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2008/09/05のBlog
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[ 08:39 ]
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弥勒堂(みろく) 水尾4-2-52
天平9年(737)僧行基の開創と伝えられる紫雲山西方浄土寺は、広大な寺域に七堂伽藍を備え、境内に瑞光寺・浄楽寺・心願寺・迦称寺・慶明寺などの坊舎が建ち並び、真言宗と改宗して全盛を極めた。
明徳3年(1392)に高野山と確執を生じ、裁定に破れて、坊舎多数が取り壊された。
さらに天正年間織田信長に残りを焼き払われ、この小堂だけが残った。
本尊:弥勒菩薩立
秘蔵の釈迦涅槃図と十三図は3月15日の涅槃会に開帳される。
天平9年(737)僧行基の開創と伝えられる紫雲山西方浄土寺は、広大な寺域に七堂伽藍を備え、境内に瑞光寺・浄楽寺・心願寺・迦称寺・慶明寺などの坊舎が建ち並び、真言宗と改宗して全盛を極めた。
明徳3年(1392)に高野山と確執を生じ、裁定に破れて、坊舎多数が取り壊された。
さらに天正年間織田信長に残りを焼き払われ、この小堂だけが残った。
本尊:弥勒菩薩立
秘蔵の釈迦涅槃図と十三図は3月15日の涅槃会に開帳される。
[ 08:38 ]
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勝光寺(しょうこう) 水尾1-7-13
西河山(さいかざん)
浄土真宗本願寺派
行基の開祖。
西方浄土寺の奥の院となり、中世までは真言宗であった。
15世紀後半、当時の住職明覺が本願寺第8代門主蓮如の教化をうけて浄土真宗に転ずる。
幕藩体制下においては攝津の国の総触頭である富田の本照寺の下に7ヵ寺設けられた触口寺院のひとつとして茨木市南部の18ヵ村、17寺院を総括していた。
西河山(さいかざん)
浄土真宗本願寺派
行基の開祖。
西方浄土寺の奥の院となり、中世までは真言宗であった。
15世紀後半、当時の住職明覺が本願寺第8代門主蓮如の教化をうけて浄土真宗に転ずる。
幕藩体制下においては攝津の国の総触頭である富田の本照寺の下に7ヵ寺設けられた触口寺院のひとつとして茨木市南部の18ヵ村、17寺院を総括していた。
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