言っても「無意味」じゃないか」という風潮
なのである。

この<3無主義>が産経新聞の“「新三無主義を吹き飛ばせ」という随筆”にあったというのは奇怪であるが(つまり産経新聞のような下世話な話題と馬鹿げたバッシング新聞がなにを言うのか!)、一応状況の本質をとらえているように思える。

すなわち<無理・無駄・無意味>という3無主義がである。
“政治家”も“国民”も、保身に走るのみ。

失われたのは<理想>である。

たしかにこの<理想>というのは、曲者である。
たぶん産経新聞が“吹き飛ばして”実現したい理想とぼくの理想はぜんぜん異なっている。

つまり<戦艦大和>のような、無様な巨体が何の役に立たないだけでなく、まったく<美しくない>ことが問題なのだ。
そんな昔ではなく、<美しい国>というような本をベストセラーにした“この国の責任者=支配者”が、まったく“美しくない”人であったことも明らかである。
その前の“責任者”が、上記で天木氏も言っている“「似非改革」で国民をだましてこの惨憺たる現在をもたらした”小泉という男である。

この男自身は、“オペラ鑑賞”で余生を優雅に送ればよいものを、みっともなく未練たっぷりに愚劣な発言をメディアに撒き散らしている、美しくない。

この時、だからこそ、こういう言葉が身に沁みるのである;
《この国を被う(おおう)時代の空気は「知的不誠実」にある。辻褄の合った(コンシステントな)表現者でありつづけたい、そう願う心さえ捨て去られて久しい》(内橋克人)

“コンシステントな表現者でありつづけたいと願う心”

というのは、“誠実に生きたいと願うこころ”のことではないか。

たしかに、“願ってもそう生きられない”のが、この人生である。

なぜならこの<社会>が、この<世界>がそれを許さない。

ここに挫折と“3無主義”が現れる。

つまり、あっさりあきらめるひとが多いのである。
諦めた方が生きやすい。
ただそれだけである。

だからむしろ、こういうことである。
“誠実に生きることを放棄しないなら”、
自分をいかに“コンシステントな表現者”にするか。





<追記>

自分を“コンシステントな表現者”にするための<方法と実践>。

それは多様であっていいし、多様であるべきだ。

そのひとの、その時点での”資質”のようなものが、やはり、あるだろう。

ぼく自身は不器用な人間である。
身体を動かすのが苦手である(笑)

だからぼくにとっては、読むこと書くことの”実践”がある。

読むこと書くことの”連鎖”をつくりだす。

ぼくが聞きえる言葉を聞き、ぼくが書きうる言葉を書き続ける。

もう残り時間は少ないが、こうした実践は、ある。



2008/05/12のBlog
[ 09:45 ] [ 日記 ]
“なにかがおかしい”とか“この時代の空気が息苦しい”という感じがあって、なにか具体的な“こと”を手掛かりに文章を書く。

これをくり返すのであるが、自分がその“核心”に近づいているかどうかは、おぼつかない。
同じ事を書いてしまったり、どうどう巡りしているような気もする。

この<状況>を批判する適切な言葉はなんだろうか?と他者の言葉をさがす。

《この国を被う(おおう)時代の空気は「知的不誠実」にある。辻褄の合った(コンシステントな)表現者でありつづけたい、そう願う心さえ捨て去られて久しい》(内橋克人)

昨日朝日読書ページでみつけたこの言葉は、“適切”であると思えた。
ぼくは内橋克人氏についてはよく知らないが。

こういう言葉の正当性は、直感的にわかる。
そのうえで、ここで言われていることの意味を考える。

《コンシステントな表現者》とはどういう表現者であると“定義”できるか、さらに過去現在においてコンシステントな表現者と呼べるひとは誰か?

コンシステントな表現者とは、“論理的に辻褄のあったひと”のことであろうか。

たしかに、“あるひとつの発言(文章)”のなかでは、辻褄があっていなければならない。

けれどもこれまでのクリエイティヴな“思想家”の生涯をみれば、かれらは(むしろ)自分の思考をダイナミックに変化させている。

しかし、この“変化”もまた、彼らの生涯とそれにともなう思考の必然のようにみえる。
たとえば(よくは知らないが)ぼくはマルクスやニーチェやフロイト“のようなひと”の思考の生涯を思い浮かべる。

つまり“論理的な誠実さ”というのも、ただいわゆる“論理的整合性”の次元にあるだけではない。
むしろ“知的誠実さ”というのは、自分の論理の固着を“やぶる”ことでもあると思える。

またこのことは、自分の論理的思考の内部でのみ起こるのではないだろう。
どんなに浮世離れした“思想家”にも“生活”はあった。

だから“誠実さ”というのは、生き方のベーシックな姿勢のことではないか。

それは自分を放棄せず生きる、というような生き方のことではないか<注記>

そう考えるとき、内田氏の言う《この国を被う時代の空気は「知的不誠実」である》という言葉は、ある本質をダイレクトに捉えている。

まさに《コンシステントな表現者でありたい》というのは自ら<願う>ことなのだ。

この<願う>というモチーフ自体が失われつつあるのだ。



<追記>

”表現者”というのは学者や文筆家だけのことを意味しない。

生きているひとはみな、表現者である。



<注記>

自分の利害しか考えない(考えられない)ゴリゴリのエゴイストが、まったく自己を放棄したからっぽの人間であることは、ぜんぜん珍しいことではない。



2008/05/11のBlog
[ 15:52 ] [ 日記 ]
今日と昨日の新聞を、やっとめくって見た。

昨日の新聞の1面をめくると、2面下に『文藝春秋』の広告がある。

いちばん大きな見出しにこうある;
《決定版 零戦と戦艦大和》

その次に大きい見出しにこうある;
《救国提言 日本よ、「大きな政治」にかえれ》
麻生太郎と与謝野馨の写真つきである。

戦後60年は、なんだったのだろうか?(爆)<注>

なぜぼくらは、“猿”に支配されていなければならないのだろうか。

“文藝春秋”という雑誌はだれのためにあり、こういう雑誌を買うのは誰なのか。

《大和をどう使うべきだったのか》

ぼくはもっと<歴史>を知る必要があると考えている。
しかし、いったいぜんたい、今、《大和をどう使うべきだったのか》ということより“考えるべきこと”はないのだろうか。

つまり“歴史認識”自体として。
“歴史”とは、つねに現在の認識である。

おなじ文藝春秋社の文春文庫広告(今日)に、古川日出男『ベルカ、吠えないのか?』が出ている。
この本に“歴史認識”があるかどうかは不明だが、面白かった。

文庫“あとがき”に古川氏は書いているそうだ(今日読書ページ);
想像力の圧縮された爆弾をつくりたかった》

想像力と認識力。

たしかにそれが圧縮された爆弾が必要である。

そのような爆弾が、本屋の隅で、図書館の隅で、あるいはあなたの本棚の隅でさえ、あなたを待っているかもしれない。

その爆弾を不発に終わらせるか否かは、あなたの選択である。


<注>

現在において、”中国”を”中共”と呼んで悦に入っている(自己満足している)ような方々は、自分の歴史認識の欠如を反省していただきたい。

それは現在の”中国”という国家が好きか嫌いかとは別問題である。

自分の卑小な恨みをバッシングにたくすのも、自分の貧弱な夢を大袈裟な言説にたくすのも、まったく同じ”心理”の裏表である。




<追記>

上記ブログを書いた時には、読書ページをパッとみただけであった。
いま全体に目を通した。

今日の読書ページをざっと見るだけで、<現在>が大変な世の中であることが、わかる。

今日の読書ページの話題を列挙すればわかる;
★ ビューティ・ジャンキー(完璧な外見を求める欲望の果てには)
★ 学校裏サイト
★ モンスター・ペアレント
★ 親たちの暴走
★ 古代ギリシア民主主義(と現代と日本)
★ 米国はどこで道を誤ったか
★ 孤塁?
★ アラブ・ミュージック
★ アジアの国民国家
★ 日本植民地
★ カラシニコフ
★ “格差”は多様な生き方か
★ B型自分の説明書(笑;ぼくはB型のひとと暮らしている)
★ 想像力の圧縮爆弾
★ 不可能性の時代
★ komomo(小桃)
★ LOVELESS
など


《わが日本は古(いにしえ)より今に至るまで哲学なし》(中江兆民)

《この国を被う(おおう)時代の空気は「知的不誠実」にある。辻褄の合った(コンシステントな)表現者でありつづけたい、そう願う心さえ捨て去られて久しい》(内橋克人)

《日本人の思考の歴史には、「哲学なし」と言い捨てるだけではすまされない奥ゆきが、やはりあるのだろう》(苅部直)


楽観と悲観。

いずれにせよぼく(たち)は、知的に誠実でありたい。
<誠実>でありたいのだ。




[ 14:29 ] [ 日記 ]
<音楽>の話題にする?(笑)

ぼくのこのブログには“ゴスペル”系の方々が多数ブックマークしてくださったり、“訪問”してくださっている。

ありがたいのだが、???でもある。
ぼくのブログは“ゴスペル・フィーリング”であろうか?(爆)

ぼくは“ゴスペル”について、あんまり知らないのである。
それは(たぶん)ぼくたち“世代”にとっては『ヨーロッパの夜』という記録映画で見たマヘリア・ジャクソンのようなひとのことであろうか。
あるいは、これもU2のアメリカ公演ドキュメントで見た、教会でU2が一緒に歌うシーンであろうか(いずれも素晴らしい)

一方、堀裕嗣ブログが“80年代の音楽”について書いている。
ぼくは昨日、読書もブログも倦怠なので(笑:そのわりにブログは書いたね)、音楽を長時間聴いた。

押入れのダンボール箱収納のCDもひっぱりだして、聴いたのである。
その時、“この音楽は何十年代の音楽であろうか?”と考えたのである。

つまり(たとえば)“80年代の音楽”とは“誰”だったのか?
“トーキング・ヘッズ”は?“ロキシー・ミュージック”は?“ジャパン”は?“ポリス”は?“クィーン”は?

“T.REX”やデヴィット・ボウイは、“70年代”であったか?
“ピンク・フロイド”は?“キング・クリムゾン”は?

ぼくにとってその年代がわりとはっきりしているのは、ヴェンチャーズ、ビートルズ、ストーンズ、ドアーズなどの、“グループ・サウンズ”の開始であり、クリーム、ジミ・ヘンドリクッス、『フィルモアの奇跡』、シカゴなどの“ニューロック”の開始であった。
ディラン、サイモンとガーファンクル、ザ・バンドなどのやや別の流れもあった。

その後は、“なんとなく順番がイメージできる”程度であり、ある時以降は“ほとんど聴かなくなった”。

“現役バンドやミュージシャン”でぼくが聞いたことがあるのは、ストーンズ、クラプトンなどの“生き残り”以外はU2(古いようで新しい:笑)とかREMくらいだろうか。
“ジャパン・ロック”には、一貫して関心がない。

けれどもたしかに、“年代によるフィーリングの変質(変化)”は、あった。
それは(いま聴いていると)結構くっきり分かるのである。

すごく単純に言うとそれは、“素人っぽさの消滅”であった。
それに対する“肯定評価と否定評価”がありうるのである。

うまければ(“テク”があったり、“サウンドが洗練されている”)というのは、肯定評価ではないのである。
それを評価するなら、ワーグナーやマーラーや(コイズミの好きな)“オペラ”でも聴けばよいではないか。
またこの“洗練”は、“商業主義”と密接に関連している。

でもたしかにこれを“説明”するのは、むずかしい。
ぼくの“世代”がこう言うと、単なる“ノスタルジー”と思われるし、そういうことが“ない”わけでは、ない。

たとえばぼくが最初にライヴを聴いた(見た)有名グループは“シカゴ”であった(たぶん3回行った)。
この時期のシカゴはアルバムで言えば2枚目くらいまでのシカゴであって、このグループもその後“洗練された”。
しかし今このシカゴの最初の2枚を聴くと、当時より感動するのである、その下手さに(笑)
というか、その時代の状況に音楽で取り組もうとする“試行錯誤”にである。
その中から生まれ得た“長い夜”のような傑作にである。
(当時ぼくは“ブリティッシュ”ファンであり、シカゴをさほど評価していなかった、当時はツェッペリンが好きであり、現在でもFREEの方が好きではあるが)

けれどもぼくはジョン・レノンやディランを越えるPOPS-ROCKは出現していない、とあえて言いたいのである<追記>

また一方に(以上の話題に出てこない)“ブラック・ミュージック”や“ジャズ”や“レゲエ”や“ラテン”や“アフリカ”や“演歌”などの広義の“民俗音楽とその都市化”の領域があるのである。

またぼくにとっては、ニーノ・ロータ、ジョルジュ・ドリュリューなどの“映画音楽”のクリエーターを忘れることはできない。

音楽の多様さ、広さには驚くべきものが“ある”のだ。
決してグールドの“バッハ”を忘れることはできない、キース・ジャレットの“トリオ”における“即興関係”の緊密さと自由の実現も。



<追記>

レノンやディランを神格化したのではない。

あらたなレヴォリューションを望む。

彼らの遺産を食いつぶすのではなく。






[ 12:50 ] [ 日記 ]
たばこを買いに出たら、まだ雨だが空は明るい。

今日のぼくの“脳”は、理屈っぽい思考を拒否している。
“もう面倒だよ”とささやく。

しかし天声人語は、母の日の今日、“知的障害を負った母”について語る。

なぜ天声人語は、“障害者”について語ることが好きなのだろうか。
知的障害者は朝日新聞に入社できないであろう。

端的に(論理的に)言えば、障害者が“生きられる”社会でなければ、社会とは呼べないからである。
しかし、天声人語は、障害者を話題にするだけで、それを“社会関係の問題”として捉えてはいない。

いつもそれを“家族問題”にすり替えているのだ。


最近見ている人気ブログ“非国民通信”(なかなかいい)は、“携帯電話のマナー”について語る。

これを読んで、“なるほど”と思った。
ここで扱われているのは、日本社会における“公共性”の誤認(誤った認識)である。

だいいち、この“公共性”という言葉が、認識されていない。
この“公共性”とは、“公私混同”といわれるときの、<公>のことである。

まさに、<公>がわからなければ、<私>もわからない。
<私>がわからなければ、<公>がわからない。
ゆえに、<公と私>は“混同される”。

この<公私混同>は、ある個人の誤解や虚偽のレベルにあるだけでは、ない。
日本の<社会関係>の根底(本質)に、ある。

つまり、<公私混同する社会>とは、社会以前の<世間>にしかならない。

たぶんここに、現在日本の問題の<核心>がある。

これは<社会領域>や<政治領域>にあるだけではなく、<個人的な問題>、ごくプライベートな次元にも、ある。

なぜなら<私>なくしては<公>はなく、その逆も真であるからである。

具体的には、すべての<マナー>、すべての<モラル>はここに関与する<注>

“この社会”でこの問題を考えるためには二重の要請(困難)がある。

ひとつは、この“社会”の歴史的特殊性が現在にもたらしているものの検討である。
さらに、そもそもこの<公共性>という“概念と制度”をもたらした西欧における、その現在性が突き当たっている壁(限界)への認識である。

すなわち、<この国の特殊性>と<世界的な困難性>を同時に“考える”。

ぼくの“脳”が悲鳴をあげようとも(笑)

《叫びとささやき》

それが人間の条件ならば。

<アリス>はどこへ行った?




<注>

”車内でのケータイ使用がマナー違反である”ことは、<私>が判断する。

<だれかの判断>に従うのでは、ない。

”喫煙のマナー”は、<私>が、判断する。

そのためには、<私>が公共的存在でなければならない。



[ 00:32 ] [ 日記 ]
もう日付が変わるが、今日書いたブログのうち、“ぼくの好きな3冊の(3種の)本”が気になる。

“ぼく”がどんな本が好きだろうと、ブログの“読者”には関係ないのだが、つきあえる人はつきあってね。

(しかし、“あなた”は、どうして“ぼく”のブログなぞ読んでいるのだろうか;笑、“だから”ぼくも気を使ってたいして興味ない“時事ネタ”なぞを書いてしまう;爆)

この3冊の本の共通点は何か?
A:知識人の悩みがない、生活者の悩みもない、商売人の悩みもない。
B:セックスがない(爆)、もっと露骨でなく言えば“恋愛”がない。
C:“リアリズム”でない。
D:ある人々にとっては、“子供っぽい”?

はてさて、“分析”しよう。
以上の特徴は、いずれも“まったくない”とは言えないし、“子供っぽくない”小説=文学はあるのか、という問いも可能である。

特にBは問題である!
フロイト的次元か。

ぼくは現実生活では、おおいにセックスに関心が“ある”と思って生きてきたのである(笑)

しかし『砂の惑星』、『IT』にはセックスシーンはなかったと思う(恋愛はあるともいえる)
『ダンス、ダンス、ダンス』にはユミヨシさんが来て、ホテルの制服を“きちんと”脱いでたたむシーンがあったね。
たしかに“五反田君が殺した”のは、高級娼婦のメイだったね。<翌朝追記>
しかし主人公が一緒にいるのは、まだ子供のユキじゃなかったろうか。
ぼくはこの主人公と少女の“関係”は、ヴェンダースの『都会のアリス』にインスパイアされたものだと思っている。

この“少女愛”は、むかしロリコン、いまオタクなのだろうか(笑)

どうもぼくは(結局)“大人の恋愛”というのが苦手(はっきり言って、嫌い)らしい。
“恋愛心理のヒダ”とか“官能の極致!”なぞ、おぞけをふるって逃げ出したい。

しかしこの3冊が、“ファンタジー”的であって、全然ファンタジーじゃないことを強調したい。
たぶん“真正のファンタジー・ファン”はこの3冊が、あまり好きじゃないと思う。

つまり、この3冊は、けっこう“リアル”なんだ。
この“リアル”が(ぼくには)肝心ね(ぼくは“本当の”ファンタジー系はダメである)

『砂の惑星』には結構ハードなポリティックスや生態系に関わる経済=権力関係がある。
『IT』では、大人になることの意味が、子供時代の“輝き”と対比されて哀切である。
つまり大人になることは、ある種の勇気を失い、ある種の勇気を獲得することなのだ。
『ダンス、ダンス、ダンス』は?
これは日本ではめずらしい“形而上学”小説ではないか!『死霊』に匹敵する(笑)

さて最近“4冊目”候補の『熊野集』には“セックスがある”のである、ぼくも大人になったのであろうか(爆)

この4冊に共通するのは、死(殺人)でもあった。
この4冊で何人のひとが死んだり、殺されたりしたであろうか。

たしかに人間の生が、誕生と死のあいだにあることだけは確かである。

なるべく楽しく生きたいものである(笑)




<翌朝追記>

昨夜(今朝だが)寝るとき、ここで”メイ”と書いたのは”キキ”であることを思い出した。

こういう間違いは興味深い。

”メイ”というひとも、村上ワールドにはいたはずである。



2008/05/10のBlog
[ 20:43 ] [ 日記 ]
最近“天木直人ブログ”の引用が多いのだが、今日も引用する。

ぼくはもともと“政局”には関心がない。
しかしこのブログで選挙のたびに投票を呼びかけてきたことは、このブログを長く読んで下さっている方は記憶しておられると思う。

最近ぼくのこの“政治”に対するスタンスが変化してきている。
つまり一方では<政治>について、もっと根本的なところから知る必要を感じている。
もう一方で“現実政治”(日々報道される“政局”的動き)には、まったく関心を失いつつある。

だから天木氏のブログはありがたい。
ぼくが関心を失っていることを、(比較的)ストレートに書いてくれている。
もっと“抽象論”になると、ぼくとは対立することがあるにせよ。
(つまりぼくは天木氏のブログを全部読んでいるのでも、読んだブログに全部共感しているのでもないが)

ぼくはなぜ朝日新聞がこのような論説を書かないのかと思う。
この“なぜ”は疑問形ではない(そのことについてはさんざんこのブログに書いた)
こういうべきだ。
朝日新聞は、この程度のことは書くべきである。
つまり(この先に論議があるにせよ)、頭(知性-感性)がノーマルなひとが当然持つべき言説を天木氏が展開しているにすぎない。

今日の天木ブログのテーマは、<政権交代なき自民党の終焉>という。
全文を引用する;

《5月9日号と16日号の週刊朝日において、田原総一郎が二回にわけて二人の自民党政治家とのインタビューを行っていた。中川秀直元幹事長と与謝野馨前官房長とのインタビューだ。

それを読んでつくづく思い知らされた。自民党はもはや政権政党として終わっている、と。

10日の各紙は、財務省が9日に発表した07年度末の国の債務残高をいっせいに報じている。前年度より増えて過去最高の849兆円となったという。
いうまでもなく財政赤字削減は政権政党である自民党の長年の最大の公約であった。
そのために、痛みを伴う改革を自民党政治は国民に強いてきた。その象徴が小泉政権5年半の「改革」政治だった。

ところが、掛け声だけの改革は、赤字を解消するどころか増加させた。
小泉は逃げて口を閉ざし、残された自民党は、今、その解決の方法において、さらなる緊縮(増税)の与謝野と、財政支出による経済成長(上げ潮)の中川が、真っ向から対立している。

政策の基本のところで対立している。そのような政党が、どうして政権政党を続けられるというのか。

しかし、私が自民党は終わっていると言うのは、その事ではない。
解散・総選挙を恐れて逃げ回っている事である。
政策で真っ向から対立している中川と与謝野も、この点では見事に一致している。

週刊朝日のインタビューのなかで、中川は、「任期満了まで解散・総選挙はすべきではない」と言い、与謝野は「自民党の国会議員はみんな、それだけは(解散・総選挙だけは)やめてほしいと思っています」と、国民にばらしている。

こんな政権政党など見た事がない。選挙から逃げる政党など政党ではない。

それにもかかわらず政治に緊張感がまったくないのは野党の弱さである。
天下分け目の山口補欠選挙はいったい何だったのか。
民主党は、なぜ政権交代の絶好のチャンスを、指をくわえて見逃そうとしているのか。
野党はなぜ団結して自公政権打倒に突き進めないのか。

その答えは、もはや政治家たちは政界再編に走りだしているからだ。
政権交代を実現するのだといい、キャスティングボートを握る事を目指すのだ、というのも、すべては、来るべき新たな政治状況において、有利な地位を確保したい、あわよくば政権政党に入りたい、という保身である。
選挙の後に想定される連立政権に入るには、誰と組めばいいか。そんな政治家の打算だけが走り出している。

そこには、国民の視点にたって、国民のための政策をどう実現するか、と本気で考える政治家は一人もいない。

自民党がどんなに選挙から逃げ回っても、来年9月までには総選挙をしなければならない。そしてその時は自民党は負ける。政権政党を終える。

しかし自民党政治が終焉しても、真の政権交代が起きなければ何も変わらない。自民党はなくなるけれど、新しい自民党なる政党と、それに類する政党との談合連立政権ができるだけである。国民が救われる事はない。

今までにない、まったく新しい政党や政治家が出てこない限り、この国の政治は面白くならない。

なによりもこの国はまったく変わらない。勝ち組の支配が続き、皆が勝ち組の仲間入りを目指してなびく、そういう社会がどんどんと進んでいくに違いない。

(以上引用)





要するに“自民党”は死んでいる。
だが“その他の党”も死んでいる。

この死んだ者同士が、いつくるかわからんが、いつかやって来る“総選挙後”に“談合連立政権”をつくる。

これが“日本の政治”にこれから起こることなのである。

どうしてこんな愚劣な茶番劇に関心をもつことが可能だろうか。

《今までにない、まったく新しい政党や政治家が出てこない限り、この国の政治は面白くならない》のである。

しかしぼくには、ここで《面白い》という言葉を使う余裕はない。


まさに、
《なによりもこの国はまったく変わらない。勝ち組の支配が続き、皆が勝ち組の仲間入りを目指してなびく、そういう社会がどんどんと進んでいくに違いない》



ぼくたちが直面しているのは、”この状況”なのである。

この”基礎認識”の上に立って、ぼくたちは考え始める。

それ以外の”前提”を語るマスメディアをはじめとするあらゆる言説は、単なる”嘘つき”である。

昨日の小泉元首相発言のように、あなたは”嘘”を選び続けるのであろうか?<注>



<注>

いま気づいたが、この小泉インタビューは、アサヒコム昨日の”デイリーアクセス・トップ10”の5位に入っている(新聞掲載のダイジェスト)

”コイズミ”は今も人気なのである。

嘘つきのアイドル健在!




<追記>

上記とは(一応)別の話題だが産経新聞がめずらしく“役に立つ情報”を載せている;

<「拷問は役に立つ…」米のTVドラマが悪影響>05/05 22:24更新

 【ロンドン=木村正人】2001年9月の米中枢同時テロ後、米政府がテロ情報収集のため拷問に等しい尋問方法を導入する過程を検証したノンフィクション「トーチャー(拷問)チーム」の著者、英ユニバーシティー・カレッジ・ロンドンのフィリップ・サンズ教授は産経新聞に対し、「テロとの戦いを描いた米のテレビドラマが拷問は役に立つという雰囲気を醸成し、尋問方法の検討チームにも影響を与えていた」と指摘した。同教授は6日に米下院司法委員会で証言する。

 同教授は、02年12月にラムズフェルド前国防長官が心理・肉体的な虐待を含む尋問方法を承認しブッシュ大統領が署名するまでの過程を調査するため、マイヤーズ元統合参謀本部議長ら二十数人から約2年かけてインタビューした。

 同教授によると、02年6月からキューバのグアンタナモ米軍基地で新しい尋問方法の法律問題を検討した中心メンバーの1人、ビーバー中佐は、テロリストと戦う捜査官ジャック・バウアーの活躍を描いた米人気テレビドラマ「24」を挙げ、「バウアーは職場で人気があった。彼が多くのアイデアをくれた」と証言。

 「24」は01年11月から放映され、拷問にかけられた容疑者がロサンゼルスでの核爆弾テロ計画を自白するシーンなどがある。別の関係者も「24こそわれわれの仕事だと思った」と話した。

 同教授は「拷問は役に立つというメッセージを24は送ったが、今では悪夢になった」と分析した。


[ 10:50 ] [ 日記 ]
よく“1冊の本”というようなことを言いますね。

“無人島にもっていく1冊の本”とか“これまでに読んだ本から1冊を選ぶなら”とか。

だれもぼくに聞いているわけじゃないが(笑)これを考えてみよう。

ぼくが無人島にもっていくなら、なるべくむずかしい本を選ぶね(笑)

これまでに読んだ本で、“すごい!”(いろんな意味で)と思った本は、1冊以上あって選ぶのはむずかしい。

でも“好きな本”なら、すぐ思い浮かぶ3冊(3種類)がある。

もちろんこの3冊については、これまでも引用したり書いたりしている。

★ フランク・ハーバート『砂の惑星デューン 第1部、第2部』(文庫本5冊)
★ スティーヴン・キング『IT』(文庫本4冊)
★ 村上春樹『ダンス、ダンス、ダンス』


“好きな本”であるというのは、これらが客観的に“優れた本”では必ずしもないからだ。

現在の若いひとはこだわらないだろうが、ハーバートとキングは“エンターテイメント”ジャンルである。

また『ダンス、ダンス、ダンス』はいちおう“純文”ジャンルであろうが、そうなってくると、このジャンルには錚々たる古典から現代に至る“傑作”がひしめいている。

ドストエフスキーや漱石の作品と比較して『ダンス、ダンス、ダンス』の方が傑作であるというのは、結構困難である(笑)
しかも“現代日本文学”でいっても、現在のぼくの評価では村上春樹より、中上健次のほうが上である。

たぶん中上の『熊野集』は熟成してぼくの4番目の“好きな本”に育つであろう。

もちろんこの他にも“本当に好きな本”はたくさんある。
ナボコフ『記憶よ、語れ』とか山本周五郎『樅の木は残った』、大江健三郎初期短篇、ビュトール『時間割』などなど。

とくに『IT』は長すぎて欠陥の多い小説である。
キングの作品でも『シャイニング』や『デッド・ゾーン』などを最高傑作にあげるひとも多いだろう(ぼくはそれらも好きではあるが;笑)

一方ハーバートの『砂の惑星』はぼくには欠点の少ない小説と思えるが、日本での評価は欧米と違って低い(リンチの映画化がひどかった影響もあるのだろう)
この物語に比べれば『スター・ウォーズ』などは無様なオモチャである。

しかもこのSFがすぐれているのは、“エンターテイメント”であることである。
“純文”的SFなら、レムの『ソラリスの陽のもとに』のような傑作があるではないか。

なぜ今日こんなことを書いているかというと、“面白い(夢中になる)小説が読みたいなぁー”とこのごろ思うからである。
面白い映画でもいいよ。

つまり近年“面白い”といわれているものすべてが、ぼくには面白くないのだ(爆)

ぼくのような“歳”のものがこういう愚痴を言うと、“若者たち”は“もう感覚が古くなって現代モノについていけないんだ”と喜ぶだろうが、断じてそうではない(笑)

彼らが、ほんとうに面白いものを知らない(理解できない)だけのことなのだ(笑)



[ 09:43 ] [ 日記 ]
暗い土曜日の朝、また“サーバーが混みあって”いる。
休日の所在ない心を抱えて、アクセスしている“さまよえる心”が多数あるのであろうか(笑)

唐突だが“詩人”とは誰のことであろうか?
先日の講演会で辺見庸は、生命保険のCMをやっている有名詩人を罵倒した。
この有名詩人は、ぼくも好きな人であり、このブログにもしばしば引用している。

だが、先日朝日新聞に掲載されたこの詩人の詩を読んで、ああこのひとはもう詩を発表すべきでないとぼくも思った。

ぼくはこの詩人にかなり早い時期に出会った。
まだ詩というものをあまり読んでない時期に。
前にも書いたと思うが、寺山修司のラジオでの朗読で出会った。

《からまつの変わらない実直と
しらかばの若い思想と
浅間の美しいわがままと
そしてそれらすべての歌の中を
僕の感傷が跳ねてゆく
(その時突然の驟雨だ)》

その後大学生の頃の詩人はランボーとロートレアモンであった。
うすい岩波文庫と“かっこよい”現代思潮社のロートレアモンであった。
ランボーには文庫本が毎日持ち歩くうちにヨレヨレに毛羽立ってくるようなイメージがあった。
ロートレアモンには“紫色”がよく似合った。

一方で、“あまい”詩も読んだ。
橋の下を流れるセーヌとか3本の?マッチとかエルザの瞳とか。

オーデンやディラン・トマスを知ったのはいつだったのか;《危険の感覚は失せてはならない》

《ぼくは見る 荒廃のなかにある夏の少年たちが、
黄金の十分の一税を不毛のまま並べ、
収穫による貯えもなしに、大地を凍らすのを。》

ぼくもまた、“夏の少年”であった。

長田弘を田村隆一を読んだのは、いつだったか。

もちろん最初に読んだ日付は問題ではない、それらの言葉は繰り返され、何度も復活し、そのたびに鍛えられたのだ。

《クリストファーよ、ぼくたちは何処にいるのか》

《「なぜ小鳥は鳴くか」
ふかい闇の中でぼくは夢からさめた
非常に高いところから落ちてくるものに
感動したのだ
そしてまた夢のなかへ「次の行」へ
ぼくは入っていった》

ぼくが会社を辞めて、ぼくの人生が変わった頃、あの有名詩人の言葉がつきまとっていた;
《その日と同じように今日
雲が動き陽がかげる
どんなに愛しても
足りなかった》

またぼくの机の前に貼ってある詩は、古びた;
《或る時わたしは帰ってくるだろう
やせて雨にぬれた犬をつれて
他の人にもしその犬の烈しい存在
深い精神が見えなかったら
その犬の口をのぞけ
狂気の歯と凍る涎の輝く》