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世界読書放浪
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2008/04/20のBlog
ま、どんなもんかと思って読んでみたが、「中国プロパガンダの正体」と副題つけてるわりには、「史実解明」に拘っている様な感じも。そうなると敵は「中国プロパガンダ」ではなく、国内の「大虐殺派」ということになるのかな。しかし、南京論客でもない水谷尚子が大虐殺派の末席に名を連ねているのはどうなのか。その通りなのかもしれんが、中共から勲章貰って喜んでるホンカツとか松岡環(インド映画じゃない方)と一緒にされちゃあ可哀そう。まぼろし派に櫻井よしことか、渡部昇一、小林よしのりが入ってるのと同様、数合わせなのかもしれんが、大虐殺派が今売り込んでる工員研究者は、無視されたのか、単に知らなかったのか。まあ、いずれにしても東中野が全体解説だと、あまりにも色が出過ぎる。せめて秦邦彦くらいにしてほしかったが、向こうからお断りかもしれん。南京と相殺するかの如く、通州事件をわざわざ載せるのは、通州事件解明にとっても不毛な話になるのではなかろうか。コラムでは、留学生リポートはとってつけた様な感もあるし、曙機関はアジアカップと反日デモを混同している。しかし、こういう本て結局、海外からみれば「アンチCNN」と同じ様にみられんだろうな。やはり「過去」に拘泥するより、「現在」で責めた方が効果的な気はする。「大虐殺派」が、現在の「大虐殺」を非難すれば説得力もあろう。このリストの面々で、それが期待できるのは水谷尚子さんくらいしかいないというのも、「貧困なる精神」だね。
この版元も知らんのだが、親のブレイン・ワークスというのは、なんか聞いたことがあるな。よくある「アジア・ビジネス」屋みたいだけど、どっかで名刺を貰った様な。で、これもインド・ビジネス万歳本なんだけど、著者は日刊工業新聞出身のフリーの人らしい。『中国・広東省でやる気向上 女子工員が大先生』(重化学工業通信社)という著書は気になったが、それはテクノセンターの提灯本みたい。そんな感じで、インド各地の工場を訪問して一冊仕上げたのだが、年の殆どをアジア各地で取材としているだけに、場数は踏んでいる様子は窺える。その意味では、現場の話は皆無な門倉はもちろん、島田より現場には精通しているのかもしれない。とはいえ、なぜにインドに進出しなくてはならないかという理由が皆、似たりよったりで、どうにも説得力に欠ける感じは否めない。インドの巨大市場とか、中産階級の隆盛はたしかに魅力的なものなのだろうが、やはりインドは、「ポスト・中国」に成り得るのかどうかが、万人の知りたいところだろう。日本が求めるのは市場ではなく、工場である以上、インドが中国に取って代わるなんてことはないだろうし、韓国がインド市場で先行しているのも、日本の産業構造の変化を考えれば当然のことに思える。薄々感じてはいたのだが、インドビジネス伝道者たちが一番言いたいことは、「日本人はインドを知らなすぎる」ということなのではなかろうか。まあ「中国通」の末路を考えると、日本人がインドを知らない方が「インド通」の寿命も延びるというものだが。
編者の玉野井さんという人は、UCLAの先生だそうで、これは原書英語の論文集。書いているのも中国人、韓国人を含んでいるが、当然英語原文と思われる。玉野井さんの文を含めて若手研究者が一章づつ下請けで訳した様だが、監訳は山本有造ではなく、山本武利。訳者バラバラなのに、統一感があって、大変読みやすいのは山本の腕なのかもしれんが、元々、原文が読みやすいからとみた。とにかく人文系は読者に理解させない難解な論文を書いてナンボと思っている研究者が多いのだが、英文の論文を読むとエッと思うくらい平易だったりすることが多いのも、維新以来の翻訳文化の弊害がまだ続いているということなのだろう。逆に、その辺が海外の日本研究家を特権化させている所以なのかもしれんが、その意味で日本語史料を当たらなくてはならない満洲研究がアメリカでは発達していないことも、その辺に関係あるのかもしれない。藤原の満洲ものというと、「偽満」系の印象があるのだが、編者はジョシュア・フォーゲルが、中国人学者の「偽満」論をたしなめたところ、激しく反発されたなんてことも書いている。もっとも、渡米した中国人学者によって、「偽満史観」が米国で定着する前に、本土の方では学術的に歴史を見直す自由も生じてきた。そうした動きにも配慮したのか、「偽満」と「大東亜建設」という二項対立ではなく、多文化が「交錯」する大地としての「満洲」がテーマともいえる。山本は満洲に日系アメリカ人が二千人もいたことを知って驚いたと書いているのだが、これは満洲育ちが、何らかの形で戦後アメリカに移住したということなのか。それとも、戦前に日系アメリカ人が新天地を求めて満洲に移住したということなのだろうか。いずれにしても少なくない数字である。中国人執筆者は川島芳子についてなのだが、取り上げるのが有名人過ぎて、スンマセンみたいなことを書いていて笑える。川島芳子の中国人宣言みたいなものを最初に書いているので、やはり、その手かなと思ったら、かなりバランスをとっている感じもした。この辺は、日本語文献に当たっている証左なのかもしれない。満洲のポーランド人についての論文も興味深く、「ロシア」、「ユダヤ」、「フランス」といった多層なアイデンティティが満洲のポーランド人社会(とは厳密には呼べないが)に存在していたことが窺えた。山本はこの辺に自分の研究のヒントを見つけた様だが、監訳者のつとめとしては文を読みやすくしただけと、最後に書いてあった。
2008/04/19のBlog
著者は元「香港ポスト」編集長か。「香港通信」の元編集長は帰国して出世したけど、こちらも、帰国して「経済ジャーナリスト」として独立したとのこと。しかし、ホンポスも構成が結構変わったな。別にホン通を吸収した訳ではないんだろうが、必然的に読者層も大手駐在員から、中小お一人駐在とか、こういう「和僑」系にシフトしているのだろう。値段の方は相変わらず強気みたいだけど、和僑の方もそれを支える底力がついてきたということなのだろうか。とはいえ、紆余曲折が激しい和僑の皆さんのことだから、ここに登場する人のうち、何人かは、もう帰国されていることであろう。もっとも、現採の方は未だに経験者については売り手市場だから、失保のない日本に帰るのは、心身とも疲れ果ててからかもしれない。香港もビザ出ししなくなってから、地盤沈下が激しい様だけど、マカオにまで平均収入が抜かれてしまうというのも、どんなもんだか。市場が成熟していないところを求めていくと、モンゴルくらいしか行き場がないんだろうが、結局、裸一貫の個人が「日本」ブランドで勝負できるのは「東アジア共同体」の枠内だけということなのかもしれない。平壌に夜郎自大がどっと押し寄せる日も来るのだろうか。
著者は「チェチェンの戦火を生き抜いた少女」なのだそうだ。そんで、フランスに出て、これも原書フランス語みたいだから、「されて」ものの系譜なのだろうけど、ここでの敵はロシアであって、イスラームではないから「ダンス」という訳かな。なんでも前に読んだルワンダの「されて」著者とは、お友達みたいで、一緒にアウシュビッツなどにもいったらしい。あのルワンダの姉ちゃんの本はアスコムで酷い目にあったみたいだけど、このチェチェン娘はポプラ社か。大陸市場に目がくらんでるのか、中共御用本ばかり出してるポプラは、チェチェンを出せてもチベットは出せんだろうな。実際、チェチェンとチベット、どちらが悲惨かは甲乙つけ難いけど、少なくともチェチェンには選挙で自分たちの大統領を選ぶことはできる。何よりもチェチェンは「ヨーロッパ」に近く、白い肌が自慢の著者がチェチェンに「ヨーロッパ・センター」を作るのも、ワッハーブとか「過激派」からの援助攻勢に対抗する意味もあるのだろう。もっとも、チベットは逆に、「ヨーロッパ」から遠いこと武器にした秘境作戦で、白人連中の支持を集めているから、「ヨーロッパ」との近似性云々より、まずは、ロシアとか中国みたいな暴力国家からの弾圧を全面に出すのが得策なのではあろう。とりあえず、パリ政治学院を出た著者が「ジャーナリスト」として故郷に戻って活動できるということだけでも、チベットよりは、マシなのかな。
2008/04/18のBlog
著者はピジン語の研究などをしている人らしい。博論もナウルの言語だったそうだが、ナウル、ノーフォーク島、パプア・ニューギニアをフィールドにしている様で、現地事情としてはレアなものだろう。ナウルにも大学(フィジーの分校)があって、教職員4人、学生5人だそうだ。この情報は10年くらい前の話とみられるので、国が行方不明なんて事態になった後でも存続しているのかどうかは知らんが、日本の地方私大にも教職員と学生の数が同じくらいという所はあるらしいから、別に驚くほどのこともないか。著者自身は日本で唯一、オセアニア学科というコースを擁する帝塚山大学というところに、三十四歳で採用されたとのことだが、たしかに、この種のレアなテーマを選んでしまうと、就職するのも大変そうだ。そんな不安定な状況の中でも、せっせと論文は書き溜めていたそうで、これはその成果を入門編に改編したものらしい。とはいえ、大学のニュースレターに書いた雑文をまとめただけという感じもする。まあ、どんな形であれ、貴重なものであることは確かなので、是非とも次はナウル本の執筆をお願いしたい。「知るための」の企画持込は早い者順っぽいので、ニューギニアと組んでも良いかと。
このテーマは今まで幾つかあることはあったのだが、保健体育の授業とか中国四千年の性の奥義みたいな「使えない」ものばっかだったから、まあ「文化小革命」くらいな価値はあるのではかなろうか。後半の「東スポ的」な現代編はさておき、文字通り著者が肌で知っている文革、改革開放期の性事情はイイ。私もかつて、解放された青年たちに、せっせと差し入れをしていたクチであるが、85年に来日にした著者が、週刊誌のグラビアから、AV(創成期だね)、吉原にまでハマっていくのも、その光景が目に浮かぶ様である。著者の一人娘の奈々ちゃんは中一で、上海の中学(国際クラスかな)に在籍中だそうだが、この本を読んで父親を軽蔑することにはならないだろうか。そうした親子間の「性事情」の断絶は、中国でより深刻なことも窺わせるのだけど、リアル文革を体験した著者の世代の方が、儒教道徳に懐疑的で、愛国バリアーから、保守化する若者より、ラジカルな感じもした。当時の資本主義国家に対する眼差しは、日本の同世代がスウェーデンに対する眼差しと同質のものだろう。もはや伝説化している「君よ憤怒の河を渉れ 」も、公開されたフィルムに相当な編集が入っていたことも知られているのだが、中国で中野良子が聖女化したのも、当時の日本映画のお約束シーンがカットされていたことと無関係ではなかろう。著者は綿矢りさの本なども訳したそうだが、カットされる様な性描写なんかあったのか。渡辺淳一が人気とも聞くけど、どんな翻訳になってんだろう。とにかく、中国の性事情が規制と実態が矛盾した歪な形になっていることは、その通りだろう。それは別に日本でも同じことなのだが、政治、言論、儒教の束縛の反作用以上に、拝金主義の功罪が如実に表れるのが「性」に関する現象である。その点、西北大学事件に関する著者の考察は深いものがあると感じた。
この「火の十字団」については、あまりよく知らなかったのだが、たしかに、あの時期のフランス・ファシズムを代表する団体という認識があった。著者の意図はその名誉回復にあった訳ではないのだろうが、その代表であった(ナチスのヒトラー同様、創始者ではない)ラロックが、ナチス占領下で逮捕、連行され、収容所で終戦を迎えていたとは知らなかった。ナチス占領がなければ、その政党組織である「フランス社会党」(今の社会党とは別)が第一党になっていた可能性が高かったそうだが、「解放後」の左翼天下の下で、ラロックは再び勾留され、ドゴールによって、釈放されるも、ほどなくして亡くなったらしい。そうしたスケープゴートの役割は現在でも続いているらしく、ラロックの次男はその反論に半生を捧げた人らしい。なんでもフランスでは「反論権」なるものが保証されていて、新聞などでは同スペーズで反論する場が与えられるという。日本で制度化はされていないはずだが、「声がでかい者」に弱い文化では、定着しづらいものかもしれない。かといって、フランスが、フェアな国だとも思えないのだが、かつて火の十字団にも参加したミッテランが大統領になったり、ヴィシー政権の再評価があったり、或いは、その後継路線をとる国民戦線の躍進があったりと、ナショナリズムの一つの形としての「右派」は、反ファシズムのアレルギーで消しさられる程ではない様だ。「火の十字団」が実際にはファシズム志向でなかったことは、ラロックの息子も著者も主張したいところなのだろうが、ファシズムという定義自体が明確なものではない。ムッソリーニやヒットラー、フランコといった、独裁者をカリカチュアしたもので、それを代表させてしまうのは、歴史の記憶化というものだろう。当然ながらラロックという人は、彼らの様な権力も、地位もなかった訳だが、ラロックをヒトラー視するのも、「火の十字団」をナチスと位置づける視点からなのだろう。ドイツがヒトラーに全責任を負わせたように、フランス人も「あの時代」の責任を誰かに負わせる必要があるのかもしれない。それは日本とと「戦勝国を自認する国」の所謂「A級戦犯」を巡る問題と同質の話なのではあるが。
著者は在米大使館に出向していた大蔵官僚らしい。それまでに主計官も経験しており、次官までいくか、その前に政界に転じるか。という人なので、特に危ない話はなく、なんか当たり障りの無い内容にも感じた。もっとも、こちらが経済オンチなので、実は的確な分析なのかもしれないのだが、アメリカの経済政策そのものより、世界経済全体の話っぽい。それも、経済がグローバル化している証なのだろうが、サブプライム・ローン問題の説明は分かりにくかった。章ごとに、ポイントをまとめてくれるという親切さなのだが、そのポイントと、息抜きであるコラムが計算式の説明になっていて、本文より難解になっているのは官僚式なのだろうか。米国経済のアキレス腱としては、やはり医療問題、そして中国問題を挙げているのだが、米国は中国経済に関しては、実態が分からないから過剰に反応しているのではないかとのこと。世銀の予測による、中国、インドの経済成長予測は、戦後の日独を参考にしており、戦前から教育、技術の蓄積があった日独と、現在の中印は状況が異なるので、必ずしもその通りになる訳ではなかろうと希望的観測。今、話題になっている国家ファンドについては、アメリカの防衛策などに触れている。羽田にJパワーの問題を抱える日本には参考になる点だろう。ヘッジ・ファンドについても論じているのだが、しかし、すっかり聞かなくなった話題だな。水面下で知らぬうちに進むシステムでも出来上がったのだろうか。
2008/04/17のBlog
副題に「ブエノス・アイレス在住三十余年の体験記」とある。ということで、70年代初頭の農業実習生から、アルゼンチンに生き残った人の回想記。まあ、三十余年もあれば、積もる話もあるのだろうが、500ページ超は幾らなんでも長すぎやしないか。何でも最初から、ドキュメンタリー物を書くために渡航したというのだから、その思いが結集したということなんだろうけど、四十社以上の出版社に問い合わせし、「外国居住者」という特殊性がプラスに作用し、多くの出版社から是非出版した方が良いと勧められたのこと。しかし、為替レートの関係で出版費用を工面できずにいたところ、この版元が危ない橋を一緒に渡ってくれる決断をしてくれたそうな。これはなんと言うか、別に「外国居住者」という特殊性がプラスして、多くの出版社から出版を勧められた訳でも、この版元が危ない橋を一緒に渡ってくれた訳でもない様な気もするのだが。たしかに、ブラジルなどと違ってアルゼンチン移民ものはあまり多くないし、軍事政権も、ワールドカップも、フォークランド戦争もリアルタイムで体験し人なのだから、貴重ではあるののだろうけど、そういったキナ臭い話は、ほとんどなくて、釣自慢とか、アサード大会とか、精米機の展示会をしたとか、そんな身辺雑事ばっかり。まあ、これが著者の体験した「ドキュメンタリー」だとは思うのだけど、「読み物」ではなく、「史料」としての価値があるのかもしれない。それにしても、その精米機の販売以外に、「三十余年」の間、この著者が何の仕事をしていたのか、よく分からんのはなぜだろう。「ワイフ」が日系人ということは分かったのだが、いつの間にか結婚して、子どもも出来ていたというのも不思議。
またゴミ新書かと思いきや、岡田英弘嫁の宮脇淳子の本か。副題が「日本人のためのモンゴル学」となっていて、たしかに、その様なものではあった。しかし、このテンポのよさは夫譲りなのか、岡田本を読んでる様な気がしてきた。トンデモなのかもしれんが、読み物としては、よく出来ている。「中華思想は、遊牧民に敗北したことから始った負け惜しみの思想」とか、ズバリ過ぎて笑っちゃうのだが、結構、王柯が読んだら激怒しそうなことが満載で、時節柄、受ける内容だとは思う。カザフとコサックの語源が同じで、「ダライ」がモンゴル語というのは知られているのだが、ムガールとかウルドゥーなんてのも「モンゴル」由来の言葉いうのは知らなかった。義経ジンギスカン説から、蒙古斑まで、ちゃんと解説しているのもスゴイが、蒙古斑は日本でベルツが言い出したことだったのか。日本人は99.8%の確立だが、当のモンゴル人は混血度が高いので95%なのだとか。しかし、中国には統計がなく、それは、「蒙古斑」とか、「モンゴロイド」といった言葉で、中国人を表されるのを嫌っているからだという。ホンマかいな。「民族」という言葉自体がまやかしなら、「中華民族」なんて、砂上の楼閣みたいなもんだけど、チンギス・ハーンも中華英雄だから、歴史にイフがあれば、石原莞爾も中華英雄になってたのかもしれんね。ちなみに、トルコでもチンギス・ハーンはトルコ人にされてるらしい。この辺も「中華思想の病」だろうけど、こういうのが大好きな韓国人は、高麗英雄に認定してないのかな。血筋的には一番近い気もするけど。まあ義経ジンギスカン説の方が、遊びがあって面白いけど、これがイギリス人に一泡吹かせる為の策略が起源だったというのも、ちょっと考えさせられるな。で、夫婦揃って、相変わらず中国には厳しい人なんだけど、中国牽制の為のモンゴル贔屓だとなると、ちょっとなあ。朝青龍の問題にしても、日本社会の方に全面、非があるとは言い切れないだろう。日本のマスコミがモンゴルでは、その国のルールに従わなければならない様に、朝青龍だって、日本で規範とならねければならない地位にあるのではなかろうか。とはいえ、モンゴル人の中国人嫌いは確かに徹底している。今回、ウランバートルの中国大使館はデモられなかったのだろうか。
閉館の時、なんであんなに大騒ぎしていたのか、プラザなどには足を踏み入れたことさえない人間には分からなかったのだが、これはそのプラザに10年も務めていたという人が著者。最初はお約束の「プラザ合意」の話などから入るのだが、こんな客がいて困りましたというよくある裏話集。もうホテル稼業からは足を洗ったのかどうか知らないが、日系ホテルだったら、こんな本でも書くのは許されなかったのかもしれない。なんでも現地のフリーペーパーに連載していたところ、こっちで笑いものにされている日本人の目を覚まさせるために、もっと過激に書くようにリクエストがあったのだという。あっちで働いている日本人が、現地の人間にトンチンカンな日本人と、自分が同類と見られるのが恥ずかしいというという意識があるのは、私もよく見聞したものだが、その連中が、日本人観光客に寄りかかって生活の糧を得ているのも、また事実である。その辺は客商売の権化であるホテル・マンとしては微妙な所なのだろうが、まあこれくらいなら許されてもいいんじゃなかろうか。お客様は神様という教育は日本で受けたいたんだろうが、唐突に参勤交代の話まで遡るのは、著者としても決着がついていない問題なのかもしれない。この業界は私はよく分からんところがあるので、まあ参考にはなったのだけど、プラザとかウェスティンでもホテルのオーナーは別で、様は客に又貸ししているだけの話らしい。ホテルがどんどんマンションに変わっていくというのは、そういうことだったのか。