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はじまりはブラックミュージック
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2007/04/22のBlog
[ 16:36 ] [ Life is... ]
4月18日(水)

何とも痛ましい銃撃事件。アメリカの連続射殺に驚いていたら、長崎市長まで・・・腹立ちと虚脱感に包まれる。ただ冥福を祈るしかない。人間の心根はどこまで病んでいるのか・・・。

ヨメさんが朝から具合が悪いとの事で、娘の塾の迎えに行く。先日買ったレ・ジェントを聴きながらの道行き。テディ・ライリー以前の、ガイのリーダー格が中心のせいか、跳ねる位置が微妙に違うニュー・ジャック・スウィングといった趣きなのが面白い。

4月19日(木)

娘が朝課外の時は、ヨメさんが通町まで送ってくれる。いつもより10分多く眠れる。この10分が結構貴重な休息になる。

仕事は快調に進んでいたが、一ヶ所、こちらに非のないトラブル発生。進行が滞る。

ヨメさんの話によると、「親が学校に期待すること」で“躾け”が多いという。躾けというのは、通常学齢に達する前に親が行なうものだろう。そういう発言が出る事が“当たり前”になっている世の中が怖い。親自体が躾けを受けていない証明。ああ、こういうのを“不躾”というのか・・・。

4月20日(金)

午前2時30分過ぎ、地震で目覚める。最近、色々な所で断続的に発生しているので、あまり好い気持ちはしない。

阪神大震災の時、福井県在住で、寝てたけど、ズーンと下に沈むような味わった事のない揺れを感じた。さぞかし阪神地方の方々は、想像を絶する体験をされたに違いない。

「東海大地震」について騒がれ始めた頃は福島県に居て、日常的に地震が起きていた。「大地震」はまんざら噂だけの話じゃないなと痛感した。

本日の仕事量は多めだったが、つつがなく終わる。

夜NHKでカーペンターズのドキュメンタリーをやっていた。カレンは最後まで頑張ったんだなあ・・・。
[ 16:34 ] [ Life is... ]
4月16日(月)

この一週間はあまり天気が良くないらしい。今日も曇り空で、時々細かい雨。しかし、昼過ぎから晴れ間も見える。と思ったら強烈な風が吹き荒れ始める。お忙しいこと。

TSUTAYAの大型店舗が植木町に出来つつ有る。我が家の割りと近くになるので楽しみ。

私の職種が、他県で広く展開される事になる。立ち上げ時人数が必要なので、誰かが数ヶ月応援に行かなければならない。私が行くと決まったわけではないが、覚悟はしておく。

帰り道、タワーで『レコード・コレクターズ』5月号のアルバム評を読んだ後、プリティー・リッキーを2曲だけ試聴。ヴォーカルに力と伸びが有り、聴き応えはある。

4月17日(火)

朝から心地好い天気になる。日中も、風は強いが暑すぎず、春らしい一日となる。

先週会社の先輩がスピード違反でアウト。16kmの超過。最近取り締まりも多いので気を付けて運転した。普段より速度を遅めにすると気持ちにゆとりが出てくるのは確かだ。

信号機のない横断歩道で、左手に小学生の女の子2名確認。対向車のダンプと私は、申し合わせたようにピタリと止まる。横断歩道を駆け抜けた後女の子は、体を二つに折り曲げるぐらいの丁寧なお辞儀。しかも、両方の車両に向かって・・・。

曇りのち晴れ。
[ 16:04 ] [ ロック・歌謡曲他 ]
金曜日にNHKの『プライム10』という番組でカーペンターズのドキュメンタリーをやってました。

カーペンターズといえば中学生の頃(70~72年)よく聴いていて、ヴォーカルのカレンが拒食症で亡くなり、ああ可愛そうに・・・と思ったものの、はたしてどういうキャリアを辿ったのか今一つ記憶に有りませんでした。

彼女が亡くなったのは83年で、私の記憶より随分後でした。80年にはソロアルバムを録音したものの、96年まで世に出なかったというのも知りませんでした。

彼女が摂食障害に陥った頃、兄リチャードも睡眠薬の多用から病気になり、療養センターに入院していたとのこと。「夫婦のような兄妹」といわれるほどお互いが支えになっていた二人ですが、カレンが助けを必要としていた時にリチャードも苦しんでいたというのが“運命”ですね。また、摂食障害の最も難しいところは本人の自覚が無い、という部分だそうで、そういう事も重なり、中々克服できなかったのかも知れません。

ソロアルバム制作を決意した時、リチャードはベッドの中から「ディスコ調だけは止めろ、あれはキミに合わない」と念を押しました。しかし、番組で流れた曲はややディスコ調で、確かにサウンド的にクッキリしすぎていると、彼女の優しいヴォーカルが生かされず、「カレンでなくても済む曲」だなあと思いました。やはりカーペンターズ的落ち着いた曲調で彼女がふわっと歌いだす所に真骨頂が現れると思います。サウンドの創り手のリチャードには自明の理だったのでしょう。

ソロアルバムが発表されなかった事をカレンはどう思ったのでしょう・・・番組ではその思いには触れなかったものの、それ以降彼女は自らの治療に積極的に取り組みました。しかし、時すでに遅く、帰らぬ人となってしまったのです。

80年代はAORがキーワードの一つでした。カーペンターズも十分時流に乗れたと思います。運命のイタズラは不世出の兄妹を“青春の輝き”として閉じ込めたのでしょう。
ブログ上でも話題になってましたので、聴いてみました。声に力感と伸びがあり、サウンドに埋没しない存在感が有ります。ファルセットになるとやや青臭い甘さが感じられ、柑橘系の声質みたいな感じがします。

サウンド的にはジョデシィとかドゥルー・ヒルらのように、生真面目さとカッコ良さ、若さとコクが共存している感じです。それを今風のH-TOWNサウンドでコーティングした感じでしょうか。私はH-TOWNサウンド苦手な部分が有るんですが、彼らは全く気になりませんでした。

誉めるべきはヴォーカルばかりでは有りません。彼らは四人兄弟でヴォーカル+ラップ3人の構成。抜群のタイミングで塩辛声のラップが切り込んできてフロントを取ると、残る二人も「やや塩辛」という感じで脇を固め、その“多層塩辛”感覚が素晴らしく、よくバランスに気を遣っているのが伝わります。ラップが閉じられた後、すれ違うようにファルセットが入ってくると、思わずゾワゾワっと来ます。黒人音楽ファンはこのゾワゾワの為に生きてるようなもの。創る側がよく解っています。

通して聴いて、黒さと共に“臭さ”を感じるなあと思いました。まだ私自身頭の中で整理できていないのですが、あえて今の段階で気持ちを書いておきます。最近のR&Bには黒いものはたくさん有っても臭いものは少ない感じがします。臭さの中身は何か、自分自身で結論付けが出来ていないのですが、煮汁のように様々な旨味が潜んでいる、強烈にコアなものだと思います。必ずしもブルースに近かったり田舎者だったりする必要もないかも知れませんが、田舎料理と同じで、その方がより感じやすいかも知れません。

もちろん、黒人音楽は必ず臭くなければいけないとは言いません。時代性の問題も有ります。ただ、プリティー・リッキーが黒人音楽の“王道”なのは間違いない事実でしょう。

日本盤には4曲のボーナス・トラックが含まれています。これらは、完成一歩手前のややラフな印象を受けます。しかし、雑な訳ではなく、内容は良いです。アルバムの統一感にあくまで拘るならボートラなしが良いかも知れませんが、風合いの違いを楽しみたければ、日本盤がオススメ。私も日本盤行こうかと思います。
<Hip-O Select>から、ファンカデリックの89年お蔵入りアルバム『バイ・ウェイ・オブ・ザ・ドラム』が5000枚限定でリリースだそうです。“Select”が付いているのは店頭には原則出ないらしいのでご注意を・・・但しHMV、タワー両方のサイトに紹介されていたので、店舗を通しての通販は出来るようです。

さすがに『マゴット・ブレイン』のような本格的サイケサウンドではなく、より89年という時代に寄り添っています。アンプ・フィドラーも参加しており、ドラムマシーン多用のドットコドットコ・スタイル。1曲目からドープな雰囲気満載です。ロックバンド、クリームのカバー曲の2ではゴスペルライクな女性コーラスでオリジナルと一味違う感じ。

通して聴いてみて、私のような昔のファンカに魅力を感じる人は引きますけど、80年代のサウンドに親しんでいる方々はこのサウンド良いかも、です。7や8にはファンカらしさが割とストレートに出ています。9~12のタイトル曲別ヴァージョンに至っては私は中々付いていけません。

懐かしい名前はゲイリー・シャイダーとエディ・ヘイゼル!ぐらいです。

当時はタイトル曲のみシングル発売されたそうで、ジョージ・クリントンとしては、新しい自分を見せたかったのかも知れませんが、83年のソロ作「アトミック・ドッグ」『コンピュータ・ゲームス』が純ファンクファンには不評だった事もあり、当盤がお蔵入りしたのも判る気がします。やがてプリンスのレーベルから“復活”するまで、クリントン親分にとっては忸怩たる時代だったでしょう。やっと今になって発売されるのを、余裕を持って眺められるスタンスに居て、ホント良ございました。
2007/04/17のBlog
[ 20:16 ] [ オールドソウル・ベテランの新作 ]
ちょっとネットで見つけましたので、聴いてみました

70年代エッセンスというグループで活動。現在ワシントンを拠点に活躍しているシンガー。映画『ラブ・ジョーンズ』にも出ているそうです。軽快なミディアムテンポのイントロに柔らかい歌い口。70年代ソウル~80年代ブラコン方面の垢抜けた部分が感じられます。個人的好みかも知れませんが、バックに厚めのコーラスが入るか、バリトンと絡んだらより面白いかなとも思いましたが、ソロとしての実力は十分感じられます。もうちょっと“魂”が欲しいと思う曲も有り・・・微妙ですけどね。1と7、8、10、11、14のミディアム調は私は好き。特に10、14は良いです。9は結構R&B風に持ってきて変り種。総合的に見て、好盤です。

♪いつも参考にしている黒汁さんの記事
2007/04/15のBlog
[ 20:47 ] [ Life is... ]
4月11日(水)

どうも今週は疲れが取れない。夜テレビを見ていてもいつの間にか寝てしまっている。一週間を5日体制にして、平日3日・休日2日ぐらいにしてもらえないか・・・残念なことに、現実は、ビートルズの歌みたいに一週間が8日有るように感じるときもある。もらい物の栄養ドリンクが有るので飲んでみるか・・・。

小学校の入学式か、フォーマルウェアに身を包んだ両親と一緒に、ちびちゃん達が制服姿で歩いているのをあちこちで見掛けた。みんな生き生きとしていた。

4月12日(木)

栄養ドリンクのおかげじゃないだろうけど、朝の目覚めは良かった。天気も晴れて、風も心地好い。昼間ながら花見の一団も見かけた。えらく黒っぽい服装の集団だなあと思ったら、葬儀屋さんでした。

!まさか桜の木の下に・・・。

4月13日(金)

朝、全く寒くない。昼前細かい雨が降るが、後に晴れる。と思ったら夕方過ぎから雷雨。

日付の迷信は信じたくないが、午前中の仕事はトラブル続き。ダブル・トラブルならぬトリプル・トラブルとなる。おまけに帰り際バス停で豪雨を浴びる。横殴りで冷たい風と一緒になり、スーツの裾はビショビショ。心臓が思わずヒヤッとした。こういうのはジキに収まるから、と思っていたら、バスが到着する頃ピタッと止んだ。もうちょっとずれりゃあ良いのに・・・。

気分を変えたくタワーで試聴して帰る。ミュージック・ソウルチャイルドの新譜を途中まで聴いてたので、全部通して聴いてみる。全体のバランスが良く、何よりサウンドが新しい。気分良く帰る。

4月14日(土)

午前中ゆめタウン光の森。『レコード・コレクターズ』のアルバム評を読んでいると、ヨメさんが「ちょっと来い」と・・・サイモン&ガーファンクルのDVDが欲しいらしくて、1枚有ったので見てくれとの事。セントラルパークの再結成コンサートのヤツで、内容をよく知らないから、帰ってネットで調べようということになる。最近出た『オールドフレンズ・ライブ』の方が昔からの映像も有り、良いんじゃないかという結論になる。

昼間ネット友達から携帯に電話が掛かってくる。私はネット上の知り合いの方と会ったこともなく、声を聞くのも初めて。なんだか不思議だけど、とても面白い体験。

夜、YouTubeからS&Gの映像をピックアップして、ヨメさんに見せてやる、じゃなくてお見せする。若い頃からすっかりジイサンになった最近まで、中々面白い。全く便利な世の中ではある。

4月15日(日)

近くのスーパーで買い物をして、昼飯に、生協で買った「ジャージャー麺」を食べてみる。夫婦で韓国ドラマを観る事も結構有るので、よく話に出て来るこの麺料理が気になってた。食べてみれば、何てこと無かった。多分本格的ジャージャー麺とは微妙に違う気がする。

昼過ぎからヨメさんと娘は実家に行ったので、私はパソコン。ブログ/ミクシ用の記事を2本ほどアップ。
70年代ソウルの感覚を持った現代っ子の一人、ミュージック・ソウルチャイルドの新譜。前作(で良いのか?)は1曲目がとにかく格好良く、結構繰り返し聴いたものです。

今回は意外とアッサリ目の出だしで、耳に馴染みにくいかなと思ったんですが、聴き進むと気持ちに浸透してきます。

前半のバラードがあまりにもスティーヴィー・ワンダー調だったのが首を傾げた一因かと思います。

しかし、4、7、8曲目辺りのトラックがかなり黒いです。4は、チョッパー気味のベースを仕込みながらもド・ファンキーにはせず、いかにも今風の優しいダンスミュージックに仕上がっています。7と8は、声の重なりや絡みを楽器の一部のように表現し、個性的で興味深いです。

9や10といった後半のバラードは更に“実験的”。実験といっても素材がオールドソウルなので馴染めます。何といってもスティーヴィー・ワンダー色が無いのが嬉しいです(スティーヴィーが嫌いなのではなく、あまりに似すぎているのが面白くないという意味)。

フィリーの薫りもして、マーヴィンもチラッと。アーニー・アイズリーのギターをちょっと締め付けたような音。ミニー・リパートンのような美メロも・・・。これらの素材がうまく構成され結果的に「新しいブラックミュージック」が“創造”されています。

本盤は、ゲストにニーヨやラファエル・サディーク等が参加しています。ラファエルは自分の作品の時は違いますが、他人と絡む時は、旧式のソウルをそのまま提示する事が多いようです。一方ニーヨは、黒人物・白人物拘らずに色んな音楽を取り入れているのに、結果的にとてもブラックネス溢れるサウンドになっています。二人はメビウスの環のように、一見異質に見えながらも、一回捻って結果的に同じブラックネスの地に立っている感じがします。ちょうどミュージック・ソウルチャイルドは、二人の中間点に居るのではないでしょうか?この二人をサウンド創りに加担させたのは、思想的にも正解だと思います。

冒頭は物足りなさを感じたものの、総合的には完成度が高い現代ならではの黒人音楽です。1曲目は元歌デ・ラ・ソウルですって。そういえばデ・ラ・ソウルも“斬新”なヤツらでした。ミュージックの好みなんでしょう。
[ 15:18 ] [ リズム&ブルース・ジャンプ ]
NHK-BSで観た『伝説のロック大全集』には、ボ・ディドリーの映像も有り、その麻薬的リフに興奮しました。存在的にはチャック・ベリーと並べて当然の“大物”ですが、どうもボの方がキワモノに近い扱いをされているようで、今一つ納得のいかないところです。もっとも私に言わせればチャック・ベリー自体も正当に取り上げられてない感じもしますが・・・。

当の映像は見つかりませんでしたが、YouTube発で2本どうぞ。

1本目は若かりし頃の人気ぶりも観てとれます。三人娘もいかにも“エンターテインメント”。ボ・ディドリーの乗り方も面白く、ムーンウォークみたいな動きも観せてくれます。

2本目は大御所になってからのものですが、彼のパフォーマンスも相変わらずですが、ゲストに色んな人が出てきて面白いです。特にピアノとキーボードは「えっ?何でアンタたちが?」って感じ。一人一人アナウンスされますのでよく聞いて下さい。

ボ・ディドリーのビートは俗に“ジャングル・ビート”と呼ばれますが、多くの後世のアーティストが取り入れます。特にストーンズは、チャック・ベリーとボ・ディドリーとマディとスリム・ハーポ辺りの特徴を的確に自分達のサウンドに取り入れ、「サティスファクション」を始め多くの名曲を生み、今だにその基本を失わず転がり続けています。

日本人で思い出すのは“どんと”。惜しくも夭折したこのアーティストは最終的に沖縄でソロ?として活動していたのですが、その前に結成していたのがボ・ガンボスというバンド。名前の由来はボ・ディドリー+ガンボという事で、名前通りにジャングル・ビートとニューオリンズ・ファンク(密林と底なし沼?)が合体したサウンドです。古今東西のバンド名で、これだけ自分達のサウンドが直ぐ分かり、言葉的にも面白いバンド名はないと思います。しかも、ボ・ディドリーとニューオリンズが判らない人にはサッパリという事で、玄人志向もあるのかも知れません。

同じビートを延々と続けるのは黒人音楽に時々みられる特長です。単純とみるか、ヒップと見るかが別れ道のような気もしますが、このサウンドを追求するのが至難の業なのはド素人にも推測できます。ギターリフの向こう側にアフリカの大地が見えれば・・・。
2007/04/12のBlog
こんなに心が痛くなった小説も珍しいです。仕事に影響が出るぐらいの感情移入をしてしまいました。

主人公椎名燎平は、新設の大学に、入学届を出す直前まで入るか止めるか考えていますが、ひと目見て引き付けられた女性佐野夏子が手続きするのを見て、半ば発作的に入学を決めます。

大学に目的が入って来た訳ではなく、行きずりのようにテニス部に入ります。

物語の冒頭は安穏とした雰囲気も有るんですが、徐々にストーリーは切なく進み、“青春”という大きなテーマが空のように、物語の背景に存在しています。テニス部の発起人金子と燎平の二人だけでテニスコートを造り上げる所辺りから、物語はグッと締まってきます
恋愛においては、夏子を深く愛するあまり距離を置いてしまう燎平。後に辛い経験をする夏子に激情をぶつけ、お互いに傷つけ合い、友人の前で傍陀の涙を流すピュアな男です。

象徴的な登場(及び退場)の仕方をする老教授が燎平に言います。「若さの特権は自由と潔癖だ」。「自由」はともかく「潔癖」は難しい話です。というか潔癖のままでは人生を渡れません。登場人物も色んな意味で「汚れ」を身に付けていきます。そんな中燎平だけは悩みながらも潔癖さを持ち続けます。彼も終盤潔癖ではなくなるのですが、気持ちの中で落とし前を付けようと努力します。その経緯までは書かずにおきましょう。

「潔癖」と「純粋」は意味合いが違います。登場人物は殆どみんな純粋です。純粋に、自分達に降り掛かる火の粉に立ち向かっていきます。その若者らしい一生懸命さは、流れ的に暗くなりがちな話の骨肉となり、ロマンと清々しさと親密さをもたらしています。

恋愛の他に、物語の中では、テニスが大きな存在となっています。特に試合の場面は、迫力的表現や試合展開の面白さだけではなく、プレイヤーの人生観まで見えてきて、試合の中で“成長”する姿まで伝わります。

特に印象的な選手が二人、燎平の同期生として出てきます。安斎は、高校時代有名選手でしたが“業病”に悩み、突然、コートに立つ事さえ出来なくなります。

貝谷は、経験者ではありますが、決定的な強さを持たない選手。彼の持論が「王道より覇道」。「王道」とは、安斎のようにレベルの高い選手がパワーとテクニックで勝負し、レベルの差通りに勝ちを修めること。「覇道」とは、いやらしいテニスで、ボールにスピンをかけたり、相手の急所を執拗に攻めたりすること。実力差の有る相手には覇道で勝つしかなく、最終的に勝利を修めるためには、反則でなければどんな手を使っても構わないという考え方です。

大学4年間である程度の成果を上げようとするなら、覇道で戦うべきだと、貝谷は燎平に勧めます。燎平は試行錯誤し、どちらの道を選ぶか決めます。

王道と覇道・・・それは青春時代を悔いなく過ごしたり、その後の人生へ向かっていくためのキーワードかも知れません。
ここで、本の内容から外れて、私の「青春時代」に対する考えを少し・・・。

人生が、終わりの見えない一枚の紙に、体験した事を綴っていく“行為”だとします。書き留めたことは、内容がハッキリと読めるものも有り、文字がにじんで想像の助けを借りる部分もあります。その中で“青春時代”は、表面に現われている文章だけでは説明がつきにくく、何かの“炎”を使って、あぶり出す必要があるような気がします。「自分はあの時なぜあんな行動をとったのか」「あの時の相手の気持ちはどういうものだったのか」・・・子供時代でもなく、社会人になってからでもなく、“青春時代”の自分を振り返る事は、とても恥ずかしい反面、重要な気がするのです。「恥ずかしい」という事は、自分の気持ちにグイグイとくい込んでくる「リアルさ」が有るからだと思います。

悔いのない青春みたいな書き方を先ほどしましたが、悔いる事、苦しむ事、悩む事、切なさ、悲しみ、怒り・・・これらの感情や行動は、人生の中で絶対的に必要な事だと思います。“青春時代”はそれらをヴィヴィッドに体験出来る時代だし、時が過ぎてあぶり出してからでないと、その価値や真実味が理解しにくいというのが面白い所だと思います。

燎平や仲間たちの「本当の物語」は、この小説が終わった時点から始まっているような気がします。