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気仙大工 (ケセン語)ブログ
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2008/06/30のBlog
神道には、1年の半分にして無病息災の神事が6月・12月の二回行われます。
今日、6月30日はその日にあたる。日本国に「神」が存在してからの神事だと聞きましたが、全ての人々が正月から半年の間におきた罪穢れを神社にお参りして、穢れを払うのです。

それが「茅の輪(ちのわ)」潜りいう行事だそうです。

>昔から「茅」は、その旺盛な生命力によって災厄を除く神秘的な威力を持つと考えられています。<

そして何故か「無限・・・∞」の形にお参りするのです。そうするとこの無限というのは「∞」大昔から日本にあったということになります。「8」の字を横にしたら「無限」・・・・・・・考えますよねえ。それを3回回るという。「8・8・8」・・・・・無病息災となるのだそうです。

先日お参りした。「志和稲荷神社」では「フジ」で造った「ちの輪」を潜りお参りしてきました。
「茅」は成長が早く1年草ですが、「フジ」はマメ科のつる性の落葉木本であるフジ属の総称であり木です。フジも成長するには他の木の側でなければ、上に上れないのであるから、その意味で使用されるか、この神社はどのような訳でフジを使うのか後で聞いてみる必要があるかも知れない。

別の見方ですが、今年、「フジの花」が道すがら、多く見受けられましたが、山の手入れが行き届かなくなったのが一番の原因だと言われている。国民が納めた税金が、官僚が生き延びる為にしか使われていないという特集のTV番組を見たが、このままでは日本国土は外国の軍隊が攻めてこない内に「官僚と言うガン」に完全に滅ぼされてしまう危険が目の前まで来ているのだと痛感したのである。


2008/06/29のBlog
[ 07:32 ] [ 気仙大工 ]
直近に悠久を見た
「悠久=想像もつかないほど遠い過去から変わらずに続く様子」
仕事で内陸に行ってきました。

志和稲荷神社

帰りに直ぐ側にある県内で有名な神社を参拝、そこは今から950年以上前に創建された「志和稲荷神社」直ぐそばには「志和古稲荷神社」の2社。
近くの「岩手県林業技術センター」に何度も通いながら、寄り道することはできずにいたが今回思い切り縁って参拝しました。
平坦地といってもこれより奥は直近奥羽山脈の山のふもとに抱かれた地です。
朱塗りの鳥居を何本も潜り、本殿へ。両脇は「杉の巨木」一番大きいのは、樹齢650年その根本から分血した150年の子杉見事な太さの「親子杉」。簡単に650年といいますが、人間80歳までまともなら、この木は8倍以上も生きているのです。人間我欲を持ってもこれ以上は足元にもおよばんのでないの。
やはり時という、間がこれだけの太さを物語っているのが目の前にある。仕事がら、木には特別の感心があるのは、これは完全に職業病です。
何でこんなに生きながらえ、これほど巨木になるのか、鎌倉時代末期、足利尊氏が滅びた時代に植えられた杉の木だと調べてわかった。本当に今生かされてのはこのような神々の陰の力なのだといつも思うのです。歴史を見ると人心が安定しない時代、人心の安定を祈願して植えられたとしか思いないのである。

2008/06/28のBlog
[ 05:45 ] [ 気仙の辺辺(あたりほとり) ]
自然界に存在する「黄金色(こがねいろ)」の生き物、ホヤがようやくおなか一杯に入るくらい来ました。
今年は少し時間がかかりました。例年ならもうトックに珍品のホヤが口に入るのに、ようやく度さと来ました。
話は横道にそれますが、「平泉」を世界文化遺産に指定をと地元・県・国をあげて指定を目指していますが、そもそも黄金の光堂「金色堂」は、日本国では国宝指定第1号だったのですが、今回ばかりは遅れを取っているようです。その色が自然界にあるのです。

戻ります。そのホヤ、やはり季節のものを食べられるのは幸せです。
これを食べて直ぐに、水を飲むともうたまらないくらい、美味しい水がのどを通ります。
旧暦の5月ホヤは「嫁」に食わしな言うくらい美味しいです。
それに鰹、大根の1夜漬けにキムチ掛けて、苦い水を味わうのです。「旨い・・・・絶対旨い」
三陸最果ての地、自然の恵みは最高です。

今日は、10数年前に「伝統入母屋の家」を建てさせていただきました施主の後とりが、北に1時間ほどの釜石で、未来を背負う若者の結婚披露宴です。外観は「朱色・そして凸凹」ですが、中味は「黄金色(こがねいろ)」の夫婦になってもらいたいです。・・・・・・・ほや・ホヤ・海鞘の日です。

「ほや」を書いたページ
2008.4.1
2007.7.30
2006.6.9
2006.5.18
2005.5.29



2008/06/27のBlog
[ 05:00 ] [ 気仙大工 ]
なぜ、長い「構造材」拘るか言うと、人の身体を建物だと考えると、構造材は人の「背骨」を形成していると同じです。
それを4m材で繫いで、1本にすることは出来ます。それは戦後の住宅不足からヤモえず良いとしたことです。
しかし大災害の大地震に見わられると繋いだ、弱い桁・梁の構造体が一番先に壊れます。それは2003年5月26日「三陸南地震」の時、全壊被害受けた建物を調査しても事実だったのです。

数回連載した調査報告
http://www.doblog.com/weblog/myblog/30645/1769872#1769872

http://www.doblog.com/weblog/myblog/30645/1872129#1872129
先人が通し物の「桁・梁」を使ってきたのはその裏づけだったのです。
現存する古い建物などは、そのような大きな振動にも「へいちゃら」で耐えてきたのは、材料・工法考えた方が、その建物に入っていたからだからです。

そこに住む人の命を守るのが建物つくりなのに、現在は法律通りに作られたものは「法」が安全だというだけで、現場にあわない建物でも、法律に合えば場OKなのです。

そして、「研究者」と称する方から言わせると、そのような通し材料の家つくりは「贅沢」普請だといわれています。贅沢普請が安全と、法律通りに作ったものが安全とは角度が違うのではないかと思うのです。ヤッテはいけない建物つくりを「国」が法を決めて行っていることこそが、詐欺建物を奨励しているだけで、経験に裏打ちされたものつくりは見下し考えの方が「安全」とは言いないと思うのです。


2008/06/26のBlog
[ 06:13 ] [ NPO「緑の列島ネットワーク」 ]
暫くぶりで里山に、山といっても人家の直ぐそばです。

2―3―4-6m材なら、製材所なら何処にでも在庫しています。
しかし、4mまで一般材、それを越え6mを越えるとなぜか特殊材として売買になる。
目の玉が飛び出るくらい、単価になります。・・・・・・・何故だか説明がありません。
とにかく長いから高くなると、説明され納得いきません。
ではショウガナイ、搬出の良い持ち山から分けてもらうのが一番、景気の良い時代から木材・製材業界は胡坐をかいた商売です。

木材が安くて商売にならないと愚痴をよく言います。
しかし、それはお客に対する言い訳だといつも思う。
儲かっているからそれを隠す口実だと聞いている。
ダッテ直ぐそばで乗ってきた高級車をみてその話は信用にならない。
そんなに儲かっていないなら、そのような外車・国産高級車に乗れないといつも不思議です。
儲からない、赤字だと愚痴を言うのは本当に信用できないと思うのです。

儲からない赤字とは、10割、5割も3割も儲からないからそのように言うのだと理解する以外にない。
まあ、そんな訳で立木を直接買うのが一番、時間は掛かるがそのほうが山も生き、住まい手にも良い。


2008/06/25のBlog
[ 07:37 ] [ 気仙の辺辺(あたりほとり) ]
三陸海岸の中でも広田湾は一番大きな湾である。

その湾の奥に長部港(おさべ)は、戦後無限の海にある食料として「鰯からマグロ」まで捕る北部太平洋最大の「巻き網船団」の基地があった。船員1カ統50人以上なければ漁が出来ない。その船団が多い時には六か統も存在、対岸広田にも漁業会社もあり、市の収入の大半を「船員・出稼ぎ職人」らが稼ぎ出した時代でもあった。

しかし、平成元年からまき網の漁獲が大幅に落ち込み、安定しない漁のため、船団は時代の波にもまれ平成に入り縮小・消滅となった。しかし船乗りたちは働かなければ成らなく、南・北へと皆仕事を求め、福島・茨城・千葉の漁業会社へと就いたのである。

中学校を終えて同級生なども多く漁船員となり、その仕事はとても魅力的な仕事であり、30年代半ばには、2年も大漁すると家が建てられたものである。船乗りの多くの若者らのおかげで、陸で働く我々にも大きな恩恵を齎し、春の漁が始まる時にはとにかく大漁して来るからと見送ったものです。
現在、大工の自分らを育てたのも、その漁業のお蔭である。

昭和30年代にその巻き網漁法開発した先駆者「菅野金吾翁」は、北太平洋ばかりか遠く西アフリカまで海域を伸ばして活躍した人だったが、漁業者から岩手県会議員まで駆け上がり地域貢献のみで一生を終えたのである。

今回の転覆遭難は「板子一枚」の世界で頑張って来た方々が無事帰ってくることを願うのみ。・・・・・絶句。

巻き網漁法

2008/06/24のBlog
[ 03:40 ] [ 気仙の辺辺(あたりほとり) ]
20080623 夕暮れには未だ早い時間、突然の「悲報」
母校(小・中)の後輩2人、市内からの1人が、死亡確認 行方不明との連絡が入った。

我が家から半径2kmも未たない地域住む一家の大黒柱が、何でこんな形になるとは・・・・・・・無念。
銚子沖「魔の海域三角波か?」とも聞いたが。

行方不明者の早期発見を・・・亡くなられた方々に哀惜の念に堪えない。・・・合掌。



2008/06/23のBlog
新聞記事・・・・・・・・・・・・・・・
地震後「危険」判定住宅、奥州市で4%…中越の3分の1以下

>>>今回、揺れの最大加速度は大きかったが、住宅倒壊につながる揺れの周期とは異なったためとの見方が出ている。また、奥州市建築住宅課は「築150~200年の農家などは柱が太く、びくともしていない」と話している。<<<

現在の「建築基準法」が出来る前の家に大きな倒壊などという被害が今回少なかったのは「なぜ」でしょう。新聞の記事によると、役所の建築担当課員「柱が太かったからだろう」との説明、この方はその柱の上の「木組みについて」はほどんと判らないから、建物の柱にしか眼が行かないので、このような新聞記事なったんだと考えられる。

柱がただ単に太ければ倒壊しないと誤解しないで頂きたい。もちろん説明が間違っていたものでもない。

我々の先人が過去に作った建物の強度を数値に置きかいて、造られた建物は一軒もありません。皆、口伝と称して、長い間の経験値によって代々伝わってきたものであり、数値に置き換えないと説明できないなんて、現法のようなことはないのです。このように数値に置き換えるから、姉歯事件のようなことが起きるであり。現代のように鉄骨やコンクリートで造る建物とは全然違う発想から来ているのである。

とにかく、建築の専門家と称する輩の「えせ研究者」が蔓延り、なぜかわかったような振りする者の口から出た話を拾い上げて報道するマスコミにも大きな誤解を生み出す原因があると思うのです

阪神大震災の際にも大手ハウスメーカーの担当者と仲の良い記者が鵜呑みにして記事を書き、伝統構法で造られたものが地震に弱かったと派手に書かれ、その実は「大手ハウスメーカー」の建物も大きな被害を蒙っていたものを隠し為のマスコミコントロールが引かれたものだというのが、後でわかったが「後の祭り」だというのであった。

常に真実というのは、派手な言葉の裏に隠されて日の目を見たときは信用されず、歴史を紐解くと出てくるものなのです。
だから今回の新聞記事をしっかり検証する第3者機関がないと、詐欺師の言葉を鵜呑みした「オレオレ」詐欺に騙される人が多くいるのである。間違っていないのだが、今回記事を書いた記者はどれだけ建物を知って書いたのか何時か聞いてみたものである。

またこんな記事も

急速報で中学生100人避難…震度4、21秒前に受信

・・・写真・・・前にも同じ場所、別角度の写真を見たら、完全に横に吹っ飛び倒壊していた。3mた以上もずれているようだ。
2008/06/22のBlog
[ 05:02 ] [ 未来が見えた ]
昨日のネットニュース、フジサンケイ「すかいらーく 2600店で割りばし中止」の記事


ファミレス一グループが、日本の全人口の倍、年間2億5000万膳、総量「650トン」が使っていた量なそうです。これだけ逆に森林破壊に貢献していたものが、全部中止という大英断です。

一グループだけでこれだけですから、恐らく想像できな位、只数10分で「ゴミ」になるのです。
「清潔と潔癖性」に買い鳴らされた生活が、これだけ地球破壊をしてきたのです。

そのゴミを収集、燃やしための労力などやめる事による。浪費から開放されるなんて素晴らしいことです。その他色々な処で「割りばし中止」の運動が始まっています。

それでも一グループは国全体の1%なそうで、国内全体の年間使用量は250億膳、6万5000トン(4t車で16,250台)数の大きさには絶句です。1人が年間200回使っているという計算になります。・・・・・・・・・・考えなくちゃ。孫の世代が哀れだ。

国会議員さん。中央官庁のお役人さん「クールビズ」の次はこれだね。

その他の記事

【サブカル最前線】アキバからエコ!メイドがマイ箸を配布

国産割りばし「森林を活性化」 若狭塗りばしメーカーが普及活動

早大生らがママチャリツアー 環境問題訴え洞爺湖へ



2008/06/21のBlog
[ 07:06 ] [ 気仙の辺辺(あたりほとり) ]
国は「合併特例法」で市町村の合併促進を図っているが、中でも強力に推し進める「推進派」の合併というのは、合併文字より「合併債」という「金」に眼の眩んだ方々が一生懸命なのは如何なものかと思う。

合併することによって「地域の住民サービス」をどうするのかの説明もなく、闇雲に「市町」の合併を進め、合併債の期限が切れるまでにとは短絡過ぎないのではないのか。

1例を挙げると、仕事上何年か前までは色々な登記事務の「法務局出張所」があったが、閉鎖により隣市に引っ越した為物凄く不便になった。
時間も前は10分位で済んだのが、車の往復だけでも1時間以上も掛かり、そのような住民サービスの、不便解消が図られなく、町から遠くなるような合併に果たして賛成できるだろうか。
住民の生活不便の為の合併なら、なにも無理して合併をしなくても良いような気がする。

第一合併による気仙地域の「メリット・デメリット」を先に住民に説明するのが基本ではないのか。
そのような説明もせずに、法的な手段のみで合併運動すること事態「我田引水」の極地であり、先に合併した地域外の町の声を聞くと失敗したと、後悔している方々が多く、合併数年後、住民負担である。固定資産税などは、合併の因果で町時代の時より負担が多くなったとの声も聞きました。

もっともっと地域の声などを聞き、今後の街づくりをどうするのかなど、真剣に話し合う場をつくり、合併による不便を受け入れる体制が整ってからでも遅くないのである。
一時の「マスターベイション」(高齢になると無理だ)で時間を経たら、苦しみが更に大きくなるのなら急ぐことは無いのである。
市長と語る

記事の一部

「本市は小さな町だが、歴史や文化、自然豊かな資源を生かしたまちづくりを進めている」と説明。今年度の重点事業については少子高齢化対策、海フェスタ開催、平泉関連の玉山振興、防災対策を挙げた。
 少子化対策としては「第三子の保育料無料化拡充、妊婦検診の公費負担拡大などで子育て環境の向上を図っている」とし、産業振興策としては商工会をはじめ農協、森林組合、漁協と連携して事業展開していることを強調した。

 市役所内では行財政改革を進め、経費節減や人件費の削減に取り組んでいることを紹介。「市民サービスの低下につながらないよう、今後も行革を推進していきたい」と話した。
 合併問題では、「将来的に合併するなら気仙二市一町と思っている。市内では大船渡市との先行合併に向けた動きがあるが、住田町を除いた合併はいかがなものかと思う」と語った。
 意見交換では、地区民から「合併によるマイナス面は何か」との質問が出され、中里市長は「合併の仕方にもよるが、それぞれの自治体が対等の立場に立ち、住民が合併を望んで話し合いのテーブルにつくならデメリットは少ない。しかし、今の状況で合併新法内にテーブルについたらデメリットは多くなると思う」と述べた。
2008/06/20のBlog
昨日6月19日の県内紙(岩手日報)から、「自然界の爆発力」と「忘れ去られた恵み」の2題

「自然界の爆発力」

朝刊1面トップ、恐らく国内初めての現象かと思う。
世界の最先端を行くといっても過言ではない我が国の「土木技術」に衝撃です。
橋全体が水平に約10mも移動したのだと言う。今まで考えられないことがおきたのです。
橋の崩落原因、地盤が大きく動いた為とわかった。
http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20080619_3

写真―地図―断面図と掲載されています。

今後この場所に橋を掛けるなら、「アーチ一体橋」なら落下しないのでは。大地震が来ないと判らない。
この記事が何時までネットに残っているかはわかりませんので保存されることを進めます。・・・・・・・・・写真・・恐ろしい出来事だ。
「忘れ去られた恵み」

このような大災害が起きる何がともあれ、「水~水」の確保に自治体が奔走します。 その公共上水道が出来る前の生活を考えて見て下さい。

それが「ヒネルとジャー」の便利さに浮かれ、「井戸」とか「湧き水」の恩恵を忘れたのです。今回その見捨てられた水場の「清水」が復活したのです。
(あとは記事を読んでください。)
人間のおごりである「水道」人間が造った物には100%安全なものが無いのです。

「国」に提案したい。

昔からの水場の「復元・保存」にお金をかけるべきです。それがこのような自然大災害の掟では無いのか。「井戸」「湧き水」など、長く使われてきたものを放棄した「天罰」がこのような大災害です。
事が起きてから、行政の責任を攻めるより、先祖代々その恩恵で、今があるのを全ての国民は考えるべでは無かろうか。それは今すぐです。何時来るか今すぐ来るかの,備えではないのか。

東京・赤坂で国会議員が1月 夜の水に投資するお金があると、全国の水場の整備が出来るではないの、苦い水も大事かも知れないが、無味無臭の水の整備にもお金をかけ保存していただきたい。
・・・・・・・・・・のう「福田総理大臣」殿・・・・・・・・・・銭ないと困るが、もっと大事な物があるのに気がついていただきたい。それは「水」だと足元に一杯あるのに考えて下さい。・・・・・・遅くなりました「被災地」のお見舞い態々おいで頂きありがとうございました。

「清水(すず)」復活のニュ―ス
http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20080619_19

我が家も「市上水道」ですが、ただ一軒で親類の山からの湧き水を引いて使っています。消毒していませんが、塩素滅菌消毒は「発ガン」の元だとも言われています。
そう言い場水道のない時代には「ガン」無かったような気がする。その代わり「結核・肺病」の人が近所にもいましたねえ。・・・・・・・・「災いは口から」言うのも理解できます。全てが「口」からなんですね。

災害からの教訓です。

―写真―高価な「色水」勿体無い。タダで飲ませなくても良いのにああ勿体無い


2008/06/19のBlog
今回の「岩手・宮城内陸地震」で、次のような「業界を危惧」した「山本大成」様よりコメントを頂きました。

>>岩手・宮城にはそれほど瓦を出荷していませんでしたが、地震の度に繰り返される瓦犯人説もあり、どんな様相なのか心配をしていましたが、瓦屋根・伝統構法共にさほどの被害がないようで胸をなで下ろしております。
(被災された方達に対しては、勿論はげましの言葉を贈りたいという気持ちで一杯です)
 伝統構法に於いても、古い施工法や建材は間違っているかのようなマスコミやお役所をはじめとする様々な圧力によって生じた「お施主様の意識」によってさんざんな目に合われていらっしゃるかと思いますが、瓦も同様で今回の地震に於いても「屋根に瓦を使っていない地域だから建物被害が少ない」などというエセ学者が出現しています。
 幾多の名も無き職人の経験により成熟した構法や建材の方が、たかだか10年から20年しか実績のないものよりも信頼できないかの風潮に違和感を感じます。
何派ともあれ、ご無事を確認できて安心いたしました。<<

・・・・写真・・・・硬い建物ほど被害が酷いようです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・岩手・宮城にはそれほど瓦を出荷していません。・・・にはガッカリました。こちらの現状。

イヤイヤ当地にも、昭和40年代後半、関東から来た「瓦職人」の指導で地場産の陶器瓦の生産が盛んに行われ、今から10年前までは当たり前に屋根は陶器瓦でした。

その後また関東からきた方が、栃木瓦を持ち込み以後、愛知県の「三州瓦」を貨物船で大量に買いつけ、宮城仙台以北沿岸、岩手県内陸南部まで大きな家の屋根を軒並み葺き替えて行き、その業者さんから独立した方々数多くあり、今でも盛んに瓦屋根工事で頑張っています。

しかし5年前「宮城北部地震(2003.7.26)」の時に、倒壊した瓦屋根のイーメイジが響き、こちらもトタン屋根に変わってきました。しかしトタン屋根(ガリバニュウム鋼板)も、現在、鋼板高騰の影響をまともに受けており、まもなくまた瓦屋根が復活するのではないかと、洋瓦などが今後復旧するものとおもいます。
如何せん、鉄鉱石・原油の高騰でうなぎ登りの価格には、益々使いにくいということもあります。長い眼で見た場合、耐久性とメンテナンスにいったら瓦の方がこの先も経済的であり、伝統構法と瓦の施工性がよければ大きな振動にも耐えるのを多く見てきました。そんなに不安視するほどでもないと思う。(酸性雨で鉄板の腐食が早くなって来てもいます。)

昨年2月、兵庫県三木市にある防災科学技術研究所「E-ディフェンス加震実験」阪神大震災の地震波での実大実験、「伝統構法建物」もビックともしなかった。「建物構造と屋根施工」さえ良ければ大丈夫だと確信しています。

山本大成 「かわら屋の雑記帳」殿、コメントありがとうございました。
http://kawaraya-taisei.blog.so-net.ne.jp/

・・・・写真・・・2枚とも被災地、硬いものほどもろい、人も建物も似てなせん。


2008/06/18のBlog
ようやく県内紙(岩手日報)17日付け、住宅被害に関する記事が掲載になりました。

大見出し
・ 少なかった住宅被害・・・・・・・中越沖7000棟、今回10棟

・・・要因>1 山間地が被害――――2 短周期地震波――――3 骨太の雪国構造


>最大震度6強、両県の地震被害(16日現在午後6時現在)全半壊が10棟と比較的に少なかった。

>専門家らは「震源地が山間地」「短周期の地震波」「積雪に備えた住宅構造の耐震性」などが要因。

>今回の地震波の周期0.2秒と非常に短かった。離れるほど減衰しやすく被害が軽微だった。

>住宅被害となる「キラーパルス」言われる。周期1~2秒の周期が無かった。

>調査39件中、約半数が1981年以前の古い耐震基準の建物、積雪に備え柱が太い「骨太の家」

>屋根がトタン葺でほどんと揺れない安定したつくり(平屋建が多かったようです。)
専門家と称する方は。
東北大学災害制御研究センター・・・・・・・源栄正人教授
一ノ関市建築住宅課応急危険度調査 高橋弘恭氏
日本木造耐震補強事業協同組合
東京理科大学(建築防災学)・・・・・・・・菅原進一教授・・・・・先生方

「断層に対し、直角の向きの壁が多ければ揺れには強い。被災地の住宅がどうだったのか、検証してもいいのでは」で締めくくってあった。(大まかな記事内容)

最後のコメント、「直角の向きという」どの方向から来るか判らないのに???・・・・・・不思議だ。

写真・・・・・・防災科学研究所から拝借、震源地に一ノ関東地点の8時台の波形
被害地「市のHP」掲載されているところもあり、今後の調査報告を待たないと・・・・・・
今大変な時期に現地に自分の興味本位での調査は自粛した方が被害に遭われた方々への配慮ではないのか。

災害時に倒壊される建物にも「運」というものがあり、貧弱でも生き残る建物、豪華版でも全壊する建物と、「人・建物」その場所から離れられずに被害に遭われないときもあり、運悪く被害に遭われるも建物と、報道写真の中には全壊した倉庫兼作業小屋が空中写真にありましたが、ようく見ると被害に遭われたお上さんが腰を抜かして座っているところもあり、運が悪かったねとしか良いようがない。とにかく生き延びたことに感謝しないと。2回はない1回しかない命の尊さ、「忘れた頃やってくる」が大事だ。

写真・・・産経新聞記事―倒壊された左上に、お上さんらしき姿が・・・生きてて良かった。

2008/06/17のBlog
[ 06:03 ] [ 未来が見えた ]
やはりこの地球は「未知の世界」ですねえ。

大金をかけて多く研究されているのに「人」の考えの裏ばかりが現象となって現れるんだね。
今回、「岩手宮城内陸地震」も我々は、東の海方ばかりに目を向いていたら、背中からドカンと来ましたね。地震時に咄嗟に思ったのは、「津波」が来ると直感しました。

まさか裏から来るとは思いも寄らなかった。・・・写真・・・防災科学技術研究所から拝借

ここ何年間も「東海地震・東南海地震・宮城県沖地震」が、まもなく来るから準備・用心をと事あるごとに、政府とマスコミ報道がされて大分時間が経ちましたが、地震が来たのは「中越・中越沖・能登地震」「鳥取地震」と注目されているところは感度が無く、全部反対方面ばかりが大きな被害に遭われている。

やはり「災害は忘れた頃に来る」と言う言葉が何時頃から語られたのか、本当に言葉の通りだと今回の地震もその通りです。昔からの言葉に嘘がないと言うのがピッタリです。考えると、予想は完全に外ればかりですが、本命でも裏でも来ないに越したことがないのだが、本当に「人」の考えた通りには行かない「未知の世界」なんだとつくづく思います。
「人」は、「天地」を忘れ空ばかり見て考え、足元である「地」を見て考えてもいないんだね。この世の全てに注意を払っていないと、身の「安全」というもの