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2005/01/31のBlog
[ 10:39 ] [ コジバシ ]
日本映画の巨匠、小津安二郎は深川生まれの深川育ち。それを記念して、古石場には小津記念館も常設されている。この橋は小津の近親が資金を出し架けられた橋だという。この一族はお金持ちだったんだねえ。オズ作品は独特なローアングルで日本的な情景を淡々と描いたものが多かった。退屈さにあくびをかみ殺しつつ、原節子見たさで映画館に通ったものだった。
2005/01/30のBlog
[ 10:52 ] [ コジバシ ]
いまは高速道路になっている、中央区の楓川に架かっていたのが旧弾正橋。老朽化により、ここ江東区富岡八幡宮裏に移設され、人道橋として第二の人生を送っている。画面下に見える道は遊歩道となっている。狭い橋ながら頑丈に作られていて、明治の人たちの熱い思いを感じさせる。国産の鉄で作られた東京で最も古い鉄橋で、橋げたには菊の御紋章が鮮やかに打刻されている。
2005/01/29のBlog
[ 10:08 ] [ コジバシ ]
交通の要衝、三つ目通りの裏通りで、小名木川に架かる橋だが、この看板のど派手さには仰天させられる。目下改修工事中だが、橋の老朽さを派手な看板で誤魔化してるようで、そのギャップが面白い。三つ目通りに架かる高橋は改装され、近代的な橋へと変貌したが、頭に新のつく新高橋の古臭さとの対比も楽しい。
2005/01/28のBlog
隅田川は永代橋を過ぎ直ぐに二つに分岐するが、その支流にあたるのが晴海運河で、その最初に架かる橋が相生橋である。立て替え工事のため、長い間仮橋だったが、昨年ようやく開通した。深川と月島、佃島を結ぶ交通の要衝なので交通量も多い。橋そのものは実用本意で味もそっけもないが、なぜかこの橋の上に来ると落ち着くのである。ほっとするのである。安心するのである。

仮橋時代、ずっと閉鎖されていた中の島公園も整備されて復活した。この公園は隅田川では唯一の島だったが、今では陸続きになっている。架橋工事が長かったので、実は最近までこの公園の存在すら知らなかった。

2005/01/27のBlog
古石場と木場を結ぶ裏道にある小さな橋である。この橋を過ぎてからなくなってしまう平久川にひっそりと架かっており、人通りも少ない。だからこそ、この派手目の橋柱は目立つのである。同じようなものだけど、左右上下にある石像には微妙な違いがある。
2005/01/26のBlog
富岡八幡宮の裏手を走る仙台堀川に架かる老朽化した橋である。ただ、こんな薄汚い橋なのに、橋柱には昭和初期に流行したアールデコ調の色鮮やかなステンドグラスが亀の形にデザインされている。しゃれたデザインがすっかり埃をかぶって首をすくめていたが、これじゃ、とても幸運など呼んでくれそうもない。
2005/01/25のBlog
[ 15:36 ] [ コジバシ ]
佃にある住吉神社の参道をかねてかけられた橋だった。いまじゃあ、周囲に林立する超高層ビルを撮影するときに、手頃な前景としての役割ばかりが目立っている。赤く塗られた橋って、神橋ってイメージが強いけど、これじゃあ、ちょっとねえ。
2005/01/24のBlog
日本橋川と同じく、中央区を流れる亀島川の河口である。隅田川との間に、無粋な新川水門が立ちはだかってるのが残念だがね。裏道にかかっている橋にしては立派だなと思ったが、やはりね、震災で被害を受けた両国橋の3連トラスの中央部分を補強し、橋幅を狭めてここに移築された因縁がある。結果として江東区の八幡橋に次ぐ、古い鋼鉄トラス橋となった。
2005/01/23のBlog
[ 01:35 ] [ コジバシ ]
隅田川を基点とする日本橋川はまだ、辛うじてその命脈を保っている。「さーて、ドンジリにひけーしが」って大見得を切るのは、南郷力丸だけど、都心を流れる日本橋川のドンジリに控えるのが豊海橋である。永代橋のやや上手で隅田川に合流する。梯子を横にしたような形はフィレンデイール橋と呼ばれ、代表的アーチ橋の永代橋とのバランスを考えた設計である。この橋から臨む永代橋の情景はまさに絶景かなといった趣がある。
2005/01/21のBlog
[ 19:23 ] [ コジバシ ]
この辰巳桜橋は江東区では出色の景観を保ってきた橋だった。それが隣接する三菱製鋼跡地で始まった江東区最大の商業プロジェクトが完成間近となり、巨大ビル群の中に埋没しつつある。この巨大ビルに居住する特定人のための、まるで箱庭みたいな趣となってしまった。