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気仙大工 (ケセン語)ブログ
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2008/04/16のBlog
「気仙大工」ピンチ 建築基準法厳格化の余波

リフォーム研究所(全てを掲載します)・・・・・さんが書いてくれました。

http://refome-lab.sblo.jp/article/10197094.html

構造計算複雑でコスト増 減る注文「技術途絶える」

気仙大工の粋を集めて再現した明治時代の農家。太い柱や梁が使われ、木の温かみが感じられる(陸前高田市の気仙大工左官伝承館で) 厳格化された改正建築基準法などの影響で、気仙地方で伝統的な大工の技術を受け継ぐ「気仙大工」が逆風にさらされている。金属部品を使わず木組みだけで作る伝統的な建築物は、構造計算が複雑で費用もかかるため、ほとんど注文がない状況が続く。関係者は「伝統技術の継承が困難になる」と危機感を募らせている。

 気仙大工の伝統工法は、柱などの接合部分にも金属を使わず、木が持つしなやかさや復元力を生かすのが特長。大きな地震でも揺れに応じて建物がしなり、倒壊を防ぐ仕組みだ。

2000年に建築基準法が改正されるまでは一定の規模以下でなければ建築できなかったが、現在は金属部品を使う「在来工法」と同等の強度が証明されれば、多様な建築が可能となった。

 しかし、在来工法の住宅なら着工前の確認審査は2万円以下で済むのに、伝統工法だと構造計算などで約50万円もかかる。さらに、昨年6月、耐震強度偽装問題を受けて同法が再改正され、複雑な構造計算を要する建築物は、自治体による審査に加えて第三者機関の審査も義務化された。

 これに伴い、気仙大工の伝統建築は「計算や審査の費用を合わせると100万円を超す場合も出てきそうだ」(県建築住宅課)という。施主らの費用負担は同法再改正前の2倍に膨らむことになり、審査期間も約1週間から約2か月間へと大幅に延びた。

―写真― わが国最古の民家箱木千年家 (兵庫県神戸市)
同法改正後、県内の新設住宅着工戸数(昨年11月現在)は対前年度比で約2割落ち込んだ。伝統工法による住宅の受注も、ここ数か月はほとんどないという。
気仙大工らは「よほどこだわりのある人、お金のある人でなければ注文しないだろう」と危機感を募らせる。

注文の減少は、伝統技術の衰退につながりかねない。

陸前高田市の建築士は「気仙大工は年配が多い。この状況が続けば、近いうちに技術は途絶える」と懸念する。
気仙大工建築研究事業協同組合の熊谷進理事長も、「国はもっと地域の実情を考えた弾力的な運用をしてもらいたい」と語気を強める。

 これに対し、国交省は伝統工法に関する強度実験を検討している。データを蓄積し、構造計算を簡略化するのが狙いだ。数年以内の実用化を目指しており、将来的には都道府県による実験データも組み込むことを検討している。

ただ、伝統工法で用いる木材や技術は広範囲に及び、網羅するのは困難な面もある。

 同省木造住宅振興室は「データベースが有効活用されるよう、しっかり整理したい」と話すが、気仙大工にとって厳しい状況はしばらく続きそうだ。

―写真― 箱木家案内説明版

2008/04/15のBlog
改築日記~セルフリノベーション~・・・・・・・・さんが書いてくれました。

http://syakutorimusi.blog.so-net.ne.jp/2007-10-31#comments

伝統工法や先達の知恵 [その他] 題

先の日記で気仙大工のことについて書いたので、
伝統工法についての私の考え方を補足したいと思います。

専門家ではないので、多少勘違いしているところがあるかもしれません。
お気づきの点があれば補完していただけるとありがたいです。

近代建築の考え方と伝統工法や大工さんの知恵、といったものは、
西洋医学と東洋医学(漢方)との関係に似ているような気がしています。
以前知人が、「漢方は中国三千年の人体実験の成果。」といっていました。

とにかくいろいろな物を病人に飲ませてみて、「これが効いた。」という
『経験の蓄積』が東洋医学として成立したというのです。

西洋医学がこれだけ発達した現代において、不治の病とされる
又は原因不明の病気が漢方で改善されることがあるという話は良く聞きますが
建築においても、同じことが言えるのではないでしょうか。

伝統工法も漢方と同じく『いろいろやった中で、どうやらこれが一番強そう。』
という『経験の蓄積』だと思います。

先達の知恵の結晶である伝統工法の中には私たちが学び取り入れていける
『何か画期的な秘密』がまだたくさん隠されているような気がするのです。

そういった意味では、その秘密が解明されて日本の家がより良くなっていくためにも、
これらの工法に生き続けていって欲しい、今現在の『科学的根拠』だけで、
せっかくの宝をつぶすようなことにはならないで欲しいと願っています。

―写真― 昨年2月、初めての伝統工法建物の実大試験――阪神大震災の震動波でも倒れないかった。・・・・・・・不思議ですねえ。
それを法律で伝統工法が悪者扱いされる。

福田総理が党首討論会で何度も言いました。乱用・乱用・乱用・乱用・乱用・・・・・・・・
とどう違うのか・・・・・説明がありません。・・・・・・・・・可笑しな日本国。。。。。


コメント・・・・・・も紹介

あえて極端なことを書きますが、伝統工法は歴史の風雪を経て「ある程度完成した工法」、近代建築は理屈の上で発想されて「いまだ発展途上の工法」だとの認識を持っています。

 ただ、伝統工法と言えども現実には考え方をしっかり学ばれていない職人が建てる場合もあり、見よう見まねで作られた「伝統工法もどき」の家が多々あり、時々地震でひっくり返ったりする場合もあると思っています。

 近代建築については、地震が多く、台風などの強風が吹き、高温多湿な日本での施工実績と言うことになると全く心許なく、地震や屋台風で壊れる度に設計基準が変わり、野地板の結露による腐朽があると小屋裏換気が必需品とされたりを繰り返して、今ようやく当面の信頼性が一応あるとされる段階になってきたに過ぎない工法だと考えています。

 今行われている工法が正しいかどうか?判断できるのは、住宅の寿命を仮に30年とすると30年後でなければ分かりません。(他国での施工実績は、気候風土の違う日本ではあまり参考になりません)

 そしてそれらに対策された工法が正しいかどうかが分かるのは、さらに30年後です。
 今は、新築時の強度ばかりが問題になっていますが、私が現実の災害被災地の現場を踏んだ感覚では、被災を受けるのは新築時の強度以上に、耐久性やに関わる問題が引き金になったものが非常に多いと感じています。
 前に住んでいた家がそうだったのですが、中に入れた鉄骨と木材の熱膨張率の違いで家がきしんだり、金物が熱架橋になった結露、野地板や畳の下に使った合板の結露などの問題が現実に起こりましたし、それらに対する対策の実証が済むのは、今から更に30年経ってからです。
 私は、近代建築をあまり信じていません。
(良く勘違いされがちなのですが、伝統工法と在来工法は明らかに違いますので)

PS.
 伝統工法と言えども、現在のライフスタイルの中ではある程度の断熱性の確保や、新しい建材の使用もせざるを得ませんが、近代建築よりは実証されている部分がはるかに多いと思っています。
 もっとも、冷暖房を前提とした近代建築に比べて、日本の気候風土の中で発展を遂げた伝統工法は、冷暖房の必要のない冬温かく夏涼しい家でもあり、冷暖房の必要な日自体が少ない印象があります。
by たいせい (2007-11-01 12:04)

さすがたいせいさん

>伝統工法は歴史の風雪を経て「ある程度完成した工法」、近代建築は理屈の上で発想されて「いまだ発展途上の工法」だとの認識を持っています。

とても分かりやすいです。ありがとうございます。
by しゃくとりむし (2007-11-01 18:26)


私は建築に関しては「ど」がいくつも付くようなど素人なのであまり良くわかってはいないと思いますが、伝統工法は「柔」で現在の工法は「剛」であるような気がします。
どちらが良いのかはよく判りません。
(違っていたらごめんなさい>なにしろ素人なもので)

「在来工法」と言うとなんだか古い歴史があると勘違いしてしまいますが、まだ新しい(戦後?)なのだそうですね。
自分の家を作ることになって勉強してから初めて知りました。

実は私の嫁さんの実家はそろそろ築100年になります。
(もうなってるかも?)
その家は日露戦争の後建てられたそうです。
これはたぶん伝統工法なのでしょうね。
今でもしっかり建ってますし、これからもずっとそこに建ち続けるものと思います。
私の建てる家なんて100年・・・いや50年すら難しいかもしれません。

伝統を受け継ぐ大工さんがいなくならないことを願います。
法律の方も柔軟に対応して欲しいものです。
by こじま (2007-11-01 21:40)


こじまさん

>その家は日露戦争の後建てられたそうです。

お~すごい!!その家、貫禄があるんでしょうね・・・・

私も伝統工法と近代の工法どちらがいいのかは分かりません。
伝統工法をきちんと理解しているかときかれるとそれも怪しいです。
でも、なんだかとても郷愁を感じるのは私の記憶にある最初の家が
戦後すぐに建てられたものだったからかもしれません。

建築の玄人でも伝統工法について詳しい人は少ないのではないでしょうか。
今の教育は近代建築が主流でしょうし、(私も学校できちんと建築を勉強
したわけではないので分からないのですが)どちらかというと西洋建築の
方に重きが置かれているような気がします。
その辺にも問題があるのかもしれませんね。
by しゃくとりむし (2007-11-02 15:44)


2008/04/13のBlog
[ 06:38 ] [ 気仙の辺辺(あたりほとり) ]
時々通る道端の建物を見て不思議だなあといつも思っていた。
縦に張った「目板張り」仕上げの外壁、板の年輪が浮き出てかなりの時間が経っているのだと思う。

その外壁 板壁に菱形の穴が開いている。

人は何故か本能的に「あな」に興味があるものだ。どうしても、・・・・覗きたくなるという心理が働く、今日は態々、車から降りて何だろうとデジカメを向けた・・・・・・・・穴を見るのが好きなんだね。―ふ・・ふ・・ふ・・・・・・・エロだね。

でも建物の高さが低すぎる。。。可笑しい可笑しい・・・・・・なんでこんなに低いのだろう、近くにいた人に聞いたら「ハバカリ」だと言う。納得・・・・・・だから高さが低くても良いのだ。

道路に面して建っているので、全体も撮った。つくられた当時は茅葺屋根ではなかろうか。桁から上の部分を屋根替えのときに高さを上げて、中2階につくり、軽い物等を上げておく建物に改造したのだと思う。

壁から飛び出した、小屋梁の木口がなんとも良い無い微妙な形を醸しだしている雰囲気がなんとも良いない。

現代の造りとは全然味わいが違う雰囲気がなんとも、・・・・昔の職人のありのままの姿、現在の我々には手間が掛かり過ぎると断られそうだ。柱なんかも自然の曲がりを其のまま、とても現在の建築基準法で、天地が逆転しない限り、このような味わいある造りは出来ない。・・・・・・・悲しい時代です。

今度時間が取れたら、中から外を見てみたい恐らく現在の国を操る方々の姿が見えるかも、視野の狭い現実が本当に見えるのでないか想像する。穴の中から覗く現実などは取るに足らない世界かもしれないと予想する。・・・・・・・・・・・夢かも。


2008/04/12のBlog
刻み加工場から大講堂建設地の裏側に案内され、「礎石の時代変化」の説明を聞きました。

歴史を遡るほど基本に忠実な考え、そして仕事がなされていたのだと。

それが段々簡略化され、(現在は手抜き)加工も何とかなるだろうと言うようになって、究極は最初の考えとは逆な工法になってしまったのだそうです。

歴史順に並べられたのを見ると正にその通りなのです。

最初はダボが出っ張りで加工され、それは「石と木」を繋ぐためとズレを考えたのです。そして「石と木」一番の天敵、水の浸入・乾燥を考えての工法だったのです。本当にそうだったのです。

理想な礎石つくりは手間が掛かります。それが時間と共に変化して時間短縮が手抜き工法に変化した。

やはり人と言うのは欲張りなんですね。少ない時間で物をつくるの追求すると、究極には手抜き工法になってしまうんですねえ。

2008/04/11のBlog
奈良薬師寺大講堂の建築中、刻み加工している作業場で、巨大柱が何本も横たわっているのを見た。
喉が、ゴクッテ・・・・・・鳴っていますわ。2003年大講堂は完成しています。
千年も持たせるとは、大変なことなのですね。

我々の仕事は年月20分1の満たない仕事ですから、とてもとても比べられたものではない。
戦後一貫して手抜き工事を奨励されてきたものを、法律を改正して200年住宅などと、勝手に決める愚かさ・・・・・・・・・溜息ばかり。

直径67cmの丸柱、材料は「台湾檜」、今では輸出禁止ものです。
まあ良くも此の位の材を揃えたものです。神仏の信仰の魔力と偉大さを感じた。
千年以上を経た檜です。またひび割れも凄い、人さし指が完全に入りました。

加工場の宮大工さんから聞いたら、25年後にはもっと割れは小さくなるので其のままにして置くのだそうです。現在の民間住宅なら完全に、木を知らない施主に瑕疵で訴えられますね。 恐ろしい時代です。・・・・・・・・25年も経たらその住宅は消滅しているかもわからん時代です。

最後に柱仕上げは「槍鉋」での仕事を見せてくれました。

2008/04/10のBlog
[ 04:55 ] [ 節・節 ]
毎年「太陽と月」の動きは間違いなく来ます。
4月8日は旧暦の「3月3日」ひな祭りでした。
我々の気仙も、間違いなく梅の花が咲き「節句」を祝う。(新暦とは1ヶ月以上のずれ)

20数年前、親戚が「節句」を事情があって、後日に延期して行った処、餅を詰まらせて帰らぬ人となったことがあり、やはり「節々」は特別な事情がないかぎり行うことにしている。
材料を揃えるなど面倒などと言わず餅の量の問題ではなく、1年の季節行事を延期するべきではないと感じるのである。

「餅」は田んぼ、「小豆」は畑、量は少なくても、損得ばかりでは自然界からの恵みを否定してはいけないのではないのか。足元を忘れた現在、先祖から言い伝えには大きな意味と意義があるのではないかと考える。畑や田んぼから恵みにやはり感謝しなければならない。足元の荒廃がいちじるしいのは、自然界からの恵みを否定するのが原因ではないのか。

まあ愚痴を言っても、世の中は成るようにしか成らない。

まあ今年の一番、「海の幸」ほやほやの「海鞘」が届けられました。
海から上げたばかりの超新鮮なのは味が良い、これから6月ごろまでのは、最高の味です。
何が入っているか判らない、どこかの国で加工されたものばかりを食べていると、「身体」も「頭」も可笑しくなるのではないのか。
現に「お国」の舵を取る「政治」が混乱しているのも「食」ではないの。去年20日も食べずにくらした経験から、どんな点滴よりも、口から入る物が一番身体に良いのを経験した。変な加工物に気をつけないと、変な法律で年をとると「姥捨て山」に行かなきゃ成らないお国なりましたよ。


2008/04/08のBlog
[ 05:28 ] [ 未来が見えた ]
我々のブログの下の欄にある。
こちらと関係のない「コメントとトラックバック」に、毎日書き込む輩「ヒマな方」がきますが。

ログイン→記事を書き込む、「管理メニュー」設定個所→Dobuiogクリック→3つの受信設定の3番目に・・・・・・コメントとトラックバックの承認設定・・・・・・・とあるのをご存知でしょうか。

ここに――チック――を入れると、こちらが承認しない限り公開が出来ません。早く設定しましょう。

記事の [送信]の下に、赤文字で

ブログのオーナーはコメントを承認制にしているため、あなたがお書きになったコメントは、オーナーに承認されるまで表示されません。

後でマトメテ「掃除機」をかけると・・・・・・楽になりました。

今日、ログインしたら前からのおなじみさんが1日に何回もアタックして満載に書かれており、とてもこちらの記事とは関連性がありませので、申し訳ありませんが大量に削除させていただきました。・・・・・・・・・コメントご苦労様です。

今後、こちらのブログと関連性が出来る内容でコメント下さい。記事の中のアドレスに行く気にはなれませんのであしからず。・・・・・・・・・


2008/04/02のBlog
2008年4月1日 

「エプリルフール」を予測したかのような「天」はとんでもない 馬鹿の大風

漸く、今朝「月・日の出」前には、大風が収まった。

言い伝え―昔からどんな風でも、「月・太陽の出・入り」までには収まるものだと教えられた。)

今日も夜が明けた。天気快晴


日本国国家の舵取りは、操舵するものと舵が壊れて、1ヶ月航行不能で「地」は狂乱の真っ盛り

戦後60数年、「驕る平家久しからず」
(詳細 http://www.sanabo.com/kotowaza/arc/2005/02/post_471.html

祇園精舎とは

『平家物語』冒頭部分

祗園精舎の鐘の声、
諸行無常の響きあり。
娑羅双樹の花の色、
盛者必衰の理をあらは(わ)す。
おごれる人も久しからず、
唯春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、
偏に風の前の塵に同じ。


ぎおんしょうじゃのかねのこえ
しょぎょうむじょうのひびきあり
しゃらそうじゅのはなのいろ
じょうしゃひっすいのことわりをあらわす
おごれるひともひさしからず
ただはるのよのゆめのごとし
けきものもついにはほろびぬ
ひとえにかぜのまえのちりにおなじ

口語訳

祇園精舎の鐘の音には、
諸行無常すなわちこの世のすべての
現象は絶えず変化していくものだという響きがある。
沙羅双樹の花の色は、
どんなに勢いが盛んな者も必ず衰えるものであるという道理をあらわしている。
世に栄え得意になっている者も、その栄えはずっとは続かず、
春の夜の夢のようである。
勢い盛んではげしい者も、結局は滅び去り、
まるで風に吹き飛ばされる塵と同じようである。



歴史は繰り返すと教えられて来たが、今、正にその通りになってきた。

直近では、明治時代からの「軍備拡大」による、軍国主義、堕落崩壊第2次大戦よる戦後の混乱と同じ道が待っている

300年の長期政権による堕落、江戸時代末期からの「明治維新」、西洋カブレの発生

平家没落の象徴「驕る平家久しからず」の言葉を生んだ平安末期。

天台・真言宗、僧の堕落の往く末、その後各宗派の誕生・・・・・・現代は何とか真理教の誕生 歴史は繰り返し。

その後、南北朝を経て江戸初期までは「混乱・狂乱」の時代に明け暮れたのである。

戦後復興の経済加速の崩壊が現実、無責任官僚国家の崩壊が現実になってきた。

(どうせ往く処まで行くしかない、加速した物体を止めるブレーキはない。自己崩壊しかない。
何かにブツからないと止まらない、車が暴走したのを止める道具がないのだ。加速経済の崩壊だ)

全てが、有権者が選んだ結果ではないのか。政治の混迷は担当者ではない。

それを選んだ有権者の多くの心が支配しただけで、誰も責任が無い。

「天に向かい唾をした」報いが現実になっただけだ。

歴史が物語、宗教者の政治参加は、国の崩壊の始まりである。

全てにおいて、「中道」でなければならないのが世界の趨勢である。

「驕る平家久しからず」は堕落の象徴、何度でも言う、その道に間違いはないのだ。

自ら腹を起て、怒っても成るようにしか成らない。値上げしかないこの4月、値下げものに行くのは当然ではないのか。

この国は「無責任国家」を証明したのだから、皆、今のうちに生活防衛しないと、次に来るのは崖プッチの上に起つのが目前、サア是から飛び込むのか、撤退かどっち選んでも大変だ。

どっちにしても止まることが出来ない。明日の朝も 確実に夜が明ける。

2008/04/01のBlog
[ 05:48 ] [ 気仙大工 ]
この松の「木」の形を見てください。
今の世の中、特に今月(4月)の日本の状態と似ていませんか。
どの「幹」が、本当の「幹」なのか???所詮根っこ一つ。

前のブログに出た写真

色々な木がバランス良く育ちのが、一番ではないのか。
世の中も木もバランスが欠けたら、今の世の体たらくと同じだ。
誰の為の「政」なの・・・・・・・・ふくちゃんしっかりしてな。

本当の「木」と言うのは、このように根元からしっかりとした形でなけりゃ。

戦後60数年、密植に植えた「木」を皆伐だけにするのか。
都合の良い木だけにするのか。・・・・・・さわいちさん、しっかりしてな。

デないと上に行くほど枝が栄えないと違いますか。
「幹」は枝が繁毛してこそ太ると違うの

それを「メタボ」なんて、国民に言う前に
国家のほうが急激に発展したメタボではないの。

どんな木でも「水」がなければ育たないんじゃない。
大事な「水」を忘れて何じゃらホイだ。・・・・・・忘れられた「民」よ何処え行く

川上にゆく・・・・こりゃ大変だ。

油がないと生活できない世の中にしたのは誰ですか。
その油に枝葉つけて「税」を取る。
どうせここまで来たのだから、所詮燃やししかない。
トコトン、今月は皆で「火」に「油」を注いで「大騒ぎ」したら。
くだらないマスコミさん、もっと大騒ぎしたら、その方が儲かりまっせ。

「油×税」で、日本炎上・・・・・・・・・そう言いばコンナ歌の文句がありました。

星野哲郎 船村徹 これも名曲

「女の宿」・・・・・・・与・野党に・・・・ハメタラ

思い出に降る 雨もある
恋に濡れ行く 傘もあろ
伊豆の夜雨を 湯船で聞けば
明日の別れが つらくなる

たとえ ひと汽車 遅れても,
すぐに別れは 来るものを,
わざと遅らす 時計の針は,
女心の 悲しさよ

燃えて火となれ 灰になれ
添えぬ恋なら さだめなら
浮いて騒いだ 夜の明け方は,
箸を持つ手が 重くなる

誰の為の「政」ごとなんだ

大恋愛になる・・・・・・失恋なるか―――再議決・・・哀れか
判らない。




2008/03/31のBlog
昨年の3月30日夕方、ベッドに横たわっていると担当医が来て明日退院しても良いと告げられた。
21日間も麻酔薬によって、別世界を彷徨って来たのが、突然の言葉にビックリ。
まだだろうと思っていたのに、31日午後にはOK・・・・・・・・・・ポーカーンでした。

―写真― 3月30日 病院の中外を写していました。三陸道が見えます。救急車緊急道
まだ、麻酔からさめ、ようやく食事にありついて、5日目トイレに行くにも足がふらついている状態だったが、娑婆世界に本当に戻れるものかとも心配したのが、1年経って何とか多くの方々の励ましご心配かけましたが、何とか1年を無事過ごせたことに感謝しています。ありがとうございました。

―写真― 3月30日 病院の中外を写していました。大きな駐車場


薬だけの身体の維持では限界がり、病院での食事、口からの食べ物が一番と言われ、10数キロ体重が落ち、多くの方にスリムになったので、この機会に、痩せた方が身体のためには良いのだといわれましたが、生来骨太に付いた筋肉、とても力が出ません。毎日の高田松原周遊ジョギングにより足腰もなんとなく良くなり、それと共に、体重もたちまち増え、現状維持は本当に難しい。

―写真― 3月25日昼と夜食事、時の経つのが早いものです。


あのまま別世界にとどまれば、この3月は「一周き」だったかも知れないのです。
本当に生かされたことに「感謝」しています。多く皆様、ありがとうございました。

―写真― 3月25日昼と夜食事、時の経つのが早いものです。

2008/03/29のBlog
[ 07:34 ] [ 節・節 ]
我が町の広田湾は3月の中ごろから、夜のシラウオ漁が5月中ごろまで続くのです。
同じような名前の魚ですが全然違う、シラウオは湾の真水と海水交わる地点に集まり、集魚灯の灯りで採りますが、その中にはシラスが混在しシラウオと選別しないと価格が大幅に下がる。そこで漁を終えると総出で選別作業が行われ、シラスは自家消費に回る。

そのシラスの採れた手を昨夜は分けてもらいました。生で食べるのは最高です。酒が捗る。
シラウオは高級魚なので、首都圏方面の料理屋さんなどに流れて地元の方々には口には入りません。

またこれからは、広田湾に流れ込む川口の上付近の、気仙川白魚漁も始まり、懐中電灯と細かなタモをもって夜通し漁がなされ、川の岸付近には網を立てて、タモですくう漁です。そして生きたママ食べる「踊り食い」が評判なのです。以前は網でも採っていたのが、今は細々で漁が行われで入るのみ。

―写真― シラスの生食味は酢味噌たれです。美味しい

シラウオ サケ目 シラウオ科
シラス イワスの稚魚
白魚 スズキ目 ハゼ科の成魚

皆違うんですね。

シラウオ
http://fishing-forum.org/zukan/trhtml/003464.htm

シラス
http://www.nakazen.net/shirasutte.html

白魚
http://www.maruuo.co.jp/odorigui.htm

2008/03/28のBlog
我々「職人がつくる木の家ネット」は関連した他の4団体と連携し、昨年6月20日に施行した「改正建築基準法」について、施行直後から、お国に性急した内容の色々な矛盾を質問して来ましたが、いまだに全部の回答がいただけていません。

「職人がつくる木の家ネット」
http://kino-ie.net/index/index.php?cat=19

「安全」という言葉のみが先行した内容に、多くの国民は長く掛けられた梯子を外され、他国(米国)との政府間約束のみでの改正は、「木」の文化と先人が繋いできた文化の崩壊を意味した内容なのです。
資源小国の我が国にとっても重大な問題を、アメリカとの卑劣な奴隷約束を政府が履行したに過ぎないのです。国の発展などはさておき、殺掠武器で脅迫しかできない国との約束をした売国奴政府ではないのか。

それで国民の生命・財産を守られるはずが無く、我々の「木の文化」は、地球資源を食い潰し大国のやり方と違うのだ。
使えるものは何時までも使ってきた文化なのです。経済発展とは銭が右肩上がりなれば経済が発展していると錯覚社会に気がつかず、ただ同然で他国から輸入した材料が大手を振って歩いてきただけなのです。
銭の使い方を誤って、その方向にしか眼が行かない政府・官僚の無能さが伝統文化まで抹殺して「200年住宅」などいう、3年先も見通せないで得て言う愚かさに飽きれ、開いた口が塞がらない。・・・・・・・・・・・・・・続く

ネットで読んで下さい

伝統構法未来につなげるためのアクション

http://kino-ie.net/action/index.html

世の中の8割の家は「既存不適格」

http://kino-ie.net/dentoh_061.html

―写真― 明治初頭のハネギ工法民家、この家でも200年経っていないのです。それが「200年住宅」なんてアホか言う以外にない。


2008/03/27のBlog
盛岡通いも昨日で1段落、まもなく到着地に近い盛岡不来方城のそばを走行中信号ストップ、曇り空の早朝、木々も芽吹き始めた。車の中で聞いた桜の開花予想は4月14日頃になるとの予想だそうです。
2人も抱えて大変だったのが、何とか今日、気仙に1人は帰ることになった。

25日の日に浜まで行って、ワカメのメカブを分けて貰った。
早速その夜、新鮮な内に細かく切刻んで、熱湯を通して保存に。

春の新芽は、畑・山・海と最高に身体に良いのです。安くて色ばかり良い、どこで生産されたのかも判らないお国で作られたものと比べても、全然違います。安くて上手くてなんて言う詐欺みたいなものを口に入れるから都会人は狂ってくるのです。

―写真― 左手が材料の茎から話したメカブ、右が刻んだメカブ