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気仙大工 (ケセン語)ブログ
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2008/04/30のBlog
昨年6月20日に施行された改正建築基準法によっての混乱収拾を急ぐ「お国」は急緒なんとかして改善しないと益々追い詰められ、26日金曜日夕方FAX連絡召集が掛かりました。

(落日)

なんとお題目聞いてビックリ「伝統的構法の設計法作成及び性能検証実験検討委員会(案)」という超超長い題目です。

(集まった面々)
日本住宅・木材技術センターに役所・研究者・設計者・現場実務者 約30名ほどが集まり、早急なる解決作成策の討議が行われました。

まあまあ大変です。最初のボタンの掛け間違いです。この仕事でオマンマ食べているのはなにを考えこのようになったのか。魔か不思議な日本国・・・・・・・・・・・・・・・詳細は後日。

(写真の倍の人達)

2008/04/29のBlog
http://www.bunka.pref.iwate.jp/pls/cult/kwd_detail?keyno=F000000440

どれ位古いのか想像できない。見ると確かに古いとしか言いようが無い。
我が家から一ノ関に向かい1時間かからない所に現存する。18世紀末の民家をみました。

まあ良くも残って来たものだ、いや残してくれたものだが本当だろう。だから岩手県指定重要文化財の評価を受けたのだと思う。

家の角の中2階に鶏小屋が・・・・・・・・・猫などに襲われないためかそれとも早起き鳥の時を知らせるためなのかは当時作られた人に聞いてみないと判らない。

馬屋も何となく昔の面影を偲ばせるつくりだ。この形に流行がない、伝統構法とは当たり前につくられてきたものに、当てはめるものだと考える。その土地その土地の作り方なのだから「土産土法」が本当でしょう。

昨日までの村上家は陸前高田市に有りました建物(仙台に嫁ぎ、また100年は生きているでしょう。・・・・・果てしない。)

今日のは現存、一ノ関市千厩町の村上家


2008/04/28のBlog
―写真― 明治初頭の村上家解体記録、4間半飛ばしの桁を釣っていた「桔木(はねぎ)」工法

口伝とは、事細かに教えるのでなく、弟子の毎日は、現場作業全体の把握 作業進行 完成までを常に考えさせるのが「口伝」である。だから秘伝とか口伝と言う言葉が出来たんだと思う。仕事がわからないから聞くのは簡単なことです。しかし、そうは問屋が下ろさない。考えていて手が止まると容赦なく、なにやってんだと、怒鳴るか睨まれる。もたもたしているとそこを師匠は直ぐわかるのである。それが大工になる大きな修行ではないのか。

だから手に取って教え込むのではなく、自分で考えろが基本であり。言葉は良くないが、日々技術・仕事は盗むものだが基本、職人とは直ぐ傍の相手から技術・段取りを学び、日々研鑽していくことであり、待っていても誰も教えてくれない。それが今の自分があり、頭でっかちになるより身体で覚え、身に付いたものは生涯離れない。その教えがあったから、難しい建物が出てきても乗り越えられて来たし、時代を読むことまで出来たのだと思う。身体で覚えたものが「口伝・秘伝」と言うのだろうと考える。

知らない世界に飛び込み、1からやり直していかないと明日が無い。色々な職人さんの「背中」を見てきたが、朝一番仕事に来る時の姿勢に今日一日の結果が表わされているものだ。作業中怪我などなどする時には、仕事以外のことに「心」が行ってることが多く、どんな職人でも色々な影響に左右されていることで日々送っているものだ。・・・・・・・・・・

2008/04/27のBlog
修行時代の毎日、仕事の中で師匠から教わったもの、「口伝」とは師匠の背中を毎日見ることだ。
仕事は明日 明後日、1週間先 1ヶ月先 半年先まで読んで仕事をする姿勢に、大きな大きな意義があり、小手先の技術も勿論大事だが、「図板」1枚に全てが書かれていない。況してはその中に細かな事まで一切が書かれてなく、しかしその家の完成まで想像する姿が書かれていたものだ。

その1枚の図板には柱巾線、柱の位置、桁・梁行き寸法「いろは・・・・・一二三」の横縦の番付だけ、後は屋根などの姿は口頭で、切り妻・・・・入母屋・・・・軒現し・・・・勾配・・・・真壁・大壁、それ全て、師の口から出ただけ、聞きもらさぬように頭に叩き込む。後はあっても、材料調書を書いた一番安い10円ノートと屋根詳細原寸があれば良いとこです。もちろん現在のように「図面」なんてそんな無駄なものは必要ない。だから慣れるまで大変。

現在のように、事細かに書かれているが、完全でない図面なんて必要がない。師匠・兄弟子に言われたことを頭に、とにかく自分なり叩き込んで覚え、記憶する以外にない。
桁梁等など納まり決めには、師匠と向き合い「木」の姿を見極め、師匠の墨つぼの軽子をもって、中墨・陸墨(ろくすみ)尺杖で3尺間隔に親墨まで決めるのが先生の仕事。その後につける墨、子墨が我々の仕事、仕口の渡り顎の位置決め、どれだけ断面欠損まで自分の判断となる。(続く)

―写真― 明治初頭の村上家解体記録、小屋組みが全て場所によって違う。よく考えたものだ。



2008/04/26のBlog
[ 07:02 ] [ 木造建築 ]
「でんとう・デントウ」と良く口に出ますが、先人(木を活かしてきた)「大工」の多くが、様々な時代変化を経て「工法」を改良、そして「構法」の改善の積み重ねで今があるのではないのか。
今後もこれまで伝承されて来た工法は「未完」であり、その「工法」を次の世代に「継承」するのが、今、生きている者の使命であると思うのです。
「構法」にはこれで完成と言うものはなく、その時代時代に生かされたものが残り、生かされないものは、消えていくだけでその消えるものは留める事は出来ない。

60数年前の世界戦争で焦土と化した国土全体、雨露を凌ぐのにどうしたら良いのか、右往左往したあのどん底の中、食べて生き延びるのが精一杯だった。
その時に「バラック」でも何でも良く四方に壁があり、上には雨露が中に入り込まなければそれで良かった1950年代前半、その「バラック」建物を規制したのが今の「建築基準法」であり。
それを御国は住宅不足というお題目で推進して来たのだ。・・・・・・・・・(もうそんな時代ではないのに気がついても良いと思いますが。)

段々時を経て、生活がよくなり、やっぱり先祖らの行ってきた「木の家」の家つくりに目覚めた今、手抜き工法に飼いならされた大工職人らは、とても修業時代に教わったスタイルには戻れない。
況しては利益本位の作り方に飼いなされ、職人が消耗品的に消化され後継者も育てられない位の家つくりは機械的工業化の造りなってしまったのである。

そのような「バラック工法」に飼いならされた今、古くから受け継がれた工法を当てはめ込むなど、根本の違うつくり方に、治世者側にも受け入れがたく、今後の国の動きに注視しないと根本を知らない「偽者研究者」の餌食になるだけであると思うのだ。現にその動きが見えてきた。

治世者よ、驕るのは良くないんじゃない。地に足が着いた考えがあってもと思いますが。・・・・・・・・・・・・
伝統ではなく、木を信じ、技を活かしてきた「伝承構法」だから残ったと違う。

工(法)= 何かを作る(仕事をする人)。
構 (法) = 素材の配置・利用の仕方から見た、全体的な構造(から受ける印象)。

現在のデントウは懐中にも入らない。もう電池がなくなりそうだ。はやく充電しないと灯りが消える・・・・・・・・・・なんとかして、誰に頼んでいるのだ。・・・わからん????。

ふふふ・・・・・いやいや、いちいちかも――与・野か

―写真― 130年前の骨組み、ホゾ⇔アナやはりお袋のは巨大だ。ダカラモテタンダ。納得した。

2008/04/25のBlog
[ 07:02 ] [ 木造建築 ]
家つくり「伝統構法」とは何ぞや?・・・・・・・いう議論が今、我々の中でされています。
それとは、「自然界」の動きに抵抗しない「構法」であると思う。

過日、国交省での話し合いの帰り、皇居のお堀に植えてある「柳」の木が風に吹かれ、枝がなびいていた。枝は風下に流れ、枝の付け根は「枝」を支え踏ん張っているだけです。一番大事なのはその付け根が確りしていれば、枝は常に風下に行くよう受け流しているだけです。

(余談・・・柱・横架材を繋ぐ「ホゾとアナ」の根本を知らなすぎる。今の時代「男・女」と似ているような気がする・・・・・・・・ホゾが短く・アナが浅くて持たないよ。だから「金」金物が必要であり,一度の大事に耐えても、2度目は無理だろう。だから直ぐに離れる。それに似ていませんか。「金の切れ目が縁の切れ目」と言う言葉。「悲劇」ではないの。・・・・・・・自分だけだろうか。)

伝統工法とは「木」の持っている柔軟さ(スプリングのような)を生かした工法であり「柱に貫」、垂直材の柱、水平材の貫の柔らかさが、倒壊を防いで来たのであり、柱を「斜め材工法」(筋違)で支えるバラック工法とはそもそも次元が違う発想であり、その次元に現基準法を当てはめての議論は「水に油」では異質である。

もちろん人間は大地震に抵抗するなどは愚かな事であり、昔からの木組みの工法は、その場所、土地に置かせていただく構法であり、現在のように、その場所にしがみ付くような考えは無かった。それ以上は人間の及ばない世界であると考えていたのだ。その辺りが分岐点ではなかろうか。

―写真― 水平加力実験、柱がスネークした。動いているのを見せられなくて残念。

2008/04/24のBlog
先人気仙大工、100年以上前に作った木組みのおさめ方を見ると、現代のように1本1本の木材の年輪を破壊製材したやり方ではなく、木が育った姿に近い加工刻みを行っていると言うことです。

現在のように、効率第一主義とは根本から違うのです。木の持っている力を最大限、かつ有効に使用してきたから、100年でも200年でも耐えてきたのであって、木組み、木組みと簡単に言いますが、1本1本の木の特長を知らずに語るのは如何かと思うのです。

現代の工法は、丸太からどれだけの有効にお金に変えるかとのやり方で、使用するから色々な障害が発生するのであって、極論ではないが、丸太組工法が一番木の特長を生かした工法ですが、それが全て良いとは言いません。

神社仏閣の仕事を見れば解るとおり、丸太を八角に製材するのは、外側に近い「白太」部分だけを削ぎ落とし、「赤身」部分を使うから耐久性を増しのであり、横架材などの外側に白太が入ると腐食が早く、耐久性はないに等しいのです。

構造材として使うのなら、材巾・成の割合が1:1、1:√2、1√5、に近い寸法で使用するのが一番丸太の年輪破壊少なく、現代のように、垂直加重を支える為に成だけ大きくするから横からの力に弱く、ヘンに補強するから木材の強度が弱くなるのであり、もっと自然界の成長を勉強せずに、変な者書きから知識がはびこり、それを規制した「法」が余計に世の中をややこしくしているだけなのではないのか。

割合とは「黄金分割」からの数値であり、それは「人」にも当てはめることであり、「八頭身」美人だって「黄金比」からではないのか、それがスタイルが良いのであって、現在ように細ければ良いなんての錯覚は、幻想であり、自然界では生きてゆけないのではないかと思う。痩せたのは材木だけではなく「人」も段々貧弱になっていくなんて、日本も先が見えて来た観がする。。。(最後は世迷言)

―写真― 3枚とも骨太のつくりが自然じゃないの。・・・・・・・うん伝統構法・・・・わかんネエ。


2008/04/23のBlog
[ 06:28 ] [ 気仙大工 ]
先人気仙大工が100年以上前に作った木組みの家を見学させていただきました。
建物の角(隅)桁・妻桁方向に掛けられた、ケセン語で「すみごおり(隅紅梁)」(現在の火打ち梁・しかしこの家の角に1ヶ所だけです。それで十分役目を果たしてきたのです。)

この家のようなダブルでの「すみごおり」は初めてみました。特に珍しいつくりです。
でもこんなに複雑な木組みを良く考え出したもんです。・・・・・・・・伝統構法とはこのような建物ではないのか。

この写真の木組み、12m材の「がんぎょう(丸桁)」(ケセン語)です。近くの山(400mくらい)からです。
確りと組んだ工法に、組立て中の仮の筋違は「無用」・・・・・長ホゾだけで、柱1本1本が自立しています。現在のプレカット工法ではとても仮筋違のお世話にならないと組み立ては出来ません。労災関係では先行足場を要求され、このような組み立てにも勿論必要ですが、貫が入るために登り降りに使えます。

伝統工法の組み立てた建物は組み上がった後もシンプルです。

現在のような余計な斜め材「×・工法」とはここが違うので「イラネイ」です。
そして、現在のあの無駄な金物まで省けます。もちろん将来解体・再利用可能です。

これで100年以上持ったら、金物工法の3倍以上、耐久性を考えたら工事費が大幅に安くなると違いますか。30年を基準としている現在の住宅は、坪当たりしてもこのようなつくりの3倍以上の高価な家づくりをしているんじゃないの。・・・・・・・・伝統工法万歳万歳・・・・
その前にこちらがバンザイして終いそうだ。――昨日の写真の家と同じです。

2008/04/22のBlog
この国の混乱・・・・・・・手を合わせて神仏を拝む以外にないのか。

建築基準法改正リンク」→から、全部を読むとわかる

最後の行のコピー

現在の改正建築基準法をめぐる混乱の収拾をつけるためには、改正前の、最終的には国がある程度の責任を負った制度に戻すしかない。

法治国家において誰が新しい建築を許可したら良いのかといえば、国が許可するしかないからだ。

許可するということは、そこに責任が付随することは、免れようがなかろう。

そのときに障害となり問題を複雑にし、解決を困難にしているのは、その前に起きた姉歯の偽装事件において、国が自らの責任の一端を認めていないという事実である。

国が過去の過ちを認めるところから出発しない限り、この国の建築行政と関連業界は迷走を続けるであろう。

今日の改正建築基準法問題を招いた原因は以下に集約される。

一、改正のきっかけとなった姉歯事件に関し、総括が終わっていないにも拘らず建築基準法の改定を急いだこと。

一、立法側の建築生産に関する理解不足

一、建築構造設計者および構造設計の専門家の人員不足

一、誰もが責任を負わない建築確認になっていること。


官僚と政治家は、国民全体の立場を理解できないから、自分らの目線でしか国益を見通せない”悲劇”と言うしかないのだと思うのだ。

国務大臣の目線は自分らの都合が見え見えであり。偽りの宗を語る人なのかも知れない。・・・・・・信頼・信用は疑問だ。・・・・のう「にちれん」さんこんなはずではなかったはずだ。

2008/04/21のBlog
昨年改正された「建築基準法」は、本来「木組み○型工法」で有るべき木造建物つくりが、安全~安全のお題目を唱えた国の改正弾圧法によって「罰天 天罰工法(×・・×工法)」にしないと、お国から×天罰×を貰うことになった。

4月1日に行われた、「改正建築基準法はいりません!!」というシンポジウムが東京で開かれ、参加した建築設計者らは改正建築基準法に「NO」の意思表示を明確にした。 (写真―これも「×点」ですよねえ。)

記事
建築家らがシンポで改正建築基準法に「NO!」
・・・・・・写真を拝借しました
http://www.news.janjan.jp/living/0804/0804084470/1.php


トニカク、ヤタラメッタニ筋違を入れて「×××」で固めたら良いとの法律です。
学力テストしたら答えがなっていないから、先生から「×××」ばっかり貰ったら合格なんだって、不思議なテストだ。・・・・・・それで合格なんだって。・・・・こんな難しい問題の法律を苦労して確認に出したら、「×・・×」工法が 合格・合格・・・・・・・超嬉しい~~~

でも大工は悲しいよ。涙もでぇなえ。

「×・・×」工法、これから先「大工」を目指し若者がいるのかなあ。

法律を考え、つくった方々は、毎日はるんるん「◎・◎・◎」の暮らしが出来るから良いよなあ。
本当にルンルン超嬉しいよ、税金が、◎◎何でも完でも懐にガッポガッポだもんねえ。
若者はやはり面倒しないで暮せる「◎・◎・◎」工法のを選ぶのが賢明だよなあ。


「罰天 天罰工法」(×・・×工法)に異議をとなえる記事

4/1 緊急シンポジウム「改正基準法はいりません!」

http://kino-ie.net/action/blog/?p=32


2008/04/20のBlog
現代の住宅から伝統的な社寺建造物にいたるまで、あらゆる木造建築を手がけてきた大工棟梁、田中文男。そして、「私は日本の木造建築のすぐれた技能と技術、そして職人の気概を大きな声で伝えていきたいと思います」

時に抱腹絶倒、絶妙な表現で仕事を語り、人を語る、田中棟梁のお話は、今私たちが、ともすれば忘れかけている「仕事の厳しさ」や「人間の温かさ」を思い起こさせてくれる。

「気仙大工」(気仙大工建築研究事業協同組合 相談役
棟梁 田中文男 大工職人を語る

・ばかっ、頼みに来られるようになれ「 お前、仕事やるんでも、売り手じゃ損だぞ、買い手に回らなければ」 って若いのに言うと、「 おやじ、そりゃ無理だ」 と。「 頼まれたことをやるんだから」 って、だから、「 ばかっ、それよりもわざわざ頼みに来られるようになれ」 と叱る。

つまり、売り手が買い手にどれだけ仕掛けられるか、なんです。

大工の仕事というのは、能力に応じて8段階ぐらいに分かれます。

一.大工として基本的な技能を持っているか。

二.自分の仕事だけでなく、後輩や同僚の仕事の面倒を見てやれるか。

三.下請けの手配をしてそいつらの面倒を見てやれるか。大工だからってブリキ屋の仕事はわからない。左官の仕事はわからないようじゃ困るから。

四.仕事の段取りに工期と材料と人の問題がある。これを手配できるか。

五.自分でやった仕事、あるいは人に頼んでやった仕事が指示どおりに出来上がり、お客さんに文句を言われないで金をもらえるか。

六.頂いた金を仕事をやってくれた人に払って、再生産できるだけ自分に残るか。

七.今の仕事も見ながら次の仕事の段取りができるか、バタッと仕事が終わっては生活に困るでしょう。だいたいこの七つを覚えれば一軒、工務店でも張れるわけです。

でもこの七つだけじゃ足りない。 最後が肝心。

八.仕事を仕掛けられるか。この八つをおまえら覚えてくれよ、と私はいつも言っています。


・時間が欲しかったら、一度でやれ。
時間だけは神様から平等に与えられている。
これだけは誰でも同じだ。

平清盛はあの落ちる夕陽を取り戻そうだなんて、バカげたことをしたものだけど、そんなことは無理な話だ。

与えられた時間は平等だけど、時間の欲しい人は時間をつくりだすことが出来るんです。自分の体を苛めて、1日24時間以上の時計をつくり出せるんです。

要するに時間が欲しかったら、自分でつくり出すか、無駄にしないかだ。一番無理しないでつくるのは、一度でやるってことです。
一度でやれば、二度も三度もやる余分な手間がかからない。一度きりでやるんだと自覚していればいいわけだ。

これは、己とのたたかいだね。己とたたかう。たたかうというのは戦争の戦の字じゃなくて、闘争の闘なんです。人間はみんな基本的に自分がかわいいもんです。

私もこの世の中で、自分が一番かわいい。 そのかわいい自分と闘って時間をつくるんです。

「暮らしは下をみて、仕事は上を見てやれ」

返事は六っつでいい。「わかる、わからない、できる、できない、好き、嫌い」
「あと少し」―俺の時計に少しって言う目盛りはないんだから

「ばかっ、頼みに来られるようになれ」とどなるんです。と 「語録」の拾い読み

大工の歴史 木と言う材 住まい 教育でなく「育成」育てて成る 人間の根っこ
床 カタチ 不易流行 文化財 仕掛ける 棟梁 大学論‥‥。


語 録

「建築屋の金は天保銭」


大事なことは、客から金をもらって、仕事頼んだ人に支払って、自分の取り分も取り、なおかつ次の仕事を再生産できるだけの金を残すこと。建築屋の基本は予算を細かく立てること。でも実際に遣い出すと80パーセントくらいしか領収書が残らない。粗悪で一両でも80パーセントにしか通用しなかった天保銭と同じということ。

「返事は6つ"わかる" "わからない" "できる" "できない" "好き" "嫌い"」

田中さんの人間の判断基準で、物事を頼んで、それ以外の返事をする者は、いい加減な者だとか。

「世の中じゃ100点とらなきゃゼニもらえん」

「屋根の格好と嫁にもらう女は遠くで見ろ」

働き者は人が見ていないところでも良く動いている。屋根の形は少し離れて見ないと、バランスがくるってしまうという意味。

「時間が欲しかったら、一度でやれ」

「 人と物と金と時間と己」

この5つの問題とたたかわなくていけない。一番大切なのは、人。人から仕事を頼まれるか、人に仕掛けられるかが肝心。


「仕事に練習はない」・・・・・

「職人は一生修業」・・・・・

「やっちゃいけないことを、いくつ知ってるか」・・・・・

「貧乏でも世の中の人の宝になれ」・・・・・

「馬鹿で出来ず 利口で出来ず 中途半端でなお出来ず」・・・・・


真髄を受け継ぐ人
http://kino-ie.net/bn/2001_11.pdf

現代棟梁 田中文男・・・・・・・INAX出版ー税込み¥1890.-

薀蓄が一杯で内容が濃い、読んでみる価値があると思う。

2008/04/19のBlog
[ 07:34 ] [ 木造建築 ]
2003年5月28日夕方、三陸南地震が襲来、とても大きな地震だった。
その時、気仙では2棟が全壊しました。

1棟は入母屋つくり、木組み継手仕口類は全部と言って良い位金物で緊結された木造住宅、唯一気仙の大工の建てた住宅ではないのが救いでした
もう一棟は、当時大題的に広告宣伝された、工業化住宅が壊れたのです。売り出された当時は関東大地震の数倍の地震でも壊れないという広告だったのだそうです。それが二棟とも眼が当てられない位に壊れたのです。

(1棟は言葉巧みなセールスに乗せられたのが悲劇、どちらも指導者と言うことで共通していました。これも運が悪かった。・・・・・国にせよ地方にせよ、間違った考えの指導者が多くなった。謙虚さが無く自己中心者が蔓延した社会だ。)
1棟の木造住宅は気仙近郊の隣市、施主の出身地、親戚の大工さんが建てたのだそうです。
建て主が、建築学科の指導者でも合ったのだそうですが、当時の建築基準法を理解された方で合ったと聞きました。そこが大きな間違いをつくり方に入れたのだと思う。もちろん法律通りに建てられたのだから、誰が悪い訳ではない、運が悪かった以外に言葉がありません。

調査・解体と引き受け、地盤・地形・材木の使用方法・木組み・と色々な角度から、調査しましたが色々な仕様の勘違いが随所に見られました。これは法的に理解され、金物を多用することで解決した方が良いとの結論から使用されたのだと思います。ましては外観・内部の仕上げ方などは伝統的な作りでしたが、最大の間違いは木組みの自由さを全部金物工法で固めたのが、壊れる最大の原因でした。

もちろん、その他にも原因があり、最初のつまじきが「大きな震幅」に耐えられなかったのです。
まして、土壁つくりに鉄筋のブレースまで使用と、安全を考えて使用されたのでしょうが、木組みに「鉄」を混載したのが最大の原因だと思いました。
生齧りの悲劇というしか言葉が見当たりません。そして勝手に間違った報道されたのは、大きな大きな悲劇でした。このような事が無いよう、空に向かい祈るしかない。でも何時来ても可笑しくない地震列島だと言うことを忘れちゃ困ります。

昔の例え
「金の切れ目が、縁の切れ目」昔の例えに嘘がない。
「木と金・男と女」にもアテハマルんじゃない。

もちろん偽装もない。

「木が金」を頼ったら「命」保証がないと言うことにも当て嵌まるんじゃない。でも人間、欲が深いよなあ。

2008/04/18のBlog
[ 05:18 ] [ 気仙の辺辺(あたりほとり) ]
今年の春は、世の中の異変、人件費が安い国の食品偽装、鳴門わかめの偽装、今まで業界の中では当たり前に言われていたことが、日の目を見ただけの事。

建物を設計する設計士の偽装などあらゆる処で偽装が発覚、中国・韓国産の安いワカメを混入させて売る商売などは朝飯前のように昔から言われて来た。

産地の偽装なども、海から陸に上がったものは商売人の手に掛かったら当り前の事です。

生産者には「塩蔵ワカメ」を出荷する時に、極力水分を脱水しないと買わない。そして買った後は自分らで、塩水を足して目方の増やして売る。正直な生産者は買ってもらう為にトコトン努力する。

そんな愚痴を言っても世の中はそれで儲かっているのだからどうしようもない。

そんなことを言ってる内に、今年のワカメの生産はもう終了に近い。

今年は収穫当初から産地偽装の余波が気仙にも来て、生産しても安くショウガナイから生産縮小して担い手も無くなり、そうしたら偽装のない気仙に注文が殺到、浜値が3倍にも値上がりした。

まして岩手県知事までが浜に来て、ワカメ加工までしてPR、嫁いだ妹など作業場がテレビに映ったり、気まぐれな世の中だ。

今年最後の「めかぶ」が来ました。
茎から剥がし道具で剥がして新鮮な内に、知り合いに直送です。
変な加工していない本物を食べられるなんて・・・・・・・幸せじゃない。
それだけが産地の良いとこです。

ネバネバの「めかぶ」色々な所で研究され身体にすごく良いんだって、毎年当たり前に食べている自分らには、今ではとてもとても貴重品になってきました。
だって10数年前までは海に捨てていたものが商品として扱われるなんてとても不思議だ。

気仙(広田湾)は「養殖わかめ」を世界で一番先に開発したところです。それを商社がコピーして「中国・韓国」の労働の安いところに教えて自分らだけ丸儲けでは、開発した産地は馬鹿みたいです。

それでも国内生産の大半は三陸産です。・・・・・・・それに外国産を混入させて丸儲け、それを知らずに食べるなんて騙される方は幸せか・・・・・・判らない???

わかめの良いことを書いている>URL<

わかめ

ワカメ食はなし

わかめ健々学々

2008/04/17のBlog