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2008/04/30のBlog
[ 02:35 ]
[ ロシア ]
NHKロシア語講座のテキストに連載されてたヤツで、書いてたのも元NHKモスクワ特派員。よく知らんが、名物キャスターだった人みたいで、色んな賞も獲っているのだが、「日本エッセイスト・クラブ賞」なんてのも受賞してたのか。それで今は「日本エッセイスト・クラブ理事」とか船田大学教授とか、ナントカ財団評議員とか色んな肩書きがある人らしい。その華やかな経歴がナンボのもんなのか知らんが、私が知ってるのは、有名人と知り合いであることを鼻にかけたイヤな感じが前の本でしたこと。インタビューしたことがある人は「さん」付けで呼ぶみたいで、「プーチンさん」とか「シュレーダーさん」といった具合。ロストロポーヴィチという人はその筋では大変な巨匠らしいが、今回も自分とはツーカーの仲であることが自慢げに書いてあった。なんたって「プーチンさん」だから悪口を言いたくないのか、言えないのか知らないが、日本の報道でプーチンの評価が低いことにえらく立腹していて、リトヴィネンコもポリトコフスカヤも殺したのはプーチンではない、だから日本のロシア報道はレベルが低いと言わんばかり。ていうか、その筋の本を出しているのはNHK出版だし、プーチンに篭絡された「ジャーナリスト」の報道はレベルの問題ではない気もする。しかし、著者はプーチンの柔道愛をホンモノだと思って感激していたりするのだが、あれは対日用のイメージ戦略に過ぎないという説もある。無理があからさまだった温家宝の「野球愛」よりは遥かにマシだが、シラクの相撲愛とは比べもんにならないといった程度ではなかろうか。ブッシュを呆然とさせてしまった小泉のプレスリー愛は天然のなせる業だが、コキントウがドラえもんの着ぐるみで、のび太福田とツーショット撮らせたら、ギョーザもチベットも長野も許したる。愛ちゃんと卓球したら、憎さ倍増だけど。




[ 00:27 ]
[ 欧州(複数国) ]
中公新書の世界史シリーズが売れてるもんだから、講談社もそれにあやかった訳ではなかろうが、読みやすいけど、ついていくのが大変というスタイルもそのまんま。こういう「都市史」なるものは、歴史アプローチと、建築アプローチの二つの手法があるかと思うが、著者の専門は都市計画とのこと。大学での都市計画講義は時間の関係で近代都市計画だけが扱われるので、前近代からの講義ノートみたいな体裁になっている。では、世界最初の都市はどこかということは気になるのだが、前3000年ごろに都市文明が同時多発的に現れたということになっている。このグループが、メソポタミア、エジプト、インダス、黄河であるのだが、黄河は都市文明としては前三者より後発であるらしい。この辺はほとんど考古学の世界だが、発掘調査も都市計画の知識が必要であることは言うまでもない。あくまでも「世界史」なので、各大陸の文明を公平に扱っていて、平安京平城京の都市計画的説明もあるのだが、前近代を抜けると、やはりヨーロッパ都市文明の記述が多くなる。バロックの都市というものはよく知らなかったのだが、近代的都市計画のハシリの様なものなのだろうか。しかし、ヴェルサイユはともかく、カールスルーエもその代表例だったのか。郊外田園都市の時代くらいから、なんとなく頭に入る様になったが、それも視覚的記憶があるからであろう。郊外田園都市にスラム化防止策の側面があったとは知らなかったが、フランスの「郊外問題」などをみると、今日では田園都市にもスラム化の危険は存在している様な気もする。東京でも住民高齢化による団地の過疎化などが言われて久しいのだが、団地や工場に萌える人たちが、ちゃんと現れてくれるのも日本人の「オタク力」なのかと思う。






2008/04/29のBlog
[ 13:54 ]
[ ベトナム ]
「ハノイを楽しむ」といっても、ハノイの話は4分の一ほどで、後はインド、東欧、パリとなっている。要するに、ごった煮旅行記なのだが、六十過ぎの女性一人旅というのがミソらしい。定年団塊パッカーは今や一潮流らしいが、「滞在型」というのがポイントなのだとか。なんでも現在の仕事は清掃員(パート)だそうで、女手一つで3人のこどもを育て上げたとのことで、「がんばった自分にご褒美」系の人らしい。映画情報誌や今井正の本などを編集製作したこともあるらしいが、生計は塾講師や経理事務員で立てていた様だ。連合出版には何かツテがあったのだろうか。その辺のことは何も書いていないのだけど、旅先で映画館に行くことを習慣としているらしく、これは私と同じ。たしかにハノイでは街中に映画館がなかったけど、郊外にはあったのか。それにしても、清掃員(パート)をしながら海外旅行を楽しむ人っていうのは、別に珍しくないのかもしれないが、インドなどで遭遇する同じ職業の人には、別に同情も共感もない様だ。まあ、そんなの当然か。




[ 03:03 ]
[ 中国 ]
著者は1930年生まれの名誉教授さんなのだが、60年代から一貫してこのテーマで著作を出しているらしい。となると文革期にどういう立ち位置にいたのか気になるところなのだが、その辺は村田雄二郎のインタビューをご参照のこと。あとがきで当時の著作について理解が足りなかったというのは、今の様な情報過多の時代ではないから致し方ないことであろう。もっとも、著者の専門は「近代中国」の方であるからにして、当地では文革による「歴史修正」があったにせよ、戦前からの学者も健在であった日本においては、辛亥革命の見直しまでには至らなかっただろう。孫文、胡適、毛沢東の近代中国の三大思想潮流を論じていくのだが、思想に直結した政治と、政治に直結した思想といったものを感じた。中共為政下にある以上、抗日期における政治コンテクストは現在でも有効なのだろうが、たしかに自由の主体が人民であって、個人ではないとう論点は現在にまで貫徹する重要な論点と言えるであろう。こうした「愛国のための献身」モラルは、ここ数日爆発している中国人の「集団的自衛権」たる行動を説明するに分かりやすいものである。






[ 01:08 ]
[ 韓国 ]
このタイトルは別に姜尚中にあやかろうとした訳ではないんだろうが、姜とは大違いの硬質な本だった。著者は在日ではなく韓国出身の様で、これが日本語では初の著書になるみたい。博論ではなく、既出の論文をまとめたものらしいが、金史良を中心とした植民地朝鮮日本語文学の終戦前後の葛藤を論ずる。前に読んだ台湾日本語文学の同じテーマの本は「大日本帝国のクレオール」だったのだが、タイトル(台湾の方は、英語原書なので日本語タイトル)からして、韓国と台湾では日本語コロニアル文学の受け止められ方がかなり違うことが窺える。金史良のテキストは読んでいないので、よく分からないのだが、大陸で抗日戦線に参じたことにより、「親日」のみそぎを済ませたという評価が韓国ではあるのだろうか。芥川賞の次点となったのも、その出自が影響したのではなく、候補になったこと自体が朝鮮出身作家ということが関係している様だ。当時の状況は今の中国の「中華民族」政策と類似したものがあろう。金は越北後に金日成賛美の作風を残しているらしい。光復後に林和ら植民地作家たちと座談会を開き、日本語の創作活動について「総括」したとのこと。台湾と違って、朝鮮語へのスイッチがスムーズだったことは、「日帝がハングルを禁止した」という言説だけではなく、作家と読者の教育言語も再検討する必要がありそうだ。著者は李御寧を「自民族中心主義」と捉えている様だが、韓国出身のニューカマー研究者が、日本で朝鮮人作家による「コロニアリズム文学」に出会うことは新鮮なことなのかもしれない。






2008/04/28のBlog
[ 13:58 ]
[ 中国 ]
これもPHPだけど、亡くなった元上海総領事の本がかなり売れたみたいだから、これが二匹めのドジョウだったのだろう。その上海領事の本は訳者の参考文献のトップに上げられてはいるのだが、参考にしたのはタイトルだけだと思われる。副題の『中国民工調査』が、原書のタイトルだそうで、つまり原書も『中国農民調査』の二匹目のドジョウ。ブルジョア資本家の出版社であるPHPが、こんな本を出してしまっては元も子もないのだが、原書の著者も香港の管理顧問会社マネージャー兼主席コンサルタントという人らしい。経歴をみると中国の三浦展みたいな人の様だが、中国の「下流社会」はフリーターとか派遣みたいなヤワなものではないので、ほとんど「女工哀史」のノリ。おそらく、中国でも自ら民工となり、「絶望工場」型告発ルポを書く書き手がいると思うのだが、この華製三浦は取材はするものの、大学教授とか「専家」に意見を貰ってまとめる手法。その辺が政府の「指導」となって、「中国農民調査」みたいに発禁にならなかった所以なのかもしれない。温家宝が視察の際、予定外に民工の家を訪れ、現状を知って改善を求めるといったという話が幾つか出てるのだが、このパターンは歴代首相の定番ではないのか。朱容基が再三コレをやって、人気取りに成功したからなのかもしれんが、こんな仕込みで洗脳できるのなら世話ない。胡錦濤がチベット時代にコレをやっていたのかどうか分からんが、民工の場合、それが待遇改善の宣伝手段となっても、チベットでは正直に訴えたがゆえに、弾圧に繋がってしまったのかもしれんね。






[ 02:50 ]
[ ロシア ]
北大COEの「講座スラブ・ユーラシア学」の第3弾。全3巻だそうから、第1巻を最後に残してしまったけど、まあいいか。前回はモンゴルからチェコまで幅広かったが、今回は「ロシア帝国」、「ソ連」の範囲内。日本唯一(たぶん)のベラルーシ本の著者、服部倫卓もベラルーシで参戦しているが、総論は編者のみ許される特権なので、べラのユニエイトがテーマ。もっぱらウクライナ・ナショナリズムだけに結びつけるのは再考してほしいとのこと。ダゲスタンはアヴァル語の詩人であるガムザトフという人について。ソ連多民族文化礼賛と、民族語、ダゲスタン・アイデンティティの両立は、「教育」によって獲得された「先進文化」を手段として、「民族」を涵養させるという意味において、数多の植民地ケースと同質のものではあろう。ただ、国家の規定する「多民族文化礼賛」を利用した、民族文化復興という側面があったのかもしれない。逆説的だが、僧院やマドラサよりも、「同化教育」の方が民族主義涵養の為には有効である側面もあろう。あと、ハルビンのロシア人社会については、仲間内向けである「来日ロシア人研究会」の本より分かりやすかった。紀鳳台という人は知らなかったが、日露戦争の時代にロシアに帰化した華商か。華僑華人研究も南洋ばかりに目を向けていてはダメだな。






[ 00:34 ]
[ 北朝鮮 ]
総連の拉致実行犯から兄貴と慕われたとしている昭和12年生まれの人が著者。拉致実行犯とは故張龍雲なのだが、病床の張が著者に拉致被害者の名前を告白するところから始る。となると、大変面白そうな感じがするのだが、期待を裏切るを通り越して、もはや異次元の本といっても過言はない。なんでも著者は20代の時から小説・評論を多数著しているとのことで、20年間自営業(不動産ブローカーみたいなものか)をしたあと、「将棋観戦記者」を経て、この本の執筆活動に専念したとのこと。つまりなんだ、書きたかったのは張龍雲のことではなく、自分のことであって、自慢だか妄想だか分からん凄まじい「自分ワールド」が綴られている。北朝鮮本マニアでもコレについていくのはかなり辛いと思うのだが、PHPから出たということは自費ではないのかな。3年前に脱稿したそうだが、PHPが手直しするのを拒否してたのだろうか。ノンフィクションなのか私小説なのか知らんが、こんなゴミをよくPHPも出したなあ。自分が本格的に作家の道に入っていたら、今頃は著作を何冊も出している有名作家になっていただろうとかほざいているけど、それは絶対ナイナイ!20代の頃からの作品多数は「同人誌」だったみたいで、同人仲間だった田辺聖子の芥川賞受賞作は著者をモデルにしたのだとか(ホンマかいな)。結局、物書きとしてのキャリアは「将棋ペンクラブ大賞」の「佳作」になったことくらいらしく、選考委員だった池内紀がわざわざ電話してきて、著者に差し上げるべき賞だったのに、自分は責任をとって辞任したいと言ってきたのだとか。しかし、一番凄かったのは、張が著者との出会いを「ドンピシャ」だったと告白して、それが著者の琴線に触れたという箇所。なぜ「ドンピシャ」が琴線に触れたかというと、末期ガンの母の延命の為に丸山ワクチンを求めにいった帰りに、吉原の高級ソープに行き、ソープ嬢から、帰り際に、「あなたのモノ、私とドンピシャなのよ」と言われたことがあったからだという。逃げた嫁さんを迎えにいって、アオカンしたとか、再会した張に告白本を投げつけ、日本人をナメるなと怒ったら、張がこれは、あなたが私を探してくれることを願って書いたサインなのだと言われたとか、自分に対して張が拉致を告白したはずだったのに、拉致の真相を知ったのは日テレの再現ドラマだったとか、ツッコミどころが満載の俺様小説(モドキ)だが、やっぱり、人生で一番、著者の琴線に触れた出来事は、去り際にソープ嬢(高級)からモノを褒められたことだったみたいね。さすがは高級ソープ嬢、拉致実行犯を凌いでいる。




2008/04/27のBlog
[ 14:09 ]
[ 中国 ]
この著者はキワモノ系評論家と記憶していたのだが、「国際政治経済学者」だそうだ。ジョージ・ワシントン大の博士とも知らなかったが、元々、外大の中国語卒だったのか。中島嶺雄の門下かなんかだったのだろうか。現在、主宰しているという「国際未来科学研究所」というのがどんなもんなのかも知らんが、「ハゲタカファンド」と「チャイナ」」はフィールドにしていた様で、それをくっつけて五輪にひっかけ、ソロスの対談も付けて一丁上がりの本。「反日デモ」から時が経ち、一時鳴りを潜めていた「中国脅威本」も、ギョーザ、チベット以降、再燃する気配だが、在日中国人の皆さんが頑張って長野の聖火に「飛び火」してくれたことも手伝って、また点数が増えるかもしれない。ただし、どんなに急いでも配本されるまで二ヶ月はかかるだろうから、版元は先を読んで対策しておかなければならない。「国際未来科学研究所」がそこまで考えていたかどうかは分からんが、聖火リレーを世界地図をつけて言及しているはタイムリーヒットか。台湾関連で目をつけたみたいだが、第三国から第三国経由の問題ではなく、中国が沿道に一つでも「台湾旗」(青天白日旗は許容ということか)が振られたら五輪を辞退してもらうと脅かしたからだったという。しかし、そんなことで五輪の参加を拒まれるなら、台湾も国際世論向けに格好のアピールの場になったのではなかろうか。長野ではチベットのみならず、東トルキスタン旗も目出度く「デビュー」させてもらったのだが、台湾同郷会が全勢力を長野に集結させてくれたら、もっと面白いことになっていたかもしれない。馬政権誕生を祝って、当初の予定通り、聖火が香港から台湾入りしてくれないかな。




[ 02:37 ]
[ 韓国 ]
副題に「満州建国大学朝鮮人学徒 青春と戦争」とある。これも大変な大河ドラマなのだが、著者は朝日の元ソウル特派員で定年退職という人。主人公は建国大出身で、サハリン在留となった呉昌禄さんなのだが、元首相とかいろんな人の話が入り乱れていて、元新聞記者の割には、文体的にも乱れている感じがした。それも450ページ超もあるからだと思うのだが、思いの外、早く読めたのも、記者もの特有の平易文ということなのだろう。三一さんの朝鮮ものだから、当然「三・一運動」の話など出てきて、朝日的でもあるのだが、「従軍慰安婦」についてなど、おやっとさせられることも書いている。週刊朝日に初めて「拉致疑惑」を書いたのもこの人だそうだ。ちょっと赤報隊事件のことを思い出したのだが、あれって北とは関係ないんだろうか。韓国と右翼は繋がりがあるとよく言われるのだが、右翼とされる赤報隊が、あの時期になぜ「反韓国盧泰愚来日阻止」を掲げたのかよく分からん。事件当時、著者はソウル特派員に出てたみたいだが、逆にそれが安全圏になったのかもしれん。それにしても、満洲組の朝鮮人は、大陸、ソ連、北、南いずれも安全圏ではなかった様だ。それも「日帝」の影なんだろうが、自分自身がその僕となったことをよく分かっているから反「親日」を装う必要があるのだろう。その中で、サハリン残留組にはそうした無理が見られないのも、日帝の絶望より、戦後の絶望の方が深く刻まれているということか。日本を素直に懐かしいと思ってくれる人がいることは幸せなことなのだろう。その幸せを額面通りに受けとめるには、この長い物語を読み解く必要があるのだが。






[ 00:39 ]
[ 米国 ]
また三文政治解説かなんかと思ったら、ちょっと変わったタイプの本だった。なんでも『諸君!』に「気になるアメリカン・ブックス」として連載されていたヤツらしく、文字通り、アメリカの本を日本語で解説してくれるというアリガタヤなもの。私は「諸君」も「週金」も、本屋でタマにパラパラめくる程度なので、こんな連載があったとは知らんかった(週金の『読み方注意!』はチェックしている)のだが、ここで紹介されている本に興味を持ったところで、アマゾンで取り寄せようなんてことは当然ない。時事通信出身で在米だという著者はもちろん全部読んでるんだろうけど、ほぼ2年くらいの間に出た本で世界地図を作る「コレクション」が出来るのは英語と日本語くらいではなかろうか。仏語もできそうな気がするが、西語圏同様、あまり本を読んでなさそうだし、独語圏とか、世界一本を読むという北欧圏の人は英語に走りそうだ。中国語は気になるけど、あんだけ華僑華人送り込んでるのに、マイナー国家の本ってえらく少なかった様な気がした。意外と日本関係は出ているみたいだが、それでも日本の中国本の波状攻撃は中国人もアイヤーでしょう。「ノーと言える中国人」の作者が日本の本屋で、中国本の棚をみて、うな垂れたなんてこともあった。この著者も「諸君」系の人だけど、右の人の方が、読書許容度が高い感じもする。左側の人たちは自分たちの世界の本しか読んでいない印象もあるのだが、批判しながら読めれば、ゴミ本でも読了できるというもの。しかし、この本に出てくるエドガー・スノーの話は興味深いな。






2008/04/26のBlog
[ 13:53 ]
[ 中国 ]
旗立ててる連中が純粋な人間だとは思われないのだが、日本であの様な光景がニュースとしてお茶の間に流れたのだから、意義はあったといえるのだろう。国旗国歌に反対な「良識派」の人たちは、日中友好の大義には賛成しても、あんな光景を見せ付けられたら、少数の旗にシンパシーを抱かざるおえないかとも思う。そうした人たちの中から、この本を入門書として手に取る人が出る可能性も無きにしも非ずなのだが、こんなに舞台が揃い過ぎていて良いもんなのだろうか。原書は1974年らしいのだが、主人公のロブサンも、著者のイギリス人ジャーナリストも現在の消息は不明というのも怪しい感じがする。満洲人として生まれ、日本、国府、中共、新疆、チベット、インド、ブータンと行きぬいた人の聞き書きなのだが、この満洲人は、何処に行っても、実力者に食い込む、投獄、脱獄の繰り返しで、初めから評伝が書かれるために生まれてきた様な人生だ。これを読む限り、中共のスパイの様にも思えるし、国府のソレかもしれんし、チベット独立支持者にも、併合派にもみえる。まあ、あの混乱の時代は、誰がどこについてなんて「主義主張」は生存競争の前に無力なものであったことはたしかだろう。主人公はダライ・ラマ14世のその二面性を指摘しているのだが、あの時代の14世はまだこどもであるからにして、今日の状況を鑑みれば、脱出は懸命な選択であったことも証明されるかとも思う。それにしても、チベット唯一の女性活仏、ドルジ・パグモの情夫であったことを語るのはルール違反ではないかな。その真偽はもちろん不明で、中共の差し金の可能性もあるのだけど、関係した女のことをペラペラ喋るのは、どうも信用できん。なんでも、このロブさんは漢語、チベット語、日本語は堪能らしいが、英語はかなり苦手で、著者とは簡単な英語を使ってコミュニケーションしたという。それで、こんな壮大な物語ができるというのか。訳者と監訳者は明石から出た『ブータンの政治』の時と同じ師弟コンビなのだが、訳者である年長のお弟子さんの方は完成を待たずに亡くなられたのだとか。この本を手がけることになったのもブータン関係の仕事からみたいだが、たしかにブータン編は主人公から離れた政争の話ばかりだ。青蔵鉄道やウィグル「暴動」の新聞記事が解説でスクラップされているのだけど、その辺に関するヒントは、このロブサンが体験した時代の出来事にあることはたしか。しかし、明石に出版を断られたのかどうかは分からんが、つげ書房新社はどういう立ち居地なのかな。





