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Don't Let Me Down
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2008/07/14のBlog
新聞もなく、天声人語もない静かな朝です(笑)

山本モナさんの埋葬も昨夜とどこおりなく終結したようです。
日本人は<冠婚葬祭>だけが、生きがいなのです。
それにしても、先が読めない“サキヨミ”とは、なんと結構な番組でしょうか。
これが現在の<マスメディア>の姿です。
現在の<ジャーナリズム>の姿です。
現在の<テレビ>の姿です。

今日の新聞がないので、7月12日の朝日新聞夕刊から引用します。
発言者は大澤真幸氏です;

★ いま政治は、道路や年金など利益配分の行政の話ばかり。想像力が枯渇しているからです。沈むのがわかっている船から下りないような日本社会の状況に他の船があることを伝えたかった。

★ たとえば『愛している』という、いちばんベタな現実に、一番繊細な問題が隠れている。古典イデオロギーが消え、個人の日々の悩みとマクロな国際問題との間のつながりが、自覚できる時代にもなってきた。




<追記>

しかし、

想像力が枯渇したひと、

繊細さを失ったひとに、

なにを言えばいいのだろうか!

《他の船》に乗る事を求めないひと、《他の船》を知りもしないで拒絶する人々に?




2008/07/13のBlog
プリースト『魔法』(The Glamour1984,1985)はぼくの“タイプ”の物語ではなかった。

しかし、この小説が好きになるひとはいるだろうし、この物語の“仕掛け”によって、<小説:フィクションとは何か>を考えることはできる。

つまり人生はフィクションではないかという<可能性>について。

この小説の最後の方に、これを的確に述べた個所があるので、引用したい;

★ われわれはみんなフィクションをつくりだす。われわれのだれひとりとして、われわれが思っているものとはちがう。われわれは、われわれ自身の現在の理解に合うように、しかも過去を正確に説明しないように、自分たちの記憶を整理しなおしている。他人に会うとき、われわれはある意味で相手を喜ばせたり、影響をあたえようとする自分自身のイメージを投げかけようとする。われわれが恋に落ちると、見たくないものに対して自分自身を盲目にするのだ。

★ 自分自身を真実味のあるフィクションに書き換えようとする衝動は、われわれ全員のなかに存在している―われわれの願望の魔力(グラマーGlamour)のなかで、われわれは、本当の自己が見えるようにならないことを願っている。



ぼくはここ数年、このブログを書き、他者の書いたいくつかのブログや掲示板を読むことで、それまでの読書体験では得られなかった、<新たな体験>をすることができたと思う。

それは<書くこと-読むこと>の連鎖である。

書くこと-読むこと-書くこと-読むこと-書くこと-読むこと-書くこと・・・・・・

この<連鎖>は、<無限>である。

たしかに、ブログを<書く>までのぼくは、ほとんど<書かない>ひとであった。
日記や読書感想文や映画感想文を“メモする”習慣もなかった。

ましてや、それを他者に公開することはなかった。
ある時期、ある個人にかなり大量の個人メイルを<書いた>のみである。

だから、このぼくの人生初の、<読者を想定して書く>という行為は、刺戟的でもあったが、かなり苦しい行為でもあった。

だが問題はその先にあった、ぼくは他者の(玄人ではない書き手の)文章を<読む>ことにもなった。
同時に、<彼ら>がぼくの文章を<どれだけ読んでいるか>を知ることにもなった。

率直に言って、ぼくはこのぼくのブログの文章が<本当に読まれている>という手応えをあまり感じられない。

それは、ぼく自身が<他者の文章>をどれだけ<読めているか>の反省をもたらすものであった。

またあるブログで繰り広げられている“コメント応答”が、<本質的にすれちがっている>ケースもしばしば目にした。

最近妻が関係している難病者掲示板での<応答>など、目を覆いたくなる惨状である(笑)
いったい<コミュニケーション>とは可能なのだろうか?という絶望感が襲う。

いったい何がこうもダメなのだろうか。

“これ自体”を考えることが多くなった。
それで思った。
“やっぱみんな<日本語>がダメなんだ”。

先日、神戸で“日本語の先生”である、‘ぱきぱき’に会った時そう言ったら、彼女は例によってhahahaha!と爽快に笑っていたが(笑)

<素人の日本語>がダメなひとつの理由として、“モデルになる日本語”のダメさというものがある。

例えば天声人語である(爆);
《▼この特別展は、現存の美術誌では世界最古という「國華(こっか)」の創刊120年にちなむ。宗達と光琳、円空と木喰(もくじき)、歌麿に写楽。通し見て、文化の熱源とは先人の独創を超えんとする執念だと知った。花を見て、花となり、やがて華になる》


こういう<日本語>を、決して、決して<見本>としてはならぬ。

《通し見て、文化の熱源とは先人の独創を超えんとする執念だと知った。花を見て、花となり、やがて華になる》

こういう文章を天声人語氏は<名文=美文>としたいのである(笑)
しかしこの<日本語>は、意味不明である。

《花を見て、花となり、やがて華になる》(爆、3乗)




現在のヤフーニュース・ランキング;

1位:柔道・鈴木桂治、不倫騒動モナに激怒「バカタレか!」7月12日17時13分配信 産経新聞
2位:不倫騒動モナ謹慎、たけしの顔に泥塗った7月11日9時54分配信 日刊スポーツ
3位:“ラブホ不倫”二岡 ざんげの五分刈り7月12日9時41分配信 デイリースポーツ
4位:「ニートはどうして男だけなの?」 そんな疑問が正しくないワケ7月12日17時36分配信 J-CASTニュース
6位:メリハリボディのランディ・ウェン、自慢の美乳に「人造美女」疑惑…―台湾7月12日23時31分配信 Record China
7位:フジテレビにモナ批判1200件以上7月12日9時26分配信 デイリースポーツ
10位:ザンゲの丸刈り!?“モナ不倫”巨人・二岡の反省の色7月11日17時1分配信 夕刊フジ


このランキングを見て、ぼくの頭に浮かんだのが<消費される女>という言葉だった。

“消費される”というのは<受け身>であるが、みずから自分が<消費される女>であることを“仕掛ける”女(つまり自分を商品として高く売りたい女)が、たくさんいらっしゃることも事実である。

“その上で”いいたい。

なぜ、だれも<モナ>を擁護しないのか。
特に“オフィス北野”や“北野武”やモナの周辺にいた男どもは。
彼らは<山本モナ>の商品価値を利用したのみではなく、彼女を<個人的に楽しんだ>可能性もある。

なぜ、<巨人・二岡>とやらは、<ザンゲの丸刈り>とやらのチンケなパフォーマンスで“許される”のだろうか。
彼が男なら、“すべては自分の責任です”と、なぜ言ってみせないのか。

もちろんこういう<ネタ>で稼ぎまくる、低劣・下劣なマスメディアとそれを面白がって群がる野次馬どもの、<品性の下劣さ>はいうまでもない。

ぼくはそういう現象の総体を<世間>と呼び、心から軽蔑するものである。

もちろん<山本モナ>自身が、自分が<世間>であることになんの自覚もなかった。

たぶん彼女はこれまでの人生で<まともな男>に出会ったことがないのだ。
しかしこの<世間>に<まともな男>が希少になっているのは、彼女の責任ではない。

彼女が、<悪かった>のは、<男の趣味が悪かった>ことのみである。





2008/07/12のBlog
2008/07/11のBlog
Grace Jones -I've seen that face before...

Grace Jones - Private Life

Grace Jones - Walking in the Rain




奇妙、あの顔は前に見た
あたしのドアのあたりをうろついてた
鷹が獲物を狙うように
夜が真昼を待つように

変ね、彼は私を家までつけてくる
彼の足音が敷石にひびく
雨模様のハウズマン通り
パリ風のメロディがバーから漂ってくる

何をさがしているの、死と出会うこと
自分をなんだと思ってるの、人生を嫌っていて

バーやレストランで踊る
誰とでも親密に
けれども彼はそこにひとりで立っている
あたしを骨まで冷たく見つめる

部屋の中には、ジョエルと鞄、洋服の上の視線
壁の上には、写真
後悔はない、メロドラマもない
ドアをバタンと閉めて、ジョエルは出て行く

<Grace Jones : Libertango, I'V SEEN THAT FACE BEFORE>



今日の天声人語は、例によって“教養あふれる”引用からはじまっている;

《長安に男児有り、二十(はたち)にして心已(すで)に朽ちたり》李賀

教養のないぼくも、この文句と李賀という名前を“なんとなく”知っている(それ以上知らん)

けれども、“なんとなく”きっぱりした、いい文句だなぁーと思う。
けれども《二十(はたち)にして心已(すで)に朽ちた》“男児”は、その後どうするんだろう?との疑問が浮かぶ、この“男児”が60歳になったときには(爆)

というか、今日の天声人語の“大分県の「教員採用汚職」”問題というのは、“今日”扱うべき<問題>であろうか?

そんなのは、ニュースではなく、<構造的問題>ではないだろうか。

今日天声人語が扱うべきは<山本モナ問題>である。

すなわち<不倫>と<マスメディア>の問題である。
この“○○と××”においては、“○○”、“××”それぞれが問題であると同時に、この両者を結ぶ<と>も問題である。

また、これもまた<構造的>問題ではあるのだが、こっちの方が<刺激的=本質的>問題である。

もちろんもっと<メタレベル>においては、<大分県の「教員採用汚職」問題>と<山本モナ問題>は、<同じ問題>であるかもしれない。

しかし天声人語のような<論説>には、時代に切り結ぶ“感性=論理”の<具体的突破点>というものがあるべきである。

だから、今日の天声人語の話題は、<山本モナ問題>であるべきだった。

いつもいつも、ズレている“ジャーナリスト”とは、インチキ商売人である。

仕事に行きます(笑)




2008/07/10のBlog
今日は休みだが、先日書いたとおり“ぼくの過重労働期間”は、今週を含めあと3週間は続く。
もはやグロッキーであり、任務を完遂できるか不安である。

こうなると、当然、本が読めない。
本が読めなくとも(なぜか;笑)ブログは書ける。

これがどうも“しゃく”である。
ますます、“自分の意見を書く”ということそのものが<ウザイ>

本来の<写真と引用のブログ>を実現させたい。
テレビを見ず、新聞もたまにしか見ない生活を実現できたが、まだネットでニュースをみたり、天声人語を見たり(笑)する<悪習>から離脱できない(いま“悪臭”と変換;笑)

逆に、写真はなかなか撮れず、本が読めない。

“いったい俺はなにをやっているのか?!”と自問する毎日です。

たぶんぼくより若い<あなた>に警告するが、個人差はあるだろうが、50歳を過ぎると時間が経つのがものすごく早くなる。
年齢を重ねるにしたがって加速度的になる。
なんか死へ向かってドドドッと一直線という感じなのだ(爆)


そこで、“夏休みを先取りする読書”を開始することにした。
具体的には、先日朝日書評で知ったクリストファー・プリースト『限りなき夏』は単行本新刊で高いので(笑)、“この作家の文庫本があるはずだ”と探した。
あったよハヤカワと創元推理文庫に。
ぱらぱらっと比較して『魔法』というのを買った(短編集が欲しかったが、ない)

そして読み始めたら、やっぱ期待どうりよ(笑)
爆弾テロ?で記憶喪失になった男が、海辺の保養所で暮らしている。
舞台はイギリス。

これぞ!
夏休み的シチュエーションです!

ちょっと自慢さしてもらうと、やっぱ読書キャリアが長いと、自分にあった本をみつける“勘”だけは冴えるのよ(笑)、その“状況”に応じて。
もちろん、自分に合わない本だけをわざと読む、というのがぼくの最近の読書傾向なのだが。

ぼくは元々、<夏休み的読書>のひとなのである。
ブラッドベリ、『ツバメ号とアマゾン号』、『デューン』、『I T』のひとなのである。

この『魔法』の主人公の男のように、“記憶喪失で海辺の保養地でうつらうつらしている”のが、ぼくの本来の姿である。


さて、なにがおこるのであろうか?
なにがおこったのであろうか?

こうしてぼくは<本の世界>へ入っていく。
<(本の)外の世界>とか、<リアルな世界>など、知ったことではない、まして<世間>など。

こういう<夏休み的読書>が軌道に乗れば、たとえばフーコーの『言葉と物』も<夏休み的に>読めるかもしれないのだ(笑)







ぼくが興味を失った<世間>では、今日はこのニュースが、話題である;
<山本モナ、ラブホ不倫!相手は巨人・二岡>7月10日8時2分配信 サンケイスポーツ

ぼくは、山本モナが民主党・細野豪志衆院議員(36)と<不倫>騒動を起こしたとき(なぜか)それをしつこくこのブログで取り上げたことがある(なつかしいなー)

はっきり言って、その時ぼくは、<山本モナ>について、見たこともなかった。
ぼくがこの<ニュース>に注目したのは、“相手”が民主党・細野豪志衆院議員(36)だったからである。

すなわちぼくは“現在有能だといわれている”若手政治家の<倫理>が知りたかった。
しかしこの“事件”でも、山本モナはニュース番組を降板したが、細野豪志衆院議員が降板したという話は聞かない。

そもそも山本モナは“結婚していない”が、細野豪志や今度の巨人の二岡選手とやらは、結婚していて家族もちである。

いったいなぜ、山本モナだけが<不倫>で職業生活を絶たれる(ことになりそう)のか。
というか、定義からして<不倫>というのは、家族を形成しているものの責任のことではないか。
悪いのは細野豪志や二岡選手の方ではないのだろうか、彼らが“誘惑された”にせよ(笑)

山本モナが<悪い>のは、男の趣味が悪いことだけである。

しかし、そういう<女性>は、たくさんいる。
そうではないか?(爆)