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気仙大工 (ケセン語)ブログ
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2008/04/25のBlog
[ 07:02 ] [ 木造建築 ]
家つくり「伝統構法」とは何ぞや?・・・・・・・いう議論が今、我々の中でされています。
それとは、「自然界」の動きに抵抗しない「構法」であると思う。

過日、国交省での話し合いの帰り、皇居のお堀に植えてある「柳」の木が風に吹かれ、枝がなびいていた。枝は風下に流れ、枝の付け根は「枝」を支え踏ん張っているだけです。一番大事なのはその付け根が確りしていれば、枝は常に風下に行くよう受け流しているだけです。

(余談・・・柱・横架材を繋ぐ「ホゾとアナ」の根本を知らなすぎる。今の時代「男・女」と似ているような気がする・・・・・・・・ホゾが短く・アナが浅くて持たないよ。だから「金」金物が必要であり,一度の大事に耐えても、2度目は無理だろう。だから直ぐに離れる。それに似ていませんか。「金の切れ目が縁の切れ目」と言う言葉。「悲劇」ではないの。・・・・・・・自分だけだろうか。)

伝統工法とは「木」の持っている柔軟さ(スプリングのような)を生かした工法であり「柱に貫」、垂直材の柱、水平材の貫の柔らかさが、倒壊を防いで来たのであり、柱を「斜め材工法」(筋違)で支えるバラック工法とはそもそも次元が違う発想であり、その次元に現基準法を当てはめての議論は「水に油」では異質である。

もちろん人間は大地震に抵抗するなどは愚かな事であり、昔からの木組みの工法は、その場所、土地に置かせていただく構法であり、現在のように、その場所にしがみ付くような考えは無かった。それ以上は人間の及ばない世界であると考えていたのだ。その辺りが分岐点ではなかろうか。

―写真― 水平加力実験、柱がスネークした。動いているのを見せられなくて残念。

2008/04/24のBlog
先人気仙大工、100年以上前に作った木組みのおさめ方を見ると、現代のように1本1本の木材の年輪を破壊製材したやり方ではなく、木が育った姿に近い加工刻みを行っていると言うことです。

現在のように、効率第一主義とは根本から違うのです。木の持っている力を最大限、かつ有効に使用してきたから、100年でも200年でも耐えてきたのであって、木組み、木組みと簡単に言いますが、1本1本の木の特長を知らずに語るのは如何かと思うのです。

現代の工法は、丸太からどれだけの有効にお金に変えるかとのやり方で、使用するから色々な障害が発生するのであって、極論ではないが、丸太組工法が一番木の特長を生かした工法ですが、それが全て良いとは言いません。

神社仏閣の仕事を見れば解るとおり、丸太を八角に製材するのは、外側に近い「白太」部分だけを削ぎ落とし、「赤身」部分を使うから耐久性を増しのであり、横架材などの外側に白太が入ると腐食が早く、耐久性はないに等しいのです。

構造材として使うのなら、材巾・成の割合が1:1、1:√2、1√5、に近い寸法で使用するのが一番丸太の年輪破壊少なく、現代のように、垂直加重を支える為に成だけ大きくするから横からの力に弱く、ヘンに補強するから木材の強度が弱くなるのであり、もっと自然界の成長を勉強せずに、変な者書きから知識がはびこり、それを規制した「法」が余計に世の中をややこしくしているだけなのではないのか。

割合とは「黄金分割」からの数値であり、それは「人」にも当てはめることであり、「八頭身」美人だって「黄金比」からではないのか、それがスタイルが良いのであって、現在ように細ければ良いなんての錯覚は、幻想であり、自然界では生きてゆけないのではないかと思う。痩せたのは材木だけではなく「人」も段々貧弱になっていくなんて、日本も先が見えて来た観がする。。。(最後は世迷言)

―写真― 3枚とも骨太のつくりが自然じゃないの。・・・・・・・うん伝統構法・・・・わかんネエ。


2008/04/23のBlog
[ 06:28 ] [ 気仙大工 ]
先人気仙大工が100年以上前に作った木組みの家を見学させていただきました。
建物の角(隅)桁・妻桁方向に掛けられた、ケセン語で「すみごおり(隅紅梁)」(現在の火打ち梁・しかしこの家の角に1ヶ所だけです。それで十分役目を果たしてきたのです。)

この家のようなダブルでの「すみごおり」は初めてみました。特に珍しいつくりです。
でもこんなに複雑な木組みを良く考え出したもんです。・・・・・・・・伝統構法とはこのような建物ではないのか。

この写真の木組み、12m材の「がんぎょう(丸桁)」(ケセン語)です。近くの山(400mくらい)からです。
確りと組んだ工法に、組立て中の仮の筋違は「無用」・・・・・長ホゾだけで、柱1本1本が自立しています。現在のプレカット工法ではとても仮筋違のお世話にならないと組み立ては出来ません。労災関係では先行足場を要求され、このような組み立てにも勿論必要ですが、貫が入るために登り降りに使えます。

伝統工法の組み立てた建物は組み上がった後もシンプルです。

現在のような余計な斜め材「×・工法」とはここが違うので「イラネイ」です。
そして、現在のあの無駄な金物まで省けます。もちろん将来解体・再利用可能です。

これで100年以上持ったら、金物工法の3倍以上、耐久性を考えたら工事費が大幅に安くなると違いますか。30年を基準としている現在の住宅は、坪当たりしてもこのようなつくりの3倍以上の高価な家づくりをしているんじゃないの。・・・・・・・・伝統工法万歳万歳・・・・
その前にこちらがバンザイして終いそうだ。――昨日の写真の家と同じです。

2008/04/22のBlog
この国の混乱・・・・・・・手を合わせて神仏を拝む以外にないのか。

建築基準法改正リンク」→から、全部を読むとわかる

最後の行のコピー

現在の改正建築基準法をめぐる混乱の収拾をつけるためには、改正前の、最終的には国がある程度の責任を負った制度に戻すしかない。

法治国家において誰が新しい建築を許可したら良いのかといえば、国が許可するしかないからだ。

許可するということは、そこに責任が付随することは、免れようがなかろう。

そのときに障害となり問題を複雑にし、解決を困難にしているのは、その前に起きた姉歯の偽装事件において、国が自らの責任の一端を認めていないという事実である。

国が過去の過ちを認めるところから出発しない限り、この国の建築行政と関連業界は迷走を続けるであろう。

今日の改正建築基準法問題を招いた原因は以下に集約される。

一、改正のきっかけとなった姉歯事件に関し、総括が終わっていないにも拘らず建築基準法の改定を急いだこと。

一、立法側の建築生産に関する理解不足

一、建築構造設計者および構造設計の専門家の人員不足

一、誰もが責任を負わない建築確認になっていること。


官僚と政治家は、国民全体の立場を理解できないから、自分らの目線でしか国益を見通せない”悲劇”と言うしかないのだと思うのだ。

国務大臣の目線は自分らの都合が見え見えであり。偽りの宗を語る人なのかも知れない。・・・・・・信頼・信用は疑問だ。・・・・のう「にちれん」さんこんなはずではなかったはずだ。

2008/04/21のBlog
昨年改正された「建築基準法」は、本来「木組み○型工法」で有るべき木造建物つくりが、安全~安全のお題目を唱えた国の改正弾圧法によって「罰天 天罰工法(×・・×工法)」にしないと、お国から×天罰×を貰うことになった。

4月1日に行われた、「改正建築基準法はいりません!!」というシンポジウムが東京で開かれ、参加した建築設計者らは改正建築基準法に「NO」の意思表示を明確にした。 (写真―これも「×点」ですよねえ。)

記事
建築家らがシンポで改正建築基準法に「NO!」
・・・・・・写真を拝借しました
http://www.news.janjan.jp/living/0804/0804084470/1.php


トニカク、ヤタラメッタニ筋違を入れて「×××」で固めたら良いとの法律です。
学力テストしたら答えがなっていないから、先生から「×××」ばっかり貰ったら合格なんだって、不思議なテストだ。・・・・・・それで合格なんだって。・・・・こんな難しい問題の法律を苦労して確認に出したら、「×・・×」工法が 合格・合格・・・・・・・超嬉しい~~~

でも大工は悲しいよ。涙もでぇなえ。

「×・・×」工法、これから先「大工」を目指し若者がいるのかなあ。

法律を考え、つくった方々は、毎日はるんるん「◎・◎・◎」の暮らしが出来るから良いよなあ。
本当にルンルン超嬉しいよ、税金が、◎◎何でも完でも懐にガッポガッポだもんねえ。
若者はやはり面倒しないで暮せる「◎・◎・◎」工法のを選ぶのが賢明だよなあ。


「罰天 天罰工法」(×・・×工法)に異議をとなえる記事

4/1 緊急シンポジウム「改正基準法はいりません!」

http://kino-ie.net/action/blog/?p=32


2008/04/20のBlog
現代の住宅から伝統的な社寺建造物にいたるまで、あらゆる木造建築を手がけてきた大工棟梁、田中文男。そして、「私は日本の木造建築のすぐれた技能と技術、そして職人の気概を大きな声で伝えていきたいと思います」

時に抱腹絶倒、絶妙な表現で仕事を語り、人を語る、田中棟梁のお話は、今私たちが、ともすれば忘れかけている「仕事の厳しさ」や「人間の温かさ」を思い起こさせてくれる。

「気仙大工」(気仙大工建築研究事業協同組合 相談役
棟梁 田中文男 大工職人を語る

・ばかっ、頼みに来られるようになれ「 お前、仕事やるんでも、売り手じゃ損だぞ、買い手に回らなければ」 って若いのに言うと、「 おやじ、そりゃ無理だ」 と。「 頼まれたことをやるんだから」 って、だから、「 ばかっ、それよりもわざわざ頼みに来られるようになれ」 と叱る。

つまり、売り手が買い手にどれだけ仕掛けられるか、なんです。

大工の仕事というのは、能力に応じて8段階ぐらいに分かれます。

一.大工として基本的な技能を持っているか。

二.自分の仕事だけでなく、後輩や同僚の仕事の面倒を見てやれるか。

三.下請けの手配をしてそいつらの面倒を見てやれるか。大工だからってブリキ屋の仕事はわからない。左官の仕事はわからないようじゃ困るから。

四.仕事の段取りに工期と材料と人の問題がある。これを手配できるか。

五.自分でやった仕事、あるいは人に頼んでやった仕事が指示どおりに出来上がり、お客さんに文句を言われないで金をもらえるか。

六.頂いた金を仕事をやってくれた人に払って、再生産できるだけ自分に残るか。

七.今の仕事も見ながら次の仕事の段取りができるか、バタッと仕事が終わっては生活に困るでしょう。だいたいこの七つを覚えれば一軒、工務店でも張れるわけです。

でもこの七つだけじゃ足りない。 最後が肝心。

八.仕事を仕掛けられるか。この八つをおまえら覚えてくれよ、と私はいつも言っています。


・時間が欲しかったら、一度でやれ。
時間だけは神様から平等に与えられている。
これだけは誰でも同じだ。

平清盛はあの落ちる夕陽を取り戻そうだなんて、バカげたことをしたものだけど、そんなことは無理な話だ。

与えられた時間は平等だけど、時間の欲しい人は時間をつくりだすことが出来るんです。自分の体を苛めて、1日24時間以上の時計をつくり出せるんです。

要するに時間が欲しかったら、自分でつくり出すか、無駄にしないかだ。一番無理しないでつくるのは、一度でやるってことです。
一度でやれば、二度も三度もやる余分な手間がかからない。一度きりでやるんだと自覚していればいいわけだ。

これは、己とのたたかいだね。己とたたかう。たたかうというのは戦争の戦の字じゃなくて、闘争の闘なんです。人間はみんな基本的に自分がかわいいもんです。

私もこの世の中で、自分が一番かわいい。 そのかわいい自分と闘って時間をつくるんです。

「暮らしは下をみて、仕事は上を見てやれ」

返事は六っつでいい。「わかる、わからない、できる、できない、好き、嫌い」
「あと少し」―俺の時計に少しって言う目盛りはないんだから

「ばかっ、頼みに来られるようになれ」とどなるんです。と 「語録」の拾い読み

大工の歴史 木と言う材 住まい 教育でなく「育成」育てて成る 人間の根っこ
床 カタチ 不易流行 文化財 仕掛ける 棟梁 大学論‥‥。


語 録

「建築屋の金は天保銭」


大事なことは、客から金をもらって、仕事頼んだ人に支払って、自分の取り分も取り、なおかつ次の仕事を再生産できるだけの金を残すこと。建築屋の基本は予算を細かく立てること。でも実際に遣い出すと80パーセントくらいしか領収書が残らない。粗悪で一両でも80パーセントにしか通用しなかった天保銭と同じということ。

「返事は6つ"わかる" "わからない" "できる" "できない" "好き" "嫌い"」

田中さんの人間の判断基準で、物事を頼んで、それ以外の返事をする者は、いい加減な者だとか。

「世の中じゃ100点とらなきゃゼニもらえん」

「屋根の格好と嫁にもらう女は遠くで見ろ」

働き者は人が見ていないところでも良く動いている。屋根の形は少し離れて見ないと、バランスがくるってしまうという意味。

「時間が欲しかったら、一度でやれ」

「 人と物と金と時間と己」

この5つの問題とたたかわなくていけない。一番大切なのは、人。人から仕事を頼まれるか、人に仕掛けられるかが肝心。


「仕事に練習はない」・・・・・

「職人は一生修業」・・・・・

「やっちゃいけないことを、いくつ知ってるか」・・・・・

「貧乏でも世の中の人の宝になれ」・・・・・

「馬鹿で出来ず 利口で出来ず 中途半端でなお出来ず」・・・・・


真髄を受け継ぐ人
http://kino-ie.net/bn/2001_11.pdf

現代棟梁 田中文男・・・・・・・INAX出版ー税込み¥1890.-

薀蓄が一杯で内容が濃い、読んでみる価値があると思う。

2008/04/19のBlog
[ 07:34 ] [ 木造建築 ]
2003年5月28日夕方、三陸南地震が襲来、とても大きな地震だった。
その時、気仙では2棟が全壊しました。

1棟は入母屋つくり、木組み継手仕口類は全部と言って良い位金物で緊結された木造住宅、唯一気仙の大工の建てた住宅ではないのが救いでした
もう一棟は、当時大題的に広告宣伝された、工業化住宅が壊れたのです。売り出された当時は関東大地震の数倍の地震でも壊れないという広告だったのだそうです。それが二棟とも眼が当てられない位に壊れたのです。

(1棟は言葉巧みなセールスに乗せられたのが悲劇、どちらも指導者と言うことで共通していました。これも運が悪かった。・・・・・国にせよ地方にせよ、間違った考えの指導者が多くなった。謙虚さが無く自己中心者が蔓延した社会だ。)
1棟の木造住宅は気仙近郊の隣市、施主の出身地、親戚の大工さんが建てたのだそうです。
建て主が、建築学科の指導者でも合ったのだそうですが、当時の建築基準法を理解された方で合ったと聞きました。そこが大きな間違いをつくり方に入れたのだと思う。もちろん法律通りに建てられたのだから、誰が悪い訳ではない、運が悪かった以外に言葉がありません。

調査・解体と引き受け、地盤・地形・材木の使用方法・木組み・と色々な角度から、調査しましたが色々な仕様の勘違いが随所に見られました。これは法的に理解され、金物を多用することで解決した方が良いとの結論から使用されたのだと思います。ましては外観・内部の仕上げ方などは伝統的な作りでしたが、最大の間違いは木組みの自由さを全部金物工法で固めたのが、壊れる最大の原因でした。

もちろん、その他にも原因があり、最初のつまじきが「大きな震幅」に耐えられなかったのです。
まして、土壁つくりに鉄筋のブレースまで使用と、安全を考えて使用されたのでしょうが、木組みに「鉄」を混載したのが最大の原因だと思いました。
生齧りの悲劇というしか言葉が見当たりません。そして勝手に間違った報道されたのは、大きな大きな悲劇でした。このような事が無いよう、空に向かい祈るしかない。でも何時来ても可笑しくない地震列島だと言うことを忘れちゃ困ります。

昔の例え
「金の切れ目が、縁の切れ目」昔の例えに嘘がない。
「木と金・男と女」にもアテハマルんじゃない。

もちろん偽装もない。

「木が金」を頼ったら「命」保証がないと言うことにも当て嵌まるんじゃない。でも人間、欲が深いよなあ。

2008/04/18のBlog
[ 05:18 ] [ 気仙の辺辺(あたりほとり) ]
今年の春は、世の中の異変、人件費が安い国の食品偽装、鳴門わかめの偽装、今まで業界の中では当たり前に言われていたことが、日の目を見ただけの事。

建物を設計する設計士の偽装などあらゆる処で偽装が発覚、中国・韓国産の安いワカメを混入させて売る商売などは朝飯前のように昔から言われて来た。

産地の偽装なども、海から陸に上がったものは商売人の手に掛かったら当り前の事です。

生産者には「塩蔵ワカメ」を出荷する時に、極力水分を脱水しないと買わない。そして買った後は自分らで、塩水を足して目方の増やして売る。正直な生産者は買ってもらう為にトコトン努力する。

そんな愚痴を言っても世の中はそれで儲かっているのだからどうしようもない。

そんなことを言ってる内に、今年のワカメの生産はもう終了に近い。

今年は収穫当初から産地偽装の余波が気仙にも来て、生産しても安くショウガナイから生産縮小して担い手も無くなり、そうしたら偽装のない気仙に注文が殺到、浜値が3倍にも値上がりした。

まして岩手県知事までが浜に来て、ワカメ加工までしてPR、嫁いだ妹など作業場がテレビに映ったり、気まぐれな世の中だ。

今年最後の「めかぶ」が来ました。
茎から剥がし道具で剥がして新鮮な内に、知り合いに直送です。
変な加工していない本物を食べられるなんて・・・・・・・幸せじゃない。
それだけが産地の良いとこです。

ネバネバの「めかぶ」色々な所で研究され身体にすごく良いんだって、毎年当たり前に食べている自分らには、今ではとてもとても貴重品になってきました。
だって10数年前までは海に捨てていたものが商品として扱われるなんてとても不思議だ。

気仙(広田湾)は「養殖わかめ」を世界で一番先に開発したところです。それを商社がコピーして「中国・韓国」の労働の安いところに教えて自分らだけ丸儲けでは、開発した産地は馬鹿みたいです。

それでも国内生産の大半は三陸産です。・・・・・・・それに外国産を混入させて丸儲け、それを知らずに食べるなんて騙される方は幸せか・・・・・・判らない???

わかめの良いことを書いている>URL<

わかめ

ワカメ食はなし

わかめ健々学々

2008/04/17のBlog
2008年正月8日、まだ正月だと言うのに、東京から態々気仙に「改正建築基準法」厳格化で困っているというので、特定の団体新聞の記者が取材に訪れ、吹いても飛ばないこんな小さな組合の現状を書いて新聞に掲載してくれました。

題―――変わる業界=建築
改正建築基準法で伝統構法存続の危機・・・・・・・・・全国商工新聞 第2815号 1月28日付

記事一部抜粋―――冒頭


 改正建築基準法(07年6月20日施行)をめぐって、建築業者の集団が立ち上がっています。職人がつくる木の家ネット、伝統木構造の会、日本曳屋協会、日本民家再生リサイクル協会、緑の列島ネットワークの5団体。国土交通省に昨年11月、要望書(質問事項)を提出し、法改正による過剰な厳格化に異議を唱え、「このままでは、伝統構法の技術が継承できない」と声を上げています。
木組み生かせる仕組みつくって
 5団体が要望しているのは、

(1)今年12月に廃止予定の4号建築物(2階建て以下の木造住宅)の建築確認の特例は受け入れざるを得ないものの、提出する図面は必要最小限にすること
(2)木と木を組む「木組み」などの伝統構法の検証や研究の成果を活用できる仕組みをつくること
(3)地方ごとに違いがある伝統構法をピアチェック(注(1))の対象にせず、各地で審査できるようにすること
‐‐などが主な内容。国土交通省から近いうちに回答を得ることになっています。

 日本の木造住宅には、代表的なものとして「在来構法」があります。柱や梁などの木材が建物を支え、「日本にもともとあった構法」という意味です。
・・・・・一言・誤解文言「在来構法」→ではなく「伝統的構法」が正しのでは・・・?

 一方、伝統構法とは社寺・民家などで見かける日本古来の構法です。
 在来構法が伝統構法と大きく違うのは、接合部分に金物を使ったり、斜めに筋交い(補強材)を入れていることです。住宅建築は金物で接合するのが普通になる一方、木組みの伝統構法は評価されず、建築基準法の中でもカヤの外に置かれました。

―写真― 1992年発行 高橋恒夫先生がマトメタ「気仙大工」¥900税別

これから先、詳しくは「全国商工新聞 第2815号 1月28日」
http://www.zenshoren.or.jp/gyoshu/doboku/080128-10/080128.html

全国の皆様、色々なご支援ありがとうございます。

―写真― 組合代表が建築中の町営住宅を取材 勿体無い材料がフンダンに


2008/04/16のBlog
「気仙大工」ピンチ 建築基準法厳格化の余波

リフォーム研究所(全てを掲載します)・・・・・さんが書いてくれました。

http://refome-lab.sblo.jp/article/10197094.html

構造計算複雑でコスト増 減る注文「技術途絶える」

気仙大工の粋を集めて再現した明治時代の農家。太い柱や梁が使われ、木の温かみが感じられる(陸前高田市の気仙大工左官伝承館で) 厳格化された改正建築基準法などの影響で、気仙地方で伝統的な大工の技術を受け継ぐ「気仙大工」が逆風にさらされている。金属部品を使わず木組みだけで作る伝統的な建築物は、構造計算が複雑で費用もかかるため、ほとんど注文がない状況が続く。関係者は「伝統技術の継承が困難になる」と危機感を募らせている。

 気仙大工の伝統工法は、柱などの接合部分にも金属を使わず、木が持つしなやかさや復元力を生かすのが特長。大きな地震でも揺れに応じて建物がしなり、倒壊を防ぐ仕組みだ。

2000年に建築基準法が改正されるまでは一定の規模以下でなければ建築できなかったが、現在は金属部品を使う「在来工法」と同等の強度が証明されれば、多様な建築が可能となった。

 しかし、在来工法の住宅なら着工前の確認審査は2万円以下で済むのに、伝統工法だと構造計算などで約50万円もかかる。さらに、昨年6月、耐震強度偽装問題を受けて同法が再改正され、複雑な構造計算を要する建築物は、自治体による審査に加えて第三者機関の審査も義務化された。

 これに伴い、気仙大工の伝統建築は「計算や審査の費用を合わせると100万円を超す場合も出てきそうだ」(県建築住宅課)という。施主らの費用負担は同法再改正前の2倍に膨らむことになり、審査期間も約1週間から約2か月間へと大幅に延びた。

―写真― わが国最古の民家箱木千年家 (兵庫県神戸市)
同法改正後、県内の新設住宅着工戸数(昨年11月現在)は対前年度比で約2割落ち込んだ。伝統工法による住宅の受注も、ここ数か月はほとんどないという。
気仙大工らは「よほどこだわりのある人、お金のある人でなければ注文しないだろう」と危機感を募らせる。

注文の減少は、伝統技術の衰退につながりかねない。

陸前高田市の建築士は「気仙大工は年配が多い。この状況が続けば、近いうちに技術は途絶える」と懸念する。
気仙大工建築研究事業協同組合の熊谷進理事長も、「国はもっと地域の実情を考えた弾力的な運用をしてもらいたい」と語気を強める。

 これに対し、国交省は伝統工法に関する強度実験を検討している。データを蓄積し、構造計算を簡略化するのが狙いだ。数年以内の実用化を目指しており、将来的には都道府県による実験データも組み込むことを検討している。

ただ、伝統工法で用いる木材や技術は広範囲に及び、網羅するのは困難な面もある。

 同省木造住宅振興室は「データベースが有効活用されるよう、しっかり整理したい」と話すが、気仙大工にとって厳しい状況はしばらく続きそうだ。

―写真― 箱木家案内説明版

2008/04/15のBlog
改築日記~セルフリノベーション~・・・・・・・・さんが書いてくれました。

http://syakutorimusi.blog.so-net.ne.jp/2007-10-31#comments

伝統工法や先達の知恵 [その他] 題

先の日記で気仙大工のことについて書いたので、
伝統工法についての私の考え方を補足したいと思います。

専門家ではないので、多少勘違いしているところがあるかもしれません。
お気づきの点があれば補完していただけるとありがたいです。

近代建築の考え方と伝統工法や大工さんの知恵、といったものは、
西洋医学と東洋医学(漢方)との関係に似ているような気がしています。
以前知人が、「漢方は中国三千年の人体実験の成果。」といっていました。

とにかくいろいろな物を病人に飲ませてみて、「これが効いた。」という
『経験の蓄積』が東洋医学として成立したというのです。

西洋医学がこれだけ発達した現代において、不治の病とされる
又は原因不明の病気が漢方で改善されることがあるという話は良く聞きますが
建築においても、同じことが言えるのではないでしょうか。

伝統工法も漢方と同じく『いろいろやった中で、どうやらこれが一番強そう。』
という『経験の蓄積』だと思います。

先達の知恵の結晶である伝統工法の中には私たちが学び取り入れていける
『何か画期的な秘密』がまだたくさん隠されているような気がするのです。

そういった意味では、その秘密が解明されて日本の家がより良くなっていくためにも、
これらの工法に生き続けていって欲しい、今現在の『科学的根拠』だけで、
せっかくの宝をつぶすようなことにはならないで欲しいと願っています。

―写真― 昨年2月、初めての伝統工法建物の実大試験――阪神大震災の震動波でも倒れないかった。・・・・・・・不思議ですねえ。
それを法律で伝統工法が悪者扱いされる。

福田総理が党首討論会で何度も言いました。乱用・乱用・乱用・乱用・乱用・・・・・・・・
とどう違うのか・・・・・説明がありません。・・・・・・・・・可笑しな日本国。。。。。


コメント・・・・・・も紹介

あえて極端なことを書きますが、伝統工法は歴史の風雪を経て「ある程度完成した工法」、近代建築は理屈の上で発想されて「いまだ発展途上の工法」だとの認識を持っています。

 ただ、伝統工法と言えども現実には考え方をしっかり学ばれていない職人が建てる場合もあり、見よう見まねで作られた「伝統工法もどき」の家が多々あり、時々地震でひっくり返ったりする場合もあると思っています。

 近代建築については、地震が多く、台風などの強風が吹き、高温多湿な日本での施工実績と言うことになると全く心許なく、地震や屋台風で壊れる度に設計基準が変わり、野地板の結露による腐朽があると小屋裏換気が必需品とされたりを繰り返して、今ようやく当面の信頼性が一応あるとされる段階になってきたに過ぎない工法だと考えています。

 今行われている工法が正しいかどうか?判断できるのは、住宅の寿命を仮に30年とすると30年後でなければ分かりません。(他国での施工実績は、気候風土の違う日本ではあまり参考になりません)

 そしてそれらに対策された工法が正しいかどうかが分かるのは、さらに30年後です。
 今は、新築時の強度ばかりが問題になっていますが、私が現実の災害被災地の現場を踏んだ感覚では、被災を受けるのは新築時の強度以上に、耐久性やに関わる問題が引き金になったものが非常に多いと感じています。
 前に住んでいた家がそうだったのですが、中に入れた鉄骨と木材の熱膨張率の違いで家がきしんだり、金物が熱架橋になった結露、野地板や畳の下に使った合板の結露などの問題が現実に起こりましたし、それらに対する対策の実証が済むのは、今から更に30年経ってからです。
 私は、近代建築をあまり信じていません。
(良く勘違いされがちなのですが、伝統工法と在来工法は明らかに違いますので)

PS.
 伝統工法と言えども、現在のライフスタイルの中ではある程度の断熱性の確保や、新しい建材の使用もせざるを得ませんが、近代建築よりは実証されている部分がはるかに多いと思っています。
 もっとも、冷暖房を前提とした近代建築に比べて、日本の気候風土の中で発展を遂げた伝統工法は、冷暖房の必要のない冬温かく夏涼しい家でもあり、冷暖房の必要な日自体が少ない印象があります。
by たいせい (2007-11-01 12:04)

さすがたいせいさん

>伝統工法は歴史の風雪を経て「ある程度完成した工法」、近代建築は理屈の上で発想されて「いまだ発展途上の工法」だとの認識を持っています。

とても分かりやすいです。ありがとうございます。
by しゃくとりむし (2007-11-01 18:26)


私は建築に関しては「ど」がいくつも付くようなど素人なのであまり良くわかってはいないと思いますが、伝統工法は「柔」で現在の工法は「剛」であるような気がします。
どちらが良いのかはよく判りません。
(違っていたらごめんなさい>なにしろ素人なもので)

「在来工法」と言うとなんだか古い歴史があると勘違いしてしまいますが、まだ新しい(戦後?)なのだそうですね。
自分の家を作ることになって勉強してから初めて知りました。

実は私の嫁さんの実家はそろそろ築100年になります。
(もうなってるかも?)
その家は日露戦争の後建てられたそうです。
これはたぶん伝統工法なのでしょうね。
今でもしっかり建ってますし、これからもずっとそこに建ち続けるものと思います。
私の建てる家なんて100年・・・いや50年すら難しいかもしれません。

伝統を受け継ぐ大工さんがいなくならないことを願います。
法律の方も柔軟に対応して欲しいものです。
by こじま (2007-11-01 21:40)


こじまさん

>その家は日露戦争の後建てられたそうです。

お~すごい!!その家、貫禄があるんでしょうね・・・・

私も伝統工法と近代の工法どちらがいいのかは分かりません。
伝統工法をきちんと理解しているかときかれるとそれも怪しいです。
でも、なんだかとても郷愁を感じるのは私の記憶にある最初の家が
戦後すぐに建てられたものだったからかもしれません。

建築の玄人でも伝統工法について詳しい人は少ないのではないでしょうか。
今の教育は近代建築が主流でしょうし、(私も学校できちんと建築を勉強
したわけではないので分からないのですが)どちらかというと西洋建築の
方に重きが置かれているような気がします。
その辺にも問題があるのかもしれませんね。
by しゃくとりむし (2007-11-02 15:44)


2008/04/13のBlog
[ 06:38 ] [ 気仙の辺辺(あたりほとり) ]
時々通る道端の建物を見て不思議だなあといつも思っていた。
縦に張った「目板張り」仕上げの外壁、板の年輪が浮き出てかなりの時間が経っているのだと思う。

その外壁 板壁に菱形の穴が開いている。

人は何故か本能的に「あな」に興味があるものだ。どうしても、・・・・覗きたくなるという心理が働く、今日は態々、車から降りて何だろうとデジカメを向けた・・・・・・・・穴を見るのが好きなんだね。―ふ・・ふ・・ふ・・・・・・・エロだね。

でも建物の高さが低すぎる。。。可笑しい可笑しい・・・・・・なんでこんなに低いのだろう、近くにいた人に聞いたら「ハバカリ」だと言う。納得・・・・・・だから高さが低くても良いのだ。

道路に面して建っているので、全体も撮った。つくられた当時は茅葺屋根ではなかろうか。桁から上の部分を屋根替えのときに高さを上げて、中2階につくり、軽い物等を上げておく建物に改造したのだと思う。

壁から飛び出した、小屋梁の木口がなんとも良い無い微妙な形を醸しだしている雰囲気がなんとも良いない。

現代の造りとは全然味わいが違う雰囲気がなんとも、・・・・昔の職人のありのままの姿、現在の我々には手間が掛かり過ぎると断られそうだ。柱なんかも自然の曲がりを其のまま、とても現在の建築基準法で、天地が逆転しない限り、このような味わいある造りは出来ない。・・・・・・・悲しい時代です。

今度時間が取れたら、中から外を見てみたい恐らく現在の国を操る方々の姿が見えるかも、視野の狭い現実が本当に見えるのでないか想像する。穴の中から覗く現実などは取るに足らない世界かもしれないと予想する。・・・・・・・・・・・夢かも。