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Don't Let Me Down
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2008/07/17のBlog
人類の進化についての最新情報をもりこみ、やさしく解説した本がある。
三井誠『人類進化の700万年』(講談社現代新書2005)。

この本の“第4章日本列島の人類史”のなかに、<日本人という幻想>という記述があったので引用する;

★ 旧石器時代さらに縄文時代の日本列島の人類の由来が、なかなか解き明かせないことをみてきた。石器などを研究する考古学、人骨を調べる人類学、遺伝情報から迫る遺伝学―。それぞれの分野で謎が残るうえ、それぞれが描き出す筋書きもうまく一致しない。ただ、はっきりしてきているのは、縄文時代までの日本列島の人類の由来は、決して「南」か「北」かの二者択一ではなく、様々な時代に南からも北からも人類が入り込んできた可能性が高いということだ。

★ さらに、三千年前以降になると、「渡来系」と呼ばれる人たちが大陸から水田稲作を持ち込み、弥生時代の幕が上る。彼らがそれまでにいた人たちと混血を繰り返し現代日本人につながってきたと考えられる。

★ 「日本人」というと、実体がある存在のように思えるが、明確に定義するのはむずかしい。
私たちが中国や韓国の人たちと日本人を見分けるときには、服装や髪型、化粧の仕方などが頼りになる。しかし、そうした文化的な特徴を取り払ってしまい、その人の体や骨の特徴だけで日本人であることを言い当てるのは専門家でもほぼ不可能といわれる。また、遺伝情報という切り口でも、ある一人の遺伝情報を見て、その人が日本人なのか韓国人なのかを言い当てることはほとんどできない。そうした視点で見れば、「日本人」というのは単なる幻想のように思えてくる。

★ 日本列島が現在のような形になったのは約1万年前以降とされる。それまでは、気候が寒冷化して海面が下がるたびに、北海道がサハリンを通して大陸とつながっていた。また、西のほうでは、九州と朝鮮半島がつながるか、あるいは対馬海峡が川のように狭くなったりしていた。日本列島はいつも孤島だったわけではない。
アジアの東端の日本列島には、アジア大陸から多様な人たちがやってきただろう。




比喩で話をする。

トマトを見たことも食べたこともないひとに、どうやって<トマトというもの>について説明できるだろうか?

あなたは<言葉>で描写するだろうか。
“赤くて、丸くて、最近はいろんな形と名前があって、大小さまざま”
“すっぱいのよね”

あなたはトマトの絵を描いたり、トマトの写真をみせることもできる。
けれども、ここでのぼくの<論点>は、“実物を提示できない”場合ということにある。

どんなに言葉をついやし、その<イメージ>を見せたところで、<トマト>に触れ、トマトを味わう時の体験そのものを伝えることは不可能ではないか。

それだけではない。
実物ではなく、それを言葉で描写し、絵で描写する時、<誤解>が生じることもあり得る。
それも、<実物>より“まずい”ものを想像する場合と実物より“おいしい”ものを想像する場合がありうる。

もっとまずいのは、<トマト>というものについて、あなたが説明したのに、それを聞いた相手には、<なんの印象も残らない>場合である。

“だから”、あなたの<描写>は“過度に”なるかもしれない。
声が大きくなったり、熱を帯びたり、ジェスチャーが大袈裟になるかもしれない。
“しつこく”説明するかもしれない(爆)

“あのさー、酸っぱいんだが、独特の酸っぱさなんよ!ちょっと青臭くてさ、熟すとどんどん赤くなって、ぐにゃぐにゃになるのよね”

相手には通じたであろうか!(笑)

以上の<トマト>の話は、<比喩>である。


今日は昼から仕事です(笑)



<追記>

現在、<トマト>にも様々なグレードがあり、値段がちがう。

けれどもどんな<現地直送>の高いトマトであろうと、ぼくが子供の頃、近所の畑から盗んだトマトの味にかなわない。

はっきりいえば、最近のトマトなどトマトではない。

こういうことを言うと、ぼくが子供時代の”ノスタルジー”にふけっていると思うひともいるだろう。

記憶の中のトマトは、”過剰においしい”のではないかと。

たしかに、こういう<記憶の変形>ということも、ある。

しかし、単純に、<昔のトマト>は、もっとトマトの味がしていたのである。



<追記No.2>

もっと”まずい”場合が想定できる(笑)

あなたが<トマト>について説明している相手が、トマトを見たことも食べたこともないのに、すでに<トマトについて知っている>(と思っている)場合である。





2008/07/16のBlog
ユーチューブでU2の映像をハシゴしていて、”ブラディ・サンディ”クリップを見つけた。

この曲はよく知っているが、この映像は初めてだった。
また当時の”アイルランド紛争”についても漠然とした記憶しかない。

たしかに北アイルランドは”イギリス”にとって<外国>だったともいえる。

しかしこの映像を見て、ぼくが受け取ったのは以下の<真実>である。

あらゆる<軍隊>は、<われわれに向かって>銃口を向けることがあり得る。

天安門や光州を見よ。

戦後、”わが国”では自衛隊が<われわれに>銃口を向けたことはない。
しかし<機動隊>によって、負傷したものはいた。

将来にわたって、<自衛隊がわれわれに銃口を向けない>という保障はないのだ。

しかもそれは、自衛隊員個々人の<意思>とは無関係でありうる。

それが<軍隊>ではないのか?

ぼくたちは、軍隊や戦争や暴力について、あまりにも<抽象的な>感覚しか持ち得ていないのではないか。


U2 : Bloody Sunday




やっぱりねー、とひどく納得のこのニュース(現在ヤフー・アクセスランク1位!);

“<台湾>離婚率最高…日本人男性と台湾人女性の組み合わせ” 7月16日10時16分配信 毎日新聞

 【台北・庄司哲也】日本人男性と台湾人女性のカップルは最悪の組み合わせ--。台湾紙「中国時報」(14日付)は、国際結婚でこの組み合わせの離婚率が突出して高いと報じた。日本と台湾は、社会や文化的背景が似ているとされるが、日本人の「亭主関白」ぶりに台湾人女性がついていけないという。
 台湾行政院(内閣)の統計によると、昨年1年間でこの組み合わせの離婚率は28.84%で、約4組に1組が離婚。2位のベトナム人男性-台湾人女性カップルの9.83%を大きく引き離している。日本人女性と台湾人男性の組み合わせは3.65%だった。
 日本人の亭主関白ぶりについて、台湾の離婚女性支援団体「晩晴協会」は「台湾女性がほっとする暇がない」と説明。日本人男性との離婚経験がある台湾の女性タレント、温翠蘋(おんすいぴん)さんは、妻は控えめにしなければならないといった日本社会の伝統以外にも「夫の仕事のストレス、住宅の狭さ、物価高も日本に嫁いだ台湾女性が適応できない原因」とコメントしている。
 台湾人女性が昨年嫁いだ外国人は日本人が341人と最多。台湾で日本人男性は「桃太郎」との俗称で呼ばれているが、この桃太郎、台湾人女性には「鬼門」のようだ。




しかし、このニュースは、“日本人男性と台湾人女性のカップル”が多いから、こういうニュースなっているわけだ。

もし“日本人男性”が、台湾以外の国の女性と結婚することが多くなったら、“相手”がどこの国の女性であろうと、その離婚率は最高になると予想される(笑)

つまり、日本人男性に”耐えられる”のは、<日本人女性>のみである。
ここに<現在日本のナショナリズム>の根拠がある(爆)

<日本人女性>のみなさん、ご苦労様です。



それにしても、湿気多く、不快な暑さですね。

この<不快>においても、トウキョウの夏は、世界一ではないでしょうか!





<オマケ>

Zep:Since I've been Loving you

Zep:Since I've been Loving you


John Lennon: Stand by me

Stand by me "Orginal"inclusiv with River Phoenix


U2:With or Without you(rattle and hum)

U2 :One




下記ブログで取り上げた『失われた範列』(1973)は、モランの<人間の科学ゼロ年>の“開始宣言”であった。

それは彼個人の“宣言”であると同時に、“5月革命“以後の、世界的な人文科学と自然科学の”総合化的探究“の現実の動きと連動していた。

もっと具体的には哲学・社会学・人類学的思考と分子生物学や脳科学やサイバネティックスによってもたらされた“新たな認識”の相互交流による<新たな思考>の実行と、そのための場をつくる実践でもあった。
モランというひとは、そういう時代のドラマに関与する位置にいた。

それはモラン個人の実践であると同時に、その時代のムーブメントでもあったのだ。
それから40年近くが経過した現在、それらの“動向”はどこへ消え果たのだろうか。

“フランス”の情報が、“わが国”に入りにくくなったばかりではないと、思われる。
フランスにおいても、これらの革新は消滅したのだろうか?

<わが国>においては、60年代の“大学騒乱”が、そもそも何の<学>に対する“異議申し立て”ではなかったことは、”歴史的“に明らかである。

<わが国大学>は、その“騒乱に学び”、手品のような“明るいキャンパス”を出現させた。
<なにもなかった>のである(笑)

それどころか、この巧妙な“支配者たち”は、善良な両親による善良なお坊ちゃんお嬢ちゃんを相手の<商売>に奔走し、素直で明るい小型<商売人>の大量生産に成功した。
この<傾向>は現在に至るどころか、<大学>の<商店化>は目を覆わんばかりであり、大学で稼ぐだけでは収まらない<教授>たちが、マスメディアに出演し駄本を量産して金稼ぎに余念がないことは、みなさま御存知の通りである。

この<事実>だけでも、<戦後>の破綻を立証するには充分である。

しかし<問題>はこんなことではない(笑)

そもそもモランだけではない“あの時代の人々”の<構想>とは何だったのかを、<現在において>問う必要がある。

それが<挫折>だったなら、その<意味>を問う。

そもそもモラン等の<思考>の中心にあったのは、生物としての人間についての<新しい認識=根源的認識>であったと思われる。
具体的には、それはこの本でモランが展開しているひとつのモチーフである<人類の進化>の問題であった。

人類の進化の<スパン>から見れば、この<40年の歴史>、この<60年の歴史>、この<100年の歴史>、この<2000年の歴史>も一瞬にすぎない。

まさに、ぼくらひとりひとりのせいぜい<100年にも満たない生>から、これらの膨大な生命の歴史をいかに認識するのか?

これが<本質的な問い>である。

これは<誇大妄想>を意味しない。
ぼくたちの<一瞬の生>の意味を問うものである。


この本の最初には<年表>が掲げられている;

宇宙 7,000,000,000年
地球 5,000,000,000年
生命 2,000,000,000年
脊椎動物 600,000,000年
爬虫類 300,000,000年
哺乳類 200,000,000年
類人猿 10,000,000年
ヒト科 4,000,000年
ホモ・サピエンス 100,000年~50,000年
都市・国家 10,000年
哲学 2,500年
人間の科学 0年





ぼくの現在の仕事のひとつは、“ヘルパー”を仕事とする人々への“講習”のセッティングをすることである。

最近のその講座で、ある精神科医の話を聞いた。
ぼく個人にとってもいくつかの印象的な話があったし、講座途中の休憩時間に個人的な質問もした。
その質問の内容は、“うつ症状”と“うつ病”のちがいは、量的な差異か、本質的な差異か?“というものだった。

“先生”の答えは、<うつ症状>というのはあらゆる原因を含む症状であって、それが<うつ病>によるものとは限定できないというものだった。
これはぼくには納得のゆく回答であったが、そもそも<うつ病>とか<統合失調症>とよばれている<病>自体の“定義”が、問題だと思える。

またこの日の話のなかで“先生”は、“人格障害”のもっとも明らかな特徴(症状)は、<なにも学ばないこと>であると述べた。

“彼ら”は、同じ<ミス>を何度も繰り返す。

耳の痛い話である(爆)

ぼくには、自分自身を含め、現在この社会に生きるほとんどの人々が<人格障害>であるように思える。

しかしこのような<現状>を認識することは必要であるが、それを嘆いていてもしょうがない。
すこしでも、それを克服するよう努めようではないか。

しかもその<方法>はきわめてシンプルである。

<学べば>いいのである。

しかしもちろん、この<学ぶこと>が困難なのである。
ぼくたちは、だれかが“考えたことのすばらしい結論”のみを、安直に“効率的に”学ぼうとしていないだろうか。

どの<思考>が一番いい思考であるか、どのひとの<人生の指南>がいちばん自分にフィットするか、どの<思想>が即座に自分の<力>に役立つか。
このような<態度>で学ぼうとしてはいないだろうか。

たとえば、“歴史上の”数々の思想家を(それは“哲学者”のみではない、“作家”でもある)、“チャート式”にならべて、誰がいちばん“いい”思想家であるかを判定しようとしていないだろうか。

スーパー店頭で、“良い大根”を選ぶように。

たしかに<哲学>の世界、<文学>の世界にも、“流行”はあるのである。
そこでは、なにかが<古く>、なにかが<新しい>。

しかし“マルクス”は古く、“グローバル資本主義”が新しいというのは、いかなる<根拠>をもっているのかを、“あなた”は自分の思想として述べることができるか?

もしそうでないなら、あなたの<思想>は無効である、無意味である。

<だから>ぼくたちは、<学ぶ>。

もちろん<マルクス>というのは、ひとつの例にすぎない。
ぼくは、当然、“左翼と右翼の図式”などと無縁である。

もちろん硬直した左翼も硬直した右翼も、過去にあったし、現在にもある。
それを“無効”というものにもあるのである。

だからぼくたちは、<学ぶ>。

もし政治的なものに関心がないとか、イデオロギー的なもの全般が私は嫌いであるなら、その根拠と正当性について学ぶ。

ぼくは、“現在の”、<右翼=ナショナリスト>の言説が嫌いである。

それはぼくが、<日本を愛していない>からではない(爆)

ぼくは日本人であろうと、何人であろうと、<学ばないひと>が嫌いである。

<学ばないひと>は必ず、ファシストになる。
彼らの<主義>は、<全体主義>という名で歴史的に呼ばれている<主義>である。

そこの“素朴な兄ちゃん”も反省してほしい。
<反省>とは、みずからを省みて、歴史と他者から学び、<みずから学ぶ>ことである。

実はこのブログは以下の文章を引用しようと、書き始められたものであった。
もはや長くなりすぎたので“はしょる”。

この本の最初と最後のみを乱暴に引用する、その“中間”については、あなたがこの本に直接あたるか、<想像>してほしい;

★ 今日、われわれは誰でも、自分たちが、哺乳類綱、霊長類、ヒト科、ヒト属、ホモ・サピエンス種の動物であること、われわれの体が300億の細胞から成る機械で、それが遺伝体系にコントロールされ、生殖され、その遺伝体系は2、30億年にわたる長い自然の進化の過程で作り出されたものであること、われわれがしゃべる口、われわれが書く手は生物学的器官であることを知っている。けれども、そうした知識は、われわれの肉体が、炭素、水素、酸素、窒素の組合せから成っていることをわれわれに知らせる知識と同じく、実効性のないものだ。

★ 人間的なあらゆるものの中にある不確かさ、偶然、悲劇についての十分な意識は、わたしを絶望に導くどころではなかった。逆に、精神的安全を危機と交換することは人の心を元気づける。なぜならそうやって人はチャンスをつかむからである。複雑性の多音価的真実は人の心を高揚させる。閉じた思考、閉じた科学、限られた、不具の、傲慢な真実の中で、わたしのように窒息している人々なら、わたしをわかってくれるだろう。一切を説明する呪文、一切を解決すると称する長ったらしい言葉から、永遠に身を引き離すということは気持ちがよい。結局のところ、世界を、生を、人間を、認識を、行動を、開いた体系と見做すことはわれわれを元気づける。底知れないものと虚無の上の割れ目、われわれの精神とわれわれの生の生まれながらの傷であるその開口は、われわれの精神とわれわれの生が、欲望し、呼吸し、飲み、食べ、接吻する、飢え乾いた口でもある。

<エドガール・モラン『失われた範列-人間の自然性』(叢書ウニベルシタス1975、オリジナル1973)



《底知れないものと虚無の上の割れ目、われわれの精神とわれわれの生の生まれながらの傷であるその開口は、われわれの精神とわれわれの生が、欲望し、呼吸し、飲み、食べ、接吻する、飢え乾いた口でもある》





2008/07/15のBlog
ぼくに関心があるのは、人間であることの悲劇(悲惨)です。
たぶん人間が人間であることの差異は(動物との差異)、自分の生涯の意味を見出すことです。
しかしぼくらは、<それ>を無から自由に生み出すことはできない。
ぼくという存在は、歴史に拘束されている。
歴史ということばがお嫌いなら、遺伝子に拘束されている。
しかもぼくらは、他者の事例から学ぶのだけれども、その他者を具体として受け取ることがなかなかできない。

ぼくたちは、もっと安易な、その社会の規範モデル(冠婚葬祭=儀式=形式)のみを参照してしまう。
しかしそうしているうちは、決して、<自分の意味>を産出できない。

まさに<産出>とは、なにかを<産む>ことです。

肉体的になにも<産む>ことができない、男という性であることの、決定的<不自然さ>というものがあるのです。

もちろん<産まない女性>という存在もあるのですが。


人類の歴史は、アフリカのひとりの女性からはじまった、というのが定説になりつつあるようです。

彼女が<産んだ>から人類ははじまったと。
しかし彼女を妊娠させたのは誰だったのでしょうか(笑)

しかしこれは、少なくとも、アダムの肋骨から産まれたイヴという<お話>とは、ちがった”強調点”をもっているのではないでしょうか。


今日も暑くなりそうです、仕事に行きます(笑)



<追記>

ぼくは現在”姦しい(かしましい:女3人)、<環境(エコ)問題>というのは、上記のような<論点>を考慮に入れて討議されなければ、<無意味>だと考えます。




2008/07/14のBlog
《なぜ人間に生まれてきたのだろう。カバでもなくマントヒヒでもなく。<じゃんけんで負けて蛍に生まれたの>池田澄子》(今日朝日“素粒子”)



<運命>というものが、ある、ような気がしてきた。

<運命>が始末におえないのは、それが必然ではなく、偶然であることである。


《音楽の精神からの悲劇の誕生》という本がある。
だが、ぼくはワーグナーが苦手なので読む気になれない。

しかしこの本の内容は無視して(ごめんよ、ニーチェ!)、この<言葉>だけをいただきたい(サンキュー、ニーチェ!)

まさに<悲劇>とは、<運命>のことではないか。

しかも”それ”は、<音楽の精神>から誕生するんだよ。




《新聞が取り上げそうな小事件を題材に、ドラマとしての悲劇性の復活が、明晰な言語と文体に支えられ、これら11篇に結晶!!》

というのは、ある本のキャッチ・コピーです。

《明晰な言語と文体に支えられ》た、《悲劇性の復活》というのが、たぶんぼくが読みたいものです。

本当は<書きたい>のだが、ぼくは残念ながら、《明晰な言語と文体》を持ちあわせては、いません。




<追記>

だから、<世間ばなし>に興味がないのと同時に、<知識人の悩み>とか<自意識の悩み>などと、”それ”のヴァリエーションになんの関心もありません。



Grand Funk Railroad Heartbreaker

Led Zeppelin - Heartbreaker - 5-25-75 - Earls Court London

Free - Heartbreaker RARE(音質・画質悪し)


Rory Gallagher - A Million Miles Away Irish Tour 1974


HUMBLE PIE - C'mon Everybody (1974)


Peter Gabriel - Here Comes The Flood




夜は見せる
ラジオの信号が育ち
すべての奇妙なものたちが
行ったり来たりする時に
前触れがある
打ち上げられたヒトデ
隠れる場所はない
じっと潮が満ちるのを待つ
どこに行ったらいいかわからない
展望を得ることもできない

ぼくは古い道をたどる
水のなかを横切るくぼみを通り
高い崖へと
すべてが年老いていく
息子たち娘たちも
冷笑的な陰口が
大手をふるい
鋼や金属の波が
空にある
爪が雲にめりこみ
雨はあたたかくやさしく
地に降る

みんな、洪水は来た
肉と血にさよならを言うときが
もし再び海が静まるなら
彼はまだ生き延びる
だが生き残る者は少ないだろう
飲め、飲むんだ
きみたちは乾いている

洪水が叫ぶとき
あなたの家はない
ぬくもりはない
雷鳴のなかで
きみの千の心が
閃光に晒される
恐れるな
きみの見たものに泣け
役者は消え去った
もうぼくときみしかいない
もし黄昏の前にぼくたちが目覚めるなら
いままでとはちがった生がある

みんな、洪水は来た
肉と血にさよならを言うときが
もし再び海が静まるなら
彼はまだ生き延びる
だが生き残る者は少ないだろう
飲め、飲むんだ
きみたちは乾いている

<Peter Gabriel :Here comes the flood>





[ 09:17 ] [ 日記 ]
★ 彼は、静物をひとつ描くのに、100回もカンヴァスにむかわねばならなかったし、肖像を1枚描くのには、150回ものポーズが必要であった。<メルロ=ポンティ:セザンヌの疑惑>


★ 二日前に雪が降り、京都御所では清涼殿や常御所の北側の屋根に白く積もって残るのを見かけた。大きな建物だから寒かろうと覚悟して行ったが、冬暖かい青空で、光に恵まれた昼となった。<大仏次郎:天皇の世紀>


★ 都市と書物とは、たがいに暗喩たりうるのではないか。都市のなかに生き、都市のなかを歩くことは都市を読むことであり、書物を読むとは、書物のなかを歩き、書物のなかを生きることだ、というように。<清水徹:書物としての都市 都市としての書物>


★ ランボーを理解するために、ランボーを読もうではないか。そして彼の声を、まじりこんできたかくも多くの他の声たちから、分離しようと望もうではないか。<イヴ・ボヌフォア:彼自身によるランボー>


★ 1848年。王政の瓦壊によって、ブルジョワジーは自分を守ってくれた「覆い」を奪い去られる。一挙に、<詩>は、その伝統的な二つのテーマ、すなわち<人間>と<神>とを失う。<J.P.サルトル:マラルメの現実参加>


★ 朝の光が濃い影をつくっていた。影の先がいましがた降り立ったばかりの駅を囲う鉄柵にかかっていた。体と共に影が微かに動くのを見て、胸をつかれたように顔を上げた。鉄柵の脇に緑の葉を繁らせ白いつぼみをつけた木があった。<中上健次:地の果て 至上の時>


★ 赤ん坊の揺り籠は深淵の上で揺れているのだ。<ナボコフ:記憶よ、語れ>