ニックネーム:   パスワード:
| MyDoblogトップ | Doblogポータル | Doblogガイド | ユーザ登録 | 使い方 | よくある質問 | ツールバー | サポート |
Don't Let Me Down
Blog
[ 総Blog数:4269件 ] [ このMyDoblogをブックマークする ] [ RSS0.91   RSS1.0   RSS2.0 ] [ ATOM ]
2008/07/20のBlog
おおげさと思われるかもしれないが、かわいた喉が水を求めるように、必要な<言葉>がある。

それは、ひとによってちがっているし、なによりも<人生のその時>によってちがっている。
それどころか、<その日々>によってもちがっているし、<その日のその時間>によってもちがっているのかもしれない。

今朝から、渇いたように<中上健次>の言葉を求めた。
そういう時、これらの言葉が“普遍的”であろうが、その“意味”に<意味があるのか>などということは、どうでもよい。

いくつかの中上の本を手にとり、今朝ひとつの物語の書き出しを引用した。
長い昼寝からさめて、またいくつかの中上の言葉を読んだ。

引用したい;

★ かつてまちの中を、熊野川が流れていて、それが証拠に、まちのどこを掘っても、丸い角の削りとられた石の出てこない場所はない、と玉置さんは言った。ちょうど雨が降っていた。雨は、この土地では、よく降る。雨の音をききながら思い出した。その時も雨が降っていた。いつぞや帰郷した折、高校時代の文学仲間の弟を連れ出して、彼らの出身地である瀞(とろ)へ行った時だった。文学仲間は出奔していた。

★ 仲間は高校時代から、十津川村瀞で医者をしていた死んだ父の遺産を手に入れ、一軒屋に住み、本を大量に買い込み、レコードを買っていた。私はうらやましくてしょうがなかったのだった。今から思えば不思議な話であるが、私の居た土建業を営む義父の家では、本などなかったのである。貧乏で買えなかったのではなく、本を買うに足りる金、レコードを買うに足りる金を親に言えばくれもしたが、言い出せなかったし、また人が本を読む、人が音楽を聴くという習慣などその家にはなかった。本を読む、音楽を聴くとは衰弱した無用の者のやる事だ、という頭が、私の親にはあった。その時は、うらんだ。親らの無神経を、俗物性を、憎んだ。

★ その「水の行」の事件を聴いた時、思い出したのは、そのうらみ、憎しみである。血と血が重なり、腹と腹がこすれ合うここで、私が生活をし続けていたら、私こそ、そのようにやっていただろうと思うのである。
文学仲間の弟に案内されて、出奔した仲間の出所地である瀞を見、ついでに、その「水の行」の男の父親の出所地である村を見たのだった。
「水の行」とは、何かの新興宗教に入っていた女が、男と、男の母、弟、妹を巻き込み、食う物も食わず、水を飲み、穢れを追い出す、と体を竹ほうきやものさしでぶちあったという宗教にからんだ事件だった。妹が死んだ。

★ その事件を知ったのはもう三年にもなるが、私は、事件の当事者である女と、男を知っていた。女も男も、私と同年であり、女とは中学の時に同じクラスにいたこともある。男は、文学仲間の家でよく会ったのだった。その新宮でおこった「水の行」は、さまざまな事を想起させる。言ってみれば、まちのどこを掘っても角のとれた丸い石しか出てこないという新宮でしか、起こらなかった出来事である。

★ その「水の行」から私は、連合赤軍の粛清と、アメリカのシャロン・テート事件を連想した。それらにも興味はある。だが分からないところがある。しかし、この「水の行」は、わかった。新宮は水の上にある土地である。そこで水よりも濃く、重く、ぬくもりのある血を持った人間が、四方を、山と川と海に囲まれ、生活している。夜、寝静まったこの土地に、海鳴りがする。その鳴りつづける水、あふれる水の方にではなく、“穢れ”は澱のように、草と木でつくった折りたたみできるような家の暗がりの中で、血のつまった体を持った人間の方に降りつもる。

★ 「水の行」の事件は、この土地の誰にでも起こることだ。そう思った。この「水の行」を、例えばこの紀伊半島を経巡る旅の途中で行き会うだろう差別、被差別という言葉に置き換えてみると、この「水の行」の事件は、新宮という土地のみならず、紀伊半島という半島の象徴にもなる気がする。いや、日本という国の象徴でもある。そのKという女性を知っていたからかもしれないが、穢れている、と人を打ちすえる者を差別者とするなら、差別者は美しい、と思う。この日本において、差別とは美意識の事でもあったはずだった。

★ 「水の行」の家は雨を受けてあった。
雨、水、それが新宮の新宮たるところであろう。いや、日本の日本たるところであろう。ここには水が豊かにある。樹木も、人も、この水によって生かしめられている。

<中上健次“新宮”-『紀州-木の国・根の国物語』所収>




いま中上を読むことは<両義的>である、いや飛び散り、激突する<矛盾>である。

若い人々にとって、これらの中上的<光景>は、もはや失われたものであろう。
実は<ぼく>にとっても、“ほぼそう”である。

だから、この<光景>は、ぼくにとっても、否定性であると同時に、<喪われたものの喚起>なのである。

ぼくは喪われたものを愛惜すると同時に、実は失われていない<この風土の否定性>の根強い持続に注目する。

もし中上が、見、感じ、考えたことが、<古臭い>なら、現在においてそれらの言葉が、これほど魅力的な手ざわりを持つことは、ありえない。

すでに中上健次において、これら日本という場所の<人と自然>は、憎悪すると同時に愛する<場所>であった。



煙草を買いに外に出ると、夏だった。

ぼくは夏が好きだった、夏休みが。

直射する陽射しのなかで、火をつけると、ライターの炎が見えた。

たしかに生きることは悦びでもあった。
苦しみのなかで、悲しみのなかで、燃える炎であった。

たしかにコントラストが必要なのだ。
ある<強度>、ある強度をもった言葉が必要なのだ。

白地に白で描いても、黒字に黒で描いても、なにも見えない。

この陽光のなかで、静かに炸裂するものがある。
それは、ぼくの存在の強度である。

それは、<ほとんど見えない>が、この世界の褶曲点、この世界に穿たれた穴である。



ことの他、暑い日が続き、縁台に咲いた草花のことごとく、萎れた。ひしゃくで水遣りしようとしても、日中は、どうせ湯になって根を痛めてしまうのが分かっているものだから、誰もがひかえた。それで、萎れたら萎れたなりに花には風情があると、うそぶいたり、なぐさめたりしたが、なんとか暑さから救う案はないかと本心は溜息ついている。
「もう、かまんのやけど。何年も使こうた鉢やし、なんべんもなんべんも種とったんやさか」
「あんたとこでもろた種やけど、わたしとこの、別の色、出た。ずうっとそれから変わっていきもせんと、同じ色出る」
 路地の老婆らは、日が落ちるのを待って、馬穴(バケツ)に水を汲み、ひしゃくで、まず日を受けて熱を孕んだ縁台を冷ますために水をかけ、次に鉢に水をかける。
 ぬるまった水のにおいに混じって、萎れた花弁の内側に溜まった死の匂いが溶け出して、あたりに漂い出しそうだった。
 カンカン照りにさらされる草木に心を痛め、強すぎる日射しを避けてやるどんな方法もみつけられないと、おろおろする老婆らの声を聴いていると、誰しも、不思議な気がする。
 若い者らは、草花を日射しから救けてやる気があるなら、窓の外に置いた縁台から、日陰の玄関のたたきにでも移してやればよい、いや、日をさえぎるヨシズを一枚、たてかけてやればよいと言ったが、花をつくる老婆の誰も、路地の道に面し通る人に賞でて(めでて)もらわねば、花などではない、と思うように、手を施そうとする気配もない。
「あかんわだ、ねえ。こんなに暑かったら」
「切り花にしたっても、日もちせんやろし」
 老婆らは日陰を選んで腰をおろし、話を交わすたびに、じりじりと白い日に焼かれて死んでゆく花を、見て楽しんでいるように互いにうなずきあう。

<中上健次“残りの花”-『重力の都』所収>




ぼくの現在関与している<業界>では、《障害者》という<言葉>がよく使われます。

これをどう“表記”するかが問題になることがあります。

なんのことかわかる? Do you understand ?

つまり《障害》と書くか、《障がい》と書くか。
現在、《障がい》という表記が“推奨”されています。
もちろんこの表記を推奨する方々には、<理屈>があります。

しかしぼくが担当する講座の“先生”のなかには、はっきりと<障害>表記を維持したいという方もあり、そこまではっきりしなくても、<障害>と書いてもいいのではないかと説明する先生もいます。

ぼくの“意見”は、《障害》表記を支持します。
つまり、こういう日本語としてもともとある表記の書き換えを意味あることとは思いません。

もっと一般的に、“こういうレベル”での<言葉>についてのトリビアリズムは、<本質>を見失っている。
<看護婦>という言葉を、<看護士>に統一するのも好きではない。

ただぼくにも好きな言葉と、嫌いな言葉はあります。

たとえば女性が自分の配偶者を<主人>と呼んだり、相手の配偶者を<御主人>と呼ぶのは、いいかげんにやめたらどうでしょうか。

ぼくが<夫>であっても(夫らしいのですが;笑)、<主人>などど呼ばれると、おちつきません。

ぼくが<主人>という言葉から連想する言葉は、<奴隷>です。

<障害>の表記に神経質な方が、平気で“ウチの主人は・・・・・・”などと言っているのを聞くと、その方の言葉に対する感性を疑います。



最近“政治ネタ”には、トンと関心がないwarmgunではありますが、<天木直人ブログ>と<非国民通信>は読むようにしております。

最近両ブログが共通して取り上げた<話題>があります。
自民党の伊吹文明幹事長の“目くらまし”発言です。

もちろんこういう発言が現在日本の政治の<すべて>を語っているわけだ。
つまり<政治>などどこにもないということを。

天木氏と“非国民”さんの視点と、表現の<差異>を知ることも面白いので、全文を貼り付けます。

ぼくの意見?
とくだん、ありません(笑)
<目くらまし>という言葉=概念は、(悶絶するほど)面白いと思うよ。

まあ、<騙す人>と、<だまされるひと>は、どっちが悪いのかという<哲学的>問題はあるよ。




★<消費税封印と目くらましを 総選挙対策で伊吹氏>西日本新聞2008年7月16日 20:26

 自民党の伊吹文明幹事長は16日、京都市内で講演し、消費税率引き上げについて「上げてから選挙をすれば大変なことになる」と述べ、総選挙前に実施すべきではないとの考えを強調した。
 また「(選挙に)勝とうと思うと(有権者に)一種の『目くらまし』をしなければしょうがない」と述べた。総選挙対策上、消費税率引き上げ先送りと、この問題などから有権者の目をそらせるための政策を打ち出すべきだとの考えを示した発言で、批判も呼びそうだ。
 伊吹氏は総選挙対策について「いい意味での目くらましとパフォーマンスを首相にお願いしながら難局を切り抜けていきたい」と述べた。
 また「世論調査では社会保障財源に充当する消費税率引き上げに賛成という国民が半数ぐらいいる」と指摘した上で、調査結果をそのまま信じるわけにはいかないとの認識を示した。



★天木ブログ 2008年07月17日<やはり自民党は終わっている>

 昨日のブログで、私は自民党という政党は崩壊していると書いた。
 やはり自民党は終わっている。
 16日、伊吹文明幹事長は、地元京都市の講演会で、消費税増税は必要であり、それを行なうが、それは総選挙の後に先送りして切り抜けたい、という趣旨の事を話したらしい。
 問題は、それをあらわす表現だ。
 「選挙に勝とうと思うと、一種の『目くらまし』をやらないとしょうがない」、と述べたと言うのだ。
 政権政党の幹事長が、ここまで言うのである。
 考えられない事だ。
 ここまでなめられて、それでも自民党に投票する国民がいるのか。
 自民党は終わってしまった。
 総選挙をいつやっても結果は変わらない。


★非国民通信 2008/7/19 <予告犯>

「目くらましとパフォーマンス」で選挙を乗り切ろうと公言している人がいます。なかなか大胆な人ですね。有権者を目眩ましで欺こうと、人前で堂々と口にしているわけですから。まぁ自民党のお偉いさんに誠実さなど期待していませんので、これが密室での発言なら理解できます。表では綺麗事を並べつつ裏では別のことを考えている、好ましいことではありませんが、不可解なことではありません。しかるに「これから国民を瞞しますよ」と人目のあるところで語ってどうするのでしょうか?
 やろうとしていることは同じかも知れません。消費税増税を唯一の選択肢として強要すること、法人税や高所得者向けの累進課税には手をつけないこと、表面を取り繕うかどうかにかかわらず、内実は同じです。ただ口先の説明が違うだけなら、そこを問う必要もないでしょうか? 今からお前をレイプしに行くぞ、と予告してから襲ってくる輩と、明日の打ち合わせをしましょう、と油断させてつつ襲ってくる輩、それほど差はないのかも知れません。
 むしろ後者より前者の方が、偽りがないだけマシなのかも知れません。事前に予告があれば、それに対処することも出来ます。「これは目眩ましであり、パフォーマンスです」と明言した上で偽りを語る、ある意味では誠実です。偽りを語るのに、それがさも真実であるかのごとく装うことに比べれば! 予め目眩ましであること、パフォーマンスに過ぎないこと、それを告知することは間違っていないのかも知れません。
 とは言え、伊吹幹事長の意図はそこにはないでしょう。政府与党の主張が目眩ましでありパフォーマンスに過ぎないことを国民に知らせるために口を開いたはずがありません。ではどんな意図が? 伊吹幹事長にしてみれば、目眩ましであることを公言しても支持は落ちないと、そう目論見があったのかも知れません。むしろ「目眩まし」は上等であると。
 支配される側が、支配する側のロジックに染まりきっているケースがしばしばあります。労働者の立場よりも経営者の立場、自分の取り分よりも会社の存続を心配する人も多いでしょう? それが隣の労働者の権利と「公」であったなら尚更のこと、前者を否定して後者を擁護する人も多いわけです。そうした視点に立つ有権者は、自分を「瞞される側」ではなく「瞞す側」に重ね合わせます。伊吹幹事長が「目眩まし」を公言したとき、「権力が自分達を欺こうとしている」と感じるよりも「無理解な連中を欺いてやろう」と感じた人が、とりわけ自民党支持層には多いのではないでしょうか。気持ちだけは執行者、その実は自分自身が欺かれていることに気づけない人たちでもありますね。
 しかしまぁ、ご丁寧に「目眩まし」であることを予告してくれたにもかかわらず、そのパフォーマンスに目を眩まされてしまうようであったなら、そろそろ本格的にこの国の有権者に絶望しなきゃいけなくなりそうです。



2008/07/19のBlog
<写真>とは何か?
なぜ<写真>はこんなにも魅力的か?

暑気あたりした頭でタラタラと本をながめていたら、とても魅力的な<写真>についての<定義>があった。

先日も引用した今橋映子さんの『フォト・リテラシー』に引用されている西村清和氏の文章である、引用します;

★ 物語の構造はあたえられているが、物語の全容はあたえられていないイメージとしての写真は、それゆえ伝統的な絵画の物語とはちがう。宗教画や歴史画は、意味不明のできごとの断片ではなく、これを見るだれにとっても周知の、ひとつの物語の一場面を描いた挿絵であり、あるいは物語世界全体を凝縮し象徴するクライマックスの描写である。だが写真は、未知の物語の構造化された切片である。

★ この構造化のもとで、そこに意識的、無意識的に写りこんださまざまなディテイル、たとえばなにかしら不安をたたえたような笑顔、きつく組まれた手、しわのよった衣服、古びた調度といった細部は、なにごとかを語る最小単位として、なお全体が未知の物語のいわば「物語素」である。

★ 一枚の写真は、物語素の束である。それは人生の持続からのひとつの引用として、それが要求する内部への「垂直の読み」によって、さまざまなテクスト、多様な物語が語られることができる断片である。そのことが、写真というものがもつ物語への潜在的な喚起力を支えている一方で、その物語をつねに両義的なものにしている。

★ 写真の物語の語り手は、そのつどこの写真を見る現在のわたしである。わたしは現在に立つひとりの発話主体として、その視点から、写真がその引用であるところのひとつの可能な物語をあらたに語るべく要請されている。

<以上引用;西村清和『視線の物語・写真の哲学』(講談社選書メチエ1997)




写真:誰か有名なひと?(笑)
写真:ロラン・バルトの本

写真:藤原新也『全東洋街道』
写真:丸田祥三『少女物語』
現在ぼくがアルバイトをしているNPO周辺で参照されている本がある。

この本のことを知ったのはこの本が出版された数年前であったにもかかわらず、ぼくは億劫でこの本を手にすることがなかった。
ぼくは<自分の身近な問題>が億劫であるという、<悪癖>をもつ。

昨日、アルバイト先講習でこの本の序章部分のコピーが配布され、ぼく自身始めてこの本に触れて衝撃を受けた。
タイトルは『当事者主権』(岩波新書2003)である。
著者は20歳のときに交通事故で四肢麻痺になりその後<障害者自立生活運動>を実践してきた中西正司氏と社会学者上野千鶴子氏の共著である。

昨日この本を購入し、いまその序章を読んだ。
非常に重要なことが書かれているので引用する。
ただし、こういう<部分引用>では、著者の主張が硬直して受け取られる怖れがある(説明や具体例がカットされるので)
また、この“序章”は“理念的な(抽象的な)”ことが述べられている。
こういう<主張>をもたらした著者たちの実践については、この本に直接あたってほしい。

しかし、ぼくに興味深いのはこういう<理念>自体でもある。
なぜなら<理念=思想>なくしては、どんな現実的<運動>も不可能である。


★ 当事者とはだれか?当事者主権とは何か?
ニーズを持ったとき、人はだれでも当事者になる。ニーズを満たすのがサービスなら、当事者とはサービスのエンドユーザーのことである。だからニーズに応じて、人はだれでも当事者になる可能性を持っている。
当事者とは「問題をかかえた人々」と同義ではない。問題を生み出す社会に適応してしまっては、ニーズは発生しない。ニーズ(必要)とは、欠乏や不足という意味から来ている。私の現在の状態を、こうあってほしい状態に対する不足ととらえて、そうではない新しい現実をつくりだそうとする構想力を持ったときに、はじめて自分のニーズとは何かがわかり、人は当事者になる。ニーズはあるのではなく、つくられる。ニーズをつくるというのは、もうひとつの社会を構想することである。

★ 当事者主権は、何よりも人格の尊厳にもとづいている。主権とは自分の身体と精神に対する誰からも侵されない自己統治権、すなわち自己決定権をさす。私のこの権利は、誰にも譲ることができないし、誰からも侵されない、とする立場が「当事者主権」である。

★ 当事者主権とは、私が私の主権者である、私以外のだれも―国家も、家族も、専門家も―私がだれであるか、私のニーズが何であるかを代わって決めることを許さない、という立場の表明である。

★障害者の自立とは何か。24時間介護を受けても、自立していると言えるのか?
自立生活運動が生んだ「自立」の概念は、それまでの近代個人主義的な「自立」の考え方―だれにも迷惑をかけずに、ひとりで生きていくこと―に、大きなパラダイム転換をもたらした。
ふつう私たちは「自立」というと、他人の世話にならず単独で生きていくことを想定する。だがそのような自立は幻想にすぎない。どの人も自分以外の他人によってニーズを満たしてもらわなければ、生きていくことができない。社会は自立した個人の集まりから成り立っているように見えて、その実、相互依存する人々の集まりから成り立っている。人生の最初も、最期にも、人と人とが支え合い、お互いに必要を満たしあって生きるのはあたりまえのことであり、だれかから助けを受けたからといって、そのことで自分の主権を侵される理由にはならない。
人々が相互依存して生きている社会で、他人の助けを得ないことが、なぜ理想とされるのか。だれからも助けを得ない人は、豊かな人生を送っているとはいえない。障害を持った人が、必要な助けを必要なだけ得られる社会は、どんな人も安心して生きていける社会だ。それは、障害の有無にかかわらず、私が私の人生の主人公であることを貫くためである。障害者運動から生まれた「自立」の概念は、非障害者を標準にできあがった、それまでの「自立」観を、大きく変えた。

★ 当事者主権は、こうしたパラダイム転換からもたらされた。この社会で「お客様」であり、「厄介者」であり、「お荷物」であるとは、どういうことだろう。超高齢化社会のなかで、だれもがいつかは「障害者」となり、ハンディを抱えこむことが予想されるとき、人生のうちで依存する者もおらず、人に依存する必要もない一時期にだけ合わせてつくられた社会のしくみを、根本的に考え直す時機が来ている。

★専門家は「客観性」の名において、当事者の「主観性」を否定してきた。当事者学があきらかにするのは、当事者でなくてはわからないこと、当事者だからこそわかることがある、という主観的な立場の主張である。したがって、当事者主権とは、社会的弱者の自己定義権と自己決定権とを、第三者に決してゆだねない、という宣言でもある。
専門家が「客観性」の名においてやってきたことに対する批判が、ここにはある。というのも「客観性」や「中立性」の名のもとで、専門家は、現在ある支配的な秩序を維持することに貢献してきたからである。

★ 当事者学は、実のところ、どんな差別問題にも、非当事者はどこにもいない、ということをも明らかにしてきた。なぜなら、差別を受ける者が当事者なら、他方で、差別をつくる者も、うらがえしの意味で当事者だからである。

★ 私たちの社会は民主主義の社会だということになっているが、多数決民主主義、代表制の間接民主主義の原理のもとにある。当事者主権の考え方は、この代表制・多数決民主主義に対抗する。

★ そのためには「最大多数の最大幸福」を基準とするような「公共性」の理念を組み替えなければならない。公共性は、少数者の犠牲のもとに成り立ってはならない。ラディカルな民主主義の立場は、少数者であっても多様性を容認し、他人と違っていていい権利、違うからといって差別されない権利を擁護してきた。

★ 制度がユニバーサル(普遍)であるとは、例外がひとりもない、という意味である。当事者主権とは、あなたがたのいう普遍は、私ひとりがそれにあてはまらないことで挫折する、と宣言できる権利のことである。制度設計の基準を、平均にではなく「最期のひとり」に合わせる。そのためには多数決を絶対視しない。そういう合意形成を可能にするような、ラディカルな民主主義をめざしたい。




もっとはっきり言うべきだろうか(笑)

ぼくが嫌いなのは<無知に居直るひと>である。

たぶんこの<無知>にもいろんな“タイプ”がある。

ただ知らないひとと、知らないことを(わざわざ)選ぶ人とか。
間違ったことのみを選択的に<知る>人とか(笑)
でもそんなことはどうでもいい、まさに“結果は同じ”ではないか。

まさに無知に居直る<彼ら>こそ、<結果>ばかり気にしているではないか。

<彼ら>の“道徳観”ほど笑うべきものはない。

なんと<彼ら>には、<基準>が、確固とした、こびりついた糞のような<基準>があるのである。

彼らは、なにを<体験しようと>この<基準>を疑わない。
もしこれを<疑う>と、<自分>が崩壊してしまうのだ。
その程度の<自分>しか持ち合わせていない。

彼らの<正義>とは、この<基準>から逸脱しているか否かの判定である。
彼らにとって<犯罪者>というのは、基準から逸脱したひとであり、この基準に合う人間に“更生させれば良い”だけである。

<基準>そのものは、決して、決して、決して、<疑われない>。

しかしこの場合の、<疑う>という行為こそ、<考える>ということである。

だから、まさに、<無知>というのは、<知識(の量)>の問題ではなく、<倫理>の問題である。



<追記>

この夏の<不快>は、個人的問題であろうか、<環境問題>であろうか。

ぼくは<この問題>を、<環境問題>としてとらえる(考える)ことを望む(I hope so.)

ぼくは、現在の問題(2008年7月19日6:48AMの問題)、あなたの日々の不快を、常識的言説のレベルから抜け出るように<考える>ことを望む(I hope so.)

<メタレベル>に抜け出る。

しかし<メタレベル>とは、<常識的世界=世間>の上空に舞い上がって俯瞰することではない。

ぼくのいう<メタレベル>とは、むしろ逆に<基礎に帰る>ことである。

ベースに帰る、ホームに還る。

基礎の基礎、基本のキに帰る。

あなたが、動物であることに帰り、文明や文化を再度始めなければならない。

I hope so.



ぼくが他者に望むのは、”hope”である。

ぼくが望むのは、”want”である。



<コメント>

最近<ブックマーク>から2名をはずしました。

こういうことにあまり神経質になるべきではないかもしれないが、やはり”こだわり”ます(笑)

片方の方はぼくのブログをブックマークして下さっているので、はずしてくださって結構です。

もう一人の方は、前にはぼくのブログをブックマークしていたようなのに(記憶違いかもしれない)、現在ブックマークしてないね。
最初からブックマークしてなかったなら、なおとんでもない(笑)

この方は、このブログメンバーのなかで、少数の”現実に会ったひと”なのでブックマークしていました。
しかし彼は”すでに”別のコメント欄で”ぼく”を揶揄する発言をしています。

他のコメント欄で<揶揄>するなら、ぼくのブログのコメント欄に書くか、自分のブログでwarmgunの名を上げて<批判>してほしい。

そうすれば、ぼくも”100倍にして”お返しします(爆)

逆に、”彫刻家 西嶋雄志”氏をブックマークした。
この方にもお会いしたことがある。
にもかかわらず、ひところほとんど更新されていないので、なんとなくブックマークしないできた。
ぼくが迂闊だった、謝罪する。




本を読むことで良いことは、自分がモヤモヤと“考えて”いて、適切な表現が見出せないことに、適切な表現がなされている<言葉>が発見できる場合である。

これが<本>である必要はなく、ブログでも新聞でも、隣の人の言葉でも、よい。

そういう<言葉>が、朝日新聞にはないし、ブログにもほとんどない、と思う。

最近<本>がほとんど読めないのだが、(ましては“朝日新聞”など読んでいられるか!)、未練たらしくいろんな本をちょこちょこ拾い読みする。

そういう<その本>に対しては失礼な読書であっても、上記のような<言葉>にめぐり合うことはある。

近日の<言葉>はこうである:

《本書の第3部において差し出される様々な問いに、私も読者も、時には答えを保留することもあるだろう。しかしそれは決して逃げているのではない。なぜなら「― せねばならない」と指し示す「道徳」と異なり、「倫理」とは、あり得べき複数の可能性の中で思考を継続させる誠実さそのものだからである》<今橋映子『フォト・リテラシー』中公新書2008>

ここでの「道徳」と「倫理」の決定的ちがいについての<定義>に注目する。

ぼくが上記の文章を読んで、ただちに想起した<問題>は、“山本モナ問題”であったと言ったら、ぼくの<論点>を実感してもらえるだろうか(笑)

もちろんここで、この著者がのべているのは、“山本モナ問題”ではない(爆)

ぼくはずっと、<論理的思考>の限界のようなものについて考えている。
あるいは<現実的解決策の提言>というようなものの“有効性”について。

ぼくたちは、なにかを考えたとき、<結論>をださなければならないのだろうか。
もっと“狭く”、なにか現実的な“解決策”を“提言”しなくてはならないのか。

しかし、これはただちに、どっちみち考えても“わからない”ことは、考えないとか、提言(現実的解決策)を見出せない思考は無意味だから何も考えないということを意味しない。


《あり得べき複数の可能性の中で思考を継続させる誠実さそのもの》

というのは的確な<定義>であると思えた。

けれども<思考>には、ある具体性のレベルというべきものが必要である。
この<具体性のレベル>について、ぼくは的確な<表現>を見出せていない。


<追記>

上記を書いて、<反省>した。

<思考の誠実さ>というのは、<純粋さ>(ナイーブであること)とも決定的にちがう。



2008/07/17のBlog
人類の進化についての最新情報をもりこみ、やさしく解説した本がある。
三井誠『人類進化の700万年』(講談社現代新書2005)。

この本の“第4章日本列島の人類史”のなかに、<日本人という幻想>という記述があったので引用する;

★ 旧石器時代さらに縄文時代の日本列島の人類の由来が、なかなか解き明かせないことをみてきた。石器などを研究する考古学、人骨を調べる人類学、遺伝情報から迫る遺伝学―。それぞれの分野で謎が残るうえ、それぞれが描き出す筋書きもうまく一致しない。ただ、はっきりしてきているのは、縄文時代までの日本列島の人類の由来は、決して「南」か「北」かの二者択一ではなく、様々な時代に南からも北からも人類が入り込んできた可能性が高いということだ。

★ さらに、三千年前以降になると、「渡来系」と呼ばれる人たちが大陸から水田稲作を持ち込み、弥生時代の幕が上る。彼らがそれまでにいた人たちと混血を繰り返し現代日本人につながってきたと考えられる。

★ 「日本人」というと、実体がある存在のように思えるが、明確に定義するのはむずかしい。
私たちが中国や韓国の人たちと日本人を見分けるときには、服装や髪型、化粧の仕方などが頼りになる。しかし、そうした文化的な特徴を取り払ってしまい、その人の体や骨の特徴だけで日本人であることを言い当てるのは専門家でもほぼ不可能といわれる。また、遺伝情報という切り口でも、ある一人の遺伝情報を見て、その人が日本人なのか韓国人なのかを言い当てることはほとんどできない。そうした視点で見れば、「日本人」というのは単なる幻想のように思えてくる。

★ 日本列島が現在のような形になったのは約1万年前以降とされる。それまでは、気候が寒冷化して海面が下がるたびに、北海道がサハリンを通して大陸とつながっていた。また、西のほうでは、九州と朝鮮半島がつながるか、あるいは対馬海峡が川のように狭くなったりしていた。日本列島はいつも孤島だったわけではない。
アジアの東端の日本列島には、アジア大陸から多様な人たちがやってきただろう。