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2008/03/22のBlog
[ 13:03 ]
[ 本・映画・TV等 ]
『ダーウィンと家族の絆』という本が出版されているそうで、この本を著したのがダーウィンの孫の孫にあたるランドル・ケインズ氏。何とケインズ経済学で有名なジョン・メイナード・ケインズ氏が祖父の兄に当たるそうです。凄い血筋ではありますが『進化論』も『ケインズ理論』も把握していない身としては、単純にこの本に対する興味が湧き起こるのみです。
ダーウィンと妻のエマは、10歳で亡くなったダーウィンの娘アニーに関する闘病記や思いをしたためた一文、遺品や遺髪を文箱に収めます。この「アニーの小箱」が150年ぶりに開けられた事で、ダーウィンの子孫である著者が自らの血脈と存在意義を感じたのか、緻密なリサーチの上纏めあげたものです。
宗教の教えが広く浸透していた時代だけに、妻のエマは来世でのアニーとの再会を固く信じていたのですが、ダーウィンは無垢な少女が無慈悲にも亡くなった事で神が存在しない事を確信するキッカケとなります。そして、アニーは「自然のいたずら」で亡くなったものと考え「自然淘汰」を自ら意識する端緒となったようです。この「アニーの小箱」を軸にダーウィンと家族の一生が描かれた作品のようです。
宗教の教えが広く浸透していた時代だけに、妻のエマは来世でのアニーとの再会を固く信じていたのですが、ダーウィンは無垢な少女が無慈悲にも亡くなった事で神が存在しない事を確信するキッカケとなります。そして、アニーは「自然のいたずら」で亡くなったものと考え「自然淘汰」を自ら意識する端緒となったようです。この「アニーの小箱」を軸にダーウィンと家族の一生が描かれた作品のようです。
ところで、ケインズ経済学に関するウィキペディアを読んでいると、ケインズはダーウィンの「適者生存」の考えを引き継いだ一派には否定的だったと書いてあります。高い木の上の葉っぱを食べるためにキリンの首は長くなったというけれど、高いところにある木の枝から葉をむしることだけを生存の目的の全てと見て、もっとも首の長いキリンだけを生存させることをベストとする考えは間違っているというものらしいです。進化論の否定とまでは書いてなかったですが、自分に関係のある「偉大なる先祖」でも、自論に反すれば槍玉に上げるという姿勢はやはり只者ではないです。
2008/03/20のBlog
[ 17:00 ]
[ Life is... ]
独身時代、夜な夜なうろついていた頃・・・大体似たような人間は集まるもので、黒人音楽好きの仲間はたくさん居ました。
その中の一人Hさんは、剽軽かつ助平心満載の人で、楽しくお付き合いできました。音楽の好みも合う方で、話もよく盛り上がりました。ちょっと、飲み過ぎるとハチャメチャになる人で、女性がはべっているタイプの店でも、スックと立ち上がり、自分の息子さんを紹介したりする人でした。しかし、音楽のツボはシッカリと押さえています。Pファンクのメンバー一人一人の解説等参考になりました。Pファンクといえば私はパーラメントとオールスターズ、彼はファンカデリック盤をより多く持っていたので交換して聴いたりしました。だいぶ助かりました。
又、バンド活動を演っている人達も多数居ました。Hさんもその一人です。ある時クリスマス・パーティー・ライブをやろうじゃないかという話になり、Hさんのバンド(彼はヴォーカルのみ)も聴く事ができました。飄々とした性格同様にナチュラルな歌い口で十分鑑賞に堪えました。「メッシン・ウィズ・ザ・キッド」あたりも下手なヤツがやると力が入りすぎ、乗りが悪くなるんですが、Hさんはリズムに自然に乗りグルーヴが醸し出されていました。興味対象が近いだけに選曲も私好みでした。その内の一つ「ヤング・ボーイ・ブルース」もジワジワとした盛り上がりにわざとらしさがなくシットリと心に沁み込みました。
私の、曲名を覚えない悪い癖は当時から有り、(記憶にはあったのですが)「ヤング・ボーイ・ブルース」がベン・E・キングの曲だと尋ねて初めて気付きました。早速家に帰ってからアルバムを引っ張り出し改めて聴きました。ベン・Eもソフトな歌い口が身上で、彼によく似合った好曲だと再認識しました。
歌詞の内容を考えた事はないですが、タイトルからして、青春の切なさを歌ったものではないでしょうか・・・私もこの曲を聴く時、Hさんや音楽を愛する仲間達と半分バカ騒ぎしている中、時々訪れた切なさを愛おしく思い出します。ヤング・ボーイという歳ではなかったですが、とても良い時間を過ごせたと思っています。
♪サンプル
♪ロバート・プラント版しかなく少々残念。本家より引っ張りすぎ!
その中の一人Hさんは、剽軽かつ助平心満載の人で、楽しくお付き合いできました。音楽の好みも合う方で、話もよく盛り上がりました。ちょっと、飲み過ぎるとハチャメチャになる人で、女性がはべっているタイプの店でも、スックと立ち上がり、自分の息子さんを紹介したりする人でした。しかし、音楽のツボはシッカリと押さえています。Pファンクのメンバー一人一人の解説等参考になりました。Pファンクといえば私はパーラメントとオールスターズ、彼はファンカデリック盤をより多く持っていたので交換して聴いたりしました。だいぶ助かりました。
又、バンド活動を演っている人達も多数居ました。Hさんもその一人です。ある時クリスマス・パーティー・ライブをやろうじゃないかという話になり、Hさんのバンド(彼はヴォーカルのみ)も聴く事ができました。飄々とした性格同様にナチュラルな歌い口で十分鑑賞に堪えました。「メッシン・ウィズ・ザ・キッド」あたりも下手なヤツがやると力が入りすぎ、乗りが悪くなるんですが、Hさんはリズムに自然に乗りグルーヴが醸し出されていました。興味対象が近いだけに選曲も私好みでした。その内の一つ「ヤング・ボーイ・ブルース」もジワジワとした盛り上がりにわざとらしさがなくシットリと心に沁み込みました。
私の、曲名を覚えない悪い癖は当時から有り、(記憶にはあったのですが)「ヤング・ボーイ・ブルース」がベン・E・キングの曲だと尋ねて初めて気付きました。早速家に帰ってからアルバムを引っ張り出し改めて聴きました。ベン・Eもソフトな歌い口が身上で、彼によく似合った好曲だと再認識しました。
歌詞の内容を考えた事はないですが、タイトルからして、青春の切なさを歌ったものではないでしょうか・・・私もこの曲を聴く時、Hさんや音楽を愛する仲間達と半分バカ騒ぎしている中、時々訪れた切なさを愛おしく思い出します。ヤング・ボーイという歳ではなかったですが、とても良い時間を過ごせたと思っています。
♪サンプル
♪ロバート・プラント版しかなく少々残念。本家より引っ張りすぎ!
[ 15:09 ]
[ 本・映画・TV等 ]
「昭和事件史」をテーマにした番組等で何度か観た事が有る映像。1960(昭和35)年、時の社会党委員長・浅沼稲次郎氏が、演壇で「右翼の少年」に刺し殺された事件。強烈な残像は頭に有るものの、事件の内容に関しては正確に把握していませんでした。
本著は、浅沼氏と少年(山口二矢<おとや>)両人がどういう人間なのか、何故取り返しのつかない形で出会わなければならなかったのかといった点を、関係者への綿密な取材と、当時の政治的・思想的背景の考察などで浮き彫りにしています。
右翼と左翼という立場ながら、二人には「共通項」が有る気がします。二矢は大日本愛国党の赤尾敏氏に師事しようと、せめて大学を出てからという赤尾本人や家族の意見を聞かず強い意思で入党します。しかし、左翼勢と争いになっても「決定的なトドメ」を刺さない右翼の姿勢に自分とは違うものを感じ、愛国党内を脱党する一派に紛れるように党を離れ、実際には孤高のテロリストとして生きる道を選びます。左翼の粉砕というテーゼを持ちながら、政治勢力として成り立つにはいくら右翼でも、人殺し集団にはなれません。その政治思想はある意味純粋な少年には伝わりません。二矢は左翼の「トップ」を殺し、日本の赤化を食い止め、自らの命も絶対的地位としての天皇陛下に捧げる(あくまで二矢の考え方です)道を選びました。この事件の後、右翼の間では二矢少年は神のような扱いを受けていますが、右翼思想に幻滅していた二矢にとっては皮肉な事かも知れません。
本著は、浅沼氏と少年(山口二矢<おとや>)両人がどういう人間なのか、何故取り返しのつかない形で出会わなければならなかったのかといった点を、関係者への綿密な取材と、当時の政治的・思想的背景の考察などで浮き彫りにしています。
右翼と左翼という立場ながら、二人には「共通項」が有る気がします。二矢は大日本愛国党の赤尾敏氏に師事しようと、せめて大学を出てからという赤尾本人や家族の意見を聞かず強い意思で入党します。しかし、左翼勢と争いになっても「決定的なトドメ」を刺さない右翼の姿勢に自分とは違うものを感じ、愛国党内を脱党する一派に紛れるように党を離れ、実際には孤高のテロリストとして生きる道を選びます。左翼の粉砕というテーゼを持ちながら、政治勢力として成り立つにはいくら右翼でも、人殺し集団にはなれません。その政治思想はある意味純粋な少年には伝わりません。二矢は左翼の「トップ」を殺し、日本の赤化を食い止め、自らの命も絶対的地位としての天皇陛下に捧げる(あくまで二矢の考え方です)道を選びました。この事件の後、右翼の間では二矢少年は神のような扱いを受けていますが、右翼思想に幻滅していた二矢にとっては皮肉な事かも知れません。
浅沼は庶民的性格から、保守勢力にも一目置かれる存在でした。社会主義活動が激しい弾圧を受けていた時代(本人も拷問を受けたりしている)から只管「労働者のため」活動を行っていました。日本全体に中国反対のムーヴメントが起きている時、訪中団の代表として冷遇寸前の中国で親中的演説を行い、中国政府から友人として見られます。帰国すると反発される事が多く、派閥が連立してできた日本社会党内でも昔からの仲間には総スカンを食らい、逆に社会党内左派からは歓迎されるという形になりました。しかし、中間派や左派の方が力を持ち始めていたので本来ならロートル扱いの“万年書記長”の浅沼が委員長に推挙される結果になりました。面白いのは委員長になったとはいえ人間機関車と例えられた自分の姿勢は変えず委員長という立場ながら全国遊説に駆け回り、民衆の声を直接拾い上げるという日々は続けました。
結局二矢にしろ浅沼にしろ、通過する“思想”は違っていても、思想よりまず実践、目標的には国民のための日本を作りたいという意味では一致していたんじゃないかと思います。もし同じ思想を共有するような立場だったら二人は意気投合していたかも知れません。二矢も浅沼個人が憎いのではなく、左翼思想の壊滅が目的だったのです。
著者のルポルタージュのレベルの高さは今更説明する必要がないでしょう、本書でも事実の積み重ねが生み出す人間ドラマと、見えにくい真実が鮮やかに浮かび上がります。また、暗殺場面に至っては、いかに“偶然”が重なったかという流れも含め、サスペンス小説の域に達する手に汗握る緊張感も生み出しています。
刺殺の瞬間をカメラに収めた人物は日本人初のピューリッツァー賞を受賞したそうですが、その“裏話”的エピソードも面白いです。さすがは沢木耕太郎、細かい事実も見逃しません。抜かりがないです。
結局二矢にしろ浅沼にしろ、通過する“思想”は違っていても、思想よりまず実践、目標的には国民のための日本を作りたいという意味では一致していたんじゃないかと思います。もし同じ思想を共有するような立場だったら二人は意気投合していたかも知れません。二矢も浅沼個人が憎いのではなく、左翼思想の壊滅が目的だったのです。
著者のルポルタージュのレベルの高さは今更説明する必要がないでしょう、本書でも事実の積み重ねが生み出す人間ドラマと、見えにくい真実が鮮やかに浮かび上がります。また、暗殺場面に至っては、いかに“偶然”が重なったかという流れも含め、サスペンス小説の域に達する手に汗握る緊張感も生み出しています。
刺殺の瞬間をカメラに収めた人物は日本人初のピューリッツァー賞を受賞したそうですが、その“裏話”的エピソードも面白いです。さすがは沢木耕太郎、細かい事実も見逃しません。抜かりがないです。
2008/03/16のBlog
[ 21:00 ]
[ Life is... ]
亡き父親の13回忌もまもなくで、書斎をある程度片付けようと思っているから何か欲しいものがあるかと姉が聞いてきました。父はアマチュア無線をやっていて、当時の仲間の方に無線機関係はお譲りする事となっています。私は無線の趣味は無く、価値自体もよく分からないのでとりあえずアチコチをごそごそ・・・文庫本を10冊ほど貰いました。
父は出征一歩手前だったそうで、飛行機の通信士を目指していました。蔵書も戦記物や飛行機物が多く、私の趣味にピッタリという訳にはいきませんが、司馬遼太郎、吉村昭、新田次郎、スパイ物等選びました。沢木耕太郎の『敗れざる者たち』も有ったんですが、これはなんか私の本だったような気もするけど最早正確な記憶が有りません。
今までこの書斎、あまり入りたくなかったのが本音です。家族の皆がそういう感じだったような気もします。父は家に居る時ほとんどこの部屋で好きなアマチュア無線に没頭していました。熊本でも“草分け”的存在だったらしく新聞の「人物紹介」みたいなのにも取り上げられた経験があります。無線をやっている方は古さがお分かりでしょうが「呼び名」も桁一つ違います。
我々家族の心中では書斎=父みたいな感覚なのです。存在感が有るのです。入るのが怖いとかではなく、入るとしばし佇んでしまうような感じなのです。自分がそういう存在になれるのかとふと思います。
さっぱり理数系が弱い私が、父から受け継いだのは猫背と趣味に対する姿勢でしょうか・・・。
父は出征一歩手前だったそうで、飛行機の通信士を目指していました。蔵書も戦記物や飛行機物が多く、私の趣味にピッタリという訳にはいきませんが、司馬遼太郎、吉村昭、新田次郎、スパイ物等選びました。沢木耕太郎の『敗れざる者たち』も有ったんですが、これはなんか私の本だったような気もするけど最早正確な記憶が有りません。
今までこの書斎、あまり入りたくなかったのが本音です。家族の皆がそういう感じだったような気もします。父は家に居る時ほとんどこの部屋で好きなアマチュア無線に没頭していました。熊本でも“草分け”的存在だったらしく新聞の「人物紹介」みたいなのにも取り上げられた経験があります。無線をやっている方は古さがお分かりでしょうが「呼び名」も桁一つ違います。
我々家族の心中では書斎=父みたいな感覚なのです。存在感が有るのです。入るのが怖いとかではなく、入るとしばし佇んでしまうような感じなのです。自分がそういう存在になれるのかとふと思います。
さっぱり理数系が弱い私が、父から受け継いだのは猫背と趣味に対する姿勢でしょうか・・・。
2008/03/15のBlog
[ 19:01 ]
[ はじブラ流 ]
『レココレ』のソウル/ファンクベスト100は、?的意見が多いようですが、そういえば私もソウルオンリーじゃないけど昔50枚選んでました。どうぞイジリのネタにして下さい。因みに順位ではないです。
2004年12月作成の物で、今だったら微妙に変わるなあとも思います。あくまでも私的なものなので一般的代表作ばかりではないです。なぜテンプスやミリー・ジャクソンでこれを選ぶのかというと、彼らの魅力を再認識したアルバムだからでしょう・・・テンプスは時代の取り入れ方、ミリーはプロデュース能力を当盤に強く感じたのを覚えています。
マーヴィン・ゲイは、結構マーヴィン好きな人はこのアルバムを上げています。彼の“グルーヴ”が一番感じられます。ライトニンも『ストライクス』や『モジョ・ハンド』を過ぎてここに至ると一段と沁みるのですよ。
最大公約盤を狙った『レココレ』の気持ちも分かります。でもやっぱり音楽ってのは極めて個人的な嗜好なんでしょう・・・。
2004年12月作成の物で、今だったら微妙に変わるなあとも思います。あくまでも私的なものなので一般的代表作ばかりではないです。なぜテンプスやミリー・ジャクソンでこれを選ぶのかというと、彼らの魅力を再認識したアルバムだからでしょう・・・テンプスは時代の取り入れ方、ミリーはプロデュース能力を当盤に強く感じたのを覚えています。
マーヴィン・ゲイは、結構マーヴィン好きな人はこのアルバムを上げています。彼の“グルーヴ”が一番感じられます。ライトニンも『ストライクス』や『モジョ・ハンド』を過ぎてここに至ると一段と沁みるのですよ。
最大公約盤を狙った『レココレ』の気持ちも分かります。でもやっぱり音楽ってのは極めて個人的な嗜好なんでしょう・・・。
2008/03/09のBlog
[ 20:56 ]
[ はじブラ流 ]
「自分探しの旅」という言葉を時々聞きます。海外等を一人で旅し、いろんな苦労をする事で自分自身を鍛えるといったニュアンスで使われているかと思います。その行動自体は評価すべきですが、「自分探し」という言葉に違和感を感じます。
深遠な響きが有るように思えますが、実体がない気がします。海外経験で自らの成長を実感する事は、自分を探した事にはならないと思うんです。というか、そもそも「自分」は探すものではないと思います。探さなくても元々存在するものだと思うのです。
「新しい自分に出会う旅」という表現ならまだ分かります。「自分探し」もおそらくそういうニュアンスで使われているんだと思います。言葉はともかく内容が伴っていれば問題がないのも事実ですから、拘るべきポイントではないのかも知れません。
もう少し私の気持ちを掘り下げてみると、違和感の正体は、言葉そのものより「自分探し」と称して何となく有意義な体験をしたような気になっている輩達だと思います。この言葉、妙に深みが有るようで、使うだけで安心してしまう響きを感じます。考えようによっては、いかにも現代社会が好みそうな、雰囲気で成り立つ言葉の一つだと思います。しかし、考えてみたら、この言葉を使う人は本当に「自分を探している」のかも知れません。現代社会の激しいスピードや大量の情報、人間関係の希薄さのため、自分の存在が実感出来ないのかも知れません。自分に自信を持ったり個性を磨いたりする前に、「自分」そのものを見失っているんだと思います。
この「自分探し」という言葉や安易に使う姿勢を否定する所から始め、「自分」の姿を実存するものと意識し、他人や社会との関わり、「自分」の人生への処し方等を私なりに考えていこうと思います。何のために書くのかと自問自答したのですが、とにかく書きたいという気持ちが先に立ち、踏み出す事にしました。脈絡がなくなるかも知れませんが、何か伝われば、或いは私自身が何かに気付けば良いかなと思います。
(つづく)
深遠な響きが有るように思えますが、実体がない気がします。海外経験で自らの成長を実感する事は、自分を探した事にはならないと思うんです。というか、そもそも「自分」は探すものではないと思います。探さなくても元々存在するものだと思うのです。
「新しい自分に出会う旅」という表現ならまだ分かります。「自分探し」もおそらくそういうニュアンスで使われているんだと思います。言葉はともかく内容が伴っていれば問題がないのも事実ですから、拘るべきポイントではないのかも知れません。
もう少し私の気持ちを掘り下げてみると、違和感の正体は、言葉そのものより「自分探し」と称して何となく有意義な体験をしたような気になっている輩達だと思います。この言葉、妙に深みが有るようで、使うだけで安心してしまう響きを感じます。考えようによっては、いかにも現代社会が好みそうな、雰囲気で成り立つ言葉の一つだと思います。しかし、考えてみたら、この言葉を使う人は本当に「自分を探している」のかも知れません。現代社会の激しいスピードや大量の情報、人間関係の希薄さのため、自分の存在が実感出来ないのかも知れません。自分に自信を持ったり個性を磨いたりする前に、「自分」そのものを見失っているんだと思います。
この「自分探し」という言葉や安易に使う姿勢を否定する所から始め、「自分」の姿を実存するものと意識し、他人や社会との関わり、「自分」の人生への処し方等を私なりに考えていこうと思います。何のために書くのかと自問自答したのですが、とにかく書きたいという気持ちが先に立ち、踏み出す事にしました。脈絡がなくなるかも知れませんが、何か伝われば、或いは私自身が何かに気付けば良いかなと思います。
(つづく)
[ 20:41 ]
[ 飲み食い ]
熊本は九州なのでどうしても焼酎のイメージが強いのですが、私はどちらかというと日本酒党です。東北地方で仕事をした経験からか、レベルの高い日本酒に色々出会えた事も理由の一つかと思います。
本場の吟醸酒は、水かと思うほど飲みやすく、かといって酒としてのアイデンティティーを持っており、主張はしないが存在感のあるブルーズンソウル・シンガーのようです。
熊本の酒は東北地方の正統的日本酒に比べたらドロッとした感じを持つ事があります。ただ、「香露」と「霊山」だけは昔から好きでフルーティー感と甘みは強すぎかな?とも思いますが、気持ちを集中させて口に含むと、東北でも通用するんじゃないかと思える「美しさ」があります。先日香露の寒造り新酒を買い求め、休日は少しずつ楽しみながら飲んでいます。これで酔っ払うなんてもったいない。楽しむレベルで止めます。
本場の吟醸酒は、水かと思うほど飲みやすく、かといって酒としてのアイデンティティーを持っており、主張はしないが存在感のあるブルーズンソウル・シンガーのようです。
熊本の酒は東北地方の正統的日本酒に比べたらドロッとした感じを持つ事があります。ただ、「香露」と「霊山」だけは昔から好きでフルーティー感と甘みは強すぎかな?とも思いますが、気持ちを集中させて口に含むと、東北でも通用するんじゃないかと思える「美しさ」があります。先日香露の寒造り新酒を買い求め、休日は少しずつ楽しみながら飲んでいます。これで酔っ払うなんてもったいない。楽しむレベルで止めます。
[ 17:11 ]
[ 音楽メディア等 ]
『レコード・コレクターズ』3月号は「ソウル/ファンクベスト100」が巻頭特集でした。その並びで湯浅学さんが書かれていたコラム「日本におけるソウル/ファンク聴取の歴史」が面白かったです。
湯浅さんは私と同じ1957年生まれ。世代は一緒なんですが、大きな違いは向こうが「黒人音楽先進地域」の横浜出身で、私はローカル熊本の出というところ。湯浅さんの記憶では70年ぐらいにレコード店に「ソウル/R&B」の区分が有ったとの事です。熊本のレコード店で白人と黒人がシッカリ分かれたのはだいぶ後の事です。「探しにくいから一緒にすんなよ」と長いこと思ってました。
それはともかく、70年の私はS&G、エルトン・ジョン、カーペンターズぐらいしかレコードは持ってなくて、主な情報収集手段はラジオでした。FEN辺りも熱心に追いかけていたんですが、黒人と白人を区別するというか歌っている人の人種とか考えなかったですね。
個人的な事はともかく、日本全体で「ソウル/R&B」という認識が一般的になったのも70年辺りらしいです。60年代後半の名ライブ番組『ザ・ビート!!!』もフジテレビ系で流れていた!との事。しかし、湯浅さんの話では「数えるほどしか観なかったんじゃないか」との事らしいです。日本に「ソウル/R&B」を認識させたのはビートルズ(来日66年)やストーンズ→グループサウンズの流れが大きいそうです。GSはウチの姉の世代になります。私には姉が2人居るんですが長姉は“正統派”でしたが二番目が少々変わっていてゴールデン・カップスが好きでした(あー、横浜と熊本が繋がった←いやいやそうじゃなくて!)。黒人物を聴くようになってカップスを聴かせてもらったら、いかに「ソウルの伝道者」だったかがよく解りました。
現代R&Bから考えると重要な歴史的転換期「ニュー・ソウル」も渦中においては捉えにくかったらしく、中村とうよう氏や鈴木啓志氏も、批判的な態度だったそうです。ロックに元気が無くなり始めた70年代後半、ディスコの流行という側面も有ってか黒人音楽も幅広く聴かれるようになります。過去の遺産も発掘され始め、日本のリイシュー・レーベル<VIVID>が世界に先駆けスペンサー・ウィギンスやドン・ブライアントをアルバムに纏めるという快挙を成し遂げたのも70年代後半だそうです。私が黒人物にのめり込んだのが80年頃ですから、この辺のアルバムにギリギリ間に合いました。色々と教えてもらっていた4歳ほど年上の人に「この辺は買っておいた方が良いよ」と教えられた記憶があります。
最近のネット社会では色んな検索が出来、情報は十分に得られますが、実際に詳しい人に話を聴く事と、過去の流れを湯浅さんのコラムのような文章で知る事は、音楽だけに限らず何かを追求しようという場合必須ですね。そして、私にしろ、私に色々教えてくれた人たちにしろ、ネット友達にしろ、湯浅さんにしろ、とうよう氏にしろ、各々のソウル観が有り、黒人音楽観が有るんだなあと思うと、それを知る事がまた楽しいんですよねえ・・・。
湯浅さんは私と同じ1957年生まれ。世代は一緒なんですが、大きな違いは向こうが「黒人音楽先進地域」の横浜出身で、私はローカル熊本の出というところ。湯浅さんの記憶では70年ぐらいにレコード店に「ソウル/R&B」の区分が有ったとの事です。熊本のレコード店で白人と黒人がシッカリ分かれたのはだいぶ後の事です。「探しにくいから一緒にすんなよ」と長いこと思ってました。
それはともかく、70年の私はS&G、エルトン・ジョン、カーペンターズぐらいしかレコードは持ってなくて、主な情報収集手段はラジオでした。FEN辺りも熱心に追いかけていたんですが、黒人と白人を区別するというか歌っている人の人種とか考えなかったですね。
個人的な事はともかく、日本全体で「ソウル/R&B」という認識が一般的になったのも70年辺りらしいです。60年代後半の名ライブ番組『ザ・ビート!!!』もフジテレビ系で流れていた!との事。しかし、湯浅さんの話では「数えるほどしか観なかったんじゃないか」との事らしいです。日本に「ソウル/R&B」を認識させたのはビートルズ(来日66年)やストーンズ→グループサウンズの流れが大きいそうです。GSはウチの姉の世代になります。私には姉が2人居るんですが長姉は“正統派”でしたが二番目が少々変わっていてゴールデン・カップスが好きでした(あー、横浜と熊本が繋がった←いやいやそうじゃなくて!)。黒人物を聴くようになってカップスを聴かせてもらったら、いかに「ソウルの伝道者」だったかがよく解りました。
現代R&Bから考えると重要な歴史的転換期「ニュー・ソウル」も渦中においては捉えにくかったらしく、中村とうよう氏や鈴木啓志氏も、批判的な態度だったそうです。ロックに元気が無くなり始めた70年代後半、ディスコの流行という側面も有ってか黒人音楽も幅広く聴かれるようになります。過去の遺産も発掘され始め、日本のリイシュー・レーベル<VIVID>が世界に先駆けスペンサー・ウィギンスやドン・ブライアントをアルバムに纏めるという快挙を成し遂げたのも70年代後半だそうです。私が黒人物にのめり込んだのが80年頃ですから、この辺のアルバムにギリギリ間に合いました。色々と教えてもらっていた4歳ほど年上の人に「この辺は買っておいた方が良いよ」と教えられた記憶があります。
最近のネット社会では色んな検索が出来、情報は十分に得られますが、実際に詳しい人に話を聴く事と、過去の流れを湯浅さんのコラムのような文章で知る事は、音楽だけに限らず何かを追求しようという場合必須ですね。そして、私にしろ、私に色々教えてくれた人たちにしろ、ネット友達にしろ、湯浅さんにしろ、とうよう氏にしろ、各々のソウル観が有り、黒人音楽観が有るんだなあと思うと、それを知る事がまた楽しいんですよねえ・・・。
2008/03/02のBlog
[ 20:51 ]
[ はじブラ流 ]
昨年末頃から「自分探し」という言葉が気になっています。自分を発見したいという思いからではなく、否定的意味でです。「自分」というのは探さなくても“在る”んじゃないかと思うのです。何となく高尚そうな言葉に思えますが、都合よく使われてしまいそうな感じもします。
ボブ・マーリーの音楽を聴いていると、ライブとかで「I and I」という言葉が出てきます。これは彼が考案したものではなく彼の精神的後ろ盾“ラスタファリズム”に昔から存在する表現だそうです。
どういう事かというと、通常「You and Me」という所を「I and I」と言うらしいです。つまり自分以外の他者も「自分」なのです。神(ジャー)の下に同じ「自分」なのです。他者を「自分」と捉えるという事は、相手を下に見たり、逆に卑屈になったりせず「対等」というか同一視する・・・自分が可愛く、自分を向上させようと意識するのと同じレベルで他者に接するという事だと思います。
実際かなり難しい「意識」です。自分の考える事は分かっても他人は何を考えているか分からないし、実生活での人間関係に当てはめようとしても困難な部分が有ります。でも、気持ちの奥の方に「I and I」という考えを忍び込ませておくと、なんだか少し世の中や自分の回りに対する思いが微妙に変わってきます。少なくとも「自分探し」という発想は消えます。
♪ワン・ラブ
♪サイト
ボブ・マーリーの音楽を聴いていると、ライブとかで「I and I」という言葉が出てきます。これは彼が考案したものではなく彼の精神的後ろ盾“ラスタファリズム”に昔から存在する表現だそうです。
どういう事かというと、通常「You and Me」という所を「I and I」と言うらしいです。つまり自分以外の他者も「自分」なのです。神(ジャー)の下に同じ「自分」なのです。他者を「自分」と捉えるという事は、相手を下に見たり、逆に卑屈になったりせず「対等」というか同一視する・・・自分が可愛く、自分を向上させようと意識するのと同じレベルで他者に接するという事だと思います。
実際かなり難しい「意識」です。自分の考える事は分かっても他人は何を考えているか分からないし、実生活での人間関係に当てはめようとしても困難な部分が有ります。でも、気持ちの奥の方に「I and I」という考えを忍び込ませておくと、なんだか少し世の中や自分の回りに対する思いが微妙に変わってきます。少なくとも「自分探し」という発想は消えます。
♪ワン・ラブ
♪サイト
2008/03/01のBlog
[ 18:05 ]
[ Life is... ]
我が家の洗濯機が壊れました。「家電製品十年寿命説」の通り、ヨメさんの話では12、3年使ったそうです。次は掃除機よ、などと予想しております。
十年一昔とはよく言ったもので、10年前の事柄は随分古く思えます。ケータイも10年前は持ってなかったか、トランシーバーみたいなゴツイ奴だったと思います。逆に10年後のケータイはどうなるんでしょう?薄さの極致に到り、シールみたいにペタッと貼れたりして・・・まあ、それはともかく「10年」という時間は「あー、もうだいぶ使ったから買い換えても良いか」と思わせるに十分です。メーカーさん、仕組んだ訳じゃないでしょうけどね。
10年後で一番予想できないのは、自分が還暦を迎える事ですわ・・・むむむ。
♪おまけ
※ちなみに会社から帰ったら新しい洗濯機来てました。
十年一昔とはよく言ったもので、10年前の事柄は随分古く思えます。ケータイも10年前は持ってなかったか、トランシーバーみたいなゴツイ奴だったと思います。逆に10年後のケータイはどうなるんでしょう?薄さの極致に到り、シールみたいにペタッと貼れたりして・・・まあ、それはともかく「10年」という時間は「あー、もうだいぶ使ったから買い換えても良いか」と思わせるに十分です。メーカーさん、仕組んだ訳じゃないでしょうけどね。
10年後で一番予想できないのは、自分が還暦を迎える事ですわ・・・むむむ。
♪おまけ
※ちなみに会社から帰ったら新しい洗濯機来てました。
