ニックネーム:   パスワード:
| MyDoblogトップ | Doblogポータル | Doblogガイド | ユーザ登録 | 使い方 | よくある質問 | ツールバー | サポート |
気仙大工 (ケセン語)ブログ
Blog
[ 総Blog数:774件 ] [ このMyDoblogをブックマークする ] [ RSS0.91   RSS1.0   RSS2.0 ] [ ATOM ]
2008/07/21のBlog
[ 05:26 ] [ 節・節 ]
人は生まれて、生きて生きても30,000日を越えて生きることは、並大抵のことではない。明治末期43年に生まれた叔母が7月17日の朝、別世界に旅立った。
生きた日日は35916日、生を受けお腹の中の期間を考えると、36000日は心臓が止まらずに動いていたことになる。

大きな病もせず、数え16歳で嫁いり子供10人も設け、嫁いだときには舅は亡くなっており、まだ18歳の相手と頑張り大きな貧乏も乗り越え、今年は白寿の年でもあり孫子を含め、なんとか100歳まで願ったが、まもなく到達できると思ったが叶わずだった。

5月末に軽い脳梗塞を患い5日ほど入院、亡くなる2日前までは抱えられながらも、長い縁側を欠かさずに歩いてきたが、心臓が弱まりだしと忽ち他の機能の働きも弱くなるもだ。
当日の早朝、連絡を受け見に行き顔をみたらまだ意識がありだったが、胸の痛みを訴え入院させることになり、車で病院に行き間も検査途中に息を引き取ったのです。

自分も多く世話になり、昨日見送ったが今ただ安らかに冥福を祈るだけである。・・・・・・・・・
ご苦労様のとしか言いようがない。 合掌

2008/07/17のBlog
[ 23:50 ] [ 気仙大工 ]
今日17日朝「急」が出来、拙いブログ当分を休みしますのでよろしくお願い申し上げます。
尚、早急復活したいと思っておりますので、当分ご辛抱してください。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・気仙大工
2008/07/16のBlog
新宿の超高層ビルは現代の象徴、この木造、民家住宅も200年前は「ものつくり」の象徴ではないのか。
気仙大工の里から南へ、国道を約60kmの宮城県志津川町(合併により南三陸町)の豪農の民家を約20年近く前に譲り請けたとの事です。でも現戸主の思い入れも途轍もなく大きい方がいたものだと考えた。解体、運送と遥に離れた地から、甲斐の国まで持ってきたものだ。・・・・・・脱帽です。

解体時には、どうしても大黒柱2本が、上の「牛持桁」から外れ時に切断まで考えたとのこと、そこは現在もイル、特殊技術者に依頼して、何とか外して現在があるのだそうです。

―写真― 土間の隅から内部の木組み全景が28mmrレンズには入りませんでした。
「牛持桁」から前後に「投げ掛け梁」工法は、先人が考え出した木組み工法、見た瞬間確かに先人が、造ったのだと確信した。

現戸主が話しはじめに、縁側の矩折のところが「扇張り」に床板が張ってあったとの事です。それも気仙大工の先人が足跡として残してきた印しであり、その板張りの先が完全に割り込まれたものほど、優れた棟梁が仕事した後なのです。

唯、見学して200年前には建物の隅1箇所「隅紅梁」(現在の火打ち梁)が使われていなかったのは、この建物の後に、考えだされた工法かも知れないと思う。

―写真― とても内部土間木組みの全景は写し事が出来ませんでした。
2008/07/15のBlog
先日行われた「このままでは伝統構法の家がつくれない」のフォーラムが開催された。新宿駅西口側にある工学院大学へ。東京には何度行っていても新宿駅西側に下りたのも何十年ぶり、地下の歩道を歩き地上へおととっと何だコリャ「平角」を立てたようなものは、まあまあ一帯何なの。○○見たいに高さ競争のオンパレードだ???

―写真― 地上に出たら「工学院大学」フォーラム会場の棟29階143m

思い出した。確か前に来たのは1970年代が最後、淀橋浄水場の跡地に碁盤の目のように工事していたときだ。大分時間がたったから思い出せなかった。車移動時には通過はしたことがあっても、「超高層ビル」群に、近づいたのは今回が初めて。

―写真― 会場の窓から見たトウモロコシ見たいなビル、建設中モード学園コクーンタワー50階203.65 m


まあまあ高いこど、何ぼ土地がもったいないと言ってもこんな高い建物が必要なんだろうか。
わが町は、市役所や学校3階建て、キャピタルホテル1000が7階建てぐらいが、精々だ何でこんな高さが必要なんだ。

―写真― もう忘れられそうになった新宿住友3角ビル52階210.3m

米国の9.11事件見たいなのが起きた時は如何しんだべや。若い血気の若者どもが命を落とさなければならないような事にはならぬようにしてほしいもんだ。のう自衛隊の大臣や・・・・・・慎太郎殿。

―写真― 新宿センタービル何故かガラスが歪んで東京が見える。
でもこんな規格だらけの入れ物の中で仕事が捗るべかや、カエッテ疲れがたまるんでねえべかやと思うんだ。その上に効率が悪いと注意されながら仕事をするなんて、そんでも東京へ東京へと高校出ると行くんだから、1年から3年でテレビ・雑誌からの「夢」破れてこのごろも戻ってきたのがいる。

―写真― 何故か安定を狙ったのか判らない。裾のカーブ良い。損保ジャパン本社ビル200m(軒高193m)地上43階、

やはり、土に近い所のほうが良い、早く帰るは・・・・・・・・・・とてもじゃないがこのようなところでの暮らしは俺には無理だ。上を見れば限がない、下を見たら眼が回る。最果てが一番だ。あばよ。


2008/07/14のBlog
空いた口が閉じない.。・・・・・あーあーぃあーぅ~~あ・・・絶句・・・うーぇ~うぉ・・・う・・・巨大です。・・・う―~――~――ん。

200年前――気仙大工の先人が享和~文化年間にかけて建てられた民家を見学をさせていただきました。・・・・・・・・アリガタヤ・ありがたや。・・・・(南無観世音・南無観世音・南無観世音)

単純計算で「建坪100坪」は楽に越えていました。タダタダ驚く以外になかった。
2008/07/13のBlog
昨日東京・新宿工学院大学で開催された。「このままでは伝統構法の家がつくれない」フォーラムは超満員の参加者が集い、中味の濃い内容とパネラーの真剣な発表・発言に参加者が最後まで耳を傾けた。
内容は後日
250名募集が、400名近くが入った。
会場に入りきれなかった方々はホール画面で参加した。
当日参加者も多くあり対応が大変であった。
本当に超満員、多くの参加者に感謝申し上げます。ありがとうございました。
2008/07/12のBlog
[ 03:32 ] [ 未来が見えた ]
今日12日は、東京新宿・工学院大学でシンポジウム「このままでは「伝統構法の家」がつくれない!」「官・民」が同じテーブル目線で話し合い、共通部分をつくりだし今後の木造建築を次世代につなぐスタートでもあります。

戦後復興を推し進めてきた国が、色々な意見を聞いてきた木造建築研究者という似非研究者の意見がまかり通り、60年近くが過ぎました。その似非研究者の意見が行き詰まり、昨年の建築基準法の改正がその結果です。それは木造建築の見方の狭さの露呈でもあります。木造建築研究者との偽りの看板がまだまだ巾を利かせているようでは、国家国民にとっても最大の不幸でもあります。

その為にもこれを機会に、当たり前の国民は考えるべきです。女性を喜ばし「水周り」器具家具の度派手な宣伝に乗り、ぼろ儲けしている建材業者だけが生き残り、骨格である骨組みの材料は、最低寸法の手抜き工事しないと生きてゆけない、我々は自ら首を絞めていけないのではないのか。それは大地震があるたびに、倒壊ということだけが大きく取り上げられ、つくる時に倒壊しない家がつくれるのに、予算ということで、一番先に予算が切られます。それが最大の倒壊原因ではないでしょうか。

その解決には、十分な骨格寸法で作るべきで、似非研究者のつくり出した、計算式には物を知らないと言う最大欠点があることを知らないで採用するのが大きな間違いであり、それを推進した国も大きな責任があります。もっと過去を知りそれを最大に生かしのが「国」の大きな役割であり。もっと現場での勉強が大事ではないのか

―写真― 長い丸太材
「建設環境情報センター」次のような論文が掲載されていました。(抜粋)

「日本民家に学び直す」

 日本の旧来の住宅は大きく分けて農家と町屋に分けられるが、その作り方は両方とも木造であり伝統工法とか在来工法とか呼ばれている

名前の由来は戦後の新来の工法に対する呼称であって工法の種類ではない

家の構造的な種分けでいえば、石やレンガなどを積んで作る〔組積造〕に対して〔軸組造〕といわれる。

木を組んで家の架構体とするから構造としては柔構造である。

最近は地震対策のため筋違いを入れて剛構造とするものもあるが、地震に対しては揺れてエネルギーを吸収するのが基本である。

これらの基本的な構造ゆえに、日本の民家の場合、梁や柱はリユースが可能であり、現在の環境時代に見直すべき利点である。

20年ごとの建て替えで有名な伊勢神宮の木材も下げ渡された後リユースされる。しかし高温多湿なモンスーン気候なので土台部分の柱は腐りやすい。

そこで、腐った部分だけ切り離して根継ぎする工夫なども、現代に復活させるべき技術であるかもしれない。

その他、日本の民家の消えゆく技術で復活させたいものは多数あるが、住宅の基本は、生活に密着したものでなくてはならないという事である。

即ち土地土地の気候風土にあったものでなくてはならないという事である.現在の住宅に地方特有の個性がなくなったのは、住宅と自然とを切り離して快適さを追求するあまり、その土地の自然に合わせる必要がないと錯覚した事による。

四季のある日本の民家は四季折々の季節にそれぞれ対応できるような様々な工夫が凝らしてあり、それによって日本人の感性は研ぎ澄まされてきたのである。

それが練度の高い短歌や俳句となって日本人の生活を豊かなものにしてきたのである。

例えばガラスのない時代の日本家屋は明り取りの為の様々な工夫がしてあった。

格子戸にしても、障子と雨戸の組み合わせにしても、屏風や几帳の使い方にしても明かりを如何に取りながら外界と境界を設けるかという工夫に他ならない。

これらの作り出す光と影、また外界の空気との接触、ふれあいが作り出す人々の心動かし如何に多くの歌を作り出してきたか。

そして自然が生活空間に入り込んでくる事、虫や生き物の発する音など、時には生活苦である事もあったであろうがそれらを排除して、その代わりに失ったものの大きさに現代人はやっと気づき始めたのではなかろうか。

虫一匹いない生活空間、暑さ寒さを感じない生活空間、それを作り出すために使われている新建材の発する化学物質。それらの充満する密室空間の中に閉じこもれば健康を害するのは当たり前であろう.

シックハウス症候群の発生は決して現代人が過敏になったのではなく、むしろ過去の人より鈍感になっている可能性のほうが高いが、それ以上に、密閉された環境に長時間さらされている結果だと思う。

シックハウス症候群の犠牲者に子どもが多いのは身体的に弱いのはいうまでもないが、家に閉じこもる時間の多さにも関係があるのではないであろうか。

話しがそれたが、昔農家にあった廊下の役割も外界と内部の関係の微妙さに一役も二役もかっている。障子で明かりを取ることは出来ても雨風は防げない。

そこで雨戸があるわけであるが大抵はその間に廊下というか所謂縁側があった。

夏はそこでスイカを食べ、冬は日向ぼっこをした人はまだまだおられるであろう。

子どもの頃のよき思い出である。

現代のサンルームやベランダでは出せない味わいであると思うがどうであろうか。

家の中のサンルームでもなければ、家の外のベランダでもない中間的な空間。暑すぎるときは軒に簾をかけて直射日光を遮る工夫もあった。

昔の日本人は民家に見る限り自然とともに生きる民族であって、自然に対抗する民族ではなかった事が分かる。

それが何時の間にか家が建てるものから買うものに変わり、ル・コルビジェの〔住宅は棲む為の機械である〕と言うような悪しき思想に見舞われてから、日本の住宅は伝統と文化から切り離されてしまったと思う。

21世紀から22世紀に向けて戦後を清算して再出発を試みるに際して日本文化の伝統の蓄積を見直す必要を
強く感じている。

そのキーワードは木の文化の再生である.日本の気候と風土に合いそして循環可能な天然資源のもっとも豊富なものが歴史的にも現実的にも木材であり、その使用技術の高さは相当なものである。

しかし、その技術も後10年程で失われる可能性が高い。

これからの10年が最後の失われた10年といわれないように急いで方向を変える準備をしなくてはならないと考える。(で結んでいる)



2008/07/11のBlog
いよいよ明日7月12日、東京・新宿の工学院大学において「このままでは「伝統構法の家」がつくれない!」のシンポジウムが開催されることになりました。

昭和25年に建築基準法が出来て以来、伝統構法は戦後復興という建方の「バラック工法」とは別だという次元で、色々制約に我慢して来ましたが、昨年の建築基準法見直しにより、伝統構法は別世界に追いやられ今後は飛んでもない経費を掛けないと建てられなくなりました。

これではいかんと、我々伝統木造建築に関係する「大工・設計者・木材業者等」のあらゆる関係者が全国的に連携して今回の開催となった。これを手始めに今後伝統構法が国民にきっちりとわかるまで戦います。野球に例えると明日は、1回の表の戦いに入ります。9回裏3アウトまで長い長い試合になりますが、国民の皆様の応援がないと戦いませんので宜しくお願いします。

尚、6月19日「朝日新聞」に「岩手・宮城内陸地震」の被害、「伝統構法建物の被害が少なかった」という記事が掲載されていました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
記事
岩手・宮城内陸地震の被災地で、建物の「応急危険度判定」が行われた結果、205戸が「危険」と判断されたことが朝日新聞の集計でわかった。各自治体が18日までに調査した家屋の6.5%を占める。この比率は、震度6弱以上の揺れを記録した地震と比べても小さく、揺れの割に建物被害は少ないことが裏付けられた。

 この判定は、岩手県一関市、奥州市、宮城県栗原市、美里町の3169戸で実施され、一関と栗原の両市は18日までに終了した。「危険」に次ぐ「要注意」は、4市町合計で589戸(18.6%)だった。

 栗原市内の約2900戸でみると、木造、鉄骨、鉄筋コンクリートとも「危険」が4~7%台と低かった。

 今回のマグニチュード(M)は7.2で、最大震度は奥州市や栗原市で6強。国内で最高の4022ガルの加速度が観測されている。日本建築防災協会のまとめでは、同じ6強を観測した鳥取県西部地震(M7.3)は10.9%、最大で6弱の福岡沖地震(M7.0)は16.4%。今回は「危険」の比率が小さいことがわかる。

◆伝統工法と軽いトタン屋根がカギ
 建物には再び住めるのか、二次災害を引き起こさないか。建築士や自治体職員が連日調査を続けてきた。


 栗原市の花山草木沢。築40年の2階建ての民家は家具や冷蔵庫などが倒れたが、柱が折れるといった構造自体の被害は確認されなかった。

 1級建築士の千葉栄さん(63)は、土壁に露出した横板の様子から、「貫(ぬき)工法」と呼ばれる伝統工法が使われている点に注目した。穴を開けた柱と柱に横板を組む。地震でも揺れに合わせて建物全体がしなる。千葉さんは「農家が多く、伝統工法の木造家屋が多かったことが、倒壊につながらなかった原因のひとつでは」と分析した。
 約20棟あるこの地域で、「危険」判定はなかった。宮城県建築士会栗原支部の高橋誠一副支部長(42)は「中越沖地震との違いは、付近に多いトタン屋根ではないか」と話す。屋根が軽いと倒壊しにくいからだ

 草木沢から北西に6キロ。あちこちで土砂崩れが起き、立ち入りが規制された花山本沢中村地区は、様相が違った。

 県建築士会の白鳥淳・栗原支部長(56)が調査した11棟のうち4棟は土台から基礎が10センチ以上ずれていた。1階が納屋や車庫になっている2階建ての4棟は傾いていた。倒壊こそなかったが、「危険」が8棟。「もう住めないね」。危険を示す赤い紙が張られた家を前に、住人の夫婦はこうつぶやいたという。

◆断層周辺に家まばら 揺れの周期も影響
 建物被害が少なかった理由を、専門家はどう見るか。

 最初のポイントは地盤の動き方だ。地震を起こしたと見られる断層は、駒の湯温泉や、大規模崩落があった荒砥沢ダムの東側で見つかった。断層は北東から南西に延びており、西側が東側に乗り上げる形で動いたらしい。

 東京大地震研究所の纐纈(こうけつ)一起教授は「被害が山側に集中したのは断層の直上だったため。(今回のような)逆断層の場合、一般的には乗り上げた地盤側の被害が大きくなる」と指摘。今回はそこに人家が少なかった。

 次は地震波の特徴だ。建物には、種類や高さによって揺れやすい周期がある。特に周期1秒前後は木造住宅などに壊滅的被害を与え、「キラーパルス」とも呼ばれる。

 家屋の現地調査をした東北大災害制御研究センターの源栄(もとさか)正人教授(地震工学)は「今回は周期0.5秒以下と短い地震波が多い一方、加速度が大きかった。こうした揺れは木造や低層の鉄筋コンクリートの建物を倒壊させるパワーはないことが多い」と指摘する。

 東京大総合防災情報研究センターの古村孝志教授(地震学)も同様の見方だ。今回目立った0.1~0.3秒の地震波で破壊されやすいのは、硬くてしなりにくい橋や道路だという。道路が寸断され橋も崩落したという被災地の状況とも一致する。
 ◇
 応急危険度判定 二次災害を防ぐために判定士が早期に建物の安全性を判断し、「危険」は赤、「要注意」は黄、問題がなければ「調査済み」の緑の紙を張る。付近のがけの状態や隣家の瓦などの落下の恐れも判定するため「危険」がただちに「全壊」ではない。「全壊」「大規模半壊」などと自治体が判断する「罹災(りさい)証明」とは違う。

2008/07/10のBlog
[ 05:43 ] [ 未来が見えた ]
昨日に続きます。

国が進める立派な看板「超長期住宅先導的モデル事業」「200年住宅」について、どれだけの方々が信用しているか解りませんが、200年と言う年月を考え、この不確実な時代に果たしてそれは看板どおりに、受け止め「はい」信用できますととても考えられません。

今までも200年以上前の建物、古民家など数多く見てきましたが、良くもこれまで生き残れてきたものだと感心します。
岩手県内にも300年以上古民家、奥州市前沢区の後藤家、奥州市江刺の後藤家、250年以上の北上市菅野家など、時間的空間を考えてもとても現代工法の30年前後の耐久性の作り方で「200年住宅」が果たして・・・・・・8代目当たりに生まれ変われたら見ることは出来る事かも知れないが、とてもこの「地震・湿度」の高いお国で持たせるなんていうのは「詐欺師」の話としか言いようがない。

中央官僚、政治家などは本当に見通しを持ってこのような事「200年住宅」を真剣に考えているとは思いないし、またそのような実現性の低い話に乗るなんて方がどれだけいるのだろう。政治家はその時々の思いつきを旨く語り、国民をペテンにかける術は持っていても、プレハブ住宅を売って一時儲けた方がいますが、その建物たるは惨憺たる状態です。
そのメーカーが口先3寸の教えでセールスマンとなり、1年間に何棟を売った方も知っている。その儲けで、今は高額年金暮らしをしている方です。その時代時代を読んだから今があり、アンタのように一生懸命[ものつくり]をしているのも一生だと、お互い別々に物事を考えて来た訳だから、過去のことを考えてもショウガナイのではと言われた。

その方の売った建物に住んでいる方は、年をとり建替えなどもちろん出来ず、床や天井を空けてみたら、とても見られたものではない。悲惨です。計算上で材料の太さを決めた結果の後始末は大変です。全て粗大ゴミのオンパレードです。

中味を見せずに売るのだから、中なんて素人には分かる訳がない、後の祭り。。。。
見た目と無知が口車に乗って買い、住んで10年も過ぎたらとてもじゃないが見られたものではなかった。「カタログ」の綺麗さ背広を着たセールスマンの喋り方に陶酔した付けが来ました。酔いが醒めたら「天国から地獄」に落ちたのが現実だったのです。

マイホームの夢」を見るのはその方々の自由であり、その通りに実現できたら本当に最高です。しかし「夢」も正夢ならよいが、夢どおりなことは余り期待せず、地に足をつけ確実に一生涯を考えてゆかないと、国が率先する話は5年先10年先の時間という間を見てからでも遅くないような気がする。

「慌てるものは藁をも掴む」の例えも昔の言葉どうか判断するのは貴方ではないの。・・・・・・・・・


2008/07/09のBlog
第一回「超長期住宅先導的モデル事業」募集が4月11日~5月12日までになされ、603件の応募の審査結果が7月7日に発表された。

審査内容が凄い、スピード審査により40件(6.6%)が認められた。(高利貸の審査と同等ですね。)

詳しい内容は次のHPに掲載
http://www.kenken.go.jp/chouki/pdf/1st-kekka.pdf

認められた内容、
新築住宅(戸建)24件、(共同)5件、既存住宅 4件、維持流通 5件、技術の検証・情報提供2件。
「200年」という看板で、まず先に認証されたのは、ほぼ既存の大手ハウスメーカーだけが認証されました。社名は皆様、其処いら中に掲げられている看板の会社ばかりです。これから膨大なお金をかけて広告がなされるでしょう。その広告代の全部、これから作られる住宅の3割も4割も使われるのです。所謂全てお客様負担です。

そして間を置かずに、大手ハウスメーカーから我々のような、ゴミよりも小さなところに勧誘のお願いが来ました。それには、「提携店特集号」なる新聞形式の広告紙が入っており、これからの時代は200年住宅が主流になると、良い事ずくめの内容、プレハブ住宅の先鞭を着けた会社からです。

日本の木造住宅を目茶苦茶にした張本人の顔写真入です。内容は地域の優良企業などと煽てた大文字での文言を記載、所謂下請けになってくれの内容です。銭にしか眼が行かない我々の仲間 (このような鯨のような会社に「プランクトン」のように飲み込まれて行く職人を狙ってのことです。) が銭の奴隷として、また食われて行くのでしょう。(「あほな話」に乗る方がまだまだいますのでそちらを探してください。)

この会社はトウからず、消えるだろう。今までの足跡を見ると「資本家」が儲かることしか考えのない人だから、たんまり溜め込んで会社を倒産に追い込み、面の皮を厚くしてまたもトカゲのように出てきたのです。

国はどんなに国民に良い政策をしても、職人育成せず効率のために機械化を促進し、後継者を育てず、プレカット工法が200年の耐久性があるとは思えないのです。皆様もご存知かと思いますが、茅葺民家が100年以上も持ってきたのは、「柔構造」だから大地震・大風に耐えてきたのであって、現在のような「剛構造」方式が100年・200年持ちとはとても考えられないのです。

その「柔構造」の良い例は千年以上も耐えてきた「奈良・法隆寺」があるではないの、それは木から教えてもらった職人があればこそ生きながら手きたのであって、今回の200年住宅の考えは一時凌ぎのペテンと考える方が無難でしょう。

その考えで物事を決めるのは「自己責任」だということです。100年ローンなる綺麗文句が10年続いてら、恐らく見直しのではないかと考えるのは無難でしょう。借りたら最後、三代先に生れるかどうか判らない孫に借金を残しなんて、余にも「マスターベーション」過ぎるんではないの

「石橋は叩いて渡れ」です。渡って落ちるのも勝手でしょう。段々「伝統構法」は蝋燭の灯りぐらいになり、比叡山の法灯のようになって来ました。でも灯りは次の世代まで繫がないと「竈土返しになる」「釜返し」の方が、竈が残るんだって古老から教えてもらった。
今日のアクセスは昨日続きの数字で嘘です。
今日から昨日を引いた数字が本当ですのでビックリしないで下さい。

2008/07/08のBlog
[ 05:37 ] [ 気仙大工 ]
えせ(接頭)

〔もと、悪い・劣悪の意〕 うわべは似ているが、実質は あらゆる点で本物に劣ることを表わす。

物を全体から見ることの出来ない「えせ学者」が、我々先人が代々作ってきた「伝統木造建築」に、大地震のたびに重箱の隅に付いた垢ばかりを穿りだして、欠陥ばかり指摘してきた。

先日の「岩手・宮城内陸地震」のときの新聞報道にも書かれていた専門家称する「似非研究者」が自分の考えをインタビューとして書かれていたが、・・・・・雪国だったので「柱が太かったのが強かった原因で、それで被害が少なかったと言っていた」・・・・・が、唯、柱が太いと地震の時に本当に強いという何処をどのように調査して、言っているのかわからない。この栗駒山東面は日本海側より、雪の量は少ないのです。
そうで有れば、新潟県や石川県はもっともっと積雪量は多いはず、もっとも柱が太いのも見てきたが、それではなぜあれだけ倒壊や損壊が大きいのか、果てと思うのです。マスコミが専門家を訪ねてそのような記事を書くことのみに一生懸命だが、もっともっと多くの専門家から聞いて書くべきではないのか。そして安全性追跡調査するのも、マスコミではないのか。唯単に馬鹿騒ぎの記事しか書けない記者なんていうのも「似非研究者」と似たりよったりでは、所詮それほどの頭しかないのかと思う。

古い建物に被害が少なくって、鉄筋・鉄骨の建物の被害の方が多かったのではないのか、お国の規則で作られたものが被害を蒙り、昔から作り手にはそんな規則ではなく、代々やっていけないことの「禁じ手」を受け継いできたから少ないのであって、現在のように「コンクリート基礎」の建物に被害が多く、昔からの「石場立て」の上に建てられたものは、被害が少ない。
単純に考えても何でと思わない現代人の方が可笑しいと違いますか、唯の一軒の家を造った事のない「似非研究者」の話の信用度が高くて、実際現場で作っている人間の話が信用されないって、本物を知らない「似非研究者」が、自信もないのにベラベラ喋ること事態が安直ではないのか。そんな軽い人間が持て囃される時代こそが被害拡大に貢献していると言っても過言ではないだろう。

今回の「岩手・宮城内陸地震」の被害地帯の古い民家は我々の先人「気仙大工」の建物が多く建っていた地域であり、現代工法のコンクリート基礎ではない時代の建物が多い地帯です。それで今回被害が少ないのは、「桁梁などの木組みの剛性が強く」、現代工法のように処構わずに、桁梁を繫いだのが「上下動・横揺れ」の力には無力だから壊れるのであって、昔からの「桁梁などの木組みの剛性が強い」工法は「贅沢普請」だという、現在第一線の研究者の考えこそが、そもそも大きな誤りに気が点かないことこそが、日本の木造建築を危うくして最大の原因ではないのか。

―写真― 3枚とも「ネット新聞から拝借」、

昔の茅葺民家残って法律で建てた家が倒壊、建築基準法の第1条、法律って言うのは「国民の生命・財産を守る」言う条文ってこんな時にはどう理解しればいいの・・・・・・・泣き寝入りするしかないんだって。可笑しいと思いません。・・・・・・・解決方法は・・・・・運が悪かったで泣くしかないの。・・・・・・そうしてください。・・・・・・・・・それがお国が決めた法律なんだって。
2008/07/07のBlog
[ 06:37 ] [ 未来が見えた ]
現在の建物話でこんな話を聞いた。

新設の「コンビニ」の建物を造るとき、耐久性は10年持てば良いという話だった。
不確実な時代、10年先はどうなるか見通しが立たない時代に30年40年なんて持たし必要がないというのが、銭儲けの人たちの考えだそうです。

トコトン切り詰めると、それから先はその時になって考えれば良いのだそうです。
オーナー募集の説明では、1日幾らの売り上げできるような「バラ色」の夢話で、その気にさせるのが大手コンビニの戦略なそうだ。

オーナーは投資をし、電卓で年間これくらいの利益が出来ると踏んで決断。
本当に10年で、初期投資が回収できるかはどう考えても無理だと思うんです。一つは博打打ち考えしかないのに乗っかる「欲深い」方々がのめり込むんですね。

だから徹底的にコスト削減しないとヤッテはいけないくなる。
建物でも最低「建築基準法」に違反スレスレで作られるのです。大手のものつくりの考えは耐久性を考えては商売にならない。何回でも回転できなければ商売にならない。

我々の造るのとは完全に違う「軽薄短小」でなければ儲からないのです。
でも「命」と引換え担保に金を借り、馬車馬のような働くお父さんには、とても家族の命を守るのには賛同できないでしょう。でも銭儲けするにはそれでないと、この「日本」では生きては行けないのです。

普通の考えでは「200年住宅」なんていうのは別世界の話なんだと納得、それをこれから遣ろうとする国があるんだから、この仕組みの中で中央官僚の頭の中には銭儲けのシステムを考えているのかもしれない。・・・・・・・・・・・のう「夏柴」殿。日蓮上人の考えにはそのような教えはないと思うのだが。
「南無妙法蓮華経」を100万遍唱えたら実現するかのなあ。・・・・・・・・わからない。10年の短命な「命」

2008/07/06のBlog
[ 07:02 ] [ 木造建築の謂れ ]
物を選ぶ時には、マジで最初は「デザイン」格好の良さが先ですよね。
次は、値段で最終決定されるのがスタンダードだと思うのです。

10年前に建てた家の、風呂の蛇口が故障していて水が雫状になって漏っていたのですが、段々酷くなって等々交換の運命に。
10年で使えないなんて、矢張りデザイン+ある程度の頑丈でもないと大変です。
現在価格でも4~5万円の部品代+工賃では、住まい手にとっても出費は大変な額ですよね。

―写真― 木製風呂桶をハジシテ、中を覗く。
この製品のように、一体化している様に見えますが、直角部分は矢張り溶接などで止めているんです。
水平部分が長いと矢張り、無理が掛かり弱める原因にもなり、この様なデザインは見た目が良いが使用欠陥に近いものではないでしょうか。どうしても使う側は、この長い部分に手をかけたりする事が多いと思うのです。

この家は公共上水道ではなく、湧き水引いている関係上、水に色々な成分が入って