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気仙大工 (ケセン語)ブログ
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2008/08/22のBlog
まだ8月だと言うのに毎日不順な天気、直ぐ隣町はゲリラ豪雨で慌てふためき洗濯もの入れたとのこと。
シトシト梅雨の時期がない状態で夏を向かえての天気は絶対不順の連続です。
お盆だって、気象台のグラフを見るとおり30度に満たない気温です。

大船渡気象台8月観測値
昨日の最高気温は20度までも上がらないで終わった。
22日今朝の最低気温16度、等々1ヶ月も早く茶の間の電気コタツに電気が入ったのです。
昨日までの雨も上がり空は完全に真っ青に澄んだ秋空です。
やはり今年は可笑しな天気もようの毎日、農業の作物も可笑しいです。
蜂が少ないので花が咲いても受粉が少なく実がならず、本当に日本国の組織も可笑しいが「お天頭様」もやはり可笑しいです。テレビも8月史上最低気温は放射冷却現象で記録したなどと、これからの1週間ないし2週間で持ち直さないと狂った季節が来る感じかも知れない.

―写真― 朝の家の周囲の空 西と南方向



2008/08/21のBlog
甲斐の国に移築した「築200年を超えた」民家を見学で見たものは、独特の空間をつくるため先人が考えだされた「投掛け梁」工法です。
先人の仕事、200年前の棟梁の頭の中のイメージが現存していたのはどんな書物より重要です。しかしこの工法を追求していくと、あるものをイメージができます。

当時の棟梁は、家大工ではなく「木挽き」が「投掛け木組み工法」を考えだしたのです。大正時代まで、上棟式の直会の席順は「木挽き」は大工より上に座ったと言うのは厳然たる事実です。本家母方の祖父の兄は明治から大正初期までその木挽き集団の頭領になり、気仙から遠く現岩手・宮城の内陸まで足を伸ばして仕事をしていたのだそうです。
なぜ、現岩手・宮城の内陸まで行き仕事をしたかというと、物流の基「千石船」に使用する「大径木」の木材は搬出に楽な海の側の木は切りつくし、どうしても段々内陸奥へと足を伸ばさざる以内事情があったのです。船の耐久性は精々10年が良いところで、どうしても海運が盛んになればなるほど「大径木材」を求めなければならなかったと考えられるのです。

そのためには「立つ木」を見る眼力が重要であり、建造する「千石船」のどの場所にその木をどう当てるかは船大工ではなく、木挽きでないと出来ないのです。「大径木」の丸太をそのままの牛・馬で陸送は不可能なため、大きな川の側(北上川本流・支流)が重要になります。
そのため、「牛・馬の陸送」に備え伐採現場での胴割りなどして川または陸送も考えたのです。

(続く)


2008/08/20のBlog
[ 06:48 ] [ 気仙の辺辺(あたりほとり) ]
昨日親戚に用事があり電話したところ今朝着いたばかりの「秋刀魚」を昼に料理するという話しになり来ていうので、遠慮なく訪ねることにした。
海はもう秋です。
北海道沖で操業している「秋刀魚船」からの親戚の家に直送の秋刀魚が届いたと、12時過ぎ遠慮なく昼飯をご馳走になることに、今日は皆仕事など出かけ1人なので自分の家の家族2人を連れて訪ねた。

氷つけの超新鮮な秋刀魚をこちらが好きな刺身にとさばいていました。
発泡の蓋上にならべた「秋刀魚」かなり大きめです。
胴の部分のふとみもあり、こりゃ美味しいは。
色々とこちらの好きなものばかりテーブル並べ、お盆中の色々な話をしながらですから、今年一番の秋刀魚の刺身の美味しいこと、他所の家なので「ビール」はご法度です。
多めにつくったので残りは今晩のシバデでに、分けてくれて味覚の秋を堪能しました。・・・・・・・・ありがたやアリガタヤです。


2008/08/19のBlog
8月15日の岩手日報夕刊、トップ記事左上に「県内木造住宅・進まぬ耐震化」と大文字が眼に入った。中ほどの中文字記事「補助や住民意識が低調」「県普及啓発に本腰」と書かれ、注目の記事だと思い読みました。
もちろん岩手県民のほどんとはそれが今来るか、何時来るかも皆理解しているが、行政に言われなくても「大地震」が怖いのは十分に承知していると思うし安全であるべきは心から願っているのです。

しかし、「安全」はタダではないのです。~~繰り返します。 「安全」はタダではないのです。先立つモノがなければ「犬の遠吼え」でしかないのです。

岩手県民の65歳以上の高齢者が、25%以上4人1人が高齢者です。(H18年統計)働く場所が少ない上、年金頼みの生活者に建築業者として耐震診断をした方が良いのではとても言いがたいのです。ましては、「耐震リフォーム」の為の借金、金融機関は貸してくれません。とても若者でもいれば貸しが、高齢者が土地を持っていても最高に条件が良くても無理です。

我々の集落80数世帯には1人で家を守っている高齢の女の方が、数人いますが暮らしを見ていると本当に大変なのが実感できます。「安全・安全」のお題目を唱えていると何とかなるものではありません。第一その生活者を長く生きてもらう方だけでも大変なのに、地震で家が壊れるからとこちらの都合だけで事を進められません。ましては「リフォーム詐欺商売」横行しているのにそれの防衛だけでも、大変です。そのことを本当に岩手県の行政は理解しているのかと思うのです。

都市から離れれば離れるほど、高齢者の吹き溜まりも理解できないなんて、役人には県民生活をどう考えているのか本当にわかりません。昭和40年代から国・県は、法律(建築基準法)による「手抜き工法」を奨励しておいて今更、耐震性のある建物に改良せよなんて、先日の「岩手県北部地震」「岩手・宮城内陸地震」の時にも、建物被害が少ないのは、近所の素人古老などがそんな建て方では、地震には持たないぞと良く言ったものです。

古老は近所の建前の「木組み」の組み方「大追(かけや)」の叩く音を聞いていて判断したものです。簡単に建てた建物などは、あの大工は木っ端大工などと近所のお茶のみ話などで話していたものだ。それでよそ者の大工が来ると真剣にその仕事を見、聞き判断したものです。だから「気仙」では、一般人の方のほうが煩いのです。ハウスメーカーなどが来ると職人より一般の人の方が興味津々なのです。しかし時代が変わって「叩く音」での判断できる「古老」はいなくなりました。

日々の暮らしで生きるのが精一杯、親子が別々の生活で分断され「法律」は弱者を「安全」のお題目で虐めているのです。それだけに都市から離れた地方の生活は厳しく、銭~銭社会になった地方の生活の仕組みから考えないと、今後間違いなく来る「大地震」の犠牲者は浮かばれないであろう。・・・・・・・・・・・・・これを解決するのが行政ではないのか。4年に1度の選挙の時には「薔薇色」の話の選挙運動で当選しながら、当選後は野となれ山となれでは、議員や首長さん、あの言葉を忘れていませんか。それを解決できないでは「詐欺」だと言われて反論できますか。

2008/08/18のBlog
[ 06:34 ] [ 未来が見えた ]
盆3日、時間が出来ると「北京5輪」のTV観戦の応援で過ごせた。
17日の「日本女子マラソン」は本命が消え2番手もコケ3番手1人が完走、欠場・途中棄権という最悪「北京5輪」が終わった。

しかし生身の人間、1寸先が闇だと昔から言いますが、なぜ3名を選んだのか「日本陸連」という組織はなにを考えているのか疑問に思うのは自分だけだろうか。

只単に、TV選考大会で成績だけで選考する欠陥が露呈したのが今回の「北京5輪」ではないのか。

競技の時間的成績にだけに拘った選考をもっと考えるべきではと思う。選手の体調欠陥などを玩味し、何かの時のスペアを準備するべきであり、3名が全て運よくコンデションがベストなんてありえないという危機管理を持つべきであり、最終選考は少なくても4~6名を選考すべきである。

TVやマスコミのやじ馬選考で選んだ無責任の結果である。

3名は国を背負うという緊張感とハードな練習、マスコミの晒し者にされたうえ、無様な姿を全世界に晒した。この事実をもっと反省するべきである。宇宙飛行士なみとはいわないが、生身人間を選ぶ以上はいつでも、無理を押し付けるべきではないと考える。

それは選手1人1人が何かが起きた時には無理をせずに、スペアに譲る考えを持つべきではなかろうか。体調が悪いのを隠しての結果はこのような惨めな記憶を残し、終生この事実は語り草になり、本人が一番傷を残して行くことの方がもっとおお事ではないのか。

日本という国は、昔から組織の硬直した考えによる間違えが多くあり、道を間違え気がついたら早く修正する柔軟さがなく、間違いでも兎に角面子にこだわり大きな間違いが至る所にある。

米国の水泳ハンセン選手などはTVでも報道されていたが自国の選考にもれても、男子400mメドレリレーには何日前に選ばれ泳いだが、柔軟な考え方と放送していたが、その様な組織であってほしいと思うのは自分だけだろうか。

2008/08/17のBlog
[ 07:04 ] [ 気仙の辺辺(あたりほとり) ]
昭和20年8月暗黒の国家、軍部の圧政から開放され、無政府状態が始って63回目の夏がきました。もう63年以前を語れる方々は、「後期高齢者」になり当時の現状を子孫に言っても誰も耳を貸してくれません。

平成の現世の始まりは、第二次世界大戦の敗戦により日本人は虫けら同然になりなりふり構わず自分さえ良ければ良いの始まりでもあった。

満州や南方・北方の戦地での極度の緊張から解放され、国の敗戦は残った者たちには谷底というどん底に突き落とされ、心の中まで貧困になり、外地からの引揚者血気の男女の精力の吐け口、昼間は家族の食料求めに精一杯になり、電力事情の極度の悪化、灯火管制から早く就寝、コントロールできない「男・女」若さが闇夜に爆発、1年後にはワンサカ「子供」が大量に誕生していった。
昭和20年代前半は、戦争の後遺症による血気の「男・女」の生きる力を生み出したのも事実所謂「貧の子沢山」です。その時代に生まれたものは「一生懸命」働く親の背中を見て育ち、貧のための頑張ることが身についたのです。そして、60年経たら、何のために頑張ったのかの付けが溜まった。また平成の時代、国家による「法」という縛りの「圧政」の20年でもあり、また基の「木阿弥」に還る。1日に例えると、午後の時間帯に入ったといっても過言ではないのか。

自分たちが選んだ、国・地方議員の無能も露骨に表れ、国を引っ張る基が63年前より断然悪く、現在はもっと品がなくなったのも事実である。これでは世界の笑われ者になっていくのも目に見える。総てにおいての始まりは、63年前に溯るのは間違いないのである。来年も来る8月はどのようになっているやら、末端の地域は益々少子高齢化の波にもまれ現在より悪くなっていなければ良いがと思う。・・・・・・・・・・・・・・・・

―写真― 菩提寺の真東・・・・・真西、海から日が昇りそして沈む。




2008/08/16のBlog
[ 05:48 ] [ 気仙の辺辺(あたりほとり) ]
13日午後お盆の入り今日16日までがお盆。今年は7月からお盆前は大きな仏事で仕事は棚上げの日々が続いた。10日の日曜日は早朝5時から菩提寺での檀家総出の大掃除、雨が多かったのが草は伸び放題500数十軒の檀家が他町からまで集まり、国道四十五号線の道路まで駐車し、パトカーの出動にまでなる。この大掃除を欠席すると¥2000.-の負担、だから男女問わずに出席する。真面目な方々だ。・・・・・・・・・・

約1時間で菩提寺の作業は終了。この後がまた各地域の道路・河川の草刈り堰上げと続く、地域班長をしていると、責任分の作業を見回り完了するのが9時前である。
昔の人は言いました。「忙しいお盆が3日、いらざる彼岸が7日」と逆には出来ないことを語りました。生きているもの総てが納まるところ、また地域の助けがないと生きてゆけない地方、銭が総ての都会とはまた違う、地域風土のしがらみに生き、生かされるのが延々と今後も続くのである。・・・・・・・・・それが田舎のしがらみでもある。そのしがらみを超えて都会に行っても亡くなると、菩提寺に還るのである。田舎を守る大変さ「後期高齢者」ばかりの顔顔である。

シンタロウ殿、人口の半分地方に返せよ。頼むよ・・・・のう。


2008/08/12のBlog
何百年も、地域・地方風土に根ざして、多くの災害を経験した先人らが積み重ねてきた「木造建築技術」が、高々頭が良いと自認する40~50歳の若造が力の掛かる微弱部分を貧弱な実験体を使って解明したなどと取り上げるマスコミや学会論文での評価だって悪いとは言わないが、参考意見ぐらいにしておかないと、益々「天狗研究者」になって間違った考えが「当たり前」になるのが大きな危険を孕んでいる事を注意しべきである。

我々ものつくりでも、昔から計算力だけ優れた大工が1日の半分を現場で計算していたなど言う、笑っても笑われないのが1日の日当をもらったなどと語り草になっている。

御天等様が真上にいるうちは、材料に向かい仕事をするべきで、難しい計算などは夜なべや酒を飲んでしてでも、頭の中に叩き込めは昔からの教えであり、真昼間研究などとウツツを抜かして手間をもらうなどは言語道断であると教え受けたものだ。(耳の痛い方は「耳垢」で塞いでください)

今の「日本国」は無責任国家となり、「人」がやってはイケナイことを「法律」に違反しないからやっも当然だと言う論法がまかり通っている。だから細分化した法網に必ず抜け道があるのを探して悪をやる。これで一番損するのは真面目な人達だ。

大学の「法科」を卒業した人間が一番「オレオレ」詐欺を作っているのではないのか。とにかく「法律」さえわかれば、後は「赤子」の首を捻るのは簡単であり、建物だって設計などで飯を食っている大半は法律に明るいから脱法が出来たのがアネハだ。(真面目にものをつくるやつはアホダとホク損じている。)

―写真― 長材を繋ぐ

2008/08/11のBlog
昨年6月、「大改正された建築基準法」によって地域・地方は先人から受け継いできた。木造建築の伝統構法が、木造建築・木材の扱いも知らない、偽者研究者の餌食になり「法律違反」という大きなレッテルを貼られ、今後は東京で決めた「法律」に従わないと、目ん玉が飛び出るくらいの罰金を払い、アラユル資格の剥奪をはじめ、この道に10代から関わり工法を受け継ぐ用に叩きこまれた木造建築技術の大工は、伝統構法を後世に伝えることが出来なくなりました。

その木造建築技術しらない理解できない、研究者という看板の方々に虐待されています。
研究者しか理解できない論文で現場の技術を虐めることで優越感を持っているのです。
この研究者という方々は、自分らが生き延びるためにとしか思えないのです。

考えて見てください。

家、1軒も建てたことがない頭が良いと自認する方々が考え出した案を、国に提言して、銭をもらっているのです。
それは日本国を考えてのことではないのです。

大学を出て視野の狭い研究をしただけで、我々「ものつくり」からみたら「2次元」の考えの押し付けです。
「3次元」を出来ない研究者になにができますか。
人が入る「器」はもちろん機械的に作れますが。
その家に入る生活者の「幸福」までの研究はゼロです。
大学で学ぶ学生に「器の生活者」の幸福を教えた教授・研究者は、この日本国に1人もいません。
これは過言ではありません。
その事実は、学生が研究のためと、現場に聞きにきますが、それは教授による考えに基づいてきているだけです。

だから現場にくるとチンプンカンプンの質問をしてきます。
これで学科を卒業しても住まい手の幸福をつくるでは全然駄目です。
そして卒業後は1流ハウスメーカーに就職できれば、有名な教授の威光が光だけであり、自分の生活のため、銭儲けの手先になり踊るのが幸せだと思って生活に浸って、一生馬車馬で終わり気がついたときは何だったのかは「後の祭り」・・・・・・・悲しくない。

番付は続きます。


2008/08/09のBlog
2008年正月早々から、「癌」ではとの疑いが濃厚になった同い年の「叔母」、検査入院での結果は4段階の3という宣告を受け「ショック」・・・・・・・・・今年一杯の生存は無理だろうとお医者さんが語ったと嫁ぎ先の本家の旦那も頭を抱えた。

その本家の旦那が、とにかく1日でもこの世に生かして置きたいと真剣に考えてくれ。大船渡病院の担当医も、手術だけなら自分も出来るが、精密検査を受けたほうが良いというアドバイスに従い、盛岡市・岩手医大に転院、2月中には手術、なんとか悪い部分を切除してとの願いの一縷の望みたくして手術室に・・・・・・・・
手術室に入って小1時間も過ぎたころに予想もしない、手術室から帰ってきたのです。説明結果、手遅れの宣告、5月頭ごろまで寿命だろうと言われたが、本人は手術したので盛岡から大船渡の病院に帰れると喜んでいる。本当のことを言いない辛さを知らず、3月から軽いガン治療に入ったのです。

1回の治療効果は不明のまま転院を希望、本人は帰れるの精神的支えで県立大船渡病院に帰ってきた。7月16日家の近くの高田病院転院それから8月1日まで生き、午後まで誰が病院に来たかもわかる中、肺に水がたまり酸素の行かなくなり心臓が停止。そのまま親元に帰って行った。7月17日はまもなく100歳を迎えるはずの母の義姉が旅立ち、7月頭には建具職人S氏が68歳で亡くなり、7月は今まで多くお世話をいただいた方々の寿命が長い短いに関係なく、「生」を全うしそれを送った月。・・・・・・・安らかにとしか言いようがない。

―写真― 岩手医大病院―――大船渡病院


2008/08/08のBlog
8月1日より、長い間PCの前に座ることができませんでした。
留守中は大変ご迷惑をおかけしました。

今後も都合のつく限りブログを書いてゆきますのでよろしくお願いします。

―写真― 岩手県北部地震のつめあと

2008/07/31のBlog
[ 05:02 ] [ 気仙の辺辺(あたりほとり) ]
2月頭に伐採の杉の長材をトラック搬出のため気仙杉の生える、わが気仙町内の里山に隠れた「名水・釜の口」があるのを聞いてはいたが、1度も行ったことがなかったのです。
林道の途中、車のUターンをする場所直ぐ側にありました。
車をおり、鬱そうと茂る木立の中を歩いて十数歩の山の丁度窪地の部分、水の神を祭る「水神様」の下に蟹股状の岩の間から滾々と沸いていました。本当に綺麗な湧き水、手をいれて見るととても冷たいです。
側には、コップなども疎なえてあり「水神様」に手を合わせ、まずは飲んでみることにした。
早朝だったので、空腹の中で飲む水はまた格別に美味しいこと、特に昨夜は少し飲みすぎたことでもあり、本当に胃袋は待っていましたと言わんばかりに入りました。
美味しい、ほんとに旨い水ですした。
人の話は瞬く間に広がるもので、隣町の気仙沼などからわざわざ汲みに来る方があると、直ぐ側で牛を飼っている方が、言っていた。好きな人は何処にもいるもですねえ。
塩素などで「浄化」した公共上水道とは全然違うのです。山の栄養が済みこんだ味は独特なものがあり、病み付きの方には答えられないのがわかります。

こうして公開するとワンサカ来るので、マニアだけにして貰えたいです。
なぜかというと搬出などで、大きなトラックなどが林道を塞いでいることもあり、すれ違いする場所がありませんのであしからず。・・・・・・・・・・・・・・・生き物には「水」ないと1日たりとも生きられません。

尚、なぜ「釜の口」かはわかりません。写真とおり「竈の口」に似ているからかも知れません。


2008/07/30のBlog
[ 06:17 ] [ 古民家 ]
古民家を見学途中おいしいそば屋があるというのでお昼によりました。
場所、山梨県甲州市塩山三日市場2512 笛吹川温泉敷地内
純手打ち蕎麦 『そば丸』です。しかし秋には閉店せざる得ない事情と聞きました。
予約して早めについたのですが、店の外に予約客が一杯待っていました。
どれくらい待つか、今食べているお客が食べ終わらないうちは入れないのです。
待つは待つは、40数分は言うに超えて待ました。
待ち時間をジーとしているのは勿体ないので「そばつくり」をガラス越しに見学、超薄いそばを何度も引き伸ばしてはまた引き伸ばしの繰り返し、本当に薄く延ばしていました。

建物は神奈川県から移築民家だとも聴きました。店の中は大部分店にするため改装している見えたのです。材の割れの酷さから米松材が多く使われたようです。
ようやく炎天下から中へ、若い店員さんが前のお客さんが食べ終えたのも片つける暇もないくらい、お客さんが待っていたのです。とにかく皆暑いので直ぐビールに手をつけて喉を潤している内にもう出来てきました。やはり細いです。あれ位伸ばしのがすごいと思ったがやはり職人さんです。

辛味大根の薬味での味はなんとも言いない美味しいざる蕎麦でした。


2008/07/29のBlog
http://kino-ie.net/act_014ex.html

下の写真、決議文を読んでる所「クリック」すると決議文が現れます。

2008.7.12公開フォーラム 『このままでは伝統構法の家はつくれない』決議文

失ってはいけないもの
つないでゆきたいもの


 今、私たちが先人から受け継いだ日本の伝統的な建築技術を手放してしまったら、百年後、二百年後、この日本から、風土に融け込んだ美しい風景が、季節のめぐりの中にある暮らしが、日本人らしい感性が、失われてしまいます。技術も風景も文化も、そして感性も、いちど失ったら、取り戻すことはできません。日本という国が、歴史や文化、職人技術を尊重し、それを活かすまっとうな国であってほしいと願います。

 そのために私たちつくり手は、現状では法律的に不利な立場に置かれていながらも、日本の木の家をつくり続けます。つくることのできる人育てをします。住まい手に伝統構法のよさをアピールしていきます。伝統構法を未来につなげるための法整備を求めます。

 このままの状態が続けば、伝統構法の灯は、それを望む人がいるにも関わらず、消えてしまいます。そうしないために、国ではこの三年で伝統構法の法整備を進めようとしていますが、それが伝統構法の家づくりをそれぞれの地域で、実現できる方向に進むのでなければ、伝統構法を未来につなげることにはなりません。つくり手の声に耳を傾け、現場に即した、計算や手続きが煩雑になりすぎない、誰にでも使える法律をつくってください。私たちも現場から、声を届けます。

伝統構法を未来につなげる、
今はとても大切な時


 木の一本一本の性質を見抜き、適材適所に組み上げていく職人技術による家づくり。それが「伝統構法」です。これを「過去の文化遺産」にとどめるのでなく、未来に向けて積極的につなげていくべき時が来ています。今、つなげなければ、もうつながらなくなる「大事な時」に私たちがいることを、まず認識しましょう。

 そして、量より質を大事にし、環境との共生をめざし、日本のすぐれた建築文化や暮らしの知恵を活かした未来をつくろうとするならば、伝統構法の家づくりを広げましょう。なぜならば、伝統構法の家づくりとは、単に「住む箱」をつくるだけでなく、日本のものづくりの原点である職人と住まい手との豊かな関係性を築くものであり、日本の気候風土に添った暮らしの場となり、環境にも負荷をかけず、地域材利用で山を守り、後世に残す価値のある美しい景観をつくるなど、いくつもの「よさ」をあわせもっているからです。
ほかならぬ日本の法律が、
日本の木の家づくりを縛っている


 なぜ、このようなことをわざわざ宣言しなけれならないのか。それは、この「日本の木の家づくり」が、ほかならぬ「日本の法律」である建築基準法によって、しにくくなっているという皮肉な現状があるからです。その背景には「地震国である」という、これもまた日本特有の悩ましい事情があります。

 建築基準法は「力に対して剛性で対抗する」という西洋の建築学に依拠しています。西洋の建築学からみると「伝統構法の家は地震に弱い」という評価をされてしまいますが、それはひとつの見方に過ぎません。実際に木を扱う大工棟梁たちは経験的に「伝統構法の家は地震力に対抗するのでなく、柔らかく受け流すしくみをもっている」と確信していますし、実際に大きな地震にも耐えてもっている伝統構法の家はたくさんあります。西洋の建築学では、こうした経験知や事実の説明がまだついていないのです。ところが、地震があるたびに建築基準法は「より剛いつくり」を奨励する方向で改正され続け、未解明の伝統構法は検証されることのないままに、法的に不利な立場に追い込まれ続け、今日に至っています。

 長い間平行線をたどり続けてきたこの問題が棚上げされたまま、耐震偽装問題の余波として二〇〇七年の「基準法の厳格化」という事態を迎え、法律に位置づけのない伝統構法は窮地に立たされることとなります。中でも「石場立て」という、建物と基礎とを緊結せず、基礎の上に柱を直接立てるもっとも「伝統構法らしい」家は、「建てられない」に等しい厳しい状況にあるほか、基準法を守るために伝統構法らしい部分を発揮しきれないケースも顕在化してきています。日本が誇る歴史的建造物ですら、建築基準法からみれば「既存不適格」という不名誉な、存続しにくい立場に放置されたままです。
伝統構法の見直しは
「未来につなげよう」という視点で行ってほしい


 環境的、文化的ニーズの高まりと、安全性最重視の建築基準法という二つの逆のベクトルのせめぎあいの中、基準法の厳格化を機に「伝統構法の工学的検証を」というニーズが高まり、長期優良住宅 ( 二〇〇年住宅 ) という政府の流れのひとつとして、実験や委員会が実際に稼働しはじめました。われわれ現場のつくり手もそのメンバーに入っています。

 こうした流れがどこへ向かうのか、ということに対して、現場から一言、言いたい。工学的な安全性はもちろん大事ですが、その国の歴史文化を未来に継承することが、ほかならぬその国の法律に阻まれることが、あってはなりません。「伝統構法を未来につなげよう」という視点からの検証をしていただきたい。

 現・立命館大学グローバルイノベーション研究機構の鈴木祥之先生はそうした視点から限界耐力計算による伝統構法の設計法を編み出され、二〇〇〇年に発効された「性能規定」以来、合法的に伝統構法を建築するために現場のつくり手にも活用されてきていました。具体的には、ようやく拓きかけたこの道を、より使えるものにしていく方向であってほしいと思います。

平成二十年七月十二日
これからの木造住宅を考える連絡会(これ木連)

財団法人住宅産業研修財団 優良工務店の会
職人がつくる木の家ネット
特定非営利活動法人 伝統木構造の会
有限責任中間法人 日本曳家協会
特定非営利活動法人 日本民家再生リサイクル協会
特定非営利活動法人 緑の列島ネットワーク


『このままでは伝統構法の家がつくれない!』賛同団体

素木(すき)の会、協同組合
東京の木で家を造る会、
社団法人 埼玉建築士会、
木の情報発信基地 木の博物館 木力館、
NPO埼玉・住まいの会、
特定非営利活動法人 杢の家をつくる会、
協同組合 伝統技法研究会、
特定非営利活動