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気仙大工 (ケセン語)ブログ
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2008/07/26のBlog
「震度7の建築経済学」いわて北部地震、気になったお墓の「縦と横」

激震「バーンときた」 料理店の食器粉粉

―写真― 洋野町墓石倒壊(朝日新聞)

現在、地震の震動強さを表し機器が多くあり、またそれによっていち早く我々が取得できることは良いことです。
しかし昔の人は、色々な自然界の物の動きから判断していたのです。義務教育しか受けなかった自分は、色々師匠に巡り合い話の中から聞いたことは、周りの物の動きから会得するのが一番と教えて貰った。

地震のとき身近と言うと、先祖代々の墓地の墓石の動きです。今回の「岩手・宮城内陸地震」「岩手県北部地震」強さから言うと、後者の北部地震です。前者の時には震源地が近い割に、墓石の動きがなかったが、先日の「岩手県北部地震」では墓石の全部とは言わないが、一部にずれが現れたのです。

―写真― 我が家の墓石のズレ

谷を埋めた部分の丘との境付近、真東の方向に建っている墓石が15度ほど時計の逆周り方向に回転したのです。生まれてこの方大きいと思った地震は1978年6月の宮城県沖地震、まだ墓地が山肌にバラバラに点在していたとき、自然石の墓標が結構倒壊したのです。5年前の「三陸南地震」のときには倒壊は灯篭など壊れたが、墓石のずれは結構あったのです。

底辺の大きさ2倍の以上の高さ縦長の「棹石」は現在倒壊防止のため、ダボを入れてなるべく倒壊だけは防ぐようになってきましたが、建物に例えると現代工法の2階建て住宅と同じです。逆に横長なら倒壊の可能性は低いのになぜか「地震国」でありながら、縦長なのです。まあ「天地」という論法から行けばその通りかもしれない。

震度とかマグニチュ―ドとかより、一番手っ取り早いのは、建物被害と墓石の倒壊は比例している。墓石が倒壊するとかなり大きな地震だと言います。この1ヶ月の間に起きた地震を比較するのには良い勉強になりました。

―写真― 一番大きくズレた親類の墓石 陸前高田市震度5弱

2008/07/25のBlog
7月24日、産経新聞記事から・・・・・

<<<【東北地震】震度6強、でも被害が少なかった理由は?>>>


最大震度6強、地震の規模を示すマグニチュード(M)は7・2。24日未明に発生した岩手県沿岸北部の地震は、広範囲で強い揺れが観測されたが、全半壊などの家屋の大きな被害は確認されなかった。

 筑波大の八木勇治准教授の解析によると、地震エネルギーを示すモーメントマグニチュード(Mw)は阪神大震災(平成7年)と同じ6・9。阪神では6400人以上の犠牲者の約8割は倒壊した家屋や家具の下敷きになった。この違いは、地震波の特性によるものだという。
東大総合防災研究情報センターの古村孝志教授によると、一般に周期の短い地震波は小さな構造物を激しく揺らし、周期が長い地震波は大きな構造物をゆっくりと揺さぶる。阪神大震災では、木造家屋などの被害に強く影響する周期1~2秒の地震波(キラーパルス)が強かった。

 今回は、周期が0・1~0・2秒の短周期地震動が強く、キラーパルスがほとんど含まれていないことが、古村教授らの解析で分かった。プレート(岩板)の内部で起きる

地震は、短周期の地震波が強く出るという。メカニズムは異なるが、6月14日の岩手・宮城内陸地震も、キラーパルスは弱かった。

 一方、岩手県洋野町や青森県八戸市の人たちは、被害が軽微だった背景に、耐震性の高い住宅が多かったことや、防災意識の高さがあるという
「古い家は自分たちで山の木を切り出して建てたものが多い。都市部で建てる普通の家の3~4倍の太さの柱やはりを使っている」と、洋野町種市の測量設計事務所社長、酒井義隆社長(51)。別の建築士は「古い大工は柱と土台、金属の留め具を使わずに柱と梁(はり)を組む。異物を使わない分、揺れを吸収しやすいのではないか」と分析した。

 八戸市の無職女性(70)は「戸棚は引き戸のものを選び、茶碗(ちゃわん)などが飛び出さないようにしている。ここは地震が多いから、古い人はみんな防災意識が高い」と話した。

 同市周辺は平成6年12月の「三陸はるか沖地震」をはじめ、多くの震災を経験してきた。青森県が昨年度から行っている耐震診断員の派遣事業で、八戸は真っ先に参加を訴えた自治体のひとつ。同市建築指導課の大原満課長は「住民も市も震災対策に対する意識は高い」と語った。

と記事が。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
このように地方でくらし住民にとって、なぜあの建物が倒れなかったかが一番の説得力である。

それはただ単に技術力が良かったもありますが、その建物に携わった棟梁の力量を評価したからであり、そのような事実を目の当たりにした方々が我々「大工」を支えてきたのであり、一棟も建てた事のない「えせ研究者」が、建物欠陥を指摘しても、それは嫉妬以外の何者でもないのではないでしょうか。

今後3年間かけ、急ごしらえの「伝統工法」を再評価する国土交通省の委員会が開かれるのですが、どんな難しい「研究語」をならべるより、昔から「百聞一見にしかず」は一番の説得力があるではないのか。
30年前現場のつくり方を知らない工業高校の建築教師の方が何だかんだといって建てられた「伝統的工法」(国が強制的に仕口・継ぎ手などオール金物で固めた建物などは悲惨な結果)建物が平成15年5月「三陸南地震」のときに全壊しました。

またその直ぐ隣に建っていた「大手プレハブメーカー」の近代工法を屈指し、関東大震災の7倍の強度があると言う「T大教授」のお墨付きの宣伝建物も同様に全壊した。いかに国が東京標準で、全国どこにでも当てはまる「法律」を作っても、それは全国民にとっては不幸以外の何もでもなく、それでも儲かるのは大型戦車のような「大手ハウスメーカー」の応援のためとしか思いないのである。国行っていることは詐欺商売が遣りやすくして、地方の大工らを疲弊させるためとしか思いないのである。


―写真― 1=今回の地震震度 2~5=H15.5月「三陸南地震」全壊建物2棟
2008/07/24のBlog
またもや「岩手県」で大地震です。頻繁にご迷惑をおかけしています。
寝て間もなく本当に小さな地鳴りが聞こえて来たと思ったら、強烈な立ゆれ、直ぐに飛び起き外に出る準備、時計は12時25分を指していた。88になった母親らを起こし家族全員に避難の声を掛けた。

「岩手県北部」と表現となっていますが、沿岸近く南北中間付近が震源地です。深さが正式に108kmとかなりの深いです。日本有数の地震地帯の上に住んでいるので少々慣れてはいますが、やはり震度が5以上になると、避難をしないと危険になるようです。

今は情報が発達したから大騒ぎになるけど、昔からだって回数は今と同じくらいあり、その長年の経験から、建物つくりに生かされてきたのが「伝統構法」の建て方なのです。それが昨年6月に「改正建築基準法」で否定された法律が施行されたのです。

そしてその原案を考え出した「国」事態が理解できない法律で、国民やつくりてが、時間や膨大な経費で大混乱を引き起こしてきたのです。
地域地方を理解できない中央官僚は、ハウスメーカーの支援は積極的だが、地方の「ものつくりて」には下請けで仕事したほうが、国・地方自治体は余計な経費がかからず出来れば大手1本にまとめたいのが本音ではないのか。

これでは技術者育成に「億」の国家予算をとり、その無様な運営では21世紀の後継者は「絵」に描いた餅ではないのか。「地域地方」の職人は国家の都合でかき集められ、消耗品として利用したが、それは国家の大きな損失を生んでいるのに、気が付ない事態この国は可笑しくなっている。

看板だけの後継者育成は地方に任せる仕組みに切り変え、税金の無駄使い出来ないシステムも、構築するべきです。何年経営できるかわからない「企業」が「200年住宅」を進める事態、国家つくりだし詐欺言葉ではないのか。その企業が200年生き残る事態が不可能です。その言葉に乗って家を購入するのは、詐欺企業を応援していることに気が付くべきです


2008/07/23のBlog
200年前に作られ、甲斐国に残った。「気仙大工」先人の古民家の木組みは「豪快」の一語である。当時の「くらしと大工技術」を知る大きな資料でもあった。
なぜかというと、これだけの大きさの建物は銭あるとか、贅沢だで、短絡に評価する研究者が多いが、これだけの建物をなぜ建てなければならなかったのかは、全然調べようとしない。

―写真― 
投掛け梁上、小屋梁枕は10間通し材
唯、大地主だとか小作人から搾取したからとか色々な説明もあるだろうが、当時の農家であるつくり、また当時、仙台伊達藩から地域統括を任され、どうしても毎日の暮らしが主体であるから、雨や嵐でも多くの人々に仕事をさせなければならなかった事情などは説明していないのが普通である。建物の大きさに圧倒されているから目がその方向にしか向いていないのではないのか。

―写真― 牛持から後に架かる投掛けはり
主体である「柱」大小全部栗の木の柱であり、大黒柱などは鉞仕上げである。恐らく台鉋で削れないため木挽きが、ハツリをされたのではないかと思う。またその削り肌の綺麗なこと、現在このような仕上げ方法などはなく、そして逆目が全然ないという肌を手でなでると分かるが、離れて見るとわからない。それくらい当時の技術は超仕上げ以上にされてあった。

―写真―
 2本大黒柱内1本の仕上面、まさかり仕上

2008/07/22のBlog
家を建てたい方と、住宅を買いたい方の考え方の相違が、今後来るであろう「大地震」の時の大きな分岐点になる。それとは、我々先人から受け継いで来た「伝統的構法」で建てきた建て方が、昨年の「改正建築基準法」により、法律内容を厳しくし、経費が飛んでもないくらい掛かるようになった

「伝統的構法」
は戦後出来た「建築基準法」所謂着のみ着のままを解消するための規制「バラック工法」に飲み込まれ、その法律が30年近くも経ったあたりに来た「宮城県沖地震」1978年6月の時、法律の欠陥が露呈し「建築基準法・バラック工法」が規制強化された。

もちろんその間も国は伝統構法の総てを理解できる研究学者がいなかったのです。確かに「伝統工法で建てる大工の部分欠陥を指摘研究する方が出てきたが、全体、総て理解できる方がいなかったのです。我々とて、この世界に入った時には一生涯勉強しなければならないのだと戒めの「教訓」を言われたものです。

―写真― 近くの山の木は、変な継ぎ手がありません。継ぎ手がないということは破断がないということです。
そしてその研究者と称する方と話と、伝統構法は「贅沢」普請といいます。「近くの山の木でつくる」のが何で贅沢なのかその真意が理解できない。自分らのほうが手を出せないからかとしか思いないのです。外国の木を目たら遣ったらに、伐採した安い木材を繋いでつくる方が丈夫なのだと言う言い分です。そして大方の国民が理解できない「研究語」を羅列すると建物は倒れないと言う。

自分らしか理解できないことを無理に押し付け、研究者という看板が横行すること自体この国が世界から笑われるのです。確かに1000年以上の歴史が積み上げてきた木造工法を否定して、一軒の家もつくれない研究者の意見が通ること自体おかしいのではないでしょうか。
「看板・飾」にだけ騙され、そのことに溺れるように仕向ける事自体大きな国家損失を生んでいるのではないのか。その周辺から集めた木材が否定され、外国の山を裸にすることに貢献するなんて自分らさえ良かったら後はどうでも良いなんてやはり可笑しいんじゃない。

「飾」を選ぶのか、後での改修が遣りやすい「骨」太を選ぶのかは、住む人次第です。

―写真― 貫工法は何百年も作られてきたのに「壁強度」弱いというアホナ研究者、しなやかでないのは「頭」の中まで、石頭だ。それでは「ミイラ」と同じではないの???

2008/07/21のBlog
[ 05:26 ] [ 節・節 ]
人は生まれて、生きて生きても30,000日を越えて生きることは、並大抵のことではない。明治末期43年に生まれた叔母が7月17日の朝、別世界に旅立った。
生きた日日は35916日、生を受けお腹の中の期間を考えると、36000日は心臓が止まらずに動いていたことになる。

大きな病もせず、数え16歳で嫁いり子供10人も設け、嫁いだときには舅は亡くなっており、まだ18歳の相手と頑張り大きな貧乏も乗り越え、今年は白寿の年でもあり孫子を含め、なんとか100歳まで願ったが、まもなく到達できると思ったが叶わずだった。

5月末に軽い脳梗塞を患い5日ほど入院、亡くなる2日前までは抱えられながらも、長い縁側を欠かさずに歩いてきたが、心臓が弱まりだしと忽ち他の機能の働きも弱くなるもだ。
当日の早朝、連絡を受け見に行き顔をみたらまだ意識がありだったが、胸の痛みを訴え入院させることになり、車で病院に行き間も検査途中に息を引き取ったのです。

自分も多く世話になり、昨日見送ったが今ただ安らかに冥福を祈るだけである。・・・・・・・・・
ご苦労様のとしか言いようがない。 合掌

2008/07/17のBlog
[ 23:50 ] [ 気仙大工 ]
今日17日朝「急」が出来、拙いブログ当分を休みしますのでよろしくお願い申し上げます。
尚、早急復活したいと思っておりますので、当分ご辛抱してください。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・気仙大工
2008/07/16のBlog
新宿の超高層ビルは現代の象徴、この木造、民家住宅も200年前は「ものつくり」の象徴ではないのか。
気仙大工の里から南へ、国道を約60kmの宮城県志津川町(合併により南三陸町)の豪農の民家を約20年近く前に譲り請けたとの事です。でも現戸主の思い入れも途轍もなく大きい方がいたものだと考えた。解体、運送と遥に離れた地から、甲斐の国まで持ってきたものだ。・・・・・・脱帽です。

解体時には、どうしても大黒柱2本が、上の「牛持桁」から外れ時に切断まで考えたとのこと、そこは現在もイル、特殊技術者に依頼して、何とか外して現在があるのだそうです。

―写真― 土間の隅から内部の木組み全景が28mmrレンズには入りませんでした。
「牛持桁」から前後に「投げ掛け梁」工法は、先人が考え出した木組み工法、見た瞬間確かに先人が、造ったのだと確信した。

現戸主が話しはじめに、縁側の矩折のところが「扇張り」に床板が張ってあったとの事です。それも気仙大工の先人が足跡として残してきた印しであり、その板張りの先が完全に割り込まれたものほど、優れた棟梁が仕事した後なのです。

唯、見学して200年前には建物の隅1箇所「隅紅梁」(現在の火打ち梁)が使われていなかったのは、この建物の後に、考えだされた工法かも知れないと思う。

―写真― とても内部土間木組みの全景は写し事が出来ませんでした。
2008/07/15のBlog
先日行われた「このままでは伝統構法の家がつくれない」のフォーラムが開催された。新宿駅西口側にある工学院大学へ。東京には何度行っていても新宿駅西側に下りたのも何十年ぶり、地下の歩道を歩き地上へおととっと何だコリャ「平角」を立てたようなものは、まあまあ一帯何なの。○○見たいに高さ競争のオンパレードだ???

―写真― 地上に出たら「工学院大学」フォーラム会場の棟29階143m

思い出した。確か前に来たのは1970年代が最後、淀橋浄水場の跡地に碁盤の目のように工事していたときだ。大分時間がたったから思い出せなかった。車移動時には通過はしたことがあっても、「超高層ビル」群に、近づいたのは今回が初めて。

―写真― 会場の窓から見たトウモロコシ見たいなビル、建設中モード学園コクーンタワー50階203.65 m


まあまあ高いこど、何ぼ土地がもったいないと言ってもこんな高い建物が必要なんだろうか。
わが町は、市役所や学校3階建て、キャピタルホテル1000が7階建てぐらいが、精々だ何でこんな高さが必要なんだ。

―写真― もう忘れられそうになった新宿住友3角ビル52階210.3m

米国の9.11事件見たいなのが起きた時は如何しんだべや。若い血気の若者どもが命を落とさなければならないような事にはならぬようにしてほしいもんだ。のう自衛隊の大臣や・・・・・・慎太郎殿。

―写真― 新宿センタービル何故かガラスが歪んで東京が見える。
でもこんな規格だらけの入れ物の中で仕事が捗るべかや、カエッテ疲れがたまるんでねえべかやと思うんだ。その上に効率が悪いと注意されながら仕事をするなんて、そんでも東京へ東京へと高校出ると行くんだから、1年から3年でテレビ・雑誌からの「夢」破れてこのごろも戻ってきたのがいる。

―写真― 何故か安定を狙ったのか判らない。裾のカーブ良い。損保ジャパン本社ビル200m(軒高193m)地上43階、

やはり、土に近い所のほうが良い、早く帰るは・・・・・・・・・・とてもじゃないがこのようなところでの暮らしは俺には無理だ。上を見れば限がない、下を見たら眼が回る。最果てが一番だ。あばよ。


2008/07/14のBlog
空いた口が閉じない.。・・・・・あーあーぃあーぅ~~あ・・・絶句・・・うーぇ~うぉ・・・う・・・巨大です。・・・う―~――~――ん。

200年前――気仙大工の先人が享和~文化年間にかけて建てられた民家を見学をさせていただきました。・・・・・・・・アリガタヤ・ありがたや。・・・・(南無観世音・南無観世音・南無観世音)

単純計算で「建坪100坪」は楽に越えていました。タダタダ驚く以外になかった。
2008/07/13のBlog
昨日東京・新宿工学院大学で開催された。「このままでは伝統構法の家がつくれない」フォーラムは超満員の参加者が集い、中味の濃い内容とパネラーの真剣な発表・発言に参加者が最後まで耳を傾けた。
内容は後日
250名募集が、400名近くが入った。
会場に入りきれなかった方々はホール画面で参加した。
当日参加者も多くあり対応が大変であった。
本当に超満員、多くの参加者に感謝申し上げます。ありがとうございました。
2008/07/12のBlog
[ 03:32 ] [ 未来が見えた ]
今日12日は、東京新宿・工学院大学でシンポジウム「このままでは「伝統構法の家」がつくれない!」「官・民」が同じテーブル目線で話し合い、共通部分をつくりだし今後の木造建築を次世代につなぐスタートでもあります。

戦後復興を推し進めてきた国が、色々な意見を聞いてきた木造建築研究者という似非研究者の意見がまかり通り、60年近くが過ぎました。その似非研究者の意見が行き詰まり、昨年の建築基準法の改正がその結果です。それは木造建築の見方の狭さの露呈でもあります。木造建築研究者との偽りの看板がまだまだ巾を利かせているようでは、国家国民にとっても最大の不幸でもあります。

その為にもこれを機会に、当たり前の国民は考えるべきです。女性を喜ばし「水周り」器具家具の度派手な宣伝に乗り、ぼろ儲けしている建材業者だけが生き残り、骨格である骨組みの材料は、最低寸法の手抜き工事しないと生きてゆけない、我々は自ら首を絞めていけないのではないのか。それは大地震があるたびに、倒壊ということだけが大きく取り上げられ、つくる時に倒壊しない家がつくれるのに、予算ということで、一番先に予算が切られます。それが最大の倒壊原因ではないでしょうか。

その解決には、十分な骨格寸法で作るべきで、似非研究者のつくり出した、計算式には物を知らないと言う最大欠点があることを知らないで採用するのが大きな間違いであり、それを推進した国も大きな責任があります。もっと過去を知りそれを最大に生かしのが「国」の大きな役割であり。もっと現場での勉強が大事ではないのか

―写真― 長い丸太材
「建設環境情報センター」次のような論文が掲載されていました。(抜粋)

「日本民家に学び直す」

 日本の旧来の住宅は大きく分けて農家と町屋に分けられるが、その作り方は両方とも木造であり伝統工法とか在来工法とか呼ばれている

名前の由来は戦後の新来の工法に対する呼称であって工法の種類ではない

家の構造的な種分けでいえば、石やレンガなどを積んで作る〔組積造〕に対して〔軸組造〕といわれる。

木を組んで家の架構体とするから構造としては柔構造である。

最近は地震対策のため筋違いを入れて剛構造とするものもあるが、地震に対しては揺れてエネルギーを吸収するのが基本である。

これらの基本的な構造ゆえに、日本の民家の場合、梁や柱はリユースが可能であり、現在の環境時代に見直すべき利点である。

20年ごとの建て替えで有名な伊勢神宮の木材も下げ渡された後リユースされる。しかし高温多湿なモンスーン気候なので土台部分の柱は腐りやすい。

そこで、腐った部分だけ切り離して根継ぎする工夫なども、現代に復活させるべき技術であるかもしれない。

その他、日本の民家の消えゆく技術で復活させたいものは多数あるが、住宅の基本は、生活に密着したものでなくてはならないという事である。

即ち土地土地の気候風土にあったものでなくてはならないという事である.現在の住宅に地方特有の個性がなくなったのは、住宅と自然とを切り離して快適さを追求するあまり、その土地の自然に合わせる必要がないと錯覚した事による。

四季のある日本の民家は四季折々の季節にそれぞれ対応できるような様々な工夫が凝らしてあり、それによって日本人の感性は研ぎ澄まされてきたのである。

それが練度の高い短歌や俳句となって日本人の生活を豊かなものにしてきたのである。

例えばガラスのない時代の日本家屋は明り取りの為の様々な工夫がしてあった。

格子戸にしても、障子と雨戸の組み合わせにしても、屏風や几帳の使い方にしても明かりを如何に取りながら外界と境界を設けるかという工夫に他ならない。

これらの作り出す光と影、また外界の空気との接触、ふれあいが作り出す人々の心動かし如何に多くの歌を作り出してきたか。

そして自然が生活空間に入り込んでくる事、虫や生き物の発する音など、時には生活苦である事もあったであろうがそれらを排除して、その代わりに失ったものの大きさに現代人はやっと気づき始めたのではなかろうか。

虫一匹いない生活空間、暑さ寒さを感じない生活空間、それを作り出すために使われている新建材の発する化学物質。それらの充満する密室空間の中に閉じこもれば健康を害するのは当たり前であろう.

シックハウス症候群の発生は決して現代人が過敏になったのではなく、むしろ過去の人より鈍感になっている可能性のほうが高いが、それ以上に、密閉された環境に長時間さらされている結果だと思う。

シックハウス症候群の犠牲者に子どもが多いのは身体的に弱いのはいうまでもないが、家に閉じこもる時間の多さにも関係があるのではないであろうか。

話しがそれたが、昔農家にあった廊下の役割も外界と内部の関係の微妙さに一役も二役もかっている。障子で明かりを取ることは出来ても雨風は防げない。

そこで雨戸があるわけであるが大抵はその間に廊下というか所謂縁側があった。

夏はそこでスイカを食べ、冬は日向ぼっこをした人はまだまだおられるであろう。

子どもの頃のよき思い出である。

現代のサンルームやベランダでは出せない味わいであると思うがどうであろうか。

家の中のサンルームでもなければ、家の外のベランダでもない中間的な空間。暑すぎるときは軒に簾をかけて直射日光を遮る工夫もあった。

昔の日本人は民家に見る限り自然とともに生きる民族であって、自然に対抗する民族ではなかった事が分かる。

それが何時の間にか家が建てるものから買うものに変わり、ル・コルビジェの〔住宅は棲む為の機械である〕と言うような悪しき思想に見舞われてから、日本の住宅は伝統と文化から切り離されてしまったと思う。

21世紀から22世紀に向けて戦後を清算して再出発を試みるに際して日本文化の伝統の蓄積を見直す必要を
強く感じている。

そのキーワードは木の文化の再生である.日本の気候と風土に合いそして循環可能な天然資源のもっとも豊富なものが歴史的にも現実的にも木材であり、その使用技術の高さは相当なものである。

しかし、その技術も後10年程で失われる可能性が高い。

これからの10年が最後の失われた10年といわれないように急いで方向を変える準備をしなくてはならないと考える。(で結んでいる)



2008/07/11のBlog
いよいよ明日7月12日、東京・新宿の工学院大学において「このままでは「伝統構法の家」がつくれない!」のシンポジウムが開催されることになりました。

昭和25年に建築基準法が出来て以来、伝統構法は戦後復興という建方の「バラック工法」とは別だという次元で、色々制約に我慢して来ましたが、昨年の建築基準法見直しにより、伝統構法は別世界に追いやられ今後は飛んでもない経費を掛けないと建てられなくなりました。

これではいかんと、我々伝統木造建築に関係する「大工・設計者・木材業者等」のあらゆる関係者が全国的に連携して今回の開催となった。これを手始めに今後伝統構法が国民にきっちりとわかるまで戦います。野球に例えると明日は、1回の表の戦いに入ります。9回裏3アウトまで長い長い試合になりますが、国民の皆様の応援がないと戦いませんので宜しくお願いします。

尚、6月19日「朝日新聞」に「岩手・宮城内陸地震」の被害、「伝統構法建物の被害が少なかった」という記事が掲載されていました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
記事
岩手・宮城内陸地震の被災地で、建物の「応急危険度判定」が行われた結果、205戸が「危険」と判断されたことが朝日新聞の集計でわかった。各自治体が18日までに調査した家屋の6.5%を占める。この比率は、震度6弱以上の揺れを記録した地震と比べても小さく、揺れの割に建物被害は少ないことが裏付けられた。

 この判定は、岩手県一関市、奥州市、宮城県栗原市、美里町の3169戸で実施され、一関と栗原の両市は18日までに終了した。「危険」に次ぐ「要注意」は、4市町合計で589戸(18.6%)だった。

 栗原市内の約2900戸でみると、木造、鉄骨、鉄筋コンクリートとも「危険」が4~7%台と低かった。

 今回のマグニチュード(M)は7.2で、最大震度は奥州市や栗原市で6強。国内で最高の4022ガルの加速度が観測されている。日本建築防災協会のまとめでは、同じ6強を観測した鳥取県西部地震(M7.3)は10.9%、最大で6弱の福岡沖地震(M7.0)は16.4%。今回は「危険」の比率が小さいことがわかる。

◆伝統工法と軽いトタン屋根がカギ
 建物には再び住めるのか、二次災害を引き起こさないか。建築士や自治体職員が連日調査を続けてきた。


 栗原市の花山草木沢。築40年の2階建ての民家は家具や冷蔵庫などが倒れたが、柱が折れるといった構造自体の被害は確認されなかった。

 1級建築士の千葉栄さん(63)は、土壁に露出した横板の様子から、「貫(ぬき)工法」と呼ばれる伝統工法が使われている点に注目した。穴を開けた柱と柱に横板を組む。地震でも揺れに合わせて建物全体がしなる。千葉さんは「農家が多く、伝統工法の木造家屋が多かったことが、倒壊につながらなかった原因のひとつでは」と分析した。
 約20棟あるこの地域で、「危険」判定はなかった。宮城県建築士会栗原支部の高橋誠一副支部長(42)は「中越沖地震との違いは、付近に多いトタン屋根ではないか」と話す。屋根が軽いと倒壊しにくいからだ

 草木沢から北西に6キロ。あちこちで土砂崩れが起き、立ち入りが規制された花山本沢中村地区は、様相が違った。

 県建築士会の白鳥淳・栗原支部長(56)が調査した11棟のうち4棟は土台から基礎が10センチ以上ずれていた。1階が納屋や車庫になっている2階建ての4棟は傾いていた。倒壊こそなかったが、「危険」が8棟。「もう住めないね」。危険を示す赤い紙が張られた家を前に、住人の夫婦はこうつぶやいたという。

◆断層周辺に家まばら 揺れの周期も影響
 建物被害が少なかった理由を、専門家はどう見るか。

 最初のポイントは地盤の動き方だ。地震を起こしたと見られる断層は、駒の湯温泉や、大規模崩落があった荒砥沢ダムの東側で見つかった。断層は北東から南西に延びており、西側が東側に乗り上げる形で動いたらしい。

 東京大地震研究所の纐纈(こうけつ)一起教授は「被害が山側に集中したのは断層の直上だったため。(今回のような)逆断層の場合、一般的には乗り上げた地盤側の被害が大きくなる」と指摘。今回はそこに人家が少なかった。

 次は地震波の特徴だ。建物には、種類や高さによって揺れやすい周期がある。特に周期1秒前後は木造住宅などに壊滅的被害を与え、「キラーパルス」とも呼ばれる。

 家屋の現地調査をした東北大災害制御研究センターの源栄(もとさか)正人教授(地震工学)は「今回は周期0.5秒以下と短い地震波が多い一方、加速度が大きかった。こうした揺れは木造や低層の鉄筋コンクリートの建物を倒壊させるパワーはないことが多い」と指摘する。

 東京大総合防災情報研究センターの古村孝志教授(地震学)も同様の見方だ。今回目立った0.1~0.3秒の地震波で破壊されやすいのは、硬くてしなりにくい橋や道路だという。道路が寸断され橋も崩落したという被災地の状況とも一致する。
 ◇
 応急危険度判定 二次災害を防ぐために判定士が早期に建物の安全性を判断し、「危険」は赤、「要注意」は黄、問題がなければ「調査済み」の緑の紙を張る。付近のがけの状態や隣家の瓦などの落下の恐れも判定するため「危険」がただちに「全壊」ではない。「全壊」「大規模半壊」などと自治体が判断する「罹災(りさい)証明」とは違う。