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気仙大工 (ケセン語)ブログ
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2007/12/22のBlog
昭和50年代に建築された建物(50㎡まで無い)のを解体。
日本経済が第一ランドの発展した当時、戦後の「バラック工法」(規制・建築基準法)は「釘・かすがい」で固めて良いという法律です。

そして、現場の作り手は手を抜いて良いという「確認申請」です。
大工がきっちり仕事してきたものを、大工生齧りの人間に、計算式さえチヅツマガ合って良ければ建ててよいと言うこっとだったのです。

それは、「モノ」知らない人間がこの建物分野に参入させた、国の最大責任です。
それが、そもそもの大きな原因です。

今回、解体建物をミンチにせずに、「大工」の手で解体した。
まあまあ、トンでもないことです。
機械解体だったら、1日も掛からずに終わるのが、5人の大工で3日も掛けないと、解体出来ませせん。

解体というより、「釘・かすがい」そして貧弱な羽子板ボルトが、滅茶苦茶に取り付けてあり、それを手ねいに外しさなければ、解体出来ないのです。

これが、現法の最大の弱点であり、その始末は建てぬしが背をあなければなりません。

手抜きを奨励した御国は「廃棄物処理法」などヤヤコシイ法律をばかりつくり、作るときから解体が簡単に出来る方法を確立していればこんな貧弱な建物をつくらなくても良いものを、それは後の祭りです。

経済効率優先の建物などは、出来た時だけで後の始末は、非効率の世界を作り出しているのです。
それが、現在の日本国の姿なのです。

粗大ゴミのオンパレードを作り出した「バラック工法・基準法」はもうそろそろ気がついても良いのではないかと思うのだ。
伝統工法の建物は過大・粗大ゴミをつくらないのです。
孫子の代でも再利用するように考え、骨太の家をつくって来たのです。

見栄張りの結末は、環境破壊・次世代に大きなツケばかりだ。
その穴は誰が埋めるのだ。粗大ゴミだけで沢山だ・・・・・・・・




2007/12/21のBlog
20回まで続けてきましたが今回で、「伊勢河崎のまちなみ」も終わりにしたい。
通りだけでも見学する価値があり、一軒一軒の内部の構造(骨組み)まで見学できたらもっと良かった思うが、それはこちらの我がままというモンで、「伊勢大工」の心意気が、各家の外観から感じられた旅だった。

通りから外れて、現在の大きな通りの角に旅籠が見えてきました。
HPは中止中で詳細はわかりません。
次のブログで「伊勢志摩・松阪のほっとメニュー」照会されていました。

http://www.qn-net.jp/wordpress2/?p=1957

―写真― 外観は見る限りドッシリとしています。

―写真― 歩いてきたとおりです。

―写真― 玄関は「唐破風」如何にも時代を感じさせます。これかもそのままずーと変わることが無い玄関です。

―写真― 個性ある看板文字も凄い。

―写真― 狭い通り側から見上げた外観、如何にも「旅籠」の面影を残しています。


次回は「おかげ横丁」で見たものをブログします。

2007/12/20のBlog
[ 06:57 ] [ 気仙の辺辺(あたりほとり) ]
今年は身近にいた方々が帰れぬところに往く方々が多かった。

自分も3月車で事故って3週間の長い眠りの中で見た虚像を思い出しと、先に往った人が「向い」に来ないのが不思議であった。21日ぶりに目が覚めて、それははっきりと思い出せた。

写真――日の出
寝ている時のその虚像は、中国5千年の歴史の中で4百回もおき、今年はその年に当っているとのこと。
巨風の吹く年だということで、「凶風」その風のせいか行く人方多かった。

家に出入りした、それも真だ若い50代初頭の2人、同級生が1人全て恐い「癌」が原因です。
四転八倒して見ていられないものだった。
痛み止めの薬で幾らか楽にしてもらっていたが本当に恐ろしい癌。

写真――冬の野花如何にも寒そう。

そして寝食をともにした。2年後輩が、飲み会の帰りに帰らぬ人なって朝見つかった。
今日はその方の最後の別れ。・・・・・・

「諸行無常」とはよく言ったものだ。
早朝、松原を歩くと今頃の時間は丁度日の出時間、その光が松の木に当たり輝いているではない。
目が覚める言うことは、今日も生きられる言うことです。

全ての方々、今日も無事であるように願う。・・・・・・・・・合掌。・・・・・・天の恵みに感謝して「合掌」

写真――輝く松林

2007/12/19のBlog
改悪建築基準法は、国交省の役人が責任を取らず、ふんぞり返って一生送れる「龍宮城」だ。
無責任与党の大臣はこの次の「選挙」には絶対選ばない様にしよう。・・・・・完全に怒っているぞ。


【改正建築基準法】「通常に戻るまで時間がほしい」、冬柴国交相が会見

・役人を庇う話でしかないよ。こんなワカラズを選んだところも責任取ってよ。頼むよ・・・頼む

・誰のための法律なんだよ。「国民の生命財産を守るのが基本」で法律を履き違えるなよ。現場を知らない研究者、役人に国民の心などが理解できないのが現状じゃないのか。

日経BP社―建設・不動産専門情報サイト「KEN-Platz」
http://kenplatz.nikkeibp.co.jp/fb/putfeedback.jsp?_PARTS_ID=FB01&VIEW=Y&REF=/article/building/news/20071205/513980/

1部を紹介

怒りの意見

国民の生命と財産を守れなかった建築基準法を改正するのは、誰も反対していない。要はその改正内容に根本的な問題があるのに、国土交通省が 抜本的な改善策を出さないのが、建築関係者の怒りを買っている。構造計算適合性判定に慎重な審査が行われていることに関しては、問題はない。その審査内容が、判定員によってまちまちであったり、実際には、計算不可能に近いことの指摘をされたり、さらには、それに対して反論すると判定員の権限で確認が下りなかったりするのに問題がある。さらには、判定した物についての責任は、判定員になすりつけるやり方に 大きな問題があるのではないか?

建築確認が停滞していると各方面の人々が非難していますが、従来の建築主事が審査するという方法では、技術革新により高度化した構造計算書を審査できないことが明らかになったわけですから、国民の生命と財産を守れなかった建築基準法を改正したのは当然のことだと思います。 また、構造計算適合性判定に慎重な審査が行われていることは、「さらにローン月々8万円」等という記事が出ないようにするためには必要なことだと思います。かなりレベルの低い構造計算書もあり、このまま建築されると大変なことになる言われるものもかなりある聞いています。

★通常に戻るという言い方はどうでしょうか?時間がかかる方法にしたのですから元には戻りません。時間がかかるように変えましたと告知してください。設計者・確認審査機関の能力の問題ではありません。改正された確認申請が正しいと思われるなら。正等な期間と正等な報酬がなければ出来ません

★こんな悠長なコメントを管轄の大臣が言っていたのでは、多くの建設関係会社が潰れてしまうと感じる。あまりに他人事という発言を繰り返すような大臣や官僚を更迭してでも、早急で抜本的な対応を取るようにすべきではないだろうか

今回の基準法改正は独立行政法人の仕事の確保が目的の偽装談合共産主義としか思えない、このような官僚主導の改悪を見抜けず、呑気に振る舞っている大臣は職務怠慢だ即刻更迭すべき!

★私の役人生活の1/3弱が構造審査等の建築指導行政だが、今は違う仕事に就いていて、本当に良かった。国との会議などに出るといつも思ったのだが、国の役人は建築行政がまったく分かっていない。やったことがないのだから当たり前だが、昔は制度改正の時などは特定行政庁の意見をある程度聞いて決めていたと思う。ところが今回は、ほとんど勝手にやったらしい。そのツケを、特定行政庁に押し付けないで欲しい。住民から見れば国も地方も役人は同じで、苦情に対して「国の制度がそうなったので」という説明はできるだけしたくないところだが、今回は、そう言わざるを得ない。

公明、自民には、二度と投票しない。

続きは「KEN-Platz」で・・・・・・・

2007/12/15のBlog
[ 06:02 ] [ 未来が見えた ]
これから先の、「住まい手・つくり手」は法律によるメリット・デメリットでマスマス窮屈な時代に突入です。

(あのアホナ建築士のお蔭です。手抜き確認制度をつくった「お上」の責任は放棄です。こんな御国は日本国だけだ。皆んな国民のせいにしろだ。)

その極致は、「住宅瑕疵担保履行法」だ。真綿で首を絞められ、10年間死ねない制度だ。 「住まい手・つくり手」懐だけ痛むのだ

特定住宅瑕疵担保責任の履行の確保等に関する法律に関して

☆平成21年秋以降に引き渡す新築住宅について、資力確保措置が義務付けられるため、請負契約や売買契約の締結が平成21年秋以前でもあっても、引き渡しがそれ以降ととなるような場合には、あらかじめ保証金の供託や保険への加入を準備する必要があります。


☆対象となる瑕疵担保責任の範囲
 資力確保措置の義務付けの対象となる瑕疵担保責任の範囲は、住宅品質確保法で10年の瑕疵担保責任が義務付けられている範囲です。具体的には、構造耐力上主要な部分と雨水の浸入を防止する部分です。


☆戸建木造住宅(在来軸組工法)の例
2階建ての場合の骨組み(小屋、軸、床)
・基礎
・土台
・床(床板)
・柱
・構架材
・斜材
・小屋組
・屋根(屋根板)
・屋根などからの雨水の浸入
・開口部
・外部からの雨水の浸入
・外壁


☆鉄筋コンクリート造(壁式工法)の共同住宅の例
2階建ての場合の骨組み(壁・床板)等の構成
・基礎杭
・基礎
・外壁
・床板
・壁
・排水管
・外壁
・開口部
・屋根板
・屋根

☆住宅瑕疵担保責任保険が付された住宅の売り主とその買い主等との間で、紛争の生じる場合が考えられます。紛争が生じた場合には、消費者保護の観点から専門の紛争処理機関において、適切かつ迅速な紛争処理が受けられる体制になっています。

しまね保証協会ブログから「しまね木の家」
http://www.shimane-ohwkai.jp/blog/2007/05/11/151203.php

ウオーキングに乾杯!
http://cosumo2918.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_2a53.html

ファイナンシャル・プランナー かやはし陽子 blog
http://blog.livedoor.jp/yokofp/archives/51004016.html

住む方もつくる方も、背中だけが重くなる法律です。

皆様は如何考えます。・・・・・・・・・・銭が取れないのに漬物「石」だけが重くなる。

国会議員は誰のために給料貰っているんだ。
(考えるとアホナ国民からだ、だど)

これで「モタモタ」せずにウハウハ儲かるのは「モンタホーム」だけだ。
大きな口あけて、ザマミロだって「!!闇夜のズバ!!」番組、ウハウハウハウハ
笑いが止まらん。
朝までだ続くウハウハウハウハ、止まらん助けろフザケンジャナイ。




2007/12/14のBlog
日本津々浦々の「住まい手」「つくり手」の皆様各位へ

平成21年秋以降に、跳んでもない「高負担」が待っています。
今回の「改正建築基準法」どころではありません。

キャチフレーズが
「より安心できる住まいの取得のために」という
『住宅瑕疵担保履行法』あと二年先から施行されます。


これは『住まいを求める』方々にとっては、10年間保障される代わりに『高負担』をしなければ成らなくなります。もちろん、『つくり手』も引き渡す時には『保証金の供託』または『保険への加入』が必要です。

この法律
『売主または請負人』平成21年秋から、新築住宅の売主または請負人には、保証金の供託または保険への加入が義務つけられます。

※印 (読まれないような、小さな文字で次のように書かれています。)

※1・ 新築住宅とは、建設工事の完了から1年以内で人が住んだことのないものをいいます。
※2・ 必要なる保証金の額は、法律及び政令で定められます。
※3・ 住宅瑕疵担保履行法人が引き受ける住宅瑕疵担保責任保険法保険をいいます。

新築住宅10年間の瑕疵担保責任を履行の支援・確保の為です。

『買主または発注者』売主または請負人が瑕疵担保責任を履行します。倒産などにより瑕疵を修補できなくなった場合でも保証金の還付または保険金により必要な費用が支払われます。

という大雑把な説明です。
そのためにそのような保証会社が現にできています。

さあ、住まい手の皆様、作り手の皆様、この法律で困るのは皆様方です。
これは、巨大資本の会社でしかできなくなります。

日本の津々浦々の皆様、周囲に10年間完全に保証できる会社が何軒あります。
何時、倒産して可笑しくない会社を数えた方が早いんじゃないの、そう思いませんか。

これは完全に、巨大資本会社の餌食としてしかないのです。

『小さな政府』、『美しい国』のキャチフレーズの中身を開けたらこのようなものが隠れていたのです。

これから、この国で生きる方々は、『巨大資本』『※国』の餌食なるだけです。
21世紀は完全に『※国』1州の仲間入りです

野党はなにやってんの、あんた達ももうイラナクなる時代が来るのが判らないのですか。
埋蔵金をもって、嫁いりするのが真近に来ているのが今後の流れではないですか。・・・・・・・

まもなく「日本国」が日の沈む国になります

もちろん「子午線」の経度も変わりますが。そんな気がする今回の法律だ。


2007/12/13のBlog
2006.10.10ブログ「推定「250年以上前」の茅葺き民家?」の続き
http://www.doblog.com/weblog/myblog/33509/2615889#2615889

1年以上前の「ブログ」の続きです。余間を置きすぎて御免。

解体されるという情報が入り、急遽現場に急ぎました。仙台の大学生らが実習を兼ねて、解体片付けをしていた。とりあえず先に周囲全体の写真で記録です。
学生が顔を真っ黒にして、勢力的に「萱」を運んでいた。

―写真― 道路から前側を見たところ萱が下ろされ、骨組が見えたラッキー

今度は後ろの小高い所から後ろ側を撮影した。
木組みの材料は全体的に細い感じがした。
茅葺民家の工法は、大胆に「投げ掛け梁」が使われ、斜め材が数多く使われた工法です。

―写真― 梁三段を上手く組んでいます。

運よく足場が良いので、小屋組みに登り「投げ掛け梁」の掛け方を写真に、しかし良く見ると全体に骨組みバランスがいい感じがしません。このような形は今まで見られない組み方です。そのような考え方から、やはり相当な時間が経ているのがわかります。

―写真― 作られた年代は推定ですか判断できません。

前の写真と同じ方向から見ました。どちらも土間(居間・炊事場付近)の上からです。
4間四方の土間の真中には柱が建っています。壁の貫なども少なく、良くこれまで建っていられたものだと感心した。現在の「法」から言っても、耐力壁が無いに等しいのです。

このような工法は、茅葺民家としては初期の建方のような気がする。・・・・・・・・・

―写真― 本当に建っていたのが不思議だ。


2007/12/12のBlog
勢田川沿いの石垣に突起ような物が見えた。隣にもある。
船と陸を繋ぐ何か役割か。
石で出来ているようです。何だろう???


隣のも間隔が狭いがやはり同じ形態である。
コンクリートで出来ているのを見ると、余古いものではないのかなあ。??
前の形態とは使用方法が違うようだ。


修復した。土蔵をみて納得。
船との関係、窓から見る視界とこのように出ていることで、視界が広く見える。
恐らく船とのやり取りもこの出っ張り部分が別の役割もかねていたのだと思う。


若しかして格子などは無かったのではないかと想像する。
船が完全に、石垣の傍までつけられないから此処から桟橋を掛けて、
蔵に出入りしたのではないかと思う。
資料館を見れなかったのが、残念である。



2007/12/11のBlog
[ 07:01 ] [ 木造建築 ]
12月03日に書いた「―花御殿―3」ブログの続き。
「箱根・宮の下富士屋ホテル」


http://www.doblog.com/weblog/myblog/33509/2616216#2616216

見学のため廊下を歩くと細かなところに眼が行き、珍しい物に出会いました。
小さな「有形指定登録文化財」と名が記されたものです。

洋館ホテルの廊下の上に、電気のヒュ―ズボックスです。
恐らく大正年間のものだと思います。
「有形指定登録文化財」とは50年経ていると対象になりますがサスガ年代を感じます。
審査に来た方が見つけて、指定したのかは定かではない。

底光をした「シャワー」セット年代ものです。かなり使いこなせたものです。
恐らく、水に一番接する部分のパッキンを交換したらまだまだ使用は可能でしょう。
新品が好まれる時代の中で「レトロ」を感ずる金具です。

洗面の金具も同じです。
毎日欠かさず手入れしても、直角分には年代を感じさせる真鍮の錆び緑素が残っています。
やはり綺麗にするためなるべく直角部分を作らない現代よりは、何故か当時の技術者の意図が感じるのです。
洗面流し陶器は交換しやすいのでレトロは感じないが、金具類は大事に使われているのに、ホテルの心生き、こころ憎いです。

花御殿物語


2007/12/10のBlog
明日11日午後1時半より、「岩手の地域性を反映した住宅づくりを考える」をテーマにした気仙地域意見交換会(岩手県主催)が、「気仙大工左官伝承館」で開催される。

内容
「基調講演」や「パネルディスカッション」が開かれる。

岩手県内には気仙大工が手がけた住宅など、全国に誇れる住宅が数多くある。
これらの住宅の特徴を生かし、「省エネ」や「耐震性」だけではなく、地域に根付いた住宅づくりが求められている。


現在、岩手県は「岩手型住宅ガイドライン」の策定に取り組んでおり、地域の住民や有識者の声を聞くため、意見交換会を開くそうです。

基調講演では、気仙大工建築研究事業協同組合 熊谷 進理事長(㈱紺野建設代表)講演
引き続き、建築関係者3人のパネルディスカッションが行われる。

問い合わせは、岩手県県土整備部建築住宅課 (Tel 019-629-5938)
どんな意見が出るやら楽しみです。
このような催し、毎年のように行われているが、その結果などが報告されたためしが無いのが今までだったのですが、今回のことについてもそのような一過性で終わらないように希望するものだ。

こちら側とすれば、予算が付いたから協力せよは、毎度のことなので本当に地域を考えたものであって有効な施策に生かされるようにして頂きたいものだ。・・・・・・・・・・・?

期待しています。・・・期待しています。・・・・・・期待しています。


川沿いの河の駅周辺には「河崎の蔵」の案内板、「河崎まちあるき」案内図で掲げてあった。
「河崎まちあるき」案内図を見てやはり此処からが始まりだったのだ。
「伊勢河崎のまちなみ通り」の基点は海から川そして陸の文化になったのだ。

―写真― 「河崎まちあるき」案内図

「河崎の蔵」の案内板。
案内の行は。

河崎は勢田川の水運を利用して繁
栄した歴史ある問屋街で、 今も往
時の面影をとどめる蔵がたくさん残
っています。
 河崎の蔵は、堅固な石積みを基礎
とした切妻の土蔵造りで、壁は厚く
漆喰で仕上げられ、防火・耐震・断
熱・保温にすぐれた構造になってい
ます。さらに外側は伊勢地の独特の
黒塗りの刻囲で保護されています。
・・・・・・・・
まだつづきます。

―写真― 河崎の謂れ


「壱の蔵」の川沿いの石垣の組み方は近世に積み上げられたのでしょう。
今風住宅の石垣には、当時、船が着き作業し易く水面すれすれに築いた後が残ってます。
3軒を比較しても、古い部分の石垣ではないかと思います。

―写真― 3軒の石垣から見た工人の後。

やはり4軒目の石垣も、水面すれすれに築いた後が見えます。
恐らく満潮時が境ではないかと思います。
3軒目は近世に築造したのでしょう。
ただ川沿いの道に隔たれて水の高さ、潮目の変化と見れるのか、
また勢田川の水質はかなり汚れており、浄化の為の仕事はどうなっているのか、
水の流れる勢いがないのが残念だ。

―写真― 新旧がわかる石垣


2007/12/09のBlog
[ 06:28 ] [ 気仙の辺辺(あたりほとり) ]
なにが贅沢かというと、地元で取れた新鮮な農産物・魚介類を、
余り時間を置かないで食べられるということでは無いでしょうか。

今日の夕食

「マンボウ」の刺身、イカのような実ですが、食べたら柔らかく口あたりが良い。
それを酢味噌のタレで食べるのが最高の味。変な加工しないのが一番です。

そして、これからから旬の「カキ」、市場に行くのは、24時間滅菌処理するので味が変わります。
しかし、採れた手は全然味が違います。旨い本当に旨いです。・・・・・・御免・・・・エキス一杯です。

後は畑からの「青物」の贈り物、田んぼからの米の飯と、それが最高の贅沢・・・・・・・・

昨夜は、忘年会で気楽な飲み屋に地元で働く面々が1年の大反省で夜中まで気楽に年忘れが・・・・・・出来た。

2007/12/08のBlog
伊勢河崎のまちなみ通りも、終点が近いようです。
商人館と向かい合う「商人蔵」を外からのみ見ました。(休館日で見学できず・・・残念・・・)
そして良く見ると、「壱の蔵」ということで、中に何が入っているんだろう。
見学できないということなると、余計に見たくなるのも人の心だ。

―写真― 「商人蔵」の「壱の蔵」

通りの最後が川の駅「河崎」という看板が掲げてある。
通りの始まりでもあるのかも知れない、昔は船で参宮に来た方々商いに来た方、
この駅で下船してお参りしたのだろうと思うのです。
通りの保存を考える方々が、ここから保存の手を付けたのかも知れない。

―写真― 川の駅「河崎」

通りが終わり今度は「勢田川」沿いに出て、ははんなるほど思った。
この勢田川があってこそ「伊勢河崎のまちなみ通りなのだ。
駅のつくりは、洋小屋つくりで近世になっての建方なのがわかります。
なぜか不思議なところに来た感じです。
江戸時代の風情から※国の西部の町に成ったような感です。

―写真― 川側の洋小屋つくりの駅

川沿いの土手は、この頃河川整備で新設されたのであろうと思うのです。
船が着くのに土手があって船から直ぐ荷揚げ荷下ろしが出来ません。
先ほどの「壱の蔵」の川側に回ってそれがわかりました。
船か荷上げした石の桟橋があるではないの。

―写真― 荷上げ桟橋の面影が残る

近年整備された「石垣」の積み方の良いことに感心をした。
船からではなく、土手を船と見立てれば納得です。
「壱の蔵」の川側の妻手部分です。
収納するのだから、「土蔵」つくりでしょう。・・・・・

―写真― 「壱の蔵」の川面


2007/12/07のBlog
[ 09:36 ] [ 気仙の辺辺(あたりほとり) ]
松原から見た、西北方向(盛岡方面)
あの雲の下は、雪が降っているんだろうなあ。
山は完全に雪降りだろう。