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2008/04/26のBlog
[ 02:39 ]
[ 東南アジア(複数国) ]
龍谷大学のシンポジウム本だが、この国際社会文化研究所というところは京大閥が仕切っているのだろうか。というか関西はどこもそんなもんなのかもしれないが、そうした研究臭を排した実践的なプログラムというのがウリだったらしい。編者自ら実践から遠いところにいたとか言っているのだが、論文と称すると堅苦しいので、「エッセイ」と呼ぶとしている。それで、鈴木エッセイとか清水エッセイとか呼んでるんだけど、それが「親しみやすい」のか、編者が論文として認めていないのかは微妙なところだ。いずれにしても、その編者が定型通り「エッセイ」解説を最初にやるのが、一番堅苦しい感じはした。中身は東南アジアでNGOに関わっている人たちが出てきて、こんなことやってる、そんなことしてるといったプレゼンテーションみたいなもんで、資金集めと宣伝の場を龍大が提供したようなもんか。カネもない素人学生がタダで参加することはNGOも困るところがあるのだろうが、発表者も一様に初めはトーシロ学生の自分探しだったらしく、「自分語り」が結構入っている。まあ現実ドロドロで、キレイ事の建前を維持するには初心に帰るのが手っ取り早いのだろう。その辺、うまかったのはラオスの人かな。この人だけ現役サラリーマン(ホンダ)みたいだけど、研究者とかNGO屋稼業の他の人たちに比べて、浮世離れしたところが少ないのはたしかだろう。






[ 01:16 ]
[ 中南米(複数国) ]
この元朝日サンパウロ特派員は20年位前にも岩波新書で出しているのだが、その時とノリが全く変わっていないのに驚いた。「中南米特派員」がカバーする地域は恐ろしく広いので仕方ないんだろうが、テレビ並みに表層だけ書いて、ポンポン次の国に移っていく手法は、長年ベタ記事扱いしかされない中南米特派員時代に磨いたものなのだろう。役職にいかずに定年になりそうだが、最近は定年後に備えてか、「平和市民派」のコネを確保している様で、九条とかその筋の集まりにもよく顔を出しているらしい。岩波新書のときも上野英信が原点とか書いていた記憶があるのだが、「筑豊」だった南米がここまで左傾化すると、著者としてもそのカラーを出しやすいのかもしれない。最近もパラグアイが左派政権となり、台湾の行方が気に掛かるところだが、昔、あれほど支持した「解放の神学」に言及がないのも、パラグアイ新大統領よろしく、教会の影響力の退潮というものを感じさせられる。九条バカの連中が大好きなコスタリカを避けたのは、反米という言説から外れることが分かっているからだろう。まあ、こんな単純な見方でも、中南米が新書になることは歓迎すべきことなのだが、サトウキビ収穫で「キューバの青春」を体験しただけあって、キューバ支持は相変わらずだ。著者はキューバの現状はアメリカの情報操作によって、日本で間違って伝えられていると怒っているのだが、日本の場合、間違って伝えられているというのは正しくても、未だにカストロ・ファンの情報操作から抜け出せないというのが実情であろう。元在キューバ大使が唖然とする様な本を出す日本は、アメリカの情報操作以前の問題があるだろう。クウェートで起こった様な。数万人の市民がアメリカを歓迎する様な光景は全て情報操作とのことだが、沖縄では朝日もそれを学んだということなのかな。






2008/04/25のBlog
[ 12:14 ]
[ 韓国 ]
コレはちょっと酷いんじゃないの。トンデモに反応するのもトンデモだけど、著者は「環境汚染防止技術者」というのが本業で、1985年から1995年まで韓国企業数社に技術指導を行ったことがあるとのこと。80年代の反日は、もはや伝説化している感じもあるけど、この人も韓国人よろしく、海の向こうからたまに出てくる「妄言」に、過去のトラウマが甦るのだろうか。「嫌韓流」以降というか、日韓ワールドカップ以降というか、2ちゃんねる以降なんだろうけど、韓国人を批判しても「差別」ではないという流れが出来たのは結構なことなのだが、歴史認識を批判するのはよしとしても、「韓国人の特徴」と称してアナクロなレッテル張りをしてしまうとひいてしまう。なんでも現代に自分の技術を盗まれた(と主張)をはじめ、何度も韓国人には痛い目にあったそうだ。技術指導を日本式の叱責スタイルで行うことは、他の「アジア諸国」と違って、韓国も同じ文化的土壌があるのかもしれないが、日本人が叱責するとなると話が別な様な気もする。それにしても、何か言うと「日帝36年」の枕詞で、議論をふっかけてくるというのも、根本敬のマンガみたいに分かりやすい話だ。「馬鹿野郎」などとも言っていたらしいから、向こうからしても分かりやすい日本人だったのだろうけど。歴史認識編では、金完燮や呉善花などを種本としているらしい。イザべラ・バードの本はどうも最近、その筋で「古典」扱いされている様だ。まあ独島靖国教科書慰安婦の四点セットは当然なのだろうが、ついでに南京まで論じてしまうのはオーバーワーク気味か。日韓の「ネチズン」が電脳空間でズケズケとやりあっているのは結構なことだと思うのだが、どうも「キーセン観光世代」のジイサンがあからさまに言うと角が立つ。とはいえ、「ネチズン」の中の人たちも実は「キーセン観光」対「386」だったりして。




[ 02:30 ]
[ 中国 ]
昭和堂の地球研叢書なのだが、これは第五弾ということでいいのかな。その内、3つが中国モノというのも、彼の地の環境問題が及ぼす影響の深刻さを表すと同時に、大学共同利用機関法人人間文化研究機構たる総合地球環境学研究所が、半ば国策で中国の環境対策に狩り出されていることを示しているといえよう。その前線基地が地球研の他、東大京大早慶に東洋文庫内に設置された「中国環境問題研究拠点」というヤツらしい。たしかに公害は海を越えてやって来るわけだから他人事では済まされないのだけど、ODA終了の見返りとして、中国が要求し、「中日互恵協力」の宣伝として、テメーの環境対策を押し付けられている感も否めない。もっとも地球研の偉い学者さんはそんなヨコシマなことを考える余地などなく、日々研究に精進されている訳なのだが、この中国水問題危機の科学的解明を読むと、私の様な邪悪なダライ一派は、中国がチベットをなんとしても確保しなくてはならない理由がますます明確になってきた様に思えた。イスラエル・パレスチナ紛争も実のところ、「水問題」であることは、よく指摘されることなのだが、チベット問題というのも、その本質は水である。ダライ・ラマ14世のいう「高度な自治」の具体的内容は分からないし、「自治政府」が大河に流れ出る水源をコントロールすることが技術的に可能なのかどうかも分からないのだが、チベット人による「高度な自治」が黄河流域(つまり中国)の生殺与奪を握ることになるという危機感は抱いていると思う。前に読んだ、在日チベット人の本でも、漢人が「水泥棒」と位置づけられていたが、正に「誰が中国を養うか」というべき問題である。もはやチベット人の人心掌握は中国には無理である以上、漢族の絶対多数を確保した上で、中国が育てた「ダライ・ラマ15世」に、「高度な自治」でも与えるつもりなのだろうか。






2008/04/24のBlog
[ 23:56 ]
[ 東南アジア(複数国) ]
著者は国際弁理士連盟理事というエライさんっぽい人なのだが、その会議やらなんかで、ASEAN各国に行くことがあって、そのついでの観光旅行をまとめたヤツみたいなもの。章ごろに年号がふってあるので、その都度書き溜めたものなのかもしれん。ブルネイは珍しいし、ミャンマー以外は足を伸ばしているみたいなのだが、如何にも凡庸な旅行記なので、上下2巻を読むのは結構辛い。1冊にまとめてくれたら助かったのだが、自費っぽいから、著者の意向で全編収録したんだろう。この版元はよく知らなかったのだが、『軍縮地球市民』なんていう、これも如何にもな季刊誌と自費の2本立てでやってるらしい。そのことと関係しているのかどうか知らんが、著者もそっち方面のお膳立てはしているらしく、中華系には靖国、九条で相手を喜ばせたりしている。よく分からんが、国際的な人らしいので、それも潤滑油になることは否定しない。しかし、シンガポールとかベトナムの愛国主義を賛美することまでしなくてもよかろうに。知財関連の会議をしてきたみたいだけど、「中国」の話は80年代初頭の北京が暗かったということくらい。ASEAN知財協会の設立にも寄与したとのことだが、少なくとも、この旅行記を読む限り、それも総会だの理事会という名の観光旅行をする為みたいな感じもする。




[ 13:40 ]
[ 台湾 ]
ちょっと前に「台湾の屋台ごはん」を読んだのだが、ことらは竹書房ではなく、この手のものを専門にやっているトコらしい。出版は同時なのだが、偶然なのか、狙ったのか。とはいえ、竹よりは予算が厳しいところとみえて、紙質はだいぶ劣る。使ってるライターとカメラはどっこいどっこいなのだろうが、一応「食堂」であるからにして、「屋台」よりはカネがかかったのかもしれん。最後の方にまとめてレシピと地図を載せて頁数を稼いでいるのだが、これを実用に供してくれということなのだろうか。指差し用語集は最近のスタンダードなのかもしれんが、実際にコレを使って、旅してる人てホントにいるんだろうが。新大久保周辺にでも行けば、日本語(関西編もあるらしい)指差し用語集で道を尋ねられるのかもしれんが、「おいしいお店はどこですか?」とか聞かれても、どうやって答えればよいのやら。その辺の同胞にでも聞いてくれと言うしかなかろう。




[ 01:32 ]
[ マグレブ ]
毎度クレクレじゃないけど、マイクレといえばグラミン銀行なのだが、別にムハマド・ユヌス先生が発明したものではなく、グラミンの発祥と同時期にラテンアメリカやアジアの幾つかの諸国で始められていたのだという。イスラーム圏でもその嚆矢は50年代のエジプトにもみられるらしいのだが、著者がフィールドワークの対象としたマグリブ諸国では、グラミンをお手本としたMCが主流になっているモロッコ、チュニジア、そのモデルとは全く異なるアルジェリアと分かれているらしい。この研究書はいみじくも「文化人類学」であるから、その違いがインフォーマントに対する膨大なインタビューに、著者が一つ一つコメントをつけていくという形で明らかにされていく。面白いのは、その対象がMC受給者に留まらず、MCを供与する側で働く人間にも及んでいるところで、単に「成功」「失敗」の両モデルを紹介しただけでは、MCの文化人類学的には相対的ではないということなのだろう。もっとも、高学歴で占められる供与側と、読み書きもおぼつかないケースが多い受給側の間に、それほど深刻な「格差」がある訳でもない様で、これらの国々での「高学歴ノーリタン」の問題は日本とはケタ違いといって差し支えないだろう。著者はマグリブで「ニート」が生まれつつあるのだろうかなどと控えめな表現をしているが、実際は国中ニートだらけと言った方が真相に近いのではなかろうか。「フリーター」にでもなれれば幸運な部類であり、高学歴であれば、見合った仕事が無いという事情で、就職に消極的になることが多い様だ。そんな中、逞しく生きているのが、MC受給者たる女性たちなのだが、それもインフォーマル・セクターという「市場」が存在するという前提があるからの話である。著者は日本に対する提言として、どの様に効率的にODAを供与するかといったところに論を絞っているのだが、現実問題としては、日本にMCの導入は可能かという議論を進めていくべきではなかろうか。もちろん、日本の場合、飲んだくれの宿六を抱える専業主婦に数万円を二十回払いで貸し付けたところで、何にもならないのだが、サラ金とか街金がやっていることはそれなのである。ニート対策としても、インフォーマル・セクターの再建という経済の「逆コース」はあっても良いのではなかろうか。






[ 00:17 ]
[ フランス ]
池波正太郎という人は1923年生まれだから、まだ生きていてもおかしくはないのだが、享年67か。意外と早くに亡くなったもんだ。その作品を読みたいとは全く思わないが、未だに熱心なファンがいるらしく、電車とか図書館で爺さんが読んでる本を盗み見すると、高い確率で池波正太郎の本であることに驚かされる。そんな訳で、新作は出なくても、関連本を出せば、営業的にも硬いのか、元書生による、フランス旅行随行日記なんてものが出た。著者は10年間書生を務めたそうだが、昭和の時代には、このクラスの「先生」に「書生」がいるのは当然だったのだろうか。とはいえ、この書生は当時40代の妻アリというから、今で言う「秘書役」みたいなもんなのだろうか。その書生と運転手、時には通訳、ガイドなどを引き連れて大名旅行するのが、鬼平先生のスタイルだった様で、予算は二週間で400万、四週間で700万(何れもファーストクラス航空運賃、予約済みホテル代は除く)というから、当時の為替レートを考えても、昭和の流行作家の威力を見せ付けられた様な気がする。既にスカイライナーで成田から出発する時代で、初回はアンカレッジ経由、その後はモスクワ経由の様だ。この当時は1ドル300円は切っていたろう。池波自身の旅行記があるんだろうけど、何を食べどこへ行ったという記録を付けるのは書生の役目だったらしく、NHK出版に、それを出してくれと言われて、運転役に渡していたコピーをサルベージしたのが、この本らしい。ということで、ただの記録みたいなものなのだが、メインは美食紀行みたいで、実に細かくメニューが再現されている。鬼平先生は死の数年前まで、この美食旅行を続けたそうだが、その半生が粗食であった人が、晩年にこんな食生活をしたら健康に影響あるんではないかと、思わず心配してしまった。その死因とは関係ない様ではあるが。




2008/04/23のBlog
[ 13:57 ]
[ 台湾 ]
『台湾独立運動私記』はかなり面白い本だったと記憶しているが、出版から12年も経っているのか。その時も総統選の年だったが、その後の民進党の躍進と李登輝の台湾ターンは著者自身にも大きな変化をもたらした様だ。『台湾独立運動私記』の続編とも言えるべき本のだが、学生時代にたまたま知り合った台湾人と意気投合したことにより、人生を台湾独立運動に捧げることになった日本人もようやく報われたということなのだろうか。別に「偉くなりすぎた」とは言わないが、そうした青臭いドラマチックな部分がなくなり、かなり政治的な色彩の強いものとなっている。政治の中枢に入った苦楽を共にした仲間に著者も引き上げられたのだから当然のことではあろうが、『台湾青年』の終焉を象徴するような展開ではある。また、江沢民訪日の怒りの真相が「お詫び問題」ではなく、「台湾問題」にあったことを指摘しているのだが、末次一郎・小渕のラインで江沢民を怒らせることに成功したのが著者の功績だったとしている。「台湾制憲論争」に著者が貢献していることも初めて知ったのだが、一国の制憲問題に「同志」とはいえ、外国人が関与するのはどうだろうか。万が一制憲を成し遂げても、日本国憲法同様、外国人が作ったといった非難から逃れることはできないのではなかろうか。別に台湾のベアテ・シロタ・ゴードンになろうとしている訳ではないのだろうか、台湾人の「日本人」に対する許容度は、日本人のアメリカ人に対するそれに近いものがあるのだろうか。それにしても、偽装パスポート潜入はわりと最近の話だからヤバい感じはした。これも北朝鮮のソレと同一にすることはできないのだが、逮捕されて報道された方が世間の注目が集まって良いと腹をくくっていたとはなるほど。となると、事件にならずに報道されなかったのも「中国」の影に怯える政府の差し金か。






[ 03:04 ]
[ ロシア ]
遂にこの著者も新書進出と相成ったか。研究者としては新書は業績にならんのかもしれんが、とりあえず名声を得ている証ではあろう。デビュー作を読んで期待した身にとっては、「知るための」に次いで新書とは感慨深いものがある。いつの間にか外大の准教授に出世したいたのだが、数少ないこの地域の研究者として、政府関連の仕事も多くこなしている様子。そうした「在外調査」のおすそ分けみたいな形での、「旧ソ連」報告なのだが、その分析もさることながら、「命がけ体験」のコラムがあちこちで評判を呼んでいるみたい。前のネパール人少女ものでもそうだったが、女性の在外調査には危険という壁が常につきまとうことは通関させれる。時に女性は男性より便宜があることもたしかなのだが、著者が持ちこたえられた理由は、現地の人のホスピタリティなんていうものではなく、研究者としてのプライドではないかと感じた。旧ソ連の記憶より、その後の混乱の記憶の方が鮮明な世代かと思うのだが、冒頭でCIS諸国の「ソ連懐古主義」、「親露感情」を語り、後半で「ロシアKGB体質」を批判するのも「ソ連」の亡霊から、この地域が未だ解放されていないことを表しているのだろう。東欧や中欧圏では「ヨーロッパ」「EU」という寄りかかれる新天地があったのだが、CIS諸国は構造的に頼れる大国はロシアしかない。戦後日本がソ連とか中国国民党に占領されることなく、米国によって「民主化」されたことは不幸中の幸いであったのだが、そもそも連邦崩壊をロシアが主導してしまったことが、擬似ソ連の継続されることになった所以ではなかろうか。擬似ソ連で「親日感情」がどれだけ効果的なものなのかは分からないが、少なくとも反露感情の裏返しとしての、親日感情ではなかろう。しかし、村上春樹の影響はあっても、杉原千畝の影響はないんじゃないの。






[ 00:45 ]
[ 南アジア(複数国) ]
著者がコーディネートしたというNHKの放映分も視たけど、それとは別物の本だった。NHKのが「テレビの話」であったことはよく分かったが、本の方は4年以上もかかったのだとか。この前読んだ「大宅賞」の人もそうだけど、「自分探し」をノンフィクションという「自分語り」に昇華させるのは女性の方が向いている気がした。この著者の初期の本も読んでいるのだが、インド人男に全裸でマッサージされた猛女という印象しか残っていなかった。この10年の間、地道(でもないか)にボランティアをしていたとは全く知らなかったのだが、著者もその道に入るときは、マザーテレサの様な高貴な人たちと、胡散臭い連中という相反したイメージがあったのだという。インドに売られる少女たちに感心を抱いて、片っ端からネパールのNGOに電話したところ、援助を求める団体がホテルに押し寄せたという。ネパールの様な国では、NGOが有力産業と位置づけられており、外国からカネを引っ張ることは重要なビジネスである。何かと高尚な理念ばかり叫ばれるボランティアの世界が、そうした確執や矛盾を抱えていることを隠すのは、それを行ってしまえば集金に影響するからということなのだが、10年の試練を経て、著者もカネだけくれれば愛などいらないと達観する様になったみたいだ。自己実現の為に、「恵まれない人たち」を利用することについて鈍感ではないのだが、その辺の「恵まれないフリーライター」が「インドに売られるネパール人少女たち」をネタにすることに対する葛藤が、この本のテーマといって差し支えないだろう。その意味では少女たちの悲惨な記録は、あくまで脇役に過ぎないのだが、自分の内面を曝け出すことが、少女たちに対する申し訳になっている様にも感じた。援助される者に援助する者が対等に向き合うというのは、なかなか難しいものではあるのだが、はじめから「自己実現」を前提にしているのは、キレイ事を以って「自分探し」の言い訳にする連中より誠実であろう。








2008/04/22のBlog
[ 13:24 ]
[ 米国 ]
この著者はボストンを「文化人類学的」にフィールドワークした第一作で、サントリー学芸賞とかの華々しいデビューを飾った人と記憶していたのだが、これは新潮の季刊誌に連載された頼まれ仕事らしい。その為、「研究」ではなく、「取材」という形で、短期の出張を繰り返したようだが、著者の次の研究テーマを探す旅の様な感じもした。「キリスト原理主義」や「ゲーテッド・コミュニティ」、「刑務所の町」はいかにも現在のアメリカを象徴させるテーマなのではあるが、ブッシュ退陣までの時間切れになりそうだし、やはり、ここは「地元」のボストン続編か、「ビッグスカイ・カントリー連帯する農牧業」なんてトコが時期的はホットなものになりそうだ。その中で異色なのが「アメリカン・サモア」なのだが、文化人類学学徒としては、ミードの「作品」の舞台になった「聖地」はやはり見ておきたかったのかもしれない。その後にミード批判が「定説」になってしまったこともあり、東サモアの現状を論ずる書物を日本語では、あまりお目にかかってないのだが、著者が書いている通り、交通不便、運賃高、心身共の「アメリカ化」で、もはや見るべきものはナシということなのかもしれない。ハーバードを出て、オックスブリッジに研究員として行っていたSFCのスター教授だから、小熊同様、次の研究になかなかとりかかれないのかもしれないが、観光局タイアップで「アメリカン・サモア本」を一丁仕上げてみたらどうなんだろう。





