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はじまりはブラックミュージック
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2008/07/12のBlog
♪過去記事

社会を駆けめぐる「情報」は、大量化・高速化している。その結果専門的な情報までたやすく得られる為、逆に専門的な枝葉はやたらと詳しいものの、基本的な部分(そこは他分野とリンクする場合が多い)の理解が不十分だったりする事もある。

また、情報の流れが「高速化」すると、クイック・レスポンスが要求され、十分噛み砕いてない状態で先に進まなければならなかったりする。会社の仕事なども、電子メールのやり取りだけで仕事をした気になり、意志の疎通が不十分に終わる場合もままある。

情報の大量化・高速化は、本を熟読したり、人生を熟考したりする機会(長い緩やかな時間)を奪いがちになる。自ら機会を捉えなければ(意志の疎通を試みなければ)、目立ったり面白おかしかったりする部分だけに流され、重要な事も“触り”だけ知って解った気になり毎日を過ごしてしまう。

別に哲学者や詩人になる必要はない。むしろ“内省”し過ぎない方が良いかも知れない。「人間」として素直な反応が有れば十分だ。親の有難みが解ったり、友達に感謝したり、子供が生まれて喜んだり、小説や映画や音楽に感動したりする事で、人間としての厚みが増していくのだと思う。感情を豊かに持っていれば、種々雑多な情報から自分に必要なものは何か予想が付くし、本当に重要なものを見逃さなかったり蔑ろにしなかったり出来ると思う。

「情報」というとメディアから送られてくる物を思いがちだが、日々暮らしていく中で「自分」に関わってくる諸々の事柄も含んで良いと思う。何れにしても、関わってくるものに自ら関わっていこうとするかどうかが鍵である。双方向性を持つということ。「関わり」自体に気付かなかったり、自分に都合の良い関わりだけ取り入る姿勢が、「背を向ける人間」が増えた一因かと思う。

秋葉原殺傷事件の犯人は、「誰かが止めてくれれば良かった」とか「社会に捨てられた」とか発言しているらしい。しかし、ネットの掲示板に自分の不満等を書いていた時、最初の内は同情したり勇気付けたりするコメントも有ったとの事。それが無くなっていったのは、犯人の姿勢に問題が有ったのではないかと思う。彼が気に入る「情報」が無かったのだろう。本当は参考になる事が書いて有ったと思うけど、自らそれを拒否してしまっていたのだと思う。社会に捨てられたのではなく、自分の方が社会を捨てていたのだ。

ネット社会を含め、様々な所で現代社会の“病巣”が語られている。切り口は無数に有り、殆んど全てが有意義な分析だったり、提言だったりしている。ただ悲しい事に、病巣内の人間には不必要な情報なのかも知れない。せめて周りの人間が部外者面せず、「情報」に関わっていくべきかと思う。

「自分探し」という言葉を考察する「まとめ」としては、ピントがズレた文章かと思います。新しいテーマに変わったような感も有りますが、次回も、前段で触れました色々な考察を参考に、現代社会の特徴を軸に考えを進めていきます。
2008/07/06のBlog
話題の人のようです。ジャケの感じからするとダウンホームなラップ系の予感ですが、元々はゴスペル畑の人だそうです。ライターとしての実績もある様子。

ただ、このアルバムはゴスペルというより極めて純朴なR&Bという感じです。ヒップホップ感覚に酔い痴れるでもなく、本格派歌手という訳でもないですが、静かながら強い芯のある歌い口です。少しスローバラード系はポップ寄りになりますが、バランスが崩れるほどではないです。やはりシックリ来るのはヒップホップの楔を打ち込んだ、というより散りばめた感じのミディアムです。

今を盛りのネオ・ソウルというよりは、Gファンクや2パック的な臭いも微かにする、オールドスクールなR&Bに近い感じが逆に新鮮だし、何より本人に地力のあるのが強みです。買う価値十分に有り。

♪マイスペ

♪解説

♪ユーチューブ
[ 16:04 ] [ セッション ]
全国的に暑いようで、皆さんお元気でお過ごしでしょうか?熊本も昨日辺りから遂に夏が来た感じです。こんなに暑くてはたまらん、CDで涼もう?と漁りに行きました。

●アルジェブラ『パーパス』・・・試聴して特に気に入ってたもの。Kana Muramatsuさんのライナーによると、彼女はデビュー当初から多くの人の助けを借りているもよう。ジョーとの兄妹のような関係を始め、キダー・マッセンバーグも<モータウン>を去る時に彼女を連れて行ったり、ブライアン・マイケル・コックスも昔からかなり協力している様子です。色んな人の影響を受けながら、誰の真似でもないオリジナリティーを放つのは稀有の才能です。皆が大事にするはずです。

●ロゼッタ(Rozetta)・ジョンソン『パーソナル・ウーマン』(07年)・・・70~75年の作品に未発表含む。良心的リイシュー・レーベル<ソウルスケイプ>発で、サム・ディーズ曲が殆ど、というのであれば内容はほぼ間違いなし。大体私と好みの近い人が絶賛していたので、買わなきゃなと思っていたものです。元レーベルはバーミンガムのDr. Jesse J.Lewis Sr等が作った<Clintone>。傍系の<Moonsong>発のビル・ブランドン作品も<ソウルスケイプ>関連から出てましたね。両親はゴスペル関係者ですが幼い頃に離婚し、しばらく敬虔な祖父祖母に育てられ、コッソリと世俗音楽を聴いていたという過去。現在はバーミンガムのクワイヤーに所属しており、2003年には来日もしているらしいです。シャウトのタイミングと力感が最高。最初の方の曲はストリングスが若干ウザイ感じですが、途中のジャンプ曲辺りから好いアクセントになってます。忘れてしまうには惜しい人。

●レイラ・ハザウェイ『セルフ・ポートレイト』・・・無駄な冒険をせず落ち着いた感じ。ラサーン・パターソンやサンドラ・セイント・ヴィクター等が参加。もうダニー・ハザウェイの娘という紹介は不要でしょう。これが一番夏向きかな?

♪動画
●3テナーズ・オブ・ソウル『オール・ザ・ウェイ・フロム・フィラデルフィア』(07年)・・・これも買いそびれ。

♪動画

●ライアン・ショウ『ディス・イズ・ライアン・ショウ』・・・これも買いたかったもの。完全に60年代ソウルの世界。ずっとこの路線で行くんかいな?

♪動画

以下は中古。

●ザ・トニーズ(Tonyies)『ライブ・アット・チョコレイト・シティー』(02年)・・・500円のワゴン。トニ・トニ・トニのドウェイン・ウィギンスがトニーズ名義で発表したライブ盤。一応キーボードでティモシー・ライリーも参加。以前試聴して気にはなっていました。まだ聴いてませんがその時は音質が悪かった印象。トニ・トニ・トニファン向けですかね。500円のワゴンに5、6枚有ったぞ。

3枚1000円でゲットした分。

●ボビー・ヴァレンティノ『ボビー・ヴァレンティノ』(05年)・・・気にはしてました。

♪動画

●カール・トーマス『レッツ・トーク・アバウト・イット』(04年)・・・<バッドボーイ>物ってひさしぶり。

♪動画

●トレイ・ソングス『アイ・ガッタ・メイク・イット』(05年)・・・これも気にはしてました。音とは関係ないけど、ケースの「蝶番」の部分がポキッといって蓋がはめにくいです。中古の怖ろしさ・・・。

♪動画
2008/07/05のBlog
♪これまでの記事

前回分で、今後の展開について書いたのですが、いざ書き進めてみたら堂々巡りの上煮詰まってしまいました。ここで一旦纏めに入り、ポイントを何点か出して、書き加えたい事柄が出てきたら膨らませようかと思います。

●「自分」は探すものではなく、元々存在するもの。探すべきは「自分」という「存在」ではなく、自分の人生を充実させるに必要な「何か」である。また、特に人生に於ける目標を持たなくても、日々懸命に生きていれば、十分人間らしい生き方である。

●人間は「考える葦」と例えられるように、弱々しい存在ながら、「考える力」という無限の能力を持っている。更に、豊かな感情も持っている。「感情」は時に怒りや驕り、挫折や悔恨を生むが、それらを意識できれば、それも又人間らしい。

●「考え」や「感情」に理性的なコントローラーが働かないと、「唯我独尊」状態になる。現代社会では特に「自分の考え」に固執するあまり、当たり前の常識が通用しない局面がしばしば見られるようになった。自分の判断だけに沿って生きる事が、自分らしく生きる事だと勘違いしている。さらに、「社会」に所属している感覚を持たない為、ますます自分だけの世界に生きている。

●社会にはコミュニケーションが必要である。コミュニケーションは双方向性がなければならない。自分を主張するばかりでなく、相手がどういう人間なのか、どういう考えを持っているのか、知ろうとする姿勢が必要である。平たいえば“聴く耳を持つ”。「社会」に所属している意識がなければ、自分に都合の好い事のみ聴く耳を持つ結果になる。

バラバラな感じでまとめというのもおこがましいですが、主に考えている事は、「人間らしさとは何か」と「社会との関わり方」の二点です。この文章を書くようになって、それらについて述べられている新聞記事やネット上の意見は気にして読んでいました。特に、人間らしさを奪いつつある社会的特徴に関する事など、考えを固めるヒントになりました。

次回は、社会と人間の“変化”を軸に、印象に残っている部分を自分の考えも含め、上げてみます。
2008/06/30のBlog
[ 23:59 ] [ 掲示板 ]
♪「はじブラ」とは・・・「ブラックミュージック」を軸に音楽についてあーだこーだと考えているブログです。決してマニアックでは有りませんので気軽に遊んでやって下さい。どうぞご遠慮なく、ご意見等有りましたらこちらにコメントして下さい。

♪コメントとトラックバックは「承認制」を採っていますので反映するのに時間が掛かります。ご了承下さい。

♪「はじブラ」のデザインはbooさんから頂いてます。

♪タイトル部分のデザインはOkadaさんに創って頂きました。

♪文中、色が変わっている部分はクリックできます。

♪しまった。しまった。ガソリン入れるの忘れてました。色んな面で油断も隙もない世の中になってます。せめて音楽聴く時はゆとりを持って聴きましょう。今月も宜しくお願いします。

♪今月のリリースはシャンテ・ムーア『ラブ・ザ・ウーマン』。旦那との半ゴスペル・半R&Bアルバム以来のソロ作です。ラファエル・サディークも参加しているようです。

♪こんな所にもいます。mixiHIKATAMAおとなのコラムMyspaceedita読書メーター

♪tessさん主催の「ホテル・ニューハンプシャー・じゃぱん」にお店を出しています。
リンク先から入り、ジャンルの「音楽レストラン・ブラック&ブルー」へお越しください。

♪表記基準・・・アーティスト名・曲名は基本的にカタカナ表記です。データ中心の場合は英語表記を使ってますけど。もし、検索される場合はカタカナが良いかも知れません。文中でアルバムは『』、曲名は「」、レーベル等は<>で囲みます。基本的に採り上げるのはCDで、LP等の場合は特記しますが、何しろ旧い音楽が多いので、気配りが及ばない場合があるかも知れません。あらかじめご了承下さい。

♪「はじブラ」を読み解くキーワード・・・●セルフ・プロデュース能力 ●コール&レスポンスもしくはインタープレイ ●変わりゆく変わらぬもの ●人を聴く ●オールドスクール ●シンコペーション ●エンターテイナー ●大衆の目線 ●せつない気持ち ●モノサシ
2008/06/29のBlog
[ 20:49 ] [ はじブラ流 ]
詩人の使う言葉 あれはなんだろう

詩人の言葉の中で息づくもの あれはなんだろう

詩人が見つめる先にあるもの あれはなんだろう


セゾングループの総帥、堤清二氏は、詩人・辻井喬としても有名です。現在、読売新聞に毎週土曜「叙情と闘争」というコラムを執筆されています。これが中々面白いです。

堤氏は、学生運動家から共産党員、実業家→政治家(自民党)に転身した父親の秘書を経て、まず西武百貨店を任されて、現在はグループの総帥という地位におられます。しかし、出発点は「詩人」なのです。思想活動をしようが秘書をしようが経営者をしようが「詩人」なのです。

「叙情」と「闘争」というタイトルに凄く引き付けられました。コラムの中で様々な経営者や政治家、文学者との縁(えにし)が語られていますが、堤氏は、冷静な視線を持ちながら相手に対する温かさを忘れません。そこに息づくものが「叙情」かも知れません。どんな職業で、どんな考えで生きていこうが、人間や物事に対する「叙情」は失われるべきものではありません。

「闘争」・・・これは「喧嘩」の事ではないようです。「喧嘩」や戦争は相手を打ち負かす為に行いますが、「闘争」は互いの立場(思想・考え)や力を見せ合い闘うだけです。アスリートの理屈です。優劣は決まるかも知れませんが、負けても「全否定」されるものではありません。「闘争」するためには自らの精神を一人立ちさせなければなりません。一人立ちは孤独ではありません。一人立ちは周りの人や物に感受性を持って当たることで形成されていきます。感受性の発揮・・・これこそ「叙情」でしょう。

堤氏のコラムに上記のような事が書いてあるわけではなく、これは全く私の考えです。本当の意味は違うかも知れません。

でも、「叙情」と「闘争」って今の社会にすごく求められている事だと思いませんか?


詩人の言葉は 人間の言葉

詩人の想いは 人間の想い

人はみな詩人にはなれないが 人はみな人間にはなれる
[ 17:02 ] [ オールドソウル・ベテランの新作 ]
レコード棚の端から順番に聴いてます。今回は特に好きなアルバムです。結構奥に入れてたなあ・・・。

●メイズ・フィーチャリング・フランキー・ビヴァリー『ライブ・イン・ニューオーリンズ』(81年)

このバンドはソウルのツボを的確に突いてきます。ソツのないグルーヴを常に湛え、たるまず、性急にならず、ナチュラル感覚で音を漂わせます。フランキー・ビヴァリーの歌唱も、ほどよいザラつきとスムースさが合わさり、ソウル・シンガーのプロトタイプ的歌い口だと思います。

ああ、そうなんだ。この人たち、ソウル・ミュージックの最大公約数なんだ・・・と納得しました。

♪サンプル

♪ライブ映像
黒人女性向けの雑誌『エッセンス』が、95年から毎年ニューオーリンズで行っている(洪水の年はヒューストン)「エッセンス・ミュージック・フェスティヴァル」はブラック系の音楽(&文化)の祭典として有名です。ステージに上がるアーティストも新旧織り交ぜ、毎回のように話題を呼んでいます。たしか、復活したアレサもこのフェスで元気な姿を観せたと記憶しています。

来月29日に、過去の名演を集めたCDが発表されます。『Essence Music Festival, Vol.1: Songs From Our Triumphant Return To New Orleans』というのが正式タイトル。Vol.1ですから続編も期待されます。こういうコンピの場合嬉しいのはレコード会社の垣根を越えて収録されている事。メアリー・J、ビヨンセ、クリス・ブラウン、ニーヨといった最前線の人から、メイズやオージェイズといったライブに定評のあるベテランまで収録されています。正にソウル~現代R&Bの“エッセンス”が味わえそうです。楽しみですね。因みに発行レーベルはビヨンセ親父の所有だそうです。

♪内容

♪今年のフェス

♪サンプル
2008/06/28のBlog
[ 14:37 ] [ オールドソウル・ベテランの新作 ]
世界遺産的ソウルシンガー、アル・グリーンの新録。プロデュース陣は、本人に加え、オールド感覚にも新しい感覚にも通じているクエストラブとジェイムズ・ポイザー。ウィリー・ミッチェルも一枚噛んでいるそうです。<ブルーノート>発。

“甦るハイ・サウンド”と謳っている通り、リズムの取り方、音の軟らかさ、ギターのフレーズ、ホーン・アレンジ等、かつてのアル・グリーンを取り巻いていた鉄壁のサウンドを彷彿とさせます。アルの、悶々としたファルセット・ヴォイスも健在です。

と、ここまでの纏めで済ませて良い感じもします。しかし個人的には、何となく引っ掛かる部分が有ります。とはいえ、私の耳が極めて“保守的”なのも事実。以下の文章を、頑迷固陋な繰り言と無視されても、致し方ないところかも知れません。

堅苦しく書きましたが、自分自身でも「ここまで考えなくても好いかな?」と思う気持ちが有るから歯切れが悪いのです。しかしあくまで自分の意見は意見として書いてみましょう・・・。

先日、ネット友達の方から、アル・グリーンの70年代スタジオライブのDVDを頂きました。内容は素晴らしく、ソウル・ファンなら間違いなく身震い必至のものでした。そのDVDから感じ取れるものが、本アルバムには無いような気がするのです。キーワードは“汗”と“熱”。別にシャウトが多いとかどうかではなく、シンガーとバックの相乗作用によるダイナミズムがあまり感じられないのです。より細かく見ると一つの曲の中に「おー、きたきた」という部分とハイ・サウンドのパーツが並べてあるだけと感じる部分が混在しているように思えるのです。アル・グリーンのヴォーカルも(曲構成の所為もあるでしょうが)70年のようにイントロ→中盤→サビの流れで引き付けるというより、アル節を散りばめているという感じなのです。

ひねくれ者的意見かとは思いますが、ハイ・サウンドに拘らない方が良かったのではないかとも思います。どうしても“あの頃”と比べてしまうんですよ。そういう意味でちょっとハイから離れて感じる部分に逆に面白さがあるような気もします。

ジョン・レジェンド、コリーヌ・ベイリー・レイ、アンソニー・ハミルトンがゲスト参加。中でもコリーヌはご本人のアルバムはあまりピンと来なかったけど、ここでは存在感有り。一瞬アル・グリーンのアルバムである事を忘れます。そういえば前段に書いた事に拘るならジョン・レジェンドみたいに色んな引き出しを持ったアーティストがプロデュースしても面白かったかも知れません。

とはいえ、1、8、10、11は気に入ってます。特に10はブルース濃度が高く個人的にはかなり好き。10、11タイプのオールド味が強いのを最後の方に持っていったというのもこのアルバムのポリシーを感じます。

1曲目(タイトル曲)の「レイ・イット・ダウン、レイ・イット・ダウン・・・」というリフレインが最近脳内で響き続けているのも確かな事実です。

アルが現代に生き続けるためには、ゴスペルに徹するか、マラコに行くか、ジョン・レジェンドタイプの力を借りるか・・・などと妄想してみたりしました。

♪内容

♪制作風景

♪70年代

♪サンプル
2008/06/22のBlog
[ 20:58 ] [ ロック・歌謡曲他 ]
最近、尾崎豊のファンの意見を反映して創ったオムニバスが2枚出たそうで、その内の「バラード編」をヨメさんがレンタルしてきました。

彼の存在は知ってましたが、余りジックリと聴いた事は有りませんでした。この人はとにかく歌を歌うというより、感情をそのままに奔出させている感じです。叫びたいままに叫び、泣きたいままに泣き、囁きたいままに囁く・・・ストレートに彼の気持ちが伝わるというか、彼の世界に飲み込まれるような感じです。

精神科医の香山リカさんは大学で教鞭も取っておられるのですが、学生に尾崎を聴かせたら「うざい」という意見が多かったそうです。なるほど。この人は聴く前に思い入れを持っておくか、精神的に参っているかしないと引いちゃうかも知れません。あまりに剥き身すぎるのです。

実人生も波乱に満ちていたそうで、自分の歌の世界と生き方がある意味一致していたのかも知れません。もう少し余裕が有れば、曲も聴きやすく彼自身もああいった亡くなり方はしなかったかも知れません。しかし、1曲アッサリ目の平均的J-POPな曲が有るんですが、彼らしさが希薄ですね。やはり運命だったのでしょう。

それにしても、カリスマとして多くの若者に愛されていた尾崎豊も現代の若者からすると、少し遠くから眺める存在なのでしょうか?一度こういう音楽を一人でジッと聴くのも良いと思うんですけどね。「うざい」はないと思うよ・・・。